№013 絶対に笑ってはいけない国家反逆 【烏丸、死す】
※この物語は予告詐欺をしません
「がぁあああああああああああアアアアアアアアアアaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」
ボクたちの目の前で、火に包まれる少年がいる。
それはどうやっても消せそうにない劫火で、少年の断末魔はただ喉から漏れているだけの音に次第に変わって逝き、そのことが何よりもこれを『どうしようもない』事態なのだと、ボクらに漠然と感じさせていた。
「いやぁあああああ!? ソラさまあああああああ!?」
ぎょっとして、幼い彼女が悲鳴を上げつつ駆け寄ろうとすることを押し留める。
一番傍にいた自分がやらなくてはならなかったと咄嗟の判断で身体が動き、胴に腕を回すようにして後ろから抱き留めた。
放してください!と暴れて踠くシャーロットさんだが、流石に火の中へ飛び込もうとすることを放置するわけにはいかない。
なんとか留まってもらえるように色々と説得のようなものを口走った気もするが、ボクもボクで気も漫ろだったので口にしたことにはそれ以上の意図も乗っていなかった。
要するに、この唐突な状況についていけてなかったわけである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
どうしてこうなったのか、茫然とした脳裡で次第を思い返す。
お姉さんの、カサンドラさんだったか。
吶喊してきた彼女とのほぼ実質的な会合で、あからさまになった某少年と妹様との婚約状況。
まあ烏丸くんとシャーロットさんのことですが。
当事者に詰め寄るも、『若いふたり』であるためか殊の外お姉さんは冷静に話を問いており、その分何処か別方向へ鬱憤は傾きそうだなぁ、と頭の隅で静観していた。
相手する烏丸くんが思ったよりも引き気味で、カサンドラさんの地味なシスコンっぷりに戸惑いも感じていたのではないかなと伺える。
小姑がねっとりと妹婿を嬲るもとい舐るかの如くに詰め寄られる様は、正直言おう、メシウマでした。
無論、当事者だけで話をつけていい問題では断じて無い。
シャーロットさんは王族で、それに連なる新しい血を取り入れようとなっては、国そのものが一丸となって取り組むべき問題なのだ。本来ならば。
その事実に関する常識的な判断性を持っているカサンドラさんは、妹様と褐色小僧を引き連れて、より詳細を問い詰めるつもりで王様の居る謁見の間へと吶喊していった。
ところでああいう謁見の間にいつも必ず居るRPG的な王様の、他の仕事は大丈夫なのだろうか。
常に座り仕事でお尻の問題が職業病に、だとかいう小噺を何処かで見かけた気がする。
そんな小噺はさておいて。
踏み込んだ途端に、冒頭のアレですよ。
床に仕込まれていたのであろう、火災現場を彷彿とさせるような猛火の熱気は外周にいるボクたちにも被害を及ぼせそうな勢いだ。
謁見の間はかなり広い。
王城の、実質どの程度の階層なのかは把握できていないが、学校校舎に喩えると3階目くらいの位置で体育館程度の広さを体感させられる。
その入り口から姉妹と一緒に部屋を進み、真ん中ほどで烏丸くんは火に包まれた。
咄嗟に気づいた烏丸くん本人が、自分のすぐそばにいたシャーロットさんを突き飛ばし、しかしお蔭で自身が逃げることに間に合わずに、不意を討たれた形になっていた。
……不意打ちが意外と効果があって、彼がそこまで人外じゃないことに安心すべきなのか。
いやでも、現状がこれだと心配するべき……?
「――臣祇術【葬送の火】、本来なら亡くなった者を骨になるまで焼くための術式よ。シャーロットを止めてくれて、感謝するわ……」
先行していたはずのカサンドラさんがこちらへ戻り、未だに抵抗の気配が伺えるシャーロットさんの傍へと寄り添う。
先行とは言ってもほんの数歩分程度だったので、だが謁見の間が絶えない炎で煌々と照らされている現状だというのにそれを迂回してまで妹に気を回す、もういっそそれワープしてるって言った方が話が早いんじゃないのかというシスコンっぷりを見せてるカサンドラさんは、これが『何か』を説明してボクへと目くばせする。
部屋の中央で炎が燃え盛っていても迂回できる。
謁見の間はそれくらい広いのです。
姉様の奇行はさておいて、教えられた情報を噛み砕く。
【臣祇】とかいう単語は以前にも聞いた。
神職の居ないこの世界において、冠婚葬祭を執り行う役職にそんな官吏があったはずだ。
そして葬送という言葉から察するに――、
――え、烏丸くん、生きたまま火葬場送りにされたってこと……?
その結論が自分の中で出たと同時に、部屋の中の炎が小さくなってゆくことを理解する。
段々とか細くなってゆく炎。
燃えていた時間は体感的に数分にも満たない。
その中に佇む人影は真黒く、完全に炎が消えたことが目に映ると、その正体も判明した。
黒く、炭のように煤けた髑髏。
立った姿のままに、その臓皮と血肉の全てを焼却されてしまった彼は、がしゃりと力なく崩れ落ちた。
――あまりにもあっけない、ひとのしをまのあたりにした。
「お父様……っ、これはどういうことですか!?」
彼の髑髏を挟み、対岸の王へとカサンドラさんが問い質す。
シャーロットさんは『結果』を目前に突き付けられてか、既に進もうという力は無い。
ボクもまた、彼女を押し留める意味も無くなったので手を放し、状況の確認に努める。
入り口は衛兵で塞がれて、玉座の周囲には同じように兵士たちが武装して待機している。
何処か剣呑な空気を感じるのは、烏丸くんを焼いてそれでお終い、とは決して見做していない証拠でもある。
ふと周りにいるカイチョーとカナちゃんに気を向ければ、何処か気遣わし気な顔つきで此方を伺っていることが判った。
人の死をあからさまに突き付けられたことに、むしろボクの方を心配しているご様子だ。
実際、部屋に響かないくらいの小声で大丈夫かと問いかけられた。半角で表わしても良いくらいだ。
別に何も感じていないわけじゃない。
烏丸くんのことは好きではなかったが、かといって死んでほしいほどでもなかった。
適度に仲が良い、とふたりは思っていそうだが、『なってしまった結果』にはどうしようもないのが現実である。
お終いじゃないでしょう、気も抜きやしないよ。
「カサンドラか。お前が来ていることはわかっていた、呼ぶ予定だった術師も護衛として来ていたからな。だから早めることができた、礼を言うぞ」
「……っ、私にそんな意図はありません……っ」
あー、謀反する気やっぱり満々だったんだね、王様。
そしてこれを仕込んだのも、やっぱり王様、というか国側と。
まあねぇ、ガチのRPGじゃあるまいし、城内にナチュラルに即死トラップが仕込まれているとか普通無いもんな。
ましてや碌な戦争も無かった国だし、こんな地雷みたいな罠を自分の家に仕込むわけがないし。
しかし、そうなると気になる点が出てくる。
なんでこのタイミングで烏丸くんを狙った?
そして、この罠はどういう経緯で生まれた?
「……彼が、」
ちらり、と頽れた髑髏へと、カサンドラさんは視線を向ける。
其処に縋るように這って進もうとする、妹の様子も目に入ったことだろう。
それを王にも見せたいのかも知れないが、彼女は息を呑むように言葉を続ける。
「彼が、呼び出されて直ぐに此処で『仕出かした』ことは聞いています。脅迫に近いことをした、とも。しかし、それならば猶更、その実力を知れた良い機会であったはずです」
実態はどうあれ、名目上はボクらの呼ばれた理由は『魔族討伐』という荒事だ。
カサンドラさんは『国民の目』も意識する人なので、其処を突いて詰問を重ねる心算らしい。
「その彼をこうして、罠にかけるように殺した意図を知りたい。仮にも、シャーロットを差し出した王として、王配に加えようという意図を見せたのにも関わらず、です!」
そうして表立ってくれて助かるよ。
どのようであれ、『国が』『ボクたちを』支援してくれないと、身の振り方にも先が見えない。
話を聞ける味方がいてくれる、というのは普通にありがたい話だ。
結果として、『味方を罠に嵌めた奴ら』がいるという事実では、何処にも背中を預けられない。
「……うむ、シャーロットを差し出した、か。お前なら、それには反対するかと思っていたが」
「既にしてしまったことには、口出しできることでもないでしょう。それにシャーロットももう14です、他にも婚約者がいたのですから、早いか遅いか、誰に嫁ぐかの違いでしかありませんから」
不満はありますが、と部屋に響かない小声レベルでツイートするカサンドラさん。
ですよね。
「そうか……。さて、何故、彼をこうして処分したか、だったな」
カサンドラさんの最初の問いに答えるべく、王は身を正す。
玉座へ座り、しかし兵を前へと並べて、こちらを睥睨する。
自然とこちらも、睨むように見上げていたことを把握されているのだろう。
烏丸くんへと遜っていた道化のようであった下卑た眼差しは既に無く、やっぱり猫を被っていやがったなこの狸、とボクらが理解するのも当然の帰結だった。
「お前はその時を知らぬ」
「……は? いいえ、聞き及んではいますが、」
「いいや、『その時』に居たかという点は大事だ。 アレの猛威に、残虐性に、垣間見せた人間を嬲ろうという思惑と眼差しに、お前は気づくことができていなかったに過ぎないのだ」
いち高校一年生を悪く印象付けすぎじゃないっすかね?
思った以上にマイナスイメージという言葉でも足りないレベルの悪印象。
ご愁傷さまとダブルミーニングを送るべきかもしれないが、割と残当でもあるので異議ありと言い返すことも憚られる……。
そして思った以上の旗色の悪さを教えられたが、カサンドラさんはしかしと奮起する。
頑張れ負けるな。
「し、しかし! 魔族に対抗するには、それほどの実力を備えていたのだと、目を瞑れば良かったでしょう! 何も殺すことを視野に入れなくとも!」
実際マジで頑張ってほしい。
先ほども口走ったが、背中を刺される恐れのある味方ほど信用が置けないのも事実なのだ。
こうして『味方』を後ろから刺す真似を実行されることを目の当たりにされては、この国に対する信用も無くなる。
異世界で後ろ盾がなくなれば、先行きは不透明にしかならない。
ジュブナイルノベルの主人公じゃあるまいし、現実をそれなりに見るようにと育てられたボクらには、そんな一目見て地雷原と判る場所でタップダンスなんて踊れないのです。
とはいえ、このまま話を聞いていても、結局どうしようもない状況下では選択の余地も無さそうだけど。
「カサンドラ、この危機がすべて魔族の仕業だと、まさか本気で思っているわけでもあるまい?」
「……っ!」
………………いや、あんたがそれ言っちゃダメでしょ。
※この物語は予告詐欺をしません
以下注釈
~王様の職業病
座り仕事なので治療に専念できんのじゃ! byコー●イ国王
~頽れる
本来は生きた人に使う比喩
~猫の皮を被った狸
???「オノレタヌキ」
あんまり一気に挙げても流れ的にアレなので続きは明日です