第1話 魔法陣
新作です
校門をくぐる生徒がまばらな早朝ではあるが、一年二組の教室は十人程の生徒が登校していた。
入学式から三日目ということもあってか、所在なげに独りでいる生徒が目立つ。
そんな中、前後の席で親しげに会話をする二人の男子生徒——、端正な顔立ちの少年と人懐っこそうな雰囲気の少年。
端正な顔立ちの少年は宵闇図南、人懐っこそうな雰囲気の少年は不知火拓光。
「図南の叔父さんの会社で開発中のゲーム、いよいよ今夜からテストプレー開始だろ」
図南の叔父が開発責任者をしているMMORPG『幻想世界の破天荒解』——、通称『幻破天』。そのテストプレーに参加するためのアカウントを二人は貰っていた。
「もう、キャラメイクは終わったのか?」
図南が聞くと、
「バッチリよ」
楽しみで仕方がないといった様子で拓光がスマホにステータス画面を表示させる。そこには露出度の高いドレスを身にまとった美しい女性キャラクターが映し出されていた。
「拓光。お前、また女性キャラにしたのかよ?」
「姫プレイが俺の信条だからな」
胸を張る拓光に図南が恐る恐る聞く。
「お前のキャラ、ファンクラブがあるとか聞いたけど、それ、デマだよな……?」
「任せろ! 姫になりきってやるぜ!」
嬉々とした親友の反応に図南が軽いめまいを覚えた。
「ネカマで姫プレイかよ……。何があってもお前とは他人のふりするからな。絶対にゲーム内では俺に話しかけるなよ」
「そんなことよりも、お前はどんなキャラにしたんだよ」
「ん? 俺か? 俺は必中必殺のキャラだ」
図南が意味ありげに口元を綻ばせた。
「何だ、それ?」
「秘密だ」
とぼける図南の耳に可愛らしい声が届く。
「おはよー、となーん」
声の方に視線を向けると、ショートボブの女生徒が愛らしい笑みを浮かべて近付いてきた。
図南の幼馴染の闇雲紗良である。
「おはよう、紗良」
図南が軽く手を上げて挨拶を返すと紗良は満面の笑みを浮かべて手を振り返した。だが、次の瞬間にはその幼さの残る笑みが嘘のように消え、澄ました表情で拓光に挨拶をする。
「おはようございます、不知火さん」
「おはよう、闇雲」
拓光が挨拶を返した。
紗良は席に着くなり、得意げな表情でスマホの画面を突きだす。
「ジャン!」
パッと見ただけでも分かる。
拓光が見せたステータス画面と非常によく似ているが、拓光のそれよりも数字とスキルの数が明らかに多かった。
図南はその画面を見て力なくうな垂れる。
「叔父さん、紗良にまでデバッグ用のアカウントを送ったんだ」
「へへへへー。図南と同じのがいい、ってお願いしたら昨夜のうちに返信があったんだー」
語尾に音符マークが付くくらい浮かれた紗良が嬉しそうにスマホの画面を見る。
図南の隣で紗良がキャイキャイと騒いでいると、彼の目の端にブレザーを軽く着崩した眼光の鋭いイケメン――、白峰悠馬とその取り巻きの三人が映った。
紗良に目を留めた白峰が親しげに近付く。
「闇雲ちゃん、おはよう。今朝も可愛いねー」
「白峰さん、おはようございます」
紗良は立ち上がると声の主に向かって軽くお辞儀をした。
「どう? 俺と付き合う気になった?」
「その件でしたら、昨日きちんとお断りしているはずです」
告白されたタイミングで間髪容れずに断わっていた。告白した場所が教室ということもあり、断る現場を大勢の生徒たちが目撃もしていた。
白峰のことを陰で『秒の玉砕者』、とささやく者がいるくらいには広がっている。
それにも関わらずなおも言い寄る。
「俺、諦めが悪いんだよね」
困った顔を浮かべる紗良などお構いなしに白峰は続ける。
「それに心変わりすることだってあるだろ?」
「紗良が困っているだろ」
不機嫌さを隠そうともせずに、図南が白峰と紗良との間に割って入った。
慌てたのは紗良。
「ちょ、ちょっと、図南。あたしなら大丈夫だから! 自分で何とかするから!」
「宵闇、テメーは関係ねーだろ!」
図南の背後と眼前とで紗良と白峰の声が重なった。
「お前は振られたんだよ。いつまでも付きまとうのはみっともないぜ」
「ンだと、コラァー!」
図南よりも十センチメートルは上背のある白峰が図南の額にぶつかるほど迫り、鋭い目つきをさらに鋭くして睨み付けた。
教室にいた生徒たちの視線が彼ら七人に注がれる中、図南が白峰の取り巻きたちに向かって言う。
「入学早々問題は起こしたくないだろ?」
四対一。
不知火拓光を数に入れても四対二。
数だけでなく体格から見ても図南たちの劣勢は歴然としていた。
(またやっちまった。俺も懲りないよなー)
図南自身、腕に覚えがある訳ではないし、中肉中背の見た目通り、腕力や体力に関しては平均的な高校生でしかない。
それでも生来の正義感から、イジメや理不尽な行いに顔を突っ込んでは痛い目を見るということを、これまでの人生で幾度となく繰り返していた。
まして、今回は幼馴染の紗良に言い寄っていたのだ、黙って見ているという選択肢はなかった。
「別にもめ事を起こそうなんて思ってねえよ」
周りの視線を気にして白峰悠馬の取り巻きの一人がそう口にした瞬間、教室の床が輝きだした。
「な、何だ!」
「ちょっと、やだ!」
戸惑いと驚きの声が教室のあちこちであがる中、
「魔法陣……?」
図南が喉元まで出しかかった言葉を誰かが代弁した。
◇
「いまのなに……?」
「え? なに?」
目の慣れた者たちの視界に真っ白な空間と先ほどまで教室にいたクラスメートたちが映しだされた。
生徒は図南を含めて十七人。
先程まで教室にいた生徒全員だった。
現実離れした空間に突然投げ出された生徒たちを不安と混乱が襲う。
半数以上の者は言葉を発することもできずに茫然と立ち尽くすだけだったが、それでも気丈な者たちが会話を始めた。
「どこだよ、ここ……」
「なによ、これ……」
「白い、空間……」
入学後三日目という希薄な人間関係が如実に表れる。
独り言やどこかギクシャクした会話が生徒たちの間で交わされる中、図南が拓光に聞く。
「拓光、最後の記憶は?」
「白峰たちが因縁を付けてきたところ」
拓光が即答すると、
「不知火! てめえ!」
白峰の取り巻きのなかでも体格のいい男子生徒が拓光を睨み付けた。
「喧嘩している場合じゃなさそうだぞ」
白峰悠馬が言葉だけで体格のいい男子生徒を制し、取り巻きたちに指示を飛ばす。
「周りに注意を払え。違和感を見逃すな。些細なことでもいい、おかしいと思ったら知らせろ」
次の瞬間、図南たちの頭に直接女性の声が響く。
「皆さんは異なる世界から召喚されました」
生徒たちが口々に驚きや疑問を口にする中、女生徒の一人が口にした、『あなたは誰です? 異世界から召喚って、どういうことですか?』、との質問に答えるように再び頭の中に声が響いた。
『私は皆さんが住まう世界とは異なる世界の管理者。皆さんは私の管理する世界で行われた勇者召喚の儀式により異なる世界から召喚されました』
「異世界だって?」
「異世界なんか行きたくない! 元の世界に返してくれ!」
「異世界ってどんな世界だよ!」
再び生徒たちが騒ぎだす。
それを無視して三度頭の中に女性の声が響く。
『私の名はカーミラ。これから皆さんが赴く世界の管理者であり、私の管理する世界の住人は女神として信仰しています――――』
彼女の管理する世界の一国、リヒテンベルク帝国で行われた勇者召喚の儀式により召喚されたこと。
勇者召喚の儀式に女神は一切関与していないこと。
元の世界に戻れないこと。
異世界の文明レベルが地球の中世ヨーロッパ程度であること。
魔法や魔物が存在する世界であることが語られた。
「――――古の契約に従い、あなた方に異世界で生きていくための力を授けましょう」
女神の言葉と共に、図南たちの眼前にゴルフボール大の水晶のような物体が浮かび上がった。
「何だよ、これ」
「宝石?」
「光ってるぞ」
眼前で輝く物体を見つめる彼らに女神の声が響く。
『皆さんの目の前にあるのはスキルの種、それも希少スキルの種です。これから赴く世界で生き抜くために必要な力が秘められています』
「希少スキル?」
「普通のスキルよりも強力ってことか」
「詳しい説明をお願いします」
次々と口にされる疑問に答えるように女神の声が響く。
『手に取れば理解できます。手に取った瞬間、スキルの種は皆さんの中で芽吹きます』
「どうする?」
拓光が図南を見る。
「どうするって……。異世界がどんな世界か知らないけど、生き抜くための力が眼の前にあるんだ。手に取るしかないだろ」
図南が眼前の輝く球体に手を伸ばしたが、彼の手は輝く球体をすり抜けた。
「え?」
何度も球体を掴もうとするが、その度に図南の手は球体をすり抜ける。
「掴めない?」
茫然とする図南の耳に他の生徒たちの歓喜する声が聞こえた。
「ははは! 魔法だ! 俺、魔法が使えるのか!」
「スキルって……、こういうことなの?」
スキルの種を掴んだ瞬間、それがどういうものなのか理解したようだ。
「図南、あたしも掴めない……」
紗良が蒼ざめた顔で図南を見た。
「紗良もなのか?」
「何でだ? 何で掴めないんだよ!」
拓光もスキルの種を掴めずにいた。
「女神様! スキルの種が掴めないんだ! どうしたらいい! 教えてくれ!」
図南が虚空に向けて叫ぶが、何の反応も返ってはこなかった。
それでもなお訴える。
「異世界で生き抜くために必要な力なんだろ? 何とかしてくれ!」
図南の中に不安と焦りが沸き上がる。
「宵闇、お前、スキルの種を掴めねえのか」
白峰悠馬が意地の悪そうな笑みを浮かべ、図南の眼前にあるスキルの種にその手を伸ばした。
図南は反射的に白峰よりも速くスキルの種へと手を伸ばす。
だが、その手はスキルの種を素通りし虚しく空を切る。次の瞬間、図南の眼前にあったスキルの種が白峰の手の中に消えた。
「何で……?」
茫然とする図南とは対照的に高揚した白峰が笑い出した。
「はははは! 二人分のスキルだ!」
「白峰ー!」
絶望と怒りの感情がない交ぜとなって沸き上がり、図南は気が付くと憎悪の叫びを上げていた。
叫ぶ図南を無視した白峰は紗良に優しく微笑むと、
「闇雲ちゃんは俺が守るから何も心配しなくていいよ」
そう言って闇雲紗良の眼の前にあるスキルの種へと手を伸ばした。
「やめろ、白峰! それは紗良のものだ!」
「どうせ掴めないんだろ? 俺が有効活用してやるぜ」
「紗良、スキルの種を掴め!」
紗良が慌てて手を伸ばすが、それよりも早く白峰が彼女の眼の前にあったスキルの種をつかみ取った。
「嫌……」
嫌悪の表情を浮かべた紗良が後退る。
「ついでだ。お前のスキルも貰っとくぜ」
白峰が拓光のスキルの種までもその手に掴んだ。
「ははははは! 四人分だ! 四人分の力が俺の中にあるのが分かるぜ!」
「お前、紗良や拓光のスキル分まで! 白峰! 絶対に許さないからな!」
睨み付ける図南に白峰は獰猛な笑みを向けた。
「そのセリフ、キッチリ憶えておくぜ。異世界での生活が楽しみだな、宵闇!」
次の瞬間、女神の声が響く。
『これですべてのスキルの種が芽吹きました』
「ちょっと待ってくれ! まだだ! 俺たち三人は異世界で生きていくスキルを貰っていない!」
図南の訴えは虚空に虚しく消えた。
『最後に、皆さんの人生が豊かでありますように』
女神の言葉が終わると、空間は視界を奪う程の光が溢れ、召喚された生徒たちは再び浮遊感を覚えた。
突然視界が奪われたように辺りが闇に覆われたかと思うと、二つの光の奔流が現れ、十七人の生徒が二方向に別れて飲み込まれた。
一方は十四人。
もう一方は三人。
宵闇図南と闇雲紗良、不知火拓光の三人は、他の生徒たちとは異なる光の奔流に飲み込まれた。
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