第1章 『転生』
第1章『転生』
私の学校は進学校で、クラスの大半が東大やら京大といった超一流大学を目指し、合格していく。そんな学校なのだから、受験勉強もみな真面目に打ち込み、高2くらいから何となく受験モードになる生徒が多い。そんな中、私は受験の必要性や、非平等性に納得ができる答えを得られずにいた。
私はとにかく勉強が嫌いだ。
まず、国語。あれはいらない。物事の考え方についての多様な理解が求められる昨今、論説文ならまだしも、人によって感じ方の違う小説にまで共通の読み取りを要求するのだ。どう考えても時代錯誤としか思えない。
次に英語。最近になって大学入試で英語の配点が変わり、これからは聞き取れなくてはならないといわれている。しかし英語は言語だ。聞き取れたところで話せなければコミュニケーションとして成り立たないのは、言うまでもない。
次に数学だ。この学問は、役に立たない高校の勉強の中でもまだましだが、近年、優秀な数学者やプログラマーのおかげで、数学を勉強していない人でも数字さえ入力できればたいていのことはうまく回るような世の中になったので、必要性は低下している。
最後に理科だ。近代が科学の目覚ましい発展のおかげでここまで繁栄したのは、常識である。だから理科が無駄だという気はない。しかし、こういった、進歩のためなら必ず誰かがやらなくてはいけない系の学問を高校ですべての人が勉強しなくてはならないのは理解に苦しむ。
「私は、勉強不要論を合理的に説明、納得させる自信がある。」
高校の勉強は受験を意識したものが多く、小学校の時の理科の実験のような、純粋に知的好奇心が刺激されるような勉強は皆無、決められたことを決めれた時間内解くことのみに重点が置かれ、その精度で学校でのヒエラルキーが決まった気がした。
そんな中でも出席はした。進学校に通わせてもらっている自覚はあったし親に迷惑をかけたくなかった。授業はつまらないが、友達と話すのは大好きだった。いつも決まった4人組で行動し、放課後の娯楽と授業を天秤にかけ、私は学校に行っていた。
「お前、いい加減に授業中に居眠りするのやめろよ。いろんな先生からお前が授業中に全然起きないってクレーム入ってるんだぞ!」
こういうのは、私の担任。
「担任よ、私は授業中に起きていたいとは思っていない。」
起きるに値しないのが高校の授業なのだから、合理的な判断だといえる。
ここまで、学校の授業に不満を感じていた私でも、学校の授業で唯一面白いと思えたのがあった。政治経済の授業だ。昔からニュースは人に比べれば見ていた方だ。景気や社会の動向に興味があり、さらに政治経済は試験でも時間的制約がほとんどないので、純粋な学問として楽しめていた。もちろん高校の履修範囲にミクロ経済,マクロ経済などという区分はなく、何となく全体的な経済と社会制度について勉強した。政治経済だけが、私が授業で一度も寝たことのない授業だった。そして。政治経済の授業で寝てしまった日には、
「何か私の中にある大事なものが失われてしまうのではないか」
という恐怖さえあった。
高校の範囲だけでも満足だったが私の知的好奇心は、高校の範囲では収まらず、ある日、私は学校の帰りに書店に行き、経済学に関する本を買うことにした。私は進学校に通っていて頭にはそれなりの自信があり、本さえあればある程度のことを理解できる自信があった。まさかこの3冊が後に私の身に起こった災難の中から私を救い出してくれるとは、この時の私はもちろん知らない。
書店につくと、学生服を着たまま学習参考書の棚ではなく、ビジネス書や、経済学、自己啓発本の棚に直行した。時間帯が夜の8時くらいとあって、仕事帰りのサラリーマンが本棚から、自己啓発や資産防衛の本を手に取り読んでいる中、私は経済学の本棚の前で足を止めた。学生服から私があそこの進学校に通っている生徒であることを察すると、
「超進学校は、やることが違うねー」
といわんばかりの目つきでこちらを見てくる。私は少し気まずくなって、経済学の本棚と境界になっているラノベの本棚に目をやった。
「狙いの新刊はまだ出ていない。」
あっ言い忘れていたが、私は2次元オタク。否、ヲタクである。今まで読んできたラノベは数知れず。転生モノから、学園モノまで守備範囲はとても広い。
そんなことはさておき、私は経済学の本棚に戻った。そして、ミクロ経済とマクロ経済の本を前にして何が違うのか、どっちから勉強するべきかを少し立ち読みして見分ける。
「なるほど、経済学はミクロから勉強せよ!か」
そう言って、ミクロ経済の本を取る。その本は基礎のみを学ぶ本ということもあって、わずか200ページ程しかなかった。
「これ、もしかしたら帰ってから読んで明日の授業中にも読んだら6限終わる前に読み終わっちゃうな。そしたら、マクロも買って帰るか」
そういって結局、ミクロとマクロの2冊を手に取った。
会計に向かう途中、レジの前に、最新の本が置いてあった。そこには、「行動経済学」と書いてある。
「ん?経済学って、ミクロとマクロに分かれてるだけじゃなかったっけ?なんだこの行動経済学って?」
私は、行動経済学がどんな学問にもある変わった視点からものを考える人の仕業だと断定し、「自分はまず普通の経済学を学ばねば」と思った。しかし、レジに並んでいる最中、その本は多くの人の足を止めた。そこで立ち止まったサラリーマンの3人に一人くらいがその本を手に取っている。それをみてさっきまでの決めつけが揺らぐ。
「もしかして、最新の経済学なのかもしれない」
そう思うと遂に私は、本を買ってしまった。
「こういう誘惑に負けることは多々あるし、仕方ないな」
内心は人の行動に影響されたミーハーな自分に恥ずかしさを覚えているが、自分の知的好奇心に無理やり結びつけて、なんとか心を保った。
そして私は、案の定その日のうちにミクロ経済の本を読み切り、次の日の授業中にマクロ経済の本を読み切った。そして残るは行動経済学だ。
私は、行動経済学の本を読もうとしたとき、ふと眠気に襲われた。夜の10時だし少し眠くなるのはいつものことだからといって、お風呂に入ってから読むことにした。
本の厚さ的に今日中に読むことはできないだろうと思いつつ、読み始めた。そうしたら、とても面白くて、気が付いてたらカーテンの隙間から太陽が見えてきた。
「やっべー、もう朝か。まぁ朝までゲームとか、ヲタ活は普通にするし、しょうがないか」
どうやら私にとってはドはまりの学問だったようだ。そうして私は徹夜で高校に行った。
「あそっか、今日は政治経済の授業じゃん。もしかして行動経済学が出てきたりして...」
こうして迎えた授業、残念ながら行動経済学ではない。それでも私は、いつものことながら興味津々に授業を受けた。
前半まではよかった。
しかし、後半。興味があるはずの内容なのになぜか、瞼が重い。
「あれれ、いつもなら徹夜明けでも政治経済は眠くならないのに...昨日の読書がそこまで来てるのか?しんどいな、どうしよ、う。ね、眠いな」
そういって、遂に私は政治経済の授業で寝てしまった。
そして授業が終わって起きると、寝てしまったことを後悔しつつ、次の授業の準備をした。
次の授業は国語。いつも10人起きていればいい方だ。しかし、授業が始まると、普段寝ているメンバーが一切寝ていない。なぜだ、みんな今日は元気なのか。いや、それにしても不審だ。授業中に起きていたとしても雑談ばかりしているやつらが、ペンを持ち真面目に授業を受けている。
放課後、校舎を出て、不自然なことが確信に変わった。
建物の形、配置、道路の場所なにかもが違う。同じなのは人間だけ。ただその人間も私が知っているみんなとは全然違う。学校を中心として町が、碁盤のようになっている。まるで歴史で習った京都の街並みのようだ。
そう、私は、転生したのだ。同じ世界線の日本に。