2、最初の授業
「ねぇ、雨。最初の授業がいきなり一日中身体能力テストってどういう事なのかな?実技試験で大体の事はわかってるだろうに。しかも初っ端から模擬戦でしょ、なんでそれが最初なのさ。」
僕は隣で準備運動をしている雨に不平を漏らしてみる。
彼女は「全くもって同意見」と僕の言葉を肯定した後に、言葉を続ける。
「多分、実技試験は様子見で、おおよその身体能力を計る為の指針。これから始まるのは明確な身体能力のランク付けだと思う。
…そしてこの結果をもとに高学年が、オリエンテーションという名の学校全体を使ったサバイバルの自チームに新入生の中でも上位の人間を引き入れようとする。大体そんなとこなんじゃないかと考えてる。
最初が模擬戦なのはおそらく一番最初に全力の戦闘を見たいんじゃない。準備運動にしては不自然な長さの準備時間も準備運動とウォームアップの時間を足したとするなら理想的な時間配分だし。」
雨は滅多に感情を表情には出さないけど態度や雰囲気、目でどんな感情を抱いているのか分かる。今は模擬戦を面倒だとは思うけど楽しみにしているらしい。それに体を使うタイプの出来事には一瞬でこういう事が考えられるくらい強い。
この頭の回転の速さを勉強に使えれば完璧なんだけどな、と思う。
「雨、君は群れるのが嫌いだろ?仲間無しでどうするつもりだい。」
「力でねじ伏せる。それだけで良いんじゃないの?どこまで本物に近づけようが所詮はごっこ遊びだし。」
オリエンテーションは最初の頃は学校マップを覚える為に、と学校全体を回る筈だった。
だが、いつからか「駆け回った方が早くて良いんじゃね?」となって、「校風的に戦闘でも良いんじゃね?」と段々迷走していった結果こうなったと説明を受けた。先生方の感覚が素で麻痺してんぞ。
しかも一個前の代の生徒会長からノリノリでこの流れを奨励しているらしい。先代の会長からお祭り好きかよ。
そう考えている内に僕はそういえば時間を見ていないと思い時計を見る。集合まで後3分だった。
「さ、もうすぐ時間みたいだ。模擬戦は基本先生方が相手をするらしいから、死なない程度なら本気でやっていいんじゃない?」
「死なない程度の本気って本気じゃないじゃん…まあ、自重するつもりだったけど、ちょっとやる気出しても良いかなぁ。」
意地悪い笑顔を浮かべて雨を焚きつけると、雨は困った風に頭の包帯をいじりながら、捕食者の如き獰猛な笑みを浮かべる。
そういえば彼女は食指が動いた時だけこういう表情を浮かべる癖があった。今思えば生徒会長も彼女の琴線に触れる何かがあったという事かな。
…それはそれとして試験官、ご愁傷様です。ちょっと調子乗って焚き付け過ぎました。心の中で顔も知らない試験官に謝る。
「まあ、実技1位である君ならそこまでやる気にならなくても勝てるだろうけどね。」
「いや、流石にそれはない。私は同年代としては強いだろうけど不意打ち以外取り柄がない。」
「…君には一度自分の胸に手を当てて自分を顧みて欲しいと常々思っているよ。」
僕は彼女の自分を卑下する一言に呆れるしかなかった。
*****
「それでは模擬戦のルールを説明する。とはいえ、実に簡単なルールだ。覚えておくのは3つ。
1つ目はお前達がもっとも使い慣れた武器で挑む事。
2つ目は当然だが人の命を奪いかねない攻撃はしない事。
3つ目は試合終了後は即座にフィールドから離れる事。
これだけ覚えておけばいい。
…そして、この模擬戦には俺と、あともう一人スペシャルゲストも参戦する。」
スペシャルゲストという言い方に僕は少し違和感を感じた。茶目っ気のあるような風貌でもないしね。
「先生」という言葉を使わないという事は少なくとも学校の運営側ではなさそうだ。周りの生徒達も首を傾げている。
「雨、スペシャルゲストが誰なのか君は見当がついているかな。」
雨は説明を聞き洩らさないようにしながら小声で答えた。
「あるかないかの二択でいえば、ある。というかこの自由さと強引さで何となく分かるよ。」
僕は多分何とも言えない顔をしていたと思う。心当たりしかないから。
「さて、ではこれから訓練場へ向かう。基本的には上の観客席で待機で、呼ばれた人間は観覧席にある標識に従って下に降りるように。」
*****
何回かの模擬戦を見て僕は試験官の強さをおおよそ計り終えた。そして彼女に向けて感想を漏らす。
「あの試験官、それなりに強いね。まだ負け無しだよ。」
ただ、僕の雨程じゃないけど、と言外に態度で示しながら雨に話しかける。
正確に僕の意図をくみ取った彼女が呆れた風な眼をしながら返事してくれた。
「あんた、ホントそういうとこ意地っ張りなのやめたら?独占欲がちょっと強すぎる気がするんだけど。」
「悪いね、僕は身内贔屓万歳な人間なんだ。」
悪びれもせずにそう答えると、雨は肩を竦めた。そんな風に会話している内にまた一つ試合が終わった。
「次は実技2位、総合1位の子だね。名前は草葉 廻音。詳しい事はわからないけど、見ておくに越した事は無いだろうね。」
下の場内に現れたのは全く整えられた様子もない漆黒の髪を無造作に伸ばして、ほとんど顔が隠れた長髪の女だ。
手にあるのは刃渡り30センチほどの短刀。実技試験の時はナイフだったけど、恐らく間合いを少し広くする為にこっちを使う事にしたのだろう。
人間と言うより幽霊、妖怪の方がしっくりきそうな見目に試験官は少したじろいでいるように見えた。
「中々のオーラだね、まるで妖怪みたいだ…おっと、これは失言だった。撤回するよ。」
「そうして。妖怪とアレを一緒にしないで欲しい。あれは妖怪というよりももはや化物の方が近い。
気持ち悪くなる程気配がグチャグチャに澱んでる。なんで普通の生活が送れてるのか不思議なくらい。」
そんなこと言っている間に、勝負は一瞬で終わった。
始めてから15秒で首元に短刀を突き付けた状態で動きを止めた廻音が居た。
音も何もなく、幽鬼の如く静かに徒歩で近寄って終わりだった。余りの出来事に生徒は勿論、試験官も何が起きたのか不思議なようで、去っていく彼女の後姿を見ているだけだった。
「へえ、面白いね。威圧かな、それとも能力かな。」
「多分威圧。私の収束した殺気と似たようなものだと思う。威力は低いけど、拘束力の方を重視してるっぽい。」
真の英雄は目で殺すとか知り合いがやってたゲームに居た某インドの英雄が言ってたから本当にできるのか試しにやってみたら出来たと言っていた雨の技と同系統の技だった。
雨みたいにショック死目的の物ではなく、恐怖で縫い付けるタイプの威圧。でも仮にも試験官を任される程の実力者に通用する時点で相当の威力だ。
試験官はさっきまでの事をなかった事にするように頬を叩いてから次の名前を読み上げる。
「次は…居待月!下に来るように!」
「呼ばれたみたいだね、雨。まあ君が負ける事なんて万に一つもないだろうから、三月ウサギのお茶会でも用意して待っていようか?」
緊張してたら解れるように、と思っておどけてみると、雨は溜息をついた。どうやらまた冗談が空振ったらしい。
そして雨は僕の傍から離れて、訓練場の舞台に立った。当たり前だろうけど君の戦闘は生徒はもちろん教職員にも注目されているよ。
特にさっきのような一方的試合を見せた実技2位の彼女の後に実技1位の試合だ。君から何が出て来るのか期待されているだろうね。
…まあでも、そんなのは今更君のプレッシャーにならないだろうけどね。
(いろいろな意味で)ヤバい奴その1の登場です。
試験官の名誉の為に言いますが、廻音相手だとサクッと負けましたが試験官の強さは例えるなら空手の黒帯が3人分くらいで、一般的には普通に強いです。倒すのが当たり前の主人公組の基準がおかしいだけです。
後、余り重要ではない設定なので省きましたが、他の人は木剣やグローブなのに、廻音だけ容赦0で真剣を持って来ています。
そして次回から少しずつ話が動き始めます(速い)。ほのぼのとした何も起きない平和な期間が1週間続くほどこの世界は優しくありません。