~Castle of the enemy~
焔がドラゴンエンパイアから帰還してからすぐ、急遽〈tutelary〉への挑戦を告げられた海里華達。
予定を一週間ほど繰り上げることとなったが、どうやら全員抜かりなく調整を終えていたようだ。
しかし今黒音達がいるのは学校の屋上、つまり学生服のままだ。
これから四大チームの一角と戦うと言うのに、学生服ではあまりにも平凡で飾りっけに欠ける。
戦いと言えど礼儀と言うものは必要で、やはりそれ相応の格好と言うものがある。
黒音達は暴れて止まらない心臓を抑えながら柊に事情を説明して学校を早退、各自帰宅して自分の一番お気に入りの服装で身を引き締める。
「とうとう決戦なのね……お母様には悪いけど、ちょっとサボらせて貰うわ」
『仕方ないよ、学校の成績なんていつでもとれるんだから、今は〈tutelary〉との決戦に集中しよう。ところでエリちゃん、この大事な舞台でエリちゃんはどんな洋服を選ぶの?』
「洋服って言っても、どうせすぐに変身するんだから意味ないと思うけど、かといって手を抜くものいただけないわね」
海里華はクローゼットの奥から想い出の品、姉のお古を引っ張り出した。
やはり双子と言うだけあって姉のお古はぴったりだった。
この服を着ているとそばでお姉様が笑ってくれているような気がして、日々の辛さや寂しさが忘れられる。
海里華とアクアスは水色のワンピースを翻し、使用人と母に見つからないよう静かに扉を開けた。
「ロウ、ただいま。わふっ、くすぐったいよっ」
いつもより早く帰って来たご主人様を、音と気配だけで察知してお出迎えする忠犬ロウ。
だがいつもとは違うご主人様の雰囲気を感じとり、ロウはすぐにじゃれつくことをやめてお座りの体制に移行する。
「ロウ、私これから友達との約束を果たしてくるんだ。応援しててね」
『ロウよ、梓乃のことを待っていてやってくれ』
「ワン!」
梓乃が選んだのは帰国の際、リュッカからプレゼントされたお古の装束だ。
リュッカが大切な勝負や正式な決闘を行う時、いつもこの装束を身に纏って戦っていたと言う。
シミや汚れ一つない純白の白衣に、血で染めたように真っ赤な緋袴。いわゆる巫女装束と言うやつだ。
何故日本の装束をリュッカが身に纏って戦っていたのか理由は分からないが、大切な友達からのプレゼントらしい。
梓乃は足袋と草履を足にはめると、ロウに見送られながら自宅を後にした。
「人を裏切り陥れることしか頭になかった私がぁ、まさか他人の為に命を懸けて戦うなんてぇ、以前じゃ考えられなかったことですねぇ」
『今となってはもはや他人ではない。運命共同体だ』
埃だらけの廃墟、誰も待ってはいないその静かな空間で、璃斗は今まで自分が辿ってきた道のりを一つ一つ思い返していた。
黒騎士と言う名を初めて知った頃から、随分の時が流れたような気がする。
でも実際はとても短くて、夢のような出来事ばかりで。
まさか本当にこんなことになるとは思っても見なかった。
『璃斗ちゃん、これは決戦だけど最初の一歩よ』
『これは終着点じゃなく、一つの目標だ。頑張りなよ!』
ヒルデとグリムに背中を押され、璃斗は思わずくすぐったい気持ちに包まれる。
これが家族の暖かさ、今度は私があの子に教えてあげなくてはならない。
ならばこんな所で怖じ気づいている暇はないと言うことだ。
璃斗はいつも通りホットパンツと黄色いパーカーでその豊満な体を包み隠した。
だがその胸元には、確かに決意の証が飾られている。
妹が出ていく数日前に見つけた、妹のペンダント。
璃斗は帰って来た時用のおにぎりと野菜ジュースを廃墟に置いてその場を立ち去った。
「私とアスモデウスが初めて出会った場所……そんなに経ってないのに、懐かしい」
『そうね、私はずっと貴女を見ていたわ。貴女のことがずっと欲しかった。そしてようやく手にいれた貴女を、みすみす死なせたりしないわ』
遥香が足を運んだのは自分のすべてが始まった、臭くて薄汚れてて、もう二度と見たくもないはずのこの場所。
しかしいつのまにかここに来てしまう自分がいる。
消し去りたい歴史だからこそ、いつまでも胸に刻んでおかなくてはならない。
『遥香、安心しろ。ヴィオレ、いる!』
『あら、私のことだって忘れてもらっちゃ困るな』
「そうね、ヴィオレ、アダマス。あなた達のこと、とっても頼りにしてる」
遥香が決戦の正装として選んだのは、アスモデウスに初めて見立ててもらった洋服。
蝶のラメがプリントされたキャミソールと、黒いシフォンフリルが特徴的なニットボレロ。
薄紫のソフトチュールパニエと、クリアヒールの組み合わせ。
髪もあの時とまったく同じ、ハーフアップにして毛先を少しだけカールさせる。
「それじゃあ皆、英雄への一歩を……踏み出しに行くわ」
『『おおっ!』』
雲属性最強のドラゴンと最強の神機とこの上なく最高のパートナーを引き連れて、遥香は過去の場所を後にする。
遥香が去った裏路地の壁には、アダマスの刃で書きなぐられた文字があった。
『ぜったいかつ』その一言が、ただ力強く刻まれていた。
「まさか、こんなにも早く来ちゃうなんてね。私が戻ってからもう少し余裕があると思ったのに」
『ですが調整はすでに完了しております。それもシェーシャ様のお墨付きで』
独り暮らし用の小さなマンションの一部屋に、羽根の生えた白馬と真っ白な剣の少女、サイズの縮んだライオンがぎゅうぎゅう詰めで肩を寄せあっていた。
この子達のおかげで今私はここにいる。
戦いばかりに明け暮れ、前に進めなかった私の足を動かしてくれたこの子達のおかげ。
『焔様、白夜様と決闘するに当たって、どのようなお洋服をお召しになられますか?』
「そうね……私はいつも通りのバイクスーツで行くわ。着飾るのとかあんまり好きじゃないし」
白夜からもらったお下がりのバイクを、ちゃんと使ってるって知ってもらいたいし……。
焔はいつも通り自作のパネルで学生服からバイクスーツに着替えると、ヘルメットを左腕に抱えて自室を出る。
その時すでにラボーテは魔方陣の奥に待機し、クララは剣の姿となって焔の腰に収まり、ラヴルは蒼いイヤリングとなって焔の耳たぶにぶら下がっていた。
「なあアズ、ついにここまで来たな」
『そだね、ついにここまで来ちゃったね』
「どう致しましたかマスター? まさかとは思いますが、怖じ気づいてしまったのですか?」
「バカ言え、ただの武者震いだ」
独り暮らしにしては広すぎる自宅、そのリビングには魔界で仲間にした魔獣のレオが、金剛龍インライディナと紫電龍アリフィロムのハーフ、剛電龍アリフィディーナがいる。
さらにリビングの中央にあるテーブルには生き血を啜る魔剣ダーインスレイヴことザンナが、白銀の魔剣ことレーヴァテインがとてつもない速さでトランプのスピードを繰り広げていた。
二体の使い魔と二振りの神機をリビングに待機させ、黒音は自室にて勝負服を決める。
『皆も多分一番のお気に入りを着てくると思うけど、黒音は何着てくの?』
「そうだな……俺は学生服でもよかったんだが、験担ぎの為に英雄様の服を借りるとするかな」
黒音は制服の上着と交換するように、クローゼットの奥に仕舞っていた金色のコートを、袖を通さず肩に羽織った。
日本に帰国する直前、エルザから『私が自分の命よりも大切にしているものの一つだ』と言って託されたものだ。
初めて羽織るはずなのに、妙にしっくりくるのは親子だからだろうか。
「行ってくるぜリズ……あんたの名に恥じねえ戦いをしてくる……だから見守っててくれ……」
『序列二十九番の悪魔として、黒音を必ず勝利させるよ』
黒音が背負っているのは仲間の命だけではない。
最強の英雄、金色のエルザ・アルベルティと言う名誉もその背中に背負っているのだ。
黒音は四人の部下を引き連れ、最高のパートナーとともに家を後にした。
「どうやら私が一番乗りのようね」
「あ、エリちゃん! 先越されちゃったぁ」
「私は三番目ですかぁ。と言うことはぁ……」
「お待たせ……ん、後は二人だけ……」
「あら、バイクに乗ってきたのに五番目なのね」
「何だよまたビリか、でもこれで揃ったな」
統一感の欠片もない六人が、学校の屋上に再び集まった。
一人は蒼いワンピースで、一人は謎の巫女衣装。
さらにラフな私服かと思えば、逆にキャバ嬢かと思うほど派手な服を着た少女もいる。
極めつけはライダースーツを着たセクシーな少女と、学生服の上に金色のコートを羽織った青年。
ぱっと見どこかのパフォーマー集団だ。
「リーダーからの命令は一つ、簡単なことだ。全員、ただ一人欠けることなく帰るぞ!」
「「イエス、マイリーダー!!」」
六人の声が揃ったことを確認すると、黒音は白夜から手渡された転移魔方陣に魔力を注ぎ、興奮して落ち着かない心を何とか落ち着かせる。
黒音と焔にとってはここが終着点、海里華達を含めたチーム〈avenger〉としてはこれが最初の決戦。
ここは終わりでもあり始まりでもあるのだ。
復讐者達は魔方陣の向こう側へと揃って歩き出し、下っ腹に力を込める。
「いらっしゃい、チーム〈avenger〉の諸君。歓迎するよ」
「待っていたぞ、我らが愛すべき馬鹿どもめ」
魔方陣の先に待ち構えていたのは、チーム〈tutelary〉の二大エース。
天使最強の力を持つ紅嶺 白夜と、〈真実の幻〉の異名を持つ不知火 深影。その二人だった。




