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生ライブ

「ハローワールド!ジャックチャンネルにようこそ。」






俺の名前はジャック・ヨーマン。ユーチューバーだ。


俺はユーチューブに人生をか捧げている。命すらかけている。


そう、俺はあの時に死ぬはずだったんだ。






俺がユーチューバーになったのは偶然だった。


あれは姉貴の結婚式。地元の教会で家族と友人だけを集めた伝統的な結婚式だった。


妊娠8ヶ月でふっくらしたお腹の姉貴は真っ白なウェディングドレスに身を包み、細身で冴えないプログラマーを横にバージンロードを笑顔で歩いた。


俺はこんな映画のような幸せを世界中の人と共有したいと思い、動画配信サービスを使って撮影していた。


教壇には両手を広げ満面の笑みで出迎える神父様が立つ。


「この祝福を永遠に。この幸福を永遠に。さあ、誓いのキスを!」


新婦は両目を閉じ、左手を新郎の腰に回し、右手をお腹の赤ちゃんに添える。


新郎は左手で新婦の右手を握り、右手を新婦の頬に優しく添える。


ハープの奏でる祝福の音色が最高潮に達しようとしたその時……




バーンッ




「ちょっと待った―!」


ジージャン姿の若者が扉を吹き飛ばす勢いで教会に入ってくる。肩で息をしながら、金髪の髪を掻き上げる彼を俺はカメラで捉える。


「マリア、俺と一緒になるって言ったじゃないか!?」


そう叫ぶと、入り口に置かれたユリの花飾りを引きちぎり床に叩きつける。


「その子は俺の子だ。俺は絶対に認めないぞ。こんな結婚式は今すぐ中止だ!」


こんな波瀾、テレビドラマ以外で見たことがあるだろうか。


俺の手元のカメラから配信される映像を、全世界が食い入るように見つめる。


俺はその時まったく気づいていなかった。普段は2,30人程度の視聴者だった零細チャンネルが、10万を超える視聴者を集めていたことに。






その後、侵入してきた彼は式場のスタッフが呼んだ警察に御用となった。


結婚式はというと、こどもの本当の父親が自分ではないと知った新郎によってその場で中止の宣言がされた。


絶望に泣き崩れる姉貴マリアは、顔を真っ青にしながらお腹の痛みを訴えた。過度のストレス症により、陣痛が引き起こされたのだ。


隣りにいた従兄弟のトーマスの手を借りながら2人がかりで姉貴を車に担ぎ込む。俺は乗りかかった船だと、カメラを回しながら姉貴の出産に付き添うことにした。




16時48分、搬送から2時間後に新しい生命が産声をあげた。




かわいいかわいい姪っ子の誕生だ。


俺はこの幸せな瞬間を残さず記録したいと思い、必死にカメラを回していた。


痛みと不安と幸せと、様々な感情が一挙におしよせ涙で顔をぐちゃぐちゃにさせるマリアを。


そして、彼女の両手をギュッと握りしめ濃厚なキスで祝福するトーマスを。











俺のチャンネルの最大の売りは『生ライブ』だ。


ドッキリ動画やインパクトのあるおもしろ動画は多いが、ほとんどの物は編集や演出が入っている。


それはひとつの方法だし、俺は別に他のユーチューバーのやり方を否定するつもりはない。


しかし、事実は小説より奇なりという言葉もある通り、リアルな生ライブでしか伝えられない臨場感や感動があるのだ。


姉貴の結婚式の波瀾もそうだろう。


あれがライブ配信でなければ、やらせだのなんだの言われてあそこまでの視聴者を得ることはできなかったはずだ。


俺は本物を皆に届けたいんだ。そして、その思いが俺をあそこに連れて行ってくれたんだ。






あれは2019年6月9日のことだった。


俺はサハラ砂漠でサバイバル生ライブを配信を予定していた。ナイフひとつで死の大地サハラ砂漠を1ヶ月生き抜こうという体を張った企画だった。


俺は準備のために四駆バギーで目的地に向かって走っていた。


そこで遭遇したのが、あの事件だ。




俺は確かに逢ったんだ……神に。




俺だけじゃない。世界中ので画面の向こうにいた皆も証人だ。


彼は、おそらくバカンスを楽しんでいる途中だった。


サハラ砂漠のど真ん中という何が面白いのかわからない場所だったが、そこには人智を超えた何かがあるのだろう。


ともかく、彼は果てしなく続く砂海を眺めながらグラスを片手に寛いでいた。あの巨大隕石を肴にな。






はじめは、俺のような酔狂なユーチューバーが巨大隕石を見にやってきていたと思っていた。


「ワオ。ファッキンクレイジー。」


そりゃそうだろう。ビーチパラソルを影に、海パン一丁でいるのだ。まもなく世界を滅ぼそうという巨大隕石の衝突予想地点にな。


クレイジー以外の言葉が見つからない。


俺だって人のことは言えないだろう。こんなところまで来てしまった以上、命が助かる可能性は0だ。


しかし、俺は生ライブを生きがいにしているユーチューバーだ。こんな最高の舞台で死ねるなら本望だ。俺の華々しい最後を世界中の人たちが応援してくれていたんだ。


しかし、彼はどうだろうか。


しばらく彼を観察していると、どうやらユーチューバーではないことがわかった。カメラがどこにもないからだ。


「ワッタ……ヘル!?」


カメラがないだけではない。彼は何も持っていなかったのだ。それこそナイフ1本すら。


車もなければラクダもいない。ここまで歩いて来たのか?ビーチパラソルを担いで?


彼はまるでそこに住んでいるかのように自然体だった。


時折、立ち上がるとラジカセから流れる音楽にのってフラフラと踊りだした。かなり酔っているのか、踊りというよりゾンビが徘徊しているように見えたが。


音楽が終わるとガシガシと頭をかきながらビーチチェアに戻るとうたた寝をはじめる。


もう一度いうが、頭の上にはかの巨大隕石が迫っており、もはや俺たちの命はかき消える寸前だったというのにだ。




10min till the worlds end.




あと10分で巨大隕石が衝突する。


普段は荒れ放題のライブ配信のコメントは、今日ばかりはみんな神妙な面持ちだ。


家族への感謝の言葉や、世界平和を願うコメントが途絶えることなく流れる。


俺もいつもなら、よくまわる自慢の舌で軽快に実況中継をするのだが、今回ばかりはそれも不要だ。


東の空の果てでは、誰もそれを拝むことが出来ないと知りつつも明日の朝日がウォームアップを始めている。


だが、サハラの天空はすでに煌々と照らされ朝日などいらぬと言わんばかりだ。


燃え盛る巨大隕石は地球の大気圏に侵入をはじめ、その熱量ですべての大気を蒸発させる。




――――――――ッッ!!




音も、風も、感覚が何もかもが消える。




天空にビーチパラソルが巻き上がり、まるでおもちゃの様に吹き飛んでいく。


はっとして俺は視線を落とすと、そこで俺は立ち上がる彼をカメラに捉えた。


そこには、黄金色のオーラをまとわせる神の使いが立っていた。


いや、彼こそが神なのだと今は確信している。






神はスクっと立ち上がると、そのまま中空に浮き上がった。


だんだん光を強めながら、空高く舞い上がっていく。


ふと、上昇を止めたと思ったら、こちらを振り向いた。そんなはずはないだろうが、俺の方をじっと見たような気がした。


まばゆい光に包まれた神にカメラを向けるが画面は白く飛んでしまい何も映らない。


「残り5分……ってなんだありゃ!?ミサイル……?」


巨大隕石が発する光と、神の強い御光に目を取られまったく気づかなかったのだが、四方八方からる無数のミサイルがこちらに向かって飛んできていた。


ミサイルに刻印されているのは5大国にインド、日本の国旗……これは全て核ミサイルか。


「なんともド派手なお祭りじゃねえか。」


あのどでかい隕石をドカンといこうってわけか。


なんとも壮観な景色だぜ。神vs巨大隕石vs核ミサイル。さーって最後に立ち上がっていられるのは誰なんだ?


まあ、俺はその結果を知ることはないだろうがな。




――めんどくせえな。




確かに、そんな声が聞こえた。


俺は最後の瞬間を全身で受け止めようと、体を大の字にして横になっていた。


しかし、待てども待てども、その最後の瞬間は訪れなかった。


閉じているまぶたを通り越して降り注ぐ光に耐えられなくなった脳みそが、俺の視力をシャットアウトする。


天空を切り裂く気圧によって鼓膜が弾け飛ぶ。


ザラザラと不快に感じていた細かな砂粒は今はどこにも感じられない。


視覚、聴覚、触覚が奪われ、外界の情報を得る手段が失われる。何も見えず真っ暗だ。何も聞こえず無音だ。動かす手足はただ空を切るばかり。



しかし、俺の心の声は未だに聞こえてくる。


俺の心の目は光を失わない。




俺は死んだのか?その瞬間がわからないほど一瞬にして?


ここは死後の世界?











後方で、水の滴る音がした。


無意識に振り返ると、次の瞬間、俺は現実に引き戻された。


なんとも不可思議な現実に。


俺は、いつの間にか木々がうっそうと茂るジャングルの奥地にひとり立っていたのだ。






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