チャラ男と地味女
単発です。
世界観は「悪徳令嬢とモブ(仮)」と同じです。
1作目を呼んでいなくても問題ありません。
ここは帝光学園。国内有数のお金もちの学校で、学校にいる人間の総数は数万人規模になる。幼稚舎から大学までの施設をもち、病院から製薬会社、商社、金融、観光、娯楽など系列会社など多岐に渡る。国内を支配するといってもいいこの学園は、一部の人間によって支配されていると言っても過言ではない。学園を組織し施設に莫大な費用を投資している人間には、特別に『プレジール』という組織に入ることが許可される。そのプレジールの中において、幼稚舎から在籍し大きな勢力のトップに君臨するもの達が数名いる。男のトップは行く末は、企業のトップや総理大臣候補。女のトップも同様であろう。
その中で男のナンバー2であるのは、高校二年の朝井陽介だ。
陽介は有数のホテル経営をしている両親がおり、世界にある系列ホテルは一流のホスピタリティ、そして料理も一流、世界の美食家をうならせるシェフを多数抱えている。母親は海外のモデルであり、父と母のよいところを受け継ぎ、知能・容姿・財力をほしいままにしている。彼は学園でも影響は大きい。
しかし彼を見つめる、とある少女はきわめて冷静だった。
彼女は佐竹月子。朝井とは比べたら、プレジールに属してはいるものの、その格差は歴然だった。月子の親は一般的にみたら多少はお金持ちではあるが、それは地方出身だからである。地方では大きな土地を持っていて、親戚は議員もいる。財力も、人脈もおおよそ朝井とは肩をはるものではない。朝井と佐竹は同じプレジールにいるものの、学年が一緒だけだと周囲は思っているだろう。
しかし、朝井と佐竹は放課後同じ方面へ帰る。もっというならば、同じマンションに住んでいる。部屋の階は違う。
実は彼らは親同士が決めた婚約関係にある。それを知ったのは高校に入り、両者の祖父母に呼び出され、ホテルでの広間をかりて顔合わせをしたときだ。祖父同士は同じ大学つながりであり、祖母たちも同じ女学校で親友という間柄だった。佐竹は朝井のことを知ってはいたが、まさか自分たちが婚約することになるとは思わなかった。二人に恋愛感情があるかと言えば、ないと言える。お互いにつきあう層が違うし、朝井といえば、放課後は都内のクラブへ行ったり、みんなで騒いだりといった見た目も中身もチャラいのである。プレジールの男ナンバー2ではあるものの、トップとは不可侵があるらしく、お互い干渉しないのだ。
佐竹は地元に帰れば有名人だが、都心では知られていない。プレジールではグローバルな規模で権力がある人々が多いので、佐竹は朝井と基本的に関わらないスタンスをとることにした。朝井も同じように騒げる女性ならいいのだろうが、地味でおとなしい佐竹にそれほど興味ももたなかったようだ。
ただそれは、ふとしたときに変わった。
佐竹が予備校帰りに、マンションに帰宅したときに叫び声が聞こえたのだ。
佐竹は叫び声に、何かあったのかと身構えた。マンションの前に朝井がいた。彼の前には、ナイフをもった女性がいた。かなり年上の女性だ。ガタガタ震えながら、朝井に迫っている。佐竹は警察を呼ぶべきか考えた。しかし状況がわからない。朝井に言い寄っているようだが、朝井は相手をなだめていた。やはり警察だろうか。だが、このことが公になってしまっても、朝井は大丈夫であるのか?もしもこの女性とつきあっていて、警察沙汰になれば、朝井が週刊誌などにとりあげられ、さらに自分の周辺も騒がしくなってしまう。自己保身が先にきた。が、その考えは一瞬で、人命救助が先だ。佐竹は朝井に近づく。
「すみません、朝井くん。今日、先生からプリントを頼まれたから」
「え!?佐竹、さん? 」
「クラスメイトの佐竹です。彼女サン? 」
朝井は震えていた。それはそうだ。ナイフをもっている女性がいるのだから。ナイフをもった女性は顔に表情がなかった。
「朝井くん、この女は誰?こんな地味な子、朝井くんに関係ないわよね? 」
佐竹は感じた。これは典型的なヤンデレという種類のストーカーではないかと。朝井がもてることにあぐらをかいて、女性を傷つけたのかもしれない。自業自得ではあるのだが。
「ええ、朝井くんとは関係ありません。ただわたしもこのマンションに住んでいるいので、やるならほかに行ってくれません?迷惑です」
「うるさい!あんたは黙っていて! 」
「でも、本当に迷惑なんですもの。警察呼びますよ?銃刀法違反で捕まってしまいます」
「……そうだ!迷惑なんだよ。お前誰なんだよ。お前なんか知らない」
いつもはチャラチャラしている朝井が、震えた声でいう。これは完全なストーカーみたいだ。見た目がいい人って大変だなと佐竹は思った。
「朝井くん、わたしはずっと朝井くんを見ていたの。もう運命だって思って」
「お前なんか知らねえよ! 」
「まあまあ、朝井くん。女の子には優しくしなくては。ねえ? 」
震えている朝井はまず放っておいて、まずは彼女のナイフをどうにかしなくては。佐竹は敵意がないように女性に向き直った。
「ひどい!わたしはこんなに朝井くんのこと思っているのよ」
「そうよ、朝井くんひどいわー。こんな素敵な女性をないがしろにして」
佐竹は彼女に賛同した。ナイフの女は佐竹が同情してくれると思って、警戒を解き始めた。
「わかってくれる?わたしね、毎日毎日。彼にメールしてね」
「そうなの?とっても好きなんだね」
佐竹は話を聞く振りをして距離を詰めていく。ナイフの女は理解してくれる相手ができて、完全に警戒を解いた。佐竹は鞄をナイフ女の頭めがけて投げた。学校の鞄は職人が作った、重くて固い代物だ。
ナイフ女は驚いた。佐竹はそのスキにナイフをもっている女の腕をもち、ぐいっと関節を曲げた。女は関節技をかけられ、痛さに思わずナイフを落とした。そしてその隙に、佐竹はお腹に一撃をいれて彼女を気絶させた。
「ふう、危なかった」
ナイフ女は倒れた。佐竹はスマホを取り出し、ある場所へ電話をかける。親戚の家である。大体面倒なことはこの家に任せればいい。すぐに着てくれるということで、女の両腕を制服のスカーフで結んで動けないようにした。一連の手慣れた動きをみてあっけにとられていたのは、朝井だった。
「佐竹さん。これは一体? 」
「それはこちらのセリフ。なんでこんなことになっているの? 」
「この女性は知らないんだ。急に電話とかメールが入るようになって」
「警察には言ったの? 」
「男だとそんなに対応してくれないのは知ってる。いつもは家の者に送迎してもらったり、ボディーガードを雇ってるときがある」
「これは初めてではないの? 」
「小さい頃からだ。見知らぬ人につけ回される」
「もてる人生なのね。大変だ」
佐竹は他人事のように思ったが、もしこの人と結婚したら、こういうことが日常的にあるのかとふと思った。
「対策はないの? 」
「ない、ださい格好しても。だめだった」
「それはある意味すごいわ」
「生まれつきだと思う」
生まれつきもててしまう体質なのだろうか。そんなの聞いたことがあまりないが。佐竹は朝井がそういうなら、そうなのかなと思った。だが朝井は確かに顔がいいが、誰にでももてるかといえば、そこまで顔がいいのか疑問だ。確かに坊ちゃんだから、振る舞いや態度は教育されているように思える。朝井は首を傾げた。
少し経つと電話をした通り、黒いセダンがきた。何人かの人が下りてきて佐竹は事情を話して、それから女とナイフを持っていってもらうことにした。警察には突き出すだろうが、内々の話で終わるだろう。佐竹はセダンを見送った。
「…………………今のは? 」
「便利屋みたいなもの。わたしの実家は古くから地方で権力があって、その道の人ともつながりがあるのよ。もちろん警察の方ともね」
佐竹は何ごともなかったようにしている。それがとても怖くも感じた朝井ではあるが、命は助かったので礼を言う。
「ありがとう。佐竹さんがあんなに強かったと思わなかった」
「護身術くらいはしているわ。ご両親から聞かなかった?わたしの実家は旧家で、昔幕府でお庭番をしていた血も引いてるから、基本的に護身術はやるわ」
「そういえば聞いた気がした。物語みたいなことがあるんだな」
「物語と言えば、朝井くんの体質こそ、物語みたい」
「物語ついでにいうと。実は、この体質………前世でモテたくて願って手に入れた力って言ったら引く? 」
「は? 」
佐竹は何を言っているかわからなかった。前世とか言わなかっただろうか。
「前世では全然もてなくて、彼女がほしかったから生まれ変わるときに、モテる体質を願ったんだ。そうしたらこういう体質になった」
「……………………そ、そうなの? 」
恐怖で頭がおかしくなってしまったのだろうかと、佐竹は朝井を心配した。佐竹はこの前友人に借りたライトノベルで、転生したらチート能力があって、世界を救う話を読んだ。そういう類いの話だろうか?
「その体質って何か役に立ちそうなの? 」
「最初はモテて楽しいと思ったが、ちっとも楽しくないね。誰にでも好かれても嬉しくはないと、この17年生きて思った」
「好きな人に好かれないと、あまり意味ない体質だわ」
「女の子にチヤホヤされるのは嬉しいけど。好意以上にすぐなってしまうし、付き合っても女の子とは平等につきあわないと不満もでる。だから恋愛がめんどくさくなってきた。というより、女の人が怖い。」
それは災難である。誰でも一度はモテモテになる能力があればと思うかもしれない。ただそれは思うだけのうちが一番いいのかもしれない。
「モテる能力って誰にでも効くの? 」
「いや、誰にでもではないと思う。ただある一定の人に、とても執着されやすくて。こういったことは初めてではないから」
「それは、大変だ」
軽く頷いているが、佐竹だって正直困っていた。親の決めた婚約者が変な体質ということだ。佐竹にとっては、目立たず、誰にも攻撃されないのは、ある意味楽だった。身を守るには警戒心を与えないこと、目立たないことである。朝井と婚約者というだけで、これから注目されるだろう。佐竹はため息をはき出す。
「悪い、本当に。迷惑をかけるつもりではなかったんだ」
佐竹は朝井を見やる。朝井は本当に悪いと思っているのか、いつもはチャラチャラした様子もなく、シュンとして小動物みたくなっている。佐竹はその姿にズドンと胸が高鳴った気がした。朝井のことなど、今までチャラ男としか思えなかった。しかし今目の前にいる人物から目が離せない。佐竹はその小動物みたいな朝井を泣かせたくなるような、黒い心がわいてきた。佐竹自身初めての経験だった。この気持ちは朝井がいう、特殊能力の効果なのだろうか。もしかして、佐竹は朝井のことを?
面白い―――――と佐竹は笑った。
「佐竹さん? 」
「朝井くん、気にしてないから。大丈夫、わたしが守ってあげる」
にっこり佐竹は笑うと、朝井は安心したかのように笑みを浮かべた。
佐竹は高校を卒業したら、すぐ結婚をして、世間にお披露目しようと考えた。朝井の体質は面白い、自分をあっという間に虜にしてしまったのだから。物事にあまり執着がなかった佐竹は、ある意味新しい感覚だった。これから楽しい世界が待っていることを考え、ほくそ笑んだ佐竹 月子。そして傍らには、ナイフ女から解放され安堵している朝井 陽介だ。二人は親が決めた婚約者。親公認の仲なのである。
二人は何事もなかったように、マンションへ入る。
これから始まる新しい日常を感じながら。