~nero monarca~
失うと言うことは始まると言うことである。
満ち足りた状態に始まりはなく、あるのはただの停滞のみ。
停滞とは絶滅と同じである。生命は進化とともにあり、進化を止めた生物は生き絶える。
生きると言うことは、生き続けると言うことは、求めると言うことだ。
人は生きている以上、何かを求めずにはいられない。
居場所、理由、価値、食料、時間、その他もろもろ──
例をあげれば切りはないが、とにかく生命は何かの犠牲の元に立っていると言うことだ。
何かを手に入れようとすれば何かを失い、何かを失えば何かが巡りやってくる。
犠牲の連鎖とともに生き続ける契約者は本来、人が意識出来ない何気ない連鎖でも、深い傷を負うことがある。
何故ならば、ほんの一つのボタンの掛け違いでも、命を落としかねないからだ。
「黒羽ちゃん、おはよう。黒音はどう?」
「あ、海里華さん、おはようございます。今は部屋にいますよ。いつもありがとうございます」
「いつものことよ、ったくあのバカ……せっかく黒羽ちゃんが帰って来たってのに……」
「いいんです、原因はすべて私にありますから……」
魔王との決闘から一週間が立とうとしたこの頃、帰って来た双子の妹、黒羽は黒音と一緒に住むことになった。
だがそれ以外はいつも通りの毎日、夏休みの真っ只中だ。
「朝ご飯は食べたの?」
「私は適当に作って食べました。お兄ちゃんにも部屋の前に食事を置いてきましたが、多分食べてないと思います……」
「たかが神機と親父を失ったくらいで──って言えないのよね。流石の私も気持ちが分からなくもないし……でも、〈tutelary〉の拠点から帰ってきて何も口にしてないんでしょ?」
「はい、たまに手をつけてる形跡はあるんですけど……ごめんって書いた置き手紙が添えられてて……」
完全に塞ぎ込んでいる。だが目の前で大切な人を二人も失ったそのショックは、そう簡単に癒えるものではない。
梓乃達も黒音を元気付けてあげたいのに、どんな言葉をかけていいか分からずに家に来ることすら出来ずにいる。
黒羽は玄関で大きなため息を吐いた海里華を迎え入れ、いつも通りに紅茶を出す。
「どうしたらいいのかしらね、アイツの傷を癒すには」
「私が言えたことではないですが……多分、時間で解決出来るほど軽くはないと思います。何か、きっかけがあれば……」
「はぁー……こりゃ作戦会議ね。私達のチームを集めて黒音を立ち直させる方法を考えましょう。場所は駅前のカフェだから、アンタも余裕があれば来てね」
今日は扉越しに話しかけることもなく、黒音と黒羽の家を後にする海里華。
夏休み、日差しの照りつける学校の屋上があまりにも暑すぎた為、急遽居心地のいい拠点を駅前のカフェに決めた〈avenger〉一同。
そこで久しぶりに五人全員が集合した〈avenger〉は、それぞれ好きな飲み物とパンを購入して顔を向かい合わせた。
「かれこれ一週間になるよね、黒音君が部屋に籠ってから」
「無理もありませんよ、大切な仲間であるザンナさんに、実の父を自分の手で殺めてしまったのですから」
「願いを叶えられたのに、可哀想……でも、何も出来ない……」
「幼馴染みで一番気の知れた海里華がダメなんだから、私達じゃどうしようもないのよね」
「でもいい加減立ち直らせなきゃ、今度は黒羽ちゃんが可哀想よ。アイツの為に必死に心殺してまで敵対してたんだから」
強行突破でどうにか出来る問題ではない。だが時間が解決してくれる問題でもない。
黒音はリーダーと言う立場から海里華達チームメートに気持ちを打ち明けるわけにもいかず、腹の底に溜まった気持ちをぶつけられる理解者がいないのだ。
「ここか、黒羽が言っていた〈avenger〉の新しい拠点は」
「あ、深影……どうしたの? 今黒音を部屋から引っ張り出す作戦会議中なんだけど」
行き詰まる〈avenger〉一同の前に現れたのは、黒羽に教えられて気まぐれ(?)のままカフェに来た深影だ。
深影が持つプレートの上に乗せられているのは、ブラックのコーヒーとカツサンド。
どうやら会議に加わる気満々のようだ。
「いつになったら英雄の首をとったと言う報告が聞けるかと待っていれば、あのバカが……」
「あれからそっちはどうなの?」
「特に変わりはない。お前らに負けたと言うのにアイツらはあっけらかんとしている。まったく、俺のチームは向上心と言うものを欠いている」
「アンタもいろいろと大変ね……」
「お前達に比べればそうでもない。だが、アイツの性格では妹をほっぽりだして部屋に引きこもるとは思えんのだがな」
「あーもう、深影くんってば、お姉ちゃんのことおいてかないでよぉ」
随分遅れてやってきたのは、深影の姉貴である深陽。
深影と同じコーヒーを頼んだようだが、パンの置き場がないほどにミルクと砂糖が積み上がっている。
「ごめんね、チームメートじゃないけどお邪魔するね」
「どうぞ、アンタ達なら歓迎するわ」
「話を戻すぞ、黒音を引きずり出す方法だが……案外簡単な方法がある」
少々荒療治かもしれないが、アイツを引っ張り出すにはこれが一番効果的かもしれん。
そう判断した深影はその作戦の手はずを〈avenger〉一同に事細かに叩き込んだ。
「ほ、ほんとに上手く行くのかしら……アイツ、超がつくほどの鈍感だから……」
「だがやるしかあるまい。英雄に勝ちたいなら少しでも時間を無駄にするな。契約者に停滞はない。歩み続けるしかないんだ」
正直気は進まないが、と言うよりとても深影の考えた作戦だとは思えないが。
思い付く作戦がない以上、もはやそれに頼るしかない。
早速その作戦を実行しようと決断した一同は、すぐさま黒音の自宅に向かった。
「ねえ、黒音、起きてる? ちょっと出てきてほしいんだけど」
……部屋から返答はない。だがとにかく部屋から引っ張り出さなければ何も始まりはしない。
黒音の返答がないのならば、引きずり出すまでだ。
「深影、お願い」
「仕方あるまい。〈次元歪曲〉!」
文字通り黒音を引きずり出す為、深影は得意の〈次元歪曲〉で扉を取っ払って黒音を無理矢理部屋から引きずり出した。
何事かと驚く暇もなく引きずり出された黒音は、両手両足を椅子にくくりつけられてアホみたいに口を開けている。
「……なんだこれ……」
「どうもー! 梓乃です!」
「遥香です……二人合わせて──」
「「わんにゃんズです!」」
璃斗がヒルデ・グリムの特性で作り出したであろう派手なステージに、斜め上をいくおめかしをした梓乃と遥香が方を並べて頭を下げていた。
雰囲気を見ればある程度の想像がつくが、どうやら二人はこれから漫才を始めるらしい。
「いやー、最近ドラゴンエンパイアが不景気でね」
「ドラゴンエンパイアに景気なんてあったんだ……」
「そう、森でとれる果実を使った景気が──」
「それは景気じゃなくて、ケーキ……」
風が吹く。愛想笑いすら湧いてこないほどの静寂が、ステージと狭い観客席に訪れる。
やがて考えてきた台詞も忘れて目尻に涙を浮かべた梓乃が、駄々をこねる子供のように喚きだした。
「だから嫌だったんだよ漫才なんてしたことないのにぃー!」
「そう……? 私は面白いと思ったけど。深陽も笑ってたし」
「それは慰めの愛想笑いだよ! あーもう、普通に水着ショーにしとけばよかったじゃんっ!」
「アンタ達が全員金欠だったから諦めたんでしょうが! ほら、次!」
項垂れる梓乃を連れて遥香が退場し、次に現れたのは璃斗。
さすがに璃斗の性格で漫才などはしないだろうが、普通では考えられないことを思い付いているに違いはない。
次の瞬間、璃斗はヒルデ・グリムの特性で服装を私服から水着に変換させ、グラビア撮影っぽいことを始めた。
写真を撮っているのは無論、璃斗のパートナーであるアザゼルだ。
水着を買う金のない梓乃達に代わり、せめて一人くらいはお色気要員を確保しようとした璃斗の計らいである。
「どうですぅ? この洗練されたボディはぁ♡」
「……おい誰だよ、こんなことを計画したのは……」
「俺だ、お前を引っ張り出す為にな。全員の特徴を生かしたいい作戦だろう」
「あのなぁ……まあ、俺を元気付ける為にやってくれたのは伝わったよ。でもな、別に落ち込んでるから部屋に籠ってたわけじゃねえんだぞ?」
「え、ええっ!? じゃ、じゃあこの一週間、部屋に籠って何してたのよ!?」
顎を落としてあんぐりしている一同、黒音はレーヴァテインで両手両足を縛る縄を切ると、椅子に座り込んで腕を組んだ。
「夏休みの間、イタリアに帰ろうと思ってたんだ。元々、魔王を倒したらそれを報告する為にイタリアに帰る予定だったしな」
「そう言えば、イタリアに義理の母が……」
「ああ、エルザ・アルベルティ。俺に契約者のなんたるかを教えてくれた恩人であり俺の母親だ」
「エリザ、だと? こ、金色の英雄じゃないか……!」
「俺が部屋に籠って悩んでたのは、黒羽を連れていってもいいものか悩んでたからだ。リズは俺のことを息子だって言ってくれてるけど、黒羽がいきなり行って家族って認めてもらえるかどうか……でも黒羽をおいてイタリアには行けねえし……」
まさか、まさかそんなことで、ただそんなことの為に一週間も部屋に籠ってご飯も食べずに悩んでいたのか?
では黒羽が作ってくれたご飯にごめんと言う置き手紙をおいていたのは、イタリアに連れていけないかもしれないと言うことを前もって謝っていただけだと言うのか?
「ふ、ふざけんなぁっ!」
「もうっ、悩んで損したよ! 私の羞恥心を返してよ!」
「私は面白かったからいいわ。それに、傷ついてたわけじゃなくて安心した」
「傷ついてなんかいられねえよ、親父から黒羽のこと託されちまったからな。やっぱ黒羽を連れてくことにするよ。リズなら認めてくれるだろうし」
「お、お兄ちゃんっ……」
「お、黒羽。丁度いいとこに。これからイタリアに行くから、準備してくれ。夏休みはイタリアで過ごすことにする」
「へ、え……? えと、話が見えなくて……」
深影に無理矢理連れ出されたであろう黒音を追ってきた黒羽、いきなりイタリア行きを告げられて混乱するのは無理もない。
だが話を聞いていくうちに言葉を失い、黒羽は涙ながらにその場で崩れた。
「そう言うこと、よかった……私のせいで、お兄ちゃんをっ……ひっく……傷つけ、ちゃって……っ」
「別に俺はお前を恨んじゃいねえよ。俺の為を思ってしたことだからな。記憶を奪ったのも、そう言うことだろ?」
「うん……出来れば、こうなってほしくなった……だから記憶を奪って、遠ざけようとしたのに……」
「ありがとな、俺の為に頑張ってくれて。でももう安心してくれ、これからは俺が必ず守り抜く」
「うんっ……! イタリア、一緒に行く……!」
一体梓乃と遥香の漫才は、璃斗のグラビアショーは何だったのか。
小さなトラウマを負った梓乃に案外面白そうだった遥香、そして海里華に恨みの視線を送られている璃斗。
やはりこれが俺の日常だ。こうでなくてはダメなのだ。
「海里華、せっかく再会出来て、積もる話もあるけど。夏休みは向こうで過ごすことにする。少しだけ、休む時間が欲しいんだ」
「ええ、好きになさい。私達はいつまででも待っててあげるから」
「それじゃあ、今日のとこは解散しよっか!」
これから挑むのは四大チームの無法者と言われる、チーム〈soul brothers〉。
海里華の姉と璃斗の妹がいるチーム、恐らく今まで以上の苦戦を強いられることは間違いないだろう。
それまでに皆少しの休養が、心と体を休める時間が必要だ。
「皆、いい人達だね。とてもいいチームだよ」
「当たり前だ、何せ俺の見込んだ仲間だからな。そう言えば、お前をイタリアに連れてって、〈tutelary〉の皆は困らねえのか?」
「うん、大丈夫。しばらくお暇をいただくって報告しておいたから。〈tutelary〉の死神はしばらく休業だよ」
「そっか、悪いな。俺の都合で」
「ううん、いいんだ。前から決めてたの、お兄ちゃんとの戦いが終わったら〈tutelary〉を抜けるって」
「抜けるってお前、深影達は知ってるのか?」
「〈tutelary〉に入る時、白夜さんに言ってたんだ。だから死神の深陽さんが現れたのは嬉しい誤算だよ」
これから〈tutelary〉の死神を務めるのは深陽にしてくれと、自ら白夜に推薦しておいたのだ。
そして黒音は見事シナリオ通りセイブルに勝利し、モノクロは〈tutelary〉を卒業したと言うわけだ。
「それで、いいのか? 仮にもアイツらは、仲間だったんだろ?」
「いいの、もう決めたから。深陽さんには私の研究データを渡してあるから、十分に私の役目を果たしてくれる。それに、いつでも遊びに来ていいって皆言ってくれたんだ」
黒羽の顔には未練の色はない。黒羽が満足しているのならば、自分の行動に自信を持っているのならば。
もうこれ以上黒音が何かを言うことはない。
そして黒羽の〈tutelary〉卒業を聞かされてから三日後、黒羽と〈avenger〉一同は空港にいた。
「悪いな、リーダーなのに勝手行動して」
「いつものことでしょ、もう慣れたものよ」
「リズさんって人によろしくね、黒音君。待ってるから!」
「お土産期待してますねぇ、黒羽さんも気を付けてぇ」
「いつか会わせてね、黒音のお母さんに」
「何か技の一つでも盗んできてよね、私のライバル!」
重たいスーツケースを引っ張り、海里華達に見送られた黒音と黒羽。
それぞれ心を込めた拳と背中への平手で黒音を送り出し、黒羽の手を握って改札へ向かおうとした直前、
「待ってっ!」
一瞬大きな声に驚いてスーツケースを手放しそうになった黒羽だったが、次の瞬間やはりスーツケースを手放してしまうことになる。
「深陽さん、どうして……」
「黒羽ちゃんがイタリアに行っちゃうって深影くんから聞いて、文字通り深影くんのフリスちゃんで飛んできちゃった」
フリスちゃん、とは恐らくフリスヴェルグのことだろう。
よくも一般人に見つからなかったものだ。そして深陽をここまで送り届けた深影は、自販機にもたれ掛かって腕を組んでいる。
「や、やっぱりね、私じゃ黒羽ちゃんの代わりは出来ないよ。研究データ、確かにもらったけど、あれを活かせるのは黒羽ちゃんだけだよ」
「でも、私はもう……これからは深陽さんが〈tutelary〉の死神として……」
「うん……でも〈tutelary〉の皆は黒羽ちゃんのことを必要としてるんだってことは覚えててね。私はあくまで代役なんだから!」
「深陽さん……はい、必ず戻ります。今度試合でもしましょう」
「うん、まだこの力の使い方はよくわからないけど……その時には皆に頼られるくらい強くなってるからね!」
強がって胸を張っている深陽だが、やはりその目にはちょっぴり涙が滲んでいる。
別に何年も会えないわけじゃない。それでもせっかく仲良くなれたのにすぐに遠くへ行ってしまうのは少し胸が酸っぱくなる。
最後に黒羽を力一杯抱き締めた深陽は、照れながら後ずさって二人を見送った。
「黒音、和真は……〈soul brothers〉は強い。お前の強さは俺も認めているが、英雄の元に戻るなら一度鍛えてもらった方がいいかもしれんぞ」
「ああ、俺もそのつもりだ。お前だって強くなれよ? 俺と違ってリミットブレイクを身に付けたばっかりなんだからよ」
「バカを言え、俺は感覚を掴むのに経験は一回で十分だ」
「そうかよ、んじゃ行ってくるぜ」
「ふん、とっとと行って帰ってこい。すぐにぶちのめしてやる」
憎まれ口を叩いているが、喧嘩をしている雰囲気ではない。
黒音が歯を見せて笑っている辺り、深影と心が通じあっているようでくすぐったい気持ちになっているようだ。
チームリーダーと言う同じ立場に立つ者同士、ある程度は感じているプレッシャーなどを共感出来る。
だから案外、二人の間にはチーム戦の時から友情が生まれてたりするのだ。
「じゃーな、皆!」
「また戻ってきます!」
二人の姿が見えなくなるまで、海里華達は手を振り続けた。
四大チームの制覇はまだ始まったばかり。
また在り来たりな物語を白紙の本に綴ろうではないか。
どこまでも愚かで、どこまでも希望と夢に満ちた、契約の名の元に──。




