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「先ほどは失礼いたしました、侯爵様」


 何かの書類を見つめていた視線が、私の声に反応してこちらを向く。

 じっと見つめていると、どこか遠くへ連れていかれそうな瞳。

 返ってくる言葉を待って、私もその瞳をじっと見つめ返した。


「……いや、本来なら昨日の時点で教えておくべきだったのだろう。すまない」


「そんな、私も普段から無頓着で聞きそびれただけですので。謝らないでください」


 どうやら侯爵様は、身だしなみなどの感覚についてもこちら側に近い人物なのかもしれない。

 

『私は造り手ではないから』


 そう侯爵様は、仰っていたけれど。


(仮にそうだったとしても、隠しているならむやみやたらに聞くのはよくないことか)


「あ、そういえば。朝のどたばたで伝え忘れていたのですが」


 少し空気を換えるためにも、私の方から話題を変えることにした。


「昨日お父様が行った調整について、点検をさせていただいてもよろしいですか?」


「……ああ、構わない。むしろ、そのために来てもらったわけだからな」


「では、職務が終わったら教えてください」


「……いや、今すぐでいい」


 とりあえず自室へと戻ろうと思っていた私を、侯爵様が呼び止める。


「私に割り振られる職務など、大したものはないからな」


 そう言いながら、侯爵様はさっきまで眺めていた書類を四つ折りにしてしまった。


「……侯爵様がそう、仰られるのであれば」


 もう少し仕様書を読む時間も貰う意味も含めての提案だったのだが、一応ここへ来るまでにも穴が開くほど目を通してある。

 なにより助手のロイドにこれまでのデータも入っているから、そこまで問題にはならないはずだ。


「それともう一つ」


「?」


「侯爵様、という呼び方はどうも他人行儀過ぎる。名前で呼んでくれ」


「えっ」


 お父様は確か、ジン侯爵様と呼んでいた。

 しかしこの流れだときっと、それも他人行儀の枠内に含まれているような気がする。


「了解しました、ジン」


 私がどうしたものかと悩んでいると、ロイドが何も考えずすぐに言葉を返してしまった。

 


「こら、ロイドッ」


「……いや、私が許可しているのだ。キミも同じように呼んでくれていい」


「え? あ……と」


 そうは言われても、いくらなんでも呼び捨てはない、ありえない。


「では……ジン、様」


「……ふむ」


 私の反応を見つめるジン様の表情は、不服でも納得でもどちらでもないもので。

 どうするのが正しかったのか、私には分からない。


「お嬢様、心拍数が上がっています」


「誰のせいよっ」


 加えてこの状況を作り出した張本人がそんなことを言い出したものだから、私はコツンと軽くロイドの足を蹴りつけてしまった。


「……やはり面白いな、キミたちは」


 その様子を見ていたジン様が、前にも見た表情で目を細めて笑い出す。

 

(あ、これもしかして……からかわれたのかな)


 笑みをこぼすジン様は、無表情のときとだいぶ印象が違っていて。

 どちらも甲乙つけがたい。


(……じゃなくて)


「それではすぐに準備してまいります」


 思わずつられて笑みをこぼしながら、私は一旦その場を後にした。

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