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夏の海2

俺たちがキャッキャウフフと海でじゃれ合っていると、気がついたら背後に砂漠地方の人かと見間違えるほど日焼けした5人組の男たちが立っていた。


「おめー、目障りなんだよ。」


「おねーちゃん達、俺らと遊ばねー?」


「楽しいことしようぜ~~。」


「たまんね~な。こっち来なよ~。」


「うへへ」


仔ヤギの前で舌なめずりする狼のように、男たちが女性陣を頭からボディライン、そして足先までじっとりと嫌らしい目つきでめ回す。


彼らにとって俺は草原で飛び回るカエル程度の存在でしかないんだろう。リーダー格っぽい中央に立つ大柄の男が俺をニラみながら牽制するが、他の4人は女の子を見ることで頭がいっぱいだ。




――その目、煮潰してやろうか?




俺の心の奥にゆらりと黒い炎が揺れる。この炎を奴らの目の中に入れてやれば、俺たちに絡んだことを後悔し一生忘れない痛みを味わわせることができる。






「5対3じゃバランス悪いわ。他を当たってくれる?」


ユキホが一歩前にでると、リーダー格の男にガンを飛ばす。そういえば彼女は格闘技の有段者だ。膝下程度とはいえ海の中でどれだけ動けるかはわからないが……


「悪いが俺は柔道経験者だ。あんたに恨みはないが諦めな。」


「そんなの、やってみないと分からないじゃない。」


いつしか晴天だった空は黒い雲が陰りはじめる。夏場には通り雨も多い。


ユキホは右手を前に突き出すと、左手でこぶしを作りグッと腰にためる。空手の戦闘の型だ。


一方で相手のリーダー格は胸元で両手を大きく開き、どこからでもかかってこいと言わんばかりだ。


身長165cmほどと女子としては比較的恵まれた体格のユキホだが、180cmをゆうに超える相手の男と比べるとやはりまったく勝てる気がしない。




「いやっ!」




後ろで悲鳴が聞こえた。しまった、油断した。


振り返ると、取り巻きのひとりが妹のユイの手首を掴んでいた。


これはまずい……なんとかしないと。


最悪だ。アーツを出し渋っていたらまずい展開になってしまった。


俺だけならば何人に取り囲まれても問題はない。夜道に暴漢に襲われるような事態の対策は事前に考えていた。しかし、こんな人目のあるところで家族や友達が危険な目にあうことは想定していなかった。


まわりの人間はというと、『絶対に目を合わせちゃいけません』的なことをヒソヒソと話しながら俺たちから遠ざかっていく。


くそっ。


どこの世界にもトチ狂った奴がいる。常識的に考えておかしいことを、後先考えずに欲望のままに行動するのだ。


俺達が通報でもすれば後から警察にしょっぴかれるのは確実だ。罰金や刑罰を受け、職を失い、今の生活が損なわれることになるだろう。


しかし、俺達が警察を呼べるのは全ての事が終わってからだ。


やつらは、残りの人生など考えられず目先の欲望で頭がいっぱいなのだ。1万円あげます、ただし1年後に100万円返して下さい。こんな明らかに損する取引でも、一時の快楽のために1万円を借りて遊び惚けることを選ぶのだ。


常識が通じない、だからこそ非常に厄介でもある。






「おいっあれを見ろ!サメだ!」


俺は全員に聞こえるように大声で、海の方を指差す。




「テメェ、やんのかコラ?そんなチンケな方法でだまされるかよ」


「オラオラ、痛ぇめ見ねえとわかんねぇみてえだな。ウヒヒ」


取り巻きBと取り巻きCがスパーリングの真似をしながら俺に向かって近づいてくる。他の男どもも『やれやれ!』とはやし立てる。


「本当だ、あれを見ろよ。こんなことしてる場合じゃないっ!」


「うっせえぞ、この、ヤロウッ!」


「うぐっ」


取巻きBが背後から俺の腕を羽交い締めにすると、取巻きCが右フックを俺の顔面にくらわす。


「イヤーッ!」


「NOOOO!」


ユイとリンの叫び声があたりに響く。




2発、3発と顔面を好き放題殴ると、後ろからガクンと大きな衝撃があった。取り巻きBが俺に蹴りをくれたらしい。


取巻きDがピーピーと指笛を鳴らす音がうっとうしい。


あ、もちろん俺はノーダメージだ。アーツで完全防護しているから蚊ほども痛くない。はじめに『うぐっ』とか声をだしてしまったのは、反射的なものだ。壁に手をうったときなどに、痛くなくてもついつい『痛っ』って口にしてしまうあれだ。




もう何発か好きにさせてやると、ユキホと牽制しあっていたリーダー格の男がハッとして海の方に目をやる。


その先には、こちらに向かって静かに近づいてくる三角にとがった死神の背びれが見えた。


「おいっあれを見ろ!サメだ!」


野太い声で俺とまったく同じセリフをはく。なんて間抜け面だ。


「まっマジだ!やばいぞっ」


「ぎえええ。た、助けてくれえ。」


「逃げろ、逃げ、逃げえろお」


「さ、サメ、さ、さめサメサメ!」


ユイの手首を掴んでいた取巻きAは、彼女を乱暴に突き放すとパニックになりながら一目散に海岸めがけて走り出す。


取巻きBとCは俺の顔と腹に1発づつパンチをくれると、サメの方に向かって俺を押し出す。


取巻きDはというと腰を抜かしてその場で尻もちをついていた。


「おい、行くぞ。チンタラしてんじゃねえ。」


リーダー格の男が取巻きDの首根っこを掴んで去っていく。砂浜までは15mもないので、冷静に歩いて戻ればなんなく逃げることができる。






「あいつら、本っ当に最低ね。ナンパするなら女の子を守りなさいよ。」


そういう問題か?と心の中で突っ込むが、口にはしない。


「それにしてもあんた、大丈夫だった?ボコボコにやられてたけど。」


「あ、ああ。なんとか腕でガードしてたから。あとあいつら波で足を取られていたのか、全然痛くなかったよ。」


ユキホが気遣うように覗き込んでくる。


「脳や内蔵で内出血してる可能性もあるわ。すぐに医者に見てもらうべきよ。」


「いや。俺よりも、ユイの様子を見てやってくれ。」


「リンちゃんが側に付いてるから大丈夫よ。怪我はないし、ちょっとショックを受けてるだけ。それより、体を冷やさないように、服を着なさい。」


今俺たちは海の家で休息をとっている。通り雨は空けたが、大きなサメが出たということで海が閉鎖されてしまったのだ。


もちろん、サメは男たちを追い払ったあとクルリと向きを変え海に帰っていったのだが、それを知っているのは俺だけだ。


「俺は、ダメな兄貴だな。ユイを守ってやれなかった。」


「あんたバカなの。そんなこと誰も気にしてないわよ。ユイちゃんはあんたが殴られてるのにショックを受けてるのよ。」


マンガや映画で人が殴られるシーンは誰でも見たことがあるだろう。こどもの頃は怖くて目を反らしたものだが、そんなシーンも何度もみてると慣れてしまう。


しかし、実際に人が殴られる場に遭遇することは一般的にはそれほどないだろう。まして肉親が目の前でタコ殴りにあっているのを見せつけられしまえば、大きなショックを受けるのは当然だ。


「それはそうとユキホ。お前もあんな危ないことはもう絶対にしないでくれ。」


「何のこと?」


しらばっくれるユキホだが、彼女も馬鹿ではない。


勝ち気な彼女だが、自分よりも何倍も体が大きな男性を相手に立ち向かう無謀さは十分に自覚している。格闘技の心得がある彼女ならば、暴漢から逃げるということはできるかもしれない。しかし、複数の男性相手に女性がひとりで相手を打ち倒すことは生物的に非常に難しいと言わざるをえない。


あの場ではしょうがなかった。


男3人に囲まれる俺。ユイに手をかける男を排除するためには、ユキホが立ち向かうしか方法がなかったのだ。


「あんた、こういうのつけるイメージなかったわ。」


俺の右手の人差し指で鈍く輝く金の指輪をツンツンと突つく。


「誰かからのプレゼント?」


「……ああ。いや、貰い物だ。」


プレゼントと言えば間違いではないのだが、なんだかその言葉は勘違いを招きそうなので訂正した。前代の神であるハクから日本語で『貰い物』とした方が正確だろう。


「ふーん。そう。」


「あ、こっちのは自分で作ったんだ。デザインはネットで探したものだから完全なオリジナルではないけど。」


首から下げた火星の石から作った赤茶の勾玉をいじりながら答える。アーツで加工したが、自作であることに変わりはない。


ちょっと誇らしげに彼女に見せるが、ユキホは興味を失ったようで『ふーん。そう。』と呟くと水をくみに席を立ってしまった。






砂混じりの塩っぱい焼きそばを半分残して海の家をでると、荷物をまとめて民宿に向かうことにした。


サンサンと照りつける夏の太陽はすでに西の空で赤らんでおり、遠くの蔵気晴らしからはひぐらしが物悲しげな鳴き声を響かせている。


地図を手に先をゆくユキホの背中を追うように、俺たちは3人並んで丘を上っていく。静かにゆっくり過ぎていく田舎の時間を一緒に楽しむ。




10分ばかり道なりに進んでいると、ふと、ユキホが立ち止まる。


右手を歩くユイがぎゅっと俺の袖を掴む。左手ではリンが『あっ』と小さく息を飲む音が漏れた。


「大丈夫、あいつら俺たちに気づいてないよ。このまま無視して通り過ぎよう。」


シャッターの締まった商店街の、土産屋横に置かれた自動販売機の前には5人ばかりの男たちがたむろっていた。海で俺たちに絡んできた奴らだ。


リーダー格の大柄な男は大型バイクを背もたれに酒をあおっている。その他の取巻きはしゃがみ込んだり、地べたに座り込みながらタバコをふかしている。


「でも……」


ユキホが心配そうに俺を見つめる。


「いいから。俺が先に行くよ。」


俺たちの影を大きく伸ばす夕日は、彼らにとって逆光となり俺たちの姿をそれと識別できないように隠してくれている。


ギャハハと馬鹿騒ぎする男達は、そこかしこにいる観光客の顔をいちいち確認することもないだろう。






いつもよりゆっくりと沈む夕日を背に、俺達は獲れたて新鮮な海鮮料理が待つ民宿へ向かって足を急がせた。






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