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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第一章「影と幻」
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第三話『glimt svärd』

 発光するタイルで囲まれた球体の異空間。

 タイルの隙間には光の筋が走っていて、近未来的な光景だ。

 黒音達五人がシルヴィアと戦っていることなど露も知らず、梓乃は重力の軽い異空間でふわふわと浮いていた。


「わふう……ここが、仮想空間なんだね……」


「そのようだな」


「わふぁっ!? でっかい狼っ!? も、もしかしてフィルなの?」


 ようやく地面とも認識出来ない足場につき、梓乃は並外れた身体能力で重力の軽い空間をものにする。

 梓乃の目の前にいたのは、ふさふさの毛とエメラルドグリーンの鱗で身を包んだドラゴンだった。

 腕だけでも二メートル以上もあり、頭を含めた身長は三メートルに到達する。

 尻尾の長さを含めた全長は、十メートル近い。


「無論だ。この姿になるのは何年ぶりか……」


「初めて会った時以来だよ。なんて、覚えてないんだけどね」


 梓乃も黒音と同じように記憶を失っている。

 その原因はまだ分かっていないが、フィルは何かを知っているようだ。

 梓乃はフィルの左腕に抱きつき、甘えて頬擦りする。


「わう……おっきくて、すごく安心する……」


「梓乃……今は、いけない。リュッカを越えるのだろう。ならば今は本気で戦うのだ」


「そだったね……えへへ、じゃあ、やろっか」


 梓乃は想い出を噛み締めるように一歩ずつフィルから離れ、一定の距離をとって拳を握る。

 ここでは思いの力がすべて、思いの力が強ければ体格差など関係ない。


「霆の神童……仮想空間でも推して参るよ」


 思いの力がそのまま戦闘力になる仮想空間でならば、強く願えば一体化することも出来ると言うことだ。

 梓乃はフィルと一体化することを強く願い、自分の全身を緑色の鎧で包む。

 それはフィルと一体化した時、梓乃が纏うドラゴンソウルの鎧だ。


「早速この空間をものにしたか……だがそれは私も同じだ」


 思いの力ならば六種族だって負けはしない。

 思いの力が戦闘力に比例することは、六種族が元なのだ。

 感情によって力が左右される六種族、フィルはその思いの力を以て自分の姿を変身させた。

 三メートル近い身長をしたドラゴンは、ポニーテールが可愛らしい少女へと姿を変えた。


「ふえ、ふええっ!? 私っ? フィルが私にっ!?」


 人の、梓乃の姿へと変身したフィルは、さらに梓乃と同じく緑色の鎧を纏って梓乃と対峙した。

 格好や瞳の色、顔つきなどは少しだけ違っているが、ほとんどが梓乃と同じだ。


「これで私とお前に体格差はない。思い切り拳をぶつけ合えると言うことだ」


「何だか、自分と戦うのってすごくやりにくいね……でもこれで戦いやすくなったよ。そんじゃあ始めよっか!」


 自分の姿を変えることは出来ても、使い魔や神機を使うことは出来ない。

 ここからは拳と拳をぶつけ合うだけの泥臭い勝負だ。


「六人の中で私が一番思いが弱いかも知れないね……」


 叶えたい願いも、救いたいものもない。

 仲間を守ることは皆が思っていることで、願いではない。

 英雄を越えると言うことは目標であって、願いではない。


「甘い、そんな気持ちでは一生かけても私は倒せん!」


 小手調べと言うふうに放たれた梓乃のジャブを、フィルは瞳を閉ざしたまま掴んで梓乃を振り回した。

 拳を掴まれたまま地面に何度も叩きつけられ、梓乃は血を吐いて目を見開く。


「さ、サイズは変わっても、力は変わらないんだねッ……」


「当然だ。仮想空間において、姿形は飾りに過ぎん。今お前は自分の何十倍もの体躯をした相手と戦っているのだからな」


 自分とまったく同じ姿なのに、目の前にいるフィルが先ほどまでの巨大なドラゴンに見えてきた。

 だが梓乃は臆することなく、流れるように拳と蹴りを叩き込んでいく。

 勝ちたいと言う思いは勝っているはずなのに、やはり六種族の壁は高い。


「気持ちでは勝つと意気込んでいても、心のどこかでは敵わないと思っているのではないか?」


「っ……そんなことないよ。作戦なんてないけど、勝つ気だけは満々だからね」


 本当は図星だった。いくら鎧を纏っても、それはフィルの力でしかない。

 英雄の子でありながら何もない自分が、気高きドラゴンに勝てるのか。

 どれだけ取り繕っても、その気持ちだけはどうしても消えることはなかった。


「まだまだ、始まったばっかりだよ!」


「その意気だ。早く私を越えてみろ!」


 場所は移り変わり、とある街中。

 深影は誰にもぶつけられない葛藤を繰り返しながら、路地裏をさ迷っていた。

 その後ろには、フクロウと狼の顔が描かれたローブを纏う悪魔、アンドラスがついている。


『はあ……俺は何故あんなことを言ってしまったのだろう……って顔してる……クスクス……』


「……人の心を勝手に読むな。まったくもってその通りだがな」


 おまけに大切な本を愛梨に預けたまま出てきてしまった。

 スペイン語ばかりでほとんど読めないであろう本を渡された愛梨、今頃困っているに違いない。

 そもそも強い奴以外は眼中にない俺が何故あんな心にもないことを吐いて、挙げ句の果てに二人の頭を撫でたりなど……。

 だが本当にあれが本心だとすれば、自分も相当な甘ちゃんになったものだ。


『クスクス……今から本を返してくれなんて、言えっこないものね……それに本を貸してやると言ったのは貴方……』


「その通りだ……本当に面倒だな、仲間と言うものは」


『クスクス……でも馴れ合うことが強さに繋がるのならば、俺は喜んで馴れ合おう、だもんね……』


「弱い者を嫌い、強い者を愛すならば、何故俺は白夜のことを好くことが出来ないんだろうな……」


『昔の自分を見ているようだから……じゃない?』


「ああ、その通りだ……お前はどんな質問でも正直に答えてくれるな」


『パートナーだもの……貴方の質問に出来る限り答えるのは、パートナーの役目よ……』


 パートナーが迷いそうなら道しるべになり、パートナーが落ち込んだ時は励まし、パートナーが苦しむ時はそれを分かち合う。

 アンドラスにとって、それこそが生き甲斐なのだ。

 誰かの命を奪い尽くすことしか出来ないアンドラスにとって、唯一の安らぎでもある。


『深影、お腹がすいた……貴方だけ食べて私は何も食べてないわ……』


「そう言えばそうだったな。何か買って帰るか?」


『久しぶりに貴方の手料理が食べたい……ダメかしら……?』


「いや、いいぞ。何がいい?」


『ビーフシチューかな……深影、得意でしょ……?』


「ああ、昔からな。姉貴もよく食べてくれていたか……」


 ……いけない、最近よく姉貴のことを思い出す。

 姉はもういないのに、殺したのは自分だと言うのに。

 深影は前髪をかきあげ、天を仰ぐように唸った。


「俺はおかしくなったのかも知れん……」


『クスクス……おかしくない契約者なんていないから……おかしくないのに人を辞めたりする……?』


「そう言うことじゃない。コロナや優はまだまだ弱いし、愛梨は優しすぎる。愛梨は敵でも一度も命を奪ったことがない。今までの俺ならば下らんと切って捨てたはずだ。だが今の俺は……嫌々馴れ合っているはずのに、そんなに嫌だと感じない……」


『クスクス……無条件の優しさに触れて人間らしさが蘇ってきたのかもね……』


 今まで通りにはね除けておけばよかったのか、それともこれからは変わらなくてはならないのか。

 深影はビーフシチューの材料を買い集めながらそんなことを延々と考え続ける。


「強さに人間らしさなど必要ない、はずだ……」


「あ、もしかして〈tutelary〉の深影さんなの?」


「……誰だ?」


 いきなり〈tutelary〉の深影と名指しされ、深影は買い物かごを抱えながら戦闘体勢に入り、すぐにそれをといた。

 目の前にいるのは、小学生と言われれば信用してしまいそうなほど幼い少女だったからだ。


「ん……お前は確か……〈soul brothers〉の天使……」


「ルーチェル・サウザンドなの。一緒に来てた仲間とはぐれちゃったの……」


「転移魔方陣を使えばすぐに合流出来るだろう」


「それが……パートナーと離れてると転移魔方陣が使えないの……」


 パートナーの補助がなければ転移魔方陣を展開出来ない。

 でも転移魔方陣を使って移動してきたので、歩いて帰ることも出来ない。

 おまけに華奢な体から可愛らしく空腹の合図。

 深影は仲間でもない、むしろ敵にすらなり得るルーチェルの手を引き、普段は滅多に使わない転移魔方陣を使って帰宅した。

 転移魔方陣を潜って訪れたのは、貧相なアパートだ。


「あの、何で〈次元開閉ディメンション・ゲート〉を使わなかったの?」


「慣れない者が潜ると気分が悪くなる。それと一応教えておいてやる。〈次元開閉ディメンション・ゲート〉は俺の使う技の下位互換。俺が使うのは〈次元歪曲ディメンション・フォース〉だ」


 よくゲートとフォースは同じものだと見られるが、次元の魔術にも上下互換が存在している。

 ゲートは次元を開き、そこに弾丸やレーザーのような飛び道具や、どう考えても防ぎ切れない技を吸収する防御用のもの。

 深影が使うのはその上位互換、フォース。

 次元の狭間を移動し、自由自在に展開するもの。

 さらにその上にもう一つ上位互換が存在しているが、それを使いこなせるものは全世界に数えられるほどしかいない。


「パートナーが戻ってきたらすぐに帰れ。俺なんかと一緒にいてもいいことはない」


「でも、悪い人には見えないの。噂じゃとても怖い人みたいだけど、どっちかと言うと優しそうな人なの」


『クスクス……幼い子の人を見抜く目は怖いわね……』


「俺は何十人も命を奪ってきた。それでもか?」


「る、ルーチェルだって……えっと、二人くらい……だから同じなの」


 力加減を間違って命を奪ってしまった契約者や、戦いに巻き込んでしまった猫……。

 実質一人と一匹、深影が鼻で笑ってきたような命を、この少女は一生自分の罪として心に刻んでいる。


「他のチームと一緒に、それも俺なんかといれば、お前のチームリーダーが怒るんじゃないのか?」


「大丈夫なの、リーダーは来る者拒まず、去る者追わずなの。それにルーチェルみたいな足手まといがいなくなっても、誰も悲しまないの……」


「……そんなことはない。お前自身がどれだけいらない子だと思っていても、案外必要とされてるものだ。だからお前が窮地に陥った時、仲間は必ず助けてくれる」


 それは果たしてルーチェルに対しての言葉か、それとも……。

 深影は青い丸皿の真ん中にお茶碗で形作ったライスと、その回りにビーフシチューを注いでルーチェルの前に出した。

 ルーチェルは外見に違わず純粋無垢な子供のような瞳でビーフシチューを見つめ、それを作った深影を羨望の目で見つめる。


「ほら、食え」


「いただきますなの♪」


『ずるーい……私も食べる』


「もう作ってある」


 ルーチェルの隣で、アンドラスが同じようにビーフシチューを食べ始める。

 本来アンドラスの方が何千歳も歳上なのに、ルーチェルと同年齢に見えてきた。


「深影さんは食べないの?」


「俺はもう食べてきた。チームメートに作ってもらった」


「ルーチェルのチームにはね、無表情で何考えてるか分かんないけど、美味しい料理を作ってくれる子がいるの」


「〈tutelary〉の台所担当は喜怒哀楽が豊かで、何を考えているかいつも分かりやすい。単純だが、接しやすい子だ」


 美味しそうにビーフシチューを頬張る姿が、幼い頃の姉と重なって仕方がない。

 格好つけて何かしら難しい料理を覚えようと、シェフに教えてもらったビーフシチュー。

 初めて一人で作った時は指を何回も切って、鍋を焦がしたり。

 とても食べられたものではないのに、姉は何一つ文句を言わず、嫌な顔一つせずに完食してくれた。

 今となってはシェフ並みに上達している、はずだ。

 それもこれも、飽きずに食べ続けてくれた姉のおかげだ。


『ルーチェルっ! ここにいた……』


「あ、サリエルなの。やっと来てくれたの」


『急にいなくったから焦ったよ。……って〈真実の幻〉!?』


 ルーチェルがビーフシチューを食べ終わる直前、ルーチェルのパートナーと思われる天使が現れた。

 名はサリエル、死神殺し(デス・キラー)と呼ばれる天使で、死神に対して絶大な力を発揮する。

 ルーチェルと瓜二つの外見をしているサリエルは、ルーチェルを庇うように両手を広げた。


『わ、私のパートナーに、手を出さないでっ!』


「……そんなに怯えながらでは威圧もクソもないな」


「お、落ち着いてなのサリエル、深影さんははぐれた私を保護してくれたの。ご飯までご馳走になったの。だから深影さんに乱暴しないでほしいのっ」


 今度はルーチェルが深影を庇ってサリエルの前に立ち塞がり、泣きそうな顔をする。

 サリエルにはルーチェルが脅されているような様子には見えず、おずおずと臨戦態勢をといた。


『……何も、されてないの……?』


『クスクス……心外ね……パートナーの面倒も見れない貴方より、敵かもしれない子にご飯を分けてあげる深影の方がよっぽど貴方よりもパートナーに相応しい……』


『な、悪魔風情が生意気をっ……』


『クスクス……それに悪魔風情と言うならば天使風情……まさか、一対一で戦って深影に勝てるとでも……?』


「喧嘩は止めろ、見苦しい。お前が迎えに来るまで子守りをしていただけだ」


『せっかく深影が厚意で貴女のパートナーを保護してあげてたのに……酷い言い草……』


 それにはサリエルも何も言い返せず、悔しそうに一礼してルーチェルを抱き締めた。

 この子には心配してくれる家族が、心を痛めてくれるパートナーがいる。

 果たしてアンドラスは自分がいなくなったり傷ついたら、心配して悲しんでくれるのだろうか。


『とにかくあなたが無事でよかった……ごめんね、目を離しちゃって……』


「いいの、いなくなったのはルーチェルなの。サリエルは悪くないの」


 サリエルをなだめながらご飯粒一つ残さず完食した皿を流し台に持っていくと、ルーチェルは丁寧にお辞儀した。


「ありがとうなの、ご馳走さまなの」


「お粗末だ。よければチームメートの分も持っていけ。どうせアンドラスと二人だけしかいないからな」


「リーダー、最近特訓ばかりでまともなご飯食べてなかったから、すごく助かるの。何から何まで、本当にありがとうなの」


「俺も久しぶりに……いや、何でもない。パートナーがいれば転移魔方陣は展開出来るだろう? 気を付けて帰れ」


「ありがとなの、また遊びに来るの♪」


 ルーチェルは自分の頭におかれた深影の手を両手で包み、頬擦りした。

 それはルーチェルにとって最大限の喜びの証。

 サリエルがそれを見たのは、リーダーである和真に拾ってもらった時以来だった。


「……行ったか。幼い子と長くいると疲れる」


『クスクス……嘘ばっかり……本当は自分の料理が美味しいって言ってもらえて嬉しかったくせに……いなくなって寂しくなったくせに……』


「バカを言うな。俺にとって寂しいなんて感情は必要ない。嬉しいなんて感情など……」


 あってはならないのだ、自分だけが楽になるなど。

 彼女は絶対に許してはくれない。

 だからせめて一生をかけて苦しみ続けるのだ。

 孤独と言う影に付きまとわれながら、幻と言う悪夢を見て。


「リーダー、帰ったの!」


「ルーチェル、お前どこ行ってたんだよ? 探したぞ」


 転移魔方陣を潜り、二つの大きなプラスチック容器を持って戻ってきたルーチェル。

 サリエルはどこか複雑な表情をしている。

 和真達はルーチェルを取り囲み、ルーチェルの頭を撫で回した。


「えっと、リーダー……私がいなくなったら、悲しいの……?」


「当たり前だろ。俺のチームで天使っつったら、お前しかいねえんだよ。お前は俺の妹で家族だからな」


「うん……うんっ! ルーチェルはリーダーの天使なの!」


「ところで、それはどうしたの?」


 ルーチェルの両手に持たれていたプラスチック容器の中には、まだ暖かいビーフシチューが入っていた。


「えっと、深影さんに貰ったの」


「深影さん……? まさかあの深影かっ!?」


「あの深影さんなの。ルーチェル、はぐれてから深影さんに保護されてたの。そこでご飯もご馳走になったの。最近リーダー特訓ばかりだったから、ちゃんとしたもの食べてないの」


「アイツ……こんなことする奴だったか……?」


「噂と違ってすごく優しそうな人だったの」


 美奈が横からビーフシチューに指をつけ、一舐めする。

 ほんの一瞬だけ美奈の表情が変化すると、すぐにいつもの無表情に戻った。


「毒らしきものは入っていないようです、お兄さん」


「そうか……まあその場で食ったルーチェルが無事なんだから、そうだろうな」


「ねえリーダー、また遊びに行ってもいい?」


「せっかくの機会だ、お前の好きにしな」


 やはり和真は怒るどころか笑って許してくれた。

 ルーチェルはティフィアと海深華の二人と手を繋ぎ、今度ははぐれないようにしっかりと二人の手を握った。


「はぁッ……はぁッ……やっぱ、強いッ……」


「私とお前の力差は思いの差だと思え」


 強く、優しく、その思いだけを胸に、仲間を守りたいと言う気持ちで戦う。

 今までも、これからも、その思いは変わらない。

 だがフィルはそれを無情に叩き潰す。

 仮想空間に入ってからどれだけの時間が経っただろうか。

 梓乃は頬に伝う汗を拭い、今までの闘いを想起した。


(エリちゃんならどんなふうに戦うかな……)


 空を泳ぐように舞い、大海のように抗いがたい力で押し潰す。

 梓乃は纏う鎧を脱ぎ捨て、丸腰の状態で力を抜いた。


(漓斗ちゃんならどんなふうに戦うかな……)


 相手に反撃する隙を与えることなく、相手を翻弄する。

 梓乃は今まで見てきた様々な戦いを指先にまで染み渡るように、よりリアルに想像した。


(ハルちゃんならどんなふうに戦うかな……)


 天才的なセンスを以て、自分の土俵へと相手を引き入れる。

 梓乃は自分の土俵、即ち並外れた反射神経と身体能力を以てフィルの動きを見極めた。


(ほむちゃんならどんなふうに戦うかな……)


 どんな劣勢でも自分のスタイルを守り、的確に攻撃を与える。

 梓乃は頭に叩き込んだフィルのリズムを崩すように自分のリズムをぶつけた。


「黒音君なら……どんなふうに戦うんだろ……」


 危ない賭けでも恐れずに挑み、そこから勝利を掴みとる。

 梓乃は致命傷になり得る攻撃以外はすべて避けることをせず、かすって肌が裂けても一向に引かなかった。


(ここは仮想空間だと割り切って恐怖を捨てたか。先ほどよりも格段に動きが研ぎ澄まされている。純粋に強くなりたいと願い、仲間の戦いを分析したな)


 ようやく強さに対して真剣に向き合うようになった。

 今までの梓乃は優しさばかりで、強さはセリューやフィルに依存していた。

 今まではそれでよかったかもしれない、だがこれからは誰かの力を借りて強くなるようではダメなのだ。


「勝つ……勝てる……私は強い……魔王や死神のいるチームの一角を担ってるんだ……弱いわけがないッ……!!」


 最低限の攻撃をかわし、最大限の攻撃のみを与える。

 それが勝利する為のもっとも単純で、もっとも効果的な戦い方だ。


(痛いっ……攻撃がかする度に、火で炙られるみたいにっ……でもこれは仮想空間……現実に限りなく近い夢なんだ……!)


 目覚めて体に傷がなければそれでいい。

 別に傷だらけでも、黒音君なら受け入れてくれるはずだ。


「もう皆の足は引っ張りたくない……引っ張るのは皆の手だけでいい。私が皆を英雄の元まで連れていく!!」


「よくぞ言った梓乃!! それでこそ我が友だ!!」


 二人の放つ拳がぶつかり、仮想空間を構成するタイルが何度も浮き沈みを繰り返す。

 空間全体に飛び散るスパークが、二人の思いの力を物語っていた。


「やっとまともな戦いになってきたッ……!!」


「まだまだ、本気を出すぞ!!」


 ぶつかる度に威力の増していくフィルの拳。

 鎖狼龍の異名を持つロキの子フェンリル、やはり人類が楯突くにはあまりにも大きすぎる壁だ。

 だが梓乃は死に物狂いでその壁に張り付き、越えようとしている。


「黒音君達が待ってる……私が次に繋ぐんだ……!」


 梓乃の思いの力が増大していくに連れ、次第に梓乃の左目強膜が黒く染まり、虹彩が薄緑に変色していく。

 まるで闇夜に浮かぶ満月のような左目へと変化した梓乃は、変色していない方の右目を閉じて拳を放った。

 すると想像以上の威力でフィルの拳を弾き返したのだ。


「この、力は……」


「染まり始めているのだ、私に。お前の力が私に届きそうになる度、私とお前の繋がりは深くなる」


「つまり、この勝負で私が勝てば、イートカバーが成立するの?」


「だろうな。実際に体を半分ずつ切り分けて互いに移植するなど不可能だ。だから仮想空間でお前の力が私に釣り合えば、私とお前に境目がなくなり、食べ合うことが出来る」


 ここは現実に限りなく近い空想、傷や痛みは現実世界に至らない。

 自分を構成する半身をパートナーと交換することは、想像を絶する恐怖を伴う。


「イートカバー……食べて、補う……考えても仕方ないよね。開発者さんがついてくれてるんだし、全身全霊で取り組めば失敗なんかしないよね!」


「それでいい。今は私を越えることだけを考えろ」


 負けたくないと言う本能にすべてを任せ、理性と言う名のリミッターを投げ捨てる。

 勝ちたいと言う気持ちのみにすべてを預け、梓乃は拳を握った。


「やっと出口が見えてきたんだ……もう一踏ん張り、推して参るよ!!」


 場所はドラゴンエンパイアに戻り、五人が目を覚まし始めた。

 全員が相当な量のエネルギーと体力を消費しており、とてもこれからパートナーと殴り合えるような力は残っていなかった。


「う……ぐ……筋肉痛だ……」


「私も、ですぅ……身体中がバキバキですぅ……」


「流石にリミットブレイカーに合わせるのはキツいわね……」


「私も流石に……キツい……魔力が切れたの、久しぶり……」


「私が一番疲れる立ち位置だったわ……ほんと無茶苦茶……」


「皆おはよう、梓乃はまだ戻ってきてないよ」


 黒音達五人を相手にしたと言うのに、シルヴィアはまだまだ余力があるようだった。

 少し寝て起きた黒音達の脳ミソでも用意に理解出来る。

 この人はまだほとんど力を出していなかったと。


「マジで何者なんだよ英雄ってのは……」


「元は皆別々のチームのリーダーだった。私はその妹だけど」


「へ、ってことは六つのチームから一番強い人だけを集めた超精鋭ってこと?」


「そう言うこと。その中でもずば抜けて強かったのがモモ」


 神の知識を持つと謳われた、破格のIQをした英雄。

 彼女に与えられた異名は"最賢"、彼女の頭脳を単純明快に表した異名と言うわけだ。

 十二年前、五つのチーム、今で言う四大チームが契約者の時代を支配していた頃。

 一人の契約者が現れた、彼女こそ何れ五人のチームリーダーを纏め上げるまでの存在となるエルザ・アルベルティだ。


「貴方達は〈Wise mans(賢者達)〉を知ってる?」


「ああ、確かモールモア率いるチームの名前だよな」


「よ、よく知ってるわね……」


「十二年前なんて……私達四歳……」


 怪しむ海里華と遥香、女神と死神に同時に凄まれる威圧感は、形容しがたかった。

 黒音は二人の額を押し返し、シルヴィアの話に戻る。


「モモのチームは四大チームで言う〈strongestr〉に匹敵する。皆あまりにも頭脳が優れすぎた為に親や社会から恐怖されて捨てられた人達ばかり……」


「それを言うならシルヴィア師匠だって……」


「私は頭がいいんじゃなく、何でも出来るだけ。頭脳のクオリティでは誰もあのチームには勝てない」


 自他ともに認める天才のシルヴィアにそこまで言わせるモモの実力を、五人はただ畏怖する。

 同時に安堵もしていた。よくその時代に契約者として生まれてこなかったものだと。


「でもそんなモモに真正面から挑んだのがリーダー」


「リズが、モモに? そう言えば……」


 今から二年前、黒音が記憶を失ってからしばらくのことだ。

 記憶を戻す為のトリガーとして様々なことを教えてもらった。

 まあ今に至っても未だに記憶は戻らないわけだが。


「なあリズ、チームメートを集める中で一番厄介だったのは誰なんだ?」


「そうだな……モモが一番厄介だったな。アイツはとんでもなく強かった。もしかしたら〈Heretic〉の中で最強はアイツかもな」


「俺はリズの方が強いと思うな。今まで勝つどころかまともに打ち合うことも出来てねえし……」


「もしモモが相手ならお前は木刀を持つことも許されないだろうな」


 金色の英雄がそこまで絶賛する契約者だ。

 だがチームメートとして、リズをリーダーと認めていると言うことは、リズがモモに勝ったと言うことだ。


「始めは無謀な夢だと皆バカにした。私もその一人。でもリーダーはたった二年で五つのチームを制覇し、それぞれのチームリーダーを纏めてリーダーになった」


「つ、つまり私達って……」


「英雄達が昔成し遂げたことをぉ……」


「そのまま成し遂げようとしてる……?」


「数は一つ少ないけど、〈Heretic〉を四大チームに加えて考えるなら倒す数は英雄達と同数ね」


「五人でようやく倒せる相手を、それも微塵も本気を出してねえ英雄相手に……何れ俺らはたった一人で渡り合わなくちゃならねえんだな」


「大丈夫だよ。相手がどんなに強くても、私が皆を英雄まで連れてく。だから皆も頑張ろ!」


 ようやく、待ち望んだ声が五人の背中に届いた。

 相変わらずの目隠しと、犬の尻尾のようなポニーテール。

 小さな体に逞しさを携えて、彼女は現れた。


「えへへ……お待たせ!」


「「梓乃っ!」」


 本来数日かけてようやく成し遂げられるイートカバーを、梓乃はたった数時間でやってのけた。

 シルヴィアは六人に気づかれないよう、冷や汗を流して驚愕していた。

 開発者の自分でさえ四日はかかったのだ。

 年端もいかない少女が、軽々と自分達を越えていく。


「よくやったね、流石はリュッカの娘」


「実際にイートカバーを迎えた時はほんと怖かったです……まさか本当に食べられるなんて……」


「それがイートカバー。でも貴女は恐怖を乗り越えて一段階上のステージに立った。次は誰にする?」


「私ですぅ。私とアザゼルが行かせていただきますぅ」


 甘ったるい喋り方をする舌にたっぷりの毒を乗せて、豊満な体を黄色いパーカーとホットパンツに包んだ漓斗は、堕天使の帝とともにシルヴィアへと歩み出た。


「分かった。頑張ってね」


 再び展開された球体の術式に、漓斗とアザゼルは手のひらを当てる。

 二人の意識はたちまち球体に吸収され、意識のない二人の体は海里華と焔の二人に支えられた。


「いよいよ次は私ね。燃えてきたわ……!」


「あれ……何か皆のエネルギーがとても減ってる気がするんだけど、どしたの?」


「アンタが遅いから、私達五人がシルヴィアさんと手合わせしてたのよ」


「一応勝ったには勝ったが、めっちゃ手加減された」


 五対一で手加減とは、流石は英雄の一人。

 そう感心する梓乃だったが、すぐに目の色が変わり、


「じゃあじゃあ、私とも手合わせしてくださいっ!」


「な、もう私達戦う余裕ないわよ?」


「ううん、私とシルヴィア師匠の差しで!」


「……なあ聞いてたか梓乃? 漓斗を含めた俺ら五人がいっぺんに戦って手加減されたんだよ。お前が一人戦ったところで、まともな勝負になるわけが……」


「大丈夫だよ。勝負に勝つ究極的な選択肢、それは相手の攻撃を全部かわして、自分の攻撃を全部当てることだから!」


 一体この犬っころは何を言っているのだろうか?

 五人がかりのコンビネーションでようやく釣り合うような化け物の攻撃を全部かわす?


「イートカバーを経た力に驚くのは分かる。でもその力を過信するのは──」


「過信かどうかは、戦ってみたら分かると思うよ?」


 背後から聞こえた梓乃の声に、シルヴィアは一瞬石化したように固まる。

 一切の反応を許さず、さながら瞬間移動でもしたかのように。

 梓乃の指先から伸びる電流の爪が、シルヴィアの頸動脈に触れていた。


「な、何だあのスピード……」


「攻撃方法はともかく、あのシルヴィア師匠が反応出来なかった……?」


「今の私は狼だよ。決して悟られず、一瞬の隙を逃さず獲物の喉笛を喰い千切る……英雄様が相手なんて、力試しにはもってこいだよ」


 パートナーと一体化していない状態であのスピードだ。

 もし梓乃がフィルと一体化すれば、今の黒音達ならばもはや捉えることは不可能だ。


「面白い……やっと本気が出せそう。ドゥルガー!」


 始めからフルスロットル、ドゥルガーと一体化したシルヴィアは、自分の腕も合わせて十二本の腕で梓乃に迫った。


見えてるよ(・・・・・)、その攻撃」


 そもそも目隠しした状態では歩くことすら難しいと言うのに、梓乃は弾丸のようなスピードで迫るシルヴィアの拳を、ほとんどその場から動かずにかわして見せた。

 時折絶対に当たるだろうと思われるような拳は、薄くかするくらいで血が滲むことすらない。


「初めて受けるはずなのに、よく私の拳を……」


「気配とか殺気でバレバレです。じゃあこっちの番です!」


 稲妻を模した逆立ったポニーテールと、鎧の至る所に刻まれた鎖の模様。

 緑色の鱗が密集した胸当てとスカートの間。

 露出した腹回りには鎧に刻まれた模様と同じ鎖のタトゥーが描かれている。

 電流を纏う二枚の翼の後ろに直径が少女の身長と同じサイズの輪が現れ、その輪にはそれぞれが色の違う電流を帯電する七つの突起がある。

 腰に下げられていたミニサイズのヴァジュラを手に持つと、ヴァジュラは梓乃の龍力を受けて本来のサイズへと変化した。


「新生・霆の神童、推して参るよ!!」


 イートカバーを経た死神ですら一人では太刀打ち出来ない相手に対し、梓乃は桁外れの反射神経と身体能力を以てシルヴィアと互角に渡り合っている。


「どれだけ避けるのが上手くても、攻撃を当てられなきゃ一生勝てない」


「分かってます。だから……的確に当てる……!!」


 突如梓乃の殺気が消え失せ、同時に姿まで消失したことで、この場にいる全員が梓乃を見失った。

 気配は完全にロスト、シルヴィアですら捉えられない。


「雷狼縛鎖流、攻めの太刀、二番……〈貫通する狼牙ペネトレーション・ファング〉……!!」


 いつの間にかシルヴィアの懐に入り込んでいた梓乃が、ヴァジュラの刃でシルヴィアの義手を三本纏めて貫いていた。

 串刺しにされた三本の義手は、ヴァジュラから流される強烈な電流に傷口をこじ開けられ、瞬く間にひしゃげる。


「あ、あの技は……まさかっ……」


「焔、知ってるのか?」


「あれは魔帝煉獄流の攻めの太刀、二番の型……〈貫通する刃ペネトレーション・ブレード〉……〈strongestr〉の律子さんの剣術よ……」


「まさか、たった二週間足らずの間に〈strongestr〉の剣術を盗んできたってのか……?」


 律子の剣術の一つで、速攻で勝負を決める為に編み出されたものだ。

 本家に比べればまだまだ技の練度は低いが、それでもシルヴィアに通用するくらいには洗練されている。


「面白い……本当に……!」


 仮想空間から戻ってくるや否や、いきなり化けて牙を剥いた梓乃。

 以前の修行で盗んだ律子の剣術を惜しむことなく振るい、シルヴィアと互角かそれ以上の勝負を繰り広げた。

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