8話 成り上がりのお嬢様2
この国が創られたのは、数百年前。一人の奇跡の力を持った一人の英雄と、彼の忠実なる六人の家臣によって築かれた。
かつて世界を支配していたのは、古の一族と呼ばれる、不可思議な力を持つ者たちだった。彼らは一族ごとに異なる特殊な能力を有しており、この地を支配していたのは音、つまり声を発しただけ火事を起こしたり、嵐を起こしたりしていたという。
古の一族は傍若無人だったが、その圧倒的な力を前に人間たちは怯え暮らすしかなかった。一人の英雄が現れるまでは。
人間でありながら奇跡の力を持っていた英雄は、虐げられている人々を哀れに思い、己の弟と忠実な家臣らと共に立ち上がった。彼は奇跡の力で人々に加護を与えると、たった七人で強大な力を持つ古の一族に戦いを挑んだのだ。そして七日間に渡る死闘の末、ついに古の一族を滅ぼし、人々に自由をもたらした。
◆◆◆
(ひっどい三文小説だこと)
家庭教師が垂れ流す講義を聞き流しながら、レティシアは心の中でツッコミを入れる。何度聞いても眉唾物のこの話は、残念なことに国家公認の正式な歴史である。国の歴史が黒歴史だなんて、こんなにひどいものはないだろう。
あまりにもツッコミどころ満載な歴史のどこが一番残念な点のかといえば、ただの人間である初代国王が奇跡の力なんてモノを持っていることだ。この設定のおかげで、三文小説顔負けの黒歴史になってしまっている。
だというのに、この国の人間は誰もこの歴史をおかしいと思っていない。それどころか、初代国王を神格化し、崇めてしまっている。
これは初代国王とその家臣たちによる企みだろう。枕元で聞かせるおとぎ話として、あるいは叙事詩としてこれを言い伝えることで、これが事実であるかのように植え付けたのだ。軍人ですらこんなあり得ない話を信じてしまっているので、その効果は絶大なものだろう。
星なんてものが守ってくれるはずがないのに。本当にくだらないと頬杖をつけば、
「行儀が悪い!」
ピシャリと窘められる。その相手は白髪のひっつめ頭の、融通の利かなさそうな顔の老……いや、年配の家庭教師のアニチェだ。
生活拠点を変えて三日目。やっとローレンスから解放されたというのに、これまた二癖もありそうな家庭教師がつけられたのだ。ファンルドー男爵家で教えられた教養では不十分だということで。
そんなことしなくても、レティシアはある程度、教養ーー女には教えないような歴史や法律、算術などの学問も含めてーーを身につけているから必要ないのだが、どこで覚えたのかは口が裂けても言えないため、嫌々ながら授業を受けることにした。
レティシアが一応姿勢を正せば、「では話を戻します」とアニチェは授業を続ける。
「では話を戻しますが、初代国王の家臣の一人は初代国王の弟君である、現イーツカルツェ公爵家の祖。残りの五人、現五大侯爵と呼ばれる侯爵家五家の名前は覚えていますね」
「リスウェント侯爵家、ルートリテ侯爵家、ヴァスバード侯爵家、エバンシカ侯爵家、リレイヌ侯爵家」
レティシアが答えれば、家庭教師は「よろしい」と片方の眉をあげると、再び話を進める。眠くなる話を右から左へ流しながら、
(忠犬五侯ねえ)
心の中で嫌味を呟く。忠犬五侯とは、もちろん五大侯爵を揶揄する言葉だ。なぜそんな呼び方があるのかというと、公爵家に匹敵する権力を持ちながら、建国以来、国王に反旗を翻すこともなく、犬さながらの忠誠心を持ち続ける家系だからだ。
人間なのに、数百年に渡って権力欲のない当主だけしか生まれないなんて。レティシアにとっては、忠誠心を通り越して異常だと思ってしまう。
(まあ、オカシイのは五大侯爵だけじゃないけど)
他の貴族も似たようなものだと思う。建国から間もない頃は国営軍という国王直結の軍隊はなく、それぞれの貴族が戦力である騎士団を有していた。けれど今でも騎士団を有しているのは、第五区との境だと思われている、北方の領主である三家だけ。他の貴族たちは国営軍が創られたと同時に、自ら戦力も武器も手放したのだ。
そもそも国営軍が創られた理由は他でもない。魔女亡き後、国王にとっての脅威が、武力を持った貴族に変わったからだ。だから軍の機能を一つに集約させるといって、貴族から戦力を取り上げた。
当時の貴族たちはよくもこんな無茶な命令をよく飲んだと思う。例え騎士団を維持するのに財政を圧迫していたとしても、軍に牙を剥かれたら一溜りもないというのに。これが星を信仰させた真の目的なのかも知れない。
「ちゃんと話を聞きなさい!」
急に現実に引き戻される。この家庭教師は年の割に意外と目敏かった。神経質そうな顔をさらに神経質そうにする。
「男爵家ならとにかく、公爵家ともなれば立ち居振る舞いから知識まで、ありとあらゆるものが厳しい目で見られるのです。あなたの評価は家の評価。だからあなたは公爵家の名に恥じぬように」
令嬢の品格たるやなんたるやと長々と語るアニチェ。ああ、めんどくさい。早いところこの無意味な職務を放棄してくれないかなと、レティシアは念じたみた。