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異法人の夜-Foreigners night-/第一部  作者: 夕月日暮
第二章「異邦隊」
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第十話「対話」

 妙な気配がついてくる。それに気づいたのは、家を出てから間もない頃だった。

 かれこれ二十分以上、つかず離れずで追跡してくる。先日の赤い男のときほど強い敵意は感じないが、それだけに不気味だった。

 ……例の魔術を仕掛けてきた奴か?

 その懸念があって、家からあまり離れることが出来ない。目を離した隙に家が直接襲撃されたらどうにもならない。

「おい」

 住宅街から少し離れたところにある森の入り口。ここなら家に異変があったとしても気配で察することが出来る。

「いつまで不毛な追いかけっこを続けるつもりだ? いるのは分かってるんだ、とっとと出て来いよ」

 梢はそこで足を止め、追跡者に呼びかけた。

 追跡者はあっさりと姿を現した。その姿を見て、梢は引きつった笑みを浮かべた。

「……道理で気配がでかいというか、なんというか。あんたか」

 先日見た巨漢。それが、無言のまま梢の正面に立つ。

「異邦隊所属、矢崎刃だ」

「……矢崎?」

 妙な偶然だ。昼間に、同じ姓の少年に会った。

 だが、刃がそのことに触れる素振りはなかった。梢も、それ以上考えても無駄だと断じて思考を打ち切る。

「俺は倉凪梢だ。この間の奴の仇討でもしに来たのか?」

「赤根のことか。……いや、別に奴の仇討をするつもりはない」

「だろうな。仇討が狙いならさっさと姿見せて俺をぶっ倒せばいい。それをしなかったってことは……やっぱ遥狙いか」

 刃は肯定も否定もせず、ただ少しだけ視線を逸らした。その先には、町がある。

「お前は、あの町は好きか」

「は?」

「あの町は、好きか」

 淡々と繰り返す刃に戸惑いながら、梢は頷いてみせた。

「まあ、普段はそんな意識してないけど、好きだとは思うぜ」

「そうか。そいつはいいな」

 刃の口の端がかすかに歪む。

「俺はまだ好きになれない」

 寂しげな言葉だった。思わず、戦意を喪失してしまいそうになる。

「……なんだよ、あんた、何しに来たんだ」

「ある男にお前のことを教えてもらった。それで、どんな男か興味が湧いてな」

「それでストーキングかよ、いい趣味してるな。見てるだけで相手のことなんて分かるわけねえだろうが」

「そうだな、申し訳ない」

 刃は横目で梢を見ながらその場に腰をおろした。戦うつもりはない、ということなのだろうか。

 釈然としない気分だったが、とりあえず梢も腰をおろした。無論、刃からある程度離れたところで。

「少し、尋ねてもいいだろうか」

「あん? なんだよ」

 刃は沈思した後、ゆっくりと言葉を選ぶように言った。

「お前は、なぜあの町を好きでいられるのか。それを知りたい」

「変なことを聞くんだな」

「そうだな。適切な尋ね方が思い浮かばない」

 それきり、刃は黙り込んでしまった。こちらの答えを待っているらしい。

 この町がなぜ好きか。改めて考えると、どうにも答えにくい。それでも、漠然としたものはある。

「……そこにいる人たちのことが、好きだから、かな」

 家族。学校の友人。それ以外にも、多くの知り合いがいる。

 皆が皆好きというわけではない。それでも、沢山いる。

「あんたには、そういう人はいないのか?」

 刃は頭を振った。

「俺に限らず、異邦隊の者たちは大抵そうだ。……町が嫌いなのではない。恐ろしいんだ」

 刃の顔が、こちらに向けられた。

「お前は……恐ろしくないのか?」


 物心ついた頃から、刃は当たり前のように側にいてくれた。食事も、寝床も、自分のすべきことも、全て彼が与えてくれた。

 反発したことは何度もある。それでも結局は刃の言うことが正しくて、逆らう度に亨は後悔を味わうはめになった。

 ……兄さんなら、どうするだろう。

 偶然とは言え、探していた相手を見つけてしまった。それを異邦隊に報告すべきかどうか、判断がつかない。

 倉凪梢も、遥も、普通の人々と一緒に、楽しそうに笑っていた。

 それは、どこにでもあるささやかな幸福の光景だ。

 異邦隊の者たちが、きっと誰もが一度は求めて、そして結局は諦めてしまった光景だ。

 普通の人々に忌み嫌われ、自分たちは相容れない存在なんだと絶望し、そうした思いを胸に、慰め合うようにして出来たのが異邦隊である。梢や遥のあの風景は、その前提を覆すものだった。

「どうすればいいんだろう、本当に」

 部屋の中にこもっていても落ち着かず、近場の公園に出てきてはみたが、それでも思考は堂々巡り。結論に向かっている気がしなかった。

「あれ、矢崎」

 今日、何度目だろう。

 公園の側に、見覚えのある人影が立っていた。

「吉崎さん。どうしたんですか、こんな時間に」

「いや、買出しだけど」

 吉崎はバイクを押していたようで、その上には買い物袋などが乗せられていた。

「しかし、奇遇ですね。この近くに住んでるんですか?」

「ああ。すぐそこだよ」

 吉崎が指示したのは、異邦隊の寮からも近いところにある、安めのアパートだった。

 こんなに近くにいたのなら、一度顔見知りになってしまえば、度々鉢合せするのもおかしくないのかもしれない。本当に世の中は案外狭いと、亨は苦笑した。

「お前の方は、買出しって感じでもないよな」

「ええ、まあ」

「家出か? 自分探しの旅にでも出るのか?」

「いや、違いますって。そんな大仰なもんじゃないですよ」

 そんな漠然としたものではない。問題は、はっきりしているのだ。しかし、それを他人に言うことは出来ない。吉崎には、尚更だ。

「何か悩みでもあるなら相談に乗ってやろうか?」

「……いえ、別にいいです。あまり人に言えるようなことではないので」

「さよか。まあ、あんまり詮索するつもりもないけど」

 詮索しない。その言葉が、少し引っかかった。吉崎は梢たちのことを知らないのだろうか。

「吉崎さんは、超能力者とかって信じますか?」

 言ってから、口が滑ったと後悔した。だが、もう遅い。

「超能力者、ねえ」

 吉崎は苦笑した。その心の内が今一つ分からず、亨は怯えた。もしかしたら、自分はやってはいけないことをやってしまったのではないか。

 それが、表情に出ていたのだろう。

「そう怖がるなよ。……俺は別に敵じゃない。仮に敵だとしても、お前とやりあって勝てるなんざ思っちゃいないよ」

「――」

 吉崎は、知っていた。

 亨が普通の人間ではないことを。

「な、なんで……?」

「悪いな、最初のあれ、やっぱ妙だと思ってよ。お前について、実はちょいと調べさせてもらってたんだよ」

「調べたって、名前と学校ぐらいしか言ってませんよ!」

「それだけあれば、ある程度は調べられる。と言っても、お前と赤間カンパニーが無縁じゃなさそうだってことまでが精一杯だったけどな」

 一般人でそこまで分かれば大したものだ。亨には、個人の情報を調べる方法すら思いつかない。

「でも、それじゃずっと分かってたんですか?」

「ああ。悪いな」

 悪戯がばれた子供のような態度だ。警戒している様子ではない。

「でも、それじゃ何で誘ってくれたんですか? いや、それよりも……僕らが、怖くないんですか?」

 今、亨と吉崎の距離は二メートルにも満たない。一秒もしないうちに、こちらは彼を殺すことも出来る。吉崎が異法人なら話は別だが、そういう感じはしない。

「昔、ここで同じ質問をされたな」

 吉崎はどこか懐かしむように言った。

「……梢さんですか?」

「ああ。あん時のあいつも、今のお前みたいにそこで項垂れてたな。何を悩んでたのかは、今も教えてもらってないけどよ」

 よいしょ、と吉崎は亨の隣に腰をおろした。その眼は、夜天に広がる星々に向けられている。

「遊びに誘ったのは、お前と話をしてみたかったからだよ」

「話?」

「ああ。異邦隊……でいいんだっけ。そこにいる連中がどういう奴なのか、情報だけじゃなく、実際に会って知りたかった。このことは倉凪にも言ってない」

「言ってない?」

「言えばあいつはお前に喧嘩でも売りに行きそうだからな。良くも悪くも真っ直ぐな奴なんでね」

 それは分かる。あまり話をしたわけではないが、梢は遥を守るためならどんな無茶でもやりそうな気がした。彼が挑んできたら、自分はしっかりと向き合えるだろうか。

 向き合えるだけのものが、あるだろうか。

「で、俺なりの結論なんだが」

「結論、ですか」

「ああ。お前――ビビり過ぎ」


「俺も昔は怖かった」

 梢は、刃から視線を逸らし、空を見上げながら言った。

「でも、どっかで勇気出して一歩踏み出さなきゃどうにもならない」

「それは理屈だ」

「理屈だな。今の俺だから言えることだ」

 あの頃はどうだっただろう。両親が亡くなって、親戚の間をたらい回しにされて。どこに行っても、異常な力を持っていたせいで虐待されて。

 それが終わったのは、榊原に引き取られてからか。

 いや、違う。引き取られたばかりの頃は、周囲が怖くて仕方がなかった。周りが全部敵に見えた。

 それが平気になったのは、吉崎と会った頃からだろうか。

「……俺が一歩を踏み出せたのは、ダチのおかげだ」

「友人、か」

「ああ。昔の俺は無愛想なガキでな。おまけに元から目つきも悪かったから、同年代の奴らには無茶苦茶怖がられてた。いろいろと噂も流れてたみたいだし。……そんなとき、怖いもの知らずにも声をかけてきた奴がいた」

 そう。今はもう思い出せないが、確か何かがあって落ち込んでいて、公園のベンチで一人座っていたときだった。

 幸せそうに遊んでいる子供たちを忌々しそうに眺める梢に、そいつは開口一番言ってきた。

「初っ端にな。『何ビビってんだ、お前』なんて言われてな。何かむかついたから、喧嘩になった」

「……まさか本気でか?」

「そこまで馬鹿じゃねえよ。手加減はした。したけど、それで十分だと思った。手加減したところで、力の差は歴然なんだから、すぐに相手もビビって逃げるかと思った」

 だが、逃げなかったのだ。あの失礼な奴――吉崎和弥は。

「ボコボコになるまで殴った。俺の圧勝だった。けど、ぶっ倒れたまま俺を見上げて、あいつは鼻を鳴らして笑いやがった。『強い癖に臆病そうにしてんなよ、馬鹿』って。どっちが勝ったんだか、分からない喧嘩だったな」

 ドラマのように、その後すぐ仲良くなったわけではない。相変わらず梢は周囲に敵意を持っていたし、吉崎との間に喧嘩は絶えなかった。

 だが、それが続くうちに、いつしか一緒にいるのが当たり前になっていた。軽口を叩き合いながら、なんだかんだで一緒にいるようになった。

 いつ友人になったのかはよく分からない。ただ、その出会いが梢を変えたのは事実だった。

「……そんなとこだ」

 語り終えて、梢は刃を見た。

 この大男も、昔の自分と同じなのだろうか。周囲が――普通の人間が怖くて、最初の一歩を踏み出せずにいるのだろうか。

 梢も自分だけで歩き出したわけではない。榊原や吉崎といった、手を差し伸べてくれた人々がいたから、最初の一歩を踏み出せた。

「ますます、遥をお前らに渡したくなくなったよ」

 沈思する刃に梢は言った。口調は、穏やかなものだった。

「今のあんた、すげえ辛そうな面してる。あんたの境遇は知らないけど、異邦隊の内情も知らないけど……そんな面する奴がいるところに、あいつはやりたくねえ」

 人としての幸せを享受出来なかった少女。彼女は今、笑顔を持ち始めている。それを壊したくなかった。

「あいつは、昔の俺と同じだ。周囲に切り捨てられて、独りぼっちだった。一人ではどうにもならないぐらい、酷い目にあってきたんだ。だから俺は、あいつの手を引いて――」

 言いかけて、梢は止めた。わざわざ口にするようなことじゃない。相手にも、もう十分伝わっているだろう。

「あんた、矢崎刃って言ったな」

 梢は腰を上げて、刃の元に歩み寄る。

「あんたが遥を狙うつもりがないなら、一緒に来ないか? きっと、楽しいぜ」

 遥と同じ。この男も、一人ではどうにもならない悩みを抱えているのかもしれない。だったらその手を引いてやりたい。

 いろんな人に引っ張られて、自分も幸せを見つけられたのだから。

「それは、魅力的だな」

 刃は笑った。不器用に、口元だけを動かして。

「だが……俺は異邦隊の隊員だ。その提案は呑めない」

「辞めるわけにはいかないのか、異邦隊を」

「恩義がある」

「……まあ、そうか。そうでなければ、悩んだりもしないか」

 異邦隊に疑問を感じても、恩義があるから離れられない。それが、刃の抱えている苦悩なのだろう。

「お前たちが異邦隊に入り、中から組織を変えていく、というのはどうだ」

 それは、遥を手中に収めるための方便ではなさそうだった。刃の言葉は、最初から切実なものだった。少なくとも、梢や遥に害意は持っていない。

「悪いが、そいつは遠慮しとくぜ。俺の性に合わなさそうだ」

「だろうな」

 刃も、それ以上は言ってこない。不毛だと判断したのだろう。

「んで、どうすんだ? 話は終わり、交渉も決裂だぜ」

「ならば、やるしかあるまい」

 刃はゆっくりと立ち上がった。敵意はない。ただ、義務を果たそうとする意志だけがある。

 梢も似たようなものだった。敵であるはずのこの男を、悪く思えないでいる。

 立場が違うだけで、後は似た者同士。

「へっ、結局喧嘩か」

「ああ。だが」

「良い喧嘩になりそうだな」

 梢の言葉に、刃は無言で頷いた。

 刃の全身から、静かに魔力が溢れ出してくる。梢も距離を置いて、翠玉の篭手を創り出した。

「それじゃ――行くぜ!」


 亨は一人だった。吉崎はもう帰った。

 聞かされたのは、幼い頃の彼と梢の話。時々、亨も自分の境遇を話したりした。

 全て語り終えて、吉崎は最後にこう言い残した。

『悩んでるうちは、お前は敵でも味方でもない。だから、別に怖いとは思わないな』

 それじゃあ、またな。

 吉崎は、それだけ言って悠々と去っていった。

 仲間になれと誘われたわけではない。お前は敵だと突き放されたわけでもない。

 どうすればいいのか。それは、亨が自分自身で決めることだ。

 異邦隊に梢たちのことを報告するか、隠しておくか。

 吉崎としては、後者の方が都合はいいだろう。だが、彼はそんな思いを微塵も見せなかった。

 ただ、自分で選べ、と態度で物語っていた。

 選ぶのが怖い。

 自分を友人と言ってくれた相手を裏切るのか、今まで属していた組織を裏切るのか。

 しかし、どちらか一つしか選べない。選ばなかったら、どちらをも裏切ることになってしまう。

 それに、あまり悠長に考えている時間もない。どういう経緯かは知らないが、刃が梢の存在に気づいたのだ。近いうちに、絶対何かが起きる。

 刃は、このことを異邦隊の誰にも話すな、と言っていた。その言葉に甘えるなら、亨は全ての責任を放棄することも出来る。

「……それでいいのか?」

 良くない。もう知ってしまった。吉崎も、こちらのことを知っている。刃が何かをすれば、亨は吉崎や美緒の敵にならざるをえない。

 そんな風に、周りに流されているだけでいいのか。

「嫌だ……」

 選ぶのが怖い。だが、選ばないでいるのはもっと怖かった。

 携帯電話を取り出す。画面には刃の電話番号が表示されている。

 刃に全てを打ち明けるべきかどうか、逡巡して――亨は通話ボタンを押した。

 しかし、繋がらない。電源を切っているのか、あるいは電波の届かないところにいるのか。

「くそっ」

 ここにいても仕方がない。

 意を決して、亨は駆け出した。まだ、どうするかは決めていない。


 山が、森が開かれていく。

 そう形容する他ない。梢の目の前で、また大木が一本音を立てて倒れた。

「一人で工事でも出来そうな力だな、おい」

 距離を稼ぐのが精一杯だった。接近戦で挑むのは危険過ぎる。

 刃は全身に淡い魔力を纏ったまま、次々と攻撃を仕掛けてきた。特殊なものではない。単純な、徒手空拳による攻撃だ。

 ただ、威力が段違いだった。彼の拳が直撃すれば、大地は簡単に抉り取られ、大木はへし折れ、岩は粉微塵に砕け散る。

 翠玉の篭手でも防御出来るものではない。刃の一撃が当たれば、梢も骨折は免れないだろう。幸い、速度はこちらが若干上だったから、避けることは出来る。しかし、凄まじい威圧感だ。加えて、避け続けなければいけないという状況が、肉体だけでなく精神をも疲弊させる。嫌な汗が額から流れ落ちた。

 いくら異法人と言えど、刃の攻撃力は異常だ。おそらく、この破壊力こそが彼の能力なのだろう。

 ……逃げるか!?

 一瞬脳裏に浮かんだ選択肢を、梢は即座に切り捨てた。確証はないが、刃は榊原家のことも感づいているかもしれない。だとすれば、逃げたとしても意味がない。

「やるしか、ないか!」

 紙一重で拳を避ける。かすった右腕に強い衝撃が走った。

 梢は翠玉の篭手を解除する。その代わりに、網のように植物を張り巡らせて刃を包囲した。

「……なるほど。植物あるいはその属性を持つものを具現化する。それがお前の異法か」

 実戦経験の差か、刃はあっさりと梢の能力を見抜いた。動じる様子はない。

「へっ、だったらどうする」

「打ち破るだけだ」

 網を引き締めようとした矢先、刃は正面突破を試みた。咄嗟に梢は、刃の真正面に木の葉を組み合わせて作った盾を展開。しかし強度が不十分だったのか、いとも容易くそれは突破された。

「撃滅の一撃(ディストラクション・ブロウ)!」

 直撃する前に、衝撃が梢に襲いかかった。大気が震えているのだ。それが、梢の身体を突き抜けた。

 ……やばいっ!

 間に合わない。避け切ることが、出来ない。

 それはほとんど本能のようなものだった。梢は、自分と刃との間に、何重もの盾を出したのだ。

 刃の放った一撃は、それら全てを貫通した。梢も耐えきれずに吹き飛ばされる。だが、死すら覚悟した一撃は、梢の腹部に若干痛みを残しただけだ。

「……衝撃か?」

 身体の方は上手く動かない。戦慄するとはこういうことかと実感する。それでも頭は働いていた。

 梢が出した幾重もの盾は、分厚い木の葉状のものだった。強度はないが、衝撃を和らげる効果はある。加えて、直接身に受けたときの感覚から、梢は刃の能力を推察した。

「ご明察だ。我が異法は衝撃地帯(インパルス・フィールド)。特定の範囲で生じた衝撃を自在に増減させる力だ」

「いいのかよ、そんなペラペラと喋って」

「今の一撃を正面から受けて立っていられたのはお前が初めてだ。ゆえに、少々サービスした」

 刃は苦笑した。今のは、もしかしたら言い訳だったのかもしれない。

「……そういや、一つ聞き忘れてたぜ」

「何だ?」

「俺のこと、どこで知った? 矢崎亨って奴からか?」

 梢の問いかけに、刃は目を丸くした。意外そうに聞き返してくる。

「亨は俺の弟だ。だが、あいつからは何も聞いていない。お前は、亨とは?」

「ちょいと話しただけだ。うちの妹のクラスメートらしいが、詳しくは知らないな」

 妙な縁だ。まさか、弟妹で異邦隊の隊員と繋がりがあったとは。

 しかし、そうなると疑問が残る。

「けど、弟に聞いたんじゃないなら、誰に?」

「……」

 刃は、言うべきかどうか迷っているようだった。だが、やがて意を決したように表情を引き締める。

「霧島、直人だ」

「……何?」

 その名前は――とても懐かしいものだった。

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