第五章、その一
五、虚構。
「──赤坂君。実は私、あなたの未来の『娘』なの」
その女教師は夏休みの二人っきりの生徒指導室で、ためらいがちにそう言った。
………………………………………………………………………………………はあ?
レモンイエローのタイトミニのスーツに包み込まれた二十代前半の女性らしいメリハリのきいた肢体に、ゆるやかなウエーブを描きながら背中の中ほどに流し落とされている淡い色合いの髪の毛に縁取られた彫りの深く端整な小顔。
そして大人びた雰囲気の中でどこか親しみやすさをも感じさせる、薄茶色の瞳。
泉水サトミ。この地方都市において栄えある伝統と最上の格式を誇る名門私立高校の新任教師にして、教育界に絶大なる権力を誇る某一族の申し子というまさしく生粋のお姫様。
高等部二年生にして生徒会書記である僕、赤坂ヒロキにとっては本来なら言葉を交わすことすらできないはずの、文字通りの高嶺の花の存在なのであった。
…………………って。ちょ、ちょっと待ってよ。何この、どこかで見たような展開は?
ということは、まさか。先生あなたまでもが会長に引き続いて、何かおかしな妄想に取り憑かれてしまったんじゃないでしょうね⁉
突然の思わぬ事態に内心慌てふためき続ける少年を尻目に女教師はそのとき、大輪の花のような艶やかな微笑みを浮かべたのであった。
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──それは、最初のうちはいかにもたわいのない出来事を積み重ねながら、次第に大きなうねりへと変わっていったのである。
先日の夜這い騒動のおりのあまりにも後味の悪い幕切れのせいか、あれ以来会長が僕の家に来ることはなくなり、ちょうど学園祭に向けての準備作業も本格化したこともあって二人とも生徒会活動に専念していき、お互いに私的な接触をはかることもすっかりなくなっていた、今日のこの頃。
あの暴走妄想娘の思わぬ豹変に大いに拍子抜けするとともに正直言って少々寂しくも感じたのだが、夏休みも後半に突入したとはいえとにもかくにもやっと取り戻すことができた自由な日々を改めて満喫せんと決意を新たにしていたところ、やはり世の中そんなに甘くはなかったのだ。
そう。あたかも会長のあとを引き継ぐかのようにして、何と今度はアズサや委員長やサユリや泉水先生たちが挙動不審になっていったのである。
まず最初におかしな行動をとり始めたのは、従妹のサユリであった。
まるでずっと機会を窺っていたかのように会長と入れ替わるみたいにして僕の家に泊まり込んできたのであるが、そのこと自体は従妹でもあるので何の問題もなく母さんたちも諸手を挙げて歓迎するばかりであり僕自身もあえて異を唱えることはしなかったものの、むしろ問題は山積みであったのだ。
確かについ先日まで会長も僕の部屋に入り浸っていたとはいえそれはあくまでも日中に限ってであり、名家のお嬢様ならではの厳しい門限ゆえに少々遅くなることはあっても必ずその日のうちに御帰宅あそばれていたのだ。
しかしそれがサユリのように長期間にわたって泊まり込み続けるともなれば、話はまったく違ってくる。
そうなると当然一つ屋根の下で寝食を共にしていくわけでいわゆるお定まりのラブコメ的イベントに事欠かない状況ともなり、もちろんあのヤンデレ従妹様がそんなチャンスを見逃すはずがなく、日中は僕の部屋に入り浸り、いつの間にか部屋中に張り巡らされていた会長特製のポスターを自分のものに張り替え、しかもこれまた先達御同様に隙あらば僕に過激なスキンシップすら迫ってきて、外出の際は学園でもどこでもぴったりとストーキングしてくる始末であった。
更には何と僕がお風呂に入っているとすかさず混浴してきたり、夜も人の寝床に勝手に潜り込んできたりして、もはやそれはこれまでのちょっぴりおませな従妹からの恋のアタックなどというレベルではなく、まさしく『女』そのものの本気の求愛行動とでも言うべきものであった。
もちろんそうなると黙っておられないのが御隣人であり自称僕の生粋の幼なじみであるアズサであって、これまた会長のとき同様にサユリが暴走し始めて僕がピンチに陥るやすかさず駆けつけて妨害してくれたのだ。
だが今や事はそれだけでは済まずむしろバトルの本番はそれからなのであって、サユリとの間で文字通りにオスを巡るメス猫同士みたいに本気のつかみ合いやひっかき合いを交えた苛烈なキャットファイトを始めていき、毎回僕が間に割って入って捨て身の仲裁をすることによってどうにか事無きを得ているという有り様なのであった。
しかもアズサ自身の振る舞いも以前とは大きく様変わりしてしまい、サユリが席を外したときや学園で僕が一人でいるときなどに、いくら幼なじみ同士とはいえこれまでではあり得ないほどに過剰なスキンシップを行ってくるようになってしまったのだ。
更には僕の部屋に来る理由もサユリを牽制するためというよりはむしろアズサ自身の欲望ゆえへと変わり果てていき、ついには互いに夜這い目的で僕の部屋に忍び込んできたところかち合ってしまったために派手なバトルを展開するという、文字通りミイラ取りがミイラになってしまうという体たらくなのであった。
それは何とまさしく優等生の鑑であったクラス委員の七瀬メグミ嬢やれっきとした教師である泉水サトミ女史も御同様なのであって、委員長に至ってはこれまで頑なに守り続けていた『アズサの親友』というあくまでも少し距離を置いた客観的立場を捨て去り、単独で積極的に僕に接触してくるようになったのだ。
彼女は主に学園内──それも、図書館とか自習室といったいかにも優等生らしい場所であたかも待ち構えていたかのようにして、たまたま一人でやって来た僕に何かとアプローチを仕掛けてくるのであるが、最初のうちは真面目に夏休みの研究課題等を協力してこなしていたものの、そのうちにだんだんと休暇中とはいえけして人気がないわけでもないのに周囲を気にすることもなく、あからさまなスキンシップを行い始める有り様であった。
まあ彼女については、それ以降たとえ勉学関係であろうとけしてお誘いに乗らないようにしているので問題はないのだが、とにもかくにも始末に負えないのが、一応は教職にあられる泉水サトミ女史なのであった。
人が生徒会活動や部活をやっているときに突然校内放送で呼び出しをかけてくるものだからすわ何事かと駆けつけてみれば、鍵をかけた密室状態の生徒指導室で二人っきりにさせられて、一応最初のうちは進路相談等のいかにももっともらしいことをやりながらも、次第にこれまでの御先達同様にスキンシップ主体の秘密の個人授業へと移行していったのである。
しかもいくらその場から逃げ出してみたところで相手は腐っても教師であるので呼び出しを受ければ出頭しないわけにはいかず、たとえ学園当局に訴えてみてもその絶大なる権力によってもみ消されるばかりであった。
しかしこれまでの時点ですでに他の女性陣からの猛アタックに辟易していた僕は、とうとう本日に至って性懲りもなく呼び出しを受けた生徒指導室でキレてしまい、彼女の個人的越権行為に対して面と向かって厳重に抗議したところ、生徒から正論で追いつめられ逆ギレしてしまった彼女はよりによってどこかの妄想少女そのままに、このように自分が何かとアプローチをしかけているのは、実は僕の『未来の娘の魂』がこの身に宿っているからなどと言い出したのであった。
このたびは『時間SF=ギャルゲ⁉』をキャッチフレーズとする、これぞタイムトラベル物の革命作にしてアンチSF小説の急先鋒、『僕の可愛い娘たち』第五章第一話をお読みいただき、誠にありがとうございます。
この作品は『第六回ネット小説大賞』応募記念新作長編三シリーズ日替わり連続投稿企画の第二弾作品でありますゆえに、次話投稿の前に他の二シリーズ──第一弾の『ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕』と第三弾の『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』のそれぞれの最新話の投稿が間に挟まれることになるので、次回第五章第二話の投稿は三日後の2月28日20時ということになります。
少々間は空きますが、お待ちになられてけしてご損はさせませんので、どうぞご期待ください。
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もしくは皆様のご要望が多ければ、この作品単独での『毎日投稿』も考慮いたしますので、そのようなご意見やご感想等がおありでしたら、ふるってお寄せください。
次話の内容のほうにちらっと触れておきますと、「実はこの物語自体が時間SFを装ったギャルゲだったのであり、主人公は文字通りゲーム内の主人公として、自分の『未来の娘』を自称する少女たちにとってのそれぞれの未来の存亡を賭けて、己が最も好ましいと思う選択肢を選ばなければならないことを突きつけられて⁉」──といったふうに、いよいよ驚愕の事実が明らかになろうとしております!
ちなみに明日2月26日20時にはもはやおなじみの、量子論と集合的無意識論とで『後期クイーン問題』を解き明かす、まったく新しいSF的ミステリィ小説『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』の第三章第一話を投稿する予定でおりますが、これまた具体的な内容に少々触れておきますと、「やっと作中作パートが終わって新章に突入したと思ったら、いきなりヒロインが前章が二人称で描かれていたことにクレームをつけるという、いかにも881374ならではのメタメタな展開を見せて⁉」──てな感じになっております。
……作者自身、「本当にこんな内容でいいのだろうか?」と、思わずうなり声を上げそうになっておりますが……大丈夫です! これはこれで『ラノベの皮を被った超本格的量子論SF』としては間違っておらず、絶対に期待は裏切りませんから!
もちろん何よりも肝心な『面白さ』に関しても、本作『僕の可愛い娘たち』に勝るとも劣らないと自負しておりますので、こちらのほうもどうぞよろしくお願いいたします!




