第3話 襲撃
「これ、当たったら死ぬヤツじゃねえか!」
拓光の叫び声をかき消すほどの音量で図南が叫ぶ。
「木の陰に隠れろ! 大木を盾にするんだ!」
セリフとともに大木の陰に飛び込む。彼に続いて紗良と拓光の二人も大木の陰へ飛び込んだ。
「紗良、大丈夫か?」
「木の陰に隠れたから大丈夫」
その程度で大丈夫とも思えないが、それでも彼女の言葉に幾分か安堵する。
紗良と拓光の無事を確認した図南が二人に注意を促す。
「敵は知恵がある。自分たちと同程度の知恵があるつもりで対処しろ!」
矢を射かけられたことから、敵意を持った存在が人間か、それに近い知性を持った生物であることが想像できた。
「じゃあ、数もいると思った方がいいよね!」
「何で?」
紗良の言葉に拓光が不思議そうに図南を見た。
「頭のいいヤツは自分よりも強いヤツに挑んでこない。少なくとも勝てると思ったから仕掛けてきたと考えるべきだ。つまり、こちらよりもずっと数が多い可能性が高い」
「嫌な可能性だ」
図南の説明に拓光が納得した瞬間、風を切る二つの音とともに紗良のすぐ側を二本の矢がかすめた。
「キャッ」
続いて図南たちが身を隠した大木には三本の矢がほぼ同時に突き刺る。
紗良の悲鳴に図南が即座に反応した。
「大丈夫か?」
「大丈夫、側を矢が通過しただけ」
(紗良の方が敵から狙われやすい位置にいるってことか)
「紗良はそのまま木の陰に隠れていろ! 敵の位置や動きはこちらで確認する!」
「無茶はしないでね」
紗良の言葉に図南が無言で首肯する。
(ほぼ同時に五本の矢か。矢継ぎ早に連射できるような射手がいないと仮定すれば、弓を装備した者が五人)
「射手が最低でも五人いると考えろ!」
「分かった!」
紗良の声に続いて拓光が言う。
「こっちは丸腰なのに敵には飛び道具が五人以上って、かなりヤバい状況だよな」
「武器ならあるぞ、石と木の枝だ」
足元に転がっている岩や石、木刀代わりになりそうな枝を視線で示した。
「少し安心した。知恵と勇気なんて言いだしてたら、走って逃げるところだったぜ」
「走って逃げても背中に矢を射かけられるだろうな」
そもそも不慣れな森の中を逃げ切れるとも思えなかった。
それこそ、三人がバラバラになったところを、複数の敵に囲まれて各個に狩られるのがオチだろう。
「図南、どうしたらいい?」
数メートル離れた大木の陰から紗良が不安そうな視線を向けた。
「どうしたらって……」
思考の淵に沈んだ図南の脳裏に再び女神の言葉が蘇る。
『魔法や魔物が存在する世界』
続いて、先程目にした半透明のボードに書かれていたステータスとスキルの記憶がフラッシュバックのように突然蘇った。
藁をも掴む思いで攻撃魔法を叫ぶ。
「魔弾!」
刹那、突きだした右手から撃ち出された魔力の弾丸が大木の幹を抉った。
「使えた!」
図南が驚きの声を上げる。
「え? いまの何?」
「図南、お前、何をしたんだ?」
紗良と拓光の大きく見開かれた双眸が図南に向けられた。
「魔法だ! 『幻破天』の攻撃魔法が使えた!」
図南はそう言って続けざまに数発の魔弾を撃ち出す。
彼の撃ち出した魔弾が木の幹を抉るのを見た拓光が感嘆の声を上げる。
「スゲー!」
「だめだ、狙ったところに着弾しない」
「いや、攻撃魔法が使えるってだけでも十分だろ!」
図南は紗良のスマホに表示されたゲームキャラのスキルを思いだした。
「紗良! 身体強化を使え! 千里眼で敵の正体と位置が確認できないか?」
「やってみる!」
緊張しているがしっかりとした返事が即座に返ってきた。
「俺も索敵を使ってみる」
と拓光。
「頼む」
(千里眼とは言わないが、索敵や気配察知系のスキルを取得しておくべきだった)
せめて代用になれば、と近接戦闘の補助に取得した感覚強化を発動させた。
刹那、目に映る景色が一変する。
(草木のわずかな揺れが分かるのか? 風の流れが、いや、空気の動きが感じ取れる……?)
研ぎ澄まされた感覚が周囲の変化を即座に感知する。
感覚強化により鋭敏となった自身の知覚に戸惑いながらも、違和感を覚えた図南が叫ぶ。
「紗良! 左斜め前方、三十メートル程のところにある三本の大木付近を探ってくれ! 何かがおかしい!」
「右斜めだ、図南! 敵が側面に回りこもうとしている!」
拓光の警告にわずかに先駆けて、右側面に回りこもうとする敵の動きを感じ取っていた図南が即座に反応する。
突き出した右手から続けざまに撃ち出された十数発の魔弾が、草を薙ぎ、樹木を穿ち、大木の幹を削った。
想像以上の破壊力と魔弾の痕跡に拓光が期待に目を輝かせて叫ぶ。
「当てたのか?」
「牽制代わりの弾幕だ」
冷静に返した図南が、『これで少しでも距離を取ってくれればいいんだが……』と独り言ちる。
「ビンゴ! 右に回り込んだ奴らが少し後ろに下がった。木の陰に隠れて様子を伺っている感じだ」
図南の狙い通りに敵が動いたことを拓光の索敵が感知した。
続いて、紗良の緊張した声音が響く。
「図南、見えた!」
「居たか!」
「教えてもらった大木の後ろにオークっぽいのが五匹いる!」
RPGゲームのなかで見た魔物のグラフィックの中で、最も似ていたのがオークだったと紗良が補足した。
「サンキュー、紗良! 念のため左側面にも注意を払ってくれ!」
「分かった!」
「スゲーな、闇雲は敵の数や姿まで分かるのか」
感心する拓光に図南が聞く。
「拓光は数までは分からないのか?」
「分からないと思う。多分だけど、何匹かを塊で捉えているみたいだ」
千里眼と索敵の差だろうか?
そんなことを考えながら何か武器になるものはないかと辺りを見回すと、ボーリングのボール程の大きさの岩に目が留まった。
(魔弾を命中させられないなら、接近戦で戦うしかないよな……)
接近線でオークの頭を岩で叩き割る姿を想像してた図南を嫌悪感が襲う。だが、すぐに頭を振って思考を切り替える。
「やるしかない!」
岩に手を伸ばそうとする矢先、
「ギャッ!」
「ギャッ!」
「グェッ!」
「ガフッ!」
「グギッ!」
肉を抉るような鈍い音と獣が叫ぶような悲鳴が森の中に響いた。
「ウウッ」
続いて聞こえる紗良のうめき声に図南の心臓が激しく波打ち背筋が凍り付く。彼女のもとへと飛び出したい衝動を抑えて声を張り上げる。
「紗良! どうした? 攻撃を受けたのか?」
図南が紗良の方を覗き込むと、下を向いて苦しそうにしている彼女の姿が映った。
「吐いた……」
「大丈夫か?」
駆け寄ろうとする図南を紗良が仕草と言葉で制する。
「大丈夫、オークに魔弾が命中するのを千里眼で見ちゃっただけだから」
「オークを倒したのか?」
「五匹、全部仕留めたよ」
蒼白な笑顔でVサインをする。
その無理に作った笑顔が図南の胸を締め付ける。最優先で守るべき存在と考えていた紗良が、自分よりも先にオークを殺した事実に図南の心の奥底で何かが弾た。
「何をやっているんだ、俺は! 何をビビッてるんだよ!」
叫ぶや否や、右側面に回り込もうとしていたオークの集団に向かって駆けだしていた。
「無茶するな!」
「図南!」
拓光と紗良の声を背に、図南が攻撃魔法を口にする。
「魔刃!」
その声に呼応するように彼の手のなかに魔力の刃が顕現した。
唯一、必中の特性を持った攻撃魔法。
(乾坤一擲! この加護を見た瞬間に俺の戦闘スタイルが決まった。あらゆる手段を駆使して必中必殺の刃を敵に届かせる!)
身体強化により強化された運動機能は瞬く間に敵との距離を詰める。感覚強化により鋭敏となった知覚が周囲の変化を、敵の動きを瞬時に読み取る。
「見えた!」
茂みの中に潜んでいる七匹のオークを視認し、一匹のオークが大木の裏に隠れているのを知覚する。
オークが弓を引き絞る。
「集中!」
三本の矢が高速で飛来する。
全ての矢をかわすのは不可能と判断した図南が、致命傷を避けることだけを考えて身体をよじる。
最初の一本を左肩で受け、続く二本の矢を紙一重でかわす。
瞬く間にオークを間合いに捉えた。
水平に薙いだ魔力の刃が四匹のオークを胸の高さで音もなく両断する。勢いそのままに血飛沫を掻いくぐり、後方の三匹を瞬時に斬り伏せた。
振り向く図南の目に大木の陰に隠れていたオークの背中が映る。
「加速!」
図南の姿が残像となって消えた瞬間、魔刃を一閃させた彼が大木の向こう側に現れる。
その背後で両断された大木が倒れ込み、オークが血飛沫を上げてくずおれた。
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