№012 中世ヨーロッパ的世界観というふわっとした解釈の妙技 【醸し出される吹き零れ感】
「シャロ! 身体は無事!?」
「……サンドラ姉さま?」
ドバン、と扉を開け放って勢いのまま入ってきたのは、これまた金髪の美人さんであった。
というか、シャーロットさんの言葉から察するにお姉さんなのだろうけど、第一声がそれってどうなのよ。
見たところ、出るところがあり引っ込むところもある、メリハリの利いたボディ。
背は勿論シャーロットさんよりも高く、ともすればボクらよりもありそうな、むしろモデル体型と喩えられそうなすらりとした佇まいの彼女。
整った顔には理知的な眼差しを潜めつつしかし、それを今は歪めている。
その理由は妹を心配してのことだろう。
直ぐ後にアクエレニア=カサンドラ=スティ=パトリクシアと名乗る彼女は、何処か勝気を秘めた自己主張の強い印象を受けたのだが、その実とっても妹思いなお姉さんなのだなぁ、とその場のボクらへ登場して1ターンで理解させたのは以下の科白からである。
「召喚された魔王に国王が陥落したって噂で聞いて早馬で駆け付けたわよ! ああでも怪我が無いみたいでよかったぁ!」
「く、苦しいですお姉さま……っ」
……スイマセンお姉さん、妹さんの状態は決して無事とは言い切れません。
ああいや、お姉さんに抱きしめられて物理的に締め上げられているからというわけではなくて、こう、生理的かつ性的な意味合いで……。
ほぼワンブレスで言い切った第一声を覆すことが実に心苦しいのだが、それとは別に気になったことがあるので、ボクらはその場から動かずに部屋の隅で相談を続けた。
「魔王、って烏丸くんのことだよね。情報遅くない?」
「まことにいかんです」
「妥当な知らせやとおもうで」
不満げに漏らす烏丸くんへ、カイチョーが文字通り妥当なツッコミを入れる。
それにむぅ、と不満を燻ぶらせながらも、烏丸くんは『解釈』という解析を口にし始めた。
「魔法があってもいまいち活用しきっていない世界みたいですし、そもそも文明の発展と進化に一番大事な要素が無い国ですからね。特定概念の重要度相についても精査が行き届いてないんじゃないでしょうか」
「特定概念って何さ。礼装? また魔術の話?」
「いやタク、もう『概念』って言葉だけでサブカルチャーに直結するようになってきてないか、お前……?」
何故か幼馴染に残念な人を見る目で見られていた。
げせない。
「特定概念っちゅーのは、一定数以上の不特定多数が共通項として認識できる事項を指す言葉や。 ちなみに概念とは因子で腑分けできる意味合いをいくつか含んだ言葉を指すで、言葉の因数分解と覚えとき。 本来なら受け取り側の認識の齟齬について留意させる言葉やったんやけどな、言葉の意味合いが変動するのはまあ世の常やな」
「……よくわかんにゃい」
「勉強せーや同級生」
え、今時の高校生ってこれくらいの解説もできなくちゃダメ?
とりあえず年下の烏丸くんが普通に理解できていることを上級生が理解できないことはカイチョー的にはダメらしいが、多分読んでいる人も良くわからないんじゃないかな(感想欄へ期待の眼差し。
「話を戻しますが、要するに俺の言いたかったのは『情報流通の速度について』です。 何処が何をやったのか、より詳しく言えば、何の目的があってどんな結果が齎されたのか。 それらの伝達事項が俺たちにはニュースって形で常識的に情報の取得ができますが、この世界って活版印刷も普及されてない様子から改めて顧みても産業革命すら起こされてないっぽいですからねぇ」
「せやなぁ。 風呂も薪で焚いておったようやし、灯りにも電気が使われて無いし、化石燃料も活用されとる様子も見えんし。 空気が田舎みたいに澄んでるんはええことやけど」
「加えて、300年ほど平時を全うしてきた国ですよ。 戦争という文化促進カタパルトが無いままじゃぁ、科学文明だって進歩できませんって。 馬と言ってましたし、馬車で来たのでは?」
なんだか歴史か倫理の授業みたいになってきたが、烏丸くんの最後の科白で思い出す。
もうひとつ、気になっていたことがあったのだ。
「そうそこ、お姉さんって近場に住んでるわけじゃないのかな? 仮にもこの国の王女様だよね?」
「はぁ、情報によると既に嫁いだらしいのですが。……しかし17歳で人妻であの身体か、旦那が勝ち組過ぎるな」
「……なんかまた気になる情報が増えたよ?」
烏丸くんの嗜好、という部分に注目する発言はいったんスルーするとして、問題点がひとつある。
……そういった個人情報は、彼はどうやって仕入れてきてるのだろうか。
思い返せば、王様を解体してシャーロット様を絶望の淵へ叩き落したときも、本来ならば彼には知り得ない情報が出揃っていた気がする。
後になって優位性を確保するためにはったりで乗り切った、とは説明されたけど、はったりだけで取得できる情報じゃないことも確かだし……。
なんかまだ隠し玉があるんじゃないかなぁ。
願わくば、その矛先がこちらへ向かないことを祈るしかない。
◇ ◆ ◇ ◆
「……取り乱してしまったわね」
「いいええ、ご家族を大事に想うんわ素晴らしいことやと思いますよ? 私も妹に会いたくなってきましたわ」
数分後、こちらに気づいてやや気拙そうな様相の第二王女と、それに朗らかに談笑を返すカイチョーが此処にいた。
召喚被害者という外様的な立場とは言え、権威を立てられなくなっては人間性としてアウト。
物語冒頭で権威何それおいしいの? とそれなりに本人的には裏の意図も相俟ってちゃぶ台ひっくり返した某色黒白髪のことはさておいて、ひとまずは波風荒立てたくはない一般人であるボクらの選択肢に『まずは喧嘩腰』というコマンドは在ってはならないのである。
第二王女改めカサンドラさんに親近感を抱かせるつもりなのか、自分の家族のこともアピールするカイチョーに、ボクはふむと納得を抱いていた。
「カイチョー、妹さん居たんですね」
「おるよー。私が長女で、中学生に2人と小学生に1人の美少女4姉妹や」
「へぇ、ご自分で云うのはどうかと思いますけど、まあ間違ってないですよね」
「その合間に挟んだ葛藤みたいな一言は果たして入れる必要性あるんやろか」
だからどうだ、という話ではないが、まあだからかという納得だ。
通りで面倒見はそこそこ良いと思っていた。
「それは、本当にごめんなさい。ご家族に会えなくなるのは、その、辛いこと、よね……」
話してみたがカサンドラさん、普通に良い人だわ。
沈痛な面持ちで言葉を選び、容易くこうだと言い切らない辺り、他人の気持ちを思い遣る心使いを抱いている良心的な女性のようだ。
そんな方だからこそ、現在膝の上に自分の妹を抱えていたとしても気にはならない。
むしろそこから降りて烏丸くんの方へ赴こうとしたシャーロットさんを事前に止められて、召喚されてからこっち最も良い仕事をしたんじゃないかな烏丸くんは。
その止め方がどう見てもアイコンタクトで、既に色々と通じ合っているようにしか思えないことはさておいて、状況を悪化させずにいて過去最大規模のナイスアシストだったよ……!
おっと、回想に間を置かずに状況に対応しないと。
とはいえ、対応するのは話してるカイチョーや初対面で勇者認定されたカナちゃんだけど。
「いえ『この世界の危機』という話であったようですし、呼び出す側と呼び出される側に事前の取り決めも挟めないのなら仕方がないことかと思います。 事故みたいなものだと思ってますので、そこまで重く取らないでください」
「……召喚された勇者が貴方みたいな理知的な人で良かったわ。魔王とかいうのは、噂だったみたいね」
噂じゃないです真実です。
どうしてこんな噂が出回ったのかしら、と苦笑されていますが、膝の上に乗せられた妹様が陥落したのは間違えようがない事実です。
おい犯人、そこんとこどう思うよ? とこちらも目線で烏丸くんをチラ見する。
……シレっとした表情で状況を睥睨していた。
やっぱりキミ、面の皮厚いわ。
前に自分のことを好青年とか言っていたのも逆説的に良い証拠だよ。
「こう言うのもなんなのだけど、そもそもが呼び出す必要も無い話だったはずなのよ。そもそも、自分たちの世界のことなのだから、自分たちで解決へ手掛けることは避けてはいけないとも思うのだしね」
本当に良い人だなぁ。
その勝気な見た目で思わず桃色ピンクヒロインの某ヴァリエールさん家の次女さんを連想しかけてしまったけども、口にしていることは実に理知的で分を弁えてる。
他のモノに迷惑をかけないように、という王族としてはかなり善性に富んだ配慮を備えているね。
けどちょっと待って。
必要が無かった、って今言った?
「必要が無い、とは……?」
受けていたカナちゃんが、何処か恐る恐ると問いかける。
王様のガチャは実質『はずれ』としか言いようがないけど、それでも『要らない』と言われることは流石に無かった。
此処にきてこちらへの扱いに差異を匂わさられると、誰だって不安に思うのは間違いが無い。
というか、王族の意見が統一されてなかったのか? どういうこと?
「呼んでしまったものだし、今更追い出したりはしないつもりよ。不安にさせたのならごめんなさい」
「いえ、そこは気にして……なかったと言えば、嘘にはなりますけど」
ぶっちゃけ、今になって追い出されたとしても、こちらにもガチャが備わった以上最悪生きていける伝手ならある。
というか現状が、衣食住が充足しすぎていてニート状態、というのが最大の問題点な気がしてきた。
1週間、ボクら対外的に何もやってなくないか?
「起こっている問題といえば、食糧事情に気温の変動、あとは見慣れない生き物くらいなのよ。それを全部『魔族の仕業』と結びつけるのは無理があるわ」
「デスヨネー」
言われた科白に即答で納得を返す。
思わず口をついて出たが、異論は誰からも出てこなかった。
「え。あ、あのお姉さま、お父様はしかし、そr、この方たちに魔族を討伐してほしい、と……」
「……ああ、父はそんなことまで言ってたのね。それ、その場凌ぎの対外政策よ、きっと。大体、北の大山脈に放逐したのに、今も其処で生きているとは思えないわ」
唯一疑問を挟んだシャーロットさんに、お姉さんがすぐに答えを返していた。
言葉の裏を読めなかったのは恥ずかしいことじゃなく、そんなに擦れていないからだと思うのでどうかそのまま純粋にお育ちください(懇願。
ところで一瞬『そらさま』って言い淀んだよね。
危ないから個人名出すのはホント勘弁して。
「多分やけど、国民の心情が上から離れているんちゃいますか? で、不安の解消のために」
「父は王として、民のために何かをやっている、という姿勢が必要だったのね。だから、使用を禁じられていた召喚の魔法陣を使うことで、『民ではない』【勇者】に仕事を与える、という手段に打って出た。……本当に貴方たちには迷惑をかけて、申し訳ないわ……」
擦れているカイチョーがすぐさま解釈し、補足したお姉さんが再び頭を下げていた。
話はわかったけど、しかしそうなるといよいよボクら身の置き場に困ってくるわけで。
「そうなると、ボクらどうしたらいいですかね? 起こっちゃったことはしょうがないとして、問題は先の話ですよ。一応は旅の準備をしていたのですけど……、どうしましょうか」
「あ。 せやなぁ。魔族やら魔王やらを退治する必要なくなったのなら、私らやることないな」
「状況改善のために各地を奔走でもするか……?」
それしたがるのはよっぽどの善人か考え無しだけだよ。
被災地ボランティアじゃねーんだから、自己を顧みずに他人を助けようなんて、余裕のある生き方は備えちゃいねーんです。
自己犠牲も支援活動も、ほどほどが大事。
やりすぎるとつけあがるし甘えてくるからね、それで自分で立ち上がる力も湧かせられなくなっちゃったら本末転倒ってやつだよ。
まあぶっちゃけボクは自分が大事、ってだけだけど。
「手を貸してくれれば嬉しいのは嬉しいのだけど、異世界の知識や経験をどう生かせられるかなんて、それこそ正解が何処にあるのかわからないのよね……。でも、貴方たちをこのままにしておくわけにもいかないことも事実だし……」
「? 何故ですか? 好きに生きていただいて構わないのでは……?」
ボクらの相談にお姉さんも乗り、疑問を抱いたシャーロットさんが問いかける。
シャーロットさんの言い分は聴こえ方によっては放逐しているように聴こえてアレだが、ボクたちに自分で身の振り方を選択させてくれる優しい意見だ。
しかし、そうは問屋が卸さないのが、国家としての責務である。
「本当に好きにされたら、それを私たちに咎める権利が備えられないわ。 流石に被害が出てしまえば見過ごせないけど、その裁量を測るにはお互いの立場も考え方も違いすぎるのよ。 でも、取り入れるにはあまりにも相手を把握できていなさすぎる。 まずは時間が必要、ってところかしらね」
「時間だけが過ぎそうな予感がしますけどねー」
脅威を重視するのは、王族として見方は間違えてはいない。
けどまあ、お姉さんの欠点も見えてしまうと、流石に口を挟まざるを得ない。
このひと、言ってることもやろうとしてることも公正だけども、行動の寸前で躊躇しすぎて踏み出せないタイプと見た。
というか、いくら異世界人だからといって、ボクらを何処まで過大評価してるのか。
まあ今はまだ何もわからない、という理由に依るのだとは思うけど。
「時間は大事やで。時間があればなんでもできる。活動さえしとればな」
「締め切りを作らないと、できるだけできる、っていう結果で終わるけどな」
やめてさしあげるんだ、誰かさんの耳が痛い。
カイチョーとカナちゃんの補足に、そもそもボクの意見からにも便乗したのか、シャーロットさんは尚も言う。
「それでは、皆さんを王家で保護する、という形にはとれませんか?」
「ん……。 市井に放り出すよりはずっと良心的で、何より監視も兼ねられるでしょうけど……。 それもいつまでもは続けられないわね。 時間を重ねれば猶更、彼らを利用しようという者も出るし、活用し切れなければ私たちが盛り立てることに不満の声だって上がるわ」
「まあ。 それなら、わたしがお手伝いできるかもしれません」
「え?」
と、不意にシャーロットさんが微笑を浮かべ、喜色の交じった声を上げた。
疑問符を返したお姉さんに、シャーロットさんはそのまま、
「わたしがそらさまと結婚すれば、少なくとも王家の血筋に連ねられます。連番で、皆様も引き立てられますわ」
と、爆弾発言を落とした。
「………………………………けっこん?」
お姉さんの表情が真顔になり、部屋を微妙な沈黙が支配する。
気になったのでふと犯人を見てみれば、「ここで俺を出すのかよ」という表情で微かに冷や汗をかいているようであった。
ザマァw
次回、烏丸死す
デュエルスタンバイ!