表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 最終章「王と姫」
37/42

第一話『electricity & thunder ~霆と雷~』

「もう待ちきれないし、始めちゃおうよ!」


「せっかちな方ですね……でも構いませんよ。それでは白夜さん、お願いします」


「うん、ではこれよりチーム〈tutelary〉とチーム〈avenger〉のチーム戦を始める。ルールは簡単、相手を再起不能に、または敗けを認めさせれば勝ちだよ。最終的に勝った回数が多いチームが勝つ」


「シンプルでいいじゃねえか、文句ねえぜ」


 白夜のルール説明に納得した黒音は、海里華達を寄せて円陣を組んだ。

 こんなことをやるのは正直こっぱずかしいが、未だ実感の湧かない気持ちを固めるには丁度いい。


「よし、四大チーム制覇の初戦、これが俺らの第一歩だ。気合い入れていくぞ!!」


「「おおっ!!」」


「死ぬ気で行っても絶対死ぬなっ!!」


「「おおぉっ!!」」


 腹の底から声を出すと、体の震えが自然と収まっていた。

 天才達と渡り合うと言う緊張感、仲間の温もりがそれを打ち消してくれた。

 梓乃は背中に下げていた紅椿を腰に移動させると、海里華の手を引いてフィールドの手前に進んだ。


「どうしたの梓乃?」


「エリちゃん、私の背中、めいいっぱい強く叩いて……」


「え、何言って──分かったわ、いいわよ。歯をくいしばりなさい」


 目をきゅっと瞑った梓乃の背中に、女神の力を込めた強烈な平手が叩き込まれる。

 フィールド全体に響き渡った平手の音で、双方ともに静まり返った。


「~~~~っ……あ、りがとっ……気合い入ったぁっ!!」


「面白い方ですね、大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫だよ。私は緑那 梓乃、よろしくね愛梨ちゃん!」


「よろしくお願いします、緑那さん」


「梓乃でいいよ、愛梨ちゃん」


 先鋒、霆の神童の異名を持つ梓乃と、橙雷の神龍の異名を持つ愛梨の戦いだ。

 どちらも雷属性でトップクラスの力を持っているが、ドラゴンソウルの数は愛梨が一つ上。

 シングルのドラゴンソウルしか持ち合わせていない梓乃に、ダブルドラゴンソウルを操る愛梨は非常に不利な相手だ。


「じゃあ審判は僕が務めさせてもらうよ。あ、フィールドの上空に観戦室があるから、二人以外はその転移魔方陣を使って観戦室にいてね。ではこれより、東雲 愛梨と緑那 梓乃の決闘(デュエル)を始める。両者、準備を」


「カンナ、本気で行きますよ」


「フィル、最初から飛ばすよ」


「「変身!」」


 梓乃は紅椿の鍔をちきりと鳴らし、魂を吸い込むかの如き、研ぎ澄まされた刃を露にした。

 風を切る音すら楽器の音色のように聞こえてしまう、そんな白刃が虹を曳いて光を切る。

 やがて霆を含んだ雲が空を暗澹へと誘い、梓乃は託された紅椿を空へと突き上げる。

 紅椿の刀身と引き合うように舞い降りた霆は、梓乃の全身を薄緑へと染め上げた。

 全身に鎖のタトゥーが浮き上がるとともに、焦げ茶色の髪は稲妻のように逆立った。

 薄緑の電流は硬化の後、至る所に刻まれた鎖の模様が刻まれた鎧へと変化し、梓乃の体を包んでいく。

 緑色の鱗が密集した胸当てと分厚い鱗により構成されたスカート、鎖のタトゥーが刻まれた腹回りは大きく露出していた。

 梓乃の背中に直径が梓乃の身長と同じサイズの輪が現れ、その輪にはそれぞれ色の違う電流を帯電する七つの突起がある。

 七色に煌めく輪を背後に浮かべた梓乃は、腰に差された鞘へと紅椿を仕舞い、ヴァジュラを展開した。


「霆の神童……限界以上に推して参るよ!!」


 カンナカムイが手のひらで仁王立ちする愛梨を空高く投げると、愛梨は地面へ急降下する間にカンナカムイと一体化した。

 最初に露となった腕の肘から下と脚の膝から下を太く分厚い装甲が覆い、龍の鱗を模した小さなパーツが指先までを包む。

 さらに二の腕と太股には戦国武将の鎧、佩楯を模した甲冑が装着されている。

 腕と脚の付け根から、さらに電流が這い出すように愛梨の胴体を飾りだした。

 腹回りは大きく露出され、胸は包帯のサラシで覆われている。

 さらに背中から伸びる太く長い帯が何重にも胴体をクロスして覆い、最後に愛梨の頭部を蛇が巻き付いたような金色の冠が飾り、ようやく変化が終結した。


「ダブルドラゴンソウル……手加減はしねぇです」


 緑の雷を纏う狼鎖龍、橙の雷を放つ雷角龍。

 天に名を轟かせる二体の龍が、互いの姿を捉えた。

 これがトップクラス同士の戦い、海里華の張り手で途切れた緊張感が、再び強く張り詰める。

 双方まだ動く様子はない。と言うよりは、


「動けねえ……動いた方が負ける……」


「緊迫しすぎて、息も出来ないわね……」


「ですが、恐らくもう……」


 梓乃さんはもう待ちきれないはず、そう璃斗が最後まで言い終えるよりも先に、梓乃が再び紅椿の鍔をちきりと鳴らした。

 それが開戦の合図、一瞬にして全員の目の前から消え去った二人は、山脈の中心で全方位に電流を放ちながら衝突した。

 山脈の上空に浮遊する観戦室にはフィールドの影響を受けないよう施されているが、フィールドの全方位を見渡せるその場所から見る二人の戦いは大迫力の一言だった。


「ヴァジュラ!!」


「クトネシリカ!!」


 梓乃は両刀の神機ヴァジュラで愛梨の巨剣の神機クトネシリカを防ぎ、右手の紅椿で反撃する。

 だが一撃受け止める度にクトネシリカの尋常ならざる重圧と威力が梓乃の左手を痺れさせ、梓乃は早くもヴァジュラで受け止めることを諦めてクトネシリカを避けることにした。


「流石の判断力、ですがクトネシリカを攻略しねえ限り私とまともに戦うことは出来ませんよ!」


「そうみたいだね、でも逃げたわけじゃないからっ!」


 愛梨のクトネシリカが振り下ろされる瞬間、梓乃はヴァジュラの刃で受け止めてすぐに右側へクトネシリカの刃をそらした。


「巧いっ……受け止めるんじゃなくていなしたのか」


「すごいね、あの梓乃って子。愛梨ちゃんの攻撃をいなしちゃうなんてさ」


「あれくらい出来て当然だ。でなければ愛梨の相手が務まるはずもない」


 感心する黒音とコロナを、深影の冷たい一言が遮る。

 そう、梓乃にとってもこれくらいは出来て当然のことだ。

 梓乃は紅椿の柄を歯で挟むと、ヴァジュラを両手で持って下から切り上げる。

 抜群の反射神経と柔軟性、刹那のチャンスを逃さないその野性の勘が、愛梨の胴体を斜めに切り裂いた。


「……やるじゃねえですか、でも……そんな柔な攻撃じゃ私に傷をつけるこたぁ出来ねえですよ!!」


 あまりの威力で地面に埋め込んだクトネシリカを、愛梨は力業で持ち上げる。

 刀を翻すことなく、峰の部分で梓乃を打ち上げた。

 無論梓乃もそれに対応してヴァジュラで受け止めるが、愛梨の一撃はそれごと梓乃を遥か上空へ打ち上げる。


「なんて戦いなの……息つく暇もないわ……」


「愛梨ちゃんのパワーと互角に渡り合うなんて、流石だね」


 決して譲ることのない鍔迫り合いに、焔は呼吸を忘れて見いっていた。

 対して白夜は余裕を浮かべて二人の戦いを眺めている。


「愛梨ちゃん強いねっ、とっても面白いよっ!」


「あなたこそ、ここまで私を昂らせるとは思いませんでした」


「でもお遊びはそろそろ終わりだよ、本気出すからね!」


 梓乃はどこからともなく取り出した赤い帯で、自分の両目を覆い隠す。

 自ら視界を封じた梓乃は、ヴァジュラと紅椿の二刀流を止め、ヴァジュラを腰に閉まって神機ではない紅椿を主力として構えた。


「どう言うつもりですか? 見る限りそれはただの日本刀。私のクトネシリカに対抗出来るとはとても思えねえです」


「確かに神機じゃないけど、ただの日本刀ってのは訂正してほしいな。これは〈Strongester〉の律子さんから託された剣だよ」


「なッ……!? ではそれは、紅椿ッ……!?」


 愛梨が反応するよりも早く、梓乃が上空から急降下して紅椿の刃を滑らせる。

 まるで空気を切るような滑らかさで、紅椿の刃は愛梨の纏う帯に傷をつけた。


「っ……まさか、このスピードっ……」


「律子先生直伝の剣術を私に合わせて進化させたんだ……フェンリルを嘗めないでよねッ!!」


 愛梨がパワータイプならば、梓乃は愚直なスピードタイプ。

 視界に頼らない野性的な超直感、目視してからでは到底反応出来ないその驚異的な速さ。

 いくら愛梨とクトネシリカのパワーが化け物級でも、当たらなければ何の意味もない。


「面白い方ですね……本当に……」


「っ……空気が、変わった……」


 愛梨のダブルドラゴンソウルを驚異的な速さで攻略したかに思われたその瞬間、愛梨の本領が発揮された。

 忘れてはならない。今黒音達が相手をしようとしているのは、英雄の後を継ぐ力を持った化け物達。

 六十分の一の力で我々と互角以上に渡り合ってきた化け物達が、真に本気の力を発揮すれば──


「言ったはずです、手加減はしねえと。こっから飛ばしますよ!」


 自分の身長以上もあるクトネシリカを、愛梨は右手一本で振り回した。

 無論梓乃はそれを軽々と避けるが、愛梨は自分の体を電流に変化させて高速移動する。

 ただでさえとてつもないパワーを持っている愛梨が、梓乃の専売特許であったスピードをも簡単に手に入れてしまったのだ。


「速さを奪われたっ……梓乃、頑張ってっ……」


「心配しないでエリちゃん、こんなことで負けるほど私は柔じゃないからっ」


 一撃でも当たれば致命傷、梓乃はそれをぎりぎりのタイミングで回避し、ヴァジュラと紅椿を突きだした。

 だがダブルドラゴンソウルの壁は想像以上に高く、少し刃を当てたくらいではまともにダメージを与えることも出来ない。

 避けるだけで精一杯、徐々に反撃することもままならなくなってきた。


「フェンリル、もっと……もっと力をっ……」


『これ以上はお前の体を危険に晒すことになる。仮に体が追いついても互角がいいところだ。それに五分も持たんぞ』


「くそっ……何で私は、こんなに弱いんだっ……」


「よそ見をしねぇでください!!」


 大きく横に振り切ったクトネシリカの一撃が、ついに梓乃に直撃した。

 咄嗟にヴァジュラで受け止めた梓乃だったが、そのあまりの威力にクトネシリカの刃に大きな亀裂が刻まれる。

 さらにその衝撃をまともに食らった梓乃の両腕は、肌が裂けて無数の傷口から血を吹き出した。


「ぐ、腕がっ……痺れて……」


「やはりあなたは面白かったです。ですが、所詮は一介の契約者。軽々と四大チームを制覇するなど言わないでください」


「えへへ……ちょっと甘かったかな……でも、まだ諦めた訳じゃない……希望は、まだあるっ……セリュー!」


『まさかこんなにも早く頼られるとは、仕方ありませんね……』


 両腕の血を振り切った梓乃は、自分の中に眠るもう一つの人格を呼び覚ます。

 子供っぽい顔つきが一瞬にして落ち着いた面持ちへと変わり、身長も少し伸びたような気がする。

 人格が入れ替わったことでフィルとの変身が解けると、そこに二人目の梓乃が現れた。


「すみませんね、もう一人の私が不甲斐なくて……」


「雰囲気、と言うより人格が……変わった……?」


「申し遅れました、私はセリュー・エヴァンス。緑那 梓乃のもう一人の人格です。力を出し切れていない(・・・・・・・・・・)彼女では少々物足りなかったでしょう」


「力を出し切れていない……? まるで彼女が手加減しているような口振りですね」


「まさにその通りですよまったく、戦いを楽しもうとするからピンチに陥るのです。ですが心配しないでください、私との戦いは楽しむ余地など一時もありませんので」


 先ほどまでとはまったく違う、ようやく殺気と言うものを感じた愛梨。

 殺してやると言う憎しみに近いほどの殺気を、愛梨はひしひしと肌で感じていた。

 本能的に殺されると言う恐怖が、愛梨の本気を引き出した。


「いいでしょう、ならば……背負うものの違いと言うものを教えて差し上げます」


「フェンリル、来てください」


『いいだろう、行くぞセリュー』


 セリューの肩に乗ったフィルが黒い電流に変わり、セリューへと落雷した。

 強大な電流をその身に浴びたセリューは、丸焦げになるどころか生き生きした様子でその姿を変貌させる。

 セリューの体は面影を感じさせないほどに巨大化し、新幹線ほどの太さと七メートルを越える長大な全長をしている。

 フェレットを新幹線のサイズまで巨大化させたような姿のドラゴンの黄色い体毛からは、黒い火花が常に迸っている。


『それではドラゴンソウル、行かせていただきます』


 黄色い体毛の表面で弾ける黒い火花が硬化し、それらが無数に連なって黒い鎖を作り出す。

 黒い鎖に縛られたセリューは、巨大なフェレットのような体を人の姿へと変化させていった。

 梓乃よりも大人びたボディを包むのは、交差した黒い鎖の模様が刻まれた黄色の甲冑。

 さらに両肩にはセリューを守るように二枚の大きな盾が装備されている。

 二枚の大きな盾はセリューの背中と正面に小さな盾を八枚も連ね、それを鎖で繋いでいた。

 小さい盾と大きな盾に囲まれ、セリューはヴァジュラを半分に分離させた。

 双頭刃式から双剣へと姿を変えたヴァジュラは、セリューの両手に収まり黒い火花を纏う。


「それでは……霆の巫女、還りて廻ります……」


「二度楽しめるなんて、とことん面白い方ですね!」


 雷属性最強クラスの攻撃力を持つ愛梨と、雷属性最強クラスの防御力を持つセリュー。

 最強の巨剣と最強の浮盾、また二つの最強がぶつかり合う。


「クトネシリカ、叩き切りなさい!!」


「アイアール、消し飛ばしなさい!」


 鎖の連結から解き放たれた四枚の小さな盾が、四方八方からレーザービームを飛ばして愛梨を焼き切ろうとする。

 愛梨がアイアールのレーザーを掻い潜ってクトネシリカをぶつけた瞬間、セリューの側で待機していた二枚の大きな盾がクトネシリカを完全に受け止めた。


「やりますね……まさかクトネシリカを受け止めるとは」


「これでも英雄の娘ですから。貴女こそ、いつまでもダブルドラゴンソウルに甘えていると……その喉笛、食い千切りますよ……?」


 愛梨の動きが止まったその瞬間、全方位に展開されたアイアールのオールレンジが一斉射される。

 愛梨はクトネシリカを盾にレーザーを防ごうとするが、その背後を大きな盾を二枚展開したセリューにとられてしまう。

 一本のクトネシリカで戦う愛梨には、攻守一体となったアイアールの手数は相性最悪。

 セリューは勝負を決めるにしてはあまりにも淡々とした様子で、隠していた残り二機の小さな盾で愛梨の背後からレーザーを発射した。


「あーあ、もっと早く決めてれば……残念だね、優」


「うん、そうだねコロナ……あのセリューって子……」


 ──あの温厚な愛梨さんを本気にさせてしまったんだから。

 優がそう呟くよりも先に、とてつもない電流の嵐がだだっ広い山脈に大きな亀裂を刻んだ。

 英雄のシルヴィアさえも圧倒した梓乃とセリュー、その二人があまりの威力に顔を覆ってしまうほどの電圧。

 落雷の電圧は最大でも約十億ボルト、五十万アンペアと言われているが、梓乃の体感的にはその何十倍にも感じられた。

 自然が起こす雷の電圧など、梓乃は生身の体でも吸収して自分のエネルギーに出来る。

 だが愛梨の起こした電流は、変身後のセリューでもまともに受ければ火傷ではすまない。

 一度に発せられる電圧が高すぎて、とても吸収出来ないのだ。


「これが……ダブルドラゴンソウル……」


『で、でも、こんなの私達の力が二倍になったとしても……』


「ええ、恐らく届かないでしょう……それが足し算なら……」


 セリューは意味深な言葉とともに、その場から急降下してで立ち退いた。

 正面にアイアールの盾を八つすべて展開し、愛梨の放つ電流を防ごうとするが、電流のパワーが凄すぎてじりじりと後退してしまった。


「ふふ……ようやく体が慣れてきました。ダメですね、普段から慣らしておかないと、こう言う時に全力が出せなくなってしまいます。ですがもう心配はありません、それでは始めましょうか。ウォーミングアップはここまでです」


「まさか、久しぶりに六芒星封印をすべて解除したから、体が慣れていなかったと……?」


「そう言や海里華も俺との戦いで段々力が増してくように感じたな」


「ええ、何せ五年もの間封じてきたんだもの。慣れるのに相当な時間がかかったわ」


 冷や汗を浮かべ焦るセリュー、力が戻っていく感覚に震える愛梨。

 決闘を思い出して世間話する黒音と海里華、勝負が終わったと思って遊び出すコロナと優。

 フィールドと観戦室の温度差に、白夜と焔は引き吊った頬を戻すことが出来なかった。


「ね、ねえ深影君、愛梨ちゃんが本気を出し始めたって言うのに、向こうのチーム何だか危機感薄くない?」


「ね、ねえ遥香、セリューがピンチだってのに黒音君と海里華、ちょっと緊迫感に欠けるんじゃない?」


「それだけ信頼しているんだろう」


「別に心配することじゃない、と思う」


 そして返答する側も、やはりあっさりとしていた。

 そんな観客席の温度に項垂れている余裕もなく、どんどん拡大していく電流の波に呑まれぬよう、セリューはアイアールを本来の使い方である防御に使って後ろへ後ろへと後退する。


(ヴァジュラは本来梓乃が契約している神機、私が梓乃の神機であるヴァジュラを使えているのは元が同じ人格だったからと言うことでしょうか……ですがやはり梓乃が使う時よりも力は格段に落ちますし、梓乃に至ってはアイアールを使うことすら出来ません)


 セリューは辛うじて愛梨に対抗出来るだけ、決して上回るまでには至らない。

 梓乃はそれ以下。まともに戦うことすら出来ないのだ。

 明らかに決定力がたりない。ダブルドラゴンソウルに打ち勝つだけの決定力が。


『気をつけろセリュー、来るぞ!』


 フィルの声で思考することを止め、アイアールを展開し隊列を組むセリュー。

 だがセリューがアイアールの盾を並べ終えるよりも先に、クトネシリカの強大な一撃がアイアールの盾の一つを砕いた。


「バカな、アイアールを、砕いた……?」


「神機を砕けるのは当たり前です。クトネシリカも神機なのですから。まだまだ行きますよ!」


 一枚ではダメだと二枚展開するが、それも一瞬で粉々に砕かれて散った。

 残る盾は二枚の大きな盾も含めて五枚、つまり最高でも二回までしか攻撃を防げないと言うことだ。

 だがそれの対抗策を考える暇もなく、次々とアイアールが破壊されていく。

 せめてアイアールのコアだけでも守らなければと、セリューはアイアールのコアがある二枚の盾を背に、クトネシリカをかわし続けた。


「避けているだけでは勝てませんよ! 反撃してください!」


「安心してください、言われずとも反撃します。ですが今ではありません。後、もう少し……」


「何かを待っているようですが……私は何が来ても負けません」


「その言葉……きっちりと覚えさせていただきました」


 クトネシリカで両断される寸前、セリューは自分の体を電流に変化させて緊急回避する。

 愛梨の言うとおり、避けているだけでは勝てない。

 だが今は避けて少しでも時間を稼ぐしかない。

 勝つ為にはどうしても、アレ(・・)が必要なのだ。


「ねえ黒音君、どうして貴方はそんなに余裕そうなの? この状況、かなりヤバくない?」


「ああ、ヤバいな。でも大丈夫だ。逃げ切れば勝機がある」


「梓乃は、相手のエネルギー切れを狙ってるってこと……?」


「いいや、そんな必要はない。ただ相手の土俵に乗ってやろうって話さ」


 わざわざ不利な状況で戦ってやる義理はない。

 相手がダブルドラゴンソウルで来るなら、こちらも同じくドラゴンソウルを二つ発動すればいいだけの話だ。

 だがそれを発動する為には時間がかかる。それまで逃げ切れれば梓乃の勝ち、それまでに梓乃を捉えれば愛梨の勝ち。

 だが仲間である以上、リーダーである以上、仲間が絶対勝つと言って戦場に向かったのならば、心配することは侮辱に値する。

 黒音はリーダーらしく椅子に浅く座り、背もたれに上半身を預けて、長い足を組んで戦場を見下ろした。


「いやぁあの子もなかなか無茶を言ってくれるね」


『じゃが娘からの久しぶりのお願いじゃ。聞いてやらんわけにもいかんじゃろう』


「だけどねぇユグドラシル、アレを探し出すことがどれだけ難しいことか分かってるかい?」


『しかしお前さんはそれの目の前におる。そいじゃあ、一仕事と行くかねぇ』


 大地を征する強く優しい龍は、異次元に存在する星にいた。

 二つの星が交わり一つとなった極めて珍しい星の神殿で、緑の光が溢れて轟く。

 ──双ツノ心、離レテ交ワリ完ウサレン。

 とうとう貪欲に力を求め始めたかと、少々複雑な気持ちを抱えた龍は、神殿の祭壇に祀られているものに莫大な龍力を流し込んで目覚めさせた。


「にしても……これをあの子が使いこなせるのかなぁ……」


『さあな、じゃがあの子なら使える。ワシはそんな気がするのう』


「親としてはそう信じてあげたいけど、何せクラスがクラスだからね」


 あの子達が扱っているものもなかなか高レベルだが、今回はあまりにも次元が違いすぎる。

 扱い方を間違えれば世界のバランスを壊しかねない代物だ。

 あの人が手を出そうとして雪花ちゃんに殴り飛ばされたほどに、これは危険すぎる。


「ま、その時はその時だよね。じゃあ行こうか、あの様子だと相当急いでるみたいだったしね」


『そうじゃな、ついでにチーム戦でも観戦していくか?』


「そうだね、でも今回は遠慮しておくよ。もう私達は観戦する側じゃない。観戦される側になるんだからね」


 緑色のモッズコートを翻しながら、彼女は埃臭い神殿を背に歩き出した。

 自作品の片眼鏡を左目に、二つ結びにした茶髪を左右に揺らしながら、彼女は娘の元へと向かった。


「はぁッ……はぁッ……し、梓乃、これ以上は、流石にっ……」


『交代しようセリュー、私だって戦えるよっ!』


 愛梨が本来の力を取り戻して早十分、梓乃とセリューは交代を繰り返して体力を繋ぎ、愛梨から逃げ回っていた。

 一向に尽きる気配のない愛梨のエネルギーと、時間が経つに連れ体力とエネルギーが絶え間なく奪われていく梓乃達。

 実質二対一の状況だと言うのに、勝負にすらなっていない。


「いい加減にしてください、いつになったら本気の勝負をする気ですか?」


「本気だよ、じゃなきゃとっくに降参してる。それでも降参しないのは勝つ可能性を信じてるから。セリューがしのげって言うなら私はそれを信じてしのぐだけだよ」


「しのぐ……? 力を出し切れていないとか、今ではないとか……一体何を待っているんですか?」


「気になる? 実はね、私も気になってるんだ。でも楽しみにしててね。セリューは冗談が下手だから、こんな時に嘘をついたりしないよ」


 梓乃の手には今にも崩れそうなほど破損したヴァジュラが、梓乃自身には見るに耐えかねるほどの生傷が刻まれている。

 誰の目から見ても勝ち目は万に一つもない。

 だが梓乃の目にはまだ闘志が宿っている。絶対に勝てると言う自信が灯っている。


「その通り、その子は嘘をつけない。梓乃、セリュー、お待たせ。場所が場所だから遅れちゃったよ」


「この声、まさか……ママっ!?」


 どうやってここに来たのかはこの際どうでもいい。

 それよりも何故ここにいる? 英雄リュッカ・エヴァンス!

 観戦室より身を乗り出して驚愕する深影の視線の先、決闘する梓乃と愛梨しか入ることを許されていない決戦の場所。

 そこに本来いるはずのない人物、英雄のリュッカがいる。


「ね、ねえママ、どうしてここにいるの?」


「久しぶり、梓乃。また大きくなったね。何故ここにいるかって質問だけど、セリューに頼まれたんだよ。今回の戦いはあまりにも不利すぎるから、あるものを手に入れて欲しいってね」


 白夜が介入する暇もなく、リュッカの懐からあるものが梓乃に手渡される。

 リュッカより梓乃の手に授けられたのは、二振りの剣。

 日本刀の柄に当たるパーツがなく、なかごの部分が露出していた。

 異様に広い刀身には片方に妖艶な笑みを浮かべる女性が、もう片方には溌剌とした笑顔を浮かべる女性の絵が刻まれている。

 梓乃の手に妙にしっくりと収まる笑顔を浮かべる女性の剣、逆にセリューは妖艶な笑みを浮かべる女性の剣に魅せられていた。


「これって……まさか……本当にっ……」


「その双剣の名前はジェミニクス。十二宮神機、双子座の名を冠する神機だよ」


『ドラゴンエンパイアを去る時、少しだけ不安そうな顔をしていましたよね。その顔が焔さんを心配する顔ではなく、勝負に勝てるかどうかの心配だと言うことくらい分かります』


「セリュー……今は逃げてしのげって、こう言うことだったんだ……」


「さあ、大事な決戦の途中だよ。とっとと契約を済ませて〈tutelary〉のドラゴンをぶっ飛ばしてこい!」


 海里華の平手に加えて、リュッカの力強い平手が梓乃とセリューの背中に叩き込まれる。

 ピリピリ痛んで目尻に涙が浮かぶのに、それがしょっぱくて暖かくて、とても力が湧いてくる。


「ねえジェミニクス……私梓乃って言うんだ。それともう一人の私の」


『セリューと申します』


「早速で悪いけど、私達と契約して! どちらか一人じゃなくて、私達二人ともと契約!」


『『お断りよ』』


 二振りの剣から聞こえてきたのは、当然とも言える拒絶。

 それも当然、いきなり永い眠りを妨げられて、初対面の奴と契約しろなど。

 頭がおかしくなければまず正気を疑うはずだ。


『どうして私達が貴女達と契約してあげなくちゃならないの?』


『身分を知りなよ、底辺のトカゲ風情がさ』


「と、トカゲじゃないもん! ドラゴンだもん!」


『関係ないわ。私達は誇り高き十二宮星座の神機。二つ返事で従うほど安くないわ』


「でも、私達にはあなた達の力が必要でっ……」


『私達は必要じゃないし。第一私達に何のメリットがあるの?』


「メリットとか、今は分かんないけど、でもっ……」


『やっぱり見所があるとは思えないなぁ……私としては、そっちのオレンジ色のこの方が幾分かマシだと思うよ』


 味方してもらえるどころか、興味すら示してもらえない。

 逆に愛梨の方がいいとまで言われる始末。

 梓乃は項垂れ、歯を食い縛り、肩を震えさせ、両手に収まる二振りの剣を力任せに地面に突き刺した。

 とうとう限界まで張り詰めていた糸が、キレた──


「ごちゃごちゃ……言うなぁ──ッ!!」


「ええっ!? し、梓乃がキレたぁ!?」


 あろうことか、これから力を借りなければならない神機に向かって、梓乃はふざけるなとぶちギレたのだ。

 顎を落として絶句する海里華をよそに、黒音は顔を覆って笑いこける。

 腹の底から沸き上がる笑いを抑えることが出来ず、黒音は腹を抱えて爆笑した。


「友達と約束したんだ……守護者を、無法者を、絶望者を、最強者を……英雄を越えるって!! 生まれて初めて心の底から自分の全部を懸けれるって思えたこの大勝負、私はもう遠慮しない!! 私とセリューについてこい!! 双子座のジェミニクス!!」


『ぷっ……あはははははっ! この子ムチャクチャだね!』


『そうね、でもいいわ。とっても素敵じゃない』


「へ……どう言う、こと?」


『ごめんなさいね、貴女達がどんな子なのか、少し試させてもらったわ』


『ねえ私この子のこととっても気に入っちゃった!』


「そ、それじゃあっ」


『『ただし本契約はこの戦いを終えてから。この戦いで貴女達を見極めてあげる。それまでは仮契約だから』』


 本当は最初から認めていて、契約する気だったのだろう。

 ただ少し意地悪してみたかった。そしてその意地悪が、彼女達の期待を確信に変えてくれた。

 梓乃は笑顔を浮かべる女性の剣から這い出した電流に右腕を預け、契約の証を刻む。

 そしてすぐに入れ替わったセリューは、妖艶な笑みを浮かべる女性の剣から這い出した電流に左腕を預け、契約の証を結んだ。

 梓乃の右腕には黄色い紋章が、セリューの左腕には青い紋章が刻まれていた。

 英雄の母と最高の親友に託されたこの力、最大限に引き出してやろうではないか。


「貴女が逃げていたのはこう言うことですか。英雄の介入など極めて異例な事態ですが、今回は認証します。構いませんよね、白夜さん?」


「ああ、愛梨ちゃんがいいなら構わないよ」


「ありがとね、リーダーさん。それじゃあ待ちに待たせたし、いきなり本気で行くよ。おっとその前に、あなた達の名前は?」


 そう言えば、とセリューは思い返してみる。

 ジェミニクスと言う名前は総称のようなもので、彼女達の名前ではない。

 すると彼女達は声を揃えて、


『私はボルックス、黄の剣だよ』


『私はカストル、青の剣よ』


『二人合わせてジェミニクス、よろしくね。二人で一人のドラゴンちゃん』


「それじゃあ仕切り直して、ボルックス!」


『私達を二人に分けてください、カストル』


『『双つの心、離れて交わり完うされん!』』


 ジェミニクスの、カストルの特性は一つのものを二つに分ける〈双切(ザ・ハーフ)〉。

 物体だろうが魂だろうが何だろうが、概念として存在するものすべてを二つに分ける能力。

 カストルは梓乃の体を真っ二つに切り裂くと、梓乃の体はまるで鏡に映されたように二人へと分かれた。

 しかもそれぞれがまったく別の動きをとり、やがて片方の梓乃が淡い光に飲み込まれて姿を変え始めた。


「……わうっ!? 目の前にセリューがいる!」


「まさか本当に……これが十二宮神機ですか」


 片方は梓乃のまま、もう片方はセリューへと変身した。

 二人の魂は完全に個別の体へと収まり、一人の体に二人の魂ではなく、一人の体に一人の魂へと分かれたのだ。

 意識の中で会話が出来ても、互いの姿を見ることはこれが初めて。

 互いのことを知り尽くしているはずなのに、互いの顔を見ることが初めてなど変な感じだ。


「初めましてになるのかな、セリュー」


「そうですね……ですがじっくりと互いを見つめ合うのは後にしましょう。お相手様は相当焦れているようですよ?」


「随分と待たせてくれましたね。自分でも温厚な方だと思っていますが、ここまで苛立っているのは初めてかもです」


「えへへ、お待たせ愛梨ちゃん。霆の神童、推して参るよ!」


「それでは仕切り直しましょう。霆の巫女、還りて廻ります」


 二人のドラゴンが、再び電流に身を包む。

 梓乃は紅椿の鍔をちきりと鳴らし、魂を吸い込むかの如き、研ぎ澄まされた刃を露にした。

 風を切る音すら楽器の音色のように聞こえてしまう、そんな白刃が虹を曳いて光を切る。

 やがて霆を含んだ雲が空を暗澹へと誘い、梓乃は託された紅椿を空へと突き上げる。

 紅椿の刀身と引き合うように舞い降りた霆は、梓乃の全身を薄緑へと染め上げた。

 全身に鎖のタトゥーが浮き上がるとともに、焦げ茶色の髪は稲妻のように逆立った。

 薄緑の電流は硬化の後、至る所に刻まれた鎖の模様が刻まれた鎧へと変化し、梓乃の体を包んでいく。

 緑色の鱗が密集した胸当てと分厚い鱗により構成されたスカート、鎖のタトゥーが刻まれた腹回りは大きく露出していた。

 梓乃の背中に直径が梓乃の身長と同じサイズの輪が現れ、その輪にはそれぞれ色の違う電流を帯電する七つの突起がある。

 七色に煌めく輪を背後に浮かべた梓乃は、右手に収めた十二宮神機、ボルックスを真正面に突き出した。


「行くよボルックス、私達の初陣を飾ってよね」


 セリューの肩に乗ったフィルが黒い電流に変わり、セリューへと落雷した。

 強大な電流をその身に浴びたセリューは、丸焦げになるどころか生き生きした様子でその姿を変貌させる。

 セリューの体は面影を感じさせないほどに巨大化し、新幹線ほどの太さと七メートルを越える長大な全長をしている。

 フェレットを新幹線のサイズまで巨大化させたような姿のドラゴンの黄色い体毛からは、黒い火花が常に迸っている。

 続いて黄色い体毛の表面で弾ける黒い火花が硬化し、それらが無数に連なって黒い鎖を作り出す。

 黒い鎖に縛られたセリューは、巨大なフェレットのような体を人の姿へと変化させていった。

 梓乃よりも大人びたボディを包むのは、交差した黒い鎖の模様が刻まれた黄色の甲冑。

 さらに砕けたアイアールに代わって、セリューは左手に収めた十二宮神機、カストルを低い体制で構えた。


「行きますよカストル、これが私達の始まりです」


 これが愛梨のダブルドラゴンソウルに対抗出来る、梓乃とセリューの唯一無二の武器。

 ダブルドラゴンソウルに単体のドラゴンソウルで勝てないのならば、二つのドラゴンソウルで挑めばいい。

 二振りの剣を二人で構えると、梓乃とセリューは同時に真正面へと踏み出した。


「これなら少しは張り合えそうですね。クトネシリカ!」


 愛梨の右手に収まるクトネシリカは、上下にスライドして二振りの剣へと分離した。

 剣にしては大きすぎるそのフォルムは、分離することを前提にされているからだ。

 左右から同時に剣を降り下ろす梓乃とセリューを、愛梨は一人で受け止める。

 二人同時でやっと互角、だが梓乃とセリューは二人で一人だ。


「あははっ! 本当に二人同時に戦って互角なんだ!」


「貴女の強さ、ここまで来ると笑えてきますね」


「貴女達こそ、流石のコンビネーションです」


 勝負がつく気配が一向にない。

 まったくの互角、ただほんの一瞬でも気を抜けばすぐに押し切られそうな緊迫した鍔迫り合いだ。

 梓乃はボルックスを日本刀のように、たったの一撃にすべてを込める振るい方。

 その姿はまるで静寂なる大地に走る一筋の霆のよう。

 セリューはカストルをレイピアのように、絶え間ない攻撃を浴びせる振るい方。

 その姿はまるで荒々しく降り注ぐ無数の雷鳴のよう。


「セリュー、私から行くねっ──神機奥義……」


「貴女は本当に切り替えが激しい人ですね。そう言う所も嫌いじゃないですが」


 はしゃいでいると思ったら、突如静まり返ってボルックスを腰に引いた梓乃。

 日本刀を腰の鞘に収めるように引き、愛梨の攻撃を最低限の動きのみで避けた。

 刹那のチャンス、瞬き一つで見落としてしまいそうなその一瞬に、梓乃はボルックスを解き放った。

 たった一度だけ見せてもらった律子先生の抜刀術、託された紅椿を用いても一度も成功したことのない技。

 だが十二宮神機のボルックスならば、それが実現出来る。

 寸分のズレもなく、ミリ単位の小さな穴に糸を通すような繊細な一太刀が、虚空を切り裂いた。


迅雷風烈じんらいふうれつ……!!」


「確かに洗練されていますが……見えていま──」


「残念ですが、これは見えていても防げませんよ」


 クトネシリカをクロスさせてボルックスを受け止めようと構える愛梨だが、セリューの薄ら笑いが危険を警告する。

 愛梨はクトネシリカに莫大な龍力を込めて備えるが、梓乃はそれを無視して刃を滑らせる。

 そしてクトネシリカとボルックスが衝突する瞬間、ボルックスの刃がクトネシリカをすり抜けたのだ。

 さしもの愛梨もそれには反応出来ず、まともに胸で刃を受けた。


「ぐッ……あぁッ!!」


 後ろへ大きく吹っ飛ばされた愛梨は、山脈の岩山にぶつかって砂埃を巻き上げた。

 再びボルックスを腰に戻した梓乃は、修復の終わったヴァジュラに加えて二刀流を展開する。

 黄と緑、二色の電流が梓乃の両腕を包み込み、両腕の鎧パーツを組み換えた。

 右腕にはボルックスと同じ笑顔を浮かべる女性が刻印された黄金の籠手、左腕には霆と刃が交差する緑の籠手が装着されている。


「この力……やっと本気が出せそうです……!」


「でしたら今度は私でその力を試してください。カストル、行きますよ」


「よっ! カッコいいよセリュー! 頑張ってね!」


 梓乃が声援を送る中で、セリューは長いポニーテールを揺らしながら左手に持つカストルを逆手に持ち替えた。

 器用な手捌きでカストルを振り回すセリューは、起き上がった愛梨を囲うように分厚い防壁を張った。

 広い空間において初めて爆発的な攻撃力を発揮出来るクトネシリカは、狭い空間ではその巨体が妨げとなって上手く振るうことが出来ない。

 セリューはその弱点を戦いの中で見抜き、愛梨を三枚の防壁に閉じ込めたのだ。

 そして愛梨の真正面、唯一防壁が張られていないそこへ向かい、セリューは凄まじいスピードで接近した。

 無論愛梨は真正面にクトネシリカを突きだして最大限のカウンターを狙うが、セリューは二振りの巨剣を縫うようにすり抜け、カストルを縦横無尽に振り回した。


「荒々しい雷鳴の声を聞け……神機奥義……!」


「来るよ……セリューの本気……」


「〈超速の稲妻(ラピッド・サンダー)〉!!」


  梓乃の抜刀術が不可避の一撃ならば、セリューの剣術は不可視の連撃。

 セリューはカストルを片手で振るい、左右の手を入れ換えながら斬撃を繰り返す。

 まさしく光の速さで繰り出されるその連撃は、パワータイプの愛梨にとってもっとも相性の悪いものだった。


「かはッ……この、スピードはっ……」


 一撃だけならば無視出来るほどの軽いものだが、それが百、千、万と積み重なることでとてつもない威力となる。

 おまけに目視することもままならないので、梓乃の抜刀術と同じく防ぐ手立てがない。


「不可避と不可視、私達はまさに霆」


「霆とともに生まれ霆とともに育った」


「「霆の神童と霆の巫女を嘗めるなよ!!」」


 まさかの逆転勝利、あらかじめセリューから聞かされていた黒音とこれわ仕組んだセリュー以外、誰もこの展開を予想出来なかった。

 今絶好調の梓乃でさえ、負けるかもしれないと諦めかけていたのだから。


「私をここまで傷つけた契約者は貴女が初めてです……カンナカムイ……そろそろいいですか?」


『ああ、いつでもいいぞ』


「どしたの? 降参するの?」


「いいえ、あなた達はまだ四大勢力のフルパワーと言うものを見たことがないでしょう。今から見せてあげます」


 愛梨がようやく、梓乃を討つべき敵だと認識した。

 今まで挑んできた契約者は確かに粒揃いで歯応えがあった。

 だが彼女と言う天才からしてみれば、それは秀才に過ぎない。

 生まれた時からドラゴンとして生き、戦い、磨きあげてきた才能と努力の塊である彼女からすれば、今までの戦いなどおままごと以下だ。

 しかし今目の前にいる二人の少女は、初めて自分と互角以上に渡り合ってくれた。

 この人なら本気を出しても応えてくれる。

 そう思わせてくれる可能性がこの人にはある。


「お願いします……どうか私を退屈から救ってください」


 分離させたクトネシリカを、愛梨は再びスライドさせて結合した。

 元の巨剣の姿へと戻ったクトネシリカを肩に担ぎ、愛梨は山脈の梺に右足を踏み込む。

 すると凄まじい力にフィールドの地面が歪み、ひび割れた。

 今まで感じられなかった本物の殺気が、愛梨の太刀筋から窺える。


「ここからが、本番なんだね……行くよセリュー!」


「ええ行きましょう……退屈なんて、させませんよ」


 砕かれたアイアールは、唯一残っていた一枚の小さな盾をカストルの特性で増殖させて元に戻した。

 体力やエネルギーを除けば、消費した戦力はすべて回復したことになる。


「大地を焼き払え、クトネシリカ!!」


 今から始まるのは、ここにいる誰もが見たことのないダブルドラゴンソウルを持つ愛梨の本気。

 未だかつて体感したことがないような電圧、破格のエネルギーを纏った愛梨は、クトネシリカを力任せに降り下ろした。

 たったそれだけのことで、巨大な山脈の山が一つ、跡形もなく砕け散ったのだ。

 おまけにクトネシリカが降り下ろされたその直線上に沿って、無数の雷が降り注いでくる。

 中学生の少女が巨剣を担いでだだっ広いフィールドを支配し、破壊している。


「これが、愛梨ちゃんの……四大勢力の、本気なんだ……」


「ふふ、驚いてるね。でも残念ながら四大勢力の(・・・・・)本気じゃないんだなぁ」


「確かに愛梨は四大勢力の中でも上位の力を持っている。〈Strongester〉さえ除けば四大勢力のドラゴンの中で愛梨は最強かもしれない。だが俺達〈tutelary〉の中では愛梨は下位。四番目だ」


「かく言う君も実質三位だよね。モノクロちゃんは死神、つまり君の完全上位互換だし。僕はそれを束ねるリーダー、実質じゃなく実力も一位の自信あるよ」


「……愛梨やコロナ達も強い……でも……私達は一定の領域を越えた者……もう戻れない(・・・・)……」


 冷たい声で吐き捨てるモノクロの視線の先、再び逆転した戦況に黒音の表情が少しだけ歪み始めた。

 予想以上に愛梨の力が凄すぎて、〈tutelary〉の強さが黒音の計算を凌駕しつつある。


「梓乃……大丈夫だよな……俺は信じてるぞ……」


「あはは、期待の視線が痛いよ黒音君……残念だけど、もうこれ以上大判狂わせはないよ……」


「お母様に頼んでいたのはジェミニクスのみ……私達が出せる力はもう……」


『まだだよ、まだ貴女達は本当の力を出しきっていない』


『忘れているようですが、貴女達が使った特性は私の特性のみですよ』


 カストルの特性は一つのものを二つに分けること。

 ならばボルックスの特性はその逆、つまり?


『一人ずつしか発動出来なかった二人の全力が今、私の力で同時に発動しています』


『なら次にすることは言うまでもないでしょ。同時に発動出来た二人の力を~?』


「「再び一つにする!」」


 梓乃とセリューの言葉が重なり、ボルックスは梓乃の手から飛び立つように離れていった。

 ボルックスの特性は二つのものを一つにする〈融合(ザ・フュージョン)〉。

 水と油でも、犬と猫でも、男と女でも、概念として存在するものすべてを一つにする能力。

 二人を紡ぐように光の筋を伸ばしたボルックスに、梓乃はセリューとともに手を伸ばした。

 だがそれだけではボルックスの特性は発動しない。

 ボルックスが鍵を差し込む錠なら、カストルはボルックスの錠を開く鍵。

 セリューは左手に納まっているカストルをボルックスに重ねると、二振りを引き寄せて梓乃の手を携えた。


「「我ら、讃えるは数多の星に縛られし貳の刄。闇を切り裂き星を導く結ばれた線。三番目の瞬きを天に、紡がれる黄道十二宮の双刄。交わるは光影の双子、唱えるは永遠の子守唄。魂の境を契りの代償に、我らは呼び覚まさん。双刄姫ジェミニクス!!」」


 これこそがボルックスの特性を目覚めさせる合図。

 十二宮神機に共通する、本来の力を解放する時の合言葉。

 カストルとボルックスから溢れだした、無限にも等しい光の海が、梓乃とセリューを包み込む。

 やがて大量の光を吸収した梓乃とセリューの輪郭は混ざりあって一つとなり、それに合わせてカストルとボルックスも互いに引き合うように連結した。

 始めから一つになることを前提に成形されたような、一ミリのズレもないその完璧なフォルム。

 二振りの剣から一振りの巨剣となったジェミニクスは、同じく一人の存在となった梓乃とセリューの元へ降り立った。


『これが私達の本気か……なかなかイカすじゃん』


 金色の花弁が舞い散る中で一人、儚く佇む少女がいた。

 その姿はもはや龍ではなく、神に近い。

 フェンリルを模した龍の鎧はエメラルドグリーンに煌めき、直視することも出来ないほどに眩い。

 背中に広げられた翼は薄く透けていて、電流の骨格に龍力羽根で構成されている。

 梓乃の背中に展開されていた七色の輪は、二回りほど大きくなって健在。

 同じくセリューの至るところを飾っていた黒い鎖も鎧の一部として再構成されており、両手両足に装着されている。

 少女の小さな両手にもたげられたジェミニクスは、二振りに分かれていたときよりも少しだけ刀身が伸びていた。


「なん、ですかその姿……貴女もう、ドラゴンじゃ……」


『そうかもしれないね。なんたって今の私はドラゴンと神のハーフみたいなものだから。これを私達のセンスで表すなら……』


 鎖によって繋がれ、少女を囲むように浮遊するアイアールと、二振りに分離し、冠となって少女の頭に装着されたヴァジュラ。

 カストルとボルックスが連結したジェミニクスを携えた少女は、肌の表面から濃密な電流を漏らしながら言葉を紡いだ。


『ツインドラゴンソウル……誓約と盟約の神竜レフテ、とでも名乗ろうかな』


「約束か……お前達らしいな。梓乃、セリュー、いやレフテ! 難しいことは考えずにとにかく楽しめ!!」


『黒音……ありがとう、そうだね。それじゃあ楽しんでくるよ!』


 梓乃とセリュー、二人を合わせた名はレフテ。

 スウェーデン語で約束と言う意味だ。

 レフテは巨剣へと連結を遂げたジェミニクスを肩に担ぐと、ゆっくりと愛梨へ近づいた。


「梓乃さんでも、セリューさんでもない……レフテさん、ですか……丁度いいです、手間が省けました。二人まとめて叩き潰して差し上げます!!」


 地面を強く踏み込んだ愛梨に合わせて、レフテも地面を踏み抜いて突進した。

 クトネシリカとジェミニクス、荒れ狂う雷と霆を纏った二頭の龍と竜が、真正面から刄をぶつける。

 その瞬間、凄まじい電流がつんざくような音とともに反発を繰り返した。

 視覚と聴覚を塗りつぶすその圧倒的なパワーが、山脈を滅茶苦茶に破壊していく。


『ジェミニクス、合わせて!』


「クトネシリカ、叩き潰せ!」


 二振りの巨剣がぶつかる度に地面が、山が、雲が壊れ、フィールドの形状が次々と変化していく。

 愛梨がどれだけ力を上げてもレフテはそれに合わせてパワーを上げる。

 まさに完全な互角、手に汗握る接戦だ。

 だがその近郊は、すぐに崩れることとなる。


「くっ……クトネシリカ、分離してください!」


  パワーもスピードも互角、ならば手数を増やして圧倒するしかないと判断した愛梨。

 クトネシリカをスライドさせ、再び二振りに分離させようとしたその瞬間、愛梨の動きが急に停止した。


「……? どうしたんだ愛梨、何故止まっている……?」


「レフテさん……まさか……」


『気づいたね。そう。クトネシリカの分離を封じさせてもらったよ』


 クトネシリカが、二振りに分離出来ない。

 レフテがジェミニクスの、ボルックスの特性でクトネシリカを融合させ、分離を封じたのだ。

 つまりここからは単純な殴り合い、どちらかの体力とエネルギーが尽きるまでの我慢勝負と言うわけだ。


「私とパワーで勝負なんて……調子に乗るなぁッ!!」


『いいね、その殺気……とてもゾクゾクするよッ!!』


 山脈が跡形もなく消え去ってもまだ、剣を振るう二人の戦いは終わらない。

 荒野と化したフィールドの中心で神機を振るう二人、一歩も引けない鍔迫り合いが十分以上も続いていた。

 二人とも体力と精神力が限界に近づき、龍力も底をつこうとしている。

 単純で代わり映えのしない剣のぶつけ合いだと言うのに、皆不思議とその戦いから目が離せなかった。

 ここで引けばチームの士気に大きく関わってくる。

 だからこそ二人とも引かずに剣を振るっているのだが、よくも心が折れないものだ。

 引けぬ意地もここまで貫き通せば立派なもの、深影は愛梨だけではなく梓乃の根性にも関心を覚えた。


「はぁッ……はぁッ……くっ……もう、持たない……っ」


『くっ……はぁッ……ならっ……次の一撃で決める……?』


「望むところです……必ず次に繋げてみせるッ……!!」


『私だって引けないね……皆にバトンを渡してみせる……!!』


 最後の一滴まで絞り出すように、二人の全身から濃密な龍力が溢れだした。

 全身全霊の力は雷となり、霆となって黒雲を呼び、二人の頭上から落雷する。

 一同確信する。恐らく、いや絶対に、今まででもっとも強力な力がぶつかると。

 白夜はコロナと優を庇うように自分の方に引き寄せ、璃斗もヒルデ・グリムを両腕に装着してその場で待機した。


「深影さん、見ていてください……神機奥義!」


 愛梨はクトネシリカを地面に突き刺し、渾身の力を両腕に溜める。

 とても直視出来ないほどの眩い電流が愛梨の両腕とクトネシリカに集まり、遂に愛梨が地面に突き刺したクトネシリカを引き抜く。


「招雷しなさい!! 〈橙雷の天災オレンジ・ディザスター〉!!」


 振り下ろされた大災害の巨剣の軌道に添って、天空から莫大な量の雷が降ってくる。

 形容など出来るはずもない光景、唯一あるとすれば、それこそ雷神の鉄槌。

 かつてチキサニの大地を焼き付くした雷神の降臨。

 まさにそれを体現したような奥義だった。


『皆に捧げるよ……私達のすべて……神機奥義!』


 地面を踏み抜いて天へと舞い上がったレフテは、四方八方を囲う雲から降り注ぎ、突き抜け、立ち上る霆を吸収してジェミニクスに束ねる。

 ジェミニクスの中で凝縮され、止めどなく溢れるプラズマは刀身に宿って光の刄となり、限界を越える直前。

 レフテはそれを降り下ろした。


「永劫無敵の〈雷空(シャンバラ)〉!!」


 梓乃とセリューのドラゴンソウル、二人の力が乗せられたその刄は、一筋の閃光を伴ってフィールドを焼いた。

 一直線に突き進むオレンジの雷と、それを真正面から迎え撃つエメラルドグリーンの霆。

 二つの閃光がぶつかった瞬間、フィールドを七色の光が覆い尽くした。

 眩いなどと言う言葉ではもはや形容出来ない、視界を塗りつぶす光一色。

 それから五分経ったのか、十分経ったのか。気づけば光は収まっていたようだ。

 だが未だに視界は真っ白に塗りつぶされていて、まともに状況が確認出来ない。

 やっと視界が戻り始めたかと思うと、目の前に広がっていたのは神話の光景。

 雷と霆に焼き払われた山脈の中心部で、愛梨と梓乃が大の字で倒れていた。


「う、うぅ……どう、なったの……? まだ目の前がチカチカしてるんだけど……」


「これは……ダブルノックアウトだな」


「つまり……相討ちと言うことですかぁ?」


「スゴいね、あの梓乃って子……愛梨ちゃんと、引き分けたよ」


「予想外……あの愛梨さんと……引き分け……」


 徐々に視界が戻り始めたチームメートは、ぽつぽつと声を漏らした。

 ぴくりとも動かない。死んでいるのかと思ったが、二人から僅かにエネルギーの反応が感じられた。

 生きている、だが限りなく死に近い瀕死状態だ。


「……決着。この勝負。引き分けとする」


「梓乃っ!」


 白夜が決着のコールをするとほぼ同時に、海里華がレプンの背中に乗って梓乃の元に駆け寄り、上半身を掬い上げる。

 そこにセリューの姿はない。ジェミニクスが力を使い果たしたせいで梓乃に吸収されたのだろう。


「あ、エリちゃん……えへへ……ごめんね……初戦、白星でスタートしたかったんだけど……」


「十分ですよぉ。お疲れさまでした梓乃さん」


「璃斗ちゃん……エリちゃん……次は頼んだよ……えへ……」


 二人の胸に梓乃の拳がこつんと触れたと思うと、すぐにその拳がほどけて落ちた。

 全身の力を使いきり、龍力が切れて気を失ったのだ。

 海里華は傷だらけの梓乃を背中に背負うと、梓乃を遥香に預けて璃斗とともにフィールドに残った。


「璃斗、絶対に勝つわよ。梓乃の根性に負けないようにね」


「えぇ、梓乃さんの繋いだこのタスキ……必ず次に繋ぎましょう」


 いつもいがみ合っていた海の女神と大地の堕天使が、霆の龍の元に手を組んだ。

 対するは物心ついた頃からずっと一緒に過酷な契約者の世界を生き抜いてきた、炎の女神と鋼の堕天使。

 観戦室から飛び降りてきた二人は、起き上がろうとする愛梨を深影に預けると、再び二人に対峙した。


「それじゃ始めよっか、お二人さん」


「僕達がまた叩きのめすけどね……」


「望むところよ、今度こそ私達が叩きのめす」


「二度も負けるなんてあり得えませんからぁ」


 雷雲の過ぎ去った平地で、四人の少女が対峙する。

 目に見えて分かるほど張り詰めた緊張感と殺気、遥香は思わず生唾を飲み込んだ。

 この戦いが終われば次に戦うのは自分、そう考えると一気にプレッシャーがのし掛かってくる。

 だが今は海里華と璃斗の戦い。遥香は余計な思考を中断してフィールドを見下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ