夏の海1
イレブンフィフティー!
みなさんこんにちは。早速ですが本日のニュースをお伝えします。
世界を騒がせた巨大隕石接近事件は、サハラ砂漠の緑化という摩訶不思議な結末を迎え、世界中の注目を集めています。
突如として現れた樹海は300万平方キロメートルにも及び、サハラ砂漠の実に3分の1にあたります。科学者らは、衝突により地球を死の星と化すと懸念された巨大隕石の通過によって、サハラの大地になんらかの影響をもたらし、樹木の爆発的な成長をもたらしたとの見解を発表しています。
なお、この一連の事件の命名をめぐり、巨大隕石の衝突予想地点とされたリビアとチャドの国境間で武力衝突が起こり……
1ヶ月も前の出来事を未だに延々と流すラジオを聞きながら、俺たちは東の海を目指してNISSANキューブを走らせている。運転手は俺、助手席には妹のユイ、後部座席は帰国子女で従妹のリンと高校時代のクラスメートで医大生のユキホが乗っている。
NISSANキューブはアクアミントのボディとホワイトパールのホイールが可愛らしい出で立ちだが、出そうと思えば時速120kmくらい軽くだせる性能を持つ。
上質なソファーシートは肌触りがよく、コンパクトカーならではの高い天井、広々とした内装は非常に快適だ。
「何か曲かけてよ~せっかくの旅行なんだかラ♪」
リンが俺の左頬をツンツンしてくる。
俺はあまり音楽を知らない。
別に音楽が嫌いなわけじゃない。むしろ、音楽を聞くのは好きな方だ。
でも、音楽は好きなのだがアーティストや歌詞などに興味がまったくない。ラジオなどで、あっこの曲いいなと思っても、タイトルも歌手も知らないので曲を買うことが出来ないのだ。
テレビもあまり見ない。母はテレビが教育上あまり良くないと思っているようで、昔から動物番組しか見てはいけないと言われて育ってきたものだから、次第にテレビへの関心が薄れていった。
学校でお笑い芸人や女優、アイドルなどの話になると会話に混ざれなかったのはつらい思い出だ。それでも、友達がいたのだから今思えば自分は結構コミュ力がある方だったのかもしれない。受け身な子だと仲間はずれになりいじめられていた可能性もある。
高校生になると友達とカラオケに行く機会が何度かあった。そこで困ったのが、俺は歌える歌がまったくないことだった。
好きな曲を口ずさむことはあったが、1曲まるまる歌えるものは皆無だったのだ。
しかも俺が好んでいたのは主に、映画音楽やアニソン、洋楽などだった。今車中でかかっているのはノラ・ジョーンズだ。
友達は当然のごとく、アイドルの曲であったり話題のドラマ曲などを入力していく。どれもこれも邦楽だ。
俺だって流行りの曲のサビくらいは知っている。でも、逆に言えばサビ意外の部分は知らないのだ。かろうじて歌えそうな曲も、1番2番で微妙に音程が変わってしまうこともあり、ぶっつけ本番で歌うのは難しい。
カラオケに行くためには、どうしても練習が必要なのだ。
「ノラ・ジョーンズは私も向こうで聞いていたワ。良い選曲ダネ!」
「このCD、お父さんがくれたんだ。高校の時にね。」
「うちの親、ふっるい洋楽ばっかり聞くんだよ~。ビートルズとか~カーペンターズとか~マイケル・ジョーダンだっけ?」
ユイがちょっと不満そうに愚痴る。ユイはもっぱら流行りの曲にハマっている。まあ、これが普通の女子高生だろう。
「世代なのよ。海外に憧れがあるのよね、親の世代は。あと、ジョーダンじゃなくてジャクソンよ。マイケル・ジャクソン。」
ユキホが観光雑誌から目を離すことなく訂正する。
「マイケル・ジャクソンは『We Are The World』が好きかな~」
「バカ。あの曲は著名歌手が集って作り上げたものよ。マイケルの曲じゃないわ。」
「あれってチャリティ音楽なんだっけ?」
「印税収入の全てがアフリカの飢餓と貧困層解消のために寄付されたわ。日本のケチなチャリティ番組とはスケールが違うわね。」
「日本の富裕層はあまりチャリティに関心がないカナ。海外の資産家はみんな慈善事業を行ってるワ。」
「日本の企業もCSR活動をアピールしているけど、広告のためって言う印象を拭えないわね。」
「チャリティといえばツイート数x10円の募金をしますって某社長が炎上したよな。」
「海外であんな下品なことしたら、株価が一気に落ち込むわね。」
「そうそう、あの曲はメイキング映画もあるんだぞ。これが面白くってな。社会勉強としてユイも見てみなさい。」
「お兄ちゃんオタクっぽくてきもーい。」
そんなこんなでワイワイと車中を楽しんでいると、そろそろ目的地に着く頃だ。
青い海岸線。雲ひとつない空。じっとりと蒸し暑い熱気。
――夏だ!海だ!
我々は、夏休みといえば海という単純思考でここまでやってきた。ド定番というのは外れがないから安心だ。
これからカーフェリーで30分くらい沖合に位置する日間賀島に渡る。主に観光業で成り立つ小さな島だ。
民宿では島の漁師さんがその日に取ってきた新鮮な海鮮をいただけると非常に人気。特にタコの踊り食いが有名で芸能人や著名人も頻繁に訪れる。
関東の有名ビーチから離れており、1日数便しかない船で渡航しなければならない手間はあるが、そのかわり人が少ないという利点もある。
これから遊びに行く浜辺も俺たちの貸し切り状態だろう。
そこかしこに設置されているビーチパラソルの下で柚サワーをいっぱい引っ掛けていると、後方からキャーキャーと聞き慣れた声が近づいてきた。
「リン姉ってハリウッド女優みたいでカッコイイ~」
「ユイちゃんは若くて可愛くていいわね。良い被写体があるとカメラマン魂に火がつくわ。」
「ユキホさんは競泳してるのカナ?わたし泳ぎには自信があるから勝負しよウ!」
リンは胸元と背中をざっくりとV字にわった大胆な水着だ。腰からはスリット入りの膝下スカート、そしてつば広のハットを深く被っている。全身黒でまとめたいでたちは、まさにハリウッド女優だ。
ユイは最近トレンドのフリフリをふんだんに使ったビキニだ。露出は多いが、可愛らしい装飾が多くいやらしさは無い。ウェーブのかかった黒髪をツインテールにまとめ、すっとしたうなじが綺麗に見える。
水泳部に所属するユキホは、機能的な競泳水着だ。水の抵抗を減らすために前面は特殊な布地で覆っているが、背中は大きく肌が見えている。日焼けを気にしているのか、白シャツを羽織い、後ろ向きに被ったニューヨーク・ヤンキースの野球帽にサングラスをかけている。全体的にスポーティなファッションだ。
俺はというと、高校のころに買った白の半ズボン型水着だ。赤色のシダの葉のようなワンポイントがハワイアンチックな雰囲気をかもしだしている……かもしれない。
「あんた、相変わらずヒョロヒョロね。」
「うるせぇ。」
「ナンパされたら守ってネ。オニーちゃん♪」
「ま、任せとけ!」
「お兄ちゃん全然頼りなーい。」
冗談交じりのこの会話が、現実になるとはこの時はこれっぽっちも思いもしていなかった。
夏の海でのトラブル。これもド定番といえばド定番か。