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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 最終章「王と姫」
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第五話『last dance ~最後に舞う~』

 崩れたフィールドの代わりに一同が訪れたのは、普段〈tutelary〉が主な生活スペースとして使っている大広間。

 気づけばその場所へ案内されていた梓乃達は、愛梨に導かれるがままふかふかのソファーに腰を下ろした。


「勝った、んですよねぇ……」


「何だか実感ないよね、今でも信じられないもん」


「間違いなく、貴女達の勝利です。おめでとうございます、そして次こそは我々〈tutelary〉が勝ちます」


「愛梨ちゃん……うん、ありがと。でも次も負ける気はないよ」


 死んだように眠るリーダーに代わり、副長である愛梨と同じ種族である梓乃が大広間で握手を交わした。

 流石と言うべきか、未だに疲弊している梓乃達に比べ、愛梨達はすでに回復を終えている。


「そうだ、久しぶりのお客様だし、ゆっくりしていきなよ」


「え、ええ? そ、そんなに緩くていいのかな……一応私達敵同士、なんだよね?」


「そこの海里華ちゃんが言ってたじゃないか。戦いが終われば私達はただの契約者と契約者だって。それに戦いを終えたんだから、いがみ合う理由もないしね」


「そ、それもそっか。そだね、わふふ……じゃ、お言葉に甘えて!」


「負傷の手当ては私がしますね、本当にお疲れさまでした」


 四大チームと言えば力にものを言わせて他の契約者を蹂躙しているような悪いイメージしかなかったが、蓋を開けてみれば案外自分達と同じ極普通の少年少女の集まりだったのだ。

 救急箱を持って広間をパタパタと走り回る愛梨を、梓乃達はただ呆けた顔で見つめる。

 あれだけ荒々しい戦いをする子が、変身を解くと意外にも家庭的で控えめな可愛らしい女の子だ。


「お茶をいれてきますね。そう言えば……青美さんと未愛さんはどこに行ったんでしょう?」


「ん、さっきモノクロちゃんが地下の研究室に連れてくとこ見たよ?」


「深影さんもベルゼブブに担がれてた……重症だからモノクロさんが治療してるのかも……」


「リミットブレイカー同士の戦い、とても激戦でしたから。すぐに良くなるといいんですけど……」


 いつの間にかエプロンを装着していた愛梨が広間を去ってすぐ、白夜はジブリールを侍らせてソファーに浅く座ると、紳士にしては少し下品に梓乃達を凝視する。


「君達のリーダー、これから魔王様に挑むんだってね。気持ちのいい戦いが出来たライバルの君達だから忠告してあげるけど、魔王様には手を出さない方がいいと思うよ」


「魔王が強いなんてこと、黒音君は重々理解してるわよ。それでもここまで来て諦めるなんてことは出来ない。魔王は黒音君の家族を奪った復讐相手だから」


「復讐相手、か……これは裏表のない本心だけど、勝てるといいね。深影君の心に再び色を与えてくれた彼には、深影君のチームリーダーとして感謝しているから」


「回りくどいわね、もっと簡単に言えば? ついぞ自分では勝つことの出来なかった魔王に、果たして黒音君はどこまで通用するんだろう、ってね」


「ははは、まさにその通りさ。この僕でさえ勝つことの敵わなかったあの魔王に、彼はどこまで太刀打ち出来る? 契約者の闘争心が疼いて仕方がないよ」


 紳士で優しい物腰の白夜も一皮剥いてみれば、中身は黒音や深影と同じどこまでも血沸き肉踊る戦いが好きな戦闘狂なのだ。

 ネジがぶっ飛んだかと思うほどバカみたいに笑いだした白夜の腹に一発拳をお見舞いした焔は、同時にこれから魔王に挑む黒音のことが心配になってきた。


「皆さんお待たせいたしました、ハーブティーをお持ちしました。ストレスや疲れが緩和されますよ」


 大きなトレーを抱えて広間に戻ってきた愛梨、そのトレーの上には地下研究室にいる黒音達を除いた人数分のハーブティーが乗せられていた。

 爽やかな香りと少し苦味のあるスカルキャップティーだ。

 今さっきまで緊迫した戦いを繰り広げていた者同士とは思えない、和やかなティータイムを過ごす一同。

 だが黒音達がいるのは和やかとはほど遠い、埃っぽくて薄暗い地下の研究室だ。

 深影の治療を終えたモノクロは深影を仮眠用のベッドに寝かせると、ローブを脱いで台所へと向かう。

 深影よりも一足先に治療を終えた黒音は、とある一室で海里華とともに休養をとっていた。


「埃臭い地下にこんな女の子らしい部屋があったなんて……でも、おかげで黒音もゆっくり休めるわ」


 コンクリートで囲まれた他の部屋の壁とは違い、壁には可愛らしい薄いピンクの壁紙が貼られている。

 魔術に関連するもの以外のほとんどは刑務所の設備みたいな空間だったのに、この部屋にはふかふかのベッドや天井にはろうそくのシャンデリアまで飾られていた。

 海里華はふかふかのベッドの上で黒音の頭を膝に乗せ、ずっと膝枕を続けている。

 普通に綺麗なピンク色の枕があるのだが、野暮なので追及はしない。


「黒音……こんなに傷ついて……それでも復讐したいのね……」


 今のままではダメなのか、仲間とともに屋上でお弁当を食べて、くだらない会話をする日常ではダメなのか。

 もしかしたら以前の黒音なら、それでいいかもと頷いてくれたかもしれない。

 だが記憶が戻った今、黒音が契約者でいる理由は魔王への復讐がすべて。

 今の黒音が頷いてくれるとは、思えない。


「……黒音の様子はどう……?」


「あ……ええ、今はぐっすり眠ってるわ。ありがとう、黒音を治療してくれて」


 可愛らしい部屋と外側の世界を遮断している灰色の扉から入ってきたのは、この部屋の、この地下の主。

 黒いローブに全身を包み、顔すらも覆っていて表情は確認出来ない。

 だが戦いで傷ついた黒音と深影を治療したのは、紛れもなくモノクロ本人だ。


「これは貴女がしたこと……貴女が私の仲間を治療してくれた……私はその借りを返しただけ……」


「そ、そう……ここはアンタの部屋なの?」


「そう……それが……?」


「黒いローブなんか羽織ってる割には、随分可愛らしい部屋だなって。あ、別にバカにしたわけじゃないのよ? ただ純粋に可愛いって思っただけで……」


「……ここは……私が唯一心を休められる場所……契約者としてではなく……人間でいられる場所……」


 部屋の奥にぽつりと佇んでいるクローゼットを開いたモノクロは、羽織っていたローブを意外にも簡単に脱ぐと、丁寧にハンガーにかけて吊るした。

 ローブの中に隠されていたのは、黒い髪と瞳をした妖精。

 女神も羨む人形のような美貌と、艶やかな黒い髪の細いツインテール。

 肩を大きく露出したコルセットのトップスは、幼い面持ちとそれには似合わない大人びた体型を際立たせる。

 黒いフリルスカートからは、蝶の模様が描かれたニーソックスに包まれた細く長い脚が伸びていた。


「それが……アンタの素顔……凄く可愛いじゃない。ローブなんかで隠す必要なんてないくらい」


「……別に、自分の素顔が嫌いなわけじゃない。大好きな人と同じ顔だからむしろ好き」


「大好きな人……同じ顔……?」


「私が素顔を隠しているのは、その大好きな人に私が生きていることを知られたくないだけ。私は彼のことを裏切ったから」


 とても悲しい顔をしている。後悔と哀しみに溺れたようなその顔を、海里華は誰よりもよく知っている。

 モノクロは両足の太股に装着したホルスターを小さなテーブルの上に置くと、海里華と黒音のいる自室を後にした。


「あの子、どこかで……」


 敵意がないことを表す為にわざわざ自分の神機が収納されたホルスターを置いていく辺り、海里華には他人の信用を拒んでいるように受け取れた。

 こうでもしないと誰にも信用されない、そう自ら心の扉に鍵をかけているようだ。


「貴女も消耗してるはず……簡単なものだけど、よければ飲んで」


「これ、私に?」


「安心して、毒は入っていないから」


 すぐに自室へ戻ってきたモノクロの手には、二つのお皿が乗せられている。

 戦いを終えた海里華を労うように、簡単なスープをこしらえてくれたのだ。

 海里華の目の前で毒見をしようとカップに口をつけたが、海里華はモノクロが口をつける前にカップを手に取った。

 モノクロは少し驚いたような顔をして、壊れた人形のように首をかくんと傾げる。


「……そんな、不思議そうな顔で見つめないでよ。私は別にアンタを敵とは思ってないの。遥香と戦ってるとことか、黒音を治療してるとこを見て分かったけど、アンタは人が食べるものに毒を盛るような人じゃない」


「さっきまで争っていたのに……何故そんなことが言い切れるの……?」


「アンタ達〈tutelary〉や四大チームのこと、少し勘違いしてたのよ。力任せに他の契約者をビビらせてるって思ってたけど、実際に戦ってみれば実は私達と何ら変わらない。だから信じる為の理由も疑う必要も要らなくなった」


 宝石のように大きくてくりくりの瞳に驚きを蓄えて、モノクロは海里華の言葉が理解出来ず俯いた。

 だが海里華はモノクロと同じように、自分を信用してもらう為に何の躊躇いもなくスープに口をつけた。

 さっぱりしていてとても滑らかで、誰かの為に作ってあげた愛情が感じられる。

 この子は感情がないわけでも、人を信用していないわけでは決してない。

 ただ臆病なだけだ。傷つくことが怖くて、傷つけることが怖くて心を閉ざしているだけ。


「ほら、アンタも飲みなさいよ。疲れてるのはお互い様でしょ?」


「……くす……ふふっ」


「やっと笑った。普段はどうか知んないけど、仲間の皆もアンタのそんな笑顔が見たいはずよ。だからもっと堂々としてなさい」


「……ありがとう、貴女のおかげで少し勇気が出た。黒音のこと、守ってあげてね」


「ったり前よ、何たって私は黒音の幼馴染みなんだから!」


 平らな胸を張って鼻息を荒くした海里華の声で、睡魔に囚われていた黒音はゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 部屋を照らす暖かいシャンデリアの光と、疲れた体を優しく受け止めてくれるふかふかのベッド、そして重たい頭を包んでくれている柔らかくも引き締まった膝枕の感触が──


「ん……んん……? エリ……?」


「あら、お目覚めね。体の調子はどう?」


「ああ……何とか動けそうだ……ここは、どこだ……? お前の部屋にしては、乙女チックだな……」


 寝ぼけた頭を無理矢理持ち上げ、海里華に支えてもらいながらベッドに腰かける黒音。

 辺りを見回した黒音の第一声がこれだ。

 苦笑している海里華をよそに、モノクロは黒音に背を向けて返答した。


「……乙女チックで悪かったわね……外傷以外はどこにも異常はなかった……もう動けるはず……」


「お前……誰だっけ、〈tutelary〉にはいなかったよな?」


「モノクロよ、遥香と戦った死神の子」


「死神……? 死神、死神……あっ、お前があのモノクロか!」


 治療してやった相手に乙女チックなどと言われて拗ねているのか、モノクロはその素顔を黒音に見せようとはしなかった。

 だが黒音はそんなことを気にする素振りもなく、ただ言うことを聞かない体に苛立ちをぶつけている。

 素顔を気にもしない黒音に、モノクロは試しにテーブルの上に置いていたリベリオンとトリーズンの収納されたホルスターを手に取ったが、黒音は身構えるどころかモノクロのことを見てすらいない。

 気づいているのにも関わらず。その反応は海里華にとってこそ何気ない普通の反応だが、モノクロにとってはそれがもっとも不思議でならなかった。


「どうして……? 私は神機を手に取ったのに……警戒しないの……?」


「ん、ああ。ごめん、見てなかった。だってお前、俺が深影と技をぶつけ合う時、自分のチームメートだけじゃなくてエリ達も守ろうとしてくれただろ? 自分の魔力のほとんどを費やしてまで」


 その時点でもう、モノクロに対する警戒心は取り払われていた。

 いやそもそも、戦う以前から〈tutelary〉に対する警戒心など皆無だったのだ。

 本当に相手を傷つけたり殺したりすることが目的ならば、守る以前に野戦の時点で殺されていただろう。


「逆の立場で考えてみろよ。殺そうと思ってる相手をわざわざ介抱するか?」


「……貴方は相変わらず……黒音……勝ってね……」


「ああ、お前の素顔は次会った時の為にとっとくよ。魔王に勝ったら俺にも素顔を見せてくれよ?」


「……勝てたらね……私も楽しみにしてる……貴方と面と向かって話せる機会を……」


 扉を開けずに転移魔方陣でその場から消失したモノクロを見送ると、黒音は海里華の肩にもたれ掛かりながら肺ごと吐き出す勢いでため息をついた。

 その理由を海里華はとっくに理解している。モノクロが神機を手に取ったことで緊張しているからではない。

 ただ"ああ言うタイプ"の契約者を相手にするのは、精神的に疲れるからだ。


「なー、何かアイツさ、どっかで見たことある気がするんだけど。エリはそんな気しなかったか?」


「奇遇ね、私もよ。それに悲しそうな時にする表情がアンタにそっくり……」


「やっぱりか……夢じゃ、ねえよな。俺、寝惚けてねえよな?」


「なら確かめに行く? 魔王を倒せばもう一回会えるんだから、その時に確かめればいいでしょ」


 薄々気づいていた。モノクロと初めて出会ったのは冥界。

 無謀にも、七つの大罪であるベルゼブブへ〈tutelary〉の情報を尋ねに伺った時だ。

 その時はまだベルゼブブが〈tutelary〉の死神と知らず、アズの顔見知りと言うことで会いに行っただけだったが。

 その時から何となくそんな感じはしていた。

 親近感だとか既視感だとか、そんな次元の話ではない。

 敢えて言葉にするならば──運命的。

 まるで神様が空虚に描いたシナリオのような、儚くて切なくて、ほろ苦い物語。


「これ、あの子が作ってくれたスープよ。飲める?」


「ああ、すげえ腹減ってる。いただきます……」


 まだ自由に動かない体の代わりに、海里華に口元へ運んでもらったスープは、とても懐かしい味がした。

 小さい頃、初めて作ったスープの味だ。


「美味しい……あーくそ……また目が霞んできやがった……まだ疲れてるのかもな……」


「ならもう少しだけ休んでいきましょ。ほら、特別に胸貸してあげるから」


 抱き抱えるようにして黒音の頭を両手で優しく受け止めた海里華、痛みではない震え、必死に嗚咽を圧し殺す黒音を。

 海里華はただ無言で抱き締め続けた。


「う……ぺったんこ……」


「うっさい……まあ、今回だけは許したげる」


 本来なら蹴飛ばしているところだが、今回は不問だ。

 しばらくして沸き上がる気持ちが収まると、黒音は再び海里華の膝に頭をおいて寝転がる。

 これから死ぬかもしれない戦いに挑まねばならないと言うのに、何とも緊張感に欠ける空間だ。


「はー……悪い、落ち着いた」


「もう、行けるの? もう少しだけ、休まない?」


「何だよ、俺が魔王に挑むのが恐いのか?」


「だって、死ぬかもしれないのよ? せっかくまた会えたのに……もう離れたく、ないの……」


「……大丈夫だ、俺はもういなくならない。ただでさえ頂点を極めるって目標のおかげで負けられねえってのに、俺はもう一つ契約者としての目標を見出だしちまった」


 今度は海里華が支えてもらう番。胸中をかき乱す焦燥感にも似た感情が海里華の思考を狂わせ、本音と建前の境目が曖昧になる。

 仲間としては黒音に悲願を達成してほしいし、六人で契約者の頂点を極めたいと本気で思っている。

 だが本当のことを言えばそれは建前。

 本音は危険なことはしてほしくないし、人間としての日常を送ってほしい。

 仲間でもあり友達である梓乃達とずっと他愛のない日々を過ごして、欲を言えば黒音と二人っきりでお出掛けとかもしたい。

 理想を膨らませれば限りはないが、それなら黒音はわざわざ契約者になる必要はなかった。

 記憶を失った時点で一人の人間として生きていく選択肢もあった。

 それでも黒音が契約者として魔王への挑戦を選んだのは、それほどの想いと覚悟があったからだ。

 記憶を失っても尚、その黒い炎が潰えることはない。


「ごめん、なさい……こんな時は、笑って送り出さなきゃね」


「ああ、それじゃあ先に梓乃のいるとこに戻っててくれ。俺をここに運ぶ前、そこを経由したはずだろ?」


「眠ってたくせに、何でもお見通しね。分かったわ、動けるようになったらアンタも広間に来てね」


 薄暗い地下研究室を壁伝いに歩き、梓乃達のいる広間へと戻った海里華。

 だが地下にいる間はいつまでも、その涙が止まることはなかった。

 その頃モノクロの自室で一人ベッドの上に座る黒音は、相変わらず後悔の念に押し潰されそうだった。


「……はあ……アズ、起きてるか?」


『うん、私の方はもう大丈夫だよ。黒音は?』


「ある程度は回復してる。でも完全にはほど遠いな」


『疲れはとれても、魔力とか体力はまだまだ回復出来てないしね……どうする? 一日あけてから挑む?』


「お前は目の前にスフォリアテッラが山盛りに積んであって、食べずに我慢出来るか?」


『んー……無理かな』


「俺も復讐相手がすぐそこにいるのに挑まず我慢なんて出来ねえよ」


 体が重い。未だに深影との戦いで受けたダメージが響いているようだ。

 だが元々死ぬ気でここまで来ている。相討ちになってでも必ず倒す覚悟ならある。

 黒音はテーブルの上で丁寧に畳まれていた制服の上着と、母から託されたコートを羽織ってモノクロの自室を後にした。


「行くのか?」


「深影……ああ、俺はその為にここに来たからな」


 地下研究室の入り口に、一冊の本を左手に抱えた深影が静かに佇んでいた。

 やはり深影も他のメンバーと同じく、回復力が高くもう自力でここまで歩いてきたようだ。

 深影は壁を伝って片足を引きずるように歩く黒音へ、一振りの剣を差し出した。


「……コイツを持っていけ。姉貴からだ」


「これはティソーナとコラーダ……いいのか、この二振りはお前と深陽さんの絆みたいなものだろ。もし俺が負けて、破壊でもされれば……」


「金輪際、敗北などと言う言葉は忘れろ。この俺に勝ったお前が、他の奴に負けるなど絶対に許さん。それが例え〈Strongester〉だろうが英雄だろうが、絶対だ」


「はは、無茶苦茶だな……でも、分かった。ティソーナとコラーダ、確かに借り受けたぜ」


「借り受けたなら、ちゃんと自分の手で返しにこい。そして、これは俺に勝利した戦利品だ。受けとれ」


 左手にティソーナを、右手にコラーダを持った黒音に、深影はもう一つの神機を押し付ける。

 それは長らく深影の戦闘を助け、戦術の核となり獅子奮迅の活躍を果たしてくれた人工神機イチイ・アーチェリーだ。


「それは返さなくていい。お前なら使いこなせるだろう」


「深影……ああ、ありがとな。次に戦う時はコイツの力で勝ってみせる」


「出来るものならやってみろ、返り討ちにしてやる。……魔王がいるのはこっちだ。ついてこい」


 深影に導かれて地下研究室を後にすると、薄暗い空間とは一転して高級感漂う城の中のような光景が黒音の視界へ飛び込んできた。

 いくつもの扉が立ち並ぶ廊下を真っ直ぐ突き抜け、突き当たりより一つ手前の扉を開けると、そこには大きな部屋と突き当たりに一枚の分厚い扉が待ち構えている。


「あの扉には直接転移魔方陣が展開されている。扉を潜ればその先に魔王がいる」


「この先……いよいよ、来たわけだな。それじゃ、行ってくる──」


「「待ってっ!」」


 突き当たりの扉へと一歩歩みを進めた瞬間、その瞬間を狙っていたかのようにぞろぞろと海里華達が流れ込んできた。

 先程までは妙に広く感じていた部屋も、十二人の契約者が集まったことで一気に狭く感じてしまう。


「皆……何だよ、ちょっくら魔王に勝って何食わぬ顔で帰ってこようと思ったのに」


「バカ、自分の悲願が達成されるかもって時に、一声くらいかけていきなさいよ」


「黒音君の大切な一戦、皆で見送るんだって決めてたんだ。ほら、カストルとボルックスだよ」


「あなたを、あなただけを信じていますから。ヒルデさんとグリムさんを託しましたよ」


 梓乃からはジェミニクスのペアを、璃斗からはヒルデ・グリムを受け取った黒音。

 カストルにボルックス、ヒルデ・グリムには予め梓乃と璃斗のエネルギーが込められていて、常に臨戦状態。

 梓乃達は神機だけでなく、僅かに回復したエネルギーまでを込めて託してくれたのだ。


「私の気持ちを、アダマスを連れていって。今のあなたなら、進化したこの子を使いこなしてくれるはず」


「私達も広間で見守ってるから、しっかり頑張ってきてね。ほら、この子達を持っていって」


 遥香からは人工神機ロンゴミアントを吸収して進化を遂げたクロノ・アダマスを、焔からは早急に復元したクラウ・ソラス、そして焔の新たな力であるグラムを受け取った。

 梓乃のジェミニクスと璃斗のヒルデ・グリム同様、二人も回復したばかりのエネルギーをほとんど費やしてくれている。


「この子達を貸してあげるから、もう待たせないでよね。覚悟決めたなら行ってこい!」


 最後に海里華からは、理想を貫く神機トリアイナと真実を貫く神機トライデントが託された。

 強引に振り向かされた背中に五人の平手が炸裂すると、黒音はちょっぴり涙目になりながらその場を後にした。

 黒音の目の前に立ち塞がるのは、抗いがたい威圧感を放つ一枚の扉。

 そのドアノブにゆっくりと力を込め、力んだ腕で扉の先を解き放った。

 皆の声はもう届かない。次元の狭間を潜り、別の空間へと飛ばされている最中だ。

 じんじんと痛みを長引かせる五つの平手の感触、その痛みが五人と繋がっているようで、とても安心する。

 やがて次元の狭間を抜けた先に、黒音はとうとう到着した。

 薄暗い空間、だがモノクロの地下研究室と違って尋常ではない禍々しさを放っている。

 魔王と言う名に相応しい、ラスボスに相応しい雰囲気だ。


「アズ、感じるか?」


『うん、ヤバい雰囲気がビンビン伝わってくる……』


「今更なこと聞くけどさ……お前は俺と契約してよかったか?」


『ほんと今更だね。聞くまでもないよ。私が黒音を選んで、黒音が私を選んでくれた。その時点で私達は最高のパートナーだよ』


「そうだな、俺達は出逢うべくして出会ったのかもな。そんなロマンチックな運命……ここで終わらせるのは勿体ねえよな」


『なら絶対勝たなきゃね、皆に託されちゃったし』


 黒い通路をただひたすら真っ直ぐに進み、殺風景な空間が今までに辿ってきた道のりを思い出させてくれる。

 海里華と出会ってチームを目標に目標に掲げ、梓乃と出会って魔王に挑む為の力を得て、璃斗と出会って自分の価値と意味を肯定され、遥香と出会って自分の無力と仲間の存在を認識し、焔と出会って限界を完全に超越した。

 今まで辿ってきた道のりが、今まで失ってきたものが、今まで得てきたものが、すべてが黒音をこの場所に導いた。

 たった一人では辿り着くことは愚か、深影と戦うことすら叶わなかった。


「……よく来たな」


 長い通路の最奥部、禍々しい気配が最高に高まった瞬間、黒音の目の前には正方形の巨大なフィールドが広がっていた。

 その形状の為、深影達と戦ったフィールドよりは二回りほど狭くはなっているが、差しで戦うには十分な広さだ。

 そしてその中央、薄く透き通った階段の上にぽつりと浮き上がっている玉座には、すでにパートナーと一体化した姿で待ち構える魔王の姿があった。


「ああ、随分待たせたな……覚悟はとっくに決めた。面倒な前置きもいい。とっとと始めようぜ」


「気の早い奴だな……だが我も同じ気持ちだ」


 ロールプレイングゲームの最終章、威圧感に満ちた風貌で待ち構える魔王は余裕たっぷりに勇者を見下ろしている。

 だが残念ながら、この勇者はすでに悪魔に魂を売っている。

 そして同時に同じ魔王の血を体に流している、いわば同じ魔王の血統。

 これは勇者と魔王の戦いではない、自分のすべてを懸けた魔王と魔王の戦いだ。


「アズ、行くぞ。これが最後にならないよう気合い入れろ」


『黒音こそ、間違っても刺し違えるなんて考えないでよね』


 思考をリセットする深呼吸を一つ、パートナーと手を取り合った二人は腹の底で煮えたぎる魔力を胸の奥に秘め、静かに闘志を燃やし始める。

 互いの視線が交わった瞬間、アズは黒音の体を後ろから抱きしめた。

 温かくも冷たい、優しくも痛い、儚い運命のシナリオで踊る二人の悪魔と人間は、心を結び合わせた。

 黒音の体に吸い込まれるように溶け込んだアズは自身の体を甲冑へと変化させ、黒音は自分を中心に渦巻く甲冑のパーツの中で手足を大きく伸ばし、足のつま先から指の先、首の付け根までに明るい黒のスーツをまとった。

 その上から少女が変身した黒のパーツが包んでいき、黒音の体がどんどん黒く染められていく。

 黒いパーツのほとんどが黒音の体を覆い終える時、黒音は金色のラインが浮かび上がる漆黒の甲冑に身を包んでいた。

 最後に黒音の頭を漆黒のフルヘルムが覆うと、額の下から覗く二つのレンズが意思を灯したように紅く発光した。


「俺の元に来ることを許そう、レーヴァテイン」


 黒音の真正面に落雷するように招来したのは、魔神殺しの異名を持つ魔剣レーヴァテイン。

 黒音は自分の足元に突き刺さっているレーヴァテインの剣を引き抜き、同時に左腕を正面に差し出した。

 するとどこからともなく白銀の吹雪が黒音の左腕を包み込み、円盤のような盾を装着させる。

 九つの鍵穴が埋め込まれたその円盤は、レーヴァテインの盾だ。


「終わりを始めよう……リミットブレイク」


 その言葉を口にした瞬間、黒音の右手に携えられていたレーヴァテインの剣が光と粒子となって消え去り、黒音の左腕に装着されたレーヴァテインの盾が、剥がれ落ちるようにその姿を現した。

 外見は円形から五角形となり、九つあった鍵穴は中心へと集中している。

 黒音は盾に差し込まれたレーヴァテインの本体である剣を抜き取り、それを天に掲げた。

 レーヴァテインを突き上げた黒音の身を包む甲冑の表面が弾け飛び、濃密な瘴気が黒音を包み込む。

 淡い光に包まれた黒音は、己の身を包む甲冑を振り払った。

 新たに黒音の体を包む甲冑は、起伏がなく空気抵抗の少ないフレームだった。

 だが黒音の頭上に展開された魔方陣から、次々と甲冑のパーツが落ちてくる。

 甲冑のパーツはそれぞれ決まった場所に装着され、黒音の全身は重厚な鎧に包まれた。

 最後に黒音の頭部を魔力のベールが覆うと、黒いフレームの上に金色の仮面を被ったようなフルヘルムが頭部に装着される。


「終焉の魔帝……リミットブレイカー、ネロ・デチェッソ」


 最初から全力の中の全力、一体化からリミットブレイクまでを一気に済ませると、黒音は仲間から託されたすべての神機をすべて一気に展開した。

 海里華のトリアイナ、トライデント、梓乃とセリューのカストルとボルックス、璃斗のヒルデ・グリム、遥香のクロノ・アダマス、焔のクララとグラム、深陽のティソーナとコラーダ、そして深影のイチイ・アーチェリー。

 黒音のレーヴァテインを合わせて計十二の神機がこの場に集結したその光景は、まさに圧巻の一言だった。


「ほう……よくこれだけの神機を集めたな……」


「俺が集めたんじゃねえ。俺の仲間が自分の覚悟をぶつけて契約した神機、それを俺に託してくれたんだ」


「それはイチイか……深影の神機までもを……」


「アイツと俺はライバルだからな。さあ、お喋りはこれで終わりだ。今までずっと溜め続けてきた恨み……ここで晴らさせてもらう」


 レーヴァテインの放つ煌めきを軸に、十一の神機が一斉に輝きを放ち始めた。

 そしてその様子を見守っていた海里華達と〈tutelary〉のいる大広間でも、その異変は広がり始めていた。


「黒音、いきなり自分の手札を全部さらけ出すなんて……」


「いや、間違ってはいない。俺も見たことはないが、魔王の血統は他人の神機すらも自分のものとして使える能力がある。つまり所有している神機の数はその者の強さに直結すると言ってもいい」


「それを全部さらけ出すってことは、魔王に対して大きな牽制になるからね。それに僕の知る限り、魔王様の持っている神機の数はたった一つ。これは大きなアドバンテージだよ」


 ただ深影の経験と白夜の知識で想定出来る問題があるとすれば、二つ。

 同じ魔王で、他人の神機を使える能力を持っている者同士ならば、当然相手の所有している神機を奪うことも可能だ。

 詰まるところ、魔王同士の戦いでもっとも重要になってくるのは、神機の奪い合いを制する支配力。


「あ、あの、深影さんっ」


「愛梨、どうした? 紅茶をいれに行ったんじゃ──」


「私のっ……私のクトネシリカかおかしいんです!」


 必死の形相で広間に戻ってきたかと思えば、愛梨は巨大な剣の神機クトネシリカを必死に押さえ込んでいるように見えた。

 どうやらクトネシリカが愛梨の支配権を逃れて暴走しているらしい。


「まさか、魔王様と黒音君の戦いに呼ばれている……?」


「あっ、クトネシリカっ!」


 ついに愛梨の手から離れたクトネシリカは、魔王と黒音がいる暗黒域へと引き寄せられた。

 それに同調してか、優の意思に関係なくその場に現れたオヴェリスクに、コロナの体内にあるはずのアムリタまでもが実体化して大広間を飛び出す。


「白夜、これは共鳴現象だ。お前のフラガラッハは──」


「残念ながら、すでにいなくなってたようだよ。今ジブリールに確認を頼んだけど、部屋においてあったフラガラッハが消えてるらしい」


「バカな……ここから暗黒域までは転移魔方陣を経由するほど離れている。なのに白夜達の神機がこれほどまでの引力で引き寄せられるとは……」


「フライクーゲルは、アンタの神機は大丈夫なの?」


「フライクーゲル……? おい、フライクーゲル、いるか?」


『な、何とかっ……でもっ……ダメ、抗えないっ……!』


 唯一暗黒域に引き寄せられることなく深影の元にいたフライクーゲルすらも、二人の魔王の引力には抗えない。

 深影は必死にフライクーゲルを押さえるものの、黒音との戦いで負った疲労が原因でフライクーゲルを手放してしまう。

 ついにモノクロを除く〈tutelary〉の神機がすべて暗黒域へと吸収され、広間に静寂が訪れる。


「これで……暗黒域に集合した神機は合計で二十……おい、お前達のもっている神機は黒音に渡した分ですべてか? まだあるなら厳重に保管しておけ。黒音の力になるならまだしも、魔王に奪われでもすれば勝ち目は皆無に等しくなる」


「私はトライデントとトリアイナの二つだけよ」


「わう、私は後一つ、ヴァジュラって神機が……」


「私はヒルデさんとグリムさんとしか契約してませぇん」


「私も同じく……アダマスとしか契約してない」


「私は生物系の神機でラボーテが一体……」


「暗黒域に行っていない神機はモノクロの神機を合わせて後四つか、だが逆に言えば暗黒域にはすでに十八もの神機が集結したことになる」


 二人の魔王に導かれ集結した神機達は、一斉にあるべき場所へと引き寄せられた。

 黒音の背後から現れたのは〈tutelary〉の神機、クトネシリカ、オヴェリスク、アムリタ、フラガラッハ、フライクーゲル。

 さらに魔王が指先を軽く振った瞬間、黒音の元にあった深陽の神機であるティソーナとコラーダの支配権までもが奪われてしまう。

 決して気を抜いていたわけではない。すべての神機に意識を集中していたし、奪われることも想定していた。

 だがそれでも魔王の支配力は絶対的なもので、恐らく魔王が望めばレーヴァテインを含めたすべての神機を奪われることもあり得ない話ではない。


「これで所有している神機の数は我が八……お前が十となった」


「野郎……開始早々にやってくれるぜ」


 だがそれでも神機の数は依然、黒音の方が二つ上回っている。

 いつ揺らぎ崩れるかもしれないこの危うい均衡の中で、先に仕掛けたのはやはり黒音の方だった。

 少しでも優勢な点があれば、あるうちに勝負をかける。

 そして黒音は理解している。そうでもしなければコイツとまともに戦うことは出来ないと。


「先陣はお前達だ、カストル、ボルックス!」


『任せてよ、黒音君っ!』


『必ず貴方の力になってみせる』


 存在する神機の祖先とも言われる十二宮神機とも、一瞬で心を通わせる黒音。

 そこには魔王の力などは一切介入していない、ただ黒音の底無しに一直線な人柄が、直向きなその姿が神機の心に響いた。ただそれだけのことだ。


「死の匣で躍る白銀の少女よ、堅牢なる扉を解き放て。〈解錠〉!!」


 黒音が一番最初に手に入れたレーヴァテインの鍵、生物なら瞬時に細胞すべてを焼き尽くされて消滅するであろう圧倒的な電圧。

 暗黒域を真っ白へと染め上げる電流の嵐はやがて中心へと収縮し、カストルとボルックスを空中に放り投げた黒音の姿を覆い隠した。


「……っ……バカな……はは、まさかね……」


「どうした? 気でも違えたか?」


「ああ、事実だとすればね。今一瞬、黒音君を見失ったよ」


「見失う、だと? お前が出せる、いや知覚出来る最高速度は?」


「単位に変換して正確に測ったことはないけど……最高まで加速すれば音速は余裕で越えるよ」


 全生物中最速とさえ言っても過言ではない絶対的スピードを誇る白夜をして、画面越しに見失うほどの黒音のスピード。

 神の腕を食い千切り、神を飲み込んだ最強の狼、天にも届くその咆哮は稲妻となって黒音を包み込んだ。

 

「暗雲立ち込む空に緑の霆を刻め……〈緑の霆(ボルテクス)〉!!」


 濃密な電気が流動し翡翠色に発光するフレームに、黒曜石のようなパーツが重ねられた妖艶な甲冑。

 光と闇が交錯するその姿は、レーヴァテインまでもを緑と黒に塗り替える。

 稲妻のように荒々しく形状変化した薄緑のフレームと、雷属性以外の錠前を覆う漆黒のカバー。

 肩甲骨の辺りから不規則に閃光を放つ電流の義腕を二本展開した黒音は、空中で舞うカストルとボルックスを義腕で掴み取った。


「梓乃の圧倒的なパワーとセリューの精密な動き、そして二人の持つスピードを取り込んだ俺についてこれるか?」


 本来の自分の両手でレーヴァテインの柄を握りしめると、黒音は三刀流となって魔王へ牙を剥いた。

 黒音が地面を踏み抜くとほぼ同時に背後の義碗がカストルとボルックスの刀身をクロスさせ、黒音もそれに合わせてレーヴァテインを振るう。

 不可視のスピードから繰り出される三刀流の連撃は、本家本元である梓乃のこめかみに汗を伝わせた。


「神機奥義!! 〈友情の翡翠葛(ジェードバイン)〉!!」


 まるで重力に逆らって逆巻く花びらのように、天へ向かって迸る雷の蕾はターゲットと激突した瞬間に開花した。

 暗黒域に瞬く無数の閃光の回数は、三振りの剣が振り下ろされ切り上げた回数と比例する。

 数えることが馬鹿らしくなるほどの閃光と剣撃、誰もが決着を確信する瞬間、その閃光が唐突に終わりを告げた。


「良い判断力だ……流石と言うべきか……」


「白夜のフラガラッハ……貴様、この期に及んで魔王同士の戦いを邪魔するとは……」


「む、無茶言わないでよ深影君、僕は自分の意思とは関係なくフラガラッハを奪われたんだから」


 フラガラッハの特性、触れた者のエネルギーを半分にし、その半分を吸い取る反則的なもの。

 だが黒音は間一髪フラガラッハに触れることなくその場から立ち退き、魔王と距離を取った。


「黒音が敗北する条件は数え切れないが、黒音が勝利する条件は恐らく二つ。黒音が魔王の支配力を上回るか、それとも支配力に関係ない方法で魔王を下すか……」


「例えば、どう言うこと?」


「今の黒音が支配力を上回ることはまず不可能と言ってもいい。魔王としての器の大きさが違うからな。後者、支配力に関係のない方法だが、こればかりは正直俺にも分からん」


 いかんせん、魔王同士の戦いを目撃するのは全員、これが初めてである。

 支配力が鍵になると言うことも、支配出来るものが神機(・・・・・・・・・・)だけとも限らない(・・・・・・・・)と言うこともただの憶測でしかない。

 

「ただ一つ分かることと言えば……確実に黒音の身に何かが起こると言うことだ。緑那 梓乃、お前とヨルムンガンドが衝突した時のようにな」


「同族同士の戦いだから……弱い方が暴走するとか……?」


「二度言うが、こればかりは俺にも分からん。神すらも知らん、魔王のみぞ知ることだ」


 たった一手で黒音の攻撃を止めた魔王は、未だに攻撃するどころか警戒体勢にすら入っていない。

 負ける心配など論外、勝つことは息をすることと同等。

 ただ差し向ければいいのだ、手持ちの神機を。

 たったそれだけのことで、黒音の動きなど容易く止められる。


「どうした……? もう終わりか……?」


「テンプレなセリフ吐いてんじゃねえよ。これからに決まってんだろ、ヒルデ・グリム!」


『待ってたわ、任せて』


『悪い魔王なんてぶっ倒すぞ!』


「死の匣で躍る白銀の少女よ、堅牢なる扉を解き放て。〈解錠〉!!」


 隆起する地面の中心で、黒音は大地に拳を突き立てた。

 万物を跳ね返す強度と受け止める柔軟性を兼ね備えた変幻自在の大地。

 左腕の盾と連結したヒルデ・グリムより放たれる創造の力が、電流を纏う黒音の体を黄金の大地に君臨させる。


「枯れた命に黄の恵みを授けよ……〈黄の巌(ロック)〉!!」


 黒音が身に纏う黄金と漆黒の甲冑はカラーリングの割合が逆転し、黄金のラインは漆黒へと、漆黒のアーマーは黄金へと変化した。

 大地の重圧を体現したかのような分厚いアーマーは黄金の光を帯びて二回りほど縮んで凝縮し、強度を限界まで高める。

 ダイヤモンドすら比較にならないほどの硬度と、空気よりも軽い機動力を両立させた普通ではありえない物質の甲冑。

 纏う甲冑とは逆にレーヴァテインと連結して、ヒルデ・グリムは二倍近く大きくなった。

 ヒルデ・グリムと連結したレーヴァテイン、レーヴァテイン・ロックをぶつけ合わせて再び大地に降り立つ。


「さっきはフラガラッハを盾にして防げたが、二度も同じ手を食うと思うなよ」


 梓乃とセリューの力、霆の鍵を使った時のようにレーヴァテイン・ロックを黄と黒に染め上がった。

 鬼の装束を彷彿とさせるその黄と黒のストライプ柄は、反り返ったエッジを突きだして大地の怒りを表している。


「ふむ……まだ未完成か……」


「なに? 今なんつった? 俺のことを未完成だって言ったのか? なら未完成かどうかその体で試してみろよ」


「自覚していない所がまた幼い……神機が泣いているぞ……」


「テメェは何言ってやがる、俺は神機と心を通わせてる。テメェも魔王ならそれくらい分かるだろ!」


「理解した気になっているだけだ……お前はまだ幼い……」


「ふざけるな……神機奥義!! 〈高潔の山梔子(ガーデニア)〉!!」


 どんな神機とも、それこそ敵の神機ですら使いこなし心を通わせる黒音の力のどこが未完成なのか。

 白夜にすらも分からない、魔王の御心が。その言葉の意味が。

 だが今の黒音に出せるのはこれがすべて、これが全力なのだ。

 黒音は自らの体を押し上げる地面とともに魔王へ肉薄し、ヒルデ・グリムの特性をレーヴァテインで引き上げて自分のコピーを無数に作り出した。

 コピーと本体、接近する段階でその外見には不釣り合いな圧倒的スピードで立ち位置を入れ換え、本体の居場所を隠す。

 木を隠すなら森の中、これならばフラガラッハに触れられてもコピーが攻撃出来る。


「小賢しい……〈灼熱の大国(ムスペルヘイム)〉……」


 だがそれは考えが甘かった。魔王がフラガラッハを差し向けたのは単体でかつスピードが速かった為。

 だが今度は目視で追えるスピード、ならば一度にすべてを攻撃してしまえばいい。

 魔王の右腕より差し向けられた陽炎が黒音のコピーを飲み込んでねじ曲げ、本体の黒音をも塗り替えようと火を噴いた。


「コイツっ……レーヴァテイン!!」


 〈灼熱の大国〉の威力をレーヴァテインの特性で跳ね返し、再び距離を取った黒音。

 攻めあぐねている。このままでは一向にまともな戦いと言うものが出来ないし、そも魔王の力量を測ることが出来ない。


「やはりそんなものか……」


「ケッ……いつまでふんぞり返ってやがる? いい加減そっちからも攻撃してこいよ」


「……もうしている」


「何だって? いつ、どうやって攻撃したと──」


「ダメ、未愛さん避けてっ!」


 画面越しに叫ぶ愛梨の声が届いたのか、それとも黒音のずば抜けたセンスがそうさせたのか。

 黒音はまた間一髪身を翻して背後から振り下ろされたクトネシリカの一撃を、レーヴァテインの刃を添わせることで威力をいなしてかわした。


「クトネシリカの攻撃力は特性を除けば、オヴェリスクさえも大きく上回る攻撃力を持つ。あれをまともに受ければ致命傷どころか一撃で勝負が終わっていただろう」


「でも、依然不利に変わりはないよ。魔王様はいつだって黒音君の神機を奪うことが出来るんだからね」


「どうする黒音、俺に勝利したその力を、可能性を……見せてみろ」


「仕方ねえか……来い、クロノ・アダマス!」


『やっと私の出番だね、上手く使ってよ黒音っち!』


 ここでもっとも有力な鍵を使うことは自分の底を見せてしまうことなのであまりしたくはなかったが、ここまで容易に防がれてしまっては出すしかあるまい。

 死神の力を司る遥香の鍵、こればかりは未だに誰も対策を生み出せないほどの高性能を誇っている。


「死の匣で躍る白銀の少女よ、堅牢なる扉を解き放て。〈解錠〉!!」


 悪魔の域を超越する為の、文字通り扉を開く鍵。

 渦巻く雲の中心で黒音はレーヴァテインを盾に収納し、進化したアダマスを回転させることでエネルギーを増幅させた。

 恐らくこれまでに発動したことがないようなほど莫大なエネルギーが黒音を包み、黒音の限界をさらに引き伸ばしている。


「……おい白夜、お前はレーヴァテインについてどこまで知っている?」


「そうだね、生成した鍵は使えば使うほど練度が増してその性能を上昇させるってことくらいまでかな」


「やはりか……レーヴァテインは魔王のみが使える神機ではなく、厳密にはレーヴァテインの性能を引き伸ばすことが出来るのが魔王のみと言うことだな」


「レーヴァテインが他の神機と連結しているところを見てあの情報にも信憑性が増したね。レーヴァテインはその形状を使う契約者に合わせて変化させている、と言う情報だよ」


「神機が術者に合わせ、ともに成長すると言うことか。まさにあの男にピッタリじゃないか」


 一人では何も出来ない、一機では平凡な能力しか持たない。

 だが仲間と力を合わせることで、他の神機と連結することで本来の力を発揮する。

 ただでさえ伸び代が見えない天賦の才能を秘めていると言うのにあの野郎は、これからまだまだ神機とともに成長するのだ。

 しかも強敵と戦えば戦うほど、その成長スピードは際限なく増していく。


「脆弱なる天を紫の雲で鎮めよ……〈紫の霞(フォスキーア)〉!!」


 盾に納めたレーヴァテインを再び引き抜いた黒音は、レーヴァテインの刀身をアダマスの三日月の刃に重ねて連結させる。

 アダマスと繋がったレーヴァテインはその刀身、盾を渦巻く薄紫と漆黒の紋様に己を染め上げた。

 大空を悠々と漂う雲を表す丸みを帯びた形状とは裏腹に、黒音の纏う甲冑は大鎌のように禍々しく変貌を遂げる。

 黒と紫のコントラストが鮮やかなプレートは、触れれば切れてしまいそうなほど鋭利な刃物を思わせる殺気を放っていた。

 船の船首にも似た出っ張った胸の装甲、その左右下部には手のひらサイズのターボが組み込まれており、薄紫のリングを展開して黒音のボディを常に空中へ浮上させている。

 背中には大鎌の刃が何枚も重なって構成された加速性能のある多関節の翼、血で染まったような真っ赤なマント。

 右手にアダマスと連結したレーヴァテイン、レーヴァテイン・フォスキーアを携えると、死神へと変貌した黒音は刃の翼の推進力を全開にして魔王へ突っ込んだ。


「バカ、何やってんのよ!? いくら遥香の力だからって、そんな真正面から行っても──」


「大丈夫、私の力なら十分通用するわ。それに、黒音は無策なんかじゃない」


「レーヴァテイン・フォスキーア、神機奥義!!」


 ロンゴミアントを吸収し、レーヴァテインとも連結したアダマスの性能は今やすべての神機の中でもトップクラスの性能を誇る。

 さらに幾度となく黒音に使い込まれたことにより、鍵の練度も相当に高まっている。

 今ならば大樹化したアイゼルネさえも、一撃で吹き飛ばせるほどの威力を秘めた超特大の積乱雲が放てるはずだ。


「どうなっても知らねえぞ!! 〈決意の薫衣草(ラヴァンドラ)〉!!」


 足元にも天井にも壁にも、暗黒域のすべてを這う無数のつぼみが、養分を吸い上げているように膨れ上がる。

 そのつぼみの根っこは無論、黒音とアダマス。

 小さな花びらが徐々に開花していき、顔を出そうとしたその瞬間、満点の星空となんら大差ないほどの莫大な量の花びらが、空間全体で大爆発を起こした。

 暗黒域全体に広がる小さなつぼみ一つ一つが、遥香の放つ〈超巨大積乱雲(スーパーセル)〉と同等の威力を秘めた爆弾だとすれば。

 黒音はその威力に巻き込まれないよう雲属性の力で肉体を雲へと変換し、爆発の衝撃を逃れる。

 だが魔王は再びフラガラッハでその爆発を切り裂き、威力を半減させようとしたが、ふいにその行動が止まった。


「これは……まさか……」


 永遠に続くのかと思うほど長く、果たして暗黒域はその形状を保つことが出来るのかと言うほどデタラメな威力。

 ただの一発でさえ天災級の威力なのに、それを何千何万と同時に放つなどまず考えられない。

 いや考えついたとしてもそれを実行しようと思う黒音の行動力に、真っ白になった画面を眺めている一同はただ、感心するしかなかった。


「やったか……? いや流石にやったよな……」


『こ、これで終わらなきゃ本当に、マズいよ……』


 やがて五分から十分くらい経っただろうか、爆発が終わりようやく実体を取り戻した黒音は、魔力のほとんどを使い尽くした疲労で膝をつく。

 黒音にとってこれが最終兵器、深影との戦いでこれを使わなかったのは、すべてを巻き込んで怪我人どころか死者を出しかねなかったからだ。


「下手をすれば自分も消滅しかねない、まさに最終兵器か」


「まさかフラガラッハでも防ぎきれない一撃があるとはね。今の一撃で、彼は本当に僕を越えたね。あんなのとても防ぎきれる自信ないもん」


「呆気ないものね、アンタ達の主って言うくらいだからもっと手こずるかと思ったけど」


 アダマスとの連結を解いたレーヴァテイン、ともに盾から霞の鍵を引き抜いた黒音。

 梓乃と璃斗の鍵が通用しなかった時はどうしようかと思ったが、案外どうにかなるものだ。

 それほどまでに今の黒音は強く──


「……何を勝った気でいる……?」


 まさに鳥肌が立った。その場にいない〈tutelary〉や海里華達の背筋にも寒気が走った。

 まさかと、脳が理解することを拒む。まさか、あれほどの攻撃を食らってもまだ、生きていられるのか。

 戦闘を続行することが可能なのか。

 爆発の硝煙が収まり視界が戻ると、そこには三つの神機を展開する魔王の姿があった。

 魔王が先ほどの大爆発を防ぐ為に用いた神機は白夜のフラガラッハ、優のオヴェリスク、そしてモノクロのリベリオン!


「神機の特性を、三段階に分けて使用することであの大爆発を防いだと言うのか……!?」


 フラガラッハで大爆発のエネルギーを半分に、オヴェリスクで空間を破壊して爆発の火力を逃がし、最終的に弱まった爆発をモノクロのリベリオンが放つレーザーで弾き飛ばしたのだ。

 白夜と優とモノクロが、三人協力したとしても防げなかっただろう。

 だがその神機を魔王が使うことで、神機はその性能の限界をさらに引き伸ばす。


「嘘、だ……あの爆発を、防ぎ切るなんて……アズ、魔力は……」


『も、もうほとんど残ってないよ……〈解錠〉は出来るかもしれないけど、三回くらいが限界かも……それに今みたいな大技を放つだけの残量は……』


「ここまで、なのか……? ここで負けてしまうのか……? 貴様の底力はそんなものではないだろう……!!」


 遥香の攻撃力さえも通用しなかったとなれば、もはや黒音に打つ手段はない。

 海里華の力も焔の力も、確かに強力ではあるが遥香の攻撃力に比べれば見劣りしてしまう。

 残っているのは深影から貰い受けた人工神機イチイ・アーチェリーのみ。

 そして魔王の手札にはとうとう〈tutelary〉全員の神機が集結してしまった。

 一発逆転を狙える神機、深陽のティソーナとコラーダを手放してしまった今、もはや逆転のすべは、ない。


「黒音! 私の神機がっ……」


「モノクロ! 来るな、コイツはお前の神機も──」


「よそ見をするな……トリーズン……」


 魔王が触れることなく特性を発動したトリーズン、深影と同じ特性である〈次元歪曲〉は黒音の胴体を真っ二つに引き裂かんとその牙を剥いた。

 だがそれを黒音よりも早く察知したモノクロは、すぐさまベルゼブブと一体化してトリーズンの支配権に割り込んで妨害する。

 取り返すまでには至らなくとも、支配権を争ってその特性を妨害することは可能だ。

 ただしそれが出来るのはその神機と契約している契約者か、すべての神機の支配権を得ることが出来る魔王だけだ。


「黒音、今貴方の手元にある神機はいくつ?」


「俺のレーヴァテイン、サブの神機のザンナ、サンティ……ダーインスレイヴとアイギスを含めて十二だ」


「なら半分を貸して。私も一緒に戦う」


「何言ってんだ、アイツは危険すぎる……お前を戦わせるなんて……」


「大丈夫、私はそんなに柔じゃない。一緒に母さんの仇を討とう」


「……分かった。でも俺のことは庇うな。互いを庇って全滅したら元も子もねえ」


 黒音が支配する神機はレーヴァテイン、トライデント、ボルックス、ヒルデ・グリム、クロノ・アダマス、クララ。

 モノクロが支配する神機はトリアイナ、カストル、グラム、ザンナ、サンティ、イチイ・アーチェリー。

 それぞれ十二の神機を半分に分担して支配し、黒音とモノクロは肩を並べた。


「モノクロ……我に牙を剥くか……?」


「黒音と出会えた以上、もう貴方に仕える意味はない。貴方もこうなることは知っていたはず」


「ふふ……ハハハッ……違いない。ならばかかってくるがいい。希望など二度と抱かないよう完膚なきまでに叩き潰してやる」


 笑った、あの魔王が。両手を広げて、腹の底から。

 仲間とともに辿り着いた勇者を倒さんと憚るように。


「何がおかしいんだ、クソッタレが」


「私が守るべきはもう貴方じゃない」


「いくらテメェが強かろうが、二人の魔王を相手にそう余裕をこいてられると思うなよ」


「誇り高き魔王と魔后の覚悟……その身を以て思い知りなさい」


 不思議と誰かと協力し合うとどこからか力が湧いてくる。

 やっぱり俺はどこまで行っても、誰かの力を借りないと戦えない半人前のようだ。

 まず魔王に勝つ為の最初のプロセスは、モノクロの神機リベリオンとトリーズンを取り返す。

 その為には片方が囮となって魔王の注意と戦力を引き、もう片方が支配権を奪うしかない。


「俺が囮になる。契約してる分、お前の方が支配権の争奪戦には有利なはずだ」


「気を付けて、あの男相手に石橋を叩きすぎるなんてことは絶対にないんだから」


 作戦が決まれば即行動、モノクロは右から、黒音は左から地面を蹴って魔王へ急接近する。

 黒音が展開したのはクロノ・アダマスに続いて攻撃力の高い梓乃のボルックスと焔のクララ。

 カストルは初期から攻撃力が高く、クララは時間経過とともにそのエネルギーを倍加させていく。

 最速で動ける霆の鍵を再び使い、クララのエネルギーが溜まり切るまで時間を稼ぎながら魔王の注意を引く。


「テメェの相手は俺だ! 今度は止められねえぞ!!」


 黒音が囮になって時間を稼いでいる間、モノクロはリベリオンとトリーズンに意識を注いで魔力を高め、気づかれないよう立ち回る。

 一瞬の隙をついても奪い返せるかどうか。

 だが黒音が十分に意識をそらしてくれれば、それだけで十分だ。


「お願い、貴方達……さっきまで敵だった私だけど……どうか力を貸して」


 モノクロは黒音から借り受けた神機達に、自分の心を伝えるべく祈りを込めた。

 モノクロが魔王からリベリオンとトリーズンを取り返すプロセス、まずは神機達に十分な魔力を送り展開する。

 まず最初に先陣を切る神機は痛覚に直接ダメージを与えるザンナと注いだ魔力を何倍にも増幅させるグラム。

 瞬間的な攻撃力はこの二振りがもっとも高い。

 先ほどまでは近づくことさえも出来なかった魔王だが、雷属性のスピードと攻撃力をものにした黒音はフラガラッハに触れることなく魔王に接触し、カストルとクララで打ち合いに持ち込む。


「モノクロちゃん、まさか君が魔王様に反逆するなんて……」


「リベリオンにトリーズン……どちらも反逆の意味を持つ名前だ。モノクロは元より魔王を裏切る気でいたのだろう」


「ねえ兄貴、貴方が魔王に仕えようと思ったのは何故?」


「僕は名声が欲しかったんだよ。名前が広がれば君と再会出来ると思ったからね」


 そして実際、白夜は四大チームの一角、〈tutelary〉のリーダーとして名を広め、焔と再会することが出来た。

 だが出会えた今はもはやその名声も必要のないものとなってしまったわけだが。


「他の皆はどうなの?」


「コロナと優は居場所がなくて、白夜ちゃんに拾われたから」


「私も同じく、白夜さんにチームに誘われたので」


「俺は魔王に挑み敗北した。その対価として従っているだけだ」


「なんだ、じゃあアンタ達、誰もあの魔王に好きで付き従ってるわけじゃないんじゃない」


 ただ仕方なく、寄り道程度(・・・・・)の気持ちでいるだけに過ぎないと言うことだ。

 だから白夜も深影も敵だった黒音の背中を押し、応援した。

 〈tutelary〉にとって、魔王を応援することは何の意味も理由もないからだ。


「あの魔王、ずっと独りぼっちだったのね。ならアイツが負けるはずないわ。黒音は私達が、いえアンタ達にも支えられてあの場所に立ってるんだもの」


「ふん……俺は支えているんじゃない、託したんだ。俺でさえ敵わなかったあの魔王に、貴様は敵うのか」


 敵うならば見せてくれ。そして今度は俺が貴様を越える。

 そうすれば俺は魔王さえも越えたことになる。

 今度は、今度こそは貴様ら二人を同時に越えて見せる。

 その為に深影は、負け惜しみを格好いいラベルに包んで黒音に押し付けたのだ。


「僕は彼が勝つと信じたいな。だって焔が選んだ仲間なんだから、兄としては勝ってほしいよね」


「どーだか、さっきも兄貴のフラガラッハのせいで黒音君の大技が邪魔されちゃったし」


「そ、それは言いっこなしだよ。それなら優ちゃんやモノクロちゃんだって連帯責任じゃないか」


「アンタは自分より年下のチームメートに責任を押し付けるの? 焔の兄貴だからって遠慮してたけど、やっぱアンタは好かないわ」


 どこに行っても誰と会っても、白夜を尊敬している人物と軽蔑している人物は極端に別れるらしい。

 海里華や焔は生理的とまで行くほど白夜を毛嫌いしているし、それに対して梓乃や璃斗、遥香は何となく受け入れている感じがある。

 だが実は焔も白夜のことを、ほんのちょっぴりくらいは好きだったりして。


「いつまで無駄話をしている、戦況が変わったぞ」


 深影が顎で示した先にある中継画面、白夜でさえ追いつけそうにない馬鹿げたスピードで魔王と剣劇を繰り広げる黒音。

 対して魔王は黒音を深陽のティソーナとフラガラッハで抑え、モノクロを深影のフライクーゲルとクトネシリカが迎え撃つ。

 今黒音は深陽と白夜、モノクロは深影と愛梨を同時に相手しているのと同等の戦闘を繰り広げていた。

 契約者の中でもトップクラスと言っていいほどの戦闘力を持っている二人を相手に、多数の神機を同時に制御しながら戦っているにも関わらず、黒音達の方が圧されている。


「……ねえ深影ちゃん、何だかおかしくない?」


「何がだ? 黒音とモノクロが圧倒されていることか?」


「うん、二人だって強いのに、何か変だよ。だっていくらなんでも強すぎるよ(・・・・・)


「それは僕も思ってた……黒音さんだって魔王なのに、モノクロさんも加勢してるのに……」


「それはあの人が魔王だから、と言えばすべて片付くことだけど、確かに不自然だよね。でも魔王様は自分のパートナーも、契約してる神機の正体も明かさない。あの人は何もかもが謎なんだ。僕はただあの人を利用しただけだし、あの人も僕を駒として利用してる。だから僕は何一つとして知らない」


 魔王が使っているのはすべて白夜達の神機、未だに自分の神機は使っていない。

 つまり魔王にはまだ上のレベルがあると考えていい。

 だがおかしい。本当にそれだけで黒音とモノクロが圧されるに足りるのか? あの二人の戦闘力はこの場にいる誰もが知っている。


「くっ……なんて支配力……分担しても、取り返せない……」


『落ち着けモノクロ、まだチャンスはある。黒音を見ろ、アイツは今たった一人で魔王を抑えている。あの男が機能している限り、チャンスは必ずあるのだ』


「分かってる……諦める気は微塵もない」


 モノクロが加勢してから数分、魔王は魔力が尽きることも玉座より立ち上がることもしない。

 本当に同じ契約者なのかと疑いたくなるほどの化け物っぷりだ。


「ま、まるで無限に魔力があるみたいです……尽きるどころか、減ってる気配もありません……」


『似てるわね……いえ、でも……』


「アスモデウス……? どうしたの?」


『何となく、似ているのよ。あの無尽蔵っぷり……』


 魔界と天界を統べる存在、冥界さえも支配する者。

 リミットブレイカーの黒音と暴食の大罪ベルゼブブを同時に抑え込むことの出来る存在など、指で数えられるほどに限られてくる。

 そしてアスモデウスの知っている中でそんなことが出来るのは、恐らくたった二人。

 一人は〈Strongester〉のリーダー、フル・ファウスト。

 もう一人は──


「クソッ……モノクロ、まだか!? もう魔力が……」


「ダメ、なの……支配力に差が、ありすぎる……っ」


「ちっ……やっぱりダメなのか……!?」


「くく……未熟ながらによくここまで頑張ったな……褒美だ、お前達にいいものを見せてやろう」


 顔は見えない。だが勝利を確信した笑みを浮かべていることは考えずとも想像がつく。

 〈tutelary〉の神機を引いた魔王が差し向けたのは、たった一振りの剣。

 その姿を見た白夜は、思わず椅子を倒してその場に立ち上がった。


「そんなバカなッ……あれは、禁忌の真理の中でもグラムと同様にコアすらも破壊されてるはずッ……!」


「な、何なの兄貴、あの神機は? 画面越しにも殺気が伝わってくるみたいな、あの神機は……」


「あの剣の名前はティルヴィング……そのあまりにも強すぎる能力と重すぎる対価により天使の最高官であるミカエル様が破壊したはずの、禁忌の真理だよ」


 七つ存在する禁忌の真理、その一つであるティルヴィング。

 黒音の持つレーヴァテインや、白夜の持つフラガラッハとも比べ物にならない性能を秘めていると白夜は魔導書の複製より学習した。

 だがすでにコアまでもが破壊されている神機なので、そこまで詳しくは読まなかったが。


「そ、そんなにヤバいやつなの? で、その特性は?」


「あの剣の持つ特性に、決まった名前はない。ただ、あの神機は契約した者の願いを何でも三つ叶える。例えすべての生物を殺せでも、六種族を滅ぼせでも、世界を作り替えろでも……どんな願いであろうが必ず叶える」


「あ、あり得ん……そ、その対価は? それほどまでに規格外の能力、必ずそれに比例した対価があるはずだ」


「そう、その対価は人の命……契約者がもっとも大切にしている人の心臓を捧げることで、ティルヴィングは契約を認める……」


「そんな、酷い……そこまでして、何故魔王様は、ティルヴィングを……?」


「だからすべては謎なんだ。あの人の考えは何も分からない」


 誰もが想像すら出来ない、魔王が捧げたもっとも大切にしている人の命。

 それほどまでの対価を払ってまでも叶えたい三つの願いとは。


「とうとう、出てきた……改めて覚悟を決めて、黒音。あの神機はティルヴィング……禁忌の真理のトップシークレットよ」


「ティルヴィング……レーヴァテインと同じ匂いがするな……だが、別格に感じる。あの剣、何かヤバい……!」


「万物を無に帰せ、ティルヴィング……」


 その柄を持つことなく、ただ魔王がそう命じた瞬間、ティルヴィングは独りでに動いて黒音の左肩を裂いた。

 ほんの一瞬、霆の鍵でスピードが最高まで高められていた黒音を、何の反応もさせずに攻撃したのだ。

 砕けたアーマーと噴き出す血飛沫を右手で抑え、黒音は痛みよりも何故と言う疑問が頭を支配する。

 霆よりも速いスピード? 正直言ってそれこそ想像出来ない。

 まるで最初からそうなることが決まっていたかのような、絶対的な決定力を以て黒音にダメージを与えた。


「あぐッ……何で、いつの間に、どうやって……!」


「気を引き締め直して! ティルヴィングは私達の理解出来る次元を遥かに越えた神機なの!」


「神機、あんなデタラメなのが……? 深陽さんのティソーナも大概規格外な特性だったってのに……こんなの、デタラメ過ぎるだろ……」


 アズが一瞬の機転で傷口を止血してくれたから大事には至らなかったものの、あんなデタラメな攻撃を何度も繰り返されてはとても太刀打ち出来ない。

 だが黒音が今出せる手札の中で今の攻撃を防げる手立ては、ないと言ってもいい。

 何せどうやって攻撃したのか、その種が分からないのだ。


「モノクロ、あの神機の情報は?」


「好きな願いを三つだけ叶えてくれる……ただそれだけ」


「そ、そんなのアリか!? 一太刀のスピードは速いとかそんなレベルじゃねえし、加えてあの切れ味はパワーチャージしたクララよりも高いぞ……」


「解析はほぼ無意味、防ぐ手立てはない。そして唯一無二の攻略法は?」


「先手必勝……やられる前にやる……それだけか」


「その通り、理解したならいくわよ!」


 リベリオンとトリーズンを取り返すことを半場諦めたモノクロは、今手元にある六つの神機を用いて暗黒域を高速移動しながら魔王の視界から外れる。

 どうやらティルヴィングの不可避攻撃は、ターゲットが魔王の視界に入っていなければ放てないようだ。

 ならば話は速い、黒音は霆の鍵のスピードを最大限に発揮しつつ、ティルヴィング自体を破壊する為にクララのパワーチャージを始めた。


「ティルヴィングは、マズすぎる……二人とも、出来ることなら逃げて……!」


「バカめ。黒音が、あの二人が敵前逃亡するはずがない。必ず勝つ、一パーセントでも可能性があるのならばな」


「深影君は分かっていない……ティルヴィングの恐ろしさを……あの神機は、すべての神機を超越する……!」


「それはアンタの知識の限界でしょ。アイツは諦めないわよ。例えどんだけ不利でも無茶でも、アイツはバカみたいに戦いを挑む。それにアイツには負けられない理由が二つあるの。それに四大チームを制覇するって夢、まだまだ序章なんだから」


 だから頼むわよ、黒音。絶対に勝ちなさいよ──


「ぐっ……トライデント、ヒルデ・グリム……クソ、もうこれ以上はボディが持たない……もう、二つは使えない!」


「こっちも、グラムとアイギスが……使用不能に……」


 魔王がティルヴィングを使用してからの光景は、もはや目も当てられない惨劇だった。

 最初こそ霆の鍵のスピードで対抗していた黒音も〈tutelary〉の神機に追い詰められた隙に手持ちの神機を使用不能まで追い込まれ、全身に切り傷を負って満身創痍。

 モノクロも同様、神機が破壊されて動揺した一瞬を突かれ、ティルヴィングの無慈悲な斬撃を受ける。

 現在使用可能な神機は黒音がレーヴァテイン、クロノ・アダマス、モノクロがザンナとイチイ・アーチェリー。

 十二機あった神機は今や三分の一に減らされ、幸い破壊された神機のコアは破壊されるよりも早く保護した為に無事だ。


「モノクロ、魔力は……あと、どれくらい残ってる……?」


「もう三割弱……貴方は……?」


「俺はもうほぼすっからかんだ……もう〈解錠〉も使えない……アダマスは魔力の消費が多いから、今はもう使えない……」


「イチイは後一発だけ矢を射てる……でも、一発射てばボディが崩れて使用出来なくなる……ダーインスレイヴの特性を発動しようにも、触れられない……」


 魔力があればまだ救いようがあったかもしれない。

 神機が無事ならば、まだ戦いようはあったかもしれない。

 だが魔力も戦力も血液も、もう戦いに必要なすべてが、大方崩れ去っていた。

 いくらベルゼブブと言えど、魔力は有限。

 無茶苦茶な量を使い続ければ必ず底をつく。

 誰もが願った勝利。だが現実はそれを許さなかった。


「もう、嫌……勝たなくてもいいから……逃げても、いいから……死なないで……生きて戻ってきて……黒音……っ」


 戦いの負傷が響き、託した神機すら破壊された海里華には、天に祈りを捧げることしか出来ない。

 女神が捧げる祈りすらも、天は聞き入れてはくれない。

 画面を見ることも出来なくなった梓乃はたまらず焔の胸に顔を埋め、焔も血が滲むほど下唇を噛み締めて涙を堪える。

 こうなることは分かっていた。命懸けの戦いになることも、死ぬかもしれないと言うことも。

 だが実際にその危機に直面してみて初めて分かる、大切なものを何も出来ないまま失ってしまう絶望と恐怖。

 ほんのさっきまで敵同士で、魔王を守護するべき〈tutelary〉ですらも、もはや画面に視線を注ぐ者はいない。

 ただ一人、深影を除いて。


「お前達が諦めてどうする……あの男は今、必死に自分の運命に立ち向かっている。仲間ならば、最後まで見届けろ」


「分かってる、けど……歯がゆいのッ……無力で、何も出来ない……」


「何も出来ないなんてことはないよ。あなた達には信じるってことが出来る。あんなに頑張ってるんだから、最後の最後まで信じてあげなくちゃ、ね?」


 魔王に引き寄せられたフライクーゲルと入れ替わるように部屋に来た深陽、そのあまりの惨劇に目をそらす海里華達を後ろから抱きしめ、不安と悲しみに震える手を一人ずつ握っていく。

 そうだ、黒音がまだ諦めていないのに、私達が諦めていてどうする。

 どれだけ絶望的だろうが、黒音はそれに打ち勝ってきた。

 大切なものを背負って戦っている時の黒音は、どんな時よりも誰よりも強いのだ。


「モノクロ、俺がもう一度ティルヴィングを抑え込んでみる……だからイチイでティルヴィングを破壊してくれ……」


「最後の、一発よ……本当に、いいの……?」


「俺達に出来ることは、もうそれしかない……可能性があるなら最後の一滴まで振り絞るぞ……諦めなけりゃ必ず逆転出来る……!」


「分かった……私の魔力を……全部乗せて……イチイ!」


 モノクロの残り少ない魔力を注入すると同時、イチイは音を立てて亀裂を広げていく。

 本当にこれが最後、これが不発に終われば、もう打てる手はない。


「レーヴァテイン……頼む、もう一度だけ踏ん張ってくれ……!」


『無論です、支配者……支配者が望むなら、私はどこまでも!』


 レーヴァテインのボディもやはり崩壊寸前、もう打ち合うほどの耐久力は残っていない。

 だがモノクロがイチイの矢を命中させる為ならば、レーヴァテインが壊れても素手でもティルヴィングを抑え込む。


「来い……愚かな魔王の子よ……」


「ああ……お望み通りにな……!」


 出血量が多すぎて、まともに立っていることも出来ない。

 だがそれでも辛うじてレーヴァテインを振り上げた黒音は、空中で静止するティルヴィングに向かいレーヴァテインを降りおろした。

 力なく降り下ろされたレーヴァテインは、ティルヴィングにぶつかる度にその刀身を崩壊させていく。

 今にも千切れてしまいそうなほど傷ついた指でイチイの弦を引くモノクロ、イチイもその形状を保っている方が不思議だ。

 たった一発、その為にすべてを懸けたモノクロは、掠れる意識の中でイチイの矢を、放った。


「お願い……当たって……!」


 イチイの弓が矢を放った瞬間、黒音は糸が切れたようにその場で崩れ去り、膝をついた。

 魔王は動かない。ティルヴィングも同様、微動だにしない。

 ついに決まったのだ、一発当てることが出来たのだ。

 イチイの放った矢は正確にティルヴィングの刀身に直撃し、モノクロの込めた最後の魔力をぶつける。


「やった、これで──嘘、どうして……」


「そんな……壊れ、ねえ……」


 ティルヴィングを壊したと思って安堵したのも束の間、イチイの矢を受けたティルヴィングは一瞬眩い光を放ったものの、その矢をへし折って依然その場に鎮座している。

 ティルヴィングはイチイの矢を食らっても、傷一つつくことはなかったのだ。


「終わったな……最期に我が名を教えてやろう……我はセイブル……ゼクス・オブ・セイブルだ。冥土の土産に覚えていろ」


 魔王が、セイブルが降りおろしたティルヴィングは、無慈悲にも戦の幕を落とすようにその刀身を、虚空に滑らせる。

 弾ける。ガラスが割れたような音を立てて、黒音が真っ二つに──


「なん……で……おい……ザンナ……何でッ……!?」


 黒音に向かってティルヴィングが降り下ろされた瞬間、モノクロの支配下を飛び出したザンナは、一瞬のうちにセイブルと黒音の直線上に滑り込み、ティルヴィングの一撃を受け止めた。

 だが防ぐだけの魔力は残っておらず、ザンナの胸は深く切り刻まれている。

 そしてその刃はザンナの心臓、コアにまで達しており、ザンナのコアは叩き割られていた。


「よか……た……黒音……守……れた……」


「何やってんだ、ザンナ……俺は、モノクロに力を貸せって言っただけだ……俺のことは庇うなって言っただろッ!!」


「ごめん……なさい……言うこと……聞けなかった……私のせいで……リズとの約束……果たせなく……なった……」


 ──いつか魔王を倒したら、こいつを返しに来い。

 一皮剥けて帰ってくるお前を楽しみに待ってるぞ。

 そう送り出してくれた母の顔が、黒音の脳裏を過る。

 ザンナはただ黒音の戦力ではない、魔王を倒すと決めた黒音とリズの間にある誓いの証だったのだ。


「バカ……今はそんなこと……言ってる場合か……すぐに、修復してやる……俺の魔力を全部使えば、繋げるはずだっ……」


「も……無理……だよ……コアが……壊れた、から……今まで……楽し……かった……な……スイーツ……美味しかった……な……」


「これからも、もっと楽しいことしてやる……っ……スイーツだって好きなだけ食わせてやる……だからっ……」


 黒音の腕の中で、星屑のように消滅していくザンナを抱きしめて、黒音は必死にザンナを繋ぎ止めようとする。

 だが人間にとっての心臓であり脳でもあるコアが破壊されてしまえば、もう神機は二度と甦れない。


「遠く……から……見守ってる……だから……頑張って……ね……」


 スイーツ以外で初めて見せてくれた、ザンナの最初で最後の笑顔。

 涙でぐしゃぐしゃになりながら、星屑の一つが消え去るまでザンナを抱きしめていた。

 今日初めて使ったはずの神機、だがモノクロは最後まで力を貸してくれたザンナを自分の家族のように思い涙を流した。

 ザンナが残してくれたのは、風の鍵。

 レーヴァテインの九つの門を解放する、最後の鍵だった。


「ザンナ……必ず……必ず……勝つ……ぞ……!!」


 怒りが、悲しみが、憎しみがすべて決意へと代わり、尽きていた魔力に再び火を灯す。

 燃え上がる。胸を引き裂くような痛みが、魔力となって何倍にも燃え盛る。


「セイブル……俺はお前に復讐する……今度はお前が覚悟する番だ……!」


「たかが神機が壊れただけだ。何を悲しんでいる?」


 その言葉が、黒音の怒りを頂点よりさらに上へと引き上げた。

 神機だろうが人間だろうが六種族だろうが、存在している以上は命であり心だ。

 それを踏みにじり、あまつさえ侮辱するなど、絶対に許されることではない。


「死の匣で躍る白銀の少女よ、堅牢なる扉を解き放て……〈解錠〉!!」


 ザンナが自らの命を犠牲にしてまで繋いでくれたこの命、ここで燃やさずにいつ燃やすのだ。

 魔力がない? 戦力がない? 知ったことか。

 そんなことで諦められるなら最初から挑んでなどいない。

 無茶だと分かっていても挑んだのは、それ相応の覚悟があったからだ。

 ザンナは命を以てそれに気づかせてくれた。


「紡がれし心に金色の嵐を巻き起こせ……〈金の嵐(テンペスタ)〉!!」


 ダーインスレイヴ、かつて金色の英雄が相棒と決め己の命を預けていた神機。

 黒音は母親の意思を再び引き継ぎ、その金色に身を包んだ。

 きめ細やかな翼が折り重なって構成された甲冑、竜巻を思わせるディテールは様々な方向から光を反射して不規則に輝いている。

 胸部を覆っているのは、龍が翼で己の身を隠したような形状の胸のアーマー。

 さらに閉じた翼の形状をした胸のアーマーには、ダーインスレイヴの刀身の模様が浮かび上がっていた。

 背後から金色の光粉を放って渦巻く竜巻の形状をした翼は、一部が黒音の左腕に移ってレーヴァテインの形状を変化させる。

 金色に塗り替えられたレーヴァテインは八つの鍵穴をカバーが覆い、金色と漆黒が入り乱れる荒々しい姿へと変貌した。

 そしてザンナの形見、破れかけた黒い装束をマフラーのように甲冑の首の部分に巻き付け、黒音は盾からレーヴァテインの剣を引き抜いた。


「ザンナの命……仲間を……家族を奪った罪……安くつくと思うなよ」


「神機が家族……甘ったるい幻想を抱いているものだ。神機は戦う為の道具。人権を与えるなど以ての外だ」


「それ以上ザンナを侮辱するなッ!! お前だけは……絶対に……許さねえ!!」


 駆けた。背中に展開された竜巻の翼がターボジェットとなり、黒音を凄まじい勢いで押し出す。

 この加速は戦闘シミュレーションの時に何度も経験した、ザンナのアジリティとほぼ同じ。

 霆のスピードに勝るとも劣らない切り返しでフェイントをかまし、レーヴァテインをティルヴィングに降り下ろす。

 今度は先ほどまでの悪足掻きとは違う。一発一発に殺意を込めて放つ勝利の為の斬撃。

 するとモノクロの最後の魔力を込めて放ったイチイの一撃すらはね除けたティルヴィングが、レーヴァテインの一撃に震えて吹き飛ばされた。


「面白い……もっとだ……もっと強くなれ」


「いつまでも余裕こいてられると思うなよ!! 俺の元に来い! リベリオン!!」


「まさか、ここでやるのか? 支配力の勝負を……!?」


 ここで押し負ければ、もう勝機はないと言ってもいい。

 それでも勝負を仕掛けると言うことは、それだけ自信があると言うことだ。

 そして黒音はモノクロの神機、リベリオンを賭けてセイブルと支配力の勝負に持ち込んだ。


「支配力は魔王の器の大きさと直結することは確か……それでも勝負を仕掛けると言うことは、それだけ自信があると言うこと。でも、本当に勝てるのかい?」


「まさか、魔王が魔王として覚醒するトリガーとは……大切なものを、失うことだと言うのか……?」


 セイブルと黒音に奪い合われているリベリオンは、左右へ激しく揺れ動いている。

 力と力の拮抗、引いては引かれの奪い合いが成立している!


「リベリオンはモノクロの家族だ! 返してもらう!」


 そして奪い合いを制したのは黒音。部屋全体を震わせるほどの魔力の波動がセイブルの支配を押し返し、リベリオンをモノクロの元へ引き戻す。

 手元に戻ってきたリベリオンを胸に抱きしめたモノクロは、懇願するように黒音を見つめる。

 何を言わずとも分かる。モノクロの家族はリベリオンだけではない。


「トリーズンも返せ! 二人ともモノクロの家族だ!!」


「そう何度も負けてやると思うか?」


「いいや、だから腕尽くで奪う!!」


 今度は支配力の勝負ではなく、腕っぷしを競う真正面の斬り合いが始まる。

 セイブルはティルヴィングを、黒音はレーヴァテインを振るいその刀身を衝突させた。

 その光景は鍔迫り合いを繰り返すみたく上品なものではなく、まるで泥沼の戦いを見ているような殴り合いに近かった。


「互角、だと……!? あの男、本当に覚醒を……」


「頑張って、黒音……ザンナの分まで、全部出し尽くして……!」


 禁忌の真理と契約した契約者が衝突すると、必ずどちらかが死ぬとリズは言っていた。

 だから禁忌の真理を持つ契約者と戦う時は、必ず万全の準備を整え最大限の力を持って当たれと。

 確証のないことだが俺が最後まで死ななければ、必ず勝機がある。リズの言葉なら信じられる。


「ティルヴィングはすべての神機の頂点に君臨する……破壊することなど不可能だ!!」


「ならその頂点を俺が覆す! 俺がレーヴァテインを、レーヴァテインが俺を最強にする!!」


 刀身の欠片を散らせながらぶつかる禁忌の真理、次元の違う魔力に魔王が持つ支配力と言う要素が加わり、セイブルの紅と黒音の金が交わり弾き合う。

 二人の魔力が交わっては弾かれ、暗黒域の壁を吹き飛ばしてシャボン玉のように歪んだ景色が広がっていく。


「最強だと……? 笑わせる……そんな不完全な状態で何が最強だ、甘ったれるのもいい加減にしろ!!」


「不完全で何が悪い!! 完全なものに進歩はない……不完全だからこそ成長出来る、仲間と一緒の道を歩んでいける。完全はなるものじゃない(・・・・・・・・)……目指すもの(・・・・・)だ!!」


 チームとは足りない部分を補い合うからチームなのだ。

 完全ならばチームになる意味もない。不完全だからこそ助け合い、競い合い、高めることが出来る。

 完全なる存在では、一人では辿り着けない場所が必ずある。


「戯け!! 魔王ならば強くあれ!! 何人をも追随を許すな!!」


 莫大な魔力を一身に受けたティルヴィングは最大火力を以てレーヴァテインに刀身を降りおろし、それを受けたレーヴァテインはその圧力に押し負けて黒音ごと吹き飛ばされる。

 さしものレーヴァテインも度重なる〈解錠〉の負担とティルヴィングとの激突により蓄積されたダメージが限界に近づき、刀身から柄の方にかけて深く亀裂が走った。


「お兄ちゃんッ……!!」


 亀裂をかき消すように、彼女の声が響いた。

 死神の祈り。地に伏せる悪魔の心に木霊するその声は、彼の枯れた心に最後の力を与えた。


「俺がッ……勝つんだ……俺がッ、お前をッ、超えるッ!!」


 ひび割れたレーヴァテインの刀身を盾に差し込み、黒音は左腕からレーヴァテインを取り外した。

 その瞬間レーヴァテインは崩れ去るとともに光となり、一つの巨剣となって黒音の両手に収まる。

 光と化した剣を突き出し、渾身の力を以て降りおろした黒音の全力は、ティルヴィングの刀身を真っ二つに叩き割り、セイブルの胸を斜めに引き裂いた。


「これで終わりだ、親父……」


「その、ようだな……がふッ……私の……敗けだ……」


「何でだ……何でこんなことをしたんだよ、親父ッ……」


 光の粒子となって消失していくレーヴァテイン、コアを残して空に昇っていくレーヴァテインの光に包まれ、黒音は崩れたセイブルを抱き上げた。

 画面越しに黒音の声が響く。セイブルのことを、今確かに、親父と呼んだ。

 そしてセイブルもまた、血を吐きながら肯定した。


「魔王は必ず、命を狙われる……その証拠に、私には……」


 レーヴァテインの刃で裂けた上半身の服をめくると、そこには青白く光る不気味な血管のようなものがびっしりと張り巡らされていた。

 どくどくと脈打つその管からはレーヴァテインにも似たオーラを感じる、つまりこれは。


「親父、その体……神殺しの禁術……まさか……お前も、知ってたのかよ、黒羽……こうなること、全部……騙してたのかよ……ッ」


「違うッ! 決して、騙したわけじゃない……本当は私も反対した、でもッ……父さんの考えを聞いて、母さんの覚悟を知って……とても、断れなかった……」


「お前達の母さんは、自らの意思で、私に命を託してくれた……すべて……お前達の為だった……」


 ティルヴィングは契約した者の願いを、何でも三つだけ叶えてくれると言う規格外の能力を持つ。

 だから私はティルヴィングに一つ目の願いを唱えた。

 私が唱えた一つ目の願いは、本来実現不可能な〈無限領域インフィニティ・ゾーン〉の実現。

 それを施した私の体は神殺しの禁術を受けたような状態になり、命をぐっと縮める結果となった。

 だがそれでも、私が描いたシナリオを演じきるには十分だ。


「無限に供給される魔力は、私を最強の魔王にした……そして私は後にお前達の障害となる魔王となり、守護者を結成した……」


 それこそが、黒音やモノクロがどれだけ力を費やしても勝てなかった一番の理由。

 黒音がこれから信頼出来る仲間で構成されたチームを引き連れて、私を殺しに来るであろうことを想定した私は〈tutelary〉を結成したのだ。

 それが黒音にとっての最大の試練、黒音がこれから魔王として、一人前の契約者として生きていく為の試練となるからだ。


「二つ目の願いは、母さんを生き返らせること……でも、本当の母さんじゃなくて、いつも通りに黒音に接してくれる、クローンのような存在……」


「それを目の前で殺せば、お前は必ず私に復讐しに来る、そう確信していた……お前は昔から、黒羽が虐められれば歳上だろうが噛みつく性格だったからな……」


 その時に浮かべた親父の微かな笑みには、確かに昔の優しい親父の面影が残っていた。

 すべては仕組まれていた。いや正確には仕組まなければならなかった。

 黒音が誰にも負けない魔王となる為には、残された黒羽を守り抜く為には、その試練が必要だったから。


「そんなの、残酷すぎるだろ……俺じゃなく、親父が守ってくれれば……っ」


「無理だ……私はもう、ティルヴィングに頼らなければ自分の体を保てないほどに、衰弱していた……ルシファーとは、適したパートナーではなかったからだ……」


 もはや手遅れなほどに私の体は崩壊していた。

 ティルヴィングで〈無限領域〉の禁術を施すまでもなく、適合しないルシファーの契約を無理に続けていたせいで。

 ならば長く続かないこの命、せめて託したかった。

 これから大切な家族と仲間を守り抜く為に、力と覚悟を託したかったのだ。


「私に勝ったお前は……間違いなく魔王として覚醒した……その力で黒羽を……大切なものを、守っていけ……」


「親父……っ……俺は……まだ……」


「ティルヴィング……最後の願いだ……我がパートナーの契約を……黒音に移行しろ……」


『畏まりました、マスター。貴方の命を杯に』


 セイブルは命の最後の一滴を絞りだし、ティルヴィングと言う杯に注いだ。

 ティルヴィングはセイブルの命を吸い尽くして最期に特性を発動し、セイブルのパートナーを黒音に移行させた。

 アズとの契約に割り込んで契約したその種族は、死神。

 すべてを願いすべてを統べる存在は、フード越しに口の端を持ち上げる。

 十二枚の翼の模様が描かれた黒いパーカーに、右側にウォレットチェーンがついた明るい色のショートパンツ。

 フードからは明るい金髪が少し覗いているが、表情はフードで顔の上半分が隠れている為確認出来ない。

 艶やかな白い肌の首元には、小さな椅子の形をした金色のネックレスが下げられていた。


「これからよろしくね……私の宿主君……♪」


 座り込む黒音の頬に、腰を曲げて頬にキスを落とした少女。

 肌に伝わる絶大な魔力の感触、それに恐怖を覚えるよりも先に、朽ちゆく父の体を抱き上げる。

 黒音にすべてを託す為に最後の命を捧げ、灰になって消えていく親父。

 ザンナに続き父まで失う、今度は自分の手で。

 果たしてその衝撃がどれほどのものか、誰にも理解することは出来ない。


「強く、なれ……お前は私の……息子だ……最後まで辛い思いをさせて……すまなかった──」


「おや、じ……ああああああああああッ……!!」


 命の灯火が消えた瞬間、契約者が死ぬ姿は海里華達も深影達も飽きるほど見てきた。

 だが今回画面越しに見える魔王の死に様は、彼らの心に様々な色の衝撃を与えた。

 やがて変身を解いたモノクロは、フードローブを脱ぎ捨て、後ろから黒音を抱きしめる。


「ただいま、お兄ちゃん……」


「長い間……待たせて悪かった……黒羽……」


 目の前で父を失った黒音に、黒羽を抱き寄せてやる気力は残っていなかった。

 だがその代わりに黒羽の頬に伝う涙を指先で拭い、微かに頬を緩めた。

 こうして儚い運命に生きる魔王の決闘の物語は、一つの終わりを迎えたのだった。

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