第二話『birth & Creation~創生と創造~』
遥香が腕に抱えてきた梓乃を、焔が両腕で抱き抱えるようにして支える。
焔は遥香の膝に梓乃の頭を乗せると、再びフィールドに視線を落とした。
戦いを終えた二人の龍が去ったフィールドには、激戦の傷跡が深く残されている。
山脈が消し飛び荒野と化したその場所で、今度は四人の少女が対峙した。
「青美 海里華よ。コロナって言ったわね。今度は負けないから」
「いいねその眼……どっちの支配力が上か、勝負だよ」
「黄境 璃斗と申しますぅ。改めてお見知りおきをぉ」
「前と変わってなければ……すぐに忘れるから……」
「では、次の勝負を始めよう。これよりコロナ・キイ・ドール、白笈 優と青美 海里華、黄境 璃斗の二重決闘を始める。双方、準備を」
「アクアス、行くわよ」
「アザゼル、行きますよぉ」
「変身……!」
海里華が佇む地面には知らぬうちに潮が満ち、足元を侵食していた。
海里華は微かな水の音を響かせながら、両手の指先をそっと胸に添えた。
一瞬の間をおいて海里華の口から解き放たれた、澄んだ湖を思わせる流麗な歌声。
心を満たして包み込むような歌声は足元を満たす潮から十本の水柱を呼び出し、水流の柱は海里華と言う歌姫を隠すように螺旋を描く。
ごうごうと渦巻く水柱の中でも海里華の歌声はかき消されることなく、全員の耳にしっかりと届いていた。
やがて十本の水柱は海里華の歌に合わせて水のベールを編み、黒いリボンに結ばれた海里華の髪を解きほぐしていく。
黒いリボンの代わりに海里華の髪を水のベールが彩り、海里華の髪は波を描いて深い蒼に染まった。
海里華の左腕に抱かれた細い水流は透き通ったハープを形成し、海里華はそれに指先をかけて歌声と重ねる。
ハープから奏でられる音色は音符の描かれた五線譜として実体化し、海里華の下半身をエメラルドブルーの鱗となって包んだ。
実体化した五線譜はレースのあしらわれた胸当てへと変化し、海里華の胸元を包み隠す。
水のベールは最後に水色の羽衣と金色に輝くティアラで海里華を飾り、海里華は二条の槍を携えて自分を包み隠す水柱を切り裂いた。
「底知れぬ海の音色……聞いてみる?」
璃斗は指揮棒を振るように手首から先を軽やかに動かし、自分の回りの地面を自由自在に操った。
津波のように盛り上がった地面は、まるで大昔の大樹のように捻れた幹となって璃斗を囲う。
地面の波に飲み込まれた璃斗は、全身を黄色い花の刺繍があしらわれた白いドレスに身を包み、右手首を跳ねるように回した。
璃斗の指先一つで形を変えられた地面は開花した花のようにほぐれ、地面がせり出して璃斗を地上から押し上げる。
灰色に染まった翼は弧を描いて弾け飛び、穢れた羽根に祝福されて天より舞い降りた。
ブロンドの髪はさらに光を帯びて蜂蜜色に煌めき、その天辺には小さなティアラがちょこんと飾られている。
璃斗が一歩踏み出すごとに、地面の形がねじ曲がって波を描き、彼女だけの道を作り出した。
「何人をも拒絶する大地の怒りを知りなさい」
あの時とは明らかに違う。自分達と張り合えるだけの力をつけた二人の佇まい。
コロナと優はようやく自分達の本気を出せる相手に期待を膨らませながら、繋いだ手に力を込めた。
「スルト、行っちゃおうか」
「母さん、力を貸して……」
「「変身!」」
二十メートルを越える巨人スルトは身長一四七センチのコロナへと吸い込まれ、コロナの体に炎のタトゥーを刻んでいく。
燃え盛る炎をイメージしたビキニのような衣装に、それを彩る金色のアクセサリー。
肩甲骨の辺りから噴き出す炎が翼を形作り、コロナは炎のタトゥーが刻まれた頬をめいいっぱい吊り上げて真っ赤な双眸を見開いた。
「ムスペルヘイムへようこそ! たっぷり楽しんでよね!」
我が子を後ろから抱擁する堕天使ライラは、薄暗い翼を限界まで広げて優の体に溶け込んでいく。
前のめりとなった優の全身を白いボディスーツが包み、細い両腕に多数の装甲パーツが装着される。
自分の身長を越える二メートルもの巨大な腕の形をしたオヴェリスクを地面に突き立て、優は真っ白い息を吐いた。
「バーサーカーの前に……万物よひれ伏せ……」
荒れ狂う水流の中で優雅に舞う蒼き女神、逆巻き翻った大地の中心で佇む黄の堕天使。
作り替えられた世界で鮮やかに踊る紅き女神、破壊された空間で低く唸る白き堕天使。
開戦の空より長らく待ちわびていたこの因縁、今こそ晴らす時が来た。
「璃斗、前半は任せてもらうわよ」
「ええ、最初からそのつもりですわ」
「優、いつも通り最初はコロナが行くね」
「分かってる、頑張ってね」
梓乃と愛梨の戦いは前半、互いの力を図る為にほとんど大きな動きは見られなかった。
しかしこの戦いは女神と堕天使のタッグバトル、女神同士の戦いは言うまでもなく領域を奪い合いだ。
この領域の奪い合いを制した側が、この決闘の主導権を握ると言っても過言ではない。
「〈大海の帝国〉!」
「〈灼熱の大国〉!」
双方、ほぼ同時に動いた。海里華はトライデントとトリアイナの力を以て干渉し、コロナは体に取り込んだアムリタの特性で自分の世界を描き造り出した。
二人の力によって作り替えられた空間は、山脈とはかけ離れたまったく別の世界。
炎の渦巻く大国と海に浮かぶ大国が融合し、無数の火柱と水流が入り乱れる嵐の皇国へと変貌を遂げる。
爆発する炎と水がぶつかり合い、互いの領域を押し広げるように拡大していく。
実力はまったくの五角、二人の造り出す世界は干渉し合い、一つの国として終結した。
「まさか、ここまでとはね。びっくりだよ」
「押し切れると思ったけど、甘くないわね」
「コロナと引き分けるなんて……侮れない……」
「あの海里華さんでも互角とは……流石ですわ」
女神と堕天使のタッグバトル、この勝負では進行形がいくつかのフェイズに分けられる。
まず最初は女神同士の領域の奪い合いだ。
自軍の領域を広げることは、即ち自分達の有利に直結する。
海里華とコロナの領域は完全と言っていいほどの互角、つまりまだスタート地点から進んでいないと言うことだ。
今二人の領域攻守によって得られた結果は、互いのステータスの底上げにすぎない。
次のフェイズからは意外にも、いや予想通りに、本格的な領土の奪い合いが始まる。
最初のフェイズは言わば地盤作り、これから始まるのは築き上げた国と国同士の戦争だ。
璃斗も優もそれを理解しているようで、二人の邪魔をしないよう臨戦態勢を整えて後退している。
「私の帝国か、アンタの大国か……」
「どっちが強いのか勝負しようよ」
海里華の背後に展開されているのは、数えることがバカらしくなってくるほどの無数の槍。
水流が圧縮されて形成されたその槍は、何本にも分離してさらに増殖していく。
対してコロナは数ではなくサイズ、地面から呼び出した巨大な火柱だ。
螺旋を描いて炎上する火柱は、創造されたばかりのフィールドを焼き尽くさんと燃え上がる。
「穿ち貫け、深海の千本槍!!」
「焼き尽くせ、灼熱の火柱!!」
それが開戦の合図となり、一斉に水蒸気が巻き上がる。
フィールドの上空を埋め尽くす無数の槍は文字通り雨のように降り注ぎ、それを炎の竜巻が飲み込みかき消していく。
息が詰まるほどの水蒸気に囲まれ、璃斗は視界が奪われているこの状況で着々とコピーを生成した。
国を造ったのならば、守る兵士も必要だ。
璃斗は自分のコピーを含めて黒音達やその神機、使い魔のコピーを生成し、軍隊が次々と創造されていく。
「コロナ、ペースが上がってる……一定を維持した方が……」
「大丈夫だよっ! 優はパワーチャージに専念して!」
優の両腕に装着されている神機オヴェリスクに、時間をかけて優の零力が注がれていく。
優のオヴェリスクはその性能の為負担が大きく、十分にパワーをチャージしてからでないとその力を引き出し維持することが難しい。
だからアイゼルネとの戦いでは十分にパワーをチャージする暇がなく、不十分な状態で戦った為に本領を発揮出来なかった。
だがコロナと海里華の力がせめぎ合っている今ならば、十分にパワーをチャージすることが出来る。
「くっ……やっぱりとんでもない支配力……気を抜けば、すぐに押し返されるっ……」
『エリちゃん、不味いよ……徐々に押され始めてる。このままじゃ……』
「分かってる、けどっ……今を維持するのが精一杯なのっ」
時間を経るごとにコロナのパワーが増していき、海里華はそれを抑えることで精一杯。
拮抗こそしているものの、とても反撃に移れるだけの余裕などはなかった。
璃斗はそんな海里華の限界を素早く見抜き、十分に兵士を増やし終えるとすぐさま援護に回った。
「炎は酸素がなくなれば燃えません。ご存じですか?」
「知ってるわよっ! バカにしてんのっ!?」
「いいえ、一瞬だけ相手の気を引いてくれれば、あの火柱は私が何とか致しますわ」
「な、出来るの? あのサイズを……」
「サイズは関係ありません。一瞬を、作れますか?」
「それこそバカにしてんの? 甘く見ないでよね」
コロナがさらに炎の出力を上げた瞬間、海里華は槍の生成スピードをほんの少しだけ弱めた。
それによっていとも簡単に形勢が傾き、コロナの火力が水流を焼き尽くす。
だがそれはコロナの油断を招き、海里華に一瞬の隙を見せることとなった。
形勢を押し切ることにのみ集中していたコロナは、背後から迫っていた水流の槍の感知に一瞬反応が遅れた。
無論それは素手で受け止めてかき消したが、その何気ない一瞬の攻防が、更なる形勢の逆転へと繋がった。
フィールドを滑る三つの火柱を、璃斗が造り出した巨大な大地の壁が囲い押し潰したのだ。
四方八方を囲まれ、酸素を失った炎は煙を残して姿を消した。
「へ、うそっ……」
「隙だらけよ! トライデント、トリアイナ、神機奥義・終!」
火柱が消えたことに動揺を隠せず、取り乱したコロナ。
海里華は優がコロナに声をかけるよりも早く、トライデントとトリアイナの奥義を発動した。
トライデント、トリアイナ、レプンから絞り出された全聖力 が、海里華に注がれる。
水のバリアを纏い、海里華は限界まで尾に力を込めた。
「〈海を結ぶ死の三角形〉!!」
大砲のように発射された海里華の突進は、一直線にコロナへと突き進む。
反応の遅れたコロナはそれに対抗する手段を持ち合わせておらず、なす術もなく水流に飲み込まれ──
「オヴェリスク!!」
「きゃあっ!? なに、これっ……力が、でない!?」
オヴェリスクの腕にがっちりと受け止められた海里華は、契約者としての力を完全に無効化されて投げ飛ばされる。
後一歩の所で璃斗に受け止められ、肩を撫で下ろした。
「大丈夫ですの、海里華さん?」
「た、助かったわ、ありがとう」
「コロナ、しっかりして……」
「優、ごめん、ありがと……」
形勢は再び振り出し、そのおかげかようやく次のフェイズへと進んだ。
女神同士の領域の奪い合いが終わると、その次に待っているのは堕天使同士の戦い。
璃斗の戦闘スタイルは自分の戦闘力とほぼ互角のコピーを産み出す長期持久型、対して優は圧倒的なパワーと特性で勝負を決める短期決戦型。
相性としては長期戦に耐えうる持久力を持つ璃斗が優勢か、それともパワーですべてをねじ伏せる速攻力を持つ優か。
力差は海里華とコロナ同様、やはりほとんどないように見える。
「コロナを追い詰めたツケ、払ってもらう……」
「仲間を追い詰めたのはそちらも同じ、手加減は致しませんわ」
久しぶりに抜いてきた璃斗の伝家の宝刀、腰に下げていた六本のレイピアに加え、髪の中に隠していた二本のレイピアを加えた計八振りを展開。
その姿はまさに首をもたげて唸る大蛇のようだ。
「〈八岐大蛇〉……」
「それはもう見切ってる……神機でもないただの剣なんて、僕には通用しな──」
「でしたら、神機が産み出した武器ならどうでしょう?」
優の声を遮り、璃斗は両腕を大きく広げた。
その両腕に装着されているのは神機ヒルデ・グリム、璃斗はその特性を全開に発揮して自分の持つレイピアを無数に増殖させた。
海里華が水流で形成して産み出したように、空中で制止する無数のレイピア。
「よもや、成長しているのが梓乃さんや海里華さんだけだと思ってはいませんわよね? 私達全員、以前とは次元が違いますわよ」
名付けるならば〈八岐大蛇・増殖種〉と言った所か。
璃斗の零力が続く限り、際限なく増殖する無限のレイピア。
海里華が追加して展開した水の槍も含めると、いよいよ気持ち悪くなってきた。
「私の専売特許をパクるなんていい度胸じゃない」
「いつ、誰が貴女の専売特許と決めたんですの?」
「上等、どっちの増殖スピードが早いか勝負よ」
「望むところですわ、精々泣きべそかかないように」
璃斗と海里華が腕を振るごとにレイピアと水槍が増殖し、どれだけコロナが焼き払っても優が叩き潰しても増えていく。
それに海里華の無尽蔵な聖力とヒルデ・グリムの低燃費な特性は、持久戦にはこれ以上ない相性だ。
対してコロナの能力は一度に多くのエネルギーを消耗する上、オヴェリスクの特性は使用者に大きな負荷をかける。
二人にしてみれば相性はこの上なく悪い。
「この勝負、こっちがもらったかしらね」
「……そうだといいけどな」
嫌な予感がする。勝利を確信し始めた焔に対して、黒音は上手く展開が運んでいることに違和感を感じていた。
いくらなんでも都合がよすぎるのだ。仮にも相手は四大チームの一角、あの深影が仲間と認めたチームメートだ。
そう簡単に折れてくれるとは思えない。
「璃斗、二人同時の奥義で行くわよ」
「ええ、挟み撃ちなら一人くらいは倒せますわね」
璃斗の造り出したコピーの兵士が二人を取り囲み、その上から海里華の造り出した水のドームが四人を閉じ込める。
二人が奥義を放つ一瞬を稼ぐには十分な防御力を持つ壁の中で、二人は自分の神機に全力を込めた。
「ん、んん……ぁ……ここ……」
「梓乃、目が覚めたのね。もう少しで勝負が終わるわよ」
遥香の膝で眠っていた梓乃が、いいところで目を覚ました。
梓乃の背中を支えながら起こした焔が、四人のいるフィールドへと視線を誘導する。
未だに寝ぼけたままの思考と視界でフィールドを見下ろし、梓乃は咄嗟に危険を感じた。
「ダ、メ……二人とも……その攻撃……なん、だか……分かんない、けど……とにかく、ダメッ……!」
「神機奥義・終……〈海を結ぶ死の三角形〉!!」
「人工神機奥義……〈穢れた聖域〉!!」
梓乃の必死の忠告も虚しく、勝利を確信した二人の耳には届かなかった。
降り注ぐ水の槍とレイピア、それに加えて海里華の全力を込めた奥義が再び。
だめ押しと言わんばかりに璃斗の出せる限界の力が、二人を挟み込むように激突する。
とてつもない衝撃とともにフィールドが振動し、その波動が観戦室にまで伝わってきた。
「やったわね、璃斗。これで二勝よ。梓乃のバトンを繋げたわ」
「ええ、海里華さんが押されていた時はどうなるかと思いましたが、案外あっさり決まりましたわね」
「へー……それはよかったね。でも、何が決まったのかな?」
二人の奥義が直撃したはずなのに、コロナが造り出した大国が消失しない。
そしてその空間を造り出した本人も、未だに立っている。
それも明らかに先程よりもパワーが上昇していた。
「ねえねえ、あなた達みたいな頭のいい人なら気づいてたよね? コロナがわざと手加減してあげてたことなんて」
「なん、ですって? だってアンタ、あの時必死に……」
「必死に、力を加減していただけ……実を言えば、あなた達二人を倒す為にはコロナの標準的な能力では届かなかった……」
「これは正式な決闘だからアンフェアじゃないようにコロナの能力を教えてあげるね。コロナの能力、厳密には神機なんだけど、アムリタって言う液体の神機なんだ」
コロナはそれを体内に取り込んだことで、神機の特性を自分の能力として使うことが出来る。
アムリタの特性は空間を自在に作り替え、支配して操る〈灼熱の大国〉と呼ばれるもの。
アムリタのもっとも基本的な形で、最強の能力だ。
しかし神の酒と言われるアムリタの能力が、それだけに収まるはずもない。
「空間を構築して支配することが初歩的で基本的な特性なんだけどね、もう一つ……〈領域干渉〉ってのがあるんだよね」
「コロナの〈領域干渉〉は触れた相手のエネルギーを吸収する能力……コロナ自体が構築された空間自体なんだから、コロナに触れれば空間の一部として扱われるのは当然……」
「そんなの、無茶苦茶じゃない……」
「そうかな? コロナとしては悪手以外の何物でもないんだけどなぁ」
つまり璃斗と海里華の最大全力は、すべてコロナにエネルギーのカモとして吸収されたわけだ。
梓乃の感じていた危険と、黒音の感じていた違和感の正体はこれだったのだ。
確かに今の海里華と璃斗を相手にするには、コロナだけでは荷が重い。
何せコロナだけでは自身の力の最大限を引き出すことが出来ないのだ。
キャパシティの限界まで力を取り込み、初めて〈灼熱の大国〉を最大限に引き出すことが出来る。
「次は足かなぁ……ふふ、ようこそ〈灼熱の大国〉へ! あなた達なら歓迎するよ。私の国を存分に楽しんでよね!」
海里華と璃斗の力を吸収してさらに火力を増したコロナは、構築した空間を再び造り直した。
吐き気を催すほど歪んだ空間は、コロナの指先の動きに添って波を打ち、操り人形のように踊って姿を変える。
やがて再構成された空間は、先程とはさらに異質な空間。
火柱が立ち上る空間はそのままに、粘土のように捻れた大地と空に浮かぶ彫刻のような浮き島。
おまけに空を彩る虹は果てしなく続き、滝が逆さまに流れ落ちる極めて奇怪な世界だ。
恐らく璃斗が持つ地属性の力と、海里華の水属性の力を吸収して再構成したことが原因だろう。
「我ながらなかなか芸術的なセンスを感じるよね。それじゃやり直そうか。もう優の手を煩わせるまでもない。この勝負、コロナがカタをつける!」
「距離をとって攻撃しても火柱に焼き尽くされ……」
「接近して攻撃しても触れられた瞬間に無効化……」
「コロナはまさに世界そのもの……コロナの覚悟を……甘く見ない方がいい」
絶句する二人に燃え盛る炎が、降り注ぐ滝が、荒れ狂う大地が襲いかかる。
コロナの力だけならばまだしも、自分達の力までを吸収されればそれを上回る術はない。
優は捻れた地面の塔に腰を下ろし、三人の戦いを見下ろした。
これほどまでに絶望的な勝負で、自分まで加わってしまえばもはや勝負にすらならない。
「終わったね。愛梨ちゃんと引き分けた梓乃ちゃんはとてもすごいと感心したけど、あの二人じゃもうコロナちゃんを越えることは出来ないよ」
「ふん……だといいがな。契約者の勝負は最後まで何があるか分からない。だから愛梨の勝利を確信していたあの勝負もリュッカ・エヴァンスが神機を授けて引き分けた」
「あんな奇跡が何度も起こるとは思えないな。これでこちらの二勝だ。残るは僕達三人、誰か一人でも勝利した時点で僕達の勝ちだ」
コロナの本気を引き出してしまった時点で、もう海里華達は黒音へとバトンを繋ぐことは出来なかったのだ。
四元素のうち三つの力が合わさって、なす術を奪われた璃斗と海里華を追い詰める。
ここで負ければ梓乃の頑張りは、私達の初挑戦がすべて無駄になってしまう。
「……海里華さん、貴女一人であの二人を同時に相手する覚悟はありますか?」
「な、この状況で何言ってんの? アンタまさか、一人だけ降参する気じゃ──」
「この勝負、もし私達のどちらかが負けても、一人倒せば引き分けですわ。そうすれば再び振り出し、白紙の状態で遥香さんにバトンを渡せますわ」
「でも、私一人で二人をなんて……」
「私があの二人を何とかして消耗させます……その隙に貴女が仕留められると思った方を狙ってください」
卑怯だと言うことは分かっている。
だがここで負ければすべてがなし崩れてしまうのだ。
二人にとって〈tutelary〉に勝つことは双子の姉に、腹違いの妹に再会することに直結する。
例え卑怯でも、人道的でなくても、自分の願いが叶えられなくなるよりはマシだ。
「……骨だけは拾ってあげる。行くわよ!」
コロナは今さっき二人の力を吸収してほぼ無敵状態、優は触れた相手のエネルギー回路を停止させる。
一見打つ手立てがないようにも見えるが、二人には一つずつ弱点が存在している。
まずコロナが吸収出来るのはエネルギーのみ、つまり物理攻撃はエネルギーとして吸収出来ない。
そして優がエネルギー回路を機能停止させる為には、必ずオヴェリスクで触れなければならない。
コロナには純粋な物理攻撃を、優には圧倒的スピードを以て戦えば勝機はある。
そしてその条件をどちらも満たしているのは、他でもない璃斗なのだ。
「ヒルデさん、グリムさん、奥の手……行きますわよ」
『つ、使うのかい? あれを……』
『まだ未完成なのに……しかもこんな土壇場で……』
「分かってませんわね、大きな賭けは土壇場でこそこちらに傾くのですわ」
ヒルデ・グリムの特性は零力をあらゆるものへと変換させる、錬金術の上位互換〈創造〉。
だがヒルデ・グリムにもコロナのアムリタと同様、奥の手がある。
だがそれはアムリタのような"能力"ではなく、璃斗が無理矢理再現した"猿真似"の技。
「柊さん……貴女の力、パクらせてもらいますわ。〈喚装〉!!」
ヒルデ・グリムの特性がそのパターンを限りなく本物に近い状態で再現し、レイピアを投げ捨てた璃斗の体を書き換えていく。
白と黄色のドレスを書き換えたのは、まるでタイムスリップでもしたのかと錯覚する侍衣装。
黄色いヒールは青い帯の草履へと変わり、ドレスのスカートの代わりに青い袴が璃斗の両足を隠した。
璃斗は左腕につけていたヘアゴムで髪を後頭部に縛ると、腰に下げられていた日本刀を引き抜いて腰を落とした。
「儚泡の刃……翠咲……!」
「変身した? でも所詮はこけおどし──」
「果たして……そうでしょうかね?」
「っ……速いっ……」
自分の身長よりも長い日本刀を、璃斗は右手一本で振るってコロナの体を真っ二つに切り裂いた。
璃斗が振るっているのは柊の持つ剣のコピー、その中でもとてつもない強度と切断力が特徴の日本刀だ。
だが優は顔色を変えない。火属性のコロナに対して、物理的な攻撃はほとんど意味がないと理解しているからだ。
そして璃斗は優とは対照的に、目を細めて頬を緩めた。
「ふふ……消火して差し上げますわ」
「コロナを消火? あなたじゃ無理だよ、だってあなたの力も吸収してるんだよ?」
「ん……? コロナ、どうして元に戻らないの……?」
「ふぇ、あれ、おかしいな……切られてもすぐに戻るはずなんだけど──あ、れ……? 戻れ、ない……?」
「油断しましたわね。そう言う所が幼いんですのよ」
璃斗がコピーし再現した柊の刀、翠咲には異質な特徴がある。
とても普通の製法では、いや普通ではない製法を用いてもなかなかあり得ない構造をしている。
翠咲は一定以上熱を受けると中に蓄えた酸素が増幅し、表面を覆う薄い水の膜に空気を送り込んで泡を生成する。
つまり翠咲は剣の形をしたシャボン玉生成機と言うことだ。
「っ……たかがシャボン玉ごときでコロナがっ」
「ただのシャボン玉ではありませんわ。泡消火剤と言うものをご存知? 泡状にして噴射した消火剤は火を冷却して酸素を遮断するんですの。この翠咲も泡消火剤と非常に似た成分の液体が常に表面に潤っていましてね、貴女には相性最悪でしょう?」
「ふ、ふんっ! 別に泡で遮断されてても、また作り直せばいいだけだもんね」
断面が遮断されていて結合できないならば、上半身から下半身を作ればいい。
火属性や水属性にはそれが出来る。
コロナは泡に包まれた断面をほったらかし、新たに自分の下半身を作ろうとしたが──作れない!
「な、何でっ……」
「言いましたわよね、酸素を遮断すると。酸素がなければ火は燃えませんわ」
短時間かもしれないが、これでコロナの炎は無力化した。
今のうちに少しでも優にダメージを与えなければ、海里華一人ではどう考えても二人同時に相手は出来ない。
璃斗はありったけの泡でコロナを拘束し、優のいる方へと疾走した。
「コロナは泡を何とかすることに集中して……それまで僕が──二人とも、叩き潰すから」
それまで僕が耐えしのぐから、そう言いかけて優は言葉を飲み込んだ。
〈tutelary〉の一人である自分が、新参者のチームに対して耐えしのぐ?
ハッキリ言ってあり得ない。本来ならばたった一人で二人とも相手に出来る。
「調子に乗らないでよ……砕け、オヴェリスク……!!」
璃斗の勝利条件は優の攻撃を掻い潜り、優にダメージを与えてなるべく消耗させること。
対して優の勝利条件はひとつ、璃斗に触れることだ。
その時点で璃斗のエネルギー回路は停止し、勝負が決まる。
「砕けるものなら、砕いてみなさい。〈喚──」
「遅いッ……姿が変わる前に叩き潰すッ!!」
璃斗が〈喚装〉して姿を変えるよりも早く、優がオヴェリスクを伸ばして璃斗を殴り飛ばした。
その衝撃に耐えきれず、璃斗の体は粉々になって吹き飛んでいった。
手応えあり、それが魔術で仕掛けられたものではないと言うことを確信した優は、泡に悪戦苦闘するコロナを助けにいった。
「嘘、よね……? 璃斗、ねえ璃斗……お願いだから、ドッキリだとか言って出て来てよッ……ねえッ!!」
「無駄……黄境 璃斗は完全に砕いた……」
「もう海里華さん、そんなに大声で呼ばないでくれます? 思わず出ちゃったじゃないですか」
「なっ……そんな馬鹿なっ……」
「誰を完全に砕いたですって?」
ノンノン、と璃斗は人差し指を左右に振って現れた。
だがそれこそあり得ないと、優は必死に視線と思考を巡らせて種を探る。
そして見つけたのは、璃斗の亡骸だ。
粉々になったはずの璃斗の亡骸は、冷気を揺らめかせている。
「あれは……氷……?」
「ご明察ですわ。氷脚シュネーティア・フース……貴女は私の瞬間的な加速についてこれなかったと言うことです」
真っ青に染まり、ついでにスカートの丈が短くなったドレスの裾から露となった璃斗の両足。
三日月のような曲線を描く不思議な氷のブーツが、璃斗の両足を包んでいた。
「ち・な・み・に~……これは柊さんのコピーではありませんわ。完全オリジナル、私が編み出した新たなる〈喚装〉です」
確かに、柊の持つ鎧や武器の中で、神機である天羽々斬以外に氷属性を操る武器は存在していない。
つまりシュネーティアは正真正銘、璃斗のオリジナルと言うことになる。
璃斗は氷のブーツに包まれたおみ足を持ち上げ、ノーモーションのまま優を蹴り飛ばした。
「ぐぅっ……!? 前動作なく、この威力っ……」
咄嗟のこととは言え、あの優があまりの威力に耐えきれず吹っ飛ばされた。
璃斗は仕返しと言わんばかりに渾身の蹴りを叩き込み、その場で回転して勢いを弱めてから華麗に着地した。
「シュネーティアの特徴は圧縮した冷気の噴射による瞬間的な加速……そしてこの脚に触れたものはすべて、凍りつく」
「オヴェリスクが……でも、オヴェリスクはあらゆる魔術を無効に──出来、ない……!?」
「やはり、ですわね。貴女の神機が無効化出来るのはエネルギーやその回路、魔術と言ったエネルギーが通っているもの。ですがその氷は純粋な冷気によって作られています。つまり、私は零力を一滴も使っていない!」
氷が張っていては、オヴェリスク自体が璃斗に触れることは出来ない。
これでしばらく、優はオヴェリスクの特性を使うことは出来なくなった。
何とかすると言うより、もはや勝利の一歩手前にこぎ着けているではないか。
海里華は驚愕するほど成長した璃斗の背中を眺めて、自分の無力に歯噛みする。
「何をしていますの、とっととトドメを刺してください」
「え、ええ。トライデント、トリアイナ!」
「くっ……泡がっ、とれないっ」
「氷の膜が、邪魔してっ……」
二人が泡と氷に手間取っている間に、海里華は必殺の間合いに入ってトライデントとトリアイナを振りかぶる。
このままトライデントとトリアイナを突き刺し、その上から璃斗のシュネーティアで凍らせれば〈avenger〉の二勝だ。
「……ふふ……残念だったね、二人は空間を操るんだよ」
「優、今だよっ!」
「分かってる……!」
海里華がトライデントとトリアイナを手放すその一瞬を狙って、優がオヴェリスクを地面に叩きつける。
分厚い氷の膜を、腕力のみで壊して見せたのだ。
同じくコロナも全身を覆っていた翠咲の泡を、空間ごと書き換えて消滅させてしまった。
実力も、才能も、能力も、あまりにも差がありすぎる。
だが幸い、海里華はトライデントとトリアイナを手元に引き戻したことで、コロナにエネルギーとして吸収される最悪の事態を防いだ。
「いやぁ、楽しませてもらったよ。久しぶりにハラハラドキドキしちゃった」
「僕達がどれだけ手加減しても相手にならなかった前とは別物……成長したね……」
「楽しんでたっての……? 璃斗の、必死の攻撃を……」
「手加減、ですって……? この決闘の場で……」
白夜は顔色を変えない。以前二人の勝利を信じている。
だが今度は深影の方が違和感を感じる番だった。
おかしい、力差を見せつけられて心はとうに折れているはずなのに、深影の目には、海里華と璃斗が笑っているように見えた。
「作戦はそのまま実行いたします……」
「ええ……でも、倒しちゃってもいいわよ」
「海里華さん、それ死亡フラグですわよ」
面を上げた璃斗は、シュネーティアを解除して両手を真正面に突き出した。
璃斗の、海里華の、〈avenger〉の闘志はまだ尽きていない!
両腕を大きく左右に開いた璃斗は、その豊満な胸をたゆんと揺らして背中から無数の蔓を伸ばした。
璃斗の背中から現れたのは、機械的なパーツで構成された大きな蕾。
全部で六つの蕾を呼び出した璃斗は、それらを同時に使役して一瞬だけ海里華の方を振り向いた。
「〈喚装〉……響破バリオベリオフーシェン! 海里華さん、耳を塞いでください!」
「へ、えっ!? わ、分かったわ!」
璃斗に言われるがまま両耳を覆った海里華は、来るであろう衝撃に備えて身を縮める。
そして蕾は璃斗の零力と言う養分を吸い上げて開花し、その産声を刻んだ。
「〈開花の産声〉!!」
「うあぁっ!? 頭、揺らされるぅ……っ」
「ぐっ……コロナ、耐えてっ……」
六つの大輪から放たれた爆音は、地面を抉りながらコロナと優を吹き飛ばす。
フィールド全体に響き渡るような音のバズーカ。
まるで自然の猛威を体現したかのような、圧倒的な破壊力と圧力だ。
「これは……モノクロの羽音と似ているな……」
「……私の羽音は超高速振動によるもの……正確には大きい音じゃなく、空気の振動による超音波……でもあれは純粋に大きな音……」
「簡単に言えば内側から響かせるか外側から響かせるかの差だよ」
すべてを揺さぶり破壊する音の暴力が止んだのは五分後、璃斗が眉間にシワを寄せて膝をついた時だ。
流石の璃斗も柊の持つ鎧や剣、それのコピーに張り合うほどの武器を展開するのは相当に消耗するらしい。
それも翠咲、シュネーティア、バリオベリオフーシェンの三つを連続で展開した璃斗のエネルギーはガス欠寸前。
「くっ……やはり、持たない……このまま、では……」
「十分よ、これだけ隙を作ってくれれば──アンタの覚悟は私が貫く!」
海里華は璃斗が一人で時間を稼いでいる間、ただひたすらにトライデントとトリアイナに聖力を注いでいた。
次に投擲する時は絶対に防がれない状況で、最高のタイミングで必殺の一撃を決められるように。
バリオベリオフーシェンの音で怯んでいる今ならば、腹を穿てる。
海里華は持てる全力を込めたトライデントを、大きく振りかぶった。
「神機……奥義ッ……〈深き海の三叉槍〉!!」
それは最速の槍。穿てぬものはなく、すべてを水底に沈める海王神の鉄槌。
空を裂いて駆け抜ける流星のように、フィールドを真っ二つに割って走る槍は一直線にコロナへと突き進んだ
「コロナ、危ないッ……!」
「へ──あ……っ」
音のせいで集中力を欠いていたコロナ、優が助けにいくには距離が遠すぎた。
ようやく槍に気づいたコロナだったが、流石に最速の槍を目視でどうにか出来るだけの余裕はなかったようだ。
腹を貫通した槍を掴むのが精一杯、だがそれだけで十分。
貫通しても捕らえることが出来たならば、そこからエネルギーを吸収すればいい。
「まだ、まだぁッ……コロナ達は、もう負けないッ……!!」
驚くべきことに、コロナは自分の腹を貫通したトライデントを両腕で掴みエネルギーを吸っていた。
腹を穿たれているのにも関わらず、コロナはまだ戦おうとしているのだ。
腹から血が噴き出すことも構わずに、掠れる意識の中トライデントのエネルギーを吸い尽くした。
優のオヴェリスクには及ばずとも、仮死状態になるほどまでトライデントのエネルギーを吸い尽くしたコロナはそのエネルギーを体内で自分のものに変換し、それを優の体へ送り込んだ。
コロナの持つエネルギーを加算したその莫大なエネルギーは優の体へと乗り移り、優の全身を真っ赤に染め上げる。
「コロナ、何を考えてっ……」
「このままコロナが戦っても、優の足を引っ張るだけだよっ……だったらコロナの力を託した方が、いいに決まってる……私の役目はここまで……絶対に勝ってよねっ!」
優にエネルギーのほとんどを託し終えたコロナは、自分の負傷を修復する力も失って地面に墜落する。
残ったのは制御を失ってゆらゆらと消滅して崩壊していく灼熱の世界。
これでまず一勝。梓乃の悲願通り、最初の勝利を飾ったのは〈avenger〉の方だ。
だが忘れてはならないことがある。
「コロナ……無茶するんだから……でも、これで目が覚めた……本気で潰すから……」
コロナを倒して一勝を飾っても、優に二人とも敗北すれば、一勝二敗になると言うことを。
優はコロナから託された莫大なエネルギーを、全身に満遍なく広げて体に馴染ませる。
ここまでの量のエネルギーを、優は動かしたことがない。
優は少しずつオヴェリスクへとエネルギーを送り込み、暴走しないよう制御しながらオヴェリスクの特性を発動した。
「鋼の鉄槌を下せ、オヴェリスク……!!」
「ったく、一人倒してようやく戦いになるのね……」
「ま、梓乃さんもジェミニクスあっての互角ですし、今の私達なら及第点。上出来でしょう」
「格好付けちゃって、満足してないくせに……どっちが生き残っても恨みっこなしよ」
「ふふ、貴女を蹴落としてでも生き残って見せますわ」
各個撃破でようやく互角、だが二人ともその結果に一切満足しておらず、今でもどちらかが一人で勝つ気でいる。
璃斗は残る零力をすべて、最後の鎧と剣につぎ込んだ。
「五分で決めて差し上げます。最後の〈喚装〉……」
優が相手では、この鎧が使えるのも一回切りになりそうだ。
だがそれで次に繋げるならば、喜んで溝に捨ててやろう。
璃斗がその鎧を呼び出すと、璃斗の纏っていたドレスのカラーが反転した。
白かった部分は黄色へ、逆に黄色かった部分は白へとそのコントラストを入れ換える。
蜂蜜色をした長い髪は毛先で八束に分けられ、そこから新たに八本のレイピアが形成された。
これまでの鎧とは明らかに違う、何かヤバい雰囲気を放っていると、この場にいる全員が感じていた。
「海里華さん」
「何よ、聖力の充填で急がし──」
「……距離をとって、逃げてください……」
「……何、言ってんのよ……二人生き残れば、二勝なのよ?」
「貴女も薄々分かっていますでしょう? あれを相手に二人とも生き残ることはほぼ不可能です……」
貴女はコロナを倒し、自分の役目を全うした。
璃斗は駄々をこねる子供に言い聞かせるように、いつものような他意を含めた言い方ではなく、優しく諭すようにそう告げた。
「でも、それなら私が囮になるわ。私がコロナに勝てたのは、アンタのおかげだし……」
「それで二人とも捕まればそこで試合終了……いい加減腹を括ってくださいな。私にとってこの勝負の勝ち負けは大きな意味を持ちません。私達の役目は次に繋ぐこと。今はとにかく、繋ぐことのみを最優先に」
「分かったわよ……噛ませ犬は噛ませ犬らしく、恥ずかしく敵に背を向けて逃げてやるわよ」
「それでいいんですわよエセお嬢様。生きてたら今度、一緒にショッピングにでも行きましょう」
「とっととやられてきなさいよ貧乏娘。もし生きて帰ったならその会計、全部私が払ったげるわ」
勝利の為ならば、次へ繋ぐ為ならば恥などいくらでもかいてやる。
海里華は血が滲むほど下唇を噛み締めて、璃斗に背を向けた。
役目を果たしたはずなのに、勝ったはずなのに、最後まで戦えないと言う悔しさが胸を掻き乱す。
勝つと言うことは、ここまで胸が痛むことだったか。
海里華はトライデントとトリアイナに最後の聖力を注ぐと、振り向き様に二条を振りかぶった。
「アンタのことなんか大っ嫌いなんだからっ!!」
全身から絞り尽くした聖力を込めた二条が、璃斗の背中を通りすぎて優へと襲いかかる。
だが優はトリアイナの方を右手で掴み、機能停止させた。
両方とも掴むほどのスピードは自分にはない、そう判断した優の的確な行動だ。
だがそのおかげで、トライデントの方は優の左横腹をかすってフィールドの向こう側へと突き刺さった。
「ぐっ……こんなものっ……」
「よそ見をしている余裕があって?」
海里華が作ったその一瞬を、璃斗は見逃さなかった。
だがそれでも、速すぎる。海里華が槍を投げて、優がトリアイナを掴むまで、璃斗はまだ動いていなかった。
優がトリアイナを投げ捨てる瞬間に動きだし、優の正面まで肉薄していたのだ。
「このスピード、物理限界を、越えてるっ……」
「契約者の世界、物理的限界を超越しているものなどいくらでもありますわ」
例えば瞬間移動。
肉体の形状を維持したままそれを限りなくエネルギー体に近い状態へと変化させ、それを別の場所へと移動させる。
エネルギーのような実態のないものなら、物理的限界に引っ掛かることはない。
例えば次元魔術。
空間と空間を繋ぐ、またはその空間に沿って存在する反転世界である次元の狭間。
そこを経由して現実世界の別の場所へ転移する方法も物理的限界に引っ掛からない瞬間移動の方法だ。
だが優はそんなことで驚いたりしない。
璃斗の移動速度はそんな小細工などではなく、本当に物理限界を無視した文字通り瞬間移動なのだ。
「ふふ……空間を自由自在に操る貴女が、まだお気づきになりませんの? ここ、陸ですわよ?」
一体何を言い出したのかと璃斗の真意を探る優だが、意外にもその答えはすぐに出た。
この場所は地面、本物の土で形成された地面。
璃斗の属性は地属性、つまりコロナのいなくなった今、フィールドを支配するのは他でもない璃斗だ。
「この姿の名は〈檸檬の果実〉、私が作った鎧の中でもっとも性能の高い逸品ですわ」
四代元素、土のあるこの場所では璃斗が支配者。
璃斗は八束に分けられた髪で八本のレイピア、プリムローズ・ディザインを操り、オヴェリスクの防御を掻き分けて怒濤の連撃を浴びせていく。
ただのレイピアならともかく、これはすべてヒルデ・グリムの力で創造された特殊な武器。
人間が加工して使える物質で作られたものでは、とても再現出来ない質と性能を誇っている。
「くっ……でも、今さらこんな攻撃なんかでっ……僕は沈まない!!」
「分かっていますわ、別に勝てなくても……負けなければよいだけのことっ!!」
元より一人で勝てるなどとバカなことは考えていない。
おまけにコロナのパワーまで加算されているのだから、今こうして互角の土俵に立てていることが不思議だ。
だがまさか本当に通用するとは。勝利する為ではなく、敗北しない為の力が。
「黒音君、璃斗のあの武器、確かに攻撃力も底上げされてるけど、でもあのパワータイプとタイマン張れるだけの性能は持ってないように見えるわ。そこんとこどうなの?」
「その通り、璃斗が使ってる武器は優に勝てるものなんて何一つとしてない」
きっばりと言い切った黒音の表情、何故か満足そうな笑みが浮かんでいる。
勝てるものなんて何一つとしてない? それでは何の役にも立たないではないか。
「焔、これはチーム戦だ。野戦なら相手を戦闘不能にすることが基本的な勝利条件。でもチーム戦は相手に勝つだけがすべてじゃない」
確かに全戦全勝出来るならばそれに越したことはない。
だが相手との実力に少しでも差があるのならば、勝てる可能性よりも負ける可能性の方が大きいのならば。
勝利を求める向上心の他に敗北しない堅実さも、また最善手としての戦略だ。
「璃斗は自分と優に短期間では越えられない差があることを理解していた。だからドラゴンエンパイアでは勝つ為の特訓よりも負けない為の特訓をしてたのさ」
「負けないことが、勝利に繋がるの?」
「ああ、例え引き分けでもいい。相手よりも黒星が少なければその時点で勝ちになる。下手に勝利を求めて負けるよりも、平行線のまま次に託す方が何倍も賢明だ」
「じゃあ璃斗と海里華は……」
「ああ、海里華はコロナを倒した。でももうあの二人に優を倒せるだけの力は残ってねえ。だから璃斗は優に負けない為の戦略をとったんだ」
誰よりもプライドが高くて、何があっても自分から敗けを認めないようなあの二人が、自らプライドを投げ捨ててチームの勝利に献上した。
それがどれほど難しくて辛くて、大変なことか。
「だから俺達は海里華達の覚悟を無駄には出来ない。残る三戦で先に二勝した方が勝つ」
優はオヴェリスクの特性を維持する為にコロナから受け取ったエネルギーをフルに活用しているが、エネルギーは決して無限ではない。
有限である以上、限界が来るのは自明。
そしてじりじりと優の体力を奪う璃斗も同じく、プリムローズに体力と零力を絞り尽くされて今にも倒れそうだ。
「いい加減、諦めたらどうですッ……!!」
「バカを言わないでッ……僕は諦めないッ……!!」
どこまでも食い下がれ。情けないと罵られても、醜いと踏みにじられても、あの子に会うまでは諦められない。
ここですべてを出し切らなければ、絶対に後悔する。
璃斗は持てるエネルギーすべてを髪からレイピアへと伝え、一斉に刃の雨を浴びせた。
「あの子に土下座するまで、私は止まれない!! 〈平穏を願う強き想い〉!!」
「僕達の居場所はここしかない……もう二度と、僕達は失わない!! 神機奥義……〈混濁させし神の塔〉!!」
オヴェリスクのエネルギー回路を機能停止させる特性、それを広範囲に広げて屍の塔を積み上げる優の最大奥義。
これを使った後はしばらく意識が混濁し、最悪の場合昏睡状態に陥ることもある。
だが優はそれを使うだけの価値が璃斗にはあると、璃斗の覚悟に応えて見せた。
璃斗もその覚悟に応え返すべく、ドラゴンエンパイアでは一度も成功していない、ヒルデ・グリムの力を最大限に引き出した奥義で対抗した。
八つの頭をもたげた大蛇と、善と惡の概念を破壊する塔が互いの力を打ち消し合いながら衝突する。
黒い稲妻が迸るフィールドで、海里華は必死に意識を引き留めながらその様子を脳裏に刻んだ。
「璃斗……お願い……またアンタのとぼけた笑顔を見せて……」
「女神が堕天使に祈るなんて、世も末です、わ、ね……」
指を絡めて祈りを捧げる海里華の元に、またその声が、待ち望んでいたその声が降りかかる。
安心すると胸を撫で下ろすと言うが、海里華は胸を撫で下ろすことも忘れて涙を流した。
最後まで可愛げもなく、海里華のことを小バカにした態度で、全身を自分の血で真っ赤に染めて海里華の胸に倒れ込んだ。
負けなかった、璃斗は最後まで。
「そん、な……優……負け、ちゃったの……?」
「バカ、僕が負けるわけない……しっかりして」
貫かれた腹の痛みも忘れて、コロナは掠れた視界で優の姿を探す。
だがその姿は意外にも、コロナの近くに現れた。
体のほとんどを貫かれた傷だらけの状態で、コロナの涙を拭った瞬間に倒れ込んだ。
勝てなかった、優は最初から。
「この勝負、青美 海里華の一勝。白笈 優よりも黄境 璃斗の方が先に倒れた為、白笈 優の一勝。よって引き分けとする」
白夜から決着の合図、だがその声は僅かに震えていた。
コロナと優が満身創痍になるまで傷ついたからではない。
海里華と璃斗が、コロナと優に引き分けるなどと言うことが、どうしても信じられないからだ。
「璃斗っ……海里華っ……」
梓乃の体を焔に預け、観戦室から飛び出した遥香。
幸い海里華は聖力が枯渇しただけで、目立った外傷はない。
だが璃斗は優と奥義をぶつけ合った衝撃で、左腕を骨折している。
目に見えてわかるほど、本来曲がらないはずの部分があり得ない方向に曲がっているのだ。
「すぐに治してあげるから、待ってて……」
「やめなさい遥香、次の勝負はアンタなのよ」
「海里華……? 何を言ってるの……? このままじゃ、璃斗が……っ」
「このバカのことは私に任せて、アンタは勝負に集中しなさい。璃斗なら大丈夫よ、こいつはそんな簡単に死んだりしないから」
璃斗の腕を細心の注意を払って支え、璃斗を観戦室へと運ぶ海里華。
今にもぶっ倒れそうなその状態で、海里華は璃斗の骨折の治癒を始めた。
璃斗に大役を任せ、一人逃げた罪滅ぼしとでも言わんばかりに、悲鳴をあげる体に鞭をうってない聖力を絞り出した。
「優、目を開けてよ……優っ……」
「モノクロちゃん、治療を──」
「待て……」
ぴくりとも動かない優に抱きついて泣き叫ぶコロナ、二人の傷を治療するべく観戦室を降りようとしたモノクロを、深影が止めた。
「退いてなさい、アンタじゃどうしようもないでしょ」
「っ……お姉さん……なんで……」
「私達はアンタ達が憎くて傷つけたわけじゃないの。これは正式な決闘、それが終わったら私達はただの契約者と契約者よ」
骨の接合だけを済ませた海里華は、意識の戻らない璃斗の体を焔に預けて優の治癒を始めた。
コロナは空間を支配して書き換えることが出来ても、傷ついた体を治癒する手だては持っていない。
だが海里華は水を支配する女神、七割以上が水分で構成されている人間を治療することは造作もない。
「ほら、アンタも動かないの。一応私のせいで傷つけちゃったんだし、治してあげるから」
「ふぇ、コロナも……?」
「当たり前でしょ、この子を傷つけたのはあのバカだけど、アンタを傷つけちゃったのは私なんだから、責任とるのは当然でしょ?」
「でも、あなたもあのおっぱいの人も、ボロボロだよ……?」
「アイツは骨さえ治しときゃ勝手に生き返るわよ。それとおっぱいの人はやめなさい」
今更になって璃斗に対しての恨み辛みが沸き上がってくる。
ただの脂肪の塊だと思っていても、劣等感を感じずにはいられないあの物体を。
「ほら、とっとと起きなさいよ。アンタの友達が心配してるわよ」
「ん……んん……? 人、魚……?」
「そうよ人魚よ。ほら、アンタの友達の怪我も治しといたから、とっとと観戦室に戻りなさい」
「優っ……目が覚めたんだねっ……よかったぁ……」
「コロナ……あれ、お腹の傷が……どうして、あなたが……?」
「同じ質問に二度も答える気はないわ。ほら、とっとと行きなさい」
万が一の為にプールしておいた聖力を切り崩し、優とコロナの大怪我、そして璃斗の骨折を治した海里華。
だがこの三人の大怪我を治した後で自分の体力を回復するだけの余裕はなく、観戦室に戻ってきた海里華は糸が切れたかのように焔の方へと倒れ込んだ。
「ちょっ、重たい! ねえ黒音君、せめて海里華を支えてあげてよ!」
「ああ悪い、大丈夫か?」
遥香に預けられた梓乃、海里華に担がれてきた璃斗、そして三人を治癒して力を使い果たした海里華にもたれ掛かられて、焔は呻き声をあげた。
こんな戦いの中だと言うのに、不思議と笑いが溢れてくる。
「お疲れさん……よく頑張ったな……」
「ほんとよ……これで負けたら……容赦しないんだから……」
「ああ任せとけ、お前のバトン、しっかり受け取ったぜ」
何とか焔に支えられずに座れるまで回復した梓乃は、座席にもたれ掛かりながらフィールドに佇む遥香にエールを送った。
そして深影に制止されたモノクロも、再び荒れたフィールドへと降り立った。
恐らくこれから目撃するのは、全員にとって未知の領域。
少なくとも、未だかつてないほどの壮絶な戦いになることは間違いないだろう。
「暴食の死神ベルゼブブの契約者、モノクロと……」
「色欲の死神アスモデウスの契約者、遥香の……」
「「七つの大罪同士の決闘……!」」
言わずと知れた六種族最強の存在、死神。
過去に一度対戦した結果は、完敗とまではいかずとも遥香の敗北に終わった。
だがあれから遥香はドラゴンエンパイアの様々な場所で修行を重ね、ついにモノクロと同じステージに上り詰めた。
才能のレベルで言えば英雄にも迫るほどの素質を持つ遥香が、死に物狂いで努力したのだ。
その実力、想像するだけでも恐ろしい。
対してモノクロ、七つの大罪最強と謳われるサタンと互角の力を持つベルゼブブの契約者。
白夜に並んでトップクラスの実力と才能、そして莫大な知識を持つ彼女の実力は計り知れない。
「あなたとの再戦を、どれだけ待ち望んでたか……」
「……私も貴女に会いたかった……」
背後に揺らめく影は直視を許さない威圧感を含み、下っ腹に直接響く重低音のような圧力は呼吸を遮る。
止めどなく溢れ出す魔力は空間を歪ませて、荒れたフィールドを冥界へと書き換えた。
吐き気がするほどの死臭が霧となって漂い、地面から突き出すように現れたアメジストの水晶が僅かな光を増幅してフィールドの壁に反射する。
天井があるはずの上空には、崩壊を意味する紅い満月と停滞を意味する蒼い満月が二つ浮かんだ。
やがて紅い満月と蒼い満月は月食のように重なりあい、毒々しい紫へと変化を遂げた。
万物を喰らい尽くす二挺拳銃と、万物を魅了し惑わせる大鎌が、再び死の宴を始める──。




