砂海ビーチで踊る2
「ダメだそれは。ここまでバカだったか。」
タイムリミットまであと30分というところまで差し掛かっていた。空を覆わんばかりの大きさの巨大隕石は、真っ直ぐに俺の立つここに向かって迫っている。
この規模の隕石が地球に衝突すれば、地球はタダじゃ済まないだろう。
それはこのサハラ砂漠の周辺国だけの話ではない。ヨーロッパはもちろん、海を遠く離れたアメリカや日本も他人事ではない。
「ここで使えば世界が救われるのに……」
地球を破壊する力をもつ隕石を送りつけたのは俺だ。しかし、俺は地球を破滅させるつもりは毛頭ない。
「ここで手を取り合ってくれると思ったのに……」
俺の目は、隕石に向けて一斉に発射された核ミサイル数百発が四方八方から飛び込んでくるのが映る。
それぞれのミサイルには、主要各国の国旗が刻印されている。
米仏英露中の5大国に加えて、インド、イスラエルそして日の丸。
「そんな、誰かの犠牲の上に成り立つ方法じゃダメなんだ」
核ミサイル数百発を巨大隕石に打ち込んだらどうなるのか?隕石を迎撃できる可能性は五分五分といったところだろう。
しかし、その代償は計り知れない。
核が炸裂した後、周辺は大量の放射能に汚染され不毛の大地と化すだろう。さらに、汚染物質は気流によって世界中に拡散され降雨によって人々に降り注ぐだろう。
たとえ核で巨大隕石を迎撃出来たとしても、被爆により無数の人々が苦しみ、環境は壊滅的なダメージを負うことになるのだ。
その結果は巨大隕石の衝突とそう変わらないものとなるだろう。
「こんなバカな事をしなくても回避出来たのに。」
俺はこの計画を実行する前に、とある協力者を得た。そいつの詳細は後ほど紹介するつもりだ。
その協力者の力添えを借りて、各国の技術力を詳しく調べることにした。そこでとんでもないものを発見した。
俺が知りたかったのは、この世界の本当の技術力だ。俺たちが知っているような公開されている技術ではなく、現在開発中の最先端科学をだ。
特に俺が注目したのは、軍が機密にしている技術だ。
はじめはただの好奇心だった。宇宙人って本当にいるのかな?というかねてからの疑問を解くためにアメリカの中枢を漁りに行ったんだ。
しかし、そこで俺は驚きの物を発見した。
「これは……タイムマシン……?」
それは、完成品ではなかった。しかし、たしかにタイムマシンを研究していると思しき装置がそこにあったのだ。
俺は文系人間なので科学のことはそれほどわからないが、この複雑な機械はどうやら人工ブラックホールの生成器のようだった。
ブラックホールは、膨張した星が自分の重力に耐えられなくなり無限に収縮した蟻地獄のような存在だ。
ブラックホールの強大な重力からは、光の素子さえ逃れることができず、その深淵を覗くことができない暗黒の空間となっている。
そんなブラックホールの先はどうなっているのだろうか?無限の彼方はどうなっているのだろうか?
我々は3次元の世界に住んでいる。
1次元は点と線だ。1つの軸しかなく、いわば位置情報しかないという概念だ。
2次元とは軸が2つある次元だ。縦と横があり、面を形成する。
3次元はさらに軸がひとつ増え、上下の移動が可能となる。
そして4次元により時間の観念が加わる。
無限の蟻地獄と化したブラックホールの中心点では、距離や立体の概念が無限大となっている。つまりは、3次元を超えた空間がそこにあるはずだ。
無限の点は線をつくり、無限の線が面を作る。そして無限の立体は4次元の世界を形作るのだ。
『2017年10月16日 人工ブラックホールを活用し8Bのデータ情報のタイムリバースに成功。8秒未来からのデータ受信を確認。』
ペンタゴンの最深部に隠されたその研究室の極秘記録を照会しているとそれを見つけた。
これは衝撃的な情報だ。
まだ人間がタイムトラベルすることは不可能なようだ。しかし、8秒とはいえ未来からメールを受信することが出来たというのだ。
これが本当ならば、宝くじの当選ナンバーなどを過去の自分に送るなんてこともできてしまう。
こんなものが2年も昔に開発されていたというのだから驚きだ。
俺もまだアーツを使用しての時間操作の実験はしていない。過去改変やドッペルゲンガー問題など、想定外のトラブルに対応できるか不安だからだ。
不可能ではないと思っているが、慎重に取り扱う案件だと思っている。
俺が調査したもう一つの国は中国だ。
共産党による独裁的なリーダーシップにより、他国では真似ができない急速的な技術発展を遂げている。
中国の都市部ではすでに人体へのICチップの埋め込みが進んでおり、個人IDによる認識システムが普及し始めている。
お買い物の際にはIC認証によりお会計をする手間もなく自動的に口座からお金を引き落とされる。
また、位置情報を常時監視されており、犯罪を犯そうものならものの2分で警察が飛んでくるだろう。
日本や欧米を先んじた未来の生活システムが実現しつつあるのがここ中国なのだ。
デモや反政府集会でも開こうものなら、公安に弾圧されてしまう恐ろしい管理社会でもあるのだが。
俺がそんな中国で発見したのが、瞬間移動技術だ。
しかし、テレポーテーションといっても、俺のアーツには足元にも及ばないがな。
ここで研究されているのは、量子テレポーテーションだ。
A1という物質とA2という物質は遠く離れた位置にいながらも、お互いに影響力を持つという特性がある。
A1に科学者が指示を与えてB1という物質に変化させると、A2もこれに反応してB2になると言うのだ。
これを応用すると、手元のパソコンで「こんにちは」と打ち込んだ瞬間に、地球の裏側に設置されたパソコンの画面にも「こんにちは」と表示されるのだ。
火星の宇宙ステーションのようなはるか遠方でもタイムラグ無く送信ができるだろう。
また、電波や電線といったものを必要としないため、情報の劣化が無いことに加え他人からのスパイ行為や傍受にも強いのだ。
この技術を活用した量子コンピュータは、従来のスーパーコンピュータの1億倍の性能を持つとされる。
「こんな便利な技術があるのに、公表されないとは……」
その理論だけであれば、ネット上などでもいくらでも見ることは出来る。しかし、既に技術が確立されているという事実はひた隠しにされているのだ。
各国が手を取り合い、量子コンピュータによる人工ブラックホールの制御を実現させれば、巨大隕石を無害のまま消滅させることは可能であろう。
しかし、彼らが選択したのは、核ミサイルによる迎撃という最悪の手段だった。
《軌道予測完了。爆破威力予測完了。結果:核ミサイル群による巨大隕石の被害率は46%です。》
俺の協力者(アシストAI)からの通達だ。
「全っぜんダメじゃん。半分も削れないよ。」
各国の核ミサイルを一斉にぶっ放したのは良いが、連携がめちゃくちゃなのだ。
着弾時刻はほぼ同時刻に合わせているようだが、お互いの爆風が邪魔して肝心の隕石へのダメージが効率的に与えられないのだ。
炸裂した爆弾の威力が、右や左、上下からくる他の爆風によって阻害されてしまう。
また、各国のミサイルの性能差も著しい。威力や正確性はまちまちで、まともに着弾せず他のミサイルとぶつかってしまうものもある始末だ。
これじゃ、隕石を破壊できないあげく、死の灰を一帯に振りまくという最悪の結果となってしまう。
遠く離れたアメリカや中国からしたら、被害を最小限に抑えられる手段なのかもしれないな。
むしろ欧州諸国を壊滅させる良い機会だとまで考えているかもしれない。
「他国の不幸は自国の利益ってか。」
はぁ……
外に共通の敵ができれば、みんなで手を取り合えると思ったんだけど。
まったくダメダメだ。みーんな自分のことしか考えちゃいない。俺の考え方が甘かったのだ。
めんどくせえが……後始末は責任を持ってしっかりやりますよ。
「使う前より綺麗にしてね。」