ミズキ、神になる
「自己紹介を忘れていたよ。僕はハクって言うんだ。気軽に名前で呼んでよ。よろしくね!」
「ハァ!?」
「正式にキミを僕の跡継ぎに任命するよ。僕はこれで引退するから、後はキミに任せたよ。」
コイツハ、ナニヲ、イッテルンダ?
「今は何もわからなくていいんだ。でも、キミは今この瞬間から、全知全能の神だ。」
あー、でも、といって少年は続ける。
「全能だけど全知ではないんだよな~。残念ながら、知識の引き継ぎはできないんだ。厳密に言えばできないことはないけど、でも僕は反対派だから諦めてね。」
うーんと、困ったようなポーズを取る。べらべらと勝手にしゃべっているが、俺には何がなんだかさっぱりだ。
夢のわりには意識はハッキリとしている。これって明晰夢というやつだろうか?夢の中で、夢を見ていると気づくことがあるらしい。
でも、起きる方法がまったくわからない。身体が目覚めるまで待つしか無いのだろうか。
「神様のちからは、なんでもできちゃうこと。なーんだってね。金銀財宝を作ることも自由だ。」
ほーら、と言って手を広げてみせると、黄金のカップやら銀細工の宝石などが次から次にこぼれ落ちてくる。
手にとって見ると、ずっしりと重さが伝わり非常にリアルに感じることができる。
「うおおお。すごいすごい。こんなでっかいダイヤ見たこと無いよ。」
「アハハ。楽しいでしょ。キミの想像できるものならなんだって叶えられるよ。」
さすが夢だ。何でもアリだな。他になにができるんだろう?空を飛んだり、魔法とかも使えるかな?カワイイ女の子とあんなことやこんなことも?
人様には絶対に言えないが、実は俺って外人フェチなんだ。外人の子が一生懸命カタコトでしゃべってるところが萌えるんだ。
後は若い子がいいよね。自分よりずっと年下の子とか……
「あんまり無茶はおすすめしないよ。でも、別に何かしちゃいけないことがあるわけじゃないから。自由になんでもしてよ!」
「簡単に説明しておくね。神様と言っても、何かやらないといけないことがあるわけじゃないよ。義務もなければノルマもないから気楽なものだよ。」
まるで営業の仕事のように説明しはじめる。
「神様と言っても人間であることには変わりないよ。まあ、全能のパワーがあるから加齢を止めることもできるし、普通の人がイメージする神様とそう変わらないかな。」
こんなことも出来るよ。と言うと、少年の姿がぐにゃりと歪み、次の瞬間に年老いた老人が現れる。
「姿形も自由自在さ。でも、僕は元の姿が一番好きだよ。お父さんとお母さんから貰った、大切な身体だからね。」
もう一度ぐにゃりと変化すると、元の少年の姿に戻る。
「あんまり色々と変化しすぎて、オリジナルを忘れちゃう人も多いんだ。はじめに写真でも残しておくべきだね。」
そう言うと、どこからか取り出したポラロイドカメラでパシャパシャと勝手に俺を撮影していく。
ジージーと音を立てながら現像される俺の写真を手渡してくる。上半身を撮影した写真はまるで囚人写真のようだ。
「アイテムストレージに入れておくと良いよ。あ、これは僕が勝手に作った概念なんだけどね。ゲームみたいに持ち物を亜空間に保存しておけるんだ。荷物がかさばらなくて便利だよ。」
少年が指差すポーズをすると、空中に半透明のディスプレイが現れる。まるでゲームのキャラクター設定画面だ。
「僕の先輩は4次元ポケットを持っていたよ。イメージは人それぞれで、一番使いやすいものがいいね。」
アイテムストレージをタップすると、ソファーがドスンと落ちてきた。少年ワイングラスを片手にソファーに足を伸ばしてくつろぎはじめる。
「その都度、作ることもできるんだけどね。でも、気に入ったデザインを忘れちゃうと再現するのは難しいんだ。僕、記憶力が悪くてね。」
少年は『てへへ』と頭に手を当て楽しそうに笑う。
「ゆっくりしすぎちゃったね。これで本当に最後なんだけど。」
少年は姿勢を正して、真面目な顔でこちらに向き直る。
「キミがいつか満足したら、神様の役割を誰かに継がせることができるよ。今、僕がしているみたいにね。」
俺はただただ、少年が話すがままに耳を傾けていた。
「まだ何も始まってないのに、退職後の話しをするのも変なんだけどね。僕の先輩がそうだったから、僕もキミにそうするんだ。」
やたら長い夢だが、ちょっぴりだけこれが本当だったら面白いのにと思うようになってきた。
「別に誰でもいいんだ。特に制限はないよ。僕も、キミを選んだのは偶然だったし。本当は誰でもよかったんだけどね。でも、キミのことを見てたらなんだか面白くなって。」
アハハと思い出しながら少年は笑い出す。
「ちなみに、キミが寝坊したのも運が悪かっただけだよ。通りがかりに妊婦さんが倒れていたのもね。」
人は何かと理由をつけたがる生き物だ。宝くじに当たったのは普段の行いが良かったから。悪いことをすると天罰があたるぞ、といった具合だ。
でも、ほとんどの事象は偶然の産物でしかない。聖人が野良犬に噛まれて感染症にかかり、いじめっ子が親の会社を継いで大金持ちになるのが現実だ。
「キミが看病しなくても、あの優秀そうなサラリーマンがいれば問題なかったろうしね。」
つまり、俺は留年し損ってことか?
「アハハハハ。まあ、そうとも言えるね。でも、もしもの話しをしてもしょうがないよね。」
今や少年は笑いすぎて、周りにパチパチと火花を散らせている。感情が高まった犬が尻尾をブンブンと降るかのように。
「これからのキミは自由だ。救世主として世界を救っても良し、鬼神として世界を滅ぼしても良し。僕は面倒だったから、スローライフを満喫してたけどね。」
そう言いながら、人差し指から金色の指輪を外すと、俺の方に放ってよこす。
「これあげるよ。僕も先輩からもらったし、先輩もそうらしい。誰が始めたのか知らないけど、伝統ってヤツ?なんかこういう儀式ってカッコイイじゃん。」
装飾はまったくない、シンプルな指輪だ。俺の人差し指にピッタリとはまる。
「金の指輪なんていくらでも作れるけどね。こういうのは、気持ちの問題だよ。なんでもできるからこそ、こういう物が大切に思えるんだ。」
少年は、そう言うと俺に背を向け片手を上げる。
「それじゃあね。短い付き合いだったけど、キミと話せて楽しかったよ。」
俺がまばたきをひとつすると、少年の姿は消えていた。誰もいないソファーがひとつ真っ白な空間に佇んでいるだけだ。
――これが最後の別れってわけじゃないけどね。でも、しばらくはさようならかな。
ワーンワーンという耳鳴りが再度はじまると、気がついたら元いた街道に俺はひとりで立っていた。
通り過ぎるタンクローリーが撒き散らす排気ガスを思いっきり吸い込み咳き込む。
思わず口元を抑える右手には、金色の指輪がしっかりはまっていた。