第24話 待ち伏せ
「……」
星の光もほとんど届かぬ深夜の森を、まるで散歩でもしているかのように軽い足取りで歩く男。
その男が立ち止まって屈んだタイミングに合わせ、暗視ゴーグルを外して軍用の強烈なライトを浴びせかける。
「っ!?」
「わざわざこんな深夜――、それもこんな森の中で回収とは中々警戒心が強いな」
「マリウス、さん……、それにシャルロットさんも……」
「フフ♪ こんばんは、トール。色々と話を聞かせてもらいに来たわ!」
シャルはいつも通り元気いっぱいといった様子だが、実のところさっきまで完全に爆睡していたので若干機嫌が悪い。
起こせと言われたから起こしたのに、「もうバレてるのに小賢しい真似しないでよね!?」としっかり八つ当たりされている。
「……ここで待ち伏せされたってことは、もう全部バレてるってこと、ですよね。でも……、一体どうやって?」
「もちろん、アンタの持っているソレを追跡したからよ?」
シャルが指さしたのは、トールが先程拾い上げた手のひらサイズの黒い何かだ。
ライトで照らしているとはいえ暗がりであることには変わらないためハッキリとは見えないが、そのシルエットから恐らくは多足の虫――蜘蛛だと思われる。
「いやいや、当たり前のように言いますけど、これってステルス仕様だからレーダーにも映らないし、熱源探知にも引っかからないハズなんですけど……」
「でしょうね。そんな簡単に見つかるのなら、Aランクの開拓者が見逃すハズないもの」
今回俺達が受けた「大型生物」という依頼は今までにも多くの開拓者が受注しているが、全て失敗に終わっている。
そしてビルの話によると、その中には最高ランクであるAランクの開拓者も含まれているのだそうだ。
そんな簡単な方法で見破ることができるのであれば、とっくのとうに正体は明かされていたことだろう。
「え、でもあの人達、罠にもあっさりかかったし、反応も物凄く悪かったですよ?」
「当たり前でしょ? 開拓者は別に戦闘のプロじゃないんだから、あんな奇襲されたら普通は回避できないわ。……でも、一流の開拓者なら最低でも情報は持ち帰るものよ。少なくともソイツらは、大型生物の正体が蜘蛛だってことくらいはちゃんと見抜いていたわ」
「えぇ!?」
最高ランクといってもシャルから言わせればピンからキリまでいるようだが、それでもAランクの開拓者が一流であることは否定しようがない事実である。
これは、開拓者の昇級制度が実績や経験に大きく影響するからで、運や一時の努力などではランクを上げることができないからだ。
開拓者になった今だから実感していることだが、開拓者の昇級システムはかなり面倒かつ地道な努力が必要な形式となっている。
ランクを上げるには多くの実績を挙げる必要があるうえに、稼働日数や依頼達成時の評価も影響してくるため、武道やスポーツなどの昇段よりも企業の昇進や昇格の方が近いと言えるかもしれない。
個人的に昇級試験がないのは助かるが、その分短期間での詰込みや不正でのランクアップは狙えないため、経験や実力は不可欠となる。
だからこの任務に失敗したAランク開拓者も、決して実力が伴っていなかったワケではないハズだ。
……ただ単純に、相手が悪かっただけである。
「で、でも、そんな情報ギルドには――」
「情報は資産よ? ギルドに報告されてない情報なんていくらでもあるわ。そういう情報は基本的に開拓者仲間で共有されるから、外に出回らないものなの」
「……」
そういうシャルだってビルに聞くまで知らなかっただろう――と思わずツッコミたくなったが、それは俺も同じなので言葉をグッと飲み込む。
むしろ俺はシャルのように堂々と振る舞うことができないので、あのメンタルの強さは見習うべきかもしれない。
「はぁ……、それで最初からあんなに僕――【土蜘蛛】のことを疑ってたんですね……」
「もちろん、理由はそれだけじゃないけどね?」
「えぇ!? 他にも疑われる要素あったんですか!?」
「当たり前でしょ? そんな裏付けのない情報だけで人を疑うなんてことはしないわ!」
シャルが言うように、裏付けのない――つまり他の面で補強していない正確性に欠ける情報を信じることは、はっきり愚かだと断言してもいい。
人から聞いた話をそのまま信じるようでは、仕事どころか私生活でも支障をきたすからだ。
……まあ、実際に信じてしまう者がいるからこそ、詐欺や悪徳宗教が成立するのだが。
「そもそも私達は、その情報を聞いても巨大生物の正体が蜘蛛だとは思わなかった。可能性があるとしたらデウスマキナだろう――ってところまでは推測していたの。で、実際にアンタのデウスマキナを見て7割くらいは確信に近づいた」
「え……、僕の【土蜘蛛】、そんなに変でしたか?」
「変というか、特殊なデウスマキナであることは誰が見てもわかるわ。ただ、私にはそれ以上に気になったことがあるの。……アンタの土蜘蛛、可変機でしょ?」
「っ!? そ、そんなこともわかるんですか!?」
「ええ! なんてったって、私の【シャトー】も可変機ですからね!」
「……」
可変機という言葉を聞いて、薄っすらと苦い記憶を思い出す。
断崖絶壁で一夜を過ごすことになった、『サンドストームマウンテン』……
そこに突如出現した赤い屋根のお城は、正直今でも幻覚の類だったと思いたいくらいだ。
実際あれから一度も見ていないこともあり、ほとんど忘れかけていたのだが……
「中々巧妙に隠しているようだけど、残念ながら同じ可変機乗りの目は欺けないわ!」
可変機というのは、主に変形機構を持つデウスマキナを指す言葉だ。
と言っても、人型形態から極端に逸脱した変形をすることは稀で、基本的には腕部が掘削機になるなどの工事用機械に変形する程度のものがほとんどとなっている。
そういった一部分の変形が主流になっているのは、単純に機体の強度を保つのが困難だからだ。
当たり前と言えば当たり前だが、細かな変形をするにはその分関節を増やしたり、スムーズな動作を実現するために軽量化などを施さなければならない。
そしてそれは同時に、どんどん強度的に脆くなっていくことを意味する。
どんな用途に使うとしても、デウスマキナに一番求められるのは頑丈さ屈強さなので、それでは本末転倒と言えるだろう。
軍では以前戦闘機に可変するタイプのデウスマキナも研究されていたようだが、空中分解したりと散々な結果しか残せず研究は頓挫したと聞いている。
「あ、あんなに重そうなデウスマキナなのに、変形機構まであるんですか……」
トールが驚くのも無理はない。
シャルのデウスマキナである【シャトー】は間違いなく重量級なので、普通に考えれば変形の負荷に関節部が耐えられるとは思えない。
しかし【シャトー】の場合変形するのが動かぬ城であるため、変形後に動いて負荷がかかることはない。
それに加えて神代のデウスマキナの素材があちこちに使われているらしく、強度も市販のデウスマキナとは一線を画しているようだ。
そういう意味では理にかなった可変機なのかもしれないが、だからと言ってトールの【土蜘蛛】と同じ括りにするのは少し複雑である……
「ま、世間知らずのアンタじゃ知らなくて当然ね。そしてだからこそ、私がどうやってソレ――ドローンを追跡したかも想像できないでしょ?」
この言葉はトールに向けられたものだが、実は俺にもぶっ刺さっている。
世間知らずの俺は、【シャトー】のような無駄――もとい独創的な可変機が存在することも知らなかったし、シャルがどうやってあの蜘蛛型のドローンを追跡できたのか、皆目見当もつかなかった……