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異法人の夜-Foreigners night-/第一部  作者: 夕月日暮
第一章「外された者たち」
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第一話「悪党退治」

 夜とは不思議な時間帯だ。

 同じ場所にいながら、昼間とは全く違う雰囲気が存在する。

 まるで異界のようだ。常識人が闊歩する昼間と違い、夜は非常識も許される。

 そうした非常識にも段階がある。多少非常識な振る舞いをする程度なら軽度。犯罪やそれに類するものが重度。そして、それらの範疇外にある、本当の非常識。

 これは、そんな本当の非常識の中に生きる、異人たちの物語である。


 深夜の町並み。

 眩しいライトと轟音が駆けていく。

 立ち並ぶ高層ビルからは電気は完全に消えうせ、人の気配がほとんどなくなった時刻。

 一台のバイクが、快音を発しながら大通りを爆走していた。

「いぃぃやっほぉっ!」

 バイクを運転する男が叫ぶ。

 あらゆるしがらみから解放されたときのような、清々しい叫びだった。

 その男の後ろに乗っているもう一人の男は、ヘルメットも着けずに全身で風を受けている。

「今夜はいい風だなっ」

 バイクの音に掻き消されまいと大きな声で、後ろの男が話しかける。

「あぁ、久々だから気分爽快ってやつだぜっ」

 バイクを運転する男はさらにスピードを加速させた。急激な加速に振り落とされまいと、後ろの男は運転する男のヘルメットを掴む。

「おわっ、危ねぇだろ倉凪っ!」

 慌てて運転する男が後ろに向かって文句を言う。だが後ろの男――倉凪梢もまた、咄嗟に怒鳴り返した。

「やかましい、急に加速するなバカ崎!」

「俺の苗字は吉崎だっ」

 呑気に会話をする二人組。会話の合間に次々と車などに衝突しそうになるが、吉崎は巧みな運転でそれら全てを避けていた。

「それで、目的地はどこよ?」

「……お前さ、ちゃんと人の話聞いてた?」

 吉崎は呆れ声を上げる。

「忘れた」

「このバカタレ」

 言いつつ、吉崎は徐々にブレーキをかけてバイクを止めた。

 町の中心部から、少しだけ離れたところにある三階建てのビル。とある会社の所有物件らしいが、梢にとってそれはどうでもいい。

 バイクから降りて、梢はビルの前に立った。

 ――倉凪梢。かなり目つきが悪く、初対面の人間には近寄りがたい面構えだった。それ以外は整っていてなかなかの風貌なのだが、目つきの悪さが"怖さ"を強調し過ぎて第一印象で損をしている。

「ここか?」

「そうだ。事前に教えたろうがよ」

 バイクから降りて、吉崎はヘルメットを外した。こちらは梢とは逆で、ややたれ目だった。一般人にはないようなきな臭さを持ち合わせているが、一方で誠実さも感じさせる男である。

「ヤクの売人共の元締めが、今この中にいるはずだ。最近の状況を考えると、新型のやつを流すつもりかもしれねえな」

 そう言って吉崎はビルを示した。彼は不思議とこういう情報に詳しい。どこから情報を得ているのか、正確なところは相棒である梢にも分からない。

「なるほど。んじゃ、ここが今日の『仕事場』でいいってことだな」

「そゆこと。あ、久々で緊張してドジったら俺までヤバイからしっかり頼むよ~。なんなら俺が君の応援歌を合唱してあげよう」

「気づかれるぞ」

「大丈夫、小声で歌うから」

「俺にも聞こえねぇよ! 意味ねぇよ!」

 小声でのやり取りには、さほどの緊張感もない。

 この二人は今、独断で不正取引の現場を取り押さえようとしている。

 二人ともまだ年は十七。誕生日も迎えていない高校三年生である。そんな彼らが、なぜこのようなことをしようとしているのか。

「んじゃ、ちょっと様子を見てくる」

 言葉と共に、梢は一気に非常階段――建物の二階あたりのところへ跳んだ。それが当然であるかのように、あっさりと。

「適当に頑張ってこいよー」

「へいへい」

 親指で応えると梢はそのまま建物の内部へ侵入していく。

 なぜ彼らはこのようなことをしているのか。答えは実にシンプルなものだった。

 ――倉凪梢が、"普通"ではないからだ。


 暗闇のなか、数人の男が人目を忍ぶようにして集まっている。その手にあるのは金属製のケース。中身は片や紙、片や粉だ。

「それでは、これでよろしいですな」

 スキンヘッドの大男が、野太い声で告げる。それに応じるのは、どこにでもいそうな中年のサラリーマンである。

「ええ。……しかし大丈夫ですかね? 警察は我々に気づいてるのでは」

「泳がせておこうという算段でしょう。それを逆に利用する。明日には連中の包囲網から消えていますよ」

「そうですか」

「あなたがたこそ気をつけたほうがいいと思いますがね。事後処理までは我々は面倒を見たりしませんよ」

「……心得ております」

 取引は順調に行われていた。お互いこれが初めてではない。そのため手馴れてもいたし、いつものように事が進むと思っている。

 しかし、そこに今日、不測が生じた。

「――お、やってるやってる」

 いきなり場にそぐわぬ声が入り込み、男達の意識はそちらに向けられた。

「なんだ?」

 視線の先にいたのは、どう考えても自分たちより遥かに若い、学生くらいの少年だった。

 その少年――梢は不敵に笑いながら宣言する。

「なんだと言われても困るな。強いて言えば、おたくらみたいなのを取り締まる治安維持係? まあ個人営業だけどな」

 その言葉に男たちは警戒態勢に入る。梢を敵と見なし、隙あらば襲い掛かるつもりだった。

 男たちは全員体格が良い。対する梢は、痩せ型とまではいかないが、普通の体格だった。一見、梢が絶体絶命の危機に陥っているように見える。

 スキンヘッドの男が一歩前に出て梢を見下ろした。

「偶然か興味本位かは知らない。だがさっさと帰っていたほうが身のためだったな」

「ほう、そうかい。で、俺をどうする?」

 梢がそう言った途端、男の隠し持っていた拳銃が火を噴いた。梢の身体が大きく仰け反り、後ろに倒れる。

 さすがに周囲から驚きの声が上がる。

「な、なにもいきなり撃つことはないのでは……」

「馬鹿抜かせ、見られたらさっさと消す。でなけりゃ、自分の身が危険に晒されることになるぞ」

 スキンヘッドは拳銃をしまい、梢を指さした。

「おい、誰かさっさとこの死体を――」

 そこまで言いかけて、突如スキンヘッドが倒れた。

 周囲は更なる驚きの声に包まれる。体格の良い、見るからに頑丈そうな男が、突如前触れもなく倒れてしまったのだ。見えない恐怖が瞬時に訪れる。

 身構える男たち。そのうちの一人が、絶叫をあげた。

「どうした?」

「し、死体が消えてる」

 その言葉に一同は視線を動かした。先程拳銃で撃たれ、死体になったはずの少年がいない。それどころか、血が流れた形跡もない。

「ど、どういうことだよ……!?」

 あるはずのものがない。ありえないことが、起きた。その二つの事柄が重なったとき、人の心には不安や焦り、恐怖が生まれる。

「脅えるなよ、傷つくだろ」

 その言葉と共に、一つ、小さなカタマリが背後から転がってきた。

 弾丸である。

 男たちは背筋が凍るのを自覚した。

 自分たちはいったい、何を体験しているのだろうか。

 彼らの多くはこんな取引でさえ非現実的なものとして考えていた。そのうえで、いきなりの発砲。そして至近距離で拳銃に撃たれても無事な少年――。

 こみあげてくる恐怖の中、彼らが最後に聞いた言葉はこんなものだった。

「ま、俺が化け物だってことに、変わりはないか」

 視界になぜか植物のようなものが映った。

 そして――彼らの意識は落ちた。


「お疲れさん」

 外で待機していた吉崎は、建物から出てきた梢をにこやかに出迎えた。拳銃の音は吉崎にも聞こえていたはずなのだが、微塵も心配している様子がない。

「おう、師匠には連絡したか」

「バッチリよ。そいじゃ、ずらかるとしますか」

「賛成。もう眠いし、美緒ちゃんに心配かけられないしね」

 大分遅くなっている。二人はすぐにバイクに乗って、その場から引き上げた。

 匿名の通報を受けた警察がこの場にやってくる、数分前のことである。


 翌朝。

「ふあぁ」

 欠伸をしながら台所で梢は朝食を作っていた。

 昨日はだいぶ遅くまで起きていたのでまだ少し眠い。朝食は簡単なサラダを作って、あとはトーストにするつもりだった。

「おはよー」

 と、二階からとてとてと降りてくる影が一つ。

「お、起きたか美緒」

「うん、おはよー」

 小柄な十六の少女。梢の妹、倉凪美緒だった。

 愛嬌のある顔立ちで、学校のクラスでは男女共に人気がある。梢のような人相の悪さは欠片もない。

「座って待ってろ、今サラダ出来るから」

「はぁい、おやすみー」

「寝るな、ぼけるな、寝ぼけるな」

 どす、と妹の首に容赦なく目覚ましチョップをかます。

 それによってようやく美緒は目が覚めたようだった。

「っつぅ……痛いじゃん馬鹿兄貴! 馬鹿力なんだから馬鹿みたいにバカバカ叩かないでよ!」

「朝弱いくせに朝からうるさい奴だなぁ。飯作ってやってんだからおとなしくしてろよ」

「あ、じゃ私も作るよ」

「やめろ」

 美緒は料理が死ぬほど下手だった。以前梢が一回だけ作らせたことがあるのだが、とても食えたものではない。料理にこだわりを持つ梢からすれば、美緒の料理は食材への冒涜としか思えないのである。そのため、梢は美緒に『調理禁止令』を設けていた。

「お前に料理させるぐらいなら飯抜く」

「えー、なんでよ」

 ぶーぶー言ってくる美緒の頭を押さえながら、テーブルに手際よく料理を運ぶ。

「あれ、三人分?」

 サラダの数を見た美緒が怪訝そうに尋ねる。

「お義父さんならもう仕事行っちゃったみたいだよ?」

「知ってるよ、お前と違って俺は早起きだからな。ちゃんと見送ってやったぜ?」

 からかい言葉に美緒はまた膨れる。ころころ表情が変わるので見ていて飽きない。

 まあこれぐらいにしとくか、と梢は説明することにした。

「吉崎来てるんだよ。昨日一緒に仕事してきたからな」

「ふうん、そう? 怪我してない?」

「二人揃ってピンピンしてるよ~」

 と、リビングに吉崎が入ってきた。ふらふらしている辺り、まだ眠いのかもしれない。

「お前、朝弱かったっけ?」

「いや、そうじゃないけど。連日夜更かしばっかしてっから」

「きちんと寝ろよ。……って俺が付き合わせてるせいか」

「それが日常になりつつあるのが怖い」

 吉崎は冗談半分に言って席に着いた。

「最初に『仕事』したのは五年くらい前だっけ?」

「確かそうじゃない? 俺は途中参加だからよく分かんないけど。物好きだよなぁ、悪党退治なんてよ」

「うるせ。指摘するなよ恥ずいだろうが」

 梢は吉崎のサラダを取り上げる。すると大げさに吉崎は「返しておくれよぉぉぉ!!」と迫ってくる。

「でもそうか、そんなに経つのか」

 吉崎の頭を押さえながら梢はそんなことを考えていた。

「お兄ちゃん……」

「ん?」

 ぼんやりと考え事をしていると隣で美緒が少し落ち込んだ様子でいた。

「あんまり、無茶はしないでね」

「分かってるって。心配すんなよ」

 苦笑して言うと梢は吉崎にサラダを返し、トーストの準備を始めた。


 倉凪梢と倉凪美緒に両親はいない。母親は二人が幼い頃に病死し、父親は刑事として事件を追っている最中に殉職した。巡査長であった。

 それ以来二人は親戚のところで厄介になる日々が続いたが、どこも長続きしなかった。梢の特異体質が原因である。

 梢の行くところで様々な怪現象が起きる。窓ガラスが勝手に割れたり、植物が急激に伸び始めたりした。

 あるとき、親戚の家の子供がその現象のせいで怪我をした。親の怒りは凄まじいもので、梢は言葉にしつくせないような虐待を受けた。その際に負った火傷の跡は今でも背中に大きく残っている。

 人には自分とは違うモノを排斥する傾向がある。それを梢は、理屈でなく身体で覚えた。

 そんな虐待の日々に耐え抜いたのは美緒の存在によるところが大きい。当時まだ二人とも幼かったが、自分がここで倒れたら妹も同じような目に合う、と梢は半ば本能的に察していた。唯一残った肉親を守るために、梢は虐待に耐え続けた。

 それに終止符を打ったのが、現在二人の養父となっている榊原幻である。

 ある日、虐待を通り越して本当に梢は殺されそうになったことがある。それをさすがに見かねたのか近所の人間が通報、当事者である養母は警察に捕縛される。

 二人の身柄は警察に預けられた。梢の父がそこに勤めていたことから、職員たちは皆同情的だった。ただし、二人はなかなか人に心を開かなかった。

 そこで二人の父とコンビを組んでいた男、榊原幻が現れた。

「まったく、見てられねえ。お前ら今から家に来い」

 彼は半ば無理矢理二人を引き取った。それから紆余曲折を経て梢たちは榊原に心を開き、三人は家族になった。

 梢はようやく虐待されない環境を得た。また、同時期に吉崎とも知り合った。兄妹の日々は、ようやく平穏なものになったのである。


 普段は喧嘩が絶えず罵り合うことが多いのだが、こうした経緯があるせいか梢は榊原に対して恩を感じている。保護をしてもらっただけではなく、榊原は梢の持つ異常な能力に対しても詳しかった。

「世の中広いんだ、お前みたいなやつには何度も会ってる」

 榊原自身にはそうした能力はないが、昔の知り合いにそういった人がいたらしく、どうすればこの能力をきちんと制御できるかを梢に教えてくれた。

 ……このまま借りを作りっぱなしってのは嫌だな。

 そう考えた梢はある日榊原に仕事の手伝いを申し出た。

 当然榊原は最初これに反対した。

「俺はお前にそんなことをさせるために力の使い方を教えたわけじゃねぇ」

 しかし、梢の決意が簡単には曲げられないことを知った榊原は、結局承諾した。

「ただしやばいと思ったらさっさと逃げろ。こいつを守れなかったら二度とこんなことはさせねぇからな」

 初仕事は、当時頻繁に行われていたスリの見張りだった。これなら危険性も割合低く、数日もすれば飽きるだろう、と思ったのかもしれない。しかし榊原の予想は外れ、数日かけて梢はスリ事件を解決してしまう。陰で梢を見張っていた榊原も、これにはまいった。

 それ以来梢の実力にも拍車がかかり榊原も段々止める気が失せてきてしまったらしい。

「お前は親父に似たんだか似てないんだか……」

 榊原がそんな風にぼやいていたことを、梢は今でも覚えている。

 そしてその『仕事の手伝い』に梢の親友の吉崎が加わり、現在に至る。


「ほらほら、この記事」

 吉崎が持ってきた新聞を指差す。そこには小さく、ぐるぐる巻きに縛られた男たちの記事が載っていた。

「昨日のはそんなに厄介じゃなかったな。事後処理は警察にやらせとけばいいし、楽なもんだ」

 梢は手の先で一枚の葉っぱをくるくると回している。そして梢が手を閉じると、途端に葉っぱは跡形もなく消えてしまう。

「昔はいろいろ厄介なもんだと思ってたが、有効に使おうと思えば使えるもんだな」

「お兄ちゃん、その力を一時期すごく嫌ってたもんね」

「まぁな。だがこの『仕事』のおかげで俺の能力にも存在意義ができた。悪くねぇと思えるようになったのは、いいことさ」

 梢はそう言って笑った。笑うと普段の人相の悪さが薄れる。

「だから悪いな、美緒。お前が心配してるのは分かるが、俺はまだこうしていたい。このほうが、俺らしいって言うか……」

「無理して理由作らなくてもいいってば。まぁ吉崎さんも一緒だから大丈夫だろうしね」

 美緒は笑って答える。

「嬉しいこと言ってくれるねぇ」

 照れたように頭を掻く吉崎を見て、今度は兄妹が揃って笑った。


 市街地から少しだけ離れたところにその学園はあった。

 私立朝月学園。小学校から大学までエスカレーター式に進学できる、かなり規模の大きい学園である。

 名もそれなりに知られており、生徒はいろいろなところから来ている。そんな生徒のために寮まで設けられている、なかなか贅沢な学校であった。

 そこに、倉凪兄妹や吉崎和弥は通っている。


 がやがやと賑やかな教室内。朝のホームルームが終って間もない時間帯。梢は机に突っ伏していた。

「春はなぜこうも眠くなるんだろうか」

「知るか」

 後ろの席の吉崎が律儀にも応える。ただ、そういう吉崎もとてつもなく眠そうであった。

 この二人、学校生活に関してはあまり真面目ではない。学問にさほど意味を見出せないタイプなのである。曰く、社会に出てもこんな知識使わないじゃん。

 それはさておき。

「二人とも、相変わらずだるそうだな」

 そこそこ仲の良い男子生徒などはこうして二人によく声をかけてくる。

 入学当初は梢の目つきの悪さが災いしてか、クラスメートもあまり関わろうとはしなかった。

 だが体育祭、文化祭といった行事関連でことごとく活躍し、やがては梢もクラスに溶け込むようになってきた。元々梢もそんなに人と接することが苦手なタイプではないため、二年になる頃にはクラス内にも多くの友人ができていた。

 有能だと思われたせいで、いろいろと面倒なことに推薦されるようになったのが悩みの種ではあるが。

「おう、斎藤、元気そうだな」

「君ら二人がだれ過ぎてるんだ。気をつけときなよ、今日は政経からだし」

「げぇっ……一戸の旦那か」

 露骨に嫌そうに顔をしかめる吉崎。梢はなおもぼけっとしている。そんな梢の様子を見て別の友人が声をかけた。

「倉凪、寝不足か? なんか疲れてるように見えるぞ」

「放っておいてやれ藤田。こいつは昨日全然寝てないんだ」

「そういやお前昨日倉凪の家に泊まってたよな。どうせ完徹でゲームでもしてたんだろ?」

「やかましいわ。俺にとっては聖戦だったのだ」

 梢はわざとらしく唸りながら言った。

 仕事の翌日はこんなものである。大抵夜更かしすることになるため、翌朝は眠い。ゲームをしてたというのは、こういうときよく使う言い訳だった。本当は大して好きでもないし、強くもない。たまに皆でやるとボロ負けする。

 ……ま、こいつらに本当のことがばれなきゃいいんだけどな。

 数年前吉崎に仕事のことが発覚して以来、梢はそのことに細心の注意を払っていた。


 四時間目が終わり、昼食の時間。

 梢は料理がうまいくせになぜか自分の弁当を作らず、毎日食堂で食べている。

「ダッシュ!!」

 授業終了とともに梢と吉崎、そして藤田や斎藤といった彼の友人たちは一斉に食堂へ向かう。

 この学校の食堂は味はともかくとして値段が安い。そのおかげで学生には人気がある。ただし、それだけ売り切れが早い。ゆえに授業終了直後、こうして駆け出す生徒は少なくない。

 そこは、一種の戦場のようなものだった。梢たちが食堂になだれ込んだとき、幸いにもまだ人は少なかった。

「今日は早くに来れてラッキーだったな」

 吉崎は戦利品のカレーパンをうまそうに食べながら言った。

 斎藤や藤田も既に袋から中身を出して口の中に放り込んでいる。

 ただ、梢だけは袋を開けずにただぼうっとしていた。

「ん、どうした倉凪。腹でも下したか」

「食事中にそんなこと抜かすなこの歩く無神経男」

 藤田をじろりと睨み、梢は重々しくため息をついた。

「気が重いんだよ。ついさっき思い出したんだが今日は生徒会の仕事があるからな」

「あぁ~……」

 気の毒そうに吉崎が頷く。

 この学校は生徒が主体となって様々な活動を行っている。そのため、もうじき体育祭というこの時期、生徒会はやたらと忙しい。梢はその生徒会の副会長をやっているのだった。

「お前らが余計な推薦と扇動作戦、その他もろもろの裏工作さえしなけりゃ、もうちょい優雅な学園生活を送れたものを」

 恨みがましく三人をじろりと睨みつける。

 吉崎は無視して飯を食い続け、藤田はあさっての方向を見ている。斎藤は苦笑しているだけ。梢の愚痴には三人とも慣れているのである。

「俺なんかはむしろ羨ましいけどねー」

 と、視線を元に戻した藤田が言った。

「なにが羨ましいんだ、貴様……その理由を四百字以内にまとめて俺に即座に提出しろ」

「冬塚ちゃんの相棒だろ? 羨ましいってそりゃ」

 冬塚涼子。梢たちの一年後輩で、周囲から慕われており、なおかつ学年首席の頭脳の持ち主と、絵に描いたような優等生である。

 面倒見が良く、一度取り組んだことには一生懸命なところがあった。違う学年でも、彼女の人気は高い。

 その人気の影響かどうかは知らないが、梢と同じく周囲からの推薦によって生徒会長に就任している。

「ああ、そういう意味か。だったらお前が副会長立候補すりゃあよかっただろ」

「アホ抜かせ。俺は野球部キャプテンとして忙しいのだ」

 なぜか偉そうに胸を張る藤田。それを無視して梢は再びため息をつく。

「まぁ人気があるのは分かる。あいつは性格も悪くはないし友人としてなら頼れる奴だしな。けど、お前が思ってるほど理想的なもんでもねえぞ」

 梢と涼子の付き合いは、この学校に入学する前まで遡る。美緒と涼子が最初に知り合って意気投合し、それから榊原家に遊びに来るようになったのが縁の始めだった。梢にとっては二人目の妹みたいなものである。

「それに、日課のトレーニングもあるもんな。忙しすぎて、女の子に目を向けてる余裕なんかないんでしょうよ」

 吉崎が苦笑する。

 日課のトレーニングとは、梢の育ての親である榊原幻によるものである。

 榊原は「天我不敗流」という格闘技の流派の伝承者で、梢はその弟子にあたる。つまり梢と榊原は義理の親子でもあり、同時に師弟関係でもあるのだった。吉崎も天我不敗流の門下生の一人で、梢の弟弟子にあたる。

「少しは余裕を持った生活をしろよ。全部やらなきゃいけないことでもないだろ」

「ははは、少なくとも生徒会の件はお前らにも責任があるとは思わないか?」

 グシャッと缶コーヒーを握りつぶす梢。一応中身は既に空である。その様子を見て藤田は若干引きつった笑みを浮かべた。

「まぁまぁ倉凪。ここで藤田をしばくのは簡単だが、それで僕らの仕事が減るわけじゃない」

 と、ここで斎藤が梢を諌めに入った。彼は梢と同じく生徒会に所属しており、書記をしている。こちらは自分から立候補してのことなので、梢のようにぐちぐち言ったりはしない。

「そうだな、倉凪。とりあえず俺らに明日の昼飯奢るってことで勘弁してやろうじゃないか」

「って吉崎、お前にまで奢る道理はないぞ」

「ちっ」

 舌打ちする吉崎。そりゃないぜ、とぼやく藤田。それを見て三人は笑い合った。


 帰り道。買い物も済ませて梢は吉崎と二人で夜道を歩いていた。

 生徒会の仕事のせいで大分遅くなっている。

「そういや倉凪。お前聞いたか」

「何をだ」

 夕食の材料を両手に持ちながら梢は、真顔で返した。吉崎の声の調子からして、仕事絡みの話だと悟ったのである。

「お前のような特殊な力を持つ人間を、研究している機関があるらしい」

 梢は、その言葉に険しい表情を浮かべた。

「各地でそれらしい兆候が見られた奴らをなんらかの手段を用いて収容、人類の発展のためにあれこれ研究してるらしい」

「今度の仕事はそいつらを潰すことか?」

「違う。逆だよ、控えたほうがいいんじゃないかってことだ」

 能力を使うことを。つまり、仕事そのものを。

「その研究機関は、お前のような特殊な人間を捕まえてるってことだぞ。お前が捕まるようなことになったらどうすんだよ」

「脱走してやるさ」

 そう言って梢は手の先から蔓を放った。

 これが梢の能力。植物を属性を持つものを創り出す力である。

「そいつらに捕まった奴ってのがいるなら、助けてやりてぇし」

 蔓はやがて梢の拳に収束し、拳を覆うナックルガードへと変化する。

 この擬態も能力の一種だが、負担が激しい。せいぜい今変化させているナックルガードぐらいしか、梢には作れなかった。

「それに、そんな下衆どもを放っておきたくもねぇ。確かに俺たちみたいなのは化け物かもしれないが、モルモットじゃねぇ」

「お前に話したのは失敗だったな」

 吉崎はやれやれ、と言いながらも梢に一枚のカードを差し出した。

「今回の仕事は危険度高いからな、行くなら一人で行ってくれ」

「分かってる。お前に危険な真似されたくもねぇしな」

 梢は苦笑してそのカードを受け取る。そこには、機関のアジトが記されていた。

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