第二章、その三
「──お父さんの小説はガチで昔かたぎのハードSFであるからこそいいのよ。一般読者に迎合する必要なんてないの!」
「何を言うの。SF小説といえど、今やもっと自由な発想が求められているのよ! 更に広範囲な支持を得るためにも、先進的なラノベ風の『何でもあり』の技法を導入すべきよ!」
……これは、いったい……。
文芸部長によるメタ的SF蘊蓄地獄からやっと解放されて我が家へと戻ってみれば、僕の部屋の中では自称未来の娘と幼なじみの少女が、なぜか熱いSF小説論議を闘わせていたのである。
「──って。ちょ、ちょっと。おまえらいったい何を読んでいるんだよ⁉」
「何って、ヒロが机の引き出しの奥に隠していた、自作の小説の原稿じゃない」
少しも悪びれもせず手の中のプリンアウトの束を見せつける、ショートカットの少女。それはまさしく僕が密かに書きためていた、SF小説の習作であった。
「作品傾向もあれだけど、構成もイマイチよね。やはり冒頭部はうだうだと状況説明ばかりやっていないで、ガツンと一発読者の気を引くイベントを持ってこなくちゃ」
たとえば生粋のお嬢様生徒会長がいきなり、「実は私はあなたの未来の娘なの」と告白してくるとか?
「……おまえはプロの編集者か評論家か?」
「あら、よくわかったわね。ヒロがSF小説家志望であるように、実は私も文芸誌の編集者になることを目指しているわけなの」
はあ? そんなの初耳だぞ。スポーツ少女っぽい初期設定は、いったいどこに行ってしまったんだよ。
「ふん。どうせお父さんの担当になることでも狙っているんでしょうが。お父さんの小説の良さもわからないくせに、図々しいったらありゃしない」
「やれやれ、これだから素人は。いい、小説というのはあくまでも作家と編集者の二人三脚で創っていくものなの。むしろ編集者に求められるのは批判的視点なのであり、時には作家と意見を闘わせながら、より良い作品づくりを目指していくことこそが使命なのよ!」
会長の皮肉にも動じることなく己が編集魂を高らかに謳いあげていく、体育会系改め文学少女。
何その、的確過ぎる指摘は。いつの間に僕の幼なじみは、こんなに職業意識に目覚めてしまったんだ?
「これはこれは、御立派な志であられることで。だったらいいことを教えてあげましょうか。実はあなたの将来文芸誌の編集者になりたいっていう夢、未来でちゃんと叶っているわよ」
「えっ♡」
思いも寄らない宿敵の未来予測に、思わず満面に笑みをたたえる幼なじみ。
おいおい。いったいどういう風の吹き回しなんだ。いかにも敵に塩を送るようなまねをして。
「ほんと、うらやましい限りよね。自分の希望通りの仕事に全力で打ち込めて、三十代も後半になるというのに結婚どころか恋人一人作ることができないなんて」
「……え」
続いて上級生の唇からこぼれ落ちた言葉に笑顔のままで硬直してしまう、未来の熱血編集者殿。
「いやあ、これぞ本望よねえ。一編集者として女の人生をまっとうできるなんて。まさしく出版人の鑑だわ」
会長の駄目押しの一言によって力尽き、原稿の束とともに床へと崩れ落ちる幼なじみ。
ひ、ひどい。仕事に情熱を捧げているすべての女性編集者の皆様に失礼だろうが⁉
「おい。いくら未来人だからって、ちょっと言いすぎじゃないのか? これでアズサが編集者になることをあきらめたりしたら、歴史を変えてしまうことになるんだぞ。タイムトラベラーとして失格だろうが⁉」
「ふっ。こんなことで自分の意志を曲げてしまうんじゃ、最初から編集者になる根性が足りなかっただけのことよ!」
タイムパラドックスを根性論で片づけるんじゃない! もはやSFでも何でもないではないか⁉
「そんなことよりも、いったいこんな遅くまで何をやっていたのよ⁉ 今日は生徒会活動もなかったから学園から直接この部屋に来てお父さんを待ち構えていたというのに全然帰ってこないから、そこのオールドミス予備軍と無駄な時間をすごしてしまったじゃないの!」
「だ、誰がオールドミス予備軍よ!」
あ、アズサさんが復活なされた。
「そのお陰で私の高尚なるSF文学論を拝聴できたんだから、むしろ感謝しなさいよね⁉」
「馬鹿馬鹿しい。何が高尚なるSF文学論よ。あなたたちがやっている素人批評なんて、単なる自己満足の誹謗中傷でしかないじゃない。お生憎様だけどそんなのだったら、未来のお父さんの著作に対するネットの掲示板で散々見飽きているの!」
……僕の未来の著作って、ネットで袋叩きにあっているんだ。
娘による思わぬ未来予報に肩を落とせば、慌てて取りすがってくる上級生。
「も、もちろん私は好きよ、お父さんの小説って。確かにSF的な部分は頑ななまでに古風だけど、何と言っても人間ドラマのパートが素晴らしいの。どんなにハードな設定であっても人の想い──特に『切なさ』を全編にわたってアピールしているところこそが、お父さんの作品の最大の持ち味なんだから!」
思わず顔を振り仰げば、これまでになく真剣な煌めきを宿した黒曜石の瞳が見つめていた。
自分自身常日ごろからややもすれば時代錯誤でマニアックな趣味に走り過ぎているのではないかと悩んでいたところに、未来の自分の娘とはいえ初めてとも言える本気の励ましの言葉を受けて、不覚にも涙がこぼれ落ちそうになった。
「お願い、けして夢をあきらめないで。お父さんは本当に素晴らしい作家になれるんだから。自分自身のことを信じ続けて!」
「ヒカリ……おまえ……」
「──っ。お父さん、初めてその名前で呼んでくれたね♡」
「……あ」
しばしの間見つめ合う、未来の『父娘』。そしてどちらからともなく、あたかも合わせ鏡のような笑顔を浮かべていく。
「──何よ何よ何よ何よ! 二人の世界に浸りきっちゃって。私のいることさえも忘れてしまって!」
堪らず声をあげるのは、幼なじみの御隣人。
「けしてヒロを生ぬるいジュブナイル系SF作家なんかで終わらせはしないんだから! 必ず私が編集者としてしっかり調教して、SF界の巨星に育て上げるんだから!」
何だか不穏な捨てゼリフだけを残して、瞳を涙でうるませながら脱兎のように部屋を飛び出していく幼なじみの少女。
「あ、アズサ⁉」
「──お父さん!」
思わず追いかけようとした僕の二の腕をすかさずつかむ、華奢な細腕。
振り向けばすでに笑みを消し去りただ冷ややかに煌めいている、漆黒の眼。
「……おまえ」
「あんな幼なじみの女なんて、もうどうだっていいじゃない。だいたい今日だって上級生の女の子とずっと二人っきりで部活をやっていたというし、ちょっと節操がなさ過ぎるんじゃないの? お父さんは私のお母さんと結婚しなくちゃならないんだから、浮気なんかしたら絶対許さないわよ!」
「う、浮気って。──いや。それにしても、何でおまえがそんなにムキになるんだよ。こうして僕の娘としておまえが存在しているということは、未来はすでに確定しているわけなんだろう? 別に目くじらを立てなくてもいいじゃないか」
「──うっ」
何だ? 急に気まずそうに、目をそらしたりして。
「と、とにかく。夏休みに入ったら私もずっとお父さんと一緒にいるつもりなんだし、もうこれ以上他の女なんかを近づけたりはしないんだから!」
「……おいおい、勘弁してくれよ。今だってうんざりしているというのに」
「うんざりって何よ、失礼な! それに私だって、あまりお母さんの家にはいたくないし」
「はあ? 何で自分の家にいたくないんだよ。会長の御両親もおまえにとっては、じーちゃんばーちゃんに当たるわけだろうが?」
「そんなこと言ったって、今まで会ったことなんてなかったんだもん」
「会ったことがなかったって、実の孫と祖父母の間柄でか?」
「だって高等部卒業間際に妊娠騒動なんかを起こして家名に泥を塗ったからって、お母さんたちの結婚なんて絶対認めないっていまだに言っているらしいし」
「──高等部卒業間際って、まさか⁉」
いきなりの驚愕の言葉に戦慄する僕へと向かって少女はそのとき、あたかも預言者が死の宣告を下すかのように厳かにのたまうのであった。
「そうよ。私がこの世に生を受けたのは──つまり、お父さんとお母さんが結ばれたのは、今年の夏休みなの」
初めましてあるいはお久しぶり、881374でございます。
このたびは『時間SF=ギャルゲ⁉』をキャッチフレーズとする、これぞタイムトラベル物の革命作にしてアンチSF小説の急先鋒、『僕の可愛い娘たち』第二章第三話をお読みいただき、誠にありがとうございます。
実は今回は特に作中におけるヒロインのセリフに、作者にとって非常に感慨深いものが一つだけあったりします。
「お願い、けして夢をあきらめないで。お父さんは本当に素晴らしい作家になれるんだから。自分自身のことを信じ続けて!」
いやあ、いいセリフですねえ~(※あくまでも個人的感想です)。
私のところにもヒカリちゃんのような『未来の娘』がやって来て、創作活動にくじけそうになった時に、こんなふうに励ましてくれないかなあ~。
……いや、失礼いたしました。
作者の個人的な思い入れはこのくらいにして、さっさと後書きの本来の役目であるところの、次話予告と参りましょう。
とは申しますものの生憎とこの作品は、『第六回ネット小説大賞』応募記念新作長編三シリーズ日替わり連続投稿企画の第二弾作品でありますゆえに、次話投稿の前に他の二シリーズ──第一弾の『ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕』と第三弾の『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』のそれぞれの最新話の投稿が間に挟まれることになるので、次回第三章第一話の投稿は三日後の2月10日20時ということになります。
少々間は空きますが、お待ちになられてけしてご損はさせませんので、どうぞご期待ください。
なお、ご閲覧をお忘れにならないように、ブックマーク等の設定をお勧めいたします。
もしくは皆様のご要望が多ければ、この作品単独での『毎日投稿』も考慮いたしますので、そのようなご意見やご感想等がおありでしたら、ふるってお寄せください。
次話の内容のほうにちらっと触れておきますと、──例えば未来から来たと自称する美少女が、「私がこの夏休み中にあなたに妊娠させられるのは、すでに未来における確定事項なの♡」とか言って迫ってきた場合、男として喜ぶべきか怯えるべきか、非常に判断に苦しむところでありますが、あなただったらどうですか? ──てな感じで、基本的にラブコメ基調でありながらも、まさしく881374ならではの、どこかおぞましさすら感じさせる狂った雰囲気を醸し出し始めております。
ちなみに明日2月8日20時にはもはやおなじみの、量子論と集合的無意識論とで『後期クイーン問題』を解き明かす、まったく新しいSF的ミステリィ小説『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』の第二章第二話を投稿する予定でおりますが、これまた具体的な内容に少々触れておきますと、「ついに立ち塞がる宿命のライバル『幸福な予言の巫女』を前にして、焦りを隠せないヒロインがとった思わぬ戦法とは!?」──といったふうに、なぜだか相変わらず美少女JS将棋ラノベの道まっしぐらな感じとなっております。
……作者自身、「本当にこんな展開のままでいいのだろうか?」と、思わずうなり声を上げそうになっておりますが……大丈夫です! これはこれで『ラノベ(風味)』としては間違っておらず、絶対に期待は裏切りませんから!
もちろん何よりも肝心な『面白さ』に関しても、本作『僕の可愛い娘たち』に勝るとも劣らないと自負しておりますので、こちらのほうもどうぞよろしくお願いいたします!