⑫
「あ……と」
臨界点を超えた思考は、むしろどんどん冷静さを取り戻していって。
「すぐに着替えてきますね」
「ん……ああ」
それだけ短く言い残し、私は再び脱衣所へと引っ込んだ。
「――――っ」
二日目の朝にも似たようなことをやらかしておいて。
私というやつは、まったく学習をしないものだ。
こんな貧相な身体、見られたところでどういうわけでもあるまいに。
寿命を迎える寸前の機関のように暴れる心臓が、口の奥から飛び出してきそうで。
私はなんとか気を静めるために、冷たいシャワーを頭からかぶる。
「……ロイド、いる?」
それからしばらく。
なんとか気を落ち着けた私は、ドア越しにロイドを呼んだ。
「はい、ここに」
「ジン様もまだそこにいる?」
「いえ、ジン様はいません」
一応そこまで確認してから、私はゆっくりとドアを開ける。
「……ねぇ、ロイド」
「はい、何でしょうか」
「今後変なことになりそうになったら、止めてちょうだい」
「変なこと、の定義が設定されていません」
「さっきみたいなことっ!」
完全に理不尽な物言いだと自分でも思いながらロイドを小突くと、カキンと小さな金属音が響いた。
その日は意図的に執務室を避けるように洗濯室やキッチンの機械化作業を進めていたのだが。
ロイドへ持たせた部品を全て使い切ってしまったことで、執務室へ足を運ばざるを得なくなってしまった。
「失礼します」
ノックをしてから部屋へはいると、いつもの定位置にジン様の姿。
「……今日の作業はもう、終わったのか」
「はい、おかげさまで」
窓の外を見てたそがれていたジン様が、私の声でこちらを向き直る。
今あの瞳を直視してしまうとどうにかなってしまいそうなので。
失礼とは思いつつも少し目を逸らしながら、
「先ほどはすいません、お見苦しい所を」
一応、あのことについて触れてみる。
「……いや、私は構わないのだが」
ジン様の言葉が途中で止まって、それと同時に気配が動いたかと思うと。
私の全身を覆うかのように、長く大きな影が伸びてきた。
「……キミが無防備すぎるのは少し、心配だ」
「へ?」
また影が揺らめいて、今度は私の顔へと伸びると。
その左手が私の顎をしっかりと捉えて、逸らしていた視線がゆっくりと真っ直ぐに戻された。




