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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 最終章「王と姫」
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第三話『prayer & swear ~祈りと誓い~』

 死した霊が渦巻く冥界と同化した決闘のフィールドには、その存在自体が世界のバランスを崩壊させかねない罪の概念がいる。

 生物が存在する為(生きる為)にもっとも必要なこと、それは食べることだ。

 食べたものから栄養を接種し、体を作り、成長する。

 それはすべての生物にとって共通の、自然の摂理である。

 そして生物の根源である"食"の概念を司る神の名はベルゼブブ。

 この世に存在するすべてを喰らい尽くしても、なお収まることのない無限の欲求。


「……改めて名乗る……私はモノクロ……よろしく……」


 生命が存続する為(繋ぐ為)にもっとも不可欠なこと、それは生物のまぐわいだ。

 生物が生きた証を残す為に子孫を生み、繋いでいく。

 それはすべての生物にとって共通の、自然の摂理である。

 そして生命の根元である"性"の概念を司る神の名はアスモデウス。

 この世を構成するすべてを魅了し尽くしても、なお収まることのない永遠の欲求。


「私は紫闇騎 遥香、あなたを越える者の名前よ」


「それではこれより、モノクロと紫闇騎 遥香の決闘を始める。両者、準備を」


「アスモデウス、行こう……」


 殺気などと言うものは感じられない。

 ただクリアヒールの底が立てるこつこつと言う音だけが静かに空間に響き渡り、滑るように歩みを進める遥香の左手にはアダマスが携えられている。

 儚く煌めくアメジストの双眸は底知れぬ迫力を含み、アダマスの刃が反射した光を含んだ瞬間、今まで封じ込められていた覇気が一気に解放された。

 鳥肌? 息が詰まる? 遥香のそれはもはやそんなレベルではない。

 立っていることすら許されない、神の威光と言うものを肌全体で感じる。

 遥香が右手のひらに上に乗った泡を飛ばすように息を吹きかけると、どこからともなく無数のシャボン玉が現れた。

 薄紫色のシャボン玉はくっついたり弾けたりを繰り返し、いつの間にか羊のような角とカラスのような翼を生やした遥香の全身をコーティングしていく。

 弾けて膨張したシャボン玉から紫の雲が溢れ出すとともに、遥香の全身をコントラストが鮮やかな戦闘服が包んだ。

 胸元が大きく開いたボンテージのような戦闘服の腰回りは、ベビードールにも似た透けたレースが飾っている。

 最後に太股の下半分までを包む黒いロングブーツと、腕を同じ柄のサテンロンググローブが包むと、遥香はアダマスを右手に持ち替えてその瞳を正面に向けた。


「貴女のすべて……私の瞳で見通してあげる……」


 遥香は頭の上に乗っていたヴィオレを抱き抱えると、ヴィオレは自分の肉体の質量を変化させて遥香の胸から飛び降りた。

 遥香の頭上にいた子犬ほどの大きさから、巨大な虎を思わせる風格のドラゴンへと変貌を遂げる。


「ベルゼブブ、奏でましょう……」


 モノクロは頭上に現れた魔方陣から降り注ぐ漆黒の雨に身を濡らし、その小さな体をコーティングしていく。

 纏うローブを脱ぎ捨てたと同時に、黒いバイザーがモノクロの顔を隠した。

 やがて降り注ぐ雨が形となり、モノクロの背中から黒く巨大な腕が二本生える。

 さらに人の腕と同じくらいの細い触手が十二本、モノクロの下半身を隠すように纏まり、背中から生える両腕とともにモノクロを支え持ち上げた。


「抗え……反逆せよ……」


 モノクロの背中から伸びていた巨大な二本の腕は、無数の雫となって弾け飛んだ。

 さらにチューリップを逆さにしたように纏まっていた十二本の触手がそれぞれ散らばり、制御を忘れたようにモノクロの体を締め付ける。

 やがてモノクロの体を縛る触手が花びらのように散り、同時に十二個もの魔方陣がモノクロの背後で展開された。

 十二個の魔方陣は、同じく十二個の立体的で細長い二等辺三角形のパーツを吐き出し、その扉を閉ざす。

 十二個のパーツは二つ一組で組合わさり、それが左右三つずつに分かれて合体し、リボンの形をした巨大な装甲の翼が出来上がった。

 装甲の翼は大量の光を放つと同時に、二枚の大きな虫の羽を投影したように作り出す。

 最後にモノクロの顔を覆い隠すバイザーが徐々に変形し、虫の触角にも似た二本の角が飛び出した。


「貴女に贈るのは永久の鎮魂歌(レクイエム)よ……」


 梓乃と愛梨の戦いが始まる前の緊張感も相当なものだったが、遥香とモノクロのそれは梓乃達の比ではない。

 たった一手で一つの世界を崩壊させかねない力を持った二人が、今まさに互いをにらみ合い、戦おうとしている。

 最上位に位置する天上の神機、クロノスの大鎌アダマス。

 超稀少な存在である幻の神機、二挺拳銃のリベリオン。

 トリーズンをホルスターから抜く気配は、まだない。


『……こうしてお前と向き合う日が来るとはな。あの頃は想像すらしていなかった』


『ええ、昔の私なら夢にも見なかったわ。何せ貴女はサタンと並ぶ七つの大罪のトップ、私はただの死神見習いだったもの』


『だが俺はお前が悪魔の頃から素質は見抜いていたぞ。まさか対峙するとは思わなかったがな』


 嵐の前の静けさ、ほんの少しだけ笑いをこぼした二体の死神が口元を結んだ瞬間、二人の少女はフィールドを蹴った。

 それだけで地面はめくれ上がり水晶は粉々に砕け、死者の霧は風圧に吹き飛ばされる。

 梓乃と愛梨の一騎討ちは居合いの達人が向き合い、動かず相手の手を探るとても静かな出だしだった。

 だが二人は最初からいきなりクライマックス、本来は距離をとってリベリオンで狙撃するスタイルが主のモノクロが、自ら遥香の射程内へと突っ込んでいった。

 それに対して遥香もアダマスを大きく振り回し、モノクロの接近を許さない。

 小手調べにしてはあまりにも大胆な一手、並みの契約者では一瞬でリズムを崩されて六回は殺されている。

 だがこのステージに立つ遥香にとって、それはただの悪手でしかない、はずだった。


「……至近距離では当てられない……違う……?」


「「主導権は握られたな」」


 見事に声を揃えた黒音と深影。計算高い白夜や直感力に長けた梓乃もその意味を感じ取っていた。

 恐らく遥香もモノクロと同じことを考えていたのだ。

 初っぱなから悪手で誘って相手のリズムを崩す。

 遥香の場合、戦闘が始まったその瞬間にアダマスの神機奥義をぶつけて一気に形勢を傾ける気だった。

 だがモノクロはそれよりも早く遥香に接近し、遥香の神機奥義を封じたのだ。


「遥香の〈超巨大積乱雲(スーパーセル)〉は射程が長く、範囲も広い。おまけにその威力はまさに天災。でもリスクだってある」


「あの技には天災級の威力を実現する為、パワーチャージをする必要がある。そしてあの技の最大の弱点が、その威力だ」


 攻撃力だけで見れば、遥香の奥義はリミットブレイクした黒音と負けず劣らずの威力だ。

 だがその広範囲に及ぶ圧倒的威力は、至近距離の場合自分まで巻き込んでしまう可能性がある。

 だからモノクロは遥香が最初から奥義を放つことを読んで、無理に遥香へ接近したのだ。

 あの技が至近距離では自分自身をも巻き込んでしまうと、モノクロは見抜いていたから。


「それで……私の手を詰んだつもり……?」


 別に、奥義に頼らなくても戦うことは問題なく出来る。

 むしろ頼らず戦えなければ四大チームにはとても勝てない。

 遥香はアダマスを一旦しまうと、臨戦態勢のヴィオレの背中に飛び乗って左手を突きだした。

 遥香の左手に現れたのは、雲属性の力が凝縮された槍。

 褪せた銅のようなボディーは骨董品のように無類の輝きを放っており、刃の部分には解読の難しい文字が深く彫られている。


「人工神機ロンゴミアント……!!」


「遥香のヤツ、とうとうお前と璃斗の専売特許まで奪いやがったな」


「槍は私の専売特許で、様々な武器を使いこなすのは璃斗の専売特許……あの子、どこまで成長するのかしら」


「槍もどちらかと言えば中距離から遠距離向き……貴女は選択を間違えた……」


「そう? 私はそんなことないと思うわ。だってこの槍……伸縮自在だもの」


 モノクロがロンゴミアントの切っ先を弾いて遥香の懐に入り込んだ瞬間、モノクロの左腕を何かが掠めた。

 薄皮が切れ、うっすらと血の滲んだ腕を抑え、モノクロは自分の左腕を傷つけた何かを探った。


「そんなに驚くことじゃない。言ったはず、この槍は伸縮自在だと」


 人工神機ロンゴミアントの能力の一つは、エネルギーに応じて自在にその長さを変えられること。

 とくに遥香は雲属性なので、伸縮だけでなく強度まで操作することが出来る。


「伸び縮みだけの槍なんて……叩き割る……」


 モノクロの背中、リボン状に合体していた羽根の一部が分離し、高エネルギーの刃となって遥香へと激突する。

 本来ならば避けられたはずのそれを、遥香はわざわざロンゴミアントを両手で持って羽根の刃を受け止めた。

 するとロンゴミアントは羽根の刃に歪曲させられ、遥香が力を込めた瞬間それを跳ね返した。

 驚くべきことにロンゴミアントはゴムのように刃を受け止めて反発し、同じ力で刃を押し返したのだ。


「ロンゴミアントの特性は〈変幻自在(ファンタズマゴリア)〉……伸縮、強度、密度などを自在に変化できる」


「雲属性とは相性抜群……でも、貴女に使いこなせる……?」


 例え個性的で万能な特性でも、最大限に使いこなせなければ結局はただ伸び縮みするオモチャだ。

 遥香はロンゴミアントを一メートルくらいの長さに縮め、回転させて銃弾を弾いた直後接近し、蹴りを交えて完全な接近戦を持ちかける。

 モノクロはリベリオン、トリーズンと近距離で相手と戦う手段を持たず、徐々に遥香が押し始めた。


「いい加減、本気を出したら? 貴女がこんなに弱いわけがない」


「……貴女こそ……奥義を封じられて勢いが失せた……?」


 互いの挑発、深い駆け引きが戦場に静寂をもたらし、文字通り嵐の前の静けさを呼ぶ。

 梓乃の野性的な本能が、深影や黒音のような直感力が、うるさいほどに危険だとサイレンを鳴らしていた。

 身の毛がよだつとはこのことか、固唾を飲む一同は瞬きを忘れてフィールドを見下ろし、やがて不気味なほどの静寂は唐突に終わりを告げた。


「惑わせ、ロンゴミアント!」


「引き裂け……トリーズン……」


 遥香が地面を踏み抜いてモノクロに急接近すると、モノクロは背中の羽根の推進力を逆に向けて後ろへ飛び退いた。

 フィールドを飛び交う無数の銃弾と衝撃波はまたもや地形を大きく変化させ、上空に設置された観戦室にいるチームメートにまでその威力が及んだ。


「きゃっ!? ちょ、アンタ達気を付けなさいよっ!」


「あら海里華、今日は勝負下着なのね」


 フィールドから伝わる強風が観戦室をぐらぐらと揺さぶり、同時に海里華の蒼いワンピースを翻した。

 清潔感のある薄い蒼のワンピースの裾から覗くのは、瑞々しくてハリのある細くて長い二本の脚。

 そしてその先には乙女の秘密、膝丈のスカートに隠されていたこの日の為の勝負下着が輝いて(?)いる。


「ぺたんぬのくせして大胆な下着ですねぇ」


「ぺたんぬ言うなっ! って璃斗、アンタ目が覚めたのね!」


 蒼のコントラストが鮮やかなセクシーな下着を晒すまいと必死にスカートを抑えながらも、璃斗の目覚めに安堵して手を離しそうになる。

 だがそうするとフィールドから絶え間なく吹き荒れる風圧によってワンピースが捲れ上がり──


「ひゃぁんっ!? ちょ、ちょっとぉっ!? ほ、ほんとにこれ以上は洒落にならないからやめてぇっ!」


 黒音に見られるだけならばまだいいだろう。いや全然、これっぽっちもいいことはないが、まだ拳一発で許せる範疇だ。

 だが初対面の、今日会ったばかりの同年代の男子に勝負下着を見られるのは、年頃の乙女としてはどうしても看過出来ないものがある。

 しかしフィールドにいる二人も、今はそれどころではない。

 海里華の悲痛な叫びも虚しく、二人は自分の神機へと大量の魔力を送り込んだ。


「ロンゴミアント、神機奥義……」


「……トリーズン、神機奥義……」


 一度に莫大な量の魔力が動き空間すべてを巻き込む光景は、幾度となく戦闘を重ねてきた〈tutelary〉の一同も息を呑まずにはいられなかった。

 例えるならば決められた収入でコツコツとやりくりしてきた庶民が、いきなり都会のマンションの最上階を一括で購入する光景を見せつけられたような感覚だ。

 それほどまでに次元が違う。魔力の消耗などまったく眼中にないような、大胆すぎる使いぶり。


「終末なき幻想に踊れ……〈失われた夜明け(トワイライト・ロスト)〉!!」


 遥香の左手より放たれたロンゴミアントの一撃は、幻想を思わせる夢の世界を構築した。

 一閃されたロンゴミアントの切っ先は空間を切り裂いてモノクロの五感を支配し、構築された幻想空間の全方位からモノクロに分身したロンゴミアントが降り注ぐ。

 分かっている、それは五感を操作して見せられた錯覚だと。

 しかしそう理解していても限りなく現実に近いほどのクオリティで見せられるその光景は、紛れもないリアルで。

 実際に槍に当たると現実と同じ痛みに襲われ、トリーズンの弾丸で撃った槍の軌道が逸れたことで、さらにそのリアリティが増していく。

 これがまだ防げずに当たってくるなら、夢の世界だと確信できただろう。

 しかしこちらにも防ぐ手立てがあると思うと、余計に現実と幻想の区別がつかなくなる。


「モノクロを騙すか……なかなかのクオリティだ」


「でも、深影さんほどじゃないです」


 コロナと優、三人で身を寄せあっていた愛梨が、戦闘の気配を感じ取って意識を取り戻した。

 目立った外傷はない。ただエネルギーと体力の消耗が激しすぎたせいで意識を保てなかったが、ある程度のエネルギーが回復すれば意識は回復する。

 ただカンナカムイはフェンリルと異なり、自分の肉体を維持するエネルギーが大きかった分、意識が回復するまでの水準が少し高かったと言うことだ。


「おはよう。君にしては遅いお目覚めだね」


「すみません白夜さん、引き分けてしまって……」


「心配するな、俺とモノクロが勝てば問題はない。それに、そろそろモノクロも本腰を入れる頃だろう」


 黒音や白夜も含めてこの場にいる全員が五感を狂わされている中で、ただ一人正確な現実を眺めている深影。

 深影の視点から見たフィールドは、先程と何も変わっていないただの冥界を模した空間。

 そこでモノクロが槍を避けるように踊っているだけ。

 だが皆気づいてはいない。モノクロが常に、トリーズンの銃口を遥香へ向けていることに。

 そして散々串刺しにされた後で、ようやくモノクロはトリーズンの引き金を引いた。


「……〈次元の魔弾ディメンション・バレット〉……」


 モノクロを囲むように展開された小さな魔方陣、モノクロはトリーズンの銃口をその中の一つに突きつけると、溜め込んでいた魔力を弾丸へと変えて打ち出した。

 二十発近くの弾丸が多くの魔方陣を経由し、魔方陣の数だけその数を倍々と増やしていく。

 やがて蜂の群を思わせるほど大量化した弾丸は、モノクロを包む幻想世界の全方位へと一斉放射された。


「トリーズンの特性でロンゴミアントの幻想を破壊した……!?」


 目の前で起きていることは果たして現実なのか。幻を作っていた張本人が言うのもなんだが、原理的に不可能のはずだ。

 そもそも人の五感を狂わせているのに、物理的な攻撃でそれを破壊出来るはずがない。

 これは現実に起こってい(・・・・・・・・)ることではない(・・・・・・・)のに。


「トリーズンが破壊したのはロンゴミアントの幻想じゃない……厳密には私の五感を狂わせていたロンゴミアントの特性を……次元ごと遮断した……」


 つまりトリーズンはロンゴミアントが作り出した幻想ではなく、現実の空間を遮断してロンゴミアントの幻想からモノクロ自身を切り離したと?


「ロンゴミアントの特性は……別の次元まで及ばない……」


「強引なやり方……でも、面白い……」


 黒音達にもようやく五感が元に戻り、正確な情報が流れ込んでくる。

 ロンゴミアントの奥義をトリーズンの奥義が打ち消したが、同時にトリーズンもロンゴミアントに打ち消された。

 奥義同士の盛大な相討ちに終わったと言うわけだ。


「スケールの規模が違うな……俺らなら決着のレベルだぞこれ」


「死神同士の戦いなんだから当然よ。でも、ちょっとマズいんじゃない?」


「ああ、別に遥香は失敗もしてないし、むしろアダマスに頼って力業で攻めなかったことは最善手だ。でも遥香が仕掛けてモノクロはそれを防いだ」


「もし次、モノクロが仕掛けてあの子が防げなければ、勝負の流れが変わることはもう、ない……」


 遥香は自分の攻撃が通せず、相手の攻撃を防げなかった。

 そんなことになれば精神的にも大きくダメージを受けてしまうことは決定的だ。

 次にモノクロが仕掛けてきた時が、流れを傾ける最大のチャンスとなる。


「……魔后の力……嘗めないで……リベリオン……!」


 翼の形をした装甲がエンジンをふかすような唸り声を上げ、モノクロを遥香から遠ざける。

 やっとお出ましのようだ。モノクロのリベリオンが。

 反逆の名を授かりし黒いフレームの銃リベリオンは、銃口に小さな魔方陣を展開し、モノクロはその魔方陣へ向かって引き金を引く。

 薄い魔方陣を経由して発射されたレーザーはフィールドの地面を削るようにして遥香に近づき、遥香はアダマスでそのレーザーを叩き斬っ──。


「斬れない……!? なん、でっ……」


「リベリオンの特性は〈反発(リバウンド)〉……磁石の同極が反発しあうように……リベリオンの放ったレーザーはそれよりも威力の低いものを寄せ付けない……」


 リベリオンの特性により放たれたレーザーは、それよりも威力が弱ければどんなものでも跳ね返す。

 力の弱い方が負ける、もっとも原始的な法則をそのまま体現したような能力だ。

 モノクロは続けてリベリオンのレーザーを連射し、遥香はなすすべなく空中で踊るしかない。

 モノクロの放つレーザーを防ごうと思ったら、いちいち大量の魔力を消費することになる。

 防御だけで大量の魔力を消費していては、逆転などとても出来ない。


「防げなかった……マズい、恐れてた事態が……」


「終わったね……奇跡はもう起こらないよ」


「白夜さんが負けるとは思えませんし、残念ですが深影さんの出番はありそうにないですね」


「愛梨と引き分けた時はもしやと思ったが、拍子抜けだな」


 爪を噛んで焦る黒音をよそに、白夜達は勝利を確信する。

 頭を駆け巡る不安、無論負ける気は毛頭ないがあの深影に簡単に勝てるとも思えない。

 もしかしたら引き分けになるかもしれない。情けない話だが、なるべく一戦だけでも勝利しておいて欲しいところが本音だ。

 せめて一勝、遥香か焔のどちらかが勝利してくれなくては深影と戦うまでもなくこちらの敗北が決定する。


「……アスモデウス、奥の手……使ってもいい……?」


『なっ、ま、まだ逆転のチャンスはあるわ。そんなに早く決断しなくても……』


「ダメ、モノクロに勝つには躊躇ってちゃいけない……もう、これしか手がない……」


『でも、下手をしたら貴女の体が……死ななくても、一生不自由な肉体を強いられることになるかもしれないのよ……?』


「それでも、ここで勝たなきゃ……私は一生後悔することになる……出し惜しみをして後悔をするより、全部やりきって後悔したい」


『……分かったわ、貴女がそこまで言うのなら、私はそれに最後まで付き合ってあげる』


 焔がチームに入る前、〈avenger〉が結成される前に冥界で出会った〈Strongester〉のフィオナに対抗する為編み出した遥香の最終兵器。

 肉体に多大な負担がかかる為、使うのは〈Strongester〉との決戦で一度きりと決めていたが、いきなり初戦で使わなければならなくなるとは思わなかった。


「ヴィオレ……bite(噛みつけ)!」


『やむを得ん……分かった!』


 遥香の命令を受けたヴィオレは、その鋭い牙を遥香の腕に突き立てた。

 遥香の傷一つない綺麗な肌に刃のような牙が食い込み、突き破り、血を滴らせる。

 久しぶりに感じる物理的な痛みと、傷口から溢れる鮮血の生温い感触が腕を支配した。


「〈起動せよ(スターティング)〉……〈血の核(ブラッド・コア)〉……!!」


「な、ブラッド・コアだって!? おいやめろ遥香! なんでそんなモンを……」


「大丈夫、安心して……くっ……失敗は、しないから……」


「そう言う問題じゃねえ! お前はブラッド・コアがどんなものかを分かってねえんだ!」


「分かってるわ……血液を魔力に変換する魔術で、術者の心臓を核として起動する禁忌の一つ……使いすぎるといずれ、術者の心臓を押し潰してしまうことも……」


「分かってるなら今すぐやめろ! 全員ただ一人欠けることなく帰るって約束だろうが!」


「欠ける気はない……でもここで負ける気はもっとないっ!」


「遥香、お前……なら制限時間を設ける。五分だ、五分で勝負をつけろ。それ以上は勝負に勝てようが負けようが関係なく俺が止める。いいな?」


「黒音……ん、分かった……五分で、決める……!」


「この私を……五分……? はは……〈tutelary〉の死神が、随分嘗められたものね……本当は伝言を預けたら終わらせるつもりだったけど……そこまで言うなら面白いわ……ベルゼ!」


『本気になったか……久しぶりだな、いいだろう』


 死神の血を暴走させて膨大な魔力をチャージした遥香は、体にかかる負担に歯を軋ませてアダマスに魔力を送り込んだ。

 今までにないほどの量の魔力を注がれたアダマスは、自分のボディーが崩壊してしまうことも恐れずにそれを受け入れる。

 陽炎のように揺らめく魔力は空間すらも飲み込み、遥香をリミットブレイクに限りなく近い状態へ押し上げた。


「魅惑を拒まぬ咎人よ……罪を裁く大鎌にその首を差し出せ!!」


「生命を喰らう咎人よ……罪を穿つ銃口の前に恐れ戦き跪け!!」


 死神はそのあまりにも強すぎる力を制御、暴走させない為、普段はいわゆる呪文と言うもので力の何割かを封印している。

 そしてその封印を解く呪文は死神によって異なるが、七つの大罪の死神が力を封じ、また解放する呪文には必ず"咎人"と"罪"と言うキーワードが入る。

 今二人はパートナーの力の何割かを封印していた呪文の解除コードを唱え、本来の、すべての力を解放したのだ。

 遥香はロンゴミアントをアダマスに取り込ませ、ロンゴミアントのパワーをアダマスに加算。

 アダマスの潜在能力とともに、アダマスのステータスを飛躍的に向上させた。


「今、覚醒の時……巨帝の大鎌クロノ・アダマス!!」


「神機を進化させた……!? ふふっ……そうでなくっちゃ……」


 モノクロはリベリオンの銃口にトリーズンをドッキングさせ、トリーズンのグリップを右側へ来るよう回転させた。

 二つの神機が合体し、凶悪なまでのレーザー砲へと変異を遂げた連結神機を両手に、モノクロは左足を引いて体制を整えた。


「すべてに抗い、反逆するがいい……リベリオーネ・レギオン!!」


「神機が進化したことにも驚いたが、モノクロの神機……連結するなど聞いたことがない。あれがモノクロの、奥の手なのか……?」


「さあね、僕もあの二つが合体するなんて知らなかったよ。恐らく今日の今まで出したことのない正真正銘の秘密兵器なんだろうね」


 レーザー砲の軌道を定める魔方陣のレールに、モノクロは左目に展開されたターゲットロックシステムの魔方陣を覗き込む。

 対して遥香も血を変換して得た魔力を含め持てるすべての魔力をクロノ・アダマスへ集約し、大きく振りかぶって力を溜める。

 一番ヤバいやつが来る。未知の領域を突破したその光景から得られる確かな情報は、もはやそれしかない。

 各自深影達や黒音達のパートナーが庇うように魔力の防壁を展開し、最大の衝撃に備える。

 こうなってしまってはもう戦況の雰囲気など問題ではない。

 ただ強い方が勝つ。もっとも分かりやすい形で勝敗がつく。


「神機奥義・刻……どうなっても……本当に知らないから……破滅へ刻々と向かう時の針〈破滅を刻む雲時計ラ・リュイヌ・ニュアージュ〉!!」


「神機奥義・蝕……貴女のすべて、喰い尽くしても止まらない……もっと食べさせて……〈尽きることのない食欲イモータル・アペタイト〉!!」


 全身の力を込めて降り下ろされたクロノ・アダマス、その刃から放たれた一撃は、文字通り空間を破滅させた。

 フィールドを真っ二つに引き裂く死神の大鎌は、天変地異と言ってもまだ生温い。

 自身を弾丸にして放つような感覚さえ覚えるその一撃は、リベリオーネ・レギオンの銃口より光とともに解き放たれた。

 フィールドを跡形なく消し飛ばす死神の銃弾は、天地開闢と言ってもまだ生温い。

 凄まじいだとか、とてつもないだとか、人間が知っている言葉ではとても表現しきれないほどの光景が、そこにはある。


「負け、るか……絶対に……繋いでみせる……っ!! はあああッ!!」


 ──遥香さん、聞いてください──


 全身の感覚がすべて相手の力を押し返すことだけに集中しているこの終盤、遥香の脳内でそんな声が響いた。

 脳裏に響く声の主は、不思議と考えずとも分かった。


「何の、つもり……モノクロッ……」


 ──今から話すことはすべて事実です。まず、私は黒音の失った記憶を保持しています──


「なん、て……? 黒音の、記憶……?」


 ──今からこれを貴女に託します。魔王と戦う直前、彼に返してあげてください。そして私に変わって……黒音のことを、守ってあげてください──


「どう言う、意味っ……? あなたは、一体──」


「こ、この勝負、紫闇騎 遥香の、勝ちとする……」


 遥香の意識が戻ってきたのは、決着のコールがフィールドに響き渡った頃だった。

 遥香はアダマスの刃をモノクロの首に触れるギリギリのあたりで止めており、モノクロは死への恐怖心がないかのように恐れることなくその場に立ち尽くしている。

 クロノ・アダマスの力が、遥香の力が、モノクロとリベリオーネ・レギオンの力を上回った。

 自分でも分からない不明瞭な勝負の結果、それだけは紛れもない事実だ。


「……貴女の勝ち……おめでとう……」


「どうして……あなたは……」


 遥香が声をかけるよりも早くモノクロはフィールドを退場し、観戦室に戻るや否やすぐに深影と白夜に頭を下げる。

 だが誰もモノクロを咎めるものはいない。何せあまりにも意外すぎるのだ。

 あのモノクロが他の契約者に敗北する所など、今日の今まで見たことがない。


「白夜、深影、申し訳ない……敗北してしまった……」


「まさか君が負けるなんて思わなかったよ。でも大丈夫、僕と深影君が二勝すれば結局は僕達の勝ちさ」


 メンバーすらも初めて目撃する、モノクロの敗北。

 だが白夜はすぐにいつもの調子を取り戻してモノクロを観戦室の座席へ座るよう促した。


「次はいよいよ僕の番だね、それじゃあちょっと行ってくるよ」


 〈tutelary〉の頂点。それこそたった一度たりとも敗北した所を目撃したことがないその存在。

 魔王を除いて彼を下すことなど誰であろうと不可能。

 そう思わせ言わしめるその実力は、憎たらしいと悪態つく深影ですら認めざろう得ないものがある。


「お疲れ様、まさか勝っちゃうだなんてっ!」


「……私はこんな勝利認めない……」


「へ、どう言うこと? もっと喜びなよ、せっかく勝てたのに」


「ん……それより二人とも、とくに焔、次はあなたの番。思いっきりブッ飛ばしてきて」


「任せなさいよ、とことんぶん殴ってやるわ!」


 遥香に背中を押されてフィールドに飛び降り、焔はクララを肩に担いで視線の先にいる相手へいきなりガンを飛ばした。

 対して焔の視線の先にいる男は悠々と、それこそ舞台上で踊る俳優のように優雅な佇まいで、フラガラッハを携えてフィールドへと舞い降りた。


「やっとこの時が来たわね、この前とは段違いに強くなった私の力を見せてあげる」


「楽しみにしてるよ、焔。君の成長を僕に見せておくれ」


 チーム戦が始まった頃の原形をまったく留めていないフィールドの中心で、二人は剣を携えながら言葉を交わす。

 だがそれもほんの一瞬、契約者の会話は口でするものではない。暑苦しく拳で語り合うものだ。

 腹のうちが読めないのなら、戦いの中でそれを探るしかない。


「ウリエル、焼き尽くしてやるわよ……変身!」


『御意、我が姫君の為に』


「ジブリール、天が天たる証を示せ」


『御意、天を満たす力を貴方の杯へ……』


 焔は手慣れた手さばきでクララを逆手に持ち替えると、クララを地面に突き刺した。

 そして両腕に渦巻く炎の螺旋は衝撃波のように辺りへ広がり、燃え移った炎は焔を焼き尽くさんと燃え上がる。

 焔を中心に円を描いて燃え上がる炎の中で、その全身を燃え盛る純白の甲冑に身を包んだ。

 彫刻のような翼の模様が描かれた甲冑の結合部には紅いラインが刻まれており、周辺の熱を吸収してさらに紅く呼応する。

 背面の甲冑、その肩甲骨辺りから放たれた炎は天使の翼を焼き尽くす吐息となり、焔の背中に炎の円を描いた。

 辺りを焼き尽くした炎が鎮火するとともに地面からクララを引き抜くと、焔はラボーテに飛び乗った。


「私の炎は不滅……焼き尽くしてあげる」


  覚悟の言葉を交わした二人は、口づけとともに互いの体を包み合う。

 竜巻と火柱が過ぎ去った辺りを再び照らしたのは二人の翼、失せることを知らない天上の輝きが二人を純白の甲冑に誘った。

 薔薇の刻印が刻まれた純白の甲冑、一際存在感を放つ翼をさらに広げると、白夜は右手にフラガラッハを携えて天に君臨した。


「器は満たされた……屈服しろ、この姿を見たからには手加減しない」


 棺桶のような形をした純白の盾を左手に、フラガラッハを振りかざして白夜は最愛の妹を見下ろす。

 四大天使の一翼と禁忌の天使が、今互いの願いとチームを率いて剣を向けた。


「宣言するわ。絶対に貴方を殴り飛ばす」


「面白いな、なら是非ともやってご覧?」


「ええ、是非ともやらせてもらうわっ!」


 白夜が余裕をぶっこいて微笑んだ瞬間、焔はいきなりギアを最大まで上げて瞬間的に加速する。

 まるでその場から消えて瞬間移動したかと錯覚するほどのスピードで白夜へ肉薄し、右手拳を真正面に突きだした。


「うん、すごいね。流石は僕の妹、スピードもパワーも申し分ないよ」


「なっ……今のを、見切ったの……!?」


 焔の瞬間移動にも匹敵するほどの加速をさらに上回り、驚きを驚きで塗りつぶす白夜の圧倒的スピード。

 瞬間移動などと言うレベルではない、もはや時間すら止めて移動したのかと錯覚させるほどだ。

 だがそれだけならばまだよかっただろう。だが白夜は焔の聖力がこもった拳を、右手の人差し指一本で止めて見せた。

 ぴくりとも、微塵も拳が動かない。人の指ではなく、巨大な壁を殴っているようだ。


「焔、これから僕との戦いの中でいろいろなスキルを教えてあげるよ。まず一つ、聖力と言うのはただ一点集中すれば力が増すんじゃないんだ」


 バネは縮めれば縮めるほど反発する力が増す。

 指で破れるただの紙も、何重にも折ればハサミですら切りにくくなる。

 それと同じように、聖力もただ量を凝縮すればいいと言うものではない。

 ほんの少しの魔力でも、限界まで圧縮すれば量の差をカバーすることは可能だ。


「大切なのは重量よりも密度だよ」


「んなこと、分かってるわよ! だからって、こんなにも動かないなんてっ……」


「同じ量の聖力を圧縮するなら、拳一つよりも指一本の方が高密度に決まってるだろう?」


 ……まあ、集中して圧縮した聖力の量が同じだとは一言も言っていないが。


「そんな、単純な理屈でっ……」


「技術なんてね、紐を解けば単純な理屈の積み重ねなんだ。所詮は人が理解出来る理屈をより難しくしたに過ぎない。どれだけ進化して進歩しようが、人の身で出来ることは限られてる」


「知ったようなことを……一歳しか変わらないくせに!」


「残念だね。そのたった一歳の差が、君と僕の実力差に繋がっているんだ」


 焔が積み重ねることのできないその一歳、白夜はただただ修行や特訓をしていたわけではない。

 別に血が滲むほどの努力をしてきたわけではないが、自分がやれることの最大限をやって来た年数は結果として現れる。

 パートナーと契約した時も、自分が今やれることを見つけた時も、自噴の能力を開花させた時も。

 すべてにおいて白夜は焔より一歳分早かったのだ。


「歳の差が何よ……思いの強さじゃ、兄貴には負けないから!!」


「そうだといいね、僕もそうであると願ってるよ」


 殴れないのならば叩き切るだけだ。どうせこの男は殺しても早々簡単に死なないだろう。

 焔はクララへありったけの聖力を送り込み、ラボーテの手綱を強く引いた。

 白夜のスピードは明らかに焔の限界を越えている。

 例え焔がリミットブレイクに限りなく近い状態まで自分の力を引き出せたとしても、ラヴルの特性で破壊魔術を重ねがけしたとしても、恐らく白夜のスピードには及ばない。

 だがスピードで勝てなくとも必ず活路はあるはずだ。

 白夜だって元は人間、形がある以上物理的な限界だってある。


「これが全部見切れる? クララっ!」


 クララから放たれた無数の衝撃波は全方位から白夜を囲い、凄まじいスピードで白夜へと吸い込まれていく。

 どれだけ速くても、逃げ場がなければ無駄なことだ。

 一撃でも当たったのならば、そこから活路が開く。

 蛇王にすら勝てたのだ。白夜にだって必ず勝てる。


「美しいね、でもちょっと面白くないな」


 全方位から放たれる無数の衝撃波を、白夜はフラガラッハを振り回してその場で一回転し、ほとんどの衝撃波を消し飛ばした。

 残った衝撃波はただ身を翻せば、いとも簡単に避けることが出来る。


「焔、綺麗な戦い方は卒業した方がいいよ? 芸術を求めてもいいのはそれを認めさせるだけの力を持った者だけだ」


「私が、弱いって言いたいの……? ふざけないで、私は強くなったの……貴方にだって負けはしない!!」


 必死にラボーテの手綱を引く焔の様子、これは敵でも見方でもなく客観的に見て判断した結論。

 〈tutelary〉の全員は、白夜が負けるなどと言うことは想像さえもしていないし、同時に焔が勝てるなどと考えてもいない。

 そしてそれは仲間である黒音達も、仲間として焔が勝つことを願って(・・・)いても信じる(・・・)までには至らない。

 在り来たりな映画の結末が容易に想像出来るように、この勝負の行方もまた容易に想像出来る。

 考えたくもないことだが、焔と白夜の間にはあまりにもかけ離れすぎた実力の差がある。

 積み上げてきた経験の差、パートナーのスペックの差、契約している神機の性能の差、そして覚悟の差。

 焔も心のどこかではそれを理解している。だからリスクのあるラヴルの特性を発動しないし、無理な戦略に打って出ない。

 どうせ負けるならば、わざわざ危険をおかす必要はないと。


「今の焔は……何だか戦う気になれないな」


「なん、ですって……!? くっ……どこまで人をバカにする気なの……!?」


「それは僕のセリフだよ焔、この僕を相手に何を躊躇ってる? まさか出し惜しみをしてこの僕に勝てるとでも?」


「出し惜しみなんて、してないわ! これが私の全力なの!」


「はは……これが全力だって? ふざけてるのもバカにしてるのも全部お前の方だ焔!!」


 突如豹変した白夜は狂気に満ちた獣のそれを露にし、フラガラッハを力任せに降り下ろした。

 咄嗟にクララで受け止めた焔だったが、そのあまりの破壊力に耐えきれずたちまち膝から崩れ去った。

 焔が膝をついた場所を中心に、何重にもクレーターが刻まれてフィールドを歪曲させてゆく。


「なんて、パワー……こんなの、受け止め切れなっ……」


「こんなものはまだまだ序の口だ!! 歯を喰いしばれ!!」


 フラガラッハの一撃を受け止めるだけが精一杯の焔の腹に、白夜の容赦ない蹴りが炸裂した。

 内臓が押し潰されるような嫌な音を感じながら、白夜に蹴り飛ばされた焔はフィールドの壁に強く打ち付けられて一瞬だけ意識を手放す。


「傅け、フラガラッハ」


『貴方の命とあらば、喜んで』


 だだっ広い湖の水面に、一人ぽつんと浮遊している少女。

 そよ風に吹かれる髪に手を添えて微かに微笑んでいる、焔にはそんな光景が見えたような気がした。

 白く輝く絶対勝利の剣は白夜の莫大な聖力を受けて、刀身から七色の翼を放つ。

 白夜もフラガラッハとともに背中から真っ白な羽根を生やし、フラガラッハを構えた。

 時が止まるような錯覚の後、今度は白夜が仕掛けた。


「あれ、焔って子の聖力が半分近くまでなくなっちゃったよ?」


「逆に白夜さんの聖力は完全回復してる……」


「あれがフラガラッハの特性か……焔の聖力を半減させて自分に加算したな……」


 何の情報も知らされていない深影は、たった一度見ただけでフラガラッハの特性とその仕組みをおおよそ理解した。

 どおりで自分ではなく、白夜が〈tutelary〉のリーダーになったわけだ。

 フラガラッハの特性たった一つで選ばれたわけではない。

 驚くべきはその特性を完全な使いこなしている白夜の能力だ。

 あれほどまで絶対的な特性を持っている神機、ただでさえとてつもなく負荷が大きいはずだ。

 それを白夜は自分の体の一部のように使いこなし、焔を圧倒している。

 フラガラッハの特性を抜きにしても、やはり焔が白夜に勝つことは不可能だ。


「〈約束されたすべてプロミス・オブ・ゼータ〉……焔、これで君が僕に勝てる確率は半分に減少した。つまりどう言うことか……ただでさえ勝率が皆無の僕に対して君は完全に勝機を失ったと言うことだよ」


「ぁ……ぐ……力が……聖力が……抜けていく……そんな……」


「そんなんじゃ護る価値もない。君はもう僕の妹じゃあない」


 あそこまで冷えきった眼をした白夜を見るのは、初めてかもしれない。

 かつて深影がチームを結成してまだ間もない頃、しつこく付きまとってきたコロナを銃で脅して泣かせた時よりも視線が冷えている。

 目の前にいる相手を敵としてすら見ていない、ただゴミ虫以下の存在として軽蔑し切っているような眼だ。


「ごめんなさい……皆……皆が繋いでくれた一勝を……私のせいで……無駄にしちゃう……ごめんなさい……黒音君……皆のバトン、貴方に繋げなかっ──」


「何を諦めてんだ焔っ!! お前の力はそんなもんじゃねえだろ!! あの時の決闘で俺にぶつけた力を見せてみろ!! 何が相手でもとことん食い下がるお前の根性を、見せてみろよ!!」


「黒音君……でも……私には、もう聖力も白夜に勝てる力が……」


「勝てる希望が欲しいなら俺が与えてやる。レーヴァテイン、焔に力を貸してやれ!」


 在り来たりな映画の結末が容易に想像出来るように、この勝負の行方もまた容易に想像出来る。

 だがただ一人、この男だけはその結末を信じてはいなかった。

 選ばれし者のみが許された権限を振りかざし、黒音はレーヴァテインを焔へと投げ渡した。

 そして観戦室から乗り出した黒音は、異論は認めないと言った様子で声を張り上げる。


「梓乃と愛梨の戦いでジェミニクスの投入を許したんだ、俺が焔に神機を貸しても問題ねえよな?」


「ああ、一体一なら何を投入しても構わないよ。それに、それくらいしてくれないと手応えがないからね」


「ついでにお前が俺に託したこの鍵もお前に一時返却する! それでとっととムカッ腹の立つ兄貴の顔面を殴り飛ばせ!」


「黒音君……ほんと無茶苦茶なんだから……でも、ありがと。遠慮なく使わせてもらうわね。いい、レーヴァテイン?」


『はい、支配者の命令ですので』


 焔は魔王専用であるレーヴァテインに触れても問題がないことを確認すると、レーヴァテインの盾を左腕に装着した。

 レーヴァテインの剣を左手に、クララを右手で持ち直して黒音から返却された鍵をレーヴァテインの鍵穴に差し込んだ。


「九つの門に封じられし双刃、今から私が主よ。その剣に秘められし煮えたぎる炎を解放し、私の天命に従いなさい!」


 憐の鍵に加えて焔の力を注ぎ込まれたレーヴァテインは、いつも以上の高熱を解き放って焔の体を包み込む。

 純白の甲冑は一転、情熱の炎を思わせる深紅の甲冑へと姿を変え、同じく純白のフレームをしたクララにも炎の紋章が浮き上がった。

 焔の背中から放たれた白き翼は瞬く間に爆炎に包まれ、凄まじい熱気を放つ。


「〈解錠されし紅姫リベレーション・ザ・クリムゾン〉……燃え盛る炎にすべてを捧げなさい」


「綺麗だよ焔、ようやく戦う気になったね」


「どうやら覚悟が足らなかったみたい……白夜、私を殺す気で来なさい。私も貴方を殺しにいく!!」


 今までとは何かが違う、錯覚ではなくそう感じさせるものが今の焔にはあった。

 やっと始まるのだ。〈tutelary〉と〈avenger〉の天使が、腹の探りあいなしに本気でぶつかる。

 ようやく戦う者の表情(カオ)になった焔を眺め、黒音は少し安堵したように座席へと戻った。


          ◆◆◆


 最強の盾と謳われる〈tutelary〉と新星の剣を謳う〈avenger〉のチーム戦も終盤に近づき、いよいよ本当の副将戦が始まる。

 黒音より託されたレーヴァテインは焔の姿と覚悟を劇的に変化させ、消えていた闘争本能のろうそくに、火が灯った瞬間を確かに全員が目撃した。


「白夜と張り合えるか、見せてもらおう……だがやはり、勝つのはあの男だろうがな」


 緊迫しているのは意外にもフィールドではなく、観戦室の方。

 フィールドの方には決闘独特の緊張感こそあれど、互いの腹を探りあうような嫌な雰囲気は感じない。

 焔はレーヴァテインとクララを両手に体制を落とし、白夜が瞬きする一瞬を見逃さずに踏み出した。

 動きは固くない。これならば本人も思った通りのパフォーマンスを発揮出来るだろう。


「負ける未来なんて全部、私が焼き尽くす!!」


「いいね、でもその希望、僕が吹き飛ばす!!」


 鋼鉄さえも焼き尽くす深紅の紅蓮と、大地さえも消し飛ばす純白の旋風が再びフィールドをかき乱し、フィールドの中心で二人の騎士が剣をぶつけた。

 本来なら焔の突進、白夜は目を閉じていてもかわせていた。

 だが白夜はあえて焔の攻撃を、フラガラッハだけで受け止めて見せたのだ。

 びくとも動かない。だが今度は違う。今回は引かない。

 動かなくても、無駄だったとしても、諦めるよりは何倍もマシだ。

 血が滲むほど下唇を噛み締め、両腕が痺れてもなお力を込めたその瞬間、一瞬だけ白夜の澄ました表情が、崩れた。

 腹の奥底から沸き上がってきた気合いを声として発散し、焔はさらにクララとレーヴァテインに力を込める。


「ぐっ……ぬ、うぅっ……ぐぁっ……!」


 そしてついに、焔の攻撃が、白夜の力を上回ったのだ。

 クララとレーヴァテインの刀身をクロスさせて降り下ろした渾身の一撃は、瞬間的に白夜とフラガラッハの防御を上回る。

 先ほどの焔と同じく後ろへ大きく吹き飛ばされた白夜は、フィールドの壁へと激突してさらに顔をしかめた。


「バカな、白夜に押し勝ったのか……?」


 目の前で、真正面から白夜が押し敗けた光景は、〈tutelary〉のメンバーに大きな衝撃を与えた。

 絶対に敗北のあり得ない天才が、腐っても自分達のリーダーであった白夜が一つの勝負で敗北した光景は〈tutelary〉側の表情を陰りに落とす決定的な原因となる。

 それは焔が白夜に勝利する可能性が、ほんの僅かに芽生えた瞬間だった。


「ぐ……まさか、僕に押し勝つとはね……面白い……久しぶりに本気が出せそうだ!!」


「いつまでも玉座でふんぞり返ってられると思わないことね!!」


「なら引きずり下ろしてみなよ? この僕をさッ!!」


 もしこれが白夜の本性だとすれば、普段はよくも生易しい平凡ボケした鬱陶しい野郎を演じていたものだ。

 紅蓮の炎を纏ったレーヴァテインの一撃を左腕の盾で受け止めた白夜は、右手のフラガラッハを斜めに降り下ろした。

 それに合わせて振り上げた焔のクララは、寸分のズレもなくフラガラッハを受け止める。

 黒い火花を放ってぶつかりあう二人の意思の代弁者。

 家族を護らんと偽りの最強を演じるフラガラッハと、家族の間違いを正すべく涙を流し続けるクララは紛れもなく今の二人を鏡に写していた。


「受け止めたね、でも今度は僕が押し返す!!」


 実の妹相手に容赦どころかますます調子に乗って本気を出す白夜は、先ほどの焔同様、力尽くで焔を押し返した。

 だがそれで後退する焔ではない。外側へフラガラッハを弾いた焔は、がら空きになったボディに先ほど受けた蹴りをそっくりそのままお返しする。


「ぬ、ぐぅッ……ジブリィィルッ!!」


 蹴られた衝撃で大きく後退した白夜は、すぐさま体制を立て直して両腕をクロスさせた。

 えらく遅い防衛行動は背中の翼へと伝わり、クロスさせた腕を勢いよく広げた白夜の背中から広がる翼は薄く伸ばされてフィールドを侵食する。

 フィールドの半分を覆い尽くすほど巨大化した純白の翼は、広範囲から羽根の刃を飛ばして焔を追い詰めた。

 格下の相手にはまず使わないであろう、一切の逃げ場を奪う白夜の超広範囲攻撃。

 視界のほとんどを殺傷能力の高い天使の羽根で埋め尽くされた焔は、クララとレーヴァテインを連結させてそれを薙ぎ払った。

 クララと連結したレーヴァテインから放たれる炎のカーテンは、降り注ぐ刃の雨を瞬時に蒸発させる。

 白夜が歯噛みした一瞬に、焔の膝が土手っ腹を直撃した。


「弱者を嘗めるなぁッ!! ウリエルッ!!」


 白夜の腹に叩き込んだ膝が効いていると判断した瞬間、焔はレーヴァテインとクララを空中に放り投げて叩き込めるだけの打撃をここぞとばかりにぶつけていく。

 本来の焔の願いは白夜に勝利することよりも、白夜をブッ飛ばすことにある。

 己の願いを叶える為に一発一発を抉るように打ち込む焔だったが、ガードの開いた白夜の顔面に拳を叩き込もうとした瞬間、目の前から忽然と白夜の姿が消え去った。


「なっ……ど、どこに行ったの……?」


「ははっ……まさかここまで僕を追い詰めるなんてね。チートみたいになるからあんまりやりたくはなかったけど……君相手に手段を選ぼうなんて烏滸がましかったようだ」


 まるで今までまったく理解されなかった孤独な主人公が初めて自分の理解者に出会ったような、感動を表現する独特且つ妖艶なる微笑み。

 それはとうとう白夜が己の武器を抜き放った合図でもある。

 焔と真正面からぶつかり合う為に一時的に使用していなかった風属性のスピード。

 物理的限界に囚われないその圧倒的なスピードは、いくら本気を出した焔と言えど捉えることは不可能に近い。

 現に焔のラッシュを掻い潜って背後を取った白夜の動きを、焔は反応すら出来なかった。


「焔、君の本気はよく見せてもらった。今度は僕の番だ。僕の元に来い、ラフィラ・ルチル!」


 白夜に呼ばれてどこからともなく現れたのは、ジブリールとは別のもう一翼の天使。

 ジブリールよりもしっかり者の印象でいて確かな感情を感じ、白夜に従い膝をつくその天使の名はラフィラ・ルチル。

 ミルクティーカラーの長髪は白夜から放たれた聖力を受けてゆらゆらと揺らめき、蒼い薔薇の髪飾りは光を屈折させて鮮やかに光り輝く。

 白い衣に包まれた瑞々しい柔肌、その四肢を黒いリボンが彩り、白く美しくも妖艶な黒がアクセントとなり独特の雰囲気を放っていた。

 薄暗く煌めく蒼い双眸は、ジブリールにも似た殺気を放っている。


「私を呼んだわね、マスター?」


「ああ、この子は僕の手には余りそうだからね。いつぶりかな……僕が本気を出すなんて」


「なんなの、ソイツ……何か、嫌な感じがする……」


「この子はラフィラ、僕の使い魔だよ。と言っても、強さはジブリールとほぼ互角。同じ禁忌の天使だからね」


 左腕に装着していた盾を投げ捨てた白夜は、隣で焔を品定めするように見つめるラフィラに目配せした。

 するとラフィラは何もない所から突如一振りの剣を呼び出し、逆手に持ち替えて白夜の合図を待つ。


『あの剣は、まさか……焔様、どうかお気をつけください。あの剣は天使の秘宝……マイスソードです』


「マイスソードって確か……神話を創ったって言う伝説の? 何でそんなもんを禁忌の天使なんかが……」


『分かりません、ですがとてつもなく危険な存在であることは確かです。ここはラヴルの特性を使った方がよいかと……』


「そうね、ラヴル、貴女の出番よ! 禁忌の天使を噛み砕きなさい!」


『待っていたよ、焔!』


 ようやく焔に呼ばれたラヴルは気合い十分と言った様子で、すべてを吹き飛ばさんとする咆哮をあげる。

 蒼い炎を吹き出して前肢の爪を地面に食い込ませたラヴルの背中に飛び乗ると、焔は連結神機レーヴァテインを右手に発進を命じた。


「ラフィラ、最初から全力で行きなよ。焔相手に手加減は命取りだ」


「貴方がそう言うなら、私はあの猫を叩き潰す。妹なんでしょう? なら貴方が相手をしてあげたら?」


「無論その気だよ。君は焔の戦力を分担してくれればいい。僕は飾りっけのない素のままの状態で焔と戦いたいんだ」


 ラヴルは現在同時に発揮出来るだけのすべての破壊魔術を展開し、焔とクララ達の能力を飛躍的に向上させる。

 焔の命令も待たずにそれを行ったのは、今から数秒後、ラヴルは自身が一切焔をアシスト出来ないことを悟っていたからだ。

 自分に向けられた視線と殺気、これからラヴルが戦うのは禁忌の天使の一翼であるラフィラ・ルチル。

 十二宮神機と言う天上の位を授かっていたラヴルも、禁忌の天使と言う存在の危険を直感で感じ取っている。


「ありがとうラヴル、無理はしないでね」


『任せているといいよ焔、噛みついてでも足止めするさ』


 二手に分かれたラヴルは地面すれすれの低空飛行で急接近してくるラフィラを蒼炎の咆哮で迎え撃ち、焔は連結させたレーヴァテインを右手に白夜のフラガラッハと拮抗する。

 近づくだけで巻き起こされる鎌鼬が焔の逃げ場を奪い、対抗するように炎の壁で鎌鼬をかき消した。


「炎で風を打ち消したか……だが白夜の風はそんなもので防げるほど優しくはない」


「焔、君を傷つけるのは本意じゃない……でも君が僕の本気を引き出したんだから、文句は言わせないよ?」


 フラガラッハで連結したレーヴァテインを大きく弾いた白夜は、鎌鼬を激化させて全方位から体制を崩した焔へ追い討ちをかける。

 だが焔もたった一人で生き残り、裏で〈avenger〉の結成を導き、ここで上り詰めた契約者の一人だけのことはある。

 凄まじい動体視力と反射神経で鎌鼬をかわし、また分離したクララとレーヴァテインで鎌鼬を切り裂いた。


「もっと、もっとだ……もっと見せておくれよ、君の潜在能力……君の中に秘められた底力を!!」


 再び白夜が、焔の前から消えた。消失した白夜の反応は確かに感じているが、姿は見えない。

 人間の視力では到底捉えることの出来ない物理的限界を無視した速度から繰り出される、台風のような連撃。

 白夜にスピードで上回ることはまず不可能、そう判断した焔はそれらすべてには対応せず、防御と回避が可能な分だけにエネルギーを費やした。

 しかしレーヴァテインにより全体的な能力が底上げされたとは言え、白夜の攻撃も決して生易しいものではない。

 一撃一撃の重たさに加えて風属性特有の圧倒的スピード、さらに白夜の才能とフラガラッハの性能が合間って、とても手がつけられない戦闘力へと纏まっている。


「焔、確かにその戦略は理にかなってるけど、いつまで耐えられるかな?」


「耐えてみせる、これは諦めたからじゃない……勝つ為に耐えしのぐの!!」


「前言撤回しよう……その根性、やはり君は僕の妹だ。でもだからこそ、容赦はしない!!」


 また一段と強力になっていく白夜の連撃を、焔は炎に包まれた翼で自分を囲ってガードする。

 今にも吹き飛ばされそうなほどの白夜の烈風は、焔の紅蓮を容赦なく追い詰めていく。

 ほんの一瞬、それこそ瞬きよりも速く白夜を攻撃しなければならない。

 一撃必殺、チャンスは一度きり。確実に仕留められる攻撃をたった一度のチャンスにぶつける。

 それこそ目をつむりながら裁縫針の穴に糸を通すような、文字通り至難の技だ。


「でも、やらなきゃ……一度のチャンスがあるだけ、マシなんだから……!」


 クララの特性は時間経過による威力の倍加、この状況においてクララほど適役な神機はいないだろう。

 元から注がれた焔のほとんどの聖力を、クララは時間をかけて静かに、ゆっくりと倍加させていく。

 一段階聖力を倍加させるのに約十秒、だが白夜の攻撃を耐えきれるのは精々二分前後が限界だろう。

 上手く行けば十二段階、これだけのエネルギーを十二倍まで増幅させることが出来れば、いくら白夜とは言えただではすまないはずだ。

 せめて引き分けのまま黒音君に最後のバトンを託せれば、チームが勝利出来る確率は大きく上がる。


『焔様、翼の耐久値、そろそろ限界です!』


『焔氏、エネルギーブースト完了やんね!』


 ウリエルの悲痛な声とクララの達成感に満ちた声が重なった瞬間、焔は翼の防御体制を解除した。

 後もう少しクララのエネルギーブーストが遅ければ、ウリエルとの一体化が強制解除されていたところだ。


「クララ、神機奥義・最終劫火(ラスト・フレイム)……」


「いいねその力、迎え撃ちたくなったよ。フラガラッハ、神機奥義!」


 この世のすべてのものを余すことなく焼き尽くすその炎が意味するのは世界の終焉、万物を虚へと還す"劫火"。

 この世に存在する有象無象を跡形なく吹き飛ばすその風が意味するのは世界の終末、世界を無へと還す"消却"。

 今にも世界が塗り替えられてしまいそうなほどの迫力、熱気で思わず顔を庇い、風圧で度々体が浮きそうになる。

 糸で吊り上げられたように二人がゆっくりと地上を離れ、上空で必殺の構えをとった。

 ぶつかる、そう感じた瞬間にはもう空で炎が爆発していた。

 台風によって吹き飛ばされた炎がフィールドの至るところに飛び散り、風向きを変えられた台風は鉄さえも切断してしまう高圧の水のように辺りに切り傷を刻んでいく。


「灰すら残さず燃え尽きなさい!! 〈無敗の黙示録アンディフィーテッド・アポカリプス〉!!」


「塵すら残らず吹き飛ぶがいい!! 〈偽りの栄光記ファブリケーション・グローリィウム〉!!」


 二人とも後先考えずに自分の中にあるすべてのエネルギーを自分の神機に流し込んだせいで、クララもフラガラッハも今にも崩壊しそうなほど亀裂が走っている。

 だがそれでも二人は構わず聖力を注ぎ続け、力と力のせめぎあいを続けた。

 いくらコアが無事であれば何度でも完全修復可能な神機とは言え、形がある以上は諸行無常。必ず壊れる。

 それを訴えかけるように、クララとフラガラッハは自分の心臓であり脳でもあるコアを残してボディを完全に粉砕した。

 武器を失った白夜は剥き出しになったフラガラッハのコアを両手で受け止め、焔から離脱しようとする。

 だが焔はクララのコアを受け止めた直後、自分から白夜へと接近した。

 エースである神機がなければ、完全に上下関係が決定してしまう白夜を相手にだ。

 さらに焔はクララのコアを左手に、右手を目の前へ差し出して力を込める。

 エースの神機も、持てる体力も精神力も聖力も、すべてが尽きた。

 ここで引けばもう、勝機は絶対に巡ってこない。

 ならばここまで来て、躊躇う必要はないだろう。


「シェーシャ、見てて……顕現せよ、神機グラム!!」

 

 まだ力を出し切っていない。まだまだ限界にはほど遠い。

 まだまだまだ、私の中の炎は熱を帯びて燃え盛る。

 もう私の中には、限界なんてものは存在しない。

 そんなものはとっくに焼き尽くしたのだから!


「私の炎はもっと燃え上がる! まだまだ燃え足りない!!」


「これは、まさか……そんなことが……」


 珍しく狼狽える深影の視線の先にいる焔は、全身を包み込み激しく燃え盛る炎に覚悟の燃料を注いでいく。

 フィールドには収まりきらないほどの炎はやがて純白の聖火へと変貌を遂げ、焔の身に纏う紅の甲冑を白銀に染め上げた。


「み、深影さん……これってまさか……」


「ああ、白夜の妹は……限界を越えた……!」


「グラム、だって……!? バカな、その神機はもうこの世に存在していないはず……」


「万物の源を焼き尽くせ……神機奥義!!」


 白夜とぶつかったことで焔の中にある心のブレーキが取り除かれ、ラヴルに重ね掛けされた破壊魔術が焔の力を底上げ。

 そしてグラムの潜在能力が焔の中に眠る素質を引き出し、焔の限界を取っ払ったのだ。

 だが本人はそれを意識していない。無意識のうちに、自身の限界を突破していた。


「絶対不可侵の……〈聖域(サンクチュアリ)〉!!」


 グラムの特性は破壊魔術の根源、たった一滴絞り出した焔の聖力を何倍にも膨れ上がらせ、最後の一太刀を降り下ろさせる。

 その一太刀は焔が積み上げてきた積年の悲願、絶対に敵うはずのなかった兄の元へと辿り着いた瞬間だ。

 とても不器用で、戦いの中でしか語らうことの出来ない二人が心をぶつけ合うほんの僅かな聖域。


「焔……大きくなったね……」


「あ、兄貴──あぐ……っ!?」


 焔の心が、グラムの刃が白夜に到達するその瞬間、白夜は身を翻して焔の腹に拳を突き立てた。

 一気に全身の力が抜け落ち、焔は膝から崩れ落ちる。

 白夜は震える焔の体を引き寄せ、今まで寂しい思いをさせた分を労うように精一杯抱き締めた。


「焔の成長が間近に見れて本当によかった……焔のことを護ってあげられなくて、側にいてあげられなくて……ごめんね……」


 その言葉を聞いた瞬間、抱き締められた兄の胸の温かさを感じた瞬間、焔の中で張り詰めていた糸が──切れた。

 溢れてとまらない想いと涙が焔の胸をかき乱し、ついに耐えられなくなって兄の背へと両手を回す。


「っ……兄さん……私……寂しかったよ……っ」


「今まで寂しい思いをさせて本当にごめんね……でも、僕にはまだやることがある……その使命を達成するまでは、僕のことを信じて待っていてほしい……必ず帰ってくるよ……その時はまた、兄妹三人でやり直そう……」


「う、んっ……待ってる、から……いつまでも……待って、る……」


 正真正銘、すべての力を出し切った焔は、白夜の腕の中でそっと瞳を閉ざした。

 張り詰めていた糸だけでなく、焔の意識を繋ぎ止め聖力を絞っていた糸までもが、切れたのだ。

 白夜は気を失った焔の膝に腕を回して両腕に抱えると、静かに決着の合図を宣言した。


「この勝負、赤嶺 白夜の勝利とする……」


 白夜が勝利の宣言を終えたと同時、下唇を噛み締めた黒音が観戦室から飛び降りてきた。

 あまりにも悲劇な、儚い兄妹の物語。

 それを詰め込んだ舞台のシナリオのような決闘は、今兄の勝利と言う形で幕を降ろした。


「……僕の代わりに、この子を頼むよ」


「あんたに頼まれるまでもなくそのつもりだ。焔は俺にとってかけがえのない仲間の一人、死んでも守り抜く」


「君が焔のチームメートで心底よかったと思ったよ。……深影君は君が想像しているより何倍も強いよ」


「ああ、分かってる。あんたが人の皮を被った何かじゃなくて、一人の兄貴でよかったよ。でも負ける気は毛頭ねえ。勝つのは俺達だ、覚悟しとけよ」


 死んだように眠る焔を白夜から預かると、黒音は観戦室に戻って先ほどまで自分が座っていた場所にそっと寝かせる。

 こんなになるまで頑張って皆が最後まで繋いでくれたこのバトンを、黒音は確かに受け取った。


「繋いだよ、勝利を。さあ行っておいで、我らがエース」


「白夜、お前……ふん、貴様に言われるまでもなく行ってくる。いつも通りヘラヘラとした様子で眺めていろ」


 深影はその腕の中、左腕に抱いていた深陽の童話を愛梨に預けると、あえて何も言わず観戦室を後にした。

 同じく愛梨も、あえて何も言葉をかけずに深影を見送る。

 絶対に信じている勝利に、飾る言葉などは必要ない。


「待たせたな、やっと俺達の番だぜ」


「そのようだ。期待しているぞ、我がライバル」


 序列二十九番の悪魔アスタロト、四十の軍団を従える大公爵。

 音も影もなく宙に存在し、ハンモックに寝転がるように浮遊する少女。

 青に近い薄紫の髪は風もなくなびき、紅に煌めく瞳には不規則な紋章が描かれている。

 ニーソックスのように太股の下半分までを覆う個性的なタトゥーが特徴的だ。

 アスタロトはその幼い外見には似つかわしくないとても色っぽい微笑みで、黒音の首に腕を回した。


「今までで一番な過酷な勝負になる。アズ、覚悟はいいか?」


『愚問だよ、私はどんな時も黒音の側にいて力になってあげる』


 序列六十三番の悪魔アンドラス、三十の軍団を従える大侯爵。

 狼の顔がデザインされたローブをまとい、フクロウの使い魔を連れている。

 アンドラスは普通の男性なら一瞬で骨抜きにしてしまいそうな微笑をこぼして、深影の手をとった。


「愛梨達の頑張りを無駄にするわけにはいかん。いいな?」


『クスクス……勿論よ、勝って守護者の力を証明しましょう……』


 契約者の世界。死んでも叶えられない切なる願いを、一度だけ叶えるチャンスを与えてくれる夢の切符。

 しかしその実、命を奪い合う殺伐とした世界で生き残った者のみが自分の悲願を達成出来る弱肉強食の世界。

 希望は絶望へと、強さは弱さへと変わるその世界で、生き残り高みへ上り詰められるのはほんの一握り。

 この二人はその天上に限りなく近い場所で牙と爪を磨く獣、神に知能と力を与えられた愚かな獣だ。

 互いの肉を貪り合うことしか脳がなく、他人を蹴落として強さを証明することのみが至高の喜びである彼らにとって戦いとは。

 戦いとは、己の価値の証明だ。

 どれだけ器用でもそこだけは補いきれない、自分を表現する為の唯一無二の手段である戦にすべてを捧げる彼らは、とんでもなく不器用な二匹の獣なのだ。

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