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魔法では得られないもの

俺は今、自宅のベットでウンウンと唸っている。


ちょっと熱を出してしまったのだ。


神様が熱を出すなんておかしいって?俺もそう思うよ。でも、実際に熱があるんだからしょうがないじゃないか。


「あー宇宙風邪でも拾ってきたかなー。」


これは冗談で言っているわけではない。


医者に見てもらって薬を出してもらったのだが、3日経っても治らないのだ。もちろん、アーツを使って風邪菌を退治してみたがこれも効果なし。


宇宙で未知の病気にかかってしまい、医者では判別がつかないのかもしれない。


「でも、部屋着で宇宙空間にいたんだ。風邪とかそんなレベルの話なわけないか。」


アーツの力がなければ、生身の人間が宇宙空間で1秒と生きていられるわけがない。いや、人間だけではなく細菌を含む生物は例外なく死滅するはずだ。


物理的な病気でなければ、精神的なものかも?


病気は気からとも言うし、最近は色々と環境の変化があったからなあ。






「オニーちゃん起きてる?」


コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。俺が声をかけると、肘で扉を抑えながら声の主が入ってくる。


同時に、ふわっとかつおだしの香りが部屋に広がる。


両手はお盆で塞がっており、脇にペットボトルを2本挟んだ不安定な格好だ。


「オカユ作ったよ。食欲あるカナ?」


「今ちょうど起きたところだよ。うん、この匂い嗅いだら急にお腹へってきたよ。」


「はじめて作ったら自信ないケド。」


膝立ちでお膳をしながらニコリと笑顔を向ける白羽凛シラハネリンは、俺の母方の従妹だ。俺の母方の妹である彼女の母は自由奔放な人で、10代で日本を飛び出すとそれからずっと海外を渡り歩いているそうだ。


彼女はというと、大学進学を期に渡日し親戚筋の我が家で暮らすことになった。見た目は色白金髪ハーフ美人だが、キラキラと光る瞳だけは母親譲りのブラウンカラーだ。


「ちょっと準備するから待っててネ。」


右耳に髪をかけながらリンは俺のベットの横に腰掛けると、おかゆをフーフーと冷ましはじめる。


彼女はほとんど日本には来たことがないはずだが、流暢りゅうちょうに話す。


「ん……美味しい……」


リンは一口味見をすると、そのまま俺にスプーンを差し出す。


「バッチリだよ!ゆっくり食べてネ。」


「わ、悪いな。」


勧められるがままにオカユを口にすると、ほのかにカツオが香る上品な味が広がる。きざみ海苔と梅肉のアクセントも実に合う。


本人は自信が無いと謙遜していたが、しっかりダシを取っている時点で料理のたしなみがあることが明らかだ。そういえば、リンのお母さんは料理研究家とか言っていたっけ。


「うまいな。これは元気がでるよ。ありがとう。」


「ホント!?ママとパパ以外の人に作ったのは初めてなんだ~。」


「これ、店に出せるレベルだよ。マジでうまいっ。」


「ありがとう。でも、私のレベルはまだまだカナ。和食の達人が作る繊細な味にはゼンゼン及ばないノ。」


さらにもう一口食べると、お腹の下のあたりからポカポカと暖かくなるのを感じる。


「いくらでも食べれるな。これ。」


「病み上がりなんだからムリしないでネ。」


リンは笑いながら、果物ナイフでリンゴをむきはじめる。手慣れたナイフさばきは、単調だがまったく無駄がなくいつまでも見ていられる。


なにやら英語の歌を口ずさみながら、くるくるとリンゴを回してテンポよくむいていく。当然、リンゴの皮はまったく途切れることがない。


皮むきを終えると、俺の部屋にはまな板が無いのだが、器用に空中で切り分けていく。


「これ、知ってるかな?」


俺はふと思いついて、2つめのリンゴに手を伸ばしたリンを制止する。


果物ナイフを受け取ると、皮をむく前に八つ切りにする。残念ながら俺は料理の経験が全くないので、こっそりとアーツで補助している。


「ここに切れ目を入れて……ここは慎重に……」


リンゴの皮の一部を残しながら切り分けると、ほら完成だ。


「じゃじゃ~ん。うさぎの完成!」


「うわ~オニーちゃんすごい!綺麗だネ~♪」


やはり、飾り切りという概念は海外には無いらしい。お腹に入れて消えてしまう料理に手間暇かけて装飾するのは、日本ならではの文化なのだろう。


こんなの初めて見た!とおおはしゃぎだ。子供かっと突っ込むが、悪い気はしない。


もっと教えて!とせがむリンに、ネットの知恵を借りながらも、市松模様やずらし切りを作ってやった。


はじめは、突然一緒に住むことになった彼女にどう接して良いのかわからず戸惑っていたが、少し打ち解けることができた気がする。


アーツという万能の力を持ってしても、人の気持ちや感情ばかりはどうにもならない。


やろうと思えば、強制的に思考をコントロールしたり、命令することもできるのだろう。でも、その一線を超えてしまったら、信頼や愛情という大事な物を失ってしまうことになる。


作り物の好意を向けられても、虚しいだけだから。


何気ないこのひとときは、本当は何よりも大切な時間なのだろう。






翌朝目覚めると、気だるい宇宙風邪はすっかり治っていた。さあ、あらためて活動再開だ!






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