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異法人の夜-Foreigners night-/第一部  作者: 夕月日暮
第一章「外された者たち」
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第三話「日常」

 秋風市に本社を構える赤間カンパニーの下には、ある組織の存在があった。

 異邦隊。

 倉凪梢や久坂零次、遥のような人外の能力を持つものを監視、及び保護を行う機関である。実行するのは同じ能力者。そしてこの部隊を建設したのも能力者である。

 現在もその部隊は活動を続けている。力なき一般人のために。そしてその力ゆえ孤独となる能力者のために。

 その中心となるのは、零次のような特殊能力と高い身体能力を持つ、異法人と呼ばれる人々だった。


「つまり、君は妨害にあったというわけだな」

 市外に数多く存在する高層ビルの一室。そこで久坂零次は、上官である柿澤に先日の事件のことを報告していた。

「ふむ、まぁ能力者による妨害というのはここしばらく見られなかったことだ。仕方あるまい」

 柿澤源次郎。齢は四十九。どちらかと言えば年齢以上に老けて見えるこの男が、零次たちの指揮官である。その経歴は謎に包まれている。少なくとも零次たちは知らされていなかった。

 ただ、隊員たちからの信頼は厚い。厳しくも温かく皆を見守る、父親のような存在だった。

「それにこの件は赤間カンパニーの指令ではない。連中も五月蝿くは言ってこないだろう」

「しかし、彼女はどうするのですか」

「それについては私も思案中だ。彼女を連れ去った能力者が何者なのか……まずはそこだ」

「残念ながら顔ははっきりとは確認出来ませんでした。服装に関してもあてになりません」

 重々しく息を吐く。あの場でまんまと逃げられたことは、零次にとって屈辱だった。

 ……必ず見つけ出して借りを返す。

 そうは思っても、証拠は何もなかった。

「でも、そいつはなんらかの情報を得てあの施設のことを知ったんですよね」

 零次の横から矢崎亨が口を挟んだ。

「つまり僕らと同じようなことをしているわけでしょう。だったら、そのうち遭遇することもあるんじゃないですか?」

「けどその間、例の彼女はどうすんだ? 身の安全は保証されてないぞ」

 霧島直人が亨の意見を引き下げる。亨はムッとして、

「でも手掛かりなんてないじゃないですか」

 と反論した。

「まぁな。ただ探す範囲は絞れるけど」

「どういうことです?」

「多分奴らはこの町にいるってことさ」

「根拠はあるのかね」

 霧島の言葉に柿澤と零次が反応する。その様子を少し面白そうに眺めながら霧島は続けた。

「一、連中は郊外の施設からこの市街地へ逃げた。それはこの町に奴らの隠れる場所がある可能性が高いということ。二、この件と似たようなケースの事件がこの町ではよく起きていること」

 そう言って霧島はいくつかの新聞を放り投げた。零次はそれを掴み取り、赤い丸で囲まれた見出しに目を通した。そこには、不法取引をしようとしていた会社員が、何者かの協力によって逮捕されたという記事が載っていた。

「なんだ、これは」

「その会社員どもを捕まえた奴ってな、警察でも正体が分かってないらしい。他にも似たようなケースがいくつもある」

「これらの件には統一性がある……つまり、同一人物の手によるものである可能性が高いと?」

 霧島の意見を引き継ぐように、それまで沈黙を保っていた矢崎刃が口を開く。それを聞いて亨は少し難しい表情をした。

「うちがやってるってわけじゃないんですか?」

「いいや、いくつかはうちがやったのもあるが、やってないやつの方が多いな。事務担当に頼んで調べもらったからまず間違いはない」

「そしてこの一連の事件の実行者と、久坂が対峙したという男―――」

「同一人物の可能性が高い、というわけだな」

 柿澤が窓の外を見ながら呟く。その視線の先には、平穏な町並みが映っている。この光景に何を思っているのか。その表情からはなにも読み取れない。

「隊長、私は奴の捜索を行いたいと思います」

「了承しよう。ただし君一人では駄目だ」

「ならば、俺が行こう」

 久坂に続いて名乗りをあげたのは矢崎刃だった。いつも亨と組んでいる彼が、零次と組もうとするのは珍しい。亨は少し驚いていたようだったが、結局何も言わなかった。

「うむ、では二人は件の男の調査に入れ。亨と霧島は通常任務に戻るように」

「了解しました」


 零次たちが退室した後の部屋。そこには、霧島直人と柿澤源次郎だけが残っていた。

「さて、君にはいくつか聞きたいことがある」

「まぁ察しはついてますがね」

 苦笑して霧島はソファに座り込む。

「今回の任務、研究施設の跡に何かあったかね……我らに害をなすようなものは」

「いいえ、特に。と言うか、完膚なきまでにぶち壊されてましたから分かりませんや」

「そうか」

 明らかに落胆した様子で柿澤はため息をつく。だがすぐに霧島を見据えて、

「もう一つだ。君は件の男について何を知っている?」

「何を、と言いますと?」

「疑問の言葉に疑問で返さないでもらいたい。知っているんだろう、先程話したこと以外の何かを」

「知りませんな」

「根拠はある。久坂が件の男と対峙したのが昨夜の話だ。―――君の調査はあまりにも迅速過ぎる」

 そう言って霧島を睨み据える。しかし、霧島はその視線を受け流した。

「なにに関しても迅速に、が俺のモットーですから。それは隊長、あなたもご存知でしょう」

「……このこと、いつかまた問うこともあるだろう。そのときには素直に答えてもらいたいものだ」

「ハハハ、隊長……あなたこそ怪しいですな。そんなに気になりますかその男。あるいは連れ去られた少女」

 その言葉で二人は沈黙した。重苦しい雰囲気が辺りに漂う。

 結局霧島が部屋を出るまで、その沈黙は続いた。


 翌日の朝月学園。中庭の木の下で零次は一人、弁当を食べていた。赤間カンパニーから支給されるもので、味はあまりしない。非常に不味い駅弁と言った感じの代物ではあるが、栄養はあるらしい。

 ここ、朝月学園に零次が転校してきたのはついこの間のことである。それまでは別の地区の学校に通っていたのだが、先日この地区へと移る事になった。

 もっとも零次は過去、この朝月学園に通っていたことがある。小学生中学年頃のことなので、だいぶ昔のことにはなるが。本来彼自身は3-Fの人間なのだが、クラスには馴染めないでいたのでいつも昼食はここでとっている。

 零次はぼうっと空を見上げていた。

「よっこいしょ」

 と、隣に何者かの気配がした。零次は咄嗟に警戒態勢に入り―――、

「何やってんの? 零次さん」

「お前か」

 息を吐き出し、苛立たしげに再度座り込む。

 そこにいたのは零次の旧知の少女。生徒会長を務めている、冬塚涼子だった。

「生徒会の仕事はいいのか?」

「うん、今日は暇なのよ」

 二人の出会いは、零次がかつてこの学園に通っていた頃に遡る。

 当時、部隊に就任したばかりの零次はある事件に巻き込まれた。その事件の被害者は涼子の家族であり、彼女は事件の数少ない生き残りだった。

「思えば随分と古い付き合いになるんだな……長いと言うわけでもないが」

「あの事件のあと零次さんすぐに引っ越しちゃったからね」

「ああ、だが俺は結局ここに戻ってきた。なぜだろうな」

 いつのまにか弁当を食べる手を止め、零次はまたぼうっとしていた。涼子はそんな零次をじっと見ている。

 と、そこに一人の少女が駆け寄ってきた。

「涼子ちゃーん」

「あ、美緒ちゃん。どうしたの?」

「お兄ちゃんが、生徒会の急用が入ったって」

 友人らしき少女の報告に、涼子はため息をついた。零次はあまり詳しくないが、この学園の生徒会はかなり忙しいらしい。思えば、再会してから、彼女とはあまり一緒に過ごしていなかった。

「零次さん、ごめん。私行かなきゃ」

「冬塚」

 立ち上がる涼子を零次はそっと呼び止めた。何か言おうとしたのだが、上手い言葉が出てこない。

「頑張れ」

 結局、そんなことしか言えなかった。それでも涼子は笑顔を返してくれる。

「うん、それじゃまたね」

「あっ、失礼しました。待ってよ涼子ちゃーん」

 走り去っていく二人の少女を見送りながら、零次はそっと弁当の蓋を閉じた。

 木の上を見る。

「亨か」

「ええ、お邪魔でしたか?」

「いいや、そんなことはない」

 亨は木の上から優雅に飛び降りて着地した。

「……あまりそういった真似はしないほうがいい。人目につく」

「ああ、すみません」

 あまり反省している様子はない。

 ……自分の持つ力を誇示したい年頃なのかもな。

 そう思って、零次は大目に見ることにした。

「それで、どうかしたのか」

「ええ、例の捜索の手を休められるなら、来週の日曜日。襲撃作戦が入ります」

「了解した。誰かに連絡する必要は?」

「兄さんと霧島には連絡済みなのであとは結構です。僕らのチームだけで行うようですから……それじゃ」

 それだけ言うと亨は彼自身のクラス、2-Hに戻っていった。

 しばらくしてチャイムが鳴り、昼休みの時間が終る。零次はゆっくりと立ち上がると、気の進まない様子で自分のクラスへと戻っていった。


 一般教養は必要だ。そういう理由から、零次たち未成年の能力者は赤間カンパニーの援助によって学校という場に出向いている。

 この学園生活には一つのルールがあった。能力者以外の人間には能力を決して使ってはならない。

 このルールは必要不可欠なものだ。これがないと一般人が危険に晒されることになる。そして、このルールを破ると赤間カンパニーからの援助は一切打ち切られることになっている。赤間カンパニーとの断絶は異邦隊にとって好ましくないから、この条件は遵守しろと言われている。

 ……元々、無闇に使うつもりなどないがな。

 そのルールに文句はない。ただ、こういった学園生活を強いられるのは嫌なものだった。

 学校という場は嫌でも他者との繋がりが求められる。それがひどく億劫だった。

 決して自分たちを理解しないであろう者たちとの日々。

 無意識のうちに零次は壁を作る。自らが作り出した壁は次第に迫ってきて自分を押しつぶそうとする。

 学校には人が多すぎる。当り前が多すぎる。それゆえ、当たり前の外にいる零次は疎外感を持たずにはいられなかった。

 放課後になると、零次は表情にこそ出さないものの、他の人々よりも遥かに解放感を感じる。カンパニーが用意した異邦隊用の寮に行けば、少しは気が楽になった。そこにいる者たちは、少なくとも自分と同じだからと思えるからだ。

 学校では唯一、冬塚涼子が零次の壁をすり抜けて接してくる一般人だった。だが、それでも零次は彼女に対する後ろめたさが消えない。あの事件のことが、頭から離れない。

 ……ちっ。

 涼子のことが嫌いなのではない。むしろ、彼女のことは良き友人だと思える。

 だからこそ、彼女と会うたびに、罪悪感で胸が痛くなる。

 苦痛。それはいつになったら消えるのか。零次には分からない。

 今、彼は寮の屋上で町の夜景を見ていた。いくつもの建物に無数の光が宿る。光の中には何人もの人々がおり、様々な生活が存在する。

 ……だが、俺たちは決してそれには相容れることがない。

 たくさんの人がいる。きっと何人もの人がいる。いろんな人がいる。

 ―――その誰とも違う存在。

 それが、異能なる者ども。

「俺たちの、ことだ」

 見渡す限りの可能性。それらが全て否定されていく様はひどく寂しい。

 ―――寝よう。

 思うだけでは変わらない。零次にとって、何かを思うことなど虚しいだけだった。


 小さく時を刻む音が響く。薄暗い部屋の中で、遥はゆっくりと瞼を開けた。

 自分が今どういう状況にあるのか……。

 ……確か、私は―――。

 助けられた。倉凪梢と名乗る少年に。

 ……そっか―――だから嫌な感じがしないんだ。

 今までの目覚めは億劫だった。必要なときにしか目を覚まさない。目を覚ませば実験の日々。それは物心つく頃からのこと。日常は、停滞していた。

 しかしそこに変化が訪れた。

 暖かな日差しが窓から射しこんでくる。どうやら朝になったらしい。

 そこで彼女は一つの疑問を抱いた。

「……ここってどこだろう」

 施設以外はほとんど記憶にない遥にとって、今いる場所はまるで違う世界に思えた。

 風景が違う。空気が違う。そしてなにより、自分を見る人の目が違う。

 そこで遥は、部屋に梢が入ってきていたことに気づいた。

「よう、目は覚めたか」

「うん……えっと、ここはどこ?」

「俺の家。正確に言うなら俺が厄介になってる家だ」

 どっこいしょ、と梢は遥の寝ている布団の隣に座る。遥を見る目は優しいものだった。研究施設の人間とはまるで違う。彼らは、遥を道具としか見なかった。

「まだあんまり無理すんな、飯なら持ってきてやるよ」

「ありがとう。でも、大丈夫だよ」

 そういって起き上がる。梢は別段それを止めるつもりはないのか、降ろしたばかりの腰を上げた。

「ならついてきな、リビングまで案内してやるから」

 梢の後に続いて部屋を出る。そこで遥は、まず家の大きさに驚いた。

 研究施設は広い建物だったが、彼女が自由に動けたのは小さな部屋の中だけだった。それと比べると、この家はどこまでも広がっているような気がしてしまう。

「すごいね、迷子にならないかな」

「さすがにそこまでは広くねぇよ。部屋の場所とか覚えるのは少し苦労するかもしれないけどな」

 しばらく歩いて梢はいくつかの部屋を簡単に案内した。そして最後の部屋のドアを開けると、そこには先客がいた。

「おふ、ほはひょーはん」

「あ、お兄ちゃん。それに遥さん、おはよ~」

「……」

 吉崎、美緒、榊原である。三人は遠慮することなく梢の作った朝食を食い漁っていた。

 そんな光景も、遥にとっては初めてのものだ。

「おいこら吉崎。てめぇは部外者なんだから少しは遠慮して食えっ!」

「なんだよ~、いいじゃねぇか。俺だって一人暮らしでやりくり大変なんだ。食えるときに食わんでどうする」

「あ、この野郎! それは俺のだろがっ、返せっ、くぬっ」

「あ、あ、あ~~! ギブ、ギブぅぅ!!」

 食べ物を取り合い喧嘩を始める馬鹿二人。それを見て呆然としている遥に、榊原は食事を指して、

「お前の分もある。遠慮せず食え、うまいぞ」

「うん、おかわりもいっぱいあるよー」

「そんなに食うか、少しは減らせ」

 山盛りのご飯を遥に差し出そうとする美緒に梢が拳骨を入れてそれを阻止する。美緒は不機嫌そうな顔つきでポカポカと梢に反撃する。

「あはは……」

 思わず笑みがこぼれる。そんな遥を見て、梢たちも次第に笑い始めた。

 その日の朝食は、遥にとって久々の楽しい時間となった。


「ぐああぁぁ!!」

 休日の昼下がり。梢はデパートの中で吼えた。

 その両手には大量の荷物。中身は遥の衣服。そしてなぜかついでに美緒の服。

「納得できねぇ、なんで俺がこんなのに付き合わねばならんのだぁっ!」

 ちなみに現在二十分近く、試着コーナー付近で待たされている。

 買い物が始まったのは既に四時間前。することがなく待たされるだけというのはかなりの苦痛だった。

「吉崎は吉崎でさっさと逃げちまうし、師匠は用事とか言ってどっか行っちまったし……」

 つまり荷物持ちの味わう苦痛が梢に集中しているということだ。自分だけが、というところが特に納得できない。

 ……とりあえず吉崎は明日学校で会ったら、一発キツイのを入れてやろう。

 そう思いながら梢は耐え続ける。

 と、そこへ榊原がやって来た。いきなりのことなので少し驚く。

「師匠、どうしたんだ?」

「お前がそろそろ忍耐力の限界突破を試みそうなんで様子を見に来た」

「あっそ」

 なんとなく見透かされてるような気がして面白くない。逆に榊原は、腹を抱えて可笑しそうにクックック、と笑っている。

「お前、これぐらいで苛立つようじゃ将来困るぞ」

「なんで」

「大人になるということは忍耐力がつくということだ。俺も若い頃はよく女の買い物に付き合わされた」

「ほう、どれぐらい?」

 こっちは四時間だぞ、という意を胸中に含んで尋ねる。

「八時間ぐらいが最高記録だ。ちなみにそのとき結局何も買わなかった」

「うわ」

 世の中上には上がいる。梢は改めて榊原が偉大に思えてきた。

「ところでお前、例の研究所からは逃げてきたんだったな」

「ああ、そうだけど」

「要するに、破壊するだけ破壊して後始末もろくにせずに戻ってきたわけだな」

「仕方ないだろ、あのときはヤバイ状況だったんだし」

「逃げたことを責めてるんじゃねぇよ。逃げも立派な戦い方の一つだって教えたのは俺だしな」

「じゃ、何が言いたいんだ?」

「馬鹿弟子三代目に場所を教えてもらって見て来たんだが……」

 ちなみに馬鹿弟子三代目とは吉崎のことである。梢は二代目で、初代は既に破門されていた。梢たちにとって兄貴分だった男だが、今は行方も知れない。

「昨晩お前が破壊しまくった建物とやらは、痕跡すら残ってなかった」

「……おいおいおいおい、それ、マジか」

 あれだけ派手にやったものが、一夜で痕跡を残さず消えた。

 異常である。

「やはりなんらかの組織が動いていると見たほうがいいだろう。能力者だとしても数人以上の仕業だ」

「どこの奴か分かればいいんだけどな……」

「殴りこみでもする気か? なら今はまだ止めとけ」

「なんでだ、先手必勝だろ」

「阿呆。お前、昨日どう足掻いても勝てそうにないから逃げてきたんだろう」

 確かにそうだった。今挑んだとしても、勝つ自信はない。

「これからの休日は久々に特訓付けだ。今の五割増ぐらいの実力になるまで黒服の男とはやりあうな」

「向こうから来たらどうすんだよ」

「そん時は臨機応変だ。ほら、来たぞ」

 と、榊原が梢の後ろを顎で示す。一瞬黒服の男かと身構えながら振り返るが、

「どうしたの、倉凪君?」

「変な格好しないでよ、恥ずかしいなぁ」

 来ていたのは買い物を終えた二人だった。遥は新しい服を着ている。

「どうかな?」

 遥が自分の服装を見せながら尋ねてくる。だが、梢には生憎そういったものの良し悪しがまるで分からない。

「んー、似合ってるんじゃないか?」

「お兄ちゃん、いい加減に言ってない?」

「んなこと言われてもなぁ」

「ふふ、いいんだよ美緒ちゃん。変じゃないならそれで」

 気にせず遥は笑っている。どうも買い物という行為自体が楽しくて仕方がないようだった。美緒ともそれなりに打ち解けているようである。

 ……やれやれ、嬉しそうに笑いやがる。

 遥を見ていると、待たされたことへの不満も消えていった。

「よし、それじゃそろそろ帰るか」

「うん、そうだね」

「お兄ちゃん、荷物持ってね」

「ぐっ、師匠いるんだから師匠に持ってもらえよ。俺はもう限界だぞ」

 そう言って後ろにいる榊原を、両手が不自由なので顎で示す。しかしそこには誰もいなかった。

「何言ってんの、お兄ちゃん。お義父さんなんていないじゃない」

「……まさか、逃げた? 遥、今師匠いたよな、な?」

「えっと、榊原さん? 私は見てないけど」

「ぐはっ……見事にとんずらしやがったなあの親父ィ!」

 見事な退散の仕方だった。見習いたいぐらいである。

「倉凪君、大変なら私持つの手伝うよ」

 梢の様子を見かねた遥がそっと手を差し出す。

「いや、いい。ここで手伝ってもらったらなんか余計惨めに思えてくる……」

 結局ほとんどの荷物を抱えて帰宅することにした。さらに帰宅した後には、掃除と夕飯の準備が待ち受けているのだった。


「よぉ、我が盟友吉崎和弥ッ!」

 突如教室の扉を開けて飛び込んできた梢は、その勢いに乗ったまま窓際の席の吉崎に跳び蹴りを放つ。

 しかし吉崎も一応は梢と流派を同じくする者。梢の足を片手で受け流した。

「よぉー、随分とハイテンションだな」

「はっはっは。裏切り者を始末するにはこれぐらいの勢いがないと」

「なんだ、そんなに大変だったのか」

 ちなみに教室の連中は特に梢の奇行を気にする様子もない。よくあることだからである。

 クラスメートからの梢に対する評判は頼れるバカ、と言ったものだった。傍にいると疲れるが、遠くから見てるだけなら面白い。

 クラスでは、それに付き合う、あるいは同等以上のバカをやっている吉崎、藤田、斎藤を含めて『3-Aの四天王』と呼ばれている。

「おう、マイフレンド倉凪。どうした、朝から高血圧な感じか」

 さらにバカの一人藤田が会話に乗り込んでくる。

「おう、昨日こいつの手酷い裏切りのせいで美緒が……」

「む、美緒ちゃんがどうした!?」

「俺のことを数時間の買い物に巻き込んだんだ」

「いいじゃねぇかこの野郎!」

 ツッコミのチョップを貰った梢は釈然としない様子で席につく。

「何がいいんだよ、荷物持ちだぞ」

「バカ。可愛い女の子と一緒に買い物行けるだけてめーは幸せだ」

「惚れた女ならともかく妹だぞ」

「ふっふ~ん」

 と、そこで含みのある笑いが聞こえた。振り向くと案の定吉崎が不気味な笑みを浮かべている。

「惚れた女ねぇ~」

「ん、なんだ吉崎」

 吉崎の様子を不審に思ったのか、藤田が怪訝そうな表情で尋ねる。だが吉崎が何かを言おうとする前に、梢は吉崎の首根っこを掴んで教室の外へと引っ張り出した。

「お前な。まさか藤田に遥のこと言う気じゃねぇだろうな」

「なんで、まずい?」

「当たり前だ! どっから情報が漏れてあいつの身が危うくなるか、分からないんだぞ」

「それだけの理由かなぁ、倉凪梢君。ふっふっふ~ん……って、ぐっ、ぐるじいっ! 離して、許して!」

「だったら妙なことは言うなよ。変な噂が立つと俺にとっても遥にとってもあまり良くないことになる」

 そう言うと梢はようやく吉崎の首を離す。

「げほっ……ったく。でも来週の日曜お前の家で受験対策の勉強会だろ? 藤田や斎藤にはそのときにばれるぞ」

「そう言えばそんなこと決めてたっけな」

 実はすっかり忘れていた。

 日々絶え間なく大小様々なトラブルに巻き込まれやすい梢は、予定というものを忘れることが多い。

「その日は遥をどこかに遊びに……ってそれはまずいな。例の連中が襲ってきたらやばい」

「かと言って、家の一定の場所からは出るなってのも可哀相だろ? あいつらにならいっそ全部言っちまってもいいんじゃねぇか」

「駄目だ」

 梢は頭を振った。その口調は、いつになく固い。

「確かにあの二人に遥のことを説明する必要はある。けど、余計なことまで話す必要はない」

 遥のことを詳しく話そうとすれば、当然梢自身のことも話さなければならなくなる。それは、下手をすれば今の日常を壊すことにもなりかねない。

 吉崎は少しだけ不服そうな表情を浮かべて、肩をすくめた。

「悪かった。そうだな、じゃあ遥ちゃんの説明は俺が適当なの考えといてやるよ」

「……サンキュ」

 少しだけ笑って、梢は教室に戻った。


 その背中を見ながら、吉崎は先ほどの言葉を口にしたことを後悔していた。

 梢は馬鹿なところもあれば短絡的なところもある。しかし、自分の持つ力を人には絶対に知られたくないという、ある種の繊細さも持ち合わせているのだった。

 最近はそんな兆候も見られなくなってきていたので安心していたのだが。

 ……俺も、お前みたいになんか力持ってればもっと理解してやれただろうになぁ。

 そこまで思い立って、吉崎の脳裏に遥の姿が浮かんだ。直接見たわけではないが、梢の話だと遥もまた異能なる者だという。

 ……お節介かもしれないが、ひょっとしたらあの子ならお前の支えになってくれんじゃねぇかな。

 今度会う機会があったらそれとなく話してみよう。そう心に決めて、吉崎は教室の中へと戻っていった。

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