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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第五章「戒めと身代わり」
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第四話『lacrimosa』

 鎖によって繋がり、互いの存在が一つの概念として生まれ変わった四人。

 遥香と璃斗のレーティングも無事に一週間の時を経ることが出来、今日はドラゴンエンパイアに滞在する最終日。

 時間があればいつでも来れるし、契約者の自分達にとっては隣街みたいなものだが、いざ離れるとなるとどうしても切ない気持ちになってしまう。

 海里華は湖や湖の付近に住むドラゴンにえらく惜しまれ、梓乃は特訓場として使っていた空をずっと眺めている。

 璃斗は酸素に溢れた草原が落ち着かないのか、そわそわとして髪をいじっていた。

 遥香はヴィオレとともに様々な場所を見て回って満足したようで、璃斗の膝を借りて昼寝している。

 だが唯一、黒音と焔だけが未だにシルヴィアのいる草原へと戻ってきていなかった。

 どうせギリギリまで特訓場で自分を追い詰めているのだろうが、最終日くらいはゆっくり休めばいいのに、と梓乃は肩を落としている。


「むにゅ……璃斗、そわそわしすぎ……ゆっくり眠れない……」


「で、ですけどぉ、滞在先がほとんどあの鉱山だったものですからぁ……」


「悪い、待たせたな。あれ、焔は?」


「あら黒音、遅かったわね。焔ならまだ来てないわよ。でも黒音より遅いなんて、一体何してるのかしらね」


 ドラゴンフォルムのフィディから飛び降りた黒音は、辺りを見回して焔がいないことに気づく。

 ようやく役目を終え、梓乃の膝を借りて爆睡しているシルヴィアに自分の上着を着せると、黒音はフィディに焔の様子を見てくるよう命じた。

 フィディが飛び立ってから自然体のようにして海里華の隣でくつろいでいる黒音だが、その姿は目も当てられないほどに酷い。

 黒いタンクトップは至る所が破れていて全身が埃まみれ、数えきれない擦り傷とそれから感じ取られる特訓の過酷さ。

 湖をぷかぷか浮いていた海里華には想像もつかないが、血反吐を吐くほどの修行をしていたことは間違いないだろう。


「アンタ帰ったらすぐにお風呂に入りなさいよ」


「えー……傷に染みるじゃんかよ」


「汗臭いし血の跡とかも酷いし、とにかくお風呂に直行。いいわね?」


「はいはい、分かりましたよ。お、フィディ、どうだった?」


「焔様が拠点にされている場所やその付近に焔様の姿は見られませんでした。恐らく火山の付近で特訓されていると思われます」


「そっか、まあアイツなら溶岩ごときで火傷するとは思えねえし、心配ねえだろ」


 少なくとも今の焔ならば、溶岩など鍋で沸かした熱湯ほどにも感じないだろう。

 むしろ溶岩を飲料として飲んでいそうだ。


「それと、焔様の拠点からこんな置き手紙が……」


 フィディが差し出してきたのは、大きな葉っぱの一部を焦がして文字を書いたもの。

 とても置き手紙には見えないそれに刻まれた文字を、黒音は目を細めながら読み上げた。


「えー、なになに……私はもうしばらくここで修行するから、レーティングは黒音君から施してね……って、アイツまだここで特訓する気かよ」


「アンタがレーティングを施してから焔の分のレーティングを作り終えるまで約二週間、焔は後二ヶ月弱ここで修行したいってことね」


「ほむちゃんのことだからそれまでには必ず戻ってくるよ」


「しゃあねえなぁ……じゃあ俺らだけでも先に帰るか」


 本当は黒音もここに残ってもっと修行していたいが、そうなればレーティングの予定が崩れてしまう。

 焔はそれを見越してこの置き手紙を残したのだろう。

 焔の才能ならば二ヶ月もあれば、リミットブレイクを身に付けるかもしれない。

 そうなればいよいよリーダー交代ともなりかねない。


「おーいシルヴィア、シルヴィア起きろ。帰るぞ」


「すぴー……すぴー……」


「……こりゃ起きそうにねえな。ったく、背負って帰るか」


 天才と言われた英雄も、こうしてみれば年の近い少女に見える。

 ……少女であっているかどうかは分からないが。


「じゃあなドラゴンエンパイア、また来るぜ」


 遥香の展開した大きな転移魔方陣の上に乗ると、黒音達はドラゴンエンパイアの地を後にした。

 その様子を遥か上空から眺めていた焔は、胸を撫で下ろしてラボーテの背中に体重を預ける。


「はあ……よかった連れ戻されなくて……」


『遥香様は確実に気づいておられましたね。下手をすれば、遥香様の気まぐれ一つで連れ戻されていましたよ』


「それでも私はここに残ったわよ。目標を達成出来ないまま皆と肩を並べるなんて出来ないもの」


 残り二ヶ月、正確には五十六日の間にシェーシャを越える。

 達成出来なければ遥香が作ってくれたレーティングが無駄になるかもしれないが、それでも帰ることは出来ない。

 妥協したままで白夜と対決しても、絶対に負けると確信しているから。


「よーし、すぐ戻るわよ。ラボーテ、シェーシャのいる火山までお願い」


『了解した。飛ばすぞ』


 ずっと手加減されたままで終わるなど絶対に嫌だ。

 果たしてたった二ヶ月であの化け物にどこまで食いつけるか、自分の限界を自覚するにはいい機会だ。

 炎の手綱を握り締め、焔は再びシェーシャのいる火山へと向かった。


「ただいま、ご主人様」


「随分遅かったな、一週間も私の授業をすっぽかすとは」


 黒音が全身の擦り傷に染みるお湯に絶叫している頃、遥香は柊の自宅にてメイド服を纏っていた。

 たった一週間離れていただけで柊の部屋には食べ終わったカップ麺が無数に転がっており、洗濯物とゴミが入り乱れている。

 遥香はそれを黙々と片付けながら、時折柊の顔色を伺っていた。

 それを柊が気づかないわけもなく、


「どうしたんだ? いつものお前らしくもない」


「ん、ご主人様……レーティングについて、調べたい……ダメ……?」


「ダメってことはないし、私が寝てる間に魔術書を読んでることも知ってる」


「ご、ごめんなさい……どうしても気になって……」


 まさか魔術書を盗み読んでいることまで知られていたとは思わず、遥香は咎められると思ってその場で縮こまっている。

 だが柊は咎めるどころか珍しく表情を和らげ、


「知識を貪欲に吸収することは悪いことじゃない。それにお前は黒音に続いて成績が優秀だ。私は好成績さえ納めていれば別に文句は言わん。だがどうしてまたレーティングなんだ? 向こうでシルヴィアにレーティングを施してもらったんだろう?」


「黒音と焔はまだ……シルヴィア師匠にレーティングのやり方は教わったし、自分のレーティングも自分で作ったわ。でももっと作成の時間を減らせる気がするの……エネルギーの消費量も、私はそれを知りたい」


「そうか、お前ならシルヴィアの才能を越えられるかもな。私が教えられることなら教えてやる。教え子に知識を授けるのは教師の仕事だからな」


「にゃ、ありがと、ご主人様……!」


 早速本棚の奥から魔導書を漁ってきた遥香は、今までずっと疑問に思っていた点やアスモデウスとアダマスの知識では理解出来ないこともすべて柊に聞き倒した。

 途中から柊が目を回して倒れそうになっているのにも気づかず、遥香は溜まりに溜まっていた疑問を解消していく。


「いて、いててっ……お、おい、もっと優しくしてくれよ」


「アンタがこんなに擦り傷作るからいけないんでしょ、これでも丁寧にやってる方よ」


 その頃黒音の自宅では、バスルームでタオルを片手に持った海里華が全身擦り傷だらけの黒音の体を黒音に代わって洗浄している所だった。

 擦り傷だけならまだよかったが、人間界に帰ってから筋肉痛が一気に襲ってきたらしく、まともに動くことすらままならない。


「……焔、大丈夫かしら」


「アイツなら大丈夫だ。何せ俺と互角の力を持ってんだからな」


「すごい自信ね、アンタ自身はそんなに強くなったの?」


「……多分、お前らの度肝を抜くくらいにはな」


 そこにはさっきまで傷口に染みるボディーソープに悶絶していた間抜けな男はもういない。

 いるのは煮えたぎる溶岩のような闘志を抑え込み、うっすらと笑う黒い悪魔。

 戦闘狂の色へと染まってしまった幼馴染の、どこまでも不遜な笑みに、海里華は畏怖を抱かずにはいられなかった。


「それじゃあ気をつけて、また来てね二人とも」


「うん、絶対来るよ! ありがとね!」


「次は契約者としてお手合わせしましょうか」


「面白そう……絶対に手は抜かないから……」


 オレンジ色の光が差し込んだ商店街、なんとなく胸が甘酸っぱくなる夕日を背に、白夜達は雫と桜弥に見送られる。

 すっかり雫達と友達になったコロナ達は、満足そうに白夜の腕にもたれ掛かっていた。

 契約者が安らぐ為の場所と言うことで、二人にはとてもいい気分転換になったはずだ。


「話題が尽きないっていいね、いつの間にか時間が過ぎててびっくりしちゃった」


「僕も、白夜さん達以外とあんなに長くお喋りしたの、初めてだった……」


「僕も元気なおばちゃんの顔が見れてよかったよ。……後はこれが最後にならないことを願うばかりだね……」


「残念だけど、これが最後よ」


 小声で呟いた白夜の言葉に返答する声が一つ、白夜はコロナと優を自分の背中の方へ導き、ジブリールを臨戦態勢のまま待機させた。

 余裕を保ちながらも白夜はその視線を全方位に巡らせ、コロナ達もそんな白夜を見て背中を預ける。

 三人で互いの背中を守り合いながら、三人は静かに力を高めた。


「誰だい? 人の呟きに勝手に返事をするのは」


「私はラフィラ・ルチル、用があるのは貴方のパートナーよ」


 声は嫌なほど響いてくるが、姿や気配などは感じられない。

 白夜のセンスを以てしても位置を特定することは出来ず、コロナの空間支配でさえ敵わない。

 空間を支配して作り替えるコロナでさえ見つけられないと言うことは、ラフィラ・ルチルの技術が深影に匹敵している可能性がある。

 

「用があるなら姿を見せてくれないかな? 同族なんだからさ」


「高貴なる天使がそう簡単に姿を見せると思うの?」


 数ある神機の中でずば抜けた性能を誇る禁忌の真理があるように、天使の世界にも禁じられた天使、禁忌の翼(タブー・アンジュ)と言う者が存在している。

 最初の天使として創造されたアダム、絶大な力を持ちながら失敗作として捨てられたラフィラ・ルチル、そして天使としての域を越えてしまったイレギュラーな存在ジブリール。

 他にも禁忌の翼は何体か存在するが、六種族のバランスを崩壊させかねない脅威となるのはこの三体だ。


「ジブリール、貴女は変わってしまった。昔、鎖で繋がれていた貴女はとてもギラギラしていて……なのにその人間と関わってから、貴女はすっかり大人しくなってしまったわ」


『私は昔も今も変わらない……私は私であり、それ以上でもそれ以下でもない……』


「気づいていないのね……貴女、今とても人間に似ているわよ」


『私が……人間に……?』


「表情や仕草なんか、下等な人間にソックリ……見てて腹立たしいわ」


 今まで白夜に人間の良いところを聞かされてきたが、まさか自分が人間に染まっているなどと想像したこともなかった。

 だがコロナと優を守るように二人を背中に隠したり、辺りを警戒して見回す姿は確かに人間のようだった。


「天使ならば自分の身は自分で守れる。だから守り合う必要はないわ。そして貴女ほどの天使が何かを警戒する必要がある? 臆病な様子はまさに人間のそれよ」


『知らないうちに……私が……人間に……?』


「ジブリール、それは決して間違ったことじゃない。むしろ人間を学ぶと言うことは君の世界に色を与えてくれる」


『人間の……色……私は間違って、ない……!』


 何かが自分の中で崩れていくような気がした。

 何か大切なものが瓦解するような焦りを感じる、ジブリールはそれを振り払うように聖力を荒げた。

 ただの牽制で放ったその聖力が、後ろで身構えるコロナと優に強大な重圧を与える。

 牽制にしてはあまりにも大きすぎるエネルギー、二人は吹き飛ばされないよう必死に互いを支え合った。


「ジブリールのパートナーとして忠告させてもらうけど、これ以上ジブリールの心をかき乱すのはやめてくれないかな? 仲間への侮辱や正式な勝負以外で仲間を傷つけることは……僕が許さないよ……?」


 今まで見たこともないような、深影の銃口を向けられたような殺気にも似た凶悪な殺気。

 普段からは想像も出来ないほど低い声と圧力は、後ろにいる二人の少女の心を大きく揺さぶった。

 深影が発射される寸前の銃口ならば、白夜は抗いがたい壮大なる絶壁。

 一点を貫く鋭い殺気とは真逆の、すべてを押し潰す高圧的な殺気だ。


「ふーん……ただの人間じゃないみたいね。でも所詮は人間、天使相手に忠告なんて……許されるとでも……?」


 最強の天使と最凶の天使が睨み合うこの空間で、もはや二人は選べる選択肢を持たない。

 あまりにもハイレベルすぎて、次元が違いすぎて、白夜を除いてこの場でまともに選択肢を持つことが許されるのは、二人の知る限り深影以外は思い付かなかった。


「白夜ちゃん、コロナ達、多分役に立たないよ……どうしよ……どうしたらいいかな……?」


「二人は転移魔方陣で先に拠点に戻ってるといいよ。ここは僕一人で十分、と言うより……はっきり言って二人がいると邪魔だ」


 普段はとても優しい白夜が二人に対してここまで直接的な結論をぶつけたのは、恐らく初めてのことだ。

 契約者ならば恨みを買って当然、首元に刃を突きつけられるのは日常茶飯事。

 だからこれほどまでに異次元の敵を引き寄せるのも、実の所あまり珍しくはない。


「これでこっちにハンディはなくなった。ねえ、いい加減姿を見せてくれてもいいんじゃない? そうじゃないなら消えてほしいんだけどな」


「そうもいかない。ジブリールの力が必要なの」


『どうして私の力を必要とするの……?』


「天界を侵略する為よ。私達を失敗作と罵って捨てた天界を壊す……でも流石の私でも一人では無理、だから貴女の力が必要よ。そして残る同族も集めにいく。今ではゼラートもイシュタムも私の仲間よ」


『……悪魔すら、仲間にしたの……? 貴女にはもう……天使としての誇りはないの……?』


「貴女が天使の誇りなんて……本格的に壊れたんじゃない? 私達を勝手に造って捨てたのは他でもないその天使なのよ? 天使と言う種族に引導を渡すキャストとしてはこれ以上ないじゃない」


 ジブリールが震えている、恐怖ではなく紛れもない怒りで。

 久方ぶりに見るジブリールの激情、純粋な感情。

 ジブリールを怒らせた、それだけで白夜が戦う理由としては十分だ。

 白夜は垂直にした左手のひらに右手の拳を平行に当て、自分の手のひらから抜刀するようにフラガラッハを引き抜いた。


「僕の見解では、この話し合いは無駄のように思えるな。君達はどうなんだい?」


『同感、これ以上は何を言っても無駄……白夜、私達で天使を護る……』


「護る、ですって? あのバカどものどこに護る価値があると? 貴女に恐怖して鎖に縛り付けたあの無能どもの、どこにッ……」


 陽炎のようにゆらゆらと歪む正面の虚空、何もないはずのそこから莫大な聖力の波が押し寄せてきた。

 聖力の雪崩は白夜を押し流さんと威力を強め、白夜はそれを右手一本、フラガラッハのみで防いで見せる。


「そんなものかい、禁忌とやらの力は」


「人間ごときが調子に乗らないで。私はジブリールを狂わせた貴女を許さない」


「狂わせた、か……今まさに君がジブリールを狂わせようとしていると言うのに酷い言い様だね」


 一触即発、力と力がせめぎ合うこの均衡が崩れた瞬間、本当の勝負が始まる。

 ほんの少しだけ聖力の波が収まったかと思えば、今度はそれとは比べ物にならない圧力を持って聖力が迫った。

 白夜めそれを読んでいたかのように、フラガラッハを縦に振り降ろす。

 聖力の波は左右に吹き飛ばされ、商店街は嵐に喰われたようにかき乱された。


「深影ちゃん、深影ちゃんいるっ!?」


「コロナ……? 深影も愛梨もまだ戻ってきていない……何かあったの……?」


「白夜さんが、禁忌の天使と戦ってる……僕達じゃとても、役に立てない……」


「禁忌の天使と言うことは、白夜と互角もあり得る……二人とも、ここにいて……二人が帰ってきたら愛梨には残るよう、深影にはここに来るよう伝えて……」


 モノクロは自分で適当にこさえたご飯をほっぽりだし、コロナの展開した転移魔方陣に自分の魔力を流して支配権を譲り受ける。

 転移魔方陣の色がオレンジから漆黒へと変わると同時に、モノクロは二挺の銃を携えて拠点を後にした。


「フラガラッハ……天界の宝であるそれを何故貴様みたいな人間が……」


「何故? 聞かれたら答えるしかないな。それは僕は選ばれた男だからさ!」


 まるで舞台俳優にでもなったかのように、白夜は高々と声を張り上げた。

 フラガラッハを天へと突き上げ、ジブリールの腰に手を回して抱き寄せたかと思えば、恋人の死に立ち合った憐れな王子様みたくジブリールに顔を寄せる。

 無論いつも見慣れているジブリールにとっては何も感じることはないが、流石に今回ばかりは暑苦しいようでいつも以上に半眼になっている。


「不自由なく育った僕は母親に裏切られてすべてを失った。いや、放棄したと言うべきかな。嫌になっちゃったんだ、たった一度裏切られただけでね……そう考えれば確かに人間は愚かな生き物さ。でも僕は人間が好きだよ」


「ペラペラとご託を……私が聞いたのは貴様がフラガラッハを使える理由よ」


「だから答えているじゃないか、僕が選ばれた男だからだよ。そして僕が選ばれた理由も答えたはずだよ。僕はすべてを放棄してただ一つの願いの為だけに今まで戦ってきた。だからフラガラッハが僕を選んだのさ」


「たかが人間ごときの願いの為にフラガラッハが? あり得ないわ、それに神機は人を選ばない」


「選ぶんだなぁそれが、じゃなきゃ使えてないでしょ。僕はフラガラッハに選ばれ、ジブリールに選ばれ、天使最強に選ばれた。別に望んだわけじゃないのにね」


 望まずとも手に入れた僕と望んでも手に入れられない君の違いが分かるかい? ──と白夜は皮肉たっぷりに笑った。

 性格が悪いとか、猫を被ってるとか、そんなことは当たり前。

 親に裏切られて殺されかけて、そして親を殺してついに壊れてしまったこの心に良心なんてものはとっくにない。

 普段は誰もが思い描く理想の生徒会長、だが実は他人を踏みにじり叩き潰すことが何よりも楽しい快楽殺人者なのだ。

 だからこそフラガラッハは白夜を選んだ。

 薄汚く染まってしまったからこそ、すべてを投げ捨てて他者より上に立つことのみを求めたからこそ。


「天使最強? 貴様みたいな人間が?」


「信じてないなぁ、まあ当然だよね。こんなへらへらした奴が一つの種族の頂点に立ってるなんて不思議だよね。でもね、普段から牙を見せてる虎よりも、獲物を狙う時のみ爪を剥く鷲の方が危険って……知ってる……?」


 獲物の一瞬の隙を逃すまいと光るその猛禽のような瞳が、未だ姿を見せないラフィラの心に突き刺さる。

 何故絶対的な技術と力を持つ深影を差し置いてこんなへらへらした奴が〈tutelary〉のリーダーなのか、その理由を見せてやろうではないか。

 白夜はいい加減長々とした会話に飽きてしまい、全方向にフラガラッハで衝撃波を放つ。

 空間を歪めるほどの一撃が辺り一面を吹き飛ばした。

 だが実際は何も壊れておらず、今吹き飛ばされたのはただのホログラム映像。いわばここは一種の仮想空間(バーチャルスペース)だ。

 駄菓子屋のおばちゃんがこの商店街全体に結界を張ってくれているおかげで、戦闘になっても商店街に被害が及ぶことはない。

 だからこの商店街は契約者に優しい作りなのだ。


「それが君の姿か……せっかく可愛らしい顔をしているのに、そんなに怒ってちゃ台無しだね」


 引き裂かれた空間は早戻しされたように再構成され、空間の破片は新たに形を産み出した。

 ミルクティーカラーの長髪は夕日を受けて深みを増し、蒼い薔薇の髪飾りは濃い紫色へと毒々しく変わる。

 白い衣に包まれた瑞々しい柔肌、その四肢を黒いリボンが彩り、白く美しくも妖艶な黒がアクセントとなり独特の雰囲気を放っていた。

 薄暗く煌めく蒼い双眸は、ジブリールにも似た殺気を放っている。


「ふざけないで、ジブリールもフラガラッハも返してもらうわよ」


「欲しいなら奪い取ればいいんじゃないかな? だってそれがこの世界の掟でしょ?」


 白夜の目配せを受けてジブリールは一歩後ろへ下がり、逆にラフィラは聖力で形作った剣を右手に一歩前へ歩み出る。

 互いに剣を向け合っていよいよ戦闘が始まると言うのに、ジブリールは白夜と一体化するでもなくただ傍観していた。

 まさかパートナーと同クラスかそれ以上の力を持つ天使を相手に、一体化せず神機一つだけで戦おうとしているのかこの男は。

 白夜にとってはただの小手調べ、あわよくば余力を残して追い払いたいと思っていただけだったが、ラフィラにとってはそれが最低最悪の侮辱以外の何物でもなかった。


「どこまでバカにするの……たかが人間が、我ら天使をッ……!!」


 先に仕掛けたのはやはりラフィラ。軽く地面を蹴っただけなのに、とてつもない跳躍力を発揮して白夜へと肉薄した。

 並の契約者ならばそれに腰を抜かす間もなく首を刈り取られていただろうが、白夜は一流の契約者ではない。

 超高校級の実力と才能を持つトップクラスの契約者だ。

 フラガラッハをダーツのように正面へ投げると同時に、上半身を大きく後ろへ倒してラフィラと突進をかわす。

 さらにラフィラがフラガラッハを避ける一瞬を利用してラフィラの背後を取り、上半身を倒した勢いそのままにオーバーヘッドキックをラフィラの背中に叩き込んだ。


「……そんなもの?」


「まさか、ただ僕はいつでも君を殺せるんだよと言うことを教えてあげただけさ」


 煽る。煽って煽って煽りまくる。

 人を小バカにする態度、へらへらしていて皮肉が通じず、実力があり抜け目もないので足を掬うことも出来ない。

 挑発する為だけに生まれてきたようなこの技術と性格を以て、白夜はラフィラのプライドをへし折らんばかりに挑発する。


「ジブリールの力を借りるならともかく……貴様一人なんかにこの私が倒されるとでも……?」


 一体いつの間に移動したのか、ラフィラはさっきまで自分の背中に乗っかっていた白夜の足首を掴んで地面に叩きつける。

 拗ねた小さい子がくまのぬいぐるみを地面に叩きつける要領で、しかし石のタイルが木っ端微塵になるほどの力でラフィラは白夜を地面へ叩き落とした。


「んー、物理攻撃は相手をよく見てやった方がいいよ?」


「バカな……無傷なんて……」


 驚くことに、白夜はどこからともなく取り出した本を読みながらラフィラに体を預けていたのだ。

 地面に叩きつけられたと言うのに痛みを一切感じておらず、おまけに着ていた服も全く汚れていない。

 地面に叩きつけられる部分にのみ超高密度の防壁を張り、威力をかき消していた。


「一日何十冊の魔術書と魔導書の写本を読み漁ってると思ってるんだい? 今更物理の戦闘なんてやり飽きたよ」


 いと賢き天使なら僕の知識を上回ってごらん?

 白夜は最大最高の挑発の言葉を囁くと、ラフィラの手をもう片方の足で蹴ってその場から離脱した。

 白夜はまだ防御以外でフラガラッハを使っていない。

 ジブリールと一体化するどころか、そもそも戦ってすらいないのだ。


「目標変更ね……ジブリールを連れて帰ることよりも……貴方を消してあげる。貴方は危険すぎる」


「それは光栄だね、ラフィラ・ルチル君。ようやく僕を敵と見なしてくれた君に僕も敬意を表して、少し戦ってあげるよ」


 仲間の前ではほとんど、いやもしかしたら一度も見せたことがないかもしれない。

 知っているのはボスである魔王くらいか、白夜がフラガラッハの特性を使う所は。


「傅け、フラガラッハ」


『貴方の命とあらば、喜んで』


 だだっ広い湖の水面に、一人ぽつんと浮遊している少女。

 そよ風に吹かれる髪に手を添えて微かに微笑んでいる、ラフィラにはそんな光景が見えたような気がした。

 白く輝く絶対勝利の剣は白夜の莫大な聖力を受けて、刀身から七色の翼を放つ。

 白夜もフラガラッハとともに背中から真っ白な羽根を生やし、フラガラッハを構えた。

 時が止まるような錯覚の後、今度は白夜が仕掛けた。

 爆発的な加速と、それを瞬時に切り替えるアジリティ。

 やっていることを一つ一つ見れば粗削りで隙だらけのはずなのに、すべての動きを一つのモーションとして見ると、まるで洗練された日舞のように白夜が舞って見える。

 背筋が凍ったかと思うほど冷たい流し目に連れ、舞い散る粉雪のような剣捌きにラフィラはただただ圧倒されるしかない。

 防ぐ余裕などありはしない。そこにあるのは完成された完全完璧な芸術。

 ありとあらゆる知識を吸い込み、時間があればひたすらそれを実践して体に叩き込む。

 そうして作り上げられた白夜の戦闘スタイルは、もはや骨董品すらも凌駕する。


(嘘……天使である私が、見とれている……? それも戦闘中に……? 現在進行形で全身を切り刻まれているのにっ……? 痛みすら美しいと思ってしまうのは何故なのッ……!?)


「酔いしれろ、僕こそが完成形だ」


 フラガラッハの特性は〈約束された全てプロミス・オブ・ゼータ〉。

 触れた相手の持てるエネルギー、つまり魔力や聖力のおおよそ半分を使用者に加算する。

 触れなければ能力を発動することは出来ないが、逆に触れられればほぼ必勝。

 白夜はこの能力だけを頼りに殺伐とした契約者の世界を生き抜き、〈tutelary〉のリーダーにまで至ったのだ。


「僕に勝ちたければ僕の聖力のキャパシティを凌駕することだね」


 いくらフラガラッハが触れた相手のエネルギーを白夜に譲渡出来ると言っても、白夜の持てる聖力の限界を越えてチャージすることは出来ない。

 つまり白夜に勝利する為には、途方もない白夜の聖力を最低でも二倍以上は上回らなければならないと言うことだ。

 それでもやはりまだ互角、エネルギーの保持量が互角となれば今度は技術と経験、知識の勝負となる。

 つまり結局の所まともに白夜と戦える契約者はいないと言うことだ。


「凌駕されたとしてもした分だけ吐き出せば問題ないし、そもそも僕の聖力を二倍以上も上回る契約者はいないよ。魔王様を除いてね」


 誰が相手であろうが所詮は自分より下、深影ですら本気を出せば相手になるかどうか分からない。

 絶対的な力の前にはすべてが無力、それを実証する能力が白夜にはある。


「さあ、それでも僕と戦うかい?」


「ふ、ふふ……少し自分を過信しすぎではないかしら?」


「……なるほど、自己修復……凄まじい生命力だね」


 全身に切り傷を負っていたはずのラフィラだったが、白夜が攻撃を止めた途端に傷口が塞がり始めた。

 十秒もしないうちに元の綺麗な柔肌へと戻ったラフィラは、すぐさま反撃に移る。

 光の矢、剣、銃弾、飛ばせるものは何でも飛ばしてくる。

 だが白夜はフラガラッハで防いでは驚異的な身体能力でかわしたりと、まだまだ余裕を見せている。

 しかしジブリールと同等の力を持つラフィラが、これだけで終わるはずもない。

 白夜がラフィラの攻撃を十数秒間しっかりと分析し、パターンやくせを頭に入れ終わった頃。

 とうとうラフィラが本気を出し始めた。

 白夜の流れるような剣術に対応し、そのスピードに合わせて的確な反撃を与えてくるのだ。

 白夜がどれだけスピードをあげてもラフィラはそれに完璧に対応し、さらにそれを上回っていく。

 まるで今まではほんのお遊びだったとでも言うように。


「やるじゃないか、流石だね」


「当然よ、私は誇り高き天使。貴方なんかに負けたりしない」


「んー……本末転倒だなぁ。君は天使が憎いの? それとも誇りに思ってるの?」


「私が恨んでいるのは強すぎる力を恐れて仲間を牢獄に閉じ込める愚かな天使よ。でも力がなければ意思を示すことは出来ない。だから悪魔の力でも何でも借りてこの現状を打破する……私なんかが今更どうなっても構わない……でも私みたいに苦しんでいる天使を見過ごすことは出来ないわ。造ったのならその責任を負うのは当然のはずよ」


「……君のことを少し勘違いしていたみたいだ。その為にジブリールの力を必要としていたんだね、滅ぼす為ではなく、塗り替える為に」


「ええ、天使と言う種族自体に恨みはないの……でも、一部の天使は力を持った者に嫉妬する……数に恐れてそうでない者までもがそちら側に荷担している。私はそれが許せない。だから我々禁忌の天使がその現状を壊すの」


 考えていることやその内容を聞いてみれば、案外まともでむしろ天使らしい正義感を持つ芯の通った子だ。

 別に一つの種族を滅ぼして均衡を壊すわけでないのならば手伝っても問題ないだろうが、ジブリールを貸すと言うことは白夜は生身になるわけだし、それ以上にこれから遠くないうちに焔との戦いが控えている。

 負けることはないだろうが、一応調整も必要になるはずだ。

 戦わなければならない時にパートナーがいないなど、チームリーダーとして恥ずかしすぎる。


「じゃあ具体的にジブリールはどんなことをして、どれくらいの期間そっちに行くの?」


「ジブリールにやってもらうのは反抗勢力の排除、でも私達は天界に追放されているわ。だからあくまでも暗躍。内側から反抗勢力を叩く。期間は、そうね……最低でも約一年……偵察や計画を立てる為にもそれくらいは必要よ」


「い、一年? それは、今からじゃないといけないのかい?」


「なるべく早い方がいいわ。こうしてる今も勢力は拡大してる。いつ天界転覆をしてもおかしくない」


「そっか、転覆ね……大胆なことを考えるものだね、黙って引っ込んでればいいのに」


「まったくよ、貴方も案外見所があるじゃない。人間のくせに」


「ああ、人間を見下してたのは素だったのか……まあいいけどさ。君と少しでも友好的になれたのは嬉しいけど、こっちにも都合があるからね。少なくとも後一ヶ月は待ってもらわないと困るんだ」


「私の話を聞いていたのかしら? いつ天界転覆をされてもおかしくないのよ? 貴方の契約している種族が滅びれば、均衡は崩れる……そうなればどうなるか、分かるでしょう?」


 今まで絶妙なバランスで保たれてきた六つの種族の均衡、それが崩れれば言うまでもなく戦争が起こる。

 六つの種族だけでなく、人間の世界にまで影響が及ぶのは否めないだろう。

 六種族は戦う力があるが、人間はあまりにもか弱すぎる。

 現代の科学が産み出した兵器はあくまで同じ兵器に、或いは対人専用のもの。

 それが常識と理解を越えた六種族の力に通じるわけもない。

 天使が滅びれば次に滅びるのは悪魔か人間か。

 その先にあるのは破滅と終末、しかし白夜は相変わらずムカつくほど澄ました顔で、


「ああ、でも僕はあくまで人間だからね、他種族の争い事に首を突っ込む気はないよ。ただ、ジブリールの故郷を壊すのは許せないな」


「だったら──」


「僕も力を貸すよ。でも最低でも一ヶ月は待ってもらう」


「交渉決裂……やっぱり力尽くで手に入れるしかないようね」


 互いの志は一致したと言うのに、ほんの少しの違いが戦いを生む。

 愚かなのは一部の天使ではなく、この世界の方だ。

 二人はそんな世界の創造主を心から恨んだ。


「仕方がない。二人も心配してるだろうし、早く終わらせよう。ジブリール、天が天たる証を示せ」


『御意、天を満たす力を貴方の杯へ……』


 覚悟の言葉を交わした二人は、口づけとともに互いの体を包み合う。

 夕日の沈んだ辺りを再び照らしたのは二人の翼、失せることを知らない天上の輝きが二人を純白の甲冑に誘った。

 薔薇の刻印が刻まれた純白の甲冑、一際存在感を放つ翼をさらに広げると、白夜は右手にフラガラッハを携えて天に君臨した。


「器は満たされた……屈服しろ、この姿を見たからには手加減しない」


 棺桶のような形をした純白の盾を左手に、フラガラッハを振りかざして白夜はラフィラを見下ろす。

 その圧倒的なまでの迫力に、ラフィラは思わず生唾を飲んだ。


「これがジブリールの、いえ……ジブリールとこの男の力……いいわ、叩き潰してあげる」


 ジブリールとラフィラのスペックはほぼ互角、白夜と契約しているジブリールの方が有利のように見えるが、実際の所はほとんどイーブンだ。

 ラフィラ・ルチルの能力、それは〈複製(コピー)〉だ。

 見たり触れたりしたものの形状を記憶し、その性能を限りなくオリジナルに近い状態で再現する。

 そして今ラフィラがコピーし保存しているのはフラガラッハとは別の、天界にあるトップクラスの神機。

 その名もマイスソード、英雄の柊も〈喚装〉の一種として用いているものだ。

 無論それもオリジナルを真似て造ったものだが、ラフィラはその本物に触れてマイスソードをコピーしている。

 柊のものとはスペックの次元が違うだろう。


「私の剣は神話を紡ぐ……出よ、マイスソード!!」


 白夜とジブリールの一体化と、ラフィラの持つ天使の秘宝。

 片や最強の天使、片や最凶の天使。保持する聖力の量も戦闘力も、他の天使とは比べ物にならない。

 そんな二人が戦うフィールドにしては、商店街はあまりにも狭すぎた。

 白夜が場所を移そうとしている意図が伝わったようで、ラフィラは一旦剣を納めて白夜と距離をとる。

 白夜はフラガラッハを逆手に持ち替えると、白い転移魔方陣を展開して商店街を後にした。


「白夜、大丈夫──いない……?」


『一歩遅かったらしいな、今さっき転移魔方陣が展開されたようだ』


 禁忌の天使対策の準備をしていたせいで遅れてしまったモノクロが、ようやく戦闘現場に到着した。

 だが時すでに遅し、二人はとっくに場所を移している。

 だが幸い白夜の使った転移魔方陣は魔力を流せば支配権を変更出来るようだった。

 モノクロは早速転移魔方陣の支配権を変更すると、白夜が転移した先へと自分も転移した。


「なかなかやるね、この僕と互角とは」


「当たり前よ、私は禁忌の天使。最強は私ってことを忘れないで」


 二人が転移した先は、天界のさらに上空に浮かぶ島だ。

 草の生い茂った地面と、無限に広がる大空。

 ここでならば空間の広さを思う存分使って戦える。


「これは……白夜、無事……?」


「モノクロちゃん、僕は無事だよ。君が一人で来たってことは、深影君はまだ戻ってきてないみたいだね。でも君がいるだけでも十分だよ」


「応援ね、でも関係ないわ。天界を救うにはジブリールの力が必要なの!」


「ああ、期待してもらってる所悪いけど、モノクロちゃんはあくまで観戦してるだけだよ。モノクロちゃんは万が一僕が負けた時の為の保険だから」


 わざわざ副エースの手を煩わせるまでもない。

 それにそもそも互角ならばフラガラッハを使う必要すらなかったのだ、一体化するだけでも十分。

 だがマイスソードなどと言う馬鹿げた天使の秘宝まで出されてしまっては、いやそれ以前に仲間が一人でも見ている前で無様に敗北するなど、出来るはずがない。


「理由なんて至極当然……負けたくねえんだよッ……!!」


(雰囲気が、変わった……? これは、来るッ……)


 速さなんて生温いものではない。

 まさに神速。たった一人だけ済む世界が違うような、時間の進み方が根本的に違う動き。

 水や雲が物理攻撃を無効化する液体ならば、風も同じく物理攻撃を無効化する気体だ。

 気体は時に溶け込み、時に吹き荒れ、時に切り裂く。

 気体は液体と違って目に見えず、見えないからこそ液体より鋭く、最大限に高まった時は最悪の災厄となる。

 そうそれこそが〈tutelary〉のリーダー、紅嶺 白夜の属性。

 万物を吹き飛ばす烈風、風属性こそ白夜の力の源だ。


「ありとあらゆる知識を取り込んで神を超えた僕の速さを、その身を以て体感しろ」


 あまりの速さで白夜の残像が分身しているように見える。

 おまけに分身が自我を持つように別々に攻撃してくるのだから、たまったものではない。

 本来のスピードと経験によるテクニック、毎日吸収している魔術が渾然一体となって白夜の戦闘力を飛躍的に押し上げている。

 さらにだめ押しと言わんばかりにジブリールと一体化し、初期ステータスまでもが生身の時より段違いに跳ね上がっている。


「神話の剣とやらの力はそんなものなのかい? 僕はまだ本気の半分も出してないよ」


「見くびらないで、今度はこちらの番よ!」


 ラフィラは白夜の分身が横一線に重なる刹那のタイミングを見抜き、爆発的な攻撃力のマイスソードを真横に振るう。

 ラフィラが使ったと言うこともあって、常軌を逸した破壊力が浮島を粉々に打ち砕いた。


「無茶苦茶だな、この浮島は僕のお気に入りのスポットなのに……」


 単純な攻撃力ならば〈soul brothers〉の和真といい勝負だ。

 休日何も考えずに昼寝したいと言う時に愛用していたこの昼寝スポットを、ラフィラの一撃がいとも簡単に打ち砕く。

 だがそれでもラフィラは止まることを知らず、他の浮島を巻き込んで白夜の逃げ道を潰していった。

 浮島は粉々になっても浮力を失うことはなく、白夜は砕けた浮島を縫うようにしてさらに加速していく。


「天界を救いたいって割には環境破壊も甚だしいね」


「知らないの? ここの浮島は一日もあればすぐに再構成されるのよ。だからここは天使の特訓場としても使われているわ」


「だから僕が昼寝してる時に限って騒がしいのか……まったく、困った天使様だね!」


 声に力が入るとともに、フラガラッハの一振りが浮島の残骸を吹き飛ばす。

 ラフィラも白夜に肉薄しそうなスピードで、正確無比に岩を避けていく。

 力任せな戦い方かと思いきや、テクニックを含めたすべてのステータスが非常に高い。

 そんなラフィラの天使としては異常なスペックに、白夜は表現出来ない違和感を感じていた。


『どうしたの白夜……? 精神状態が少しだけ乱れてる……』


「何て言うのかな、同族嫌悪? 無性に叩き潰したくなるね」


 ラフィラの手の内を探る為に逃げ回っていた白夜だが、突如急ブレーキを踏んで真逆に方向転換する。

 急停止による重力の負荷を軽減する為に体を捻り、背泳ぎのような体制で空中を蹴った。

 互いにアホみたいなスピードで飛行していたので、接触するまでにたったの一秒も要することはなかった。

 物理的な限界にぶち当たるほどの速度で衝突した二人、白夜は薪を叩き割るようにフラガラッハを降り下ろし、ラフィラはホームランをかっ飛ばすようにマイスソードを切り上げた。

 上下からぶつかった二振りの剣は共鳴し、雲を吹き飛ばし、莫大な衝撃を響かせる。


「……この僕と互角とは……君、やっぱり混ざってる(・・・・・)?」


「貴方こそ、私は因子だけど、貴方は血を飲んだみたいね」


「まあね、守護者でありながら守護すべき人の喉笛を噛み千切ろうとしたのは僕くらいのものさ」


 ドラゴンと人間のハーフでも、愛梨は魔王とはなり得なかった。

 堕天使と人間のハーフである優も、同じく魔王ではない。

 それは六種族と人間が交わった際に、魔王の因子が生まれるか生まれないかで決まる。

 ただ単に六種族と人間が混ざって魔王が生まれるならば、この世界はとっくに魔王で溢れている。

 だがそれでも限られているのは、魔王の力が万に一つの奇跡だからだ。

 六種族と人間の間に生まれた子供には、契約者としての潜在的な能力が約束される。

 その中でも異常なまでの力を持った六種族と、桁外れの素質を秘めた人間の間に生まれた子供が二方の力と素質を受け継ぎ、初めて魔王と言うステージの入り口に立てる。

 それでもまだ足りない。そこから突然変異するかどうかはまさに神のみぞ知る、だ。

 だがラフィラは創られた(・・・・)存在であり、白夜の両親は両方とも人間だ。

 つまり二人とも魔王の素質を持っているはずがない。

 しかしその力を持っていると言うことは、他人から奪ったに他ならない。


「君は誰から奪ったんだい?」


十六夜(いざよい) 月光(せれね)……以前まで私のパートナーだった子よ」


「……君はパートナーから可能性を奪ってまで天使を救いたかったのかい?」


「ええ、悪い? 自分の種族を守る為よ」


「僕にはもっと他の理由があるように見えるけどな……」


 もし天使を救いたいのならばその子と協力すればいいし、魔王の力が必要ならば尚更その子と協力する方が得策だ。

 何故奪う必要があったのか、パートナーを犠牲にしてまで。

 本当に救いたいのは果たして自分なのか、種族なのか。


「君も素直じゃないせいで苦労が絶えないね」


「貴方もね……そう言う貴方は誰から奪ったの?」


「魔王セイブル……僕のご主人様だよ」


 不遜に嗤うその眼差しから覗く、底知れないほど深い闇。

 ラフィラは自分の翼がもがれたかと錯覚するほどの恐怖を、白夜の瞳に覚えた。

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