第23話 噂と大司教からの提案
――――神聖教会一行の野営地。
昨夜の襲撃で怪我を負った者たちも全員回復したこともあって、神聖教会の野営地も随分と落ち着きを取り戻していた。
その一画、十二、三歳と思しき三人の見習い神官たちが額を突き合わせる。
「昨夜のトナン様の話を聞いたか?」
見習い神官の一人が周囲を気にしながらささやいた。
「襲撃者を撃退した話か?」
「大司教様と一緒に重傷者を治療した話か?」
二人の問いに『襲撃者を撃退した話だ』、と興奮気味に続ける。
「鬼神のような戦い振りだったって聞いたんだ」
「聞いた、聞いた! 目にも止まらない動きで敵を次々に倒したらしいな」
「剣術の手練れだって噂だよな」
三人の見習い神官の目が輝きだす。
まるで憧れの英雄の話をするように興奮していた。
「やっぱり神聖騎士団に入られるのかな?」
「俺、神聖魔法の才能はなさそうだし、神聖騎士を目指してみようかな」
「トナン様は神聖魔法も司教クラスなんだろ? そんな凄い人が神聖騎士団に入るかな? 既に司教待遇らしいし、このまま出世する道を選ぶんじゃないのか?」
図南が上級神官の神官服をまとっていたことに触れた。
神聖教会は教皇を頂点とし、それを補佐する枢機卿、各地域や神殿の長である大司教、現場を指揮する司教、それを補佐する司祭が続く。
ここまでが一級から三級神官で構成され、一般的に上級神官と呼ばれていた。
「第一階位の『部位欠損の再生』が使えるんだよな、トナン様」
神聖魔法のなかでも最上位に位置する第一階位の『部位欠損の再生』を図南と紗良が行えることは既に知れ渡っている。
神聖教会は良くも悪くも実力社会で、その実力を図る基準は神聖魔法だった。
そして、第一階位の神聖魔法が使える者はそれだけで三級神官以上の階級が与えられる。
「第一階位の神聖魔法が使えるのにわざわざ神聖騎士団には入らないって」
「でも、まだ十五、六歳だろ? 三級神官だからって、いきなり司教にはなれないんじゃないのか? 剣の腕も凄いらしいし、一時的に騎士団に入る可能性だってあるさ」
神聖魔法の能力に見合った階級は与えられても役職は別問題だと、過去、多くの才能ある若者が証明していた。
「『部位欠損の再生』なら、サラ様も使えるんだろ?」
「噂ではな」
「昨夜、大司教様が大怪我を負った人たちの治療をしたんだけど、それにトナン様とサラ様が同行したんだろ? そのときにトナン様とサラ様が部位欠損を直したって聞いたぜ」
「やっぱり、あのお二人は特別なのかなー」
見習い神官の一人が両手を頭の後ろで組んで空を仰いだ。
「それって、サラ様に関する噂のことか?」
「ルードヴィッヒおじいちゃん、のことか?」
即座に他の二人が反応する。
「サラ様が大司教様を『ルードヴィッヒおじいちゃん』、って呼んでいたらしいじゃないか」
「じゃあ、やっぱりサラ様はお孫さん?」
殊更に声をひそめた。
「それを言ったら、トナン様も大司教様のことを『じいさん』と呼んでいたぜ」
「本当か?」
「間違いない、この耳で聞いた」
図南と紗良の無礼なもの言いが、彼ら見習い神官だけでなく、騎士や神官たちの間にもあらぬ誤解を広げていた。
「黒髪にダークブラウンの瞳ってところで怪しいと気付くべきだったよな」
「本当にお孫さんなのかな?」
「少なくとも血縁関係はあるんじゃないのか?」
日本人と同じ特徴を持つ東方大陸の民族——、東方大陸から渡ってきた者たちの子孫は、この神聖バール皇国では数少なかった。
そんな数の少ない特徴を持ったルードヴィッヒ大司教が、同じ特徴を持った図南と紗良を取り立てる。
そこへ昨夜の襲撃事件だ。
二人とも高位の神聖魔法の術者であることを示し、図南に至っては比類ない戦闘能力で騎士団と神官たちの危機を救った。
尾ひれ背びれを付けて噂が急速に拡散していのに時間はかからなかった。
噂話に夢中になっている三人を若い神官が見とがめる。
「おい! お前たちサボってないで仕事をしろ!」
「すみません!」
三人が慌てて持ち場へと戻って行った。
彼らの姿が他の神官たちに紛れると、天幕の陰から現れたフューラー大司教が楽しそうに微笑む。
「これは利用できるかもしれんな」
◇
食事を終えた図南と紗良がフューラー大司教の天幕を訪れていた。
天幕に入るなり、図南が切り出す。
「お話しがあるとうかがいました」
「昨夜の治療のことが噂になっているようですが、そのことについてでしょうか?」
紗良は図南の噂については敢えて触れずに聞いた。
「サラお嬢ちゃんの予想した通りじゃよ。トナン君が襲撃者を撃退した戦いぶりと二人が治療をしたことが噂になっておる」
図南も昨夜の戦闘行為が噂になるだろうことは予想していた。
それでも、改めて面と向かって言われると、もう少し思慮深くあるべきだった、と少なからず後悔の念が湧き上がる。
だが、やってしまったことは仕方がない、と腹を括ることにした。
「それで、今後、俺たちはどのように対処したらいいでしょうか?」
「先ずは確認じゃ。二人とも神聖教会に籍を置き、ワシに協力してくれると言うことで間違いないな?」
「そのつもりです」
「はい」
同時に答えた。
「いま、この野営地にあるうわさが広がっている――――」
フューラー大司教は図南と紗良の二人が、自分の孫ではないか。孫でないにしても何らかの血縁関係にあるのは間違いないだろう。
そんな噂が広がっていることを語った。
「――――二人とも、知っていたかね?」
「いいえ、全く知りませんでした」
とは紗良。
「チラっとは知っていました」
図南は明け方近くに拓光から聞かされていた。
一瞬、図南を見た紗良がフューラー大司教に頭を下げる。
「大司教にはご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ございません。即座にあらぬ噂を否定するようにいたします」
「いやいや、否定する必要はない」
驚いた図南と紗良が大司教を真っすぐに見つめる。
二人の反応に楽しそうな笑みを浮かべたフューラー大司教が、『ワシはこの噂を利用しようと思っておる』、と企みを得意げに語り始めた。
「二人ともワシの遠縁の親戚ということにする。そうすることで余計な噂話が広がり、あらぬ誤解を受けることもなくなる」
「遠い親戚、と言うことにしても問題ないのですか?」
「隠し孫などと噂されるよりは余程問題にならんよ」
図南の質問に即答した。
その答えに図南と紗良が苦笑いを浮かべながらも納得してうなずく。
「さて、話の続きだが……、君たち二人は私が他人の振りをして呼び寄せたことにする。目的はカッセル市の神殿長となる私の右腕とするためじゃ」
カッセル市の神殿長に就任するとは言っても、神殿長補佐や副神殿長は対立派閥に所属しており何かと施策の邪魔をすることは目に見えていた。
そこで信用のおける血縁のなかでも、特に優秀な若者を側に置くというのは、実にありそうな設定である。
「それなら納得です」
感心する紗良の傍らで図南が聞く。
「それで、俺を神聖騎士団へ。紗良を神官にすると言うことですか?」
「少し違うな」
「違う?」
図南が意外そうに聞き返したが、フューラー大司教は図南の疑問には答えずに説明を始めた。
「サラお嬢ちゃんには三級神官となり司教の役職についてもらう」
「先日教えて頂いた階級をあたしが間違って憶えていなければ、司教ってもの凄く偉いし、もの凄い権限を持っていませんか?」
若干、顔を引きつらせた紗良が聞くが、
「何、大したことはない。ワシを助けるのに必要な権限しか持っておらんよ」
答えになっていない答えが返ってきた。
「詳しい話は後で聞くとして、俺の方はどうなるんですか?」
「トナン君も三級神官となり司教の役職についてもらう。ただし、神聖騎士団の部隊長も兼任してもらうことになる」
内心で『なるほど』と納得する図南の様子を見たフューラー大司教が続ける。
「神殿における神聖騎士団の最高位は騎士団長で本来は四級神官である司祭が務める」
「騎士よりも神官の方が力を持っている、と言ったのはそう言うことなのか……」
「その理解で正しい」
図南の独り言にフューラー大司教が首肯しながら言った。
「それだと、命令系統だけでなく人間関係にも軋轢が生じたり、歪が生じたりしませんか?」
「歓迎しようじゃないか」
カッセル市の神聖騎士団の組織を崩壊させるが狙いだと言外に語った。
『やっぱりそうか』と図南が納得するが、紗良は納得しなかった。
「それだと図南の負担が大きくなります。だいたい私たちは国ではまだ子どもです。大人相手に人間関係の再構築なんて無理です」
紗良の勢いにフューラー大司教が目を丸くするが、図南は落ち着いた様子で紗良に言う。
「面白そうじゃないか」
「図南!」
「そういう大人の駆け引きってやつ? 俺は憧れていたんだよね」
紗良を心配させないようにと図南が精一杯おどけてみせた。そしてフューラー大司教には鋭い視線を向ける。
「失敗しそうになったり、問題が起きたりしたら助けてくれるんだろ?」
「約束しよう」
フューラー大司教が力強い言葉と共に右手を差し出した。図南はその手を取ると、
「取引成立だ。紗良もそれでいいだろ?」
紗良に同意を求める。
「司教の仕事を実際にやってみるまでは仮契約です」
今度は紗良がフューラー大司教に鋭い視線を向けた。
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