第五章、その二
「……未来の娘って」
「そうよ。私は開発されたばかりの『精神体型タイムマシン』を使ってこの時代にやって来て母親であるこの『泉水サトミ』に憑依した、お母さんとあなたとの娘である『赤坂ヒトミ』なの。元来一つの場所に二つの物質は存在できないという物理的大原則がある限り、空間的であろうが時間的であろうが瞬間的に人間や物質を他の場所に転移することになるテレポートやタイムトラベルなどといったものは絶対に実現不可能であるというのが定説であったのだけど、それを根本的に解決したのがこの精神体型タイムマシンであって──」
「ちょ、ちょっと待った! 何ですか、それって。まさに会長が以前言っていたことと、まったく同じではないですか。まさかあなたまで邪気眼になってしまったわけではないでしょうね⁉」
あまりの事態の展開に茫然自失となった僕をよそに、彼女はあくまでも立板に水を流すように話を続けていこうとしたのだが、そのいかにもどこかで耳にしたような電波的内容に堪らず止めにかかる少年であった。
「失礼な! あんな紛い物の妄想女とは一緒にしないでちょうだい! 私はれっきとした『告白同盟』の一員の娘なんだから!」
はあ? 何だよその、告白同盟って。
「「「──そこまでだ、『娘』4号‼」」」
まさにそのとき鍵のかかっていた扉を文字通り蹴破って突入してきたのは、御存じ暴走三人娘の皆様であった。
「……アズサに委員長にサユリまで。何なんだおまえら、揃いも揃っていきなり現れて」
建造物損壊の現行犯を前に呆気にとられている僕など眼中に入れず、女教師を取り囲むようにして迫りゆき、口々にまくし立て始める少女たち。
「先生、抜け駆けは困りますわ!」
「しかも、自分がお父さんの『娘』であることまで明かしてしまうなんて」
「これは我ら告白同盟に対する、重大なる裏切り行為と見なさせていただきます!」
次々に紡ぎ出されていく意味不明な断罪の言葉。しかしその女教師は少しもひるむことなく、平然と言い返していった。
「何よ、抜け駆けしているのはどっちよ! 私が教師であるために身動きがとり難いのをいいことに、同居したり夜這いしたりして好き放題にお父さんとラブコメイベントを重ねていっているくせに! それに元々これは個人戦なのであって最終的に『主人公』を落とした者が勝ちという、抜け駆け上等のドッグレースなんじゃない! それをあなたたちみたいにライバル同士で結託して私一人を槍玉に挙げるなんて、むしろそっちのほうこそ『選択肢』失格でしょうが⁉」
な、何だよ。ラブコメイベントとか主人公とか選択肢とか、いかにもメタっぽい危険極まりないフレーズのオンパレードは⁉
「……待ってくれよ。さっきから聞いていれば、わけのわからないことばかり並べ立てて。本当にみんな会長みたいにおかしくなってしまったんじゃないだろうな⁉」
「違うわ。私たちこそが本物のあなたの『娘』候補なのであり、あなたを──そしてこの世界そのものを、真に正しい未来へと導くためにこの時代へとやって来たのです」
「はあ? 真に正しい未来って……」
面食らうばかりの僕に向かっておもむろに居住まいを正し、真面目な表情となる女性陣。
「改めて初めまして、お父さん。私はあなたとこの『姫岡アズサ』との娘である、『赤坂アサヒ』です」
「私はあなたと『七瀬メグミ』との娘である、『赤坂ヒロミ』です」
「私はあなたと『青山サユリ』との娘である、『赤坂サユキ』です」
「私は、先ほどもお伝えした通り、『泉水サトミ』の娘の『赤坂ヒトミ』です」
「……いや。未来の娘の精神体が自己紹介する姿も十分にシュールな状況かと思われるんですけど、そもそも何で僕の娘が何人もいるんだ? まさか未来の結婚制度は、一夫多妻制になったとでも言うんじゃないだろうな⁉」
「御安心を。未来におけるお父さんの妻は一人だけであり、生まれてくる子供も娘一人のみであります。私の知る限り浮気のほうもなさっておられないようですし。──ただし、それはあくまでも『肉体面』に限っての話ですが」
おいおい。一応は女子高生の外見をしながら、浮気とか肉体面とか平然と口にするんじゃないよ⁉
「じゃあ、何でこんなに娘がいるんだよ? おまえらの中の一人以外の全員が、嘘でもついているってわけなのか?」
「我々告白同盟のメンバーの娘たちは、あくまでもそれぞれ自分たちの世界においてはれっきとしたあなたの娘であるわけなのですが、多元世界である未来全体として見れば『娘候補』の一人でしかないのです。──それは何よりも、この過去の世界における『分岐点』が、いまだ変動し続けているからに他ならないのです」
……またわけのわからないことを言い出しやがってからに。むしろおまえらには未来人の精神体なんかじゃなく、どこぞの文芸部部長の生霊でも憑依しているんじゃないだろうな?
「だからいったい何なんだよ、その告白同盟とか分岐点とかっていうのは⁉」
「告白同盟というのはあなたに思いを寄せている女性たちによって秘密裏に結成された、いわゆる談合組織のようなものです」
「はあ? 僕に対する談合組織って……」
おまえらゼネコンか何かだったのか?
「あなたに対する想いは一緒なれど結局その愛をつかめるのは一人だけなのであり、そのため我々の母たちは水面下で激しい争いを繰り広げていたのですが、肝心のあなた自身の態度がいつまでたってもあいまいなままなのでいつしか不毛な争いに疲れ果てた彼女たちは、告白同盟なるものを結成することによってメンバー内における抜け駆けや争いを禁止し、全員同時に告白をすることですべての判断をあなた自身に委ね、どのような結果になろうと恨みっこなしにしようと誓い合ったわけなのです」
うわっ、怖っ! 突然複数の女の子に想いを告げられ選択を迫られるなんて一見モテモテ状態にも見えるけれど、実際にやられたら男にとってこれほどキツイものはないぞ⁉
「それに対してあなたは迷いに迷った末に最終的にはメンバーの一人を選んでつき合うことになり、他のメンバーたちは無念に思いながらもきっぱりとあきらめて一応一件落着したかのようにも見えたのですが、あなたときたら誰とつき合おうが必ず自分の選択を後悔し始めていつまでたっても心を惑わせ続けて、結局自分自身だけでなく妻や生まれてくる娘すらも不幸にしていくばかりという体たらくだったのです」
……何、だと?
「その結果、いわゆる告白同盟メンバーによる『告白の日』こそがその時点における分岐点として変動し続けることとなり、幾度も同じ歴史をくり返すことによって、あたかもギャルゲか何かのように何度もあなたに誰とつき合うかの選択肢を突き付け続けていき、その後の分岐ルートごとに異なる未来を生み出していくことにもなったのです」
「しかも何度分岐点において選択をくり返そうとも、あなたの心が定まることはなく常に後悔ばかりをし続け、そのため分岐点はけして固定することなくメンバーの数だけ『娘』の存在する未来を生み出しつつ、今もなおこうして同じ歴史をくり返させていってるわけなのです」
はあ? 何だよ、それって。まさにギャルゲかラノベそのものじゃないか。もはやSF小説どころの話ではないというか、むしろこれぞまさしく新世代のSF小説だったりして。
「しかし何と最近になって我らの世界の時間管理局の観測によって、分岐点が徐々に固定化しつつあることが判明したのです」
「おそらくは告白同盟のメンバーでもなく、あなたの娘を生む可能性などまったくない山王生徒会長殿が、邪気眼妄想に取り憑かれることであなたの未来の娘『ごっこ』なぞを始めるという予想外の変動要因によって、本来あり得ない方向にシナリオが移行していき、分岐点の誤った固定化を促してしまったのでしょう」
「とはいえ、たとえ間違った形であっても一度分岐点が固定してしまえば二度と変動することなぞなくなり、歴史はその時点で一つに確定してしまい──」
「「「「あなたに選ばれなかった女性の『娘』はその世界もろとも、消滅してしまうことになるのです!」」」」
……何……だっ……てえ……⁉
「残念ながら、それも当然なことなのです」
「分岐点という変動し続けている過去によって生み出された、仮想的に枝分かれした未来の世界の住人にすぎない我々は、まさしくギャルゲにおける不確定なデータの集合体である、あまたのヒロインキャラの一人のようなものでしかないのです」
「主人公に選択されなかったヒロインにはけしてその後のシナリオなぞ存在せず、ただ消えゆくのみなのです」
「だからこそ我々は分岐点の固定化の兆候を聞き及ぶや、取るものも取りあえずこの時代へとやって来たのです」
「あなたを獲得することによって、自分の世界を守るために」
「そのためには手段を選ぶ気も、他の『娘候補』に遠慮するつもりもありません」
「むしろあなたを得るためになら、他の候補たちを全員排除することも辞さない所存です」
「──それでも最後に選ばなくてはならないのは、あなた自身なのですよ」
「何せ選択肢を選び取ることができるのは、この世で主人公だけなのですから」
「我々はただ、あなたが最終的に下す判断を待つのみなのです」
「「「「そう。我々と我々の世界の存亡は、すべてあなたにかかっているのです!」」」」
ちょっ。おいおい、何なんだよ、このいきなりの急展開は⁉ そんな重大な問題を勝手に人に押しつけてくるんじゃない!
「まあ、今すぐこの場で答えを求めるのも酷というもの」
「しばしの猶予をお与えいたしますので、どうぞじっくりと御検討なさってください」
「ただし分岐点が固定してしまうのは、この夏の終わりとのこと」
「時間はあまり残されていないことも、どうかお忘れなく」
「「「「では、我々はこれにて。お父様におかれても、ごきげんよう!」」」」
そう言い残すやいまだ呆然と立ちつくす僕だけを置き去りにして、一斉に立ち去っていく『娘』たち。
そのときの僕には、突然思いも寄らず前途に立ちふさがったこの困難極まる問題に対して頼りになりそうな相談相手は、たった一人しか思い浮かばなかったのである。
このたびは『時間SF=ギャルゲ⁉』をキャッチフレーズとする、これぞタイムトラベル物の革命作にしてアンチSF小説の急先鋒、『僕の可愛い娘たち』第五章第二話をお読みいただき、誠にありがとうございます。
今回は前回の後書きでの予告通りに、「実はこの物語自体が時間SFを装ったギャルゲだったのであり、主人公は文字通りゲーム内の主人公として、自分の『未来の娘』を自称する少女たちにとってのそれぞれの未来の存亡を賭けて、己が最も好ましいと思う選択肢を選ばなければならないことを突きつけられて⁉」──といったふうに、毎度飽きもせずに後書き冒頭に記しているように、「『時間SF=ギャルゲ⁉』をキャッチフレーズとする」本作の面目躍如の展開となっておりますけれど、そのことを何よりも体現しております本文中の以下の文章に再度注目していただきたいのですが、
「我々告白同盟のメンバーの娘たちは、あくまでもそれぞれ自分たちの世界においてはれっきとしたあなたの娘であるわけなのですが、多元世界である未来全体として見れば『娘候補』の一人でしかないのです。──それは何よりも、この過去の世界における『分岐点』が、いまだ変動し続けているからに他ならないのです」
「その結果、いわゆる告白同盟メンバーによる『告白の日』こそがその時点における分岐点として変動し続けることとなり、幾度も同じ歴史をくり返すことによって、あたかもギャルゲか何かのように何度もあなたに誰とつき合うかの選択肢を突き付け続けていき、その後の分岐ルートごとに異なる未来を生み出していくことにもなったのです」
「しかも何度分岐点において選択をくり返そうとも、あなたの心が定まることはなく常に後悔ばかりをし続け、そのため分岐点はけして固定することなくメンバーの数だけ『娘』の存在する未来を生み出しつつ、今もなおこうして同じ歴史をくり返させていってるわけなのです」
「「「「──しかし今や分岐点が固定化しようとしている今年の夏の終わりにおいては、主人公であるあなたに選ばれなかった女性の『娘』はその世界もろとも、消滅してしまうことになるのです!」」」」
「なぜなら、分岐点という変動し続けている過去によって生み出された、仮想的に枝分かれした未来の世界の住人にすぎない我々は、まさしくギャルゲにおける不確定なデータの集合体である、あまたのヒロインキャラの一人のようなものでしかないのです」
「よって当然のごとく、主人公に選択されなかったヒロインにはけしてその後のシナリオなぞ存在せず、ただ消えゆくのみなのです」
これぞまさしく何よりも『時間SF=ギャルゲ⁉』というメインテーマに則って作成した文章なのですが、何と驚いたことに第二章第二話の後書きの際と同様に偶然にも、この作品を執筆中には存在自体を知らなかった量子論──特にその中でも多世界解釈の本質を突いたものともなっているのです。
まさにこれこそが私が現在においてSF系の作品に限らず小説の作成に際しては必ずと言っていいほど、多世界解釈量子論こそをベースにしている理由であり、本作が現時点の自らの時間SF観と微妙にずれていながらも、こうしてWeb小説として『なろう』サイト上に公開させていただくことになったわけなのであります。
言わば、本作において主人公の『未来の娘』を自称している女性たちは、ギャルゲにおける選択肢ヒロインであると同時に、量子物理学におけるかの有名な『シュレディンガーの猫』のようなものであるとも申せましょう。
──さて、ここら辺でいい加減閑話休題ということで、後書きとして最も大切な次話投稿について述べることといたしましょう。
とは申しますものの、何分この作品は『第六回ネット小説大賞』応募記念新作長編三シリーズ日替わり連続投稿企画の第二弾作品でありますゆえに、次話投稿の前に他の二シリーズ──第一弾の『ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕』と第三弾の『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』のそれぞれの最新話の投稿が間に挟まれることになるので、次回第五章第三話の投稿は三日後の3月3日20時ということになります。
少々間は空きますが、お待ちになられてけしてご損はさせませんので、どうぞご期待ください。
なお、ご閲覧をお忘れにならないように、ブックマーク等の設定をお勧めいたします。
もしくは皆様のご要望が多ければ、この作品単独での『毎日投稿』も考慮いたしますので、そのようなご意見やご感想等がおありでしたら、ふるってお寄せください。
次話の内容のほうにちらっと触れておきますと、「主人公がどのヒロインを選ぶかによって未来の運命を大きく左右するという、あたかもギャルゲそのままの現状に甘んじていたために、何と今や現実世界そのものが虚構化し始めていて⁉」──といったふうに、まさしく今回以上の驚愕の展開を迎えたりします!
ちなみに明日3月1日20時にはもはやおなじみの、量子論と集合的無意識論とで『後期クイーン問題』を解き明かす、まったく新しいSF的ミステリィ小説『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』の第三章第二話を投稿する予定でおりますが、これまた具体的な内容に少々触れておきますと、「何と忌まわしき『不幸な未来の予知能力』のほうが『幸福な未来の予知能力』よりも、よほど効率的な優れ物であることが、量子論と集合的無意識論とを駆使することによって判明して⁉」──といったふうに、いよいよ驚愕の事実が明らかになろうとしております。
もちろん何よりも肝心な『面白さ』に関しても、本作『僕の可愛い娘たち』に勝るとも劣らないと自負しておりますので、こちらのほうもどうぞよろしくお願いいたします!




