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蟲の世界  作者: 大介
一部 一章 The restarting
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一話 死 ⑥

 部屋を飛び出し、フロントを駆け抜け、外へ出る。出てきた場所は自宅から数キロ離れた場所だった。以外にも最後の記憶の場所から近かった。十二時間でそこまで遠いところにはいけないだろうが、県外くらいには行けるだろうと、ホテル内で思っていたからだ。


 エレベーターの中で、あたしと同室で寝ていた女の子の名前を聞いた。彼女は《天金空》と名乗った。


 私服姿の空は兎も角、あたしは運動着なので周囲からかなり浮いている。かなりの羞恥心があるのだが、我慢せざるを得ない。今は何としてでも安全な場所に逃げなければならないからだ。


 国道沿いを走りながら、あたしは空に聞いた。


「どこに行こうか?」


「こっち」


 あたしの質問とほぼ同時に、空が右折する。高層ビルが立ち並ぶオフィス街へ。ここらにはあまり来たことが無かったので、安全な場所が近くにあるかは分からない。あたしを率いる空にその場所を任せることにする。しかし、一つ気になることがあった。


「あの━━こんなこと来るより警察に行ったほうが良くない?」


「そんなことは無い」


 空は立ち止まる。あたしも走るのを止めた。ここまで結構走ってきたので息切れする。聞こえるのは車の音、人間の話し声。そして二人の激しい息継ぎだ。


「大人なんて。みんな傲慢で、自己中。子どもにあれこれ怒るくせに、自分のせいで子どもに迷惑がかかってることなんて普通にある。警察もそう。悪い人を捕まえる癖に、自分が悪いことをする。そんなヤツらのところに私は行けない」


 それを言われて、私は納得するしか無かった。両親がいなくなったのはあたしのせいだ。それでも、産んだ子を捨てて去っていくなんて最低だ。独り残された自分の苦しみなんて知ろうとしたことすら無いのだろう。その経験がある以上、空の言葉を否定することは不可能だった。


「そうだね」


 あたしは今度は歩き始めた。一度走ってきたので、止まって再び走るのはかなりきつい。ここまで来たのならば多分ホテルの人に見つかることは無いと思うが━━━━。


 ━━何をやってるんだろうか。


 自分の中で呟いた。ここ数分の出来事はとにかく流されるだけだった。行ったことのない場所で起きて、一緒に寝ていた女の子に連れてこられ、自分ではないものに引っ張られてここに来ている。この状況にあたしの意思はない。


 もしかすると、いや間違いない。親に捨てられたとわかったときもそうだ。同じだ。あたしの中で何もする気が湧かなかった。悲しみに暮れ、彷徨うように街を放浪していたところ、一人の少年に出合い、連れ込まれるように彼の居場所をあたしの居場所にした。高校生活では、中学まで入っていた陸上部にも入ることなく、自分から勉強をすることも無く、ただ与えられた毎日を過ごすのみ。


 私がしたいことなんて、何も無い。


 そう考えていると、空が立ち止まる。彼女は人差し指で真横にそびえる一つのビルを示した。


「ここ」


 目測で約三十階建てのビルだ。


 空はすてすてとなんの躊躇も無く建物の中に歩いていく。再び自分の格好に対する羞恥心が襲うも我慢。


 自動ドアをくぐり抜けると、近代的な作りのホールが目の前に広がった。向こう側の壁にエレベーターが取り付けられていて、空はそこに直進していった。


 二人の足音のみが響く。どうやら自分たち以外に人はいないようだ。《ENTRANCE》と書かれた場所にも人っ子一人立っていない。エレベーターと受け付けを挟むように存在するトイレも、電気はついていない。


 不気味さと奇妙さを感じ、空に問いを投げかけた。


「受け付けの人はいないんかな?」


「うん。今日はアクシデントがあったらしくて」


「アクシデントって、ここに誰一人としていないんじゃ━━」


「ううん。地下にはいる」


「地下━━?」


 停電か何かだろうか。ここの職員が殆ど出勤してないとしたら、かなりの大事のはすだ。そこに自分たちが無断で尋ねるのだからかなり迷惑な話でもある。


 ここでエレベーターに入る。


 先程の言葉を聞くに、彼女はよっぽど大人が嫌いらしい。あれを言わせた何か大きい出来事があったのだろう。それもトラウマができるほどに。それを掘り返したのは、彼女がいう《あの人》とも推測できる。警察を信用できないなんてよっぽどのことではないか。


 エレベーターのドアが閉まり、下へ動き出す。


 ━━あれ?


 ここであたしは重要かもしれないことに気がついた。ここはオフィスビル。普段から多くの人が《出勤》してくる場所だ。《出勤》といえば━━大人がすることなのではないか。ここは大人しかいない場所なのではないか。


 そう思考した瞬間だった。


 ガチャリ。


 何か、実際には聞いたことのない金属音がした。同時に何か細長いものが背中に当たった。


「ごめん。さっき言ってたことは嘘」


 冷ややかで、感情のない声がエレベーターの中で響いた。空がどうやら自分の背中に何かを押し付けている。何が起きているのかわからない。さっきと言われてもいつの話なのか。


「なんのこと?」


 あたしが口を開くと同時にエレベーターのドアが開く。


「その前に。これは銃。当たったらどうなるか分かる?」


 空がそういうや、エレベーターの前に伸びていた長い道の奥からは、ここの従業員と思われる人が走ってきた。人数が十人ほど。年は全員四十は超えていそうで、明らかに《大人》だ。


「それは━━━━」


 痛いと適当に答えようとした。一人の少女が日本で銃を持っているわけがないと考えたからだ。空が持っているのは、おそらく模型。


 しかし、なんとなく感じた自分以外に流れるここの空気がその予想を確信に変えさせなかった。もしやここで《大事》が起こっているのではないかという予測すら生まれた。それほどまでに、ここまで走ってきた大人たちの雰囲気は張りつめていた。


 ここで、職員たちの中で最年長であろう、七十くらいの老人が空に警告をした。


「天金さん。ここで人を傷つけたとしても、金は手に走らんぞ。そればかりか持っているのは多額の罰金だけじゃ」


「ですが今こうして蟲の力を使っているんです。もし私を通報して、事情聴取にくる警察たちに蟲のことを知られるかもしれませんよもしかするとあなた達の堕落を裏付ける不当に手に入れた大金が明るみになるかもですね」


 しかし空は動じず返答をした。空の様子が気になったので、ちらりと左を見る。笑わずに冷酷な表情をしていた。空は金がほしいのだろう。確かに研究室となれば、お金はたくさん持っているイメージはあるのだがはたして。


「不当に金をもらってはおらん。金を出すこともできん」


 老人がかぶりを振る。


 ところで《蟲の力》とはなんだろうか。銃に関することなのだろうか。


「嘘ばかり。蟲の力だって、あなた達と繋がっている政府がひた隠しにしてきたでしょう。私はもう嫌なんです。『子どもは日本の未来』とか言っておきながら金に目を奪われるだけの最低最悪の大人たちが」


 少しずつ、そらの声は憤りで満たされていった。


「じゃあ。いいです。これからあなた達の傲慢さを証明します」


 その瞬間、私の左手を空が掴んだ。次に、背中についていた感覚が消える。そして、パァンと、火薬音が響き、自分の左腕が何かに貫かれた。


「あ゛━━━━━━━━」


 それは私が経験したことのない激痛だった。左腕からの感覚が私の感覚を奪っていく。地面に倒れる。そんなことは気にしていられない。どうにか空いた穴を必死に右手で抑えようとする。わずかに残った理性で、さっきまで空に掴まれていた左手は解放されたことを感じるまでが精一杯だった。


「今から取引をしましょう。ここに倒れた玉蟲愛守香がいます。この人はあなた達にとって重要な人物です。しかも子どもですよ。もしお金を出してくれるなら、愛守香は渡します。お金を今すぐ出してください」


 自分は人質に使われているということだ。もし、老人たちが空の提案にならなければ、あたしは出血多量で死んでしまう。しかし、当の大人たちはざわめいている。あたしの名前が聞こえるが、詳しい内容は聞き取れない。しかし、あたしをどうするか話し合っているのかのだろう。


 この時私、の中で初めて命の終わりに瀕しているという実感が生まれた。そんな。死にたくないり激痛にわずかに慣れ、あたしは少し冷静に考えられるようになったので、心の中で叫びだす。


「黙れ」


 その時、老人のどよめきが消す。彼の発言が私の運命を決めるのだ。ドクン。心臓の音が聞こえ出す。一つ一つの鼓動音が愛おしく感じた。


「天金さんの━━」


 ドクン。ドクン。


「提案は━━」


 ドクドク。


「乗ることはできん」


 瞬間。あたしは死んでしまうのだと確信した。体の中から絶望が溢れ出す。誰のせいだ。誰がこのような状況にした。あたしか。空の嘘に気づけなかったあたしなのか。かもしれない。だけど、もっと悪いのはここの職員だ。人を見殺しにするのだ。そこまでにして金が欲しいのか。そこまでにして金が大切なのか。最低だ。


 自分の絶対的な死を人のせいにした。そうでもしないとやっていけれない。あたしはそうして考えるのをやめていった。

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