法律から考えてみる 続き
「はい。今回は前回の続きから始めたいと思います」
「……」
「あれ? 先輩どうしたんですか?」
先輩につーんそっぽを向かれて冷や汗がたらりと流れる。
昨日の逃げたことで彼女のご機嫌は斜めらしい。
と言うことで
「すみませんでした!」
「ちょっと後輩君。いきなり何するの!」
僕は華麗にジャンピング土下座を決めた。床に額をぐりぐりと擦るつける。
先輩は慌てて僕の手を取って顔をあげさそうとするけど、彼女の腕力ではどうにもならない。
「許してくれるまで頭をあげられません」
「許すから、許すから。もう頭を上げてよ」
「本当に?」
僕はチワワ並みに目をウルウルさせて顔をあげる。
この表情で落ちない人はいないだろう。
「はあ、もういいから」
先輩は呆れたように大きな溜め息を吐いて僕を引っ張り上げた。
あれ? なんか反応が違うなぁ。と思いながらも抵抗せずに立たされる。
そして、彼女は僕の膝についていた埃をはらってくれていた。
もう少し上の方も―ごほん。なんでもありません。
と言う訳で先輩が埃をはらい終えて立ち上がったので本題に
「では昨日の続きですね」
「えっと、不倫は明文化されてないされてないって話だったっけ?」
「はい。離婚事由と書かれているが、やってはいけないとは書かれていないという所です」
「そこがどうにもわからないのよね」
首を傾げる先輩。僕は説明を続ける
「結婚の義務について明文化されているのは『同居、扶助義務(752条)』『婚姻費用分担義務(760条)』『日常家事債務の連帯責任(761条)』あと少し違うかもしれませんが『未成年の子の監護義務(820条)』があります」
「不貞行為はこれに入らないの?」
「民法770条で離婚事由に挙げられているのだからそれが法的根拠だという見解もありますが、それだと慰謝料の根拠に薄いんですよね」
「どういうこと?」
「旦那さんが不倫した場合、奥さんは旦那とその相手に慰謝料を請求する権利があるんです」
「それの何がいおかしいの?」
「770条は離婚が出来ると書いてあるだけで慰謝料が取れるとは書いてないんですよ」
「悪いことされて傷付いたんだから慰謝料貰って良いんじゃない?」
「そうです。この法律は不倫が悪いことだと認めている根拠にはなります。だけど、この法律によって慰謝料が請求できるとなると慰謝料の請求は離婚とセットじゃなければならないわけですよ」
「う~ん。頭がこんがらがってきた」
「本当にそうですよね」
僕もうんざりして肩を竦める。
「離婚はしたくないけど我慢ならないから慰謝料はふんだくりたいと思うでしょ」
「まあ、わたしは不倫なんてされたら即離婚だけど、子供とかいたら離婚できない人もいるでしょうね」
「ハイ。でも、傷付いてるのは間違いないので『第709条故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う』が適応されるわけです」
「なんかまた変なのが出てきたね」
「慰謝料はあくまでも旦那を独占する権利を奪われたことに対する損害賠償なわけで、この結婚したら夫婦以外の人間とそういうことをしちゃいけませんよと言うのはあくまでも慣習であって法律で明文化されていないわけです。ただし、770条はこの慣習が法的に有効であるという後押しをしているのは間違いないでしょう」
「もう、訳が分かんない」
「そうですね。なんで法律のことなんて言い出したのか今更ながら後悔しています」
「ならこの辺で」
「本当に言いたいのはここからなので止められないんですよね」
「本当に言いたいことって何なの?
僕は大きな溜め息を吐いた後に説明を始めた。
「ここで慰謝料を請求できるのは奥さんだけだということです」
「それのどこが変なの?」
「不倫されて傷付いたのは何も奥さんだけではないでしょ。子供はもちろん。奥さんのご両親も友人も傷付いているわけです」
「ああ。そうね。でも、そんなこと言ったら際限がないよ」
「そうです。だから、貞操義務を破られた奥さんだけに慰謝料を請求することが出来るんです」
「子供は?」
「別に不倫しようがしまいが父親には変わりがありませんからね。暴力や育児放棄などがあるのは問題外ですが、扶養義務を守っているのならば子供の権利を奪ってることにはなりません。だから、慰謝料請求は難しいのでしょう」
「なんか納得いかないね」
「まあ、仕方がないです。言い出したらきりがないですからね」
「と言う訳で結論。不倫を断罪して良いのは奥さんだけで。その権利を奪うことは誰にもできない。しかも、自分の利益の為に正義面して糾弾するのはいかがなものかと言うことです」
「うわぁ。暴論が出たね」
「はい。自分でも暴論だと思うのですが紛れもない本音です。報道の自由と国民の知る権利を盾にプライバシーを無視するマスコミにほとほと愛想が尽きかけてる今日この頃なんです」
「まあ、落ち着いて」
先輩の頬を汗が伝っている。苦笑しながらも僕をなだめるのだった。
そんな先輩を見て僕は深呼吸して気を取り直す。
「と言う訳で次回は報道の自由と国民の知る権利及びプライバシーの侵害について話してみたいとおもいます」
「うわあ、壮大なテーマだね」
「多分、不倫報道問題がモヤモヤするのはこの問題がクリアになってないからと思うんですよね」
「そうね。不倫ってどう考えてもプライバシーな話だもんね」
「と言う訳で今回はここまで」
「「またね」」