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第22話 報告

 正体不明の襲撃者を撃退し、重傷者の治療が一段落するころには、神聖教会の野営地も落ち着きを取り戻していた。

 負傷者の治療を他の神官に引き継いで、自分の天幕へ戻ったフューラー大司教がため息とともに倒れ込むように椅子へ座る。


「やれやれ。治療の魔法をかけるよりも、足元を気にしながら怪我人の間を歩き回る方が疲れたわい」


「お疲れ様です」


 二十代半ばの女性神官がテーブルの上にティーカップを置いた。

 フューラー大司教は女性神官にお礼を言いながら熱い紅茶の入ったティーカップへと手を伸ばす。


「これだけの数を治療したのは何年ぶりになるかのう」


「随分と早くお戻りになられたのですね」


 聞いていた損害の規模が正しければ明け方までかかってもおかしくなかった。それだけに、一時間余で戻ったことが逆に悪い想像を掻き立てる。

 女性神官の不安を感じ取ったフューラー大司教が言う。


「心配しなくてもワシが出向いてからは誰一人死んでおらんよ」


「失礼いたしました」


 要らぬ気を使わせたことに女性神官が恐縮していると、天幕の外から男性が声を掛けた。


「ミュラーです。ご報告に上がりました」


「なんじゃ、待ち構えていたように来るのう」


 フューラー大司教は女性神官を退出させ、ミュラーに天幕へ入るように命じた。

 報告に来たのは神聖騎士団のミュラー隊長と、同じく神聖騎士団のラルスの二人である。


「報告を聞こう」


 フューラー大司教に促されたミュラーが口を開いた。


「我々の被害は死亡した騎士が十二名、神官が十七名です。重軽傷者も多数でましたが大司教様のお陰をもちまして一命を取り留めました」


 治療を終えた重傷者たちは何れも回復中であることが告げられる。


「カッセル市への到着が一日二日遅れても構わん。重傷者の体力の回復には特に留意するようにな。隊商にも我々と足並みを揃える必要はないと伝えておきなさい」


「承知いたしました」


「殉職した者たちの扱いはくれぐれも丁重にな。親族へ連絡する準備も怠りのないよう頼んだぞ」


「はい、滞りなく進んでおります」


 事後処理が問題なく進んでいると告げたミュラーに首肯して答えると、フューラー大司教が話題を襲撃者へと移した。


「襲撃者の方はどうなっている?」


「襲撃者は確認できている範囲で百八名。そのうち八十七名を生け捕りにいたしました。現在、トナン様とサラ様が襲撃者たちの治療にあたっております」


 図南と紗良も、フューラー大司教と共に騎士や神官の治療に当たっていたのだが、彼らの治療を終えたところで襲撃者たちの治療に移っていた。


「尋問はいつ頃から始められそうかね」


「治療を終えた襲撃者の尋問は既に開始しております。ですが、背後関係はいまだに聞きだせておりません」


「まあ、口は割らんだろうな」


 フューラー大司教もミュラーも、今回の襲撃者がプロの戦闘集団であると予想している。そして、その予想が正しければ容易く口を割ることはないだろうと考えていた。

 それでもミュラーは一縷の望みを口にする。


「生け捕りにした人数が多いので、なかには間抜けがいるかもしれません」


 カマを掛けてみるつもりだとほのめかした。


「エーレの名前が出てくることはないだろうが、それでも汚れ仕事をする者を追い詰めることが出来れば、エーレのヤツを悔しがらせるくらいはできるな」


 エーレ大司教。

 フューラー大司教と並ぶ、次期教皇候補の一人である。


「仮にエーレ大司教一派の誰かだとして、ここまでの強硬手段に出てくると我々も予想をしておりませんでした」


 油断があったことにミュラーが唇を噛む。


「慢心があったのはワシだ。お前たちが気に病むことではない。それよりも、第二の襲撃に備えて警戒を怠らないよう頼む」


 第二陣の襲撃があってもおかしくないのだと告げた。


「承知いたしました」


 改めて敬礼するミュラーに、フューラー大司教が穏やかな笑みを向ける。そして、世間話をするような気安さで話題を変えた。


「それで、トナン君の戦いぶりはどうだったかね?」


 穏やかな笑みと気安い口調。


 だが、眼光は普段見せることのない鋭い光を湛えている。

 襲撃者たちから背後関係を聞き出すことよりも、図南の戦いぶりの方が気になっているのは明らかだった。


「実際にトナン様の戦闘を目の当たりにしたラルスからご報告させて頂きます」


 ミュラーがラルスを促す。


「ほう、実際に戦いぶりを見たのか」


「はい。トナン様が二十人の襲撃者を一瞬で切り伏せる様子を見ました」


 ラルスがその時の様子を語りだした。

 

 ◇


 何から話していいか迷ったラルスは、最初から話をすることにした。


「騎士三人と神官七人で十数人の襲撃者を相手にしていたのですが、奇襲であったことと相手が手練れ揃いであったため圧されていました……」


 その戦いで同僚の騎士と神官を失った場面を思いだしたラルスが言葉を詰まらせる。それでも一瞬のことだった。


「そこにトナン様が駆け付けてくださったのです」、と話を続ける。


「突然、声を掛けられました。私はその声に思わず振り向いたのですが、振り向いたときには既にトナン様の姿はありませんでした。代わりに襲撃者たちの悲鳴が聞こえました」


『もしかしたら私の記憶違いかもしれませんが』、と前置くと、図南が声を掛けた場所とラルスとの距離が二十メートル以上離れていただろう、と告げた。


 ラルスの言葉通りだとすれば、図南が二十メートル以上の距離を一瞬で詰めるだけの速度で駆けたことになる。


 そのことにフューラー大司教の口元が綻んだ。

 余裕のないラルスはそのことに気付きもせずに報告を続ける。


「再び襲撃者たちに視線を戻したときには、反撃の隙すら与えずにトナン様が一方的に敵を切り伏せていくところでした」


「それで戦い方は、トナン君の戦い方はどうだったのだ?」


 フューラー大司教が身を乗りだした。


「正確なことは分かりませんでした。辺りが暗かったこともありますが、気が付いたときには敵が倒れていたのです」


 ラルスが申し訳なさそうな顔をするラルスに、フューラー大司教が話を続けるように身振りで示す。


「その後は致命傷を負った者たちを治療してくださりました。治療の魔法も素晴らしいものでした。正直、助からないと思っていた部下を瞬く間に治療して下さる様子は、まるで幻を見ているようでした」


 事実、襲撃者を瞬時に斬り伏せたことも、瀕死の重傷者の怪我が数秒後には何事もなかったかのように治療されていくことも、少年の日に聞いた物語の英雄を見ている思いだった。

 そのときの感情が蘇ったラルスが頬を紅潮させ、瞳を輝かせて語る。


「その後、突然、森に向けて高速の攻撃魔法を放たれました。最初は意味が分かりませんでした。ですが、森の中に予備戦力があることに気付いたトナン様が先手を打って攻撃したのです」


 事実は微妙に違うのだが、ラルスのなかでは敵の作戦を見抜いた図南が攻撃魔法を放ったことになっていた。


「遠距離攻撃魔法か……。どのようなものだった?」


 隊商や冒険者たちから聞いた、紗良の放った攻撃魔法と同じものだろうか? とフューラー大司教が口に出さずに自問する。


「魔法の属性は分かりませんでしたが、火魔法や水魔法でないように思われます。撃ちだされた攻撃魔法が高速であったことと、暗闇とで見誤ったのでなければ不可視の攻撃魔法です。ですが、風魔法とも思えませんでした」


 隊商や冒険者たちの情報と合致した。


「不可視の攻撃魔法か」


 風魔法か無属性魔法しか思い当たらなかった。


「その不可視の攻撃魔法の威力を見た襲撃者たちが狙いをトナン様に定めると、トナン様を包囲するために慌てて行動を起こしました。ところが、トナン様は包囲が完成するのを待っているように余裕の笑みを浮かべてその場に立っておられたのです」


 少年のような瞳で語るラルスを見て、そろそろ脚色が入ってきているのではないか、とフューラー大司教は感じる。

 だが、図南と紗良の評価が上がるのであれば良しとするつもりであった。


 そして、それは態度に現れる。


「そうか、そうか。戦闘のセンスもあるというのは頼もしいことだな」


 満足げに微笑んだ。

 ラルスはさらに勢い込む。


「森に撃ち込んだ射程の長い攻撃魔法を警戒して包囲した者たちが一斉に距離を詰めて斬り掛かりました。ですが、襲撃者の刃が届いたと思った瞬間、斬り掛かった者たちは腰の辺りから両断されたのです。剣を地面と水平に振り回しただけです。たったそれだけの動作で十人からの襲撃者を斬り伏せてしまったのです」


「剣術の覚えはないと言っていたが、なかなかどうして、やるではないか」


「剣術の覚えがないというのは本当のことでしょう。大変失礼ですが、トナン様の剣技は素人のそれです。ですが、それでもあれだけの手練れを圧倒したのです!」


 剣で人を斬れば、その手応えがある。それは傍から見ていても分かるものだが、図南の斬撃にはそれを感じなかったと語った。


「剣術を覚えさせるのが楽しみになってきたのう」


「トナン様が剣術を修めたらと思うと胸が高鳴ります!」


 フューラー大司教の反応を目の当たりにして、まことしやかにささやかれている噂がミュラーの心中に蘇る。


『突然、司教待遇となった少年と少女。そのどちらか、或いは、二人ともがフューラー大司教の公に出来ない孫なのではないか』

 

 発端は妬みや嫉みであった。


 年若い二人の少年と少女が司教待遇となる。

 前例がないわけではないが、容易に納得できるものでもなかった。

 

 東方大陸出身者独特の容貌から血縁関係ではないかとささやかれ、いつの間にか孫であると噂されるようになる。

 そして、並外れた神聖魔法の術者であることが噂を加速させていた。


 ミュラーは心中に蘇った疑問を抑え込むと、ラルスに報告をうながす。


「ラルス、報告を続けろ」


 ラルスが報告を再開した。


「何よりも驚いたのは、攻撃をまともに受けても、負傷する端から魔法で治療して戦闘を続けていたのです」


 不屈の精神の持ち主だと、崇拝するような顔で語る。

 そして報告の最後にラルスが、


「――――特筆すべきことと言われても、たくさんあり過ぎますが……、敢えて言うなら驚異的な速度です。移動速度、斬撃の速度、目にも止まらぬ速度で動いて敵を切り伏せるのです」


 何度も見失う程であったと付け加えた。

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◆あらすじ
就職に失敗した天涯孤独の大学生・朝倉大地は、愛猫のニケとともに異世界に迷い込んだ。
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