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夢と現の狭間にて。  作者: 風海 紫衣那
第1部「SpeakEasy」
2/6

1、入学

「いやー、君もついに高校生かー。こうしてみるとなかなか感慨深いものがあるね。」


僕は、これから通う事になる新しい学校の校門を通りながら話しかける。だけど、楽し気に話しかける僕に返される返事は不機嫌そうな声音だ。


「なんで親みたいな事言ってんのよ。私はあんたの子じゃないんだけど。」


額を乱雑に包帯で包み、同時に髪留め替わりにしている少女は無感情な顔に無機質な瞳、だが非難するような眼で僕の事を見た…あれ、高校生は少女に入るのかな。まあいいか、別に気にするほどの事でもないだろう。見た目も少女そのものだし。


「そんな目をしていいの?周りからもっと変な目で見られちゃうよ?」


僕の言葉で余計不機嫌になった(無表情だけど態度でわかるよ)彼女の名前は「居待月 雨(いまちづき あめ)」。

色素の薄い肌に、同性の僕でも息を呑む程美しい白髪、透き通ったルビーのような紅い瞳。俗に言うアルビノだ。

周りの人間も髪色が普通だったりそうじゃなかったりするけど、雰囲気だけならこの集団の中で異質さが群を抜いている。

「お人形さんみたい」という言葉がよく似合う彼女だが、最もその評価を強くしているのは。


「ははは、表情を殺している君はその身長もあるお陰で人形っぽさをより際立たせているよね。」


「あんたは後で折檻。今日の昼ご飯はカップ焼きそばのジエンドのアレで、晩御飯は激辛の蒙古タンメンにするから。」


僕は雨を見下ろしてからかう。小学生とそこまで違わない程の低身長。何しろ子供の頃にあった事のせいで身長がなかなか伸びない。

未だに「一人でレストランに行ったらお子様ランチのメニューが出される」とか「中学生以上の人が同伴じゃないと駄目ですよ」と言われるくらいには年齢詐欺な見た目だ。

勿論彼女も気にしているので身長の事を言うと怒るし、怒ったらこんな風に僕の嫌いな物を全力で食べさせてくる。僕の境遇ならしょうがないかな、とは思うけど流石にその二つはやめて欲しい。あれは人間の食べ物じゃない。


「ごめん、謝るからそれだけはやめて。でも、もう少しでクラスと入試の成績上位者の発表が始まるみたいだよ。」


話題を逸らして逃げる。

雨はため息を吐いたけど、話題逸らしに乗ってくれた。彼女はクラス発表をきっちり見る為に前を向いた。


「…あのさ、もうちょっと遠くから見よう?君の視力なら10m離れてても見えるでしょ。」


「…やだ。」


低身長のせいで人の背中に遮られて、順に掲示板に張られていく紙が見えない。離れて見る事を提案したら少し間を開けて不満げに拒否した。子供か。

意地を張る彼女に肩を竦めて、じっと待ち続ける雨に付き合って根気よく待っていると人影がまばらになってようやく見えるようになってきた。


「やっぱり君は実技試験の1位、流石は僕の親友だ。だけど実技2位の点数も素晴らしい物と言えるね。そんでもって座学と総合の1位は実技2位の子か。なかなか面白そうじゃないか、この子。」


僕は嬉しそうに雨を撫でる。子供扱いに不満げな感じで「うにゅぅ…」と声を上げた。そういうところがあるから子供扱いされるんだよ、とは口に出さないでおく。言ったら問答無用で激辛料理の刑に処される。

雨は桁違いの五感と身体能力を持つ代わりに座学がとても苦手だ。典型的な一芸特化タイプの雨は入試の筆記の得点は合格者の中では最下位だった。

実技が主席じゃなかったら落ちていたと思える位の点数で、そこから鑑みるにやはり自分の実力のみでやったのだろう。君はその辺は律儀だからね。

その気になれば他の受験者の答えを「字を書く音の長さや強弱、画数」から何を書いたか聞き分ける事が出来るけれど、そんな不正をしてまで合格しようとはしない。

ふと雨の目を見ると、僕達の目の前の建物の3階を見ていた。何かあったのだろうか、と思うがそれなら何か言うのだろうとも思って、聞かないでおく。


「まあ、君は普通の生活を送ると決めたんでしょ。なら僕は全力でそれを応援するだけさ。僕達のクラスはA、いわゆる最高クラスだね。僕は君と一緒だから安心して。」


「あんたがいる時点で安心とは程遠いけどね。速く移動しないと初っ端から遅刻するから、さっさと教室に行くよ。」


やれやれ、と僕は再び肩を竦めて雨の後を追う。結構大事な事を伝える為に。


「雨、僕達の教室は反対だよ。」


振り返る彼女はやっぱり無表情だったけど、明らかに僕を恨めし気に睨んでいた。




*****




少し時間は進んで、僕達はホールで入学式に出ていた。

入学式というのは往々にして退屈な物で、長ったらしい校長先生の話を聞き流しながら声を潜めて雨に目をやる。

彼女は顔は校長先生の方向に向けていたものの、せわしなく周りを見るように目を動かしていた。


「雨、君はどうしてそんなに落ち着きがないのさ。何か探し物でもあるのかな?」


「…さっきも思ったけど、やっぱり今年の入学者はそれなりにヤバい奴が多い。普通の一般人と気配が違う奴が何人もいる。」


小さな声で雨に話しかけると、彼女は感じた事を同じく声を潜めて述べた。その情報に僕はふざけて軽く驚いた風にしてみる。

おどけてるのが分かる彼女は眼だけで僕を見つめて少しだけ呆れた風に小さくため息を吐いた。

それと同時に校長先生の話が終わり姿が幕の裏に消えた。


『えー、続きまして、生徒会長のお話です。生徒会長、お願いします。』


アナウンスとともに壇上に生徒会長が姿を見せる。

特徴的な薄い青、スカイブルーのような長い髪を一つに纏めた女がその双眸で睥睨するように辺りを見回す。


「…諸君の入学を祝おう。今年度の生徒会長の氷見山 空だ。そこまでお堅い話でもないから、姿勢を楽にしても一向に構わない。」


生徒会長からは独特な感じがする。口調自体は少し尊大そうな面があるが、話すのを面倒臭そうにしているようだ。一応は式典中である事を弁えているからかそれを表面的には隠しているらしいが、雰囲気でバレバレだ。


「さて、祝辞などは先の者達ので聞き飽きただろうからバッサリショートカットして、もっと実用的な話をしよう。

私達の通う学校、そして君達がこれから通う事になる学校は、高等学校というよりも制度的には高等専門学校の方が近い。5年制なのもそれが如実に表れているな。

要は君達の法的な身分は大学生と変わらないという事だ。君達が目指すのが軍人か、自衛官か、はたまた別の何かか。どれにせよここでは現実で生きる術を叩き込む。

経営者ならば経営学、医者ならば医学というように一年次から望む職業に対応した専門教育を毎日最低一時限は施していく。

来週のオリエンテーリングで希望調査を行うから、決まっていない人間はこの一週間、大いに悩んで、人に相談して決めると良い。

…と、本当は原稿にはもっと続きがあるんだが、皆も退屈な話ばかりで疲れたと思う。詳しい事務連絡やここでの話の詳細は担任が追々してくれるだろうし、ぶっちゃけると君達、話が長いと面倒臭いだろ?私も正直なところ後でゆっくり教えられる事を説明するのは面倒臭い。だから、ここで余計な時間を取るのも忍びないので私の話はここで終わりとする。」


そういう風にさっぱりと学校の説明と直近での事務連絡を終えて話を締めくくる。

数人の若い先生達が呆然としている。新任の先生かな、と思ってさっさと目を逸らす。他の先生は揃って溜息をついている。ああ、先生方の心労が伝わってくる。

やっぱりとんでもない生徒会長だ、思いっきり原稿無視して話を終了させたよ。あんなぶっちゃけちゃって大丈夫なのか凄い心配。

雨を見やると、氷見山の事をずっと目で追っていた。無機質だった顔に、珍しく口角を上げて笑みを浮かべる彼女に少しびっくりした。


「どうしたの、そんなに生徒会長を見つめて。恋でもしちゃった?」


「違う。でもあの生徒会長は凄い。周りの人間と気配がまるで違う。ただ居るだけでも人の心を掴み、話せばその言葉には人を従わせる力がある。才能も人並以上。

唯我独尊っぽさを除けば、紛う事なく上に立つべき支配者の人種。」


冗談を真っ向から即答で完全に否定されて少し傷心の僕に他の一年の顔を見て見ろ、と雨は言った。それに従い辺りを見渡すと、一部の少数を除き、大多数の生徒が感銘を受けたらしい。どこに感銘する要素があったのだろうか、と思う。

人心掌握系の能力でも持ってんじゃないかな、と疑ってしまいたくなる。彼女がそんなものを持っていないのは知っているけど、あれを見るとどうしてもそうではないのか、と言いたくなるくらいには信頼されていた。


「さ、戻るよ依良。もう移動が始まってる。」


雨の言葉で思索から抜け出し、慌てて雨の後を追う。

その後、幾つかの事務連絡と配布物を受け取って、僕達の高校生活の最初の日は終わりを告げた。



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