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第32話 クラリッサ・コール司教

 クラリッサ・コール司教の執務室である所長室は診療棟とは別棟にある執務棟にあった。

 診療棟は木造二階建ての建屋であるが、執務棟は石造りの四階建てで所長室はその最上階である四階のほぼ中央に位置している。


 所長室の扉をノックするとなかからコール司教の声が聞こえた。


「どうぞ」


 図南と紗良の『失礼いたします』との声が重なる。

 所長室は二十畳ほどの広さがあり、扉の正面にはコール司教の執務机、その向こうにある大きな窓からは診療所の敷地とカッセル市の街並みが広がっていた。


「二人とも楽にして頂戴」


 コール司教は仕種で図南と紗良に長椅子を勧めると、テーブルを挟んだ正面に腰を下す。


「随分と緊張しているようね? ここには私たちだけですから、もっと気楽にしてくれていいのよ」


「初仕事ですから、緊張もします」


「早く慣れるように頑張ります」


 二人の緊張が増したのを感じ取ったコール司教が『失敗したかしら?』、と聞き取れない声で独り言をつぶやいた。


「若い司教が赴任して来てくれて嬉しいわ。きっと活気が出るでしょうね」


「ご期待に沿えるよう努力いたします」


 と図南。


「お気遣いありがとうございます。コール司教」


 続く紗良の言葉にコール司教が反応する。


「二人ともコール司教だなんて堅苦しい呼び方はやめて頂戴。クラリッサと呼んでくれていいのよ。私もトナン君、サラちゃん、と呼んでもいいかしら?」


 他の司教たちよりも年齢が近いとは言っても、倍ほども年齢の離れた大人を名前で呼ぶのは抵抗があった。

 だが、年齢を理由に名前で呼べないなどとは口が裂けても言えない。


「私たちはまだ若輩の身です。コール司教をお名前で呼ぶのは抵抗があります」


「私たちのことはお好きなように呼んでくださって構いません。ですが、実績豊富なコール司教をお名前で呼ぶのは……」


「そう、残念ね」


 コール司教が落胆の溜息を吐いた。

 そして、恐縮する紗良にこう言う。


「いままでは女性の司教は私だけだったの。同性の司教が出来てはしゃいじゃったのね、ごめんなさい。呼び方はともかく、サラちゃんにはお姉さんだと思って気楽に接して欲しいわ」


「ありがとうございます、クラリッサ司教」


「クラリッサお姉さん……」


 クラリッサ司教の笑顔に釣られた図南がつぶやくと、紗良が即座に反応した。


「図南に言ったのではありません。クラリッサ司教は同姓である私に対して気遣ってくれたのです」


 司教は男性ばかりで女性はクラリッサ司教だけである。司祭になれば男女比の差もほとんどなくなるが、それでも男性の意見が通りやすい環境にある。

 年若い女性である紗良を気遣っての申し出なのだと、紗良が図南をたしなめた。


 図南をたしなめる紗良の言葉を感心して聞いてたクラリッサ司教が、図南をからかうように言う。


「別にクラリッサお姉ちゃん、って呼んでくれてもいいのよ」


「いえ、その……、クラリッサ司教でお願いします」


 恥じ入って頭を下げる図南と、そんな彼に呆れる紗良を見て、クラリッサ司教が再びコロコロと笑った。

 ひとしきり笑ったところで、クラリッサ司教が話を再開する。


「それじゃ、緊張も解れたようだし、仕事の説明をする前に簡単な筆記試験をしてもらいましょうか」


『筆記試験?』、と二人がおうむ返しに聞き返した。

 神殿長のお墨付きとはいっても、責任者としてはどの程度の力なのか確認せずに実践の場に出すわけにはいかないか、と二人も内心で納得する。


「神聖魔法の実地試験ですね?」


 図南がそう言うと、


「違うわよ」


 コール司教がいきなり笑い出した。そして困惑する図南に向けて『慌て者なのね』、と優しく微笑む。

 クラリッサ司教の笑顔に見惚みとれる図南に紗良がささやく。


「情けない」


 そんな二人を微笑ましそうに見ながらコール司教が言う。


「二人とも同郷なんですって? いままで外国の、それも人があまり近寄らないような田舎に住んでいた、と神殿長からうかがいましたよ」


 突然、話が逸れたことに疑問は持ったが、あらかじめフューラー神殿長と口裏を合わせていた内容の通りだったので、図南も紗良も素直に肯定した。


「はい。突然呼ばれて、そこからは、何がなんだか分からないまま、いまに至ります」


 と図南。


(嘘は言ってないよな)


 呼んだのはリヒテンベルク帝国の第一王女、ビルギット・リヒテンベルクなのだが、そこまでは図南と紗良も知らないことである。


「神聖魔法の術者としての腕前以前の問題があるの」


 クラリッサ司教は『二人ともこの国の歴史や地理、習慣、常識、作法はまるでなってないからそのつもりで接して欲しい』、と言われているのだと語った。


(あのじいさん、本当のこととはいえ、もう少しオブラートに包むとかできないのかよ)


 図南が内心で悪態をつく間に紗良が聞く。


「その歴史とか地理、習慣、常識、作法の試験ですか?」


「いいえ、それは試験をしても無駄でしょう」


 その通りである。


「では?」


「それじゃ?」


 図南と紗良が口を揃えて聞く。


「読み書きと計算能力がどれくらいあるのかを知っておきたいの」


 報告書の作成業務は毎日発生するし、部下となる神官や見習い神官などへの指示書も日常的に発生する。

 そこに書く内容は基本的な文字の読み書きだけでなく、四則演算が出来ることが要求されるのだと説明された。


 クラリッサ司教の言葉に図南と紗良が深くうなずく。

 理由は分からないが、この国だけでなく周辺数か国の文字の読み書きが出来ることはカッセル市への道中で確認済みだった。


 計算についても、下級神官クラスでも筆算での四則演算ができる程度で、日本の中学校で学習する方程式を解けるものは少ないのも理解している。

 三角関数の知識を披露したときの神殿長の驚いた顔が図南と紗良の脳裏に蘇っていた。


「問題ありません」


「試験を受けさせてください」


 図南と紗良が自信満々に告げた。

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◆あらすじ
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