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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
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7話 成り上がりのお嬢様1

 微かな物音でレティシアは目を覚ました。使用人たちが朝の支度のために動き始めたのだろう。


(昨日までの移動で疲れていたんだけどな)


 ため息混じりにベッドから起き上がる。


 レティシアが王都を離れ、本邸を訪れたのは昨日の昼過ぎ。約三日間の馬車旅で体が疲れていたはずだが、それよりも気が立っていたらしい。なにせ馬車という狭い空間の中にローレンスと二人きりという、拷問以外の何ものでもない状態が三日も続いたのだ。気が立たないわけがない。


 とはいえこれでレティシアの基本的な生活拠点がこちらに移り、あの男と同じ空気を吸わずに済むのだから、犠牲を払った甲斐はあったということにしておこう。それに、一応は()()()()()()のだし。


 レティシアは左足首に巻いていた布を取って、足首の状態を確認する。五日前、義兄のリベルトとぶつかったときに捻ってしまっていたらしい。さすがに腫れは引いたが、まだ痛みがある。本当は医者に診せた方がいいのだが、あの男に借りをつくりたくないから自分でこっそり治療している。捻っただけだから、無理に動かさなければそのうち治るだろう。


(それにしても、これが貴族の特権か。どいつもこいつも、あの男に甘すぎだろ)


 レティシアは心の中で血縁上の祖父に恨み節を吐く。

 王都の邸の部屋よりも広いこの部屋には、やはりあちらと同様に、繊細な装飾が施された家具や、シルクの布団、他国の織物などが当たり前のように置かれている。これは見慣れるしかないのだろうが、例えろくでもない男だろうと、血が良ければこうしていい領地を与えられ、豊かな暮らしができると思うと、腹が立って仕方ないのだ。


 そしてあの男にこの土地を与えたのは、血縁上の祖父であるハインカルツェ公爵だ。あんなクズにわざわざ領地を一つ与えるなんて、本当に甘すぎる。


(それに国王も国王だ。なにが『めでたい』だ。何にもめでたくないわ)


 苛立ってきたレティシアは、怒りの矛先をこの国の頂に君臨する人に向ける。星、あるいは加護という非常に抽象的な言葉で表現されているそれは、言ってしまえば戸籍だ。だから無戸籍のレティシアは貴族どころか、養子とすら認められなかったはず。だというのに、特例で許された。それはたぶんーー


(全部、この色のせいで)


 レティシアは乱暴に掴んだ己の髪の毛を、恨めし気に見た。


 星授(ほしのさずけ)()の後、礼のために訪れた王城でにレティシアは生まれて初めてこの国の王を見た。レティシアにとっては余計なお世話でしかなかった取り計らいだったので、ムカムカしすぎていて、何を言われたのかほとんど覚えていない。あと覚えていたとしたら、国王もプラチナブロンドの髪だったということ。

 それで星詠(ほしよみ)()()()()やら()()()()()やらと言っていた理由がわかった。恐らくこの色は王族特有の色なのだ。だからレティシアを貴族にせざるを得なかったのだろう。


 母に似ていれば貴族として認められることはなかったかも知れないのに。どうしてこんな貧乏くじばかり引くのだろう。理不尽すぎる。


(理不尽なだけじゃなく、無慈悲だもんな)


 レティシアは自嘲気味に笑う。結局あの男の元にいるのは、それを一番望んでいた母ではなくてレティシアなのだ。こんな皮肉はないだろう。


 レティシアはサイドテーブルの引き出しから首飾り(ペンダント)を取り出した。皮ひもの先にぶら下がっているのは、浮彫りも装飾もされていない、艶のない青みがかった石。これは母が大事にしていた人形の装飾の一部だ。それをファンルドー男爵にお願いして与えてもらった皮ひもに通して作ったのだ。それを自分で縫い付けた肌着の胸ポケットに入れる。


(一部でもいいから持ってろ、か)


 昔言われたことを思い出し、レティシアは大きなため息を吐いた。幸せが突然終わった後、まさか|憎むべき男(あのおとこ)と会うハメになり、さらに養子に出されるとは。


 今レティシアがローレンス(あのおとこ)の元に大人しくいるのは、ファンルドー男爵への恩を果たすためというよりも、恨みを晴らすためだ。いい家柄の男を捕まえて結婚直前に逃げ出し、ローレンスに泥をぶっかけてやるために。


 公爵家の婚家は上流貴族。花嫁に逃げられたなんて屈辱的な事があれば、相手は怒り心頭だろう。あの男は頭を下げて回って潰れるまで叩きのめされればいい。矜持(プライド)を傷つけられた男が、レティシアに追手を掛けてくる可能性はあるかも知れないが、それはそれで受けてやろう。

 と、そこまで考えて、


(ショボッ)


 ショボすぎて、ため息すら出ない。女にできることが限られているとはいえ、恨みを晴らす方法がこれなんて、低(レベル)すぎる。刃物があれば刺しているのだが、あいにく令嬢という生き物は刃物を持てる環境にはいない。


(立つ鳥水を汚してやる)


 やらないよりはマシ。あの男に吠え面をかかせてやる。そう意気込んで、はたと気づいた。確かにレティシアには権力はなく、肩書は結婚相手を選ぶときにしか役に立たない。けれどそれが使えるではないか。


 訳ありでも王族の血筋のレティシアの相手は、恐らくそれなりの家柄になるはず。そしてそれなりの家柄ということは、政治面や軍事面で重要な役職を担っている可能性が高い。もしそんな家の人間と関係を持てるのとしたら、通常では入手困難な、価値ある情報(おたから)が手に入るのではないか。


「……もしかしたら、取り戻せる……?」


 レティシアは愕然とする。二年半前、突然失ったもの。そして永遠に失ったと思っていたもの。もし()()()()()()が手に入れば、不可能も可能になるのではないか。

 そう思うと微かに希望が湧いてくる。()()()から真っ暗に閉ざされていた世界が、少し開けたような気がした。

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