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それからの数日は何事もなく。
義手の定期点検とロイドの調整などをしているだけで過ぎていった。
ヴィントの家にいた時は設備整備の関係でひっきりなく働いていたので、いざこうして空いた時間ができると何をしてよいのか分からない。
だからといってあの日々を恋しいとは全く、思わないけれど。
「ふわぁぉ……」
「……」
大きく欠伸をした気の抜けたタイミングで、背後に気配。
「わわっ、侯爵様。今お戻りですか」
「うむ」
今日は侯爵様が外出の日だったので、部屋の掃除でもしておこうかと思っていたのだが。
結局のところそういう作業はロイドのほうが要領がいいので、私は眺める側になってしまっていて。
「……時間を持て余させてしまっているようだな」
「たはは……お恥ずかしながら」
外に出歩く趣味などあれば、森林浴なんかが選択肢にあがるのかもしれないが。
残念ながら私はそういった方面についてからきしだ。
「この屋敷を自由にしてくれて構わんのだがな」
「自由に、ですか?」
指先でくるくると回していたスパナを一旦握り、ジン様の方へと視線を移す。
「……一人で暮らしていたから、私は問題なくてもキミには気になることがあったりするだろう」
言われて真っ先に浮かんだのは、冷水ちょろちょろのシャワー。
「……以前もそういう仕事をしていたと、男爵に聞いていたのでな」
「なるほど……ですが、ただの出張技師にそこまでさせていいのですか?」
機械は魔法に比べて誰でも扱いやすい反面、当然制約も多くなる。
特に整備をキチンとしないとどんどん劣化していくのは、決定的な差といえるものだ。
私がいなくなった後もいちいち整備技師を呼ぶことになるのは、だいぶ手間になってしまうのではないだろうか。
「ただの出張技師、か……」
私の質問にジン様は、義手でないほうの手で顎を触りながら思案を始めた。
しかしそれはどちらかというと返答に悩んでいるというよりも、私の言葉自体に何か思うところがあったという感じで。
「何も問題はない」
返事そのものはすぐに帰ってきた。
(やたらと私を厚遇してくれるけど、ここへ来る前にお父様と何か話していたのと関係があるのかしら)
普通、いくら腕を見込んだとはいえ一介の技師にここまでさせることはない。
(……まぁでも、自由にしていいって言われたなら)
握っていたスパナをツールベルトへ戻し、私は勢いよく立ち上がる。
「ロイド、今から言う部品持ってきて」
「了解しました」
ガシャガシャと足音を立てるロイドを見送ってから、私は執務室のドアへ顔だけを出して、
「ジン様、何かあったらすぐにお申し付けください」
とだけ伝えておく。
「了解しました」
返ってきた返答は明らかに誰かを模したもので。
それがなんだか妙にハマっていたので、私は思わず笑ってしまった。




