第五章、その三
「──『告白同盟』に『分岐点』か。ふふふふふ。まさしく言い得て妙だな」
僕自身いまだ半信半疑の未来から来た『娘』たちの電波的打ち明け話を一通り聞き終えるや、その上級生は思わせぶりなしたり顔でそう言った。
彫りの深く整った小顔の中で黒檀の瞳を、意味深な笑みで煌めかせながら。
毎度お馴染みの文化系部室棟の最上階にある、文芸部部室。向かい合った机で頬杖をついて僕のほうを興味深そうに見つめているのは、当然この前御所で遭遇したときのようなフェミニン系ではなくいつものリボンタイ無しのはだけられた純白のブラウスの胸元といったラフに着こなした制服姿で、常に何事にも動じないその表情とも相まってむしろ男性的ですらある大人びた雰囲気をかもし出している、我らが文芸部部長辰巳エリカ嬢である。
「……もちろんこことは別の世界とはいえあんなに何人も僕の娘が存在しているのにも驚かされましたが、それよりも彼女たちの口ぶりからすれば、会長のほうはやはり単なる邪気眼妄想に取り憑かれているだけのようで、本当は僕の娘でも何でもなかったことのほうがよほどショックでしたよ」
僕の前で見せていたあの天真爛漫な姿がすべて、嘘や演技とは言わないまでも単なる妄想上の産物にすぎなかったなんて。何だかあの日感じた僕自身の、あくまでも『娘』に対する純粋な親愛の情まで否定されたような気がしてくるよ。
「おやおや。ヒロキパパとしては随分と御傷心であられるようで。そんなに可愛かったのかい、『娘』としての会長殿は? 何だったら私が代わりにこの部室にいる間だけでも、君の娘になってあげようか? ──ねえ、お父さまあん♡」
「……謹んで御遠慮申し上げます」
いたずらっぽく上目遣いで覗き込んでくる部長殿を、あえてそっけなくいなす本当はドキドキ状態の平部員。
あれでいて会長は『娘』でいるときはそれなりに子供っぽいところもあったので、ある程度距離を保てば平気でつき合っていけたが、こんないかにもデンジャラスな大人の魅力にあふれたきれいなお姉さんに『お父さん』とか言われてこのような密室の中でじゃれつかれたりしたら、当方の脆弱な理性なぞ五分ともたないであろう。
「ふっ。相変わらずつれないねえ。でもまあ、悲観するのはまだ早いんじゃないのかい? 泉水先生たちが言っていることが、すべて正しいとは限らないのだからね」
「へ? それってどういう……」
「おいおい。忘れてもらっては困るよ? 何度も言うようだがSF小説のようなことはあくまでもSF小説の中でしか起こり得ないのであって、まずはすべてを疑ってかからなきゃ、君自身もそのうち虚構の世界に引き込まれてしまうことになるぞ。むしろ今このときこそが踏ん張りどころなんだ。頑張ってくれよ、主人公君?」
……あなたまで僕のことを、そう呼びますか。
「つまり部長は先生やアズサたちすらも、単に妄想状態にあるだけだとおっしゃるわけで?」
「と言うよりも、これも以前言ったはずだがあくまでも我々現実側の現代人の観点に立って見れば、未来人なんてものは本物であろうが単なる妄想上の産物であろうが何ら違いはないわけなのだよ。つまり会長殿が自分自身を心から君の娘さんであると思い込んでいるのなら、君にとってもまさしく娘そのものであると言っても過言ではないのさ」
「はあ。でもすでに『父親』としても振られてしまったようですので、その点はお気遣いなく」
「あはははは。それは残念だったね。まあそりゃ自分自身高校生の身空で、同世代の女の子の父親役なんて荷が重いよな。それに何と言っても今君が細心の注意を払わなければならないのは、泉水先生たちへの対応のほうだからね」
「……ええ。彼女たちも言ってましたよ、すべては僕の選択いかんにかかっていると。そう言われてみたところで、僕にはどうしたらいいのか皆目見当がつかないんですけどね」
「なあに、簡単なことさ。ギャルゲだよ、ギャルゲ。彼女たちもいかにもそれっぽいことを匂わせていたじゃないか?」
「──ぎゃ、ギャルゲですってえ⁉」
「そう。まさに君はギャルゲの『主人公』そのものとなって、あまたの『選択肢』の中から真に自分にふさわしい相手を選び出して、そのルートを完璧に攻略していけばいいのさ」
「ちょっ。あなたまで何を言い出すんですか⁉ それではもうSF小説もへったくれもないじゃありませんか!」
SF蘊蓄大好き部長様としてはここはやはり、自分が生まれる前に実の父親を殺せばどうなるかといった『タイムパラドックス路線』なんかを目指すべきなのに、それを実の妹をいかに攻略すべきかなどといった『萌え路線』をひた走ったりしてどうするんだよ⁉
「いやいや。むしろ未来人とかタイムマシンなどいう元来あり得るはずのないSF的概念を持ち込んできたりするから、現実世界のギャルゲ化現象なんかが起こってしまうわけなのだよ。本来現実世界においてはたとえ複数の女性が一人の男性を巡って恋のさや当てをしていようが、ラノベや漫画やアニメやそれこそギャルゲでもあるまいし、なりふりかまわず激烈な争奪戦や修羅場を展開することなぞないのであって、普通は女性同士の水面下における常識的な恋の駆け引き等でケリがつくはずなのであり、もちろん最終的に男性を獲得できなくても恋に敗れた女性自身の命に関わることなぞないのだが、ここに今回のようなSF的設定を持ち込んできて、未来からやって来た『娘』の精神体が母親の身体に憑依してしまっているということになると、万が一にも男性を獲得できなかったら将来における自分自身の存在そのものが消滅してしまうわけなのであり、まさしくそれは主人公に選択されなければそれ以降のルートが完全に閉ざされてしまうギャルゲのヒロインそのものとも言えて、だからこそ彼女たちは文字通り命がけで君の争奪戦を展開していくことになるってわけなのさ」
「SF的設定を持ち込んだから現実世界がギャルゲ化したなんて、それはあまりにも論理が飛躍し過ぎるんじゃないですかあ⁉」
「だってまさにそうではないか。現在の君を取り巻く状況というものをようく見つめ直してごらん。未来はけして一つだけではなく無限の可能性がありその数だけ『娘』が存在し得る世界があるなんて、まさしくギャルゲの『選択肢』におけるヒロインごとのルート分岐そのものだし。逆に君がこの夏つき合う相手を決定していわゆる『分岐点』を固定化してしまえば選ばれなかった『娘候補』たちと彼女らの世界そのものが消滅してしまうところなんかは、まるでゲームにおけるシナリオ分岐システムの残酷さを浮き彫りにしたようなものとは言えないかい?」
……そりゃまあ、言われてみればそうなんだけど、何でもかんでもギャルゲに当てはめてしまうってのも、何か釈然としないものがあるわけでして。
「やれやれ。しっかりしてくれたまえよ。彼女たちが自身の未来を背負って闘っているのと同様に、君にはこの世界のこれからの運命がかかっているのだよ?」
「はあ? 世界の運命って……」
「君がシナリオ選択を誤らずに真に正しい道を歩み続けていけば、現下のギャルゲステージそのものの状況も元通りの正しい現実的姿に立ち戻らせることができるだろうが、反対に『娘候補』の諸君に取り込まれてしまってバッドエンドへとひた走ってしまえば、この現実世界そのものが虚構化してしまいかねないってわけなのさ」
「現実世界そのものが虚構化してしまうって、そんな馬鹿な⁉」
「果たしてそうでないと言い切れるかな? もうすでに相当なまでに侵食が進んでいるのではないか? ──未来から来た娘の精神体。それによってあこがれだったお嬢様生徒会長を始めとする幼なじみやクラス委員や従妹や美人教師といった並み居るヒロインキャラからモテモテになる主人公。そして繰り広げられる本来ギャルゲやラノベでしかあり得ないはずの様々なラブコメイベント。絶えず変動し続ける『分岐点』の存在によってくり返される歴史。ギャルゲの選択肢そのままに世界の運命そのものを委ねられる主人公。その結果始まるヒロインたちによる苛烈な主人公争奪戦──。まさにこれぞ思春期の青少年の願望を具現化したゲームやラノベや漫画等によくある、虚構の世界そのままの展開ではないか」
うぐっ。こうやって改めてリストアップされてしまうと、いちいち御もっともとしか言い様がないんですけど……。
「もはや我々に残されている一縷の望みは、結局すべてが彼女たちの邪気眼妄想に過ぎないのかもしれないという一点だけなのだよ。何せ時間SFとはいえ具体的に超常現象を見せられたわけでもないからね。お陰で首の皮一枚残した状態とはいえ、まだまだこの世界が現実のものであると主張することができるというわけなのさ。いやあ、誰だか知らないが『精神体型タイムマシン』などというものを、よくぞ思いついてくれたものだ。これだったら最終的には無理やりに、全部を妄想だったということで片づけることも十分可能だしね」
いや。それはそれで、いろいろとまずいのでは?
「まあ、今のところとりあえずすべては君の双肩にかかっているわけなんだから、くれぐれも心して事に当たってくれたまえ。いくらギャルゲと言ってもセーブもやり直しもきかないのだから、どのヒロインを選択するかは十分慎重に見定めてくれよ?」
そう言うやもはや話は終わりとばかりに、手元の読みかけのぶ厚い洋書を再び開く部長殿。
他人事かと思って気楽に言うんじゃない! 世界の運命がかかっているとか言われて、そんなゲームみたいにひょいひょい選択肢を選んだりできるものか!
やる方ない思いを抱えたまま同じく文庫本を壁際の本棚から引っ張り出してきて読み始める、平部員の少年。
しかしそのとき僕は、すっかり失念していたのである。
ギャルゲそのものとはいえ、この現実世界では選択される側のヒロインたちも当然『生きている』わけであり、自分自身の意思によって突拍子もない行動をとってくる可能性もあることを。
このたびは『時間SF=ギャルゲ⁉』をキャッチフレーズとする、これぞタイムトラベル物の革命作にしてアンチSF小説の急先鋒、『僕の可愛い娘たち』第五章第三話をお読みいただき、誠にありがとうございます。
この作品は『第六回ネット小説大賞』応募記念新作長編三シリーズ日替わり連続投稿企画の第二弾作品でありますゆえに、次話投稿の前に他の二シリーズ──第一弾の『ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕』と第三弾の『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』のそれぞれの最新話の投稿が間に挟まれることになるので、次回第五章第四話の投稿は三日後の3月6日20時ということになります。
少々間は空きますが、お待ちになられてけしてご損はさせませんので、どうぞご期待ください。
なお、ご閲覧をお忘れにならないように、ブックマーク等の設定をお勧めいたします。
もしくは皆様のご要望が多ければ、この作品単独での『毎日投稿』も考慮いたしますので、そのようなご意見やご感想等がおありでしたら、ふるってお寄せください。
次話の内容のほうにちらっと触れておきますと、「ついに『未来の娘』を名乗るヒロインたちは己の世界の運命を賭けて『父親』である主人公を自分だけのものにするために、ナイフ片手にガチの殺し合いを始めてしまって⁉」──てな感じで、もはや時間SFでもギャルゲでもなくなってきたりしております。
ちなみに明日3月4日20時にはもはやおなじみの、量子論と集合的無意識論とで『後期クイーン問題』を解き明かす、まったく新しいSF的ミステリィ小説『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』の第三章第三話を投稿する予定でおりますが、これまた具体的な内容に少々触れておきますと、「何と主人公が強力無比な『正夢体質』であるからこそ、小説に書いたことが現実のものとなることが、量子論と集合的無意識論とを駆使することによって詳細かつ明確に実証されて⁉」──といったふうに、SF小説どころか量子物理学やユング心理学的にも、これまでにない驚きの新事実が判明いたします!
もちろん何よりも肝心な『面白さ』に関しても、本作『僕の可愛い娘たち』に勝るとも劣らないと自負しておりますので、こちらのほうもどうぞよろしくお願いいたします!




