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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 最終章「王と姫」
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第四話『Memory & blank ~記憶と空白~』

 とうとう最終局面を迎えた〈avenger〉と〈tutelary〉のチーム戦、これまでの戦いは一勝一敗二分け。

 この勝負に勝った方がチーム戦の勝利を掴む。

 チーム戦を始めた時はまさかここまで自分達が追い詰められるなど、考えもしなかった。

 たった一度敗北するだけで自分達は敗北が決定する。

 それは〈avenger〉側も同じことだが、そこまで守護者が追い詰められることなど今日まで一度たりともありはしなかった。

 それが何故かとても楽しくて、心の底から嬉しくて。

 もしかしたらコイツは自分を越えるんじゃないか? 一瞬でもそう思わせてくれる者との戦いは、格下との戦いで渇いた守護者の心を十二分に満たしてくれた。

 久しぶりに感じたのだ、自分のすべてをぶつけられる満足感と勝利した時の達成感を。

 契約者とはとても愚かな生き物で、死んでしまうかもしれないと分かっていてもその快感を忘れられずにまた戦いへ溺れる。

 むしろ溺れることを自ら望んでしまう。

 溺れれば溺れるほどその快感は強く、深く、自身の心を満たしてくれるから。


「ではこれより、不知火 深影、未愛 黒音の大将戦を始める。両者、準備を」


「アズ」


「アンドラス」


「「変身」」


 互いの視線が交わった瞬間、アズは黒音の体を後ろから抱きしめた。

 温かくも冷たい、優しくも痛い、儚い運命のシナリオで踊る二人の悪魔と人間は、心を結び合わせた。

 黒音の体に吸い込まれるように溶け込んだアズは自身の体を甲冑へと変化させ、黒音は自分を中心に渦巻く甲冑のパーツの中で手足を大きく伸ばし、足のつま先から指の先、首の付け根までに明るい黒のスーツをまとった。

 その上から少女が変身した黒のパーツが包んでいき、黒音の体がどんどん黒く染められていく。

 黒いパーツのほとんどが黒音の体を覆い終える時、黒音は金色のラインが浮かび上がる漆黒の甲冑に身を包んでいた。

 最後に黒音の頭を漆黒のフルヘルムが覆うと、額の下から覗く二つのレンズが意思を灯したように紅く発光した。


「俺の元に来ることを許そう、レーヴァテイン」


 黒音の真正面に落雷するように招来したのは、魔神殺しの異名を持つ魔剣レーヴァテイン。

 黒音は自分の足元に突き刺さっているレーヴァテインの剣を引き抜き、同時に左腕を正面に差し出した。

 するとどこからともなく白銀の吹雪が黒音の左腕を包み込み、円盤のような盾を装着させる。

 九つの鍵穴が埋め込まれたその円盤は、レーヴァテインの盾だ。


「憂鬱なんて俺が忘れさせてやる」


 アンドラスは狼の顔がデザインされたローブを脱ぎ捨てると、深影の首に後ろから抱きついた。

 深影の体をすり抜けるように消失したアンドラスは、内側から爆発するように深影と一体化する。

 深影の胸が爆発して群青色の魔力が吹き出した瞬間、夜空にくっきりと満月が浮き上がり、どこからともなく狼の遠吠えが響き渡った。

 そして実際に現れた群青色の体毛をした狼に全身を食われ、深影は黒の紋章で飾られた群青色のアーマーを全身に纏う。

 交差する鎖の刻印と狼の牙をイメージした起伏が特徴的な肩当てと、胸には薄暗いサファイアの宝石が埋め込まれた狼の頭部を象ったアーマーを装着している。

 最後に狼の頭部の輪郭をしたカバーに、フクロウの翼の形が刻印されたフルヘルムを装着すると、先ほどアンドラスが脱ぎ捨てたローブを左側に羽織り、深影はマスケット銃を右手に持った。


「我が元へ舞い降りるがいい、フリスヴェルグ」


 深影の背後へ黒い羽根を散らしながら舞い降りたのは、すべてを飲み込む幻影の異名を持つ怪鳥フリスヴェルグ。

 深影はフリスヴェルグの足の付け根に手を添え、餌となる魔力を食わせてやる。

 するとフリスヴェルグは黒い翼を星屑のように輝かせて、脳を直接揺さぶるような鳴き声を響かせた。

 あまりにも強すぎる特性と性能のせいで、ほとんど使われることのなかったフリスヴェルグの力がようやく解放されるのだ。


「世界最高峰のエイミングに刮目しろ」


 決戦のフィールドと言う舞台で、ついに復讐の剣と守護の銃がその牙を剥いた。

 先ほどまでの戦いで張り詰めていた緊張感がまるで嘘だったかのように、今にも喰い殺されてしまいそうな鬼気迫る緊迫感が肌全体に押し寄せてくる。

 たった一手でもしくじればその時点で勝負が決する。そんな時限爆弾の解除処理のような戦いが今まさに始まろうとしている。


「……ね、ねえエリちゃん、あの二人さっきから全然動かないよ?」


「ある程度互いの手の内を知ってるからこそ、迂闊に手が出せないのよ」


「にしても、何もせずただ見つめあってるだけなんて、深影さんらしくないです……」


「僕達には分からないけど、あの二人は今僕達とはまったく別の次元で戦ってる。そんな気がするよ」


 十人の契約者に見下ろされた二人が見つめあい、膠着状態はすでに五分を過ぎていた。

 動かない。まるで石にでもなったかのように、ぴくりとも。

 やがて黒音のこめかみに一筋の汗が伝った頃、黒音は息を吹き替えしたようにその場から一歩下がった。


「はぁ……はぁ……勝てねえ……」


「レベルは上がっている。だがまだ緩い」


 火蓋が切られてからの五分強、二人の間で行われていたのは超ハイレベルな命の駆け引きだった。

 互いの戦闘力や少ない情報を元に、限りなく現実に近いリアリティとクオリティで再現されたイメージバトルの中で戦っている。

 それは今まで積み上げてきた経験値、想像力、才能などが合わさって初めて可能となる芸当。

 その限りなく現実に近い空想の中で、黒音は深影に敗北した。


「基礎能力や技術は深影君の方が勝っていたようだね。でも、まだわからない……黒音君にはアレ(・・)がある……」


「とっととリミットブレイクを出したらどうだ? まさか素の状態でこの俺に勝てると思っているのか?」


「まあそう焦るなよ、戦いはまだ始まったばかりだ」


「つまり……腕尽くで本気を出させろと、そう言うことだな?」


 あろうことか黒音は、リアルイメージの中で勝てなかった深影を相手に挑発している。

 そして深影も黒音の挑発に乗り、腰に巻いているベルトアクセサリーの一つに魔力を注入したのだ。

 ここからはイメージでも空想でもない、本物の戦い。

 深影が呼び出したのは量産型のマスケット銃、クリミナル・マグナム。

 深影の足元を囲うように展開された数挺のマスケット銃は、深影の魔力を受けて六発の弾丸を装填した。


「貴様のイメージの中で……この弾丸をすべて防ぎ切れたか?」


 深影の骨ばった細い指がクリミナル・マグナムのトリガーにかかった瞬間、黒音は突如地面にしゃがみ込んで深影の方へ駆け出した。

 その瞬間的な加速と反射神経があまりにも滑らかで、愛梨達にはいつ黒音がその場にしゃがんで踏み出したのか、反応さえ出来なかった。

 モーションの繋ぎ目が一切分からないほどの繊細な動きは、ドラゴンエンパイアでのヴァンキーシュとの戦いで培われた極限の集中状態を持続する精神力の賜物だ。


「しょ、勝負を捨てたの!? あのバカ、撃ってくると分かってて相手に突っ込むなんてっ……」


「ううん、あれは多分、最善の選択だよ。ハルちゃんとモノクロちゃんの戦いで、モノクロちゃんはハルちゃんに突っ込んでったでしょ? 自分に不利な間合いなのに」


「まさか、自分に不利な間合いに飛び込んでまで、あの銃弾を避ける必要があったってこと……?」


「深影さんの放つ弾丸はまるで自ら的へ吸い込まれるような正確さを誇ります。あの方がああまでして避けるのは当然です」


 しかし深影は変わらず銃口を向けることは中断せず、フルヘルム越しから黒音の挙動を観察して銃口を傾ける。

 確かに銃は接近戦において相性が悪く、至近距離では狙いがつけにくい。

 人間の、例えば銀行強盗が金を出せと脅しながら職員に向ける拳銃とは訳が違う。

 何故ならば銃を向ける相手は、ほとんどが狙いを定めてから発砲するまでの時間より早く動くからだ。

 たった一発当たったところで死なない防御力、弾丸を避けられるだけの身体能力がある契約者の世界において、飛び道具は人間同士ほどの優位性を持たない。

 動くな、さもなくば撃つぞと言われて、はいそうですかとその場で膠着する契約者はいないのだ。


「でも、深影君の銃弾は避けようと思って避けられるものじゃない」


「近づこうが距離をとろうが、深影の銃からは逃れられない……」


 中距離から遠距離が最高の間合いである深影に対して、下手に距離を取って様子を見ることは逆に危険だ。

 遠距離から何も出来ずに蜂の巣にされるよりも、少しでも距離を詰めてこちらの間合いへ入れることが最善。

 それを瞬時に判断、決断した黒音は人がもっとも視線で追いにくいとされる斜めの動きを用いて深影の狙いを遅らせる。

 それは誰もが頷く最善の選択だ。相手が並の契約者であればの話だが。


「小賢しいな、まったくの無駄手間だが」


 動く物体を射撃するに当たって、ある程度の動きを予想して射撃するのは基本であり常識だ。

 だが深影のエイミングは予想や予測を遥かに超越し、未来予知にさえ迫るほどの正確無比を叩き出す。

 そのせいか黒音は深影の放つ弾丸に当たらないよう動いているはずなのに、黒音が自ら弾丸の射程に入っていると錯覚するほど弾丸は危ない場所へ吸い込まれていく。

 それでも辛うじてかわせているのは、ドラゴンエンパイアの重力で鍛えられた黒音の破格な身体能力故か。


「弾丸の速度や性能を分析するのは構わんが……そんなことをしている暇と余裕が貴様にあるのか?」


「相手を知り自分を知れば百戦殆うからず……これも戦略の一つだ。にしても、何でわざと外してるんだ? 俺はまだトップギアで動いてねえのに何で外れる?」


「すぐに殺してしまっては面白くないだろう。じっくりとなぶって俺の絶対的な力を刻み込んでやる」


「なるほどね、じゃあトップギアでもお前の銃弾は俺を捉えられると? ふーん、じゃあ試してみようか? 人は銃弾よりも早く動けるのか」


 拳銃の弾丸のスピードは約秒速四百メートル前後、亜音速よりも人間は早く動けるのかと言う点に黒音は興味を抱いた。

 深影の目を見つめて、それはもう恋人同士のように。

 深影が眉間にシワを寄せて目をそらすまで、そして黒音は深影の瞬きする一瞬に、その場から消えた。


「なに、バカな……」


 気づいた時にはもう遅い、とても甲冑を身にまとった男のスピードとは思えない。

 斜めの動きだとか瞬きする一瞬を狙うとか、このスピードはもはやそんな次元での話ではなかった。

 スピードに慣れた白夜や梓乃ですら一瞬黒音を探してフィールドに視線を巡らせるほど、黒音は速かったのだ。


「ここだよ、早く撃ってみろよ」


 辛うじて残像らしきものを捉えることは出来るが、本体の動きが速すぎて照準が間に合わない。

 そしてついに黒音の接近を許してしまった深影は、クリミナル・マグナムの銃身を握られていることに遅れて気づいた。

 しかも黒音はその銃身を自ら左胸に突きつけ、発砲を誘っている。


「貴様……どう言うつもりだ?」


「いや、別にリミットブレイクに頼らなくてもお前と張り合うくらいは出来るんだぞってことだ。お前ら〈tutelary〉は俺のことをリミットブレイク出来るただの契約者としか見てないっぽいからさ、図星だろ?」


 素手でクリミナル・マグナムの銃口を握り潰した黒音は、何も知らない無垢な瞳で微笑んだ。

 世界でもトップクラスの硬度を誇り、エネルギーの伝導率と親和性に極めて優れたカーバンクルの宝石で作られた銃を、ただの握力で破壊したのだこの男は。


「忘れていたな……そう言えば貴様は白夜よりも質が悪い部分があると言うことを……」


「はは、アイツよりも質が悪いか俺は? なら俺は世界を脅かす大罪人だな」


「ぼ、僕は君達にどう映ってるんだい?」


 項垂れる白夜をよそに、深影は新たにアクセサリーに魔力を注いで銃を呼び出した。

 どうやら互いの様子見はこれで終わりのようだ。

 深影の両手に展開されたクリミナル・マグナムは、同時に六発ずつ、計十二発の弾丸を吐き出して黒音を蜂の巣にしようと牙を剥く。

 だが黒音は銃弾をレーヴァテインの刃で弾いては、軽やかな身のこなしで避けて果敢に反撃する。

 だがそれでも、二人の顔にはまだ余裕が窺えた。

 この二人はまだ手加減しているのだ。すでに海里華や愛梨達が冷や汗を流すレベルに達しているのに。


「……何故鍵を使わん?」


「鍵? ああ、これのことか。これを使うには海里華達の神機がいるし、俺はなるべくフェアな状態でお前と戦いたいんだ。他人の力を借りてまで勝ちたくねえんだよ」


「下らん……それで負ければ死ぬ。仲間の想いも無駄になるだけだ。フェアを守って死ぬくらいならば卑怯になって勝ちをもぎ取ってみろ」


「だったら俺の本気を引き出してみろよ。俺が海里華達の神機に頼らなくちゃならなくなるまで」


 底を見せてはならないと言う緊張感から、二人とも自分の引き出しを全然開けようとしない。

 すべての引き出しを出し尽くしたとして、それを誤魔化すハッタリやブラフが通用する相手ではないと理解しているからだ。

 互いの手をある程度知っている割には、あまりに慎重すぎる試合運びの理由はこれにある。


(つっても……動かなきゃ勝てねえよな……深影は自分から仕掛けてくるほど軽率じゃない。確実に勝てるって確信が得られるまでは、てこでも動かねえ)


 隙があるとすればそこ、つまり深影に確実に勝てると思わせて深影がそれを信じた時こそ、最高のチャンスとなるはずだ。

 黒音が確実に勝利する為にはわざと自分の手をすべて晒して、深影に油断してもらう必要がある。


「行くぞ、レーヴァテイン、ザンナ」


 先に待ち構えている魔王との戦いのことを見据えてなるべくエネルギーは残して勝つ気でいたが、あの深影相手にそんなことが出来るはずもない。

 黒音はレーヴァテインに加えてザンナを展開し、得意の二刀流で一つ目の引き出しを開けた。


「頑張って防げよ深影、一撃でも食らえばタダじゃ済まねえぜ」


 言うが先か動くが先か、物理限界ギリギリのスピードでフィールドを駆け抜け、レーヴァテインとザンナを構える黒音。

 クリミナル・マグナムの次に深影が呼び出したのは、オーソドックスなフォルムをしたサブマシンガン。

 シプカ・ハニィカムと呼ばれる短機関銃は、継続的に魔力を送ることで半永久的に弾丸を撃ち続けることが出来る。

 二刀流の黒音を阻むのは貫通力の高い銃弾の雨、避ける余地など微塵もないほど容赦なく降り注ぐ銃弾は地面に無数の穴をあけてなおも黒音を追い続けた。


「神機奥義……食らえっ!!」


「甘いな……殺気がない」


 レーヴァテインの神機奥義を放つ黒音の右手をシプカ・ハニィカムのグリップで殴り、腹に拳を突き立てる深影。

 黒音は深影と接触する直前までレーヴァテインに魔力を注いでおり、誰もが完璧に奥義を放つと確信していた。

 だが深影はそれをフェイクだと瞬時に見抜いてカウンターを浴びせてきた。

 やはり一筋縄ではいかない、形勢が一向に傾かない。


「面白味の欠片もないな……そろそろ本気を出せ」


「だから出させてみろって。こんなんじゃまだ本気は出せねえぜ?」


「挑発のつもりか……? まあいい、貴様が本気を出さないと言うのならば俺は貴様を始末するだけだ」


 ようやく、乗った。焦れた深影がようやく黒音の挑発に乗り自ら攻撃してくる気になった。

 攻めるよりも攻められた方が誘い込みやすいのだ。

 規則正しいリズムと正確無比なエイムで黒音を追い詰めていく深影の表情はフルヘルムに隠されていて窺えないが、おそらく無表情のままだろう。

 量産型のクリミナル・マグナムと超連射型のシプカ・ハニィカムを自在に使いこなして黒音の逃げ場を着実に奪う深影。

 ここまでは順調、問題はこの先だ。

 完全に圧倒していると思わせる為には、リミットブレイクして負ける必要がある。

 黒音の最大の武器でもあるリミットブレイクでさえ深影に敵わないとなれば、深影にも必ず油断が生まれるはずだ。


「アズ、いいな? しくじるなよ」


『うん、黒音こそ失敗しないでよね』


 真正面から挑んで勝てるなどと思ってはいない。

 ならば深影の言うとおり、卑怯になって勝ちをもぎ取ってやろうではないか。

 リミットブレイク出来る最低限まで魔力を高めた黒音は、リミットブレイクを維持する限界まで魔力を落として戦闘力を調節する。


「リミットブレイカー……〈黒き終焉(ネロ・デチェッソ)〉!!」


「やっとリミットブレイクしたか……そうでなくては面白くない」


 レーヴァテインは黒音とともにその姿を変化させ、左腕に装着された盾は剣を差し込んだ状態で一新される。

 レーヴァテインの盾からレーヴァテインの剣を引き抜いた黒音は、走りながらも正確無比な弾丸を飛ばしてくる深影に無理矢理接近した。

 弾丸はレーヴァテインの盾で弾き剣で切り裂き、狙いをつけにくい接近戦で深影を追い詰める。

 このまま押し切れそうなら本来の力を出して倒してしまってもいいし、それでも深影が上手なようなら作戦通り力を隠して油断を誘えばいい。


(ぐっ……やっぱ、深影相手に手加減しながら戦うのはキツい……ただでさえ相手は格上なのに、致命傷を避けずに手加減なんぞ……)


「そんなものか……? アイゼルネを追い詰めた貴様は、こんなものではなかった……あまり俺を……嘗めるなよ」


 マスケット銃のクリミナル・マグナムからマシンガンに持ち替えた深影は、自ら黒音に接近して銃弾を浴びせてくる。

 皮肉なことに、今度は黒音が距離をとる形となった。

 だが弾丸に気をとられ過ぎた黒音の足元を、深影は物理的に掬ってくる。

 脚で黒音の軸足を払った深影は、ここぞとばかりに遠距離用の銃器を近距離でぶっぱなした。


「ぐぁっ……く、レーヴァテ──」


「甘い! 大方、手を抜いて俺の油断を誘おうとしたのだろうが……俺は一度間近で貴様の力を目の当たりにしている。貴様が手を抜こうとしていたのは手にとるように分かる」


「しくじった……アズ、作戦変更だ。こっからはガチで行く!」


 一か八か、何の作戦も小細工もなしに深影と戦って勝つことが出来るだろうか。

 魔力だけならばいい勝負になるだろうが、技術や経験の差で果たして勝てるか。

 答えは簡単なこと。やってみなければ分からない。


「アズ、フルパワーで頼む。レーヴァテイン、ザンナ、俺の操れる魔力の上限、最大限のキャパシティを維持するように魔力を吸ってくれ」


『常に最大最高のパフォーマンスを維持するってことだね』


『わかった……魔力のセルフサービス……』


『お任せください支配者、必ずや期待に応えて見せます』


 アズと黒音の中から沸き上がってくる魔力は死神とも何ら遜色ないほどのレベルまで高まり、その一定値を保つ為にレーヴァテインとザンナが継続して魔力を吸収する。

 どうせ海里華達の神機を借りたとしても、次の鍵に切り替えれば元の鍵は壊れて消滅してしまうのだ。

 たった一度の付け焼き刃が深影に通用しないことなど、先ほどまでの作戦を丸ごと潰されたことで重々理解している。


「やっと本気になったか……だが、この違和感は何だ……?」


 明らかに黒音は本気を出している。

 先ほどまでとはうって変わった鋭い殺気も感じるし、魔力も桁が違うほど爆発している。

 だがまだ完全に力を出し切っていないような、何かを秘めているような気がしてならない。


「まあいい……戦ってみれば分かることだ。アンドラス、少し本気を出すぞ。フリスヴェルグも準備をしておけ」


『クスクス……りょーかい……』


 多少の弾丸はむしろ当たりに行くつもりで突っ込む。

 リミットブレイカーの防御力ならばある程度の弾丸を受けても、問題なく活動出来るはずだ。

 何よりもまずは相手の得意な距離から離れ、距離を積めて自分の得意な間合いへ入れることが一歩だ。


「レーヴァテイン、弾丸を弾け!」


『お任せください!』


 レーヴァテインの特性は受けた衝撃をそのまま、または倍加させて跳ね返すと言うもの。

 弾丸程度の面積ならば、レーヴァテインの特性で十分対応出来る。

 貫通力の高い弾丸も、連射速度の高い銃も、衝撃自体を倍加させて返されては無駄になる。


「厄介だな。流石はあのバカが使うフラガラッハと同等の力を持つ神機と言ったところか。しかし……」


 フラガラッハの能力は、絶対勝利と言われるほど強力で無茶苦茶な特性を持った規格外の存在。

 しかしレーヴァテインの特性はそれと同等と言うには、あまりにも地味で強力と言うには程遠い。

 力を隠していることは分かっている。アイゼルネを圧倒した他人の神機で自身をパワーアップさせる能力だ。


「レーヴァテイン、神機奥義!!」


「今度は本当のようだな。だが、無駄だ。フリスヴェルグ!」


 弾丸を弾き飛ばして深影に接近した黒音、その右手から放たれるレーヴァテインの一撃を、直前で巨大な鳥が遮った。

 とても咄嗟の対応では防ぎきれるものではないリミットブレイカーの魔力を受けたレーヴァテインを、この巨大な鳥の神機フリスヴェルグはくちばしで挟んで受け止めたのだ。

 びくとも動かない。まるでレーヴァテインがフリスヴェルグのくちばしと同化してしまったかのように。


「ちっ……これはコイツの特性か……」


「フリスヴェルグは触れたもののあらゆるエネルギーを吸収し自分の糧とする。物理攻撃ならともかく、魔力のこもった一撃は完全に無効化されるぞ」


「ったく面倒な特性だな。攻撃が通らねえ」


「貴様の神機に比べればまだまだ生温い」


 おかしい。いくら格上の相手だとしても、リミットブレイクしていると言うのにまったく差が埋まらない。

 むしろ押されている。本気を出した黒音が、使う銃も先ほどとまったく変わっていない深影に押されている。


「もっと本気を出してみろ。これでもまだ本気を出せんと言うのなら……もう降りろ」


 今現在展開している銃器をすべて元のアクセサリーに収納した深影は、素手のまま拳を構えた。

 ボクシングにも似たその構えはムエタイ。

 銃を仕舞った深影から繰り出されるのは、序盤で黒音が深影の射撃を回避しようとした突撃にも劣らない滑らかで繊細な動き。

 いつモーションに入ったのかも分からないほど繊細で滑らかな動きをする深影は、的確に人体の急所を狙って膝や肘を叩き込んだ。

 ただ自在に銃器を扱うだけでなく、どんなことにおいても完璧にこなしてしまうその器用な才能。

 流れるような手つきで黒音が血反吐を吐いても止まらない、そしてついに黒音はレーヴァテインを持つ気力もなくなった。

 さしもの白夜も危険だと止めに入ろうとしたくらいだ。

 海里華達はもう歯を食いしばって見てすらいられない。


「このままじゃ、本当にアイツが……死んじゃう……っ」


「お願い、黒音君……勝って……死なないでっ……」


「あ、がッ……かはッ……うぐッ……く、そ……ったれッ……!!」


 ついにアズとの一体化まで解けてしまった。

 四大勢力の一角、その大将を務めるほどの実力を持った契約者を相手に、リミットブレイクなどただの付け焼き刃でしかなかったのだ。

 甘かった。初戦で愛梨で引き分けて、これはもしやと思い上がって。

 ついに遥香が勝利を飾って、勝てるかもしれないなどと付け上がった結果がこれだ。


(俺なんかが……勝てるわけなかったんだ……海里華達が頑張ってくれたのに……最後の最後で俺は……)


 記憶がリセットされて契約者のキャリアまでもが消し飛び、今ではひよっこ同然。

 今考えてみれば海里華達を仲間に引き込めたこと自体おかしかったのだ。

 誰よりも早くリミットブレイクに至り、禁忌の真理と言われるレーヴァテインを偶然手に入れたから今まで何とかやってこれたものの。

 記憶を失ってリセットされた今、積み上げてきた年数と経験があまりにも違いすぎる。


「反撃も出来んか。正直、俺は貴様に期待していたんだがな。結局、貴様も雑魚と同じか……もういい。アンドラス、血を吸ってしまえ」


『いいのねぇ……? クスクス……分かったわぁ……♪』


 凍てついたような、完全に冷えきったその瞳に見下ろされ、黒音は死を覚悟した。

 何が四大勢力を制覇するだ、何が英雄を越えるだ。

 仲間の期待を裏切って、ライバルの期待を裏切って、自分だけ楽になろうとしている。

 もう、何も分からない。ただ痛みで体が動かず、思考も鈍っている。

 これで、終わりだ。呆気なく、愚か者の復讐は終わりを──


「黒音……まだ、諦めないで……あなたはまだ、やれる……!」


「ぅ……遥香……でも……俺の……本気は……」


 通用しなかった。そう言い終えるよりも先に、遥香は両手の指を絡ませて祈りを捧げた。

 死神が天に祈っている。何ともシュールな光景だ。

 血を吸われて死ぬ直前だと言うのに、笑いが漏れてきた。


「あなたの記憶は……ここにあるから……!」


 祈りを捧げる遥香の両手の隙間から、淡い光が漏れ出した。

 あなたの記憶? 今遥香は、そう言ったのか?

 全身に響き渡る激痛で変に冷めきった思考が、その言葉を脳内で分解して理解するまでの時間を早めてくれる。

 いつ失ったかも分からない黒音の記憶を、今観戦室で祈りを捧げている遥香が保持していると?


「どう言う……ことだ遥香……何でお前が……俺の記憶を……」


「記憶を奪った本人から預かった……受け取って!」


 遥香の両手から放たれた黒音の記憶であろう淡い光は、持ち主である黒音の元へ不安定な足取りで近づいていく。

 今までぽっかりと空いていた胸の穴を埋めてくれる、不思議な温もりの光は抜け落ちていた歯車のパーツをはめて、再び動かし始めた。


「あ、あぁッ……ぐッ……痛えッ……痛え痛え痛えッ……!?」


 止まっていた歯車を無理矢理動かされる痛みは、とても形容出来ない想像を絶する痛みだった。

 ただ記憶が書き足されるだけではない。今まで自分を構成していた記憶に新たな記憶を書きなぐっていくような。

 恐怖に近い痛みだ。頭を抱えてのたうち回る黒音を、アンドラスは一体何が起こったのかと戸惑っている。

 当然だ。自分はまだ触れてすらいないのに、何でこの男はこんなにも苦しんでいるのだろうかと。


「どうしたと言うんだ未愛 黒音……しっかりしろ!」


「う、ぐぅッ……ぁあッ……はぁッ……はぁッ……!」


 気がつけば頭痛は消えていた。だが息苦しさと深影に与えられた痛みだけは未だに残っている。

 目を開ければそこにあったのは自分の手から離れて転げ落ちたレーヴァテインとザンナ、そして自分が吐いた血が少々。

 ぼんやりと覚えているのは、自分が日本に帰国してからのことと、チームを結成したこと。

 そしてそれ以前の記憶が──ある! 確かにある!

 日本に帰国するもっと前のことも、母親の顔も、思い出せる。

 抜け落ちていた記憶と言うパズルのピースが、今ぴったりと隙間なく埋め尽くした。


「……そうか……おい遥香、俺の記憶のこと……後できっちり聞かせてもらうからな」


「黒音……もしかして……本当に……!」


 モノクロから託された黒音の記憶が、本物だと言うことが証明された瞬間だ。

 頭を左右に倒して首の骨を鳴らした黒音は、今までとは少し違う大人びた微笑みを観戦室に向けて、


「ようエリ、久しぶり。皆も今まで迷惑かけたな」


「ぁ、あぁ……っ! 黒音、黒音なのよねっ……!?」


「俺以外に誰がいるんだよ。深影も、今までみっともねえ姿を見せちまったが……って、あれ……何か体が重いな」


『そりゃ仕方ないよ、だってずっとつけたままだもん』


「おおアズ、何かこうして見ると新鮮だな。つけたままってのは、これのことか?」


 黒音は学生服の袖を捲り上げ、その腕に描かれた六つの魔方陣に魔力を注いだ。

 それは四大チームの契約者、その誰もが見慣れている六芒星封印、何物でもないそれだった。


「記憶と一緒に消滅してたのが、記憶が戻ったことで復活したってとこだな。でもお前を相手にするなら必要ねえか」


「六芒星封印、だと? 貴様まさか、今までそれをつけたまま戦っていたのか?」


「いいや、多分記憶を失ってからずっとつけてたんだろうな。だから死神や女神にも勝てず、ドラゴンなんかに深手を負わされるほど弱っちまったんだろうよ」


 この男はどこまで規格外な存在なのか。

 つまり黒音はすでに四大チームの契約者と同じステージにいて、海里華や焔達よりもずっと先を歩いていたのだ。

 ただ誰もが言葉を失った静寂一色の空間で、一人別の世界に生きるように薄く笑いを浮かべる黒音。

 久しぶりに解放された正真正銘、本当の全力が体に染み渡る。


「さて深影、さっきまで不甲斐ない俺で悪かったな。でも安心してくれ。これからは憂鬱にさせねえからよ」


「どうやら、そのようだな。とっとと変身し直せ」


「その必要あるか? 多分今の俺は、強いぜ?」


 今となってはもうパートナーと一体化する必要さえないと、先ほどまで圧倒されて諦めかけていた男が言う。

 それが深影の癇に障ると分かっていながら、黒音はいやらしく細めた眼とうっすらと持ち上げた口角で吐き捨てた。

 刹那、深影の額に青筋が浮かぶと同時にクリミナル・マグナムの銃口が火を噴いた。


「お前にしては単純だな、極めたのは技術だけか?」


 クリミナル・マグナムより放たれた一発の弾丸は、黒音の左頬を掠めて黒音の背後で爆発した。

 深影が外したのではない。深影は確かに黒音が避けるであろう位置に弾丸を撃ち込み、黒音は動かなかっただけ。

 頬を流れる涙のような血を拭うこともなく、黒音は先ほどと何も変わらず薄ら笑いを浮かべて深影を見つめている。


「真剣に狙って撃って、動かない的に当てられなかった気分はどうだ? 心を極めた俺とは、さぞかし相性が悪いだろ」


「心、だと? ずいぶんロマンチックなものを極めているな。それが何の役に立つ?」


「はは、弾を外しておいてまだ気づかねえか? お前はわざと弾を外さされたってことに」


「わざと? この俺が、狙って外されたと言うのか?」


「俺が格好つけて軽く身を翻して弾丸を避けると思ったんだろ? でも実は俺、鼻先で刀を寸止めされても後頭部に銃を突きつけられても自分からは避けねえタチでな。簡単に言えば、お前は俺に心を読まれたんだよ。心理戦で負けたってことだ」


 心技体、深影が技を極めているように、〈soul brothers〉の和真が力を極めているように、黒音は心を極めている。

 相手の深層心理を閉じ込める心の扉を軽々とこじ開け、時には心をかき乱し時には心を握り潰す。

 目に見えないだけ深影の技よりもよっぽど質が悪い。


「心を読まれるってことがどれだけ恐ろしいことか……小綺麗な戦い方をするお前に教えてやるよ。アズ、久しぶりに行くぞ」


『うんっ……うんっ! それじゃあ行こうか!』


 今までとは明らかに、確かに違う名前にこもった熱い感情。

 思い出がリセットされて一から積み上げてきた友情ではない、何年も前からともに死線を潜り抜けてきた家族のような愛情。

 アズの中で忘れかけていたその感情に、再び火が灯った。

 黒音はザンナを地面に突き刺し、レーヴァテインを天井に向かって放り投げた黒音は、アズの手を引いて魔力を荒げた。

 たったそれだけで黒音を中心に地面にクモの巣状の亀裂が広がり、アズは黒音の体へ溶け込むように久しく一体化を果たす。

 黒音の体に吸い込まれるように溶け込んだアズは自身の体を再び甲冑へと変化させ、黒音は自分を中心に渦巻く甲冑のパーツの中で手足を大きく伸ばし、足のつま先から指の先、首の付け根までに明るい黒のスーツをまとった。

 その上からアズが変身した黒のパーツが包んでいき、黒音の体がどんどん黒く染められていく。

 黒いパーツのほとんどが黒音の体を覆い終える時、黒音は金色のラインが浮かび上がる漆黒の甲冑に身を包んでいた。

 最後に黒音の頭を漆黒のフルヘルムが覆うと、額の下から覗く二つのレンズが意思を灯したように紅く発光した。


「降りよ、白き剣よ。逆巻け、黒き剣よ」


 黒音の真正面へ再び招来したレーヴァテインに加え、地面を押し退けて引き抜かれたダーインスレイヴが黒音の両手に収まった。


「俺の憂鬱を晴らしてみろよ、お前の力でさ」


「望むところだ、ようやく俺も本気を出せる」


 動かない。戦いが始まった直後のように、二人ともまた動かずに静かな出だしを迎える。

 記憶を取り戻した黒音の戦闘力が果たしてどれ程のものなのか、〈tutelary〉どころかチームメートすら想像すら出来ない。

 ただ唯一分かることは、とんでもなくレベルアップしていると言うことだけ。

 パートナーとの再会を噛み締めるように、自身が纏う甲冑を優しく撫でる黒音。

 膠着したように動かない二人だが、黒音は深影の様子を窺っていると言うよりは戦いにすら意識を向けていないようだった。


「仕掛けてこいと言うことか……? 面白い……アンドラス!」


 深影は足元に二十挺を越えるクリミナル・マグナムを召喚し終えると、肺の中の酸素を軽く吐いて無駄な力を抜いた。

 珍しい、本当に。アイゼルネと戦った時でさえ平静でいられたこの俺が、緊張しているなんて。


『大丈夫……貴方は力を出し切って……私がサポートしてあげる……』


「ああ……行くぞ、俺が何度も外してやると思うなよ!」


 左側のローブを翻した深影は、その場にあるクリミナル・マグナムを両手に持って一斉にトリガーを引いた。

 グリップを持ってトリガーに指を乗せ、ターゲットに照準をあわせて発砲するまでの時間が異様に短い。

 だが放たれた弾丸は決してずれることなく、深影の狙った軌道を正確に滑っていく。


「いいねえその殺す気満々の表情(カオ)……ゾクゾクするぜ」


 深影の発砲と同時にその場から飛び出した黒音は、弾丸の雨へ向かって自ら突進し、レーヴァテインの防御のみを頼りにザンナで斬りかかっていく。

 弾丸が自分の体に当たることなど想像すらしていないような、正気とはとても思えないような特攻。

 しかし黒音も桁外れの動体視力で弾丸の軌道を予測し、ザンナで弾き飛ばした。

 息をつく余裕が一瞬すらないその攻防は、不思議と見るものを心から魅了した。


「アハハッ……面白えな、やっぱ戦ってのはこうじゃねえと♪」


「何がおかしい……一歩でも間違えれば死ぬぞ!」


「それが面白えんだろ。たった一つでも間違えればその時点で死ぬ極限の緊張感の中で俺達は戦ってる……この世の中に、命のやり取りほど心を昂らせてくれるものがあるか?」


「狂っている……この戦闘狂が!!」


「怒りの感情は魔力を増幅させる燃料だが……あまり頭に血が登り過ぎると判断を誤るぜ?」


 深影が弾丸を放とうとした瞬間、半場体当たりする勢いでクリミナル・マグナムの銃口にレーヴァテインの盾を押し付けた黒音。

 レーヴァテインの特性とクリミナル・マグナムの弾丸が衝突し、威力の逃げ場を失った弾丸はクリミナル・マグナムの銃身の中で盛大に爆発する。


「なに、クソッ……」


「隙だらけだな、おらよっ」


 使い物にならなくなったクリミナル・マグナムを投げ捨てて新たなクリミナル・マグナムに手を伸ばそうとした深影の腹に、黒音は思いっきり力を込めた回し蹴りを叩き込んだ。

 真後ろへ吹っ飛ばされた深影はフィールドの壁にぶつかって軽く吐血し、血の混じった唾を吐き捨てて何事もなかったように立ち上がる。


「嘘、さっきまでやられっぱなしだったのに……」


「今では圧倒してますねぇ……速すぎて見えませんでしたけどぉ」


「おー飛んだ飛んだ。どうだ? 格下と思ってた奴に蹴り飛ばされた気分は?」


 ライバルとは認めている。だが絶対に負けないと確信したいた勝利に傷をつけられたこの気持ち。

 形容しがたい苛立ちと怒りが、深影の魔力を燃え上がらせた。

 絶対に脳天へ銃口を突きつけて参ったと言わせてやる。

 今までにない執念のような何かが、トリガーにかかった深影の指を突き動かした。


「……油断していた自分への戒めとして受け取っておこう」


「お堅いこって。ま、そんな余裕がいつまで続くかな。来いフィディ、お前の出番だ」


「イエス、マイマスター。ご帰還を心よりお待ちしておりました」


 白銀の吹雪とともに現れたのは、黒い戦闘服に身を包む銀髪の少女。

 その翼は汚れを知らず、その牙は邪を砕き、その爪は悪を切り裂く。

 その瞳は天を見透し、その咆哮はすべてを銀に染め上げる。

 地を砕く鋼の体、天を裂く雷の血。その姿こそ、剛電龍アリフィディーナ。


「お前にも色々と迷惑かけたな、これからもよろしく頼むぜ」


「っ……イエス、マイマスター! その手に必ず勝利を!」


「よし、いい返事だ。フィディは深影の神機、フリスヴェルグを何とかしてくれ。深影を相手しながらだと流石に骨が折れる」


「お任せください、完封して見せます」


 白銀の翼を展開したフィディは地面を飛び立つと同時に白銀のドラゴンへと変貌を遂げ、巨大な翼を広げるフリスヴェルグへと突っ込んだ。

 フリスヴェルグの触れたもののエネルギーを吸収する特性は、まともに相手をすると少々厄介だ。

 ならば各個撃破と行こう。目には目を、使い魔には使い魔をぶつけて戦力を分担すればいい。

 今まではそれが出来なかった。四大チームの契約者を相手に分担出来るほどの戦力を持っていなかったからだ。

 だが今は違う。たった一人でも深影を相手に出来るほどの力が、今俺の中にはある。


「これで一騎討ちだな、どうした? 銃を構えろよ」


「お望みとあらば構えてやろう。アンドラス、イチイだ」


『りょーかい……クスクス……あーあ……深影が本気だしちゃった……』


 深影の左手に装着されるよう展開されたのは、深影の身長とほぼ同じくらいの長さをした巨大な弓。

 今までの銃器とは何かが圧倒的に違うその魔性に、黒音の表情が少しだけ引き締まる。


「神機……? いや、違うな。人工神機か、神機特有の自我を感じねえ」


「その通り……人工神機イチイ・アーチェリー、俺の主力だ」


「なるほど、でも人工神機が主力なんて言ったらフリスヴェルグが泣いちまうぞ?」


「フリスヴェルグはそんな感情を持ち合わせていない。敵の心配をするようなら自分の身を心配していろ」


 深影が弓の弦を引くモーションに入ると、イチイはそれに連動して魔力で編んだ弦を生み出して深影の指に絡めた。

 きりきりと今にもはち切れそうな音を立てながら引かれた弦は深影の魔力とともにエネルギーをチャージし、イチイの中心に巨大な矢を作り出す。

 貫通力の高い光の矢はイチイが溜めたパワーに応じて長く大きく成長し、深影は片目を閉じて左目のみを開いた。


「人工神機奥義、穿て……〈欺瞞の矢(デセプション・アロー)〉!!」


 螺旋を描いて放たれた矢は途中で無数に分離を繰り返し、四方八方に分担して黒音を囲う。

 一発一発の威力が弱いならまだしも、たった一発でとてつもない威力を持つ矢が数十、数百と雨のように降り注ぐのだ。


「ったくあのバカ、何ぼーっとしてるのよ……黒音、受け取りなさい!」


「力を貸してくれるって信じてたぜ、エリ。トライデント、これから何度も力を借りることになる。改めてよろしくな」


『こちらこそ、よろしくね』


 海里華から突き刺さるような勢いで投げられたトライデントをジャンプして受け取った黒音は、イチイの矢が接触する寸前でトライデントに魔力を注ぎ、分厚い水のベールで矢を食い止めた。

 確信などないのに、後一秒遅ければ無数の矢に串刺しにされていたと言うのに。黒音は海里華がトライデントと言う力を貸してくれると信じて無防備のまま立ち尽くしていたのだ。

 自分の命を危険に晒してまで仲間を信じ切るその真っ直ぐな瞳は、心を操りかき乱す悪魔の瞳とは到底考えられなかった。


「死の匣で躍る白銀の少女よ、堅牢なる扉を解き放て。〈解錠(リベレーション)〉!!」


 黒音の腰に下げられているのは仲間より託された力の源、レーヴァテインの門を開く八つの鍵だ。

 黒音はそのうちの青い鍵を取り外し、レーヴァテインの錠へと鍵を差し込む。

 黒音の中で爆ぜる魔力は死神にも匹敵し、鍵となったその魔力を一心に注がれたレーヴァテインは腹の奥に埋め込まれた錠前の一つを全力を以て解錠した。


「凪に眠る海に青き雫を落とせ……〈青き雫(ティアーズ)〉!!」


 黒音が身に纏う漆黒の甲冑はレーヴァテインより解放された水属性の力で群青色に塗り替えられ、華やかな水のベールは無骨な甲冑を繊細に飾る。

 薄い水の膜で形成された翼は背中から腰へと移動し、先ほどまで翼があった部分には神の力を形として表すように光背が渦巻き輝いていた。

 海里華から託されたトライデントは三つの切っ先が三方向へ広がり、その中心にレーヴァテインが刺さるようにして連結して三叉槍は薙刀へと進化を遂げる。


「ふん……仲間の力は借りんのではなかったのか?」


「ああ、仲間の力はな。でもこれは俺自身の力で引き寄せて俺が物にした俺の力だ。文句あるか?」


「屁理屈だな……だが、今更他人の神機を借りたところで……」


「なあお前さ、いつまで自分が格上だと思ってんの?」


 最大の武器であるトライデントと連結したレーヴァテイン、レーヴァテイン・ティアーズを上空へほっぽりだし、素手のまま深影の胸ぐらを掴みに行く黒音。

 海里華の力が合わさったおかげでとてつもないスピードとなり、もはや愛梨達の目ではとても追うことが出来なかった。


「俺が記憶を取り戻した時点で、俺とお前はほぼ互角なわけ。死に物狂いでかかってこいよ。余裕ぶっこいてるとその首食い千切るぞ?」


 まるで糸で操っているのかと思うほど綺麗に黒音の手へと落ちてきたレーヴァテイン・ティアーズは、黒音と同じく水のベールを切っ先に纏ってその貫通力を増幅させた。

 黒音はたった一人で〈tutelary〉を壊滅させ、魔王を殺すことのみを目的に努力を積み重ねてきたのだ。

 万が一〈tutelary〉のメンバーを同時に全員相手にすることも想定し、英雄四人と同時に戦うなんて無茶な特訓もした。

 あんなチートじみた連中を同時に四人も相手にしていたのだ、今更〈tutelary〉のメンバーたった一人に苦戦するなど英雄の顔に泥を塗るような真似は出来ない。


「……アンドラス、やるぞ。もう手加減は必要ない」


『クスクス……もうし~らない……♪』


 左側に纏っていたローブを脱ぎ捨てた深影は、右手にサブマシンガンのシプカ・ハニィカムを、左手にマスケット銃のクリミナル・マグナムを携えると、力強く地面を蹴ってフリスヴェルグの背中へと飛び乗った。

 フリスヴェルグを抑えていたフィディはと言うと、何故かドロドロとした液体をかけられて地面に墜落していた。

 おまけにドラゴンの姿から少女の姿に戻っており、ドロドロの液に戦闘服を溶かされて何やらイケナイことをしているような格好となっている。


「お、おいフィディ、お前どうした?」


「も、申し訳ありませんマスター……フリスヴェルグに正体不明の液体をかけられてしまい……恐らく溶解液と思われます。私の肌は鋼鉄で構成されている為ダメージはほとんどありませんが、戦闘服を溶かされてしまいました……」


「オーケー、まず大事な部分を隠そうか。目のやり場に困る」


「も、申し訳ありませんマスター……見苦しいものを……」


「いや、決して見苦しくはないけどな。なるほど、魔力を吸収するだけじゃなくて溶解液まで飛ばせるのか。変身が戻ってるみたいだが、もう一度ドラゴンにはなれるのか?」


「はい、問題ないようです。戦闘能力も飛翔も問題ありません」


「よし、ならもう一回変身して背中に乗せてくれ。今度は二人で行くぞ」


「イエス、マイマスター。どうぞ私の背中にお乗りください」


 戦闘服が完全に溶けて体から滑り落ちる前に、フィディは再び鋼鉄のドラゴンへと姿を変えて黒音を背中に乗せた。

 落雷のような甲高い咆哮とともに飛翔したフィディは、深影を乗せたフリスヴェルグのいる上空へと高度をあわせて上昇する。

 深影はすでにフリスヴェルグの背中の上でスナイパーライフルを準備しており、万端の状態で待機していた。


「俺を狙撃する気か? 無理だな、空中戦ともなれば尚更だ」

「貴様ら諦めの悪い雑魚の言葉で表すならば、やってみなくてはわからんと言うことだ」


「なら試してみろよ、龍帝にさえ迫る実力を誇るコイツの力を。駆けろ、フィディ!」


 ここからは使い魔と神機を用いた空中戦、動ける範囲を広げて立体的になった分、深影が使える銃器のレパートリーは増える。

 さらにフリスヴェルグと言う巨大な機動力を投入したおかげで、マスケット銃のような銃器だけでなくガトリング砲やレーザー砲のような重火器を投入することが可能となった。


「アンドラス、ガトリング・ビリオンを出せ」


『いいの……? あれはまだ改造(リモデリング)したばかりで、調整も済んでないのよ……?』


「構わん、不具合は俺が修正する」


『……深影、変わったわね……』


「何だと?」


『昔の貴方なら確実性のないものは絶対に使わなかったはずなのに……それに……とても楽しそう……』


「所詮、戦いに確実性などというものはない。楽しいなど、もっとない」


『そう……? でも貴方……今笑ってるわよ……?』


 ……言われて初めて気づいた。頬がつり上がっている。

 強い奴との戦いは心が昂るし、楽しいと感じるのは事実だ。

 だがそれはスポーツで選手同士が競い合うような、純粋な闘争心によるもの。

 しかしこの男は、今目の前にいる男は、他人の命を狙うことに快感を覚え、命の重みを軽視して弄んでいる。

 他人の命も、自分の命すらも興奮の材料として賭け皿に乗せるような馬鹿げた男だ。


「バカな……俺は命を奪い合う行為に快感を覚えたりなど……」


『いいじゃない……悪魔なんだから、少しは楽しんだら……? 貴方は誰よりも命の重みを知ってる……貴方が今楽しいと感じているのは殺し合いじゃなく闘争(・・)よ』


「アンドラス……ああ、そうだ。俺は純粋にアイツとの戦いを楽しんでいる。命を賭けて戦うことを楽しんでいるわけではない」


 二門六連のガトリングガン、その改造版であるガトリング・ビリオンを展開した深影は、フリスヴェルグの背中を蹴って合図を送った。

 フリスヴェルグはフィディに負けず劣らずの甲高い咆哮を張り上げ、尋常ではないスピードで空を駆ける。

 それに合わせてフィディも音速を越えるスピードでフリスヴェルグにぴったりと張りつき、黒音はレーヴァテイン・ティアーズに纏わせた水流を圧縮して広範囲にフリスヴェルグを襲う。


「すべて撃ち落とす! 風穴を開けろ〈十億の銃弾(ビリオン・バレット)〉!!」


 深影の魔力を受けて回転した銃口から無数の弾丸が降り注ぎ、フィディはその波に逆らわないようその弾丸に沿ってスピードを上げていく。

 空に広がる弾丸と水流の衝突による爆発で観戦室にいる皆が顔を庇う中、その中心にいる黒音と深影は心底楽しそうに空を駆け巡っていた。

 楽しい。心底楽しい。心が踊る。今までにないくらい。

 未だかつて経験したことのないような高揚感と、自分の意思に関係なく突き動かされる本能に正直な体。

 流れ弾が頬をかすった痛みさえも、二人の血を沸騰させる材料にすぎない。


「フィディ、突っ込め! 防御は全部俺に任せろ!!」


「フリスヴェルグ、近寄らせるな! 俺が打ち落とす!!」


 ガトリングの弾やレーザー、おまけにミサイルなどが飛び交う戦争の空で、二人は最高の笑顔を浮かべていた。

 この時間がいつまでも続けばいいのにと。

 だが楽しい時間の終わりは、唐突に訪れる。


「っ……フリスヴェルグ、かわせ!!」


 レーヴァテイン・ティアーズにより跳ね返された弾丸が、フリスヴェルグの胴体に直撃した。

 バランスを崩したフリスヴェルグは飛行状態を保てず、大きな羽根を散らして地面に墜落する。

 だが深影はフリスヴェルグが地面に激突するよりも先にフリスヴェルグから飛び退き、落下しながらもスナイパーライフルを構えた。


「ロックオン……〈貫通する狙撃弾ペネトレート・スナイプ〉……!!」


 深影の放った一発の弾丸は静かに軌道を滑り、風を切る僅かな音とともに黒音の左肩を撃ち抜いた。

 そして弾丸がマスターに直撃したことに動揺したフィディは、続けて放たれた狙撃弾に翼を撃ち抜かれてフリスヴェルグと同じく地面へ急降下する。


「フィディよくやった! 休んでろ、ここからは俺が決める!」


『俺が、じゃなくて俺達が、でしょ?』


「ああ、そうだな。終わりを始めよう……リミットブレイク」


 その言葉を口にした瞬間、黒音の右手に携えられていたレーヴァテインの剣が光と粒子となって消え去り、黒音の左腕に装着されたレーヴァテインの盾が、剥がれ落ちるようにその姿を現した。

 外見は円形から五角形となり、九つあった鍵穴は中心へと集中している。

 黒音は盾に差し込まれたレーヴァテインの本体である剣を抜き取り、それを天に掲げた。

 レーヴァテインを突き上げた黒音の身を包む甲冑の表面が弾け飛び、濃密な瘴気が黒音を包み込む。

 淡い光に包まれた黒音は、己の身を包む甲冑を振り払った。

 新たに黒音の体を包む甲冑は、起伏がなく空気抵抗の少ないフレームだった。

 だが黒音の頭上に展開された魔方陣から、次々と甲冑のパーツが落ちてくる。

 甲冑のパーツはそれぞれ決まった場所に装着され、黒音の全身は重厚な鎧に包まれた。

 最後に黒音の頭部を魔力のベールが覆うと、黒いフレームの上に金色の仮面を被ったようなフルヘルムが頭部に装着される。


「終焉の魔帝……リミットブレイカー、ネロ・デチェッソ」


 黒音がリミットブレイクしたことにより一時的に弾かれたトライデントは、回転しながら海里華の手元へと舞い戻る。

 暴走したアイゼルネさえも完封した黒音のリミットブレイク、記憶が戻り本来の力を発揮した黒音のリミットブレイク。

 比類なき輝きを放つ甲冑を身に纏った黒音は、背中に透き通った巨大な翼を広げて深影に突っ込んだ。


「これが俺の本気だッ!! テメェの技で受け止めてみろッ!!」


「ぐっ……フリスヴェ──」


「もうその手は食わねえよ、レーヴァテイン!!」


 胴体を損傷していようがお構いなしに黒音へ噛みつこうとするフリスヴェルグを、レーヴァテインの白銀の刃が容赦なく振り下ろされた。

 フリスヴェルグの飛翔能力を封じるよう翼に損傷を与え、くちばしを砕いてフィールドの端へ蹴り飛ばす。


「これでしばらくフリスヴェルグは動けねえぞ!!」


「よくも……ならば幻に眠れ!!」


 歪む空間、狂う五感。夢と現実の境界線を曖昧にする深影の〈幻影魔術イリュージョン・スペル〉。

 リミットブレイカー相手でも申し分ない威力を発揮し、黒音の五感を支配した。


「貴様はアイゼルネの時、一度俺の〈幻影魔術〉を受けている。リミットブレイクしていたとしても、一度かかればかかりやすくなる」


「ぅ……あ──」


 深影に向かってレーヴァテインが振り下ろされる寸前、深影は甲冑越しに黒音に触れ、魔力を流し込んで五感を狂わせた。

 フィギュアのように硬直して動かなくなった黒音の両手足を魔力で編んだ鎖で縛り付け、深影はイチイの弦を再び引いた。


 ──ここは、どこだ?

 さっきまで戦っていたはずなのに、戦う?

 誰と戦っていた? 何も思い出せない。

 まどろむ意識とかすむ視界で確認出来たのは、薄暗い瘴気の漂う異質な空間。

 意識を吸い出されるような脱力感のせいか、体の感覚が酷く曖昧だ。

 どこからともなくハイヒールの音が響き渡った。

 それに合わせて通路を照らすようにろうそくの灯が灯る。


 誰かが来る。だがそんな事に気を配っているほど、精神状態に余裕はなかった。

 とにかく意識をつなげる事で精一杯。

 ここはどこなのか、これは現実なのか、そもそも自分が誰なのかすらわからない。

 何一つとして、覚えていない。


 ──気分はどう?


 その声を聞いた瞬間、今まで考えていた事が全てどうでも良くなった。

 万物を魅了する暴力的なまでの美しさ。

 ろうそくの薄暗い灯火で照らされた彼女の美貌は、自分の全てを鷲掴みにして離さなかった。


 ──私は悪魔。貴方に罪という可能性を与えに来たわ。


 彼女が何を言っているかは理解出来ないが、一つだけ確信出来る事がある。

 それはもしこの人の言葉に乗ってしまったら、二度と戻って来れなくなってしまうという事だ。

 彼女に支配された頭がかすかにそう叫んでいた。


 ──貴方は人間として死を迎えたの。


 やはり、と。本能は確かに嘘をつかなかった。

 自分は悪い夢を見ていて、彼女がいかれたことを言っているのか。

 彼女が言っていることが事実で、自分がおかしくなっているのか。

 どちらにせよ、この胸のざわめきをおさめるには至らなかった。


 ──貴方は今、私の意識の中にいる。私はね、貴方のことを救ってあげたいの。


 救う? この状態から? もう死んでいるというのに? 

 そう思って、諦めたように吐き捨てたいはずなのに、どうしてか彼女に言われるとそれが真実に思えて仕方がない。

 言葉一つ一つが理性を食いつぶし、毒のようにじわじわと蝕んでいく中、彼女は妖艶に言葉を続けた。


 ──貴方は誰かを酷く憎んでいるわね。母親を殺されて、妹を殺されて……もう一度聞くわ。気分はどう?


 魅惑に蝕まれていた脳に、締め付けられるような痛みが走った。

 沸々とわき上がる怒り、悲しみ、憎しみ。そんな負の感情が溢れ出してくる。

 憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い──

 止めどなく溢れる憎しみがぼやけていた意識をはっきりとさせてくれる。

 開けた視界に広がるのは薄暗い城の中。赤いカーペットの上で自分の四肢が鎖に繋がれて吊るされている。

 それをほどこうと、怒りに任せて力の限り引っ張った。


 ──あは、凄いわね。私の意識の中で自分の意識を確立するなんて。もう貴方はそっちの世界にはいないようね。


 血眼を見開き、猫が威嚇するように息を荒げる自分に、彼女は楽しそうにこちらの首筋と顎に指を這わせた。

 先ほどまでは悦びと感じ取っていたそれも、今ではそれが憎くてたまらない。

 顎に伝う指を噛み千切ろうと、何度も身をよじる。

 だが一瞬にして金縛りのように動けなくなり、体の自由を奪われた。

 そして彼女は色っぽくこちらの耳元に口を近づけ、


 ──貴方はもう悪魔(こちら)側よ。


 ぞわり、と背中に冷や水をかけられたような悪寒が走り、思考が氷点下を下回る。

 失われていた記憶のピースが徐々に埋まっていき、あの時の景色が鮮明に蘇って来た。

 あの時自分の全てを奪ったのは彼女ではない。


「魔王ッ……!!」


 黒い炎に包まれた影を、自分は確かに覚えている。

 影は自ら明かした。我は魔王だと。

 理解出来ない、思考が追いつかない。

 人が突如虚空から現れ、体に黒い炎をまとい、一瞬で一軒家を焼き払い、一家を惨殺し、我は魔王だと名乗る。

 天地がひっくり返ってもあり得ないことが空想での現状が、確かに自分の身に起ったのだ。

 これは悪い夢だと否定させない、リアルな感覚の記憶。

 居心地の悪い静寂に包まれた空間で、彼女は妖艶な笑みとともに下をこちらの頬に這わせた。


 ──魔王が憎い? 憎くて憎くて許せない? 復讐する? 思い知らせて上げる? 


 憎しみを押さえ込む理性を削り、逆に後押しするように責め立てる彼女。

 だが彼女が責め立てるまでもなく、既に己の全てが憎しみへと変わっていた。


「復ッ讐……ッ」


 ──そう、私と契約すれば、魔王に復讐出来る力を貸してあげるわ。


「契約……?」


 ──貴方が人間であることを捨てるというのならば、私はそれ相応の力を上げる。


「……なんでも……くれてやる……それで魔王に復讐出来るなら──俺の全てをくれてやるッ!!」


 彼女はその言葉に満足したのか、こちらの四肢を拘束する鎖を消し去り、自由にした。


 ──これで貴方は契約者になる資格を得た。さあ、私と契約の口づけを交わしましょう。私の名はアスタロト。ソロモン七十二柱が一柱、序列二十九位の大公爵よ。


 レオパードのドレスを纏う彼女、アスタロトはゆっくりと顔を寄せ、自分は強引にアスタロトの後頭部に手を回し、荒々しく唇を貪った。

 唇をこじ開け、舌に吸い付き、口内を滅茶苦茶にかき回す。

 唇の隙間から悩ましい声を漏らすアスタロトがかすかに頬を緩めた瞬間、景色が弾けとんだ。


「そう、だッ……俺は魔王に復讐する……深影、お前でつまずいてる余裕はねえんだッ!!」


 両手足を拘束する魔力の鎖を力で引き裂き、荒い息を繰り返す黒音。

 レーヴァテインを杖がわりに何とか膝をついた黒音は、無事を装って震える足で立ち上がった。


「バカな、自力で〈幻影魔術〉を解いたのか……? 五感を狂わされていると言うのに……」


「深影、いいことを教えてやる。人の心ってのは五感を支配さても決して屈しないモンだ。況してや俺には全身が動かなくてもやらなきゃならねえことがある!!」


 鼻先に突きつけられたイチイの矢をレーヴァテインで叩き割った黒音は、頭を殴り付けられたような頭痛を無理矢理黙らせて深影の胸ぐらを掴んで渾身の拳を顔面に叩き込んだ。

 殴った拳がその反動に耐えきれず、拳から流血するほどの力が深影の全身に伝わり、その衝撃で深影は大きく吐血した。


「ぐ、ぅ……やはり貴様は、狂っている……」


「俺はもう二度と忘れない……辛いことも大切なことも、全部引っ括めて俺の記憶だ」


 決して失せることのない輝きを放つレーヴァテインの盾にレーヴァテインの剣を差し込んだ黒音は、気が遠くなりそうなほど膨大な魔力をレーヴァテインに注ぎ込む。

 抗えぬ一撃、これを食らえば確実に負ける。

 嘗めていた。ここまでの覚悟がこの男にあったのかと。深影の中で久しぶりに敗北の二文字が浮かんだ。


「負けちゃダメっ……負けないで、深影くんっ!」


「深陽、何故ここに……俺は待っていろと……」


「プライドを折らないで……その誇りを貫き通してください……あなたの力はそんなものじゃないはずです──勝て、深影ッ!!」


 観戦室を乗り出し、涙を流して叫ぶ愛梨と深陽。

 いつぶりだろうか、誰かの為に頑張ろうと思えたのは。

 これは使命などではない。ただ負けたくないと言う愚かな一匹狼のプライドだ。

 それよりも愛梨に呼び捨てで呼んでもらえたことが何よりも深影の心を突き動かし、奥底に眠る魔力を掻き立てた。


「お、おぉおッ……はぁあッ!!」


 深影の放つ魔力の圧力が、黒音の右手を強制的に深影の心を胸ぐらから突き放す。

 この場にいる全員が驚愕で我を忘れるほどの魔力の奔流、群青色の濃密な魔力が深影から溢れ出すと、深影はその言葉を口にした。


「技の真髄を見せてやろう……リミットブレイク!!」


 深影の身に纏う甲冑が弾け飛ぶように取り外されると、深影の頭上でそれらのパーツが粒子となって消え去った。

 空中で分解した甲冑の粒子は群青色を帯びて再構成され、細いひし形のパーツとなって再び深影の体へと装着される。

 新たに深影の頭に装着されたのは、空気抵抗を極限まで抑えた細い花のような形状をした蒼いフルヘルムだった。

 通常時深影の腰に巻かれていた、重火器を収納していたベルトのアクセサリーは甲冑の各部位へ収納され、両肩には狼の頭が象られた二本のキャノン砲がセットされている。

 金色のラインが刻まれた群青のパーツで構成された甲冑を纏った深影は、リミットブレイクとともに右手に宿った新たな銃のトリガーに指をかけた。


「リミットブレイカー……深淵の魔弾、〈青藍の深淵者インディゴ・アビュッソス〉!!」


「リミットブレイク、した……!?」


 呼吸の方法さえ忘れてしまうほどの驚愕、目の前で変貌を遂げた深影の姿を見て、愛梨は驚くとともに嬉しいと言う感情を覚えた。

 やっと深影さんが、いつも思い詰めたような顔をしていた深影さんが己の限界を越えたのだと。


「そうか……俺とともに見たいか、蒼い深淵を……いいだろう、ならば俺の技を乗せて放て〈魔弾の射手(フライクーゲル)〉!」


 深影の手に携えられていたのは、肘から手首ほどの長さと太さをした銃身と、指二本がかかる長いトリガーの銃。

 細かいデザインが施されたフレームとその先端には、異様な存在感を放つコンドルの頭のような形をした銃口が瞳孔を光らせている。

 翼の模様が彫られたグリップを握った深影は、無造作に黒音へ銃口を向けた。


「戦け、そして心臓を差し出せ」


 軽い力で握り込まれた長いトリガーは、内部の激鉄を作動させて装填されている銃弾を銃口より解放した。

 遥か上空より獲物を狙う猛禽のような威圧感を放つ銃口から放たれた蒼い弾丸は、銃身に流れる模様と同じ蒼いラインを引いて黒音の眉間を正確に捉えた。


「ぅ……ぐっ……危、ねえっ……助かった、レーヴァテイン」


 はっきりと弾道が見えているはずの銃弾を、今まで何度も深影の銃弾をかわしてきた黒音が避けられなかった。

 幸いレーヴァテインが自律して盾で防いでくれたおかげで、大事には至らなかったが。


「俺の時と同じだ……記憶を失った俺が初めてリミットブレイクを意識した時も、レーヴァテインが舞い降りた」


「これが本物の神機か……イチイの威力も大したものだと自負していたが、本物がこれほどとは……」


Freut mich(初めまして)! 私はフライクーゲル、よろしくねご主人様!』


 深影が握るグリップを通じて、フライクーゲルと言う神機の意識が流れ込んでくる。

 クールなデザインをしたフレームのくせに、えらくハイテンションな自我が宿っているものだ。

 深影はこの緊迫したシリアスな場面で、何故こんな奴を目覚めさせてしまったのかと頭を抱えた。


『あれ、ご主人様元気ないの? せっかく呼ばれたから来てあげたのに、愛想ないね』


 フライクーゲルと名乗る銃の神機は、深影の手を離れて蒼い光を放つ。

 プラモデルのような幻想的な形状をしたフライクーゲルは、光とともに人の姿へと変貌を遂げて地に足をつけた。

 猛禽の鋭い鉤爪を彷彿とさせる重力に逆らった癖っ毛は、右側のサイドアップにして後ろ髪をおろしている。

 獲物を捉えて離さない猛禽の双眸は元気一杯に輝き、瑞々しい柔肌の左頬には猛禽のくちばしをイメージしたタトゥーが描かれていた。

 童顔の割には出るとこはちゃんと出ている体型で、グラビアモデル顔負けのスタイルを飾る衣装は黒いボンテージ。

 刺激的なトップスに青と黒のチェックスカート、鳥の翼を模したマラボーを首から下げている。


Guten Tag(こんにちは)! ほら、一緒に!」


「な、何故俺が……」


「大きな声と目一杯の笑顔は自然と元気を引き出すの。ほら、恥ずかしがらずに! Guten Tag!」


「ぬ、ぐ……Guten Tag……」


Ja(うんっ)! まだ笑顔が固いけど、少しずつ慣れていこ!」


「なんなんだ、この神機は……」


 あの深影が自分より幼い少女に振り回されている光景は、疲れきっている〈avenger〉のメンバーに軽い衝撃を与えた。

 そしてそれは〈tutelary〉のメンバーも同じ、コロナと優の面倒を見て休日を潰したり、愛梨と何かイイ感じの雰囲気になったりと。

 これらの過程から結論づけるに、深影はロリコンなのではないだろうか?


「おいロリコン、とっとと撃ってこいよ」


「だ、誰がロリコンだ! 貴様、言葉に気を付けろよ?」


「でもよ、お前の仲間もそんな目で見てるぞ?」


 黒音が顎で示した先には〈tutelary〉の一同、深影はこめかみに汗を流して恐る恐る視線を向けると、


「み、深影さんがロリコンだったなんて、幻滅です……」


「あ、危なくてコロナちゃん達を近づけられないね」


「んー、せーへきは人それぞれだもんね」


「愛梨さんだけじゃなくて、僕達もストライクゾーン……?」


「……深影……少し、見損なった……」


 口々にひそひそと深影を冷たい目で見下ろすチームメート達、深影は絶え間なく押し寄せる頭痛と胃痛に悩まされながらも、フィールド以外の情報をシャットダウンした。


「フライクーゲル、お前は黙って弾丸だけを装填していろ」


「うー、Es tut (ごめん)mir leid(なさい)……」


 守護に選ばれし者が目覚め、ようやく適正者に出逢えたかと思ったら笑わないし気難しいし可愛くないし……。

 挨拶を教えてあげたら咎められたし、目覚めてから踏んだり蹴ったりもいいところだ。

 だがフライクーゲルはすぐに知ることとなる。

 この男の凄さを。そしてこの男の掲げる誇りがどれほどのものかを。


「さて、フィールドの温度も丁度いいくらいに冷めてきたし、また上げ直すか?」


「当然だ。忠告しておくが、楽しむ余裕があると思うなよ」


 ハイテンションな少女からコンドルの頭をもたげた銃へと変身したフライクーゲルは、青藍の煌めきを放ってその銃口を開いた。

 長いトリガーに当てた二本の指に力を込めた深影は、継続的に魔力を送り込んでトリガーを連続で弾く。

 初めて使う銃で、いきなり連射を試そうと言うのだ。

 フライクーゲルの銃身に流されたのは凍てつきそうな、温度のない深海のような冷たい魔力。

 何人をも拒み、触れるものすべてを凍結させる青き闇。

 だがフライクーゲルにはそれがとても心地いいと感じた。

 魔力を流されて冷えきっているおかげで、深影に触られているグリップと銃身がとても暖かく感じる。


「〈ラピッド・ファルコン(隼の神速弾)〉!!」 


 フライクーゲルの銃口より放たれたのは、猛禽類のシルエットをした無数のレーザー。

 不規則なカーブを描いて空を舞う無数のレーザーは、突如軌道を大きく変えて一点に集中した。

 光が屈折するように向かう方向を変えたレーザーの群れは、レーヴァテインを構える黒音へと収束する。


「コイツ、弾道が予想できねえ……さっきの一発も、弾道が見えてたはずなのに避けられなかった……!」


『来るよ黒音、レーヴァテインで弾き返そう!』


 レーヴァテインの剣と盾へ同時に魔力を注ぎ込んだ黒音は、レーヴァテインの特性、衝撃の倍加でレーザーを跳ね返し──


「なっ、弾が逸れた……!?」


 黒音へ収束したはずのレーザーは、レーヴァテインが弾くまでもなく数発が方向転換して別の場所へ着弾した。

 深影が狙いを誤ったのだ。深影に限っては絶対にありえないことだが。


「……外したのか、俺が」


『ご、ごめんねご主人様、まだご主人様の魔力に慣れてなくて……頑張って合わせようとしたんだけど……』


「合わせようと……なるほど、ターゲットアシストか。フライクーゲル、俺にそれは必要ない。次からは何も考えず、俺に身を預けろ。言ったはずだ、弾丸だけを装填していろと」


『で、でも、自慢じゃないけど私は初めてで使いこなせるほど簡単じゃないんだよ?』


「それがどうした、どんな性能をしていようがどんな形状をしていようが銃は銃。俺に扱えない銃器はない」


 初めて扱う銃、無論その性能や癖を完璧に熟知しているわけではない。

 だからフライクーゲルは深影から注がれた魔力の量に合わせて、自動的にターゲットへヒットするよう自ら弾丸の弾道を絞った。

 しかしそれが却って深影の狙いをずらしてしまう原因となったのだ。


「行くぞ、俺に身を委ねろ」


『……Ja! 分かったよ!』


 フライクーゲルはターゲットアシストを解除し、グリップを握る深影の手にすべてを預けた。

 そして今気難しい技術マニアと、はっちゃけたドイツ銃の歪な歯車が、完全に噛み合った。

 暗闇の中で孤独に咲く蒼いストレプトカーパスのように、歪な歯車が噛み合って開花した花は、幻と影の真髄へと至り真実へと到達する。

 真の幻とは空虚を魅ることではない。真の幻とは、人が理想を追い求めた先にある果てのビジョンだ。


「獲物を食い破れ、〈隼の神速弾〉!!」


 再度フライクーゲルより放たれた無数のレーザーは、前回と同じく反射されたように屈折する。

 急上昇したレーザーは鳥が羽根で風を打つように急速な方向転換を経て、半円形を描いて黒音へ落下した。

 連続で起こった爆発により砂煙が巻き上げられ、爆発の粉塵とともに黒音は姿を消した。

 黒音が爆発する寸前まで、全員がレーザーの軌道を血眼になりながら追っていたが、やはりレーザーは間違いなく黒音へと直撃していた。

 今度はレーヴァテインの特性を展開する暇もない。

 猛禽類が追い詰めた獲物に鋭い鉤爪を突き立てるように、無数のレーザーは美しい弧を描いて黒音を深く抉った。


「……落ちたか?」


「ぐっ……かはッ……はぁッ……はぁッ……!」


「ふん、今の貴様がそう簡単に落ちるはずもないか」


「い、今のは危なかったぜ……」


 間一髪、全方位からの攻撃を分厚い断層の壁が防いでいた。

 巨大な岩が積み重なって出来た防壁を盾に、黒音はフライクーゲルの全方位一斉射を防いでいる。

 だが黒音の戦力に地面を操れる能力を持った者はいない。


「仲間に神機を貸すことは、ルール違反ではないですよねぇ?」


「助かったぜ、璃斗。今度ファミレスで奢ってやるよ」


「楽しみにしてますねぇ、黒音さぁん♪」


「ヒルデ、グリム、改めて力を貸してくれ」


『ええ、こちらこそよろしくね』


『ワシらに任せておけ!』


「死の匣で躍る白銀の少女よ、堅牢なる扉を解き放て。〈解錠〉!!」


 ヒルデ・グリムを両腕に装着した黒音は、レーヴァテインの盾に黄の鍵を差し込んでレーヴァテインの剣を盾に収納した。

 左腕に装着したヒルデとレーヴァテインの盾が連結し、黒音を含めて黒音が装着しているものすべてとエネルギーを共有する。


「枯れた命に黄の恵みを授けよ……〈黄の巌(ロック)〉!!」


 黒音が身に纏う黄金と漆黒の甲冑はカラーリングの割合が逆転し、黄金のラインは漆黒へと、漆黒のアーマーは黄金へと変化した。

 大地の重圧を体現したかのような分厚いアーマーは黄金の光を帯びて二回りほど縮んで凝縮し、強度を限界まで高める。

 ダイヤモンドすら比較にならないほどの硬度と、空気よりも軽い機動力を両立させた普通ではありえない物質の甲冑。

 纏う甲冑とは逆にレーヴァテインと連結して、二倍近く大きくなったヒルデ・グリム。

 ヒルデ・グリムの力を受けたレーヴァテイン、レーヴァテイン・ロックを黒音はフィールドの地面に叩きつけた。


「砕け散れ……〈結晶閉門(クリスタル・ロック)〉!!」


 黒音に殴られた地面はその衝撃に耐えきれず隆起し、いたる場所から尖った岩をつきだした。

 うちの数個が地面から離れて空中に持ち上がると、黒音は何かを挟んで押し潰すような勢いで両拳をぶつける。

 すると地面よりもちあがった岩が、深影に向かって吸い寄せられるように集合した。

 フライクーゲルで撃ち抜く間もなく深影を岩の檻に閉じ込めた黒音は、さらにその上から岩を無数の岩が集まり、完全に深影を拘束する。


「……これがお前の本来の力なんだな、レーヴァテイン」


『はい、どうやら支配者の記憶が戻ったことで私達の間に存在する壁が取り除かれ、互いに本来の力を発揮出来たようです』


「なるほどな……ヴァンキーシュとの戦いで璃斗と梓乃の鍵が壊れたのはこれが原因か」


 だが先ほど使っていた海里華の鍵も壊れておらず、むしろ璃斗の鍵も含めて出力が上がっているように感じる。

 その証拠に、リミットブレイクを経てからの鍵を使った姿が大きく変わっていた。


「おい、そろそろ出てこいよ。お前がこんなんで落ちるわけねえんだからな」


 黒音がレーヴァテイン・ロックを降り下ろす素振りをした瞬間、深影を閉じ込める岩の檻から青い光が溢れだした。

 内側から発せられる莫大な魔力が岩を押し上げ、無数の銃弾とともに深影を解放する。

 粉々に砕け散った岩の破片の中で、深影はフライクーゲルの銃身を手前にスライドさせた。

 金色の銃口はさらに大きく口を開いて銃身を滑り、翼の造形が施された中心の銃身が三つの輪とともに露となる。

 銃口から浮き上がった三つの輪はフライクーゲルの中でエネルギーの凝縮と分散を繰り返し、十分にエネルギーが溜まったことを確認すると、深影は銃口を元の位置に戻し再び手前に引き戻した。


「フライクーゲル、〈連射形態(ラピッドフォルム)〉だ」


 長いトリガーを二本の指でリズミカルに弾くと、フライクーゲルら尋常ではないスピードで無数の弾丸を吐き出した。

 銃口から浮き上がっていた三つの輪が生成した無数の弾丸、一つ一つが鳥の羽根の形をしていて、舞い踊るように黒音を追尾する。


「星の数ほどある弾丸が、追尾弾だと!?」


『ま、マズいよ黒音っ! これは流石に防ぎ切れな──』


「防ぎ切れないなら、全部消し飛ばしゃいいんだ! アズ、レイチェルに貰った鍵を試すぞ!」


『ぶ、ぶっつけ本番なのっ!? あの深影を相手に、使ったこともない鍵なんてっ』


「んなこと言ってる場合か! 何もしねえまま後悔するくらいなら全力出し切るぞ!」


『うー、もうっ! 分かったよ! 最後まで付き合うよっ!』


「よし来た! アズ、レーヴァテイン、行くぞ!」


 腰に吊るされている鍵のうち、黒音は漆黒の鍵をキーホルダーから外してレーヴァテインとともに天井へ放り投げた。

 バックステップで弾丸を回避して天井を舞う鍵に狙いを定めると、黒音は先に落下してきた漆黒の鍵をレーヴァテインの錠前で受け止める。

 そして遅れて落下してきたレーヴァテインの剣を逆手で掴み取り、漆黒の鍵が差し込まれたレーヴァテインの盾に同じく差し込んだ。


「死の匣で躍る白銀の少女よ、堅牢なる扉を解き放て。〈解錠〉!!」


 とうとう避け切れなくなった弾丸の雨を、レーヴァテインから放たれた闇が吹き飛ばす。

 弾丸の雨を浴びる直前にレーヴァテインに差し込んだ鍵を右に捻り、闇属性の力を解放していたのだ。

 未だかつてないほどの魔力が溢れだしたレーヴァテインの盾、璃斗の鍵によって黄金に染まっていた甲冑は瞬く間に漆黒へ塗り潰された。


「無垢なる闇よ、我を黒き終焉へと誘え……〈黒き闇(オスクリタ)〉!!」


 左腕に装着されているレーヴァテインの盾は一回りほど大きくなって漆黒に反転し、宝石を散りばめたように妖しく煌めいた。

 吸い込まれるような錯覚さえ覚える妖艶な煌めきを放つ盾に差し込まれた、粉雪のように繊細で神々しさすら放っていたレーヴァテインの刀身は、黒音の魔力に染め上げられて盾とともに漆黒へと変貌し、白銀の魔剣は終焉の黒剣へと堕ちる。

 その輝きはさながら、死を前に一際輝く命の灯火のよう。

 森の奥に隠れる澄んだ湖も、葉脈を伝う涙のような朝露も、黒く塗り潰された闇より美しいものはない。

 人の口が表すことの出来る言葉ではとても形容出来ない、その禁断の艶美を纏うは極黒の妖精。

 白と黒の粉雪が舞う中で一人佇む黒の妖精は、翼の刻印、龍の鱗、女神の包容で描かれた甲冑を身に纏って漆黒の翼を広げた。

 死神の喉元を食い千切り、天使を堕として生き血を啜る。

 これこそが極黒の完成形、すべてを黒く塗り潰す究極の闇。

 甘くて痛い、美しく穢れたその者は──


「憂鬱に沈んでみるか? 存外楽しいぜ」


「未愛 黒音……貴様、どこまで進化する……」


「知るか。んなもん、生きてる限りどこまでもだ」


 薄く透き通った漆黒の翼が薄紫色の蝶々達となって消滅すると、黒音はそれと同時にその場から消失した。

 もはやこの次元、このスピード、速いなどと言うレベルではない。

 風属性でも随一のスピードを誇る白夜が冷や汗を流して頬をひきつらせる。もしかしたら本気で追い付かれるかもしれない。

 スピードだけはすべての契約者の中でトップだと思っていた自分が、まさかぽっと出の契約者に追い抜かれるかもしれない。

 それほどまでに黒音の瞬間的な加速は驚異的なものだった。

 だがそれよりも驚きなのは、その規格外のスピードで動き回る黒音に正確に照準を合わせている深影だ。


「今までならば恐らくは追えなかった……だが今ならば、リミットブレイクした今ならば……見える」


「見えるだけか? 撃ち抜いてみろよ、今の俺を」


 恐らくだが、今の黒音は今までの契約者としての人生の中で、もっとも高い戦闘力を発揮しているはずだ。

 記憶を失う以前の経験と読心術、記憶を失った後のリミットブレイクとレーヴァテインが今一つとなって黒音の戦闘力を限界以上に引き出している。

 それに対して深影は記憶を失う以前の黒音と互角以上の戦闘力を持ち、レーヴァテインに引けを取らない性能を誇るフライクーゲルを手に入れ、リミットブレイクまでもを会得した。

 ただでさえ化け物じみた才能を開花させている二人が、リミットブレイクまでもを会得したのならば。


「これが、リミットブレイカー同士の戦い……まったく、ついていける気がしない……」


「僕も初めて見たよ、リミットブレイカー同士が戦うところ」


「ここまで凄まじいなんて……私では到底……」


「リミットブレイクとは文字通り自分の限界を越えること。僕も経験したことはないけど、リミットブレイクは極限まで集中力を高めた状態にあると言うことは知ってるよ」


 余計な思考や情報はすべてシャットダウンされ、すべての動きがスローモーションに見えるほどの集中状態。

 五感は指先の触覚一つまで最大限まで研ぎ澄まされており、思えば何でも出来てしまうような力を得た感覚。

 他の追随を許さないほどの資質、途方もない数の戦闘によって培われた経験、それでも尚一握りの選ばれし天才しか入ることの許されない未知の領域。


「切り裂け、レーヴァテイン!!」


「撃ち抜け、フライクーゲル!!」


 今二人の目には、発射された弾丸の軌道さえも降り下ろされた刀身の動きすらも、あくびが出るほどのスローモーションで見えるような光景が広がっている。

 何でも思い通りになる。自分がすべてなこの世界、だが支配者は二人も要らない。


「すべてを白銀に染め上げろ……レーヴァテイン、神機奥義!!」


「猛禽の嘴、有象無象を貫け……フライクーゲル、神機奥義!!」


「マズい、皆伏せるんだ!!」


 白夜の怒号のような声がフィールドに響き渡り、二人の戦いに見入っていた一同は我に返って各自、防御態勢に入る。

 だが白夜のように余力が残っている者はほとんどおらず、黒音と深影から放たれる圧倒的な魔力の本流に、ただ目を奪われて立ち尽くすのみ。

 下手をすればレーヴァテインとフライクーゲルが衝突する衝撃に吹き飛ばされて、骨折の一つはするかもしれない。


「仕方ない、フラガラッハ──って、損傷が酷すぎる……」


「ここは私に任せて、白夜……ベルゼブブ、リベリオン……」


 フラガラッハのコアを両手で握り締めた白夜に代わって、モノクロはリベリオンを手にベルゼブブと一体化した。

 今ここでリミットブレイカーの衝突を防げるのは、たった一人モノクロのみだ。

 そしてモノクロの神機リベリオンの特性は〈反発〉、自分より威力の低いものを寄せ付けない。

 これを高密度広範囲に展開することが出来れば、〈avenger〉を含めて全員を守ることが出来る。


「リベリオン、神機奥義……〈妖精喰いブラウニー・グラトニー〉!!」


 観戦室から膨れ上がった莫大な魔力はリベリオンへ一心に注がれ、連続して引かれたトリガーから放たれたレーザーは観戦室を囲うように弧を描き、フィールドと観戦室を遮断する。

 そしてモノクロがリベリオンのトリガーを引くとほぼ同時に、深影と黒音もまた、衝突の引き金を引いた。

 

「世界を終焉へと誘う黒き刀剣……〈神々の黄昏(ラグナロク)〉!!」


「暁を深淵へと沈める蒼き銃弾……〈深淵の極地(アビス・エントリヒ)〉!!」


 黒音が降り下ろした漆黒の一撃は、触れたものすべてを切り裂く意思に満ちた気迫を放って地面を割り、天井を裂き、凄まじい圧力でフィールドをねじ曲げた。

 深影が激鉄を弾いた青藍の一発は、近づくものすべてを撃ち抜く決意に満ちた気迫を放って地面を抉り、天井を呑み、凄まじい火力でフィールドを押し潰した。


「ここで全部の魔力を注ぐ……リベリオン……!」


 レーザーはモノクロが魔力を注いでいる限り、消えることなく観戦室を守るバリアとなり続ける。

 だがリミットブレイカーの衝突に耐えうる防壁を維持し続けるのは、いくら死神と言っても容易なことではない。


「ぐっ……持たせて、ベルゼブブ……!」


『そ、想像以上の威力だ……これでは、守り切れん……!!』


 暴食の死神の力を以てしても、リミットブレイカー同士の衝突を受け止めるには至らなかった。

 あまりにも威力が強すぎて、完全に威力を防ぎ切れるのはほんの十秒足らずが限界。

 魔力の枯渇を感じたのは果たしていつぶりだろうか、リベリオンのトリガーを引く指がぶれてならない。


「アスモデウス、お願い……アダマス!」


 リベリオンのレーザーが途切れかけた瞬間、観戦室を分厚い雲の防壁が包み込んだ。

 雲の防壁は衝突による風圧を受けて形が歪曲することはあっても、吹き飛んだり穴が開いたりすることはなく、観戦室を守り続ける盾となった。


「貴女……まだそんな力が……」


「私にだってこれくらいの力はあるわ。黒音には、気兼ねなく全力で戦ってほしいから」


 遥香が防壁を展開してから数分後、ようやく収まりを見せた二人の衝突は、跡形もなく消し飛んだフィールドの中心で終わりを迎えた。

 鼻を掠める火薬の臭いとともに砂埃の中心から現れた二人、一歩も揺らぐことなく銃口を、剣先を向けている。

 だが無傷とはほど遠い、満身創痍の状態でありながら決して微動だにせず、己の底を見せようとはしない。


「ふん、刃が欠けたか?」


「そっちこそ弾切れかよ」


 口の端から血を垂らして余裕を顔に浮かべる二人、並の契約者ならリミットブレイクの負荷に耐えきれず五分もまともに戦うことすら出来ないと言うのに。

 限界などとうに来ているはずだ。だが倒れない。折れない。

 決して屈さず、魔力を燃やし続ける。


「何だと……?」


「やるか……?」


 再び充填され始めたエネルギー、砂埃を巻き上げながら銃口と切っ先を向ける。

 次こそ確実に息の根を止める為に、二人は無言で一歩ずつ歩みを進めた。

 瓦礫を吹き飛ばしながら、地面に亀裂を刻みながら、まるで巨大な怪獣が歩みを進めるように大きな足音を立てて。

 やがて一メートル強まで近づいた二人は、鼻先に銃口と向けあって──


「ぅ……ぐ……」


「く、そ……」


 ──揃って、地面に突っ伏した。

 リミットブレイクを維持するのも限界を迎え、先ほどの一撃にほとんどの魔力を費やしてすっからかん。

 もはや、立つことすら敵わない。気力さえも、使い果たした。


「はぁ……はぁ……まさか……相討ち……とはな……」


「はぁ……はぁ……ああ……驚きだ……でも……う……おおッ……」


 最後の気力、最後の最後の一滴を絞り出して尚、擦り切れるまで出し尽くして、その男は、意地と根性で地面に膝を突き立てた。


「俺の……勝ちだぜ、深影……俺は、先に行く……ッ」


 両腕は半分切り落とされかのように力なく項垂れ、地面に突き立てた膝は今にも崩れそうに震えて。

 天を仰ぐように酸素を求めて顎を上にあげた黒音は、軋む歯を食いしばって雄叫びをあげた。


「は……はは……ははははッ……やはり貴様は……面白い……いいだろう、この勝負は貴様に譲ってやる……だが次こそは俺が勝つ……」


「ああ、いつでも受けて立ってやる。次も俺が勝つぜ」


「この、勝負……未愛 黒音の勝ちとする……よってこの勝負、チーム〈avenger〉の勝利と、する……」


 その現実を受け止めるまでに、数秒を要した。

 そしてその言葉の意味が理解出来た瞬間、〈avenger〉のメンバーの腹から本能の雄叫びが沸き上がった。

 勝った、勝利した、達成したと言う実感が自然と目尻に涙を浮かばせ、一同は喉がはち切れんばかりに勝利を叫ぶ。


「ん……んん……? へ……? どう、したの……皆……?」


「焔っ、目が覚めたのね! 勝ったのよ、黒音が! 私達が勝ったのよっ!」


「勝った……? 勝った……勝った──勝ったぁッ!?」


 寝ぼけた頭がようやくその意味を理解したようで、焔は遅れて声を張り上げた。

 六人の咆哮に包まれながら、深影は仰向けに寝返りを打って眩しい天井を仰ぐ。

 まさか負けるとは思わなかった。形容出来ない胸の痛み、とても平常心を保つことなど出来ない。

 悔しさでどうにかなりそうだった。だがだからこそ、次こそは負けない。


「深影さん……」


「愛梨……すまない……負けてしまった……」


「深影さんは最後まで頑張りました、だから恥じることなんてないですよ。とても、とっても、格好よかったです!」


「そうか……次こそは負けん……その時は──いや、何でもない」


 愛梨に上半身を抱き抱えられ、しかしまともに起き上がることも出来ない深影はしばらく愛梨の膝の上で休むことにした。

 対して黒音は歓喜に囚われた仲間に見捨てられ、か細く消えていく自分の咆哮とともに再び地面へ──


「っと、危ない危ない。お疲れさま、よくやったわね」


「エリ、待たせたな……今まで随分悲しい想いもさせたし、辛く当たったことも……」


「今はいいわ。アンタには後もう一戦、大事な戦いがあるでしょ。それが終わったら、ゆっくり聞かせて」


「そう、だな……でも今は……戦う余裕ねえ、かも……」


 久しぶりに感じる幼馴染みの胸の暖かさに緊張の糸が切れ、黒音は海里華の胸の中で静かに瞳を閉じた。

 暖かくておおらかで、まさにさざ波のような子守唄にも聞こえる心臓の鼓動。

 ついに耐えきれなくなったフィールドは崩壊を始め、ヒビの入った空間の中心で、海里華は黒音を抱き締めてその場から姿を消した。

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