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第14話 フューラー大司教(1)

本日、18時00分 と 21時00分 にも投稿いたします

 偶然にも、神聖教会の馬車隊の目的地もケストナーを代表とする隊商と同じカッセルの街であった。

 これを知った神聖教会側の責任者であるルードヴィッヒ・フューラー大司教の好意により、二つの馬車隊はカッセルの街まで行動を共にすることとなった。


 捕らえた盗賊たちも神聖騎士団が護送する。

 表向きは盗賊に襲われて困っていた隊商の保護であるが、フューラー大司教の真の目的は別のところにあった。


 神聖魔法の術者である図南と紗良だ。

 その図南と紗良はルードヴィッヒ・フューラー大司教の天幕を訪れていた。


 フューラー大司教の天幕は八畳程の広さで、なかには簡素なベッドとテーブル、執務机、四脚の椅子が置かれている。

 フューラー大司教は図南と紗良が天幕に入ってくると、訪ねてきた孫を出迎える祖父の様に実に嬉しそうほほ笑んだ。


「先ずはお茶でもどうかな?」


「喉は十分に潤っています」


 素っ気ない図南に続いて、紗良がそつのない返答をする。


「ありがとうございます。大司教様が手ずから淹れてくださるとは恐縮です」


 フューラー大司教は紗良に微笑みかける。そして、図南に視線を向けると笑みを湛えたまま諭すように言う。


「自分よりも地位の高い者からお茶を勧められたのに、そのように素っ気なく断っては失礼にあたる。気を付けなさい」


「失礼しました。私も頂きます」


 図南の反応にフューラー大司教はうなずくと二人に椅子を勧めた。


「遠慮せずに掛けなさい」


 椅子に座った図南が眼前のフューラー大司教を観察する。


 年の頃は七十歳を少し超えたくらいに見える。

 頭髪は真っ白で年相応の外見であったが、その動作と口調はしっかりとしており、五十代を思わせる若々しさがあった。


「別に取って食おうなどとは考えておらんよ。少し話をしたいと思ってな」


 警戒心を顕わとした二人に、フューラー大司教が好々爺とした笑みを浮かべる。


「神聖魔法のことですか?」


 図南が聞くと穏やかな笑みを湛えてうなずく。


「そうだな、それもある」


(それ以外何があると言うんだ?)


 図南は十数分程前の出来事を思いだしていた。


 ――――遡ること十数分。


 森の中に少し分け入ったところで、五人の男女が盗賊の頭目を囲んでいる。頭目は拘束され、さるぐつわをされてた状態で転がされていた。

 頭目を囲んでいるのは、図南と紗良、フューラー大司教と神聖騎士団のミュラー隊長とラルスである。


 フューラー大司教が目配せするとラルスが頭目の右太腿みぎふとももに斧を振り下ろした。

 骨を断つ鈍い音と共に血飛沫ちしぶきが上がり、くぐもった呻き声がさるぐつわの隙間からわずかに漏れる。


 斧を振り下ろす瞬間、思わず目を逸らした図南と紗良にミュラー隊長が言う。


「この男の右脚の治療をお願いします」


 口調は丁寧だが有無を言わせぬ迫力があった。


「俺がやろう」


 図南は振り返ろうとする紗良を押しとどめて進み出ると、頭目にすぐさま神聖魔法を発動させた。

 動画を逆再生したかのようにみるみる組織が再生し、斬り飛ばされた右脚が繋がる。時間にしてわずか数秒。流れ出た血こそ残っていたが、傷口はどこにも見当たらなかった。


 その様子を見ていたミュラー隊長とラルスが息を飲み、驚愕した表情で図南と盗賊の右脚とを交互に見る。

 フューラー大司教の咳払いがミュラー隊長とラルスを現実に引き戻した。


 ミュラーは盗賊の手を取ると、今度はその右手の親指を斬り飛ばす。


「今度はお嬢さんが部位欠損の再生をしてください」


 無言でうなずいた紗良が盗賊の右手に自身の右手をかざした。

 図南と同じように即座に神聖魔法が発動する。切り口から組織が再生し、失われた親指がみるみる形成された。


 図南と同じようにそのことを思いだしていた紗良が顔を蒼ざめさせると、図南はテーブルの下で彼女の左手を力強く握りしめた。

 紗良が応えるように握り返す。


 右手の感触に勇気づけられた図南がフューラー大司教に言う。


「俺たちの能力を確かめるためとは言え、あれは少しやり過ぎではありませんか?」


「我々が合流しなければ殺していたのだろ?」


 盗賊たちの護送を諦め、ここで皆殺しにするつもりだったことを指摘した。


「それは……」


 言い淀む図南にフューラー大司教が、


「それにカッセルの街で衛兵に引き渡せば犯罪奴隷だ。あれよりも辛い未来が彼らを待っている」


 気にするようなことではないと言い切った。

 図南と紗良はこの異世界の人権や人命に対する価値観の違いを改めて思い知った。


 だが、そのことを思い悩んでいる場合ではないと自身に言い聞かせる。


「それで俺たちの神聖魔法について何をお聞きになりたいのですか?」


 隊商や護衛の人たちの反応と、解析を使ってこの世界の住民の能力を確認したことで、魔力量を無視し、連続で異常な数の負傷者を治療したことは想像できていた。

 それにより、よほど上手い対応をしないとトラブルに巻き込まれることになるかもしれないとも思っていた。


 だが、先程のミュラー隊長とラルスの反応を見て、魔力量だけでなく神聖魔法の効果も十分に異常なのだと、いまは考えを改めてもいた。

 フューラー大司教が図南と紗良を交互に見ながら言う。


「君たちがやったこと――、切り離された部分の組織を再生して結合させることや、失われた身体の一部を無から再生させることがどの程度のことか理解しているかね?」


「どの程度のこと、と聞かれましても。私たちは小さな村の出身で世情に疎いものですから見当もつきません」


 図南の言葉に紗良も同意を示して首を縦に振った。

 誰にでも出来ることでないのは薄々感じていたが……、では、自分たちが彼らの前で使った神聖魔法がこの異世界でどの程度の評価なのかは皆目見当もつかなかった。


「君たち二人の神聖魔法は実に素晴らしい。この神聖バール皇国でも五指に入る腕前であることは間違いない」


「五指ですか……」


(それって、かなりヤバいよな……)


 図南の背に冷たいものが流れた。

 紗良が震える手で彼の右手を強く握り返す。


「そうだ。この小さな島国とは言え、君たち二人は五指に入る神聖魔法の術者と言うことになる。このままこの国に残るなら、ワシがそれなりの地位を保証しよう」


 フューラー大司教がほほ笑んだ。


(なるほど、俺たちの神聖魔法を国外に流出させたくないということか。と言うことは俺たちを取り込むつもりなのか?)


 図南がフューラー大司教の思惑がどこにあるのか、と考え込んでいる横で紗良が言う。


「大変光栄なお話をありがとうございます。ですが、突然のお話しで理解が追い付きません。少し考える時間を頂けませんでしょうか?」


「そうだな、考える時間は必要であろう」


 フューラー大司教が紗良の反応に上機嫌で返す。

 俺と紗良も釣られて笑みを返すと、フューラー大司教が口元を綻ばせた。


「我が国で五指に入る神聖魔法の術者ということは、世界でも五指に入ると言うことなのだが、分かっていなかったようだね」


 不意打ちのようなその言葉に図南と紗良が固まった。


「申し訳ありません。ミュラー隊長からお聞きではないでしょうか、私と紗良は田舎の出身でして世情に疎いのです」


「どこの田舎で育てばそれほどの教養が身に付くのだろうな」


 実に楽しそうに笑う。

 ここまでの図南と紗良との会話や彼らの対応を見て、二人がそれなりの教育を受けていることは容易に想像できた。


「彼女の祖母が礼儀に厳しい方で二人とも教え込まれました。教育の方は、同じように彼女の祖父に教えてもらいました」


 あらかじめ図南と紗良、拓光の三人で示し合わせた設定を口にする。

 だが、それも眼前の老人には通用しなかった。


「君たちはこの島の出身ではないのだろう? 狭い島だ、辺境とは言ってもそれほどの知識と教養を教え込む師がいたのだ、神聖教会のことを教えなかったと言うことはないはずだ」


「バレちゃったみたいよ、図南」


 三人で決めた合図だ。

 あまりにも常識外れなようであれば、別の大陸から来たことにする取り決めとなっていた。


「ご推察の通り、私たちは東方の大陸から参りました」


「東方の大陸か。それで腑に落ちたよ。神聖魔法もそこで習得したものだね」


「はい」


「ははは、そうか、そうか。実はワシの祖父も東方の大陸からこの島に渡ってきたのだ。いまではすっかり真っ白になってしまったが、ワシも若い頃は君たちと同じ黒髪だったのだよ」


 そう言うとにこやかに笑った。


(黒髪なんて一本も残ってないじゃないか)


 フューラー大司教の真っ白な頭髪を見ながら図南が内心で毒づく。


 よく見れば虹彩は彼らと同じダークブラウンである。顔立ちも日本人よりも彫りが深いが東洋系の面影を残していた。

 そしてフューラー大司教がさらりと言う。


「ところで、ここが島国などではなく大陸だと言うことを知らなかったようだね」


「え?」


「嘘……」


 図南と紗良が同時に声を上げた。

 そんな二人を楽しそうに見ながらフューラー大司教が言う。


「東方の大陸との国交が断絶してそろそろ五十年になるかのう」


 図南と紗良の心臓が早鐘を打つように高鳴る。全身の毛穴から汗が噴き出すような錯覚を覚える。

 二人はにこやかに微笑む眼前の老人を無言で見つめ返すのが精一杯だった。

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