目覚め、動揺、そして…
どうやら、朝らしい。
窓から日差しが入り込んでいる。
まずは身体の確認だ。
手を目の前に出してみる。
どうやら子どもではないようだ。
異世界転生では、転生前の記憶が戻るタイミングが作品よって全然違う。
赤ん坊のこともあれば、魔物に襲われる寸前なんてこともある。
それに比べれば、ふかふかのベッドの上で、明るい日差しを浴びながら優雅に目覚めた俺は最高に贅沢なんだろう。
起き上がり部屋を見渡すと改めて王子の部屋なんだと実感する。
まずはベッド、天蓋付きなのはもちろんで、飴色の木枠に肌触りのいいレースのカーテンが付いている。
マットは柔らかすぎず、固すぎず程よいクッションが効き、掛け布団は上質な絹の生地で包まれ、重さを感じない。
枕は定番のように何個も並べられている。
目線の先には品のいい装飾が施されたワードロープと群青色のソファセット。
ベッドの左手には金色の装飾で縁取られた大きな姿見。
その姿見には見慣れない髪の色をした、俺らしい人物がベッドに腰掛けているのが映っていた。
慌てて髪を触ると、鏡の向こうの俺らしき人物も同じ行動をする。
ベッドから降りて、鏡の前に立つと、やはり同じ行動をする。
目の前にいる俺らしき人物は、髪は青みがかった白色で前髪を斜めに分けた短髪、背は長身、身体の線は細いがしっかりとした体つき、年頃はおそらく17〜19歳くらいだ。
以前の俺とは、髪色と体格、年齢は違うが顔つきなどはほとんど同じだ。
そして、あの三人の女たちから見せられた、俺に似ていると言った白薔薇のプリンス、もといカインにもそっくりだ。
やはり俺は、あの忌々しいゲーム「白薔薇のプリンス〜難易度Sの唯一の攻略対象、貴方は彼と恋に落ちれるか⁈」の難易度Sの王子に生まれ変わったのだ。
頭がクラクラする。
何が楽しくて、男の俺が恋愛攻略ゲームの世界に転生せねばならんのだ。
確かに恋はしなかったが、女に困った人生ではなかった。
女よりも、共に戦える仲間!
イケメンスペックよりも、剣や魔法!
ヒロインに攻略されるのではなく、俺が魔王とかダンジョンとか攻略したいんだ!
もう立ってはいられない、座ろう。
あぁ!なんて座り心地!
これも一級品!最上級のベルベットを使った、触り心地のいいソファだ。
コンコン
……!
今、ノックされたのか?
コンコン
答えるべきか、否か。
正直、まだ心の準備が整っていない。
突然の転生で、しかも白薔薇のプリンスで、似た身体でも以前の俺とは全く違う健康体。
頭で考えたくても、動揺が酷すぎて、何も考えられない!
「殿下、レスターです。」
喋った‼︎
あ、いや、わかっている。
ノックをしているんだから、人なのは当然で、応答がなければ、声をかけるだろう。
…….ダメだ。
話しかけられて、余計にパニックになってきてる。
だけど、次の展開は想像できる。
応答がなければ、確認しに入ってくるはず!
それはまだダメだ!
「なんだ?」
何とか、声が出た。
「朝の準備に参りました。失礼します。」
ガチャ
「待て!」
扉が開く途中で止まった。
セーフ…。
「少し考えたいことがある、一人にしてくれ。」
「……。」
扉は半開きのままだ。
「……承知致しました。後ほど改めてお声がけに参ります。」
「頼んだ。」
ガチャン
なんとか収まった。
レスターと言っていたな。
確か、白薔薇のプリンスの執事だったはずだ。
奴も人気の高いキャラクターだった。
安心したからか、次々とカインの記憶が蘇ってくる。
カイン、つまりは白薔薇のプリンス。
ジタリオ国の王子で、王位第一継承者。
兄弟に弟のルーベンと妹のクリスタがいる。
王族といっても、家族であることには変わらず、家族仲は良い。
俺とは大違いだ。
ただ、蘇ってくる家族の思い出は心地良い。
……。
涙か…?
笑い合う家族、頼もしい息子を見る父親の眼差し、無邪気な笑顔を振りまく弟妹たち、愛おしそうにそれを見つめる母親、縁のなかった風景だ。
羨ましい。
素直にそう思う。
俺の記憶が思い出すのは、見舞いに来てるはずなのに俺を見ずに電話をしながら英語で怒ったり笑ったりする父親と俺の隣に座り頭を撫でるが全く俺を見ずに携帯をいじりメールする母親、唯一看病をしてくれた祖母もいつも申し訳なさそうな顔だった。
そこに愛はなかった。
確かに、家族に恵まれたカインの記憶は転生したからこその恩恵だ。
だが、それはそれだ。
カインの家族の記憶は温かいが、女に関する記憶は俺と似ている。
逃げ場のない病人だった俺と違って、女たちに襲われたりはしないが、常に媚び諂った表現を浮かべた女たちがカインの周りを取り囲んでいた。
抱いてみた女もいるが、皆似たような女ばかりで面白い女はいなかった。
グゥ
……?
グゥ?
……お腹が減った。
無理もない、体感的に数時間のうちに死んで、変な奴だか女神に会い、転生したのだ。
脳をフル活用して、腹が減るのも当然だ。
だか、執事であるレスターはさっき追い払ってしまった。
周りを見ても、水と酒はあるが食べ物は見当たらない。
人を呼ぶ時はどうするんだ?
ナースコールがあるわけではないし。
部屋を出て、探す?
王子が⁈
いや、それはない。
思い出せ。
俺は王子初日でも、カインは王子18年だ。
!
そうだ!今の俺、つまりカインは18歳だ!
よし、この調子で人を呼ぶ方法も思い出すんだ。
思わず身体が振り返り、ベッドを見た。
いや、正しくはベッドの横にあるナイトスツールだ。
視線の先にはベル!
これだー!
チリリン
コンコン
「レスターです。お呼びでしょうか?」
来たー!
「あぁ、入れ。」
入ってきたのは、夕日色の長い髪を後ろで纏め、シルバーのベストを中に着込み、黒のタキシードを着た男だ。
やはりこの男も見たことがある、何枚か見せられた白薔薇のプリンスのスチル、そのカインの後ろに立っていた執事だ。
レスターは入るなり、呆れた表情を見せた。
「殿下、はだけたガウン姿を見せられても、私は喜びませんよ。風邪を引くだけですからおやめください。」
そう言われて自分の姿を見ると、胸板を露わにし、着ている意味のない着方をした自分がいた。
慌てて、前をしまう。
レスターは窓のカーテンを開き、窓を開けた。
木漏れ日程度だった日差しが勢いよく部屋に差しかかる。
風が舞い、新緑の匂いが立ち込める。
日本でいうと今は5月だ。
少しずつ、カインの記憶が俺に溶け込んでくる。
「さぁ、着替えて朝食にしましょう。」
そう言ってワードロープから服を取り出し、朝の支度に取り掛かった。
流れる作業であっという間に支度が整った。
グゥ
レスターは俺を覗き込み、イタズラな表情を浮かべて
「朝から考え事なんかするから、お腹が空くんですよ。」と言った。
レスターはカインが6歳の時から側にいる。
始めは執事見習いだったが、14歳の時に正式に執事となった。
カインにとって、家族以外で心を許せる者の1人だ。
「さぁ、行きましょう。殿下。」