~cuento de hadas~
少女達の喋り声、ペンの走る音、そして古い本のページをめくる音だけが空間を包む暖かい広間。
テーブルには手作りの甘いクッキーと、ちょっとお高い紅茶が並んでいる。
ミッディ・ティーブレイク、つまりおやつの時間だ。
「あー、また調子悪くなっちゃった……」
「じゃあ僕が直してあげるね……えっと、ここかな……」
コロナの肩には必要最低限の機能のみを備えた、旧型の義手が装着されていた。
被せられた長手袋を通してぎちぎちと鈍い音を鳴らす義手に、優は慣れた手つきで油をさした。
「ありがとね、優ちゃん。そろそろ寿命かなぁ……なんて、買い替えるお金もないんだけどね」
「大丈夫、義手が壊れたら僕がコロナの腕になるよ……」
コロナのウエストポーチに入っている専用の布で余分な油を拭き取り、優はコロナの義手に長手袋をはめ直した。
「流石は私の相棒! ありがとね、えへへ♪」
「もち、だよ……僕はコロナのお嫁さんだから……♡」
確かにコロナの方がボーイッシュではあるが、自分を"僕"と言う優が自らを嫁と言うのは少し違和感がある。
しかしこの場にはそれを気にする者はいなかった。
「あれ、羅列を間違えたかな……」
『そこは決まった文字がない……だからこの文字でカバーする……』
「僕もまだまだだね。ありがとうジブリール」
誘発性連動繋続理論、魔術を魔術と定義、区別する為にまったく別々の方式、文字によって構成されたもの同士がうんたらかんたら──
簡単に言えば一つの魔術が他の魔術と連動して新しい効果を発揮することだ。
本来八種類以上の魔術文字を覚えていなければ使いこなすことは出来ないが、白夜の場合は十四種類。
すでに二十六組の組み合わせを新たに編み出している。
(ま、深影君の場合は初対面の時でさえ三十種類以上の魔術文字を使いこなしてたんだけどね)
知識、技術、才能、すべてにおいて次元を逸脱している。
本人は暇潰しの感覚で向かってくる契約者を翻弄するが、使う武器はいつもマスケット銃や神機のフリスヴェルグ。
一度たりともまともに戦っている所を見たことがない。
「……ベルゼ……気づいてる……?」
『ああ、今何か……動いた……? 目覚めたのか……? よく分からないが、我々死神に似た強大な反応が一つ増えた、ような気がした……』
「……まさか……ううん……もっと大きい……」
黒板を爪で引っ掻いたような騒音が、頭へ直接響いてきた。
それは誰かが何かしらの方法で次元の扉をこじ開けた音。
無理矢理引き裂かれた次元の狭間が悲鳴をあげる音だ。
「……正体は不明……ただ言えること……それは危険……」
『気を付けろよモノクロ、ここまでハッキリと音が響いてくると言うことは、近い地点のはずだ。もしソイツが我らを狙っているのだとしたら……』
「……皆に言う必要はない……もしもの時は私が殲滅する……」
モノクロのローブから、ごそごそと布が擦れる音がなる。
リベリオンとトリーズンが神格に反応しているのだ。
「……ん、何だ……? 今、胸が締め付けられたような……」
「どうしたんですか深影さん? 目が疲れましたか?」
「いや、何だか……開いてはいけない扉を開いたような気がしてな……」
上手くは表現出来ないが、とにかく気持ちのいい感覚ではない。
胸の奥がざわつく、振り払おうとしてもまとわりつくように胸を締め付ける。
「もー、辞典がないと全然読めないんですよ? だから深影さんが読んでくれないと……」
頬をぷくーっと膨らませ、深影の隣で本に顔を近づける愛梨。
いつもはモノクロの隣にあるソファーを、今は深影の座るソファーにくっつけて一緒に一冊の本を読んでいると言う状況だ。
「そうだな、ここからか。……自分の為に戦い、傷つく王子様のことを哀れみ、心を痛めたお姫様は自分も戦うことを決意しました」
お姫様は死者の国にいる魔女に頼み、自分の体を剣に変えることが出来る方法を教えてもらいました。
王子様の前で自分の体を剣に変えると、お姫様はこう言いました。
──もうこれ以上、貴方だけに苦しい思いはさせたくありません。どうか私にも戦わせてください。
王子様は自分のことを想い自ら剣になったお姫様を強く抱き締め、刀身に口づけを落としました。
その時、刀身の刃に触れた王子様の唇が切れてしまったのです。
王子様は血の滲んだ唇を噛み締め、再び戦禍の炎へと身を投じたのでした。
──つづく。