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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第五章「戒めと身代わり」
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第二話『ground chain&cloud chain』

 梓乃が黒音のいる谷底から脱出してから三日後、梓乃は未だに全身をひしひしと痛みつける筋肉痛に涙を滲ませながら、璃斗のいる鉱山の奥地へと向かっていた。

 梓乃が特訓場として使っていた場所は鉱山の上空なので、遥香とフルーツを届ける前にも何度か訪れたことがある。

 洞窟のような鉱山は相変わらず空気は薄いし埃臭いし、お世辞にも住みやすい場所とは言えないが、最奥に住んでいる璃斗はむしろ住み心地がよさそうだった。

 梓乃はヴァジュラを杖代わりに鉱山の奥まで進み、そこでがむしゃらに走り回る璃斗を捕まえた。


「り、璃斗ちゃんっ……はあ、はあ……やっと捕まえた……」


「あらぁ、梓乃さんじゃないですかぁ。どうしたんですぅ?」


 少ししか走っていない梓乃が息を切らしているのに対し、璃斗はずっと走り回っているはずなのに息を切らしていない。

 これも黒音が言う慣れと言うやつか、梓乃には理解出来ないことだ。


「ふぃ……私ね、レーティングが終わったんだ。シルヴィアさんが璃斗のやつを作り終えたからって!」


「と言うことはぁ、遥香さんも自分のレーティングを作れたと言うことですねぇ」


「うん、シルヴィアさんも驚いてたよ。それじゃあ行こっか」


 遥香がレーティングを作るスキルを身につけたことで、これで二人同時にレーティングを施すことが可能となった。

 シルヴィアがドラゴンエンパイアに滞在出来るのは、残す所後八日間。

 遥香と璃斗がレーティングを施してそのレーティングが馴染み、一日余る。

 二人がレーティングを終えれば、残すは焔と黒音のみだ。

 エネルギー回路を動かせない璃斗と遥香を除き、黒音達は最後のスパートをかける。


「……これでレーティングを施せた。遥香、貴女は自分で出来る?」


「ん、やり方は見てきたから、大丈夫……アスモデウス、いい?」


『ええ、貴女を信じているわ。遥香、一つになりましょう』


 璃斗とアザゼルの胸に埋め込まれたレーティングは、徐々に二人の胸へと吸い込まれる。

 同じく遥香とアスモデウスをレーティングが繋ぎ、二人を引き寄せた。

 残り一週間でスパートをかけられないのは歯がゆいが、これも次のステージに上る為だ。


「エネルギー回路を動かせないだけでぇ、普通の運動なら問題なく行えますぅ。一緒にジョギングとかどうですかぁ?」


「ん、体力作りは必要……分かった、付き合うわ」


 ジャージに着替えた二人はヴィオレとともにそこら中を走り回り、シルヴィアは役目を終えたことですぐに爆睡した。

 これからはシルヴィアの役目を遥香がやってくれる。

 この力をどうするかは自由、シルヴィアは六人の未来が楽しみで仕方なかった。

 この六人は自分の与えた力の種を手に、一体どのように、どこまで進むのか。


「璃斗っ……全然、息切らさないっ……なんでっ……?」


「鍛え方ですよぉ。私の場合は下手に能力を高めるよりもぉ、自分の戦闘力を高めた方が手っ取り早いんですぅ」


「〈創造〉によるコピー……その戦闘力の底上げ……」


「その通りですぅ。〈tutelary〉の堕天使には可愛がってもらいましたからねぇ、今度は私が可愛がる番ですぅ」


 璃斗から滲み出る何とも言えない威圧感が、ただでさえ走って息の苦しい遥香の呼吸を妨げる。

 ここまでの威圧感はリミットブレイクした黒音以来だ。


「そう言えば知ってますかぁ? 私が特訓場として使っている〈無慈悲なる鉱山(グリムマイン)〉の奥地にはぁ、禁忌の真理と言う神機が眠っているらしいですよぉ」


「禁忌の真理……黒音のレーヴァテインと同じ……手に入るかどうかよりも……見てみたい……」


「そう言うと思いましたぁ。でもあそこはとても空気が薄いのでぇ、並の肺活量ではすぐに酸欠になってしまいますぅ」


「璃斗は見たことないの?」


「はいぃ、何度か挑戦しましたけどぉ、五分経ったくらいで息が持ちませんでしたぁ」


 ここに来てからそのグリムマインでずっと特訓していた璃斗でさえ、その奥地に行くことは許されない。

 酸素ボンベでも持っていけば話は別だろうが、忘れてはならない。

 ここは自然がすべてのドラゴンエンパイアだ。

 人間の科学が産み出したものなどがあるはずはない。


「どうしますぅ? ダメ元で挑戦しますかぁ?」


「私は死神、元より死んでる。なら酸素がなくても行ける、と思う……」


「では案内しますぅ。私も出来るだけ奥に行ってみますねぇ」


 グリムマインとは無慈悲なる鉱山、その奥地に眠るのは幾重もの戦を勝ち抜いてきた勇敢なる戦士達の英霊。

 戦乙女によって宮殿へと導かれた死後の楽園に眠りし戦士達により護られたその剣の名は、戦死した戦士の魂。

 大切な人を失い、非力にうちひしがれた時、その剣は終わりなき終わりと言う名の力を与えるだろう。


(何だか、今日の授業はつまらないな……)


 つまらないか楽しいかと言う観念で授業を受けると言うのもおかしな話だが、何故か今日は先生の話が頭に入ってこない。

 白夜はノートの端っこにイラストを描いて、パラパラ漫画を作っていた。


『白夜、絵が下手……』


(う、うるさいな、適当に描いたからだよ。拠点に飾ってある絵画を描いたのは他でもない僕だよ?)


『後から愛梨が手直ししたのを私は知ってる……』


(うぐっ……何故それを……確か愛梨ちゃんが絵を修正したのは夜中のはずなのに……)


『私は睡眠や食事を必要としない……だから常時起きてる……』


 淡々と白夜を撃破していくジブリールに、白夜は返す言葉もない。

 やがてシャーペンの芯が折れると同時に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「……今日は二人と一緒にお弁当を食べる気分じゃないな」


『愛梨と姫沙羅……?』


「うん、これは僕のせいなんだけどね……朝のことがあるから顔を会わせ辛いんだよ」


『朝のこと……ああ、そう言うこと……人間の思考は下らない……そんなことで悩んでも時間の無駄にしかならないのに……』


「それが人間のいい所さ。意味のないことで悩むことこそ人間の長所でありあり方だよ」


 悩むことに一般人も契約者も関係ない。

 それが例え最強クラスの契約者だったとしても、いやむしろトップクラスだからこそ仲間との距離が悩ましいのだ。

 強すぎる契約者は弱い者からすれば理解を拒まざろう得ないものだし、逆に強すぎる契約者からすれば弱い者の気持ちは理解出来ない。

 決して愛梨達が弱いと言うわけではないが、白夜はあまりにも強すぎる。

 微妙に違うが、タイプは深影と似ているだろう。


「でもね……下らないとは思わないけど、面倒くさいとは思うよ。そんなものがなければ、柵もないからね」


『大切だからこそ面倒くさい……? 変、でもそれは理解出来るかもしれない……』


 女子生徒の波をするりと通り抜け、白夜は愛梨が作ってくれた弁当を片手に中庭へと向かう。

 いっそのこと何もかもなくなってしまえばいいのに、そんなことを思い浮かべながら空を見上げる。


「ムカつくくらい真っ青だね……」


『晴天……暑いだけでメリットがない……』


「雨でジメジメしてるよりはマシかな。そうだジブリール、一度お弁当を食べてみないかい?」


『私に睡眠や食事は不要……なのに何故……?』


「食事はただ腹を満たす為だけのものじゃないよ。誰かが作ってくれたものは心を満たしてくれるものさ」


 と言っても、自分の場合は満たすべき心が壊れているのでもう何も感じはしないのだが。

 白夜はだし巻きを一口サイズに箸で割って、ジブリールの鼻に近づけてみる。

 ジブリールは何度か鼻を鳴らしてだし巻きを凝視した後、小さな口を開いてだし巻きを頬張った。


『……ん……美味しい……ただの卵焼きのはずなのに……こんな感覚は、初めて……』


「食事は気に入ったかい?」


『うん……非効率だけど……それが人間のいい所……』


「分かってるじゃないか、そうだよ。人間は無意味なことでもそれを自分の手で、または人の手を借りて実践することで成長する。その繰り返しこそが人生だよ」


 僕と同じく心の壊れたジブリールにも、少しでも人の心と言う温かさを感じてもらえば。

 白夜は珍しく戦闘以外のことに興味を示したジブリールの頬を撫で、まただし巻きを口元に差し出した。


『人間は……面白い……無駄でも、無意味でも、成長してる……白夜は、どうなの……?』


「僕かい? そうだなあ、少し停滞してるかもね。人はね、大切なものを失ったりすると立ち止まってしまうものなんだ」


『また動き出せる……?』


「勿論、現に僕は毎日魔術を学んで成長してるからね。いつまでも停滞してられないよ。そして……行き着く先が絶望だとしてもね……」


 白夜はジブリールの口の回りを綺麗に拭き取ると、弁当箱を片付けて中庭を後にした。

 今日の昼休みはジブリールの珍しい姿を見れて、少しだけ気が楽になった気がする。

 これでジブリールが少しでも女の子らしくなってくれればと願う白夜をよそに、ジブリールはお腹がいっぱいになって眠くなったのか、空中で体制を横にして眠り始めた。


「はは……君は自由だね、羨ましいよ。僕も早く自由になりたいな……」


「あ、あの、白夜さん……」


「ん、愛梨ちゃんじゃないか。どうしてここに? 姫沙羅君はどうしたんだい?」


「き、姫沙羅君は屋上にいます。その、白夜さんのことが心配になって……」


「優しいね、愛梨ちゃんは。でも姫沙羅君の所に戻ってあげた方がいいよ? ただでさえ僕と君の間には変な噂が流れてるからね」


 迷惑な話だ、とため息をつく白夜はベンチに腰かけると、うつむいたままの愛梨を隣に招いた。

 チームメートのメンタル管理もリーダーの立派な仕事だ、それが自分のせいで招いてしまったものだとすれば尚更。


「今朝の話を気にしてるのかい?」


「……はい……白夜さんが、その……親を……」


「気を使わなくていいよ。今朝言った通り、僕は間違ったことをしたと思ってないから後悔もしてないしね。確かに僕は親を殺したよ、それは事実だ。それが、どうしたの?」


「後悔してないって、本当なんですか?」


「まあね、これも言ったと思うけど、僕の親は死んで当然の存在だった。愛梨ちゃんは自分の親、カンナカムイに殺されそうになったらどうする?」


「そ、そんなの……」


「そんなのあるわけがない、確かにあくまでもしもの話だからね。でも僕の場合は現実だ。僕は実際に殺されかけた。自分の腹を痛めて産んだ子供を何の躊躇いもなく手にかけようとした母親を僕は殺したんだ。言いたくはないけど、あの人は人としてクズだった。だから殺した、それだけさ」


 悪びれる? 後悔する? 罪悪感が消えない? あの人に対してだけはそんなことは微塵も思わない。

 自分だって腹を痛めて産んでくれた母親を殺したのだから狂っているのは自覚しているが、妹や弟の命を危険に晒すくらいならむしろ正当な選択と言える。


「理解しろとも言わないし、仮に言ったとしても理解出来ないだろう? 僕も愛梨ちゃんと同じ立場ならそうだからね。もし僕をリーダーとして〈tutelary〉においておくのが危険だと思うなら、いまここで僕を殺してくれても構わない。僕を殺してくれるなら誰でもいいんだ。僕は早く楽になりたいからね」


「そんなことっ……出来るはずないじゃないですか……」


「優しい、君は優しすぎる。生まれてから誰も殺したことも、いや傷つけたこともないような君には理解出来ないよ。君は以前僕の願いについて聞いたよね。あれ、ほんとは嘘なんだ。確かに妹のことは守ってあげたいし、大切に思ってる。でも本当は……」


 どうしようもなく壊れてもう取り返しがつかない所まで来てしまった自分に、終止符を打ってくれる人を探している。

 妹を守りたいのは、そのついでのようなものだ。

 妹と弟の人生を狂わせておいて、我ながら身勝手な兄だと自覚している。


「もう姫沙羅君の所に戻ってあげなよ。僕といてもいいことなんてないよ」


「……私は白夜さんのこと……信じてますから……」


 顔を伏せて中庭を走り去る愛梨の後ろ姿を眺め、白夜は少し意地悪そうに吹き出した。

 手のひらで顔を覆い、ジョークがウケたかのように不気味に笑い出す。


「ははっ……あははっ……バカだな君は……何を信じるって言うんだい? 親を殺した張本人が、そうだと認めているのに、今更何を信じるんだい? 壊れたものは直らないし、狂った歯車はもう止まらない。なのに……ふ、ふふ……何が……何が信じるだッ……!!」


 白夜が苛立ちに任せて蹴り飛ばしたベンチは、地面に固定してある金具もろとも引き剥がして近くの苗木へと激突した。

 苗木に激突したベンチは粉々に砕け散り、ベンチをぶつけられた苗木も枝がへし折れて根元から地面に倒れてしまう。

 土埃が舞う中庭で、何事かと生徒や先生が集まり出す前に白夜は転移魔方陣でその場から消え去った。


「ここが……グリムマイン……何だか、息苦しい……」


「初めて来るとぉ、鉱山が迫ってきそうな迫力がありますよねぇ。入り口はもうすぐですよぉ」


 足場の優れない所はヴィオレの住んでいたシュートゾーンによく似ているが、酸素の濃度で言えば比べ物にならない。

 別に暑くもないのに身体中にうっすらと汗が浮かび、呼吸が荒くなる。


「ここですぅ、ここからは意識を強く保つようにしてくださぁい。少しでも気を抜けばすぐに酸欠で気絶しますからぁ」


 つまりは璃斗も初めてここに入った頃は、酸欠と気絶を繰り返してアザゼルに助けてもらったと言うことだ。

 遥香は死神の可能性を信じ、鉱山の中に足を踏み入れた。


「かふッ……!? な、空気が、一気に……」


「呼吸法を変えればそれほど苦しくないですよぉ。まず鳩尾の部分を張ってぇ、喉を広げるイメージを持って息を吸ってみてくださぁい」


「鳩尾を張って……喉を広げ……あ、ちょっと楽に……」


「呼吸法を改めた所でぇ、早速奥に進んでみましょうかぁ」


 璃斗の右手にはキャンプ用のライトが携えられており、遥香は璃斗に手を引かれるがまま洞窟の奥へと進んだ。

 二人の進むグリムマインの洞窟は璃斗のライトがなければ、二メートル先すら見えない。


「璃斗、本当にここで特訓してたの……? こんな所で出来るとは思えないけど……」


「昨日までは零力を使って照らしてたんですけどぉ、今は使えないので仕方ないですぅ」


 零力が使えた時はその零力で辺りを照らすことが出来たが、今はレーティングを施したばかりでエネルギー回路を動かせない。

 その為、本来ならば十メートル先でも簡単に照らせたものを、今はちまちまとライトなどで照らさなければならない。


「あ、遥香さぁん、ここからさらに空気が薄くなりますからぁ、注意してくださいねぇ」


「う、ぐ……で、でも、大丈夫……まだ、行ける……!」


(頑張り屋さんですねぇ、でも……辛くなるのはここからですよぉ)


 何故か少し楽しそうに洞窟の奥へと進む璃斗。

 そんな璃斗に不安を抱きながらも、遥香は暗い鉱山の歩みを進めていった。

 しばらく進み、徐々に薄い酸素にも馴れてきた頃、少し壁の色が変化し始めたように見えた。

 灰色だった壁は黄土色へと変化し、通路も少しだけだが広くなったように感じる。


「あぁ、ここの壁が黄ばんでいるのは私が特訓で使ってたからですよぉ」


「じゃ、じゃあ幅が広くなったように感じたのも……」


「壁を蹴ったりしたからでしょうねぇ」


 ちょっとでも禁忌の真理に近づけたのかと期待した遥香の心を、何のことかと打ち砕く璃斗。

 だが璃斗は悪びれる様子もなく、むしろ楽しそうに洞窟を進んでいる。

 流石にここで特訓していただけはある、体力や肺活量は段違いに高い。

 遥香が激しい運動をした後のように息を荒げているのに対し、璃斗は未だに余裕綽々と言った様子だ。


「もうすぐで広い場所に出ますぅ。そこがいつも特訓に使っている場所なんですよぉ」


「酸素の、量は……?」


「無論低下しますよぉ。奥にいけば奥にいくほど酸素は少なくなりますぅ。でもこの過酷なフィールドで特訓するといとも簡単に身体能力が上がるんですよぉ。はぃ、ここが私の特訓場よぉ」


 璃斗は左手にかけていた鞄の中から四つほどろうそく立てを取りだし、それを部屋の端に並べていく。

 最後に太めのフックを金槌で天井に打ち込み、持っていたライトを引っ掻けた。


「手慣れてる……いつもは零力を使ってるって言ってたのに……」


「どんな形であれぇ、零力が使えなくなることは予想してましたからぁ。それにぃ、私は食べ物が調達出来る場所ならどこででも生きていけますよぉ」


 璃斗の鞄から次々と現れてくる、缶ジュースやビーフジャーキーなどの食料。

 保存もきいて栄養価の高いものをチョイスしている所を見ると、璃斗の言っていることは本当らしい。


「ここより奥は私でもまだ探索中、つまり未踏の地ですぅ。だからしっかりと栄養をとって体力を回復しておきましょう」


「ん、分かった。はむっ……」


 ビーフジャーキーを千切ると、半分を口を開けて待つヴィオレに放り込む。

 遥香の頭の上でビーフジャーキーを味わったヴィオレは、遥香の長い髪を布団代わりにして眠り始めた。

 一体どんなシャンプーやトリートメントを使ったら、ここまで長く多くなるのか璃斗は不思議でならなかった。


「バカなこと言いますけどぉ、遥香さんは髪の毛が本体みたいですねぇ」


「ん、小さい頃髪の毛お化けって言われたことある……でも嫌じゃなかったりする……この髪、気に入ってるから」


 貴女の髪は春に開花するアネモネのようで、儚く散る花のように切ない。

 いつか、誰かにそんなことを言われたことがある。

 誰かは思い出せないが、大切な人だったような気はする。


『かう……? 遥香、奥、何かいる……』


「ヴィオレ……? 何かって、何が……?」


「この奥に誰かいるんですかぁ? ここは毎日私が特訓に使ってましたからぁ、誰かが入り浸っているなら気づくはずですけどぉ」


「でもヴィオレのセンサーは一級品……璃斗、気を付けて」


 遥香はアダマスに最低限の魔力を送り、いつでも攻撃出来るようにエネルギーチャージを済ませる。

 あまり高い威力で放てばこのグリムマインが崩壊しかねないし、かといって弱すぎると奇襲にならない。

 鉱山の洞窟が崩壊しないギリギリの威力を維持しつつ、遥香は呼吸を整えた。


「……今です……!」


 璃斗のずば抜けた反射神経が何かの気配を感じとり、遥香に合図を送る。

 遥香は通路へ向かって十発もの斬撃を放ち、だめ押しとばかりにヴィオレが咆哮を打ち出した。

 紫の嵐はただでさえ狭い通路を埋め尽くし、無数の爆発が連続で洞窟を揺るがせる。


「この洞窟に逃げ場はありません……黒音さん達もそれぞれの場所で特訓しているのでここには来ません……となれば……」


「っ……仕留め……られなかった……?」


 手応えはあった、だがいつもと感覚が違う。

 アダマスの斬撃とヴィオレの咆哮を、受け止めた?

 どうなったかは分からないが、少なくともこれで終わりではないことは確かだ。


「璃斗、気を付けて……まだ、終わってない……」


「そのようですねぇ、出てきたらどうですかぁ?」


「あいたたた……まさかいきなり攻撃してくるなんて、酷くない?」


 二人が向かうべき進行方向の通路より現れたのは、同い年くらいの少女だった。

 曇りのないブラウンの瞳の奥には不規則な文字のようなものが描かれており、ミルクティカラーのミディアムヘアには少し癖っ毛が混じっている。

 ここにいる時点で契約者と言うことは確定しているが、意外にも遥香はすぐにアダマスを引っ込めてヴィオレを頭の上に乗せた。

 セフィロト、ゼフィーロギアの時とはまったく違う、遥香が信用に値すると判断した契約者だ。


「ごめんなさい……以前とても危険なドラゴンと遭遇したから、つい……」


「あー、その経験私もあるよ。それなら仕方ないかな。私は栄月(さかつき) 刹那(せつな)だよ。あなた達はどうしてこんなとこに?」


「私は紫闇騎 遥香、ここの奥にあるって言う禁忌の真理を見に来た。そう言うあなたは?」


「私もそんなとこだよ。でもここから先は極端に酸素が薄いから特殊な魔術がないと進めないんだ。よければ私がその魔術を展開してあげるよ?」


 あまりにも親切すぎる。遥香が初対面の契約者を信じ切っているのもおかしい。

 相手が誰だか知らなかったとは言え、こちらは故意で攻撃したと言うのに。


「遥香さぁん、大丈夫ですかぁ?」


「ん、この人は信頼出来る人、確信してる……刹那、お願いしたい」


「おっけ、この魔術は外の酸素を自分の回りに転送するものなんだ。私が開発したんだよ」


 戦士の眠る〈宮殿(ヴァルハラ)〉と呼ばれるグリムマインの奥地に行く為だけに作り上げた、特殊な転移魔方陣。

 これは人を転移させる為のものではなく、酸素や霧と言った実体のないものを転移させるものだ。

 遥香と璃斗の瞳に施されたのは、刹那の瞳にも浮き上がっている不規則な文字の魔方陣。

 二人の瞳から放たれる微弱なエネルギーが、実体となって二人の回りに光のサークルを描いた。

 するとサークルの中にいる二人に外と変わらないだけの酸素が行き届き、二人の肺にかかった負担が一気に解消される。


「本当に酸素が……すごいですねぇ、あなたは何者なんですかぁ?」


「私はソロモン七十二柱が一人、序列三十七位の悪魔だよ。じゃ、家で弟が待ってるから私はこれで帰るね。ばいばい!」


 建築や構築に優れた序列三十七位の悪魔マルファスの名を名乗り、刹那と言う少女は魔方陣を通って二人の前から消失した。

 六種族最弱とバカにされがちな悪魔だが、黒音や四大チームのリーダーのように悪魔には優秀な人材が集まりやすいようだ。


「ただいま、結斗ゆいと。今夕飯作るからね」


「おかえり姉さん、急がなくていいから。そう言えばどこ行ってたんだ?」


「うん、友達と遊んでたの。今度結斗も連れてってあげるね」


 ドラゴンエンパイアより帰宅した刹那は、玄関から帰ってきたように装ってリビングに入る。

 そこでは愛しい弟が、丁度部屋の掃除を終えて出迎えてくれた。

 この子には契約者の世界など知らないまま、普通の男の子として生きてほしい。

 誰かの幸せの為に尽力し、誰よりも健やかに笑い、いつも誰かに囲まれて笑顔の中心にいるこの子を汚したくない。

 私は"高貴なる三人"の一人として、この子の笑顔を守る。


「結斗、おっきくなるんだぞー♪」


「ちょ、姉さんっ……激しく撫ですぎっ……それに、もうちょっとで俺の方が身長越えるんだからな?」


「うん、そだね。早くお姉ちゃんよりもおっきくなってよ」


 刹那から貰った酸素供給魔術を使い、刹那が通ってきた通路を進む二人。

 人が一人通るのが限界の通路を十メートルくらい進むと、壁に魔術の文字が刻まれた壁画がちらほらと見えてくるようになってきた。

 アダマスと知識や戦闘データを共有した遥香は何が書いてあるかをあらかた読めるが、璃斗にいたってはただの模様でしかなかった。


「遥香さん、そろそろ……」


「ん、神機の反応……もうすぐ、着く……」


 埃臭い洞窟とはもうおさらば、そろそろ目的地に到着するようだ。

 遥香は壁画の文字を読み取ることを中断し、最奥へと駆ける。

 以前ヒルデ・グリムが祀られていた氷山の祭壇にも似た、石の祭壇が二人の目に飛び込んできた。

 何とも言いがたい威圧感、酸素の濃度とはまた違った息苦しさが二人を襲う中、二人はゆっくりと祭壇に近づく。


「これが……禁忌の真理、ですか……」


「確かに、レーヴァテインと似た雰囲気を感じる……」


 意思の祭壇に祀られていたのは、祭壇と同化して石のように錆びた一振りの剣だった。

 形や大きさからすると、両手で振るうツーハンデッドソードと言ったところか。

 刀身と柄の付け根には、尖ったハートの形をした頭蓋骨のパーツが取り付けられている。

 二人からして正面の壁には〈einherjar〉と言う文字が刻まれていた。


「エイン・ハージャー……変な名前ですねぇ」


「違う、これは多分……エインへリアル……古ノルド語で"戦死した勇者の魂"って意味……」


「よくご存じですねぇ、それもアダマスさんの知識ですかぁ?」


「ううん、レーヴァテインの仕組みについて調べてたら偶然この名前が出てきた。だからちょっとだけ調べてた」


 他の神機と連結する神機など、前代未聞すぎて想像すらしたことがなかった。

 それに興味を持って柊の本棚を漁りまくっていた知識が、ここで役に立ったのだ。


「でもこの子、死んでる……」


「確かにぃ、本来損傷すれば自己修復するはずの神機が錆びたままなんてぇ、それしか考えられませんよねぇ」


 死んでいると分かっているのに、眠っているわけではないと理解しているのに、触れてはならないと言う気がしてならない。

 指一本でも触れてしまえばどこかに引き込まれてしまう、そんな気配に満ちていた。

 二人はエインへリアルの亡骸に手を合わせた後、転移魔方陣を用いてグリムマインの最奥を後にした。

 璃斗は久しぶりに吸う外の空気をめいいっぱい体に取り込み、遥香はジャージについた埃を払う。


「禁忌の真理を間近で見られたなんてぇ、貴重な体験でしたねぇ」


「ん、ちょっとだけ黒音のレーヴァテインに近づけた気がする」


 璃斗に二本の缶ジュースと少しの食料を持たせてもらった遥香は、ヴィオレの背に腰かけて璃斗に手を振る。

 ヴィオレとともにグリムマインを後にする遥香を見送ると、璃斗は再びジョギングに戻った。


「おい紅嶺……紅嶺、聞いてるのか?」


「あ、はい……すみません……」


 一般人である学校の生徒ですら気づくほど、白夜の様子はおかしかった。

 いつもの白夜ならば授業が上の空なんてことはあり得ないし、爽やかに問題を解いているはずだ。

 だが白夜はため息ばかりで、とてもまともな精神状態とは思えない。


「どうしちゃったんだろうね、僕は……」


『疲れてるなら休んだ方がいい……このままだと……』


「分かってるんだけどね。ほら僕、生徒会長だからさ。ちょっと体調崩したからって休むと示しがつかないんだよね」


『でも……ここ最近の白夜は……おかしい……』


「自覚してるよ、本当におかしいね。ちょっと自分の過去や目的を仲間に明かしただけで、こんなに動揺するなんて……これじゃあ焔のことを守ってあげられないよ」


 〈tutelary〉のリーダーと学校の生徒会長、二足のわらじを完璧にこなそうと無理をしてきた反動が今更になって襲ってきたのだ。

 だが生徒会のメンバーにもチームメートにも、日頃のストレスごときで迷惑をかけるわけにはいかない。

 どれだけ苦しかろうが自分で選んだ道だ。後悔はないし、あったとしてもしてはならない。


「あ、おかえりなさい白夜さん。……少し、顔色悪いですよ?」


「ただいま愛梨ちゃん。気のせいだよ、僕はこんな顔さ。それより、今日の夕飯は何かな?」


「久しぶりの日本食で、焼き魚の定食です。もうすぐ出来ますから、手洗いを済ませて広間に行っててください」


 いつもチームを支えてくれるムードメーカーの愛梨、エプロン姿の似合う大和撫子だ。

 この子がいるから〈tutelary〉は機能することが出来る。


「あ、白夜ちゃんおかえり!」


「おかえりなさい、白夜さん……」


 チームのマスコット担当のコロナと優、守ってあげたくなる可愛らしい二人だ。

 疲れた時、いつもこの無邪気な笑顔に支えられる。


「白夜……新しい魔術を見つけた……食事が終わった後、研究室に来て……」


 チームの技術、衛生管理を担当しているモノクロ、この子は影のリーダーと言っても過言ではない。

 この子がいなければまず〈tutelary〉は四大チームの一つには数えられていない。


「ふん……遅いぞ。貴様を待っていたせいで夕飯の時間が遅れた。どう責任をとってくれるこのクソ野郎め」


 不知火 深影、僕にもしものことがあった時、〈tutelary〉の皆を護り先導してくれる唯一無二の存在。

 いつもは僕だけにとことん冷たく当たってくるが、本当は互いに実力を認め合っているからこそ敵意を向けられている。

 ライバルの一人として、認められているから。


「ねえ深影君、君はくだらないってはね除けるかもしれないけど……僕ね、今とても情緒不安定なんだ。どうしたらいいか、分からないんだよね。皆とどう接していいのか、分からないんだ」


「……やはりくだらん。貴様はいつも通りの鬱陶しい貴様でいればいい。いつも通りにヘラヘラ笑い、適当に愛想を振り撒いていればいい」


「ふふ……君にしては優しい返答だね、ありがとう。僕ってさ、立場上何でも自由に出来ないでしょ? すると自然とストレスが溜まるんだよ」


「貴様でもストレスは溜まるんだな。むしろストレスに失礼だと言いたいが……今回だけは言わないでおいてやる」


 ここ最近の白夜の様子がおかしいことは深影も気づいていた。

 別にこのクソ憎たらしい野郎がどうなろうが知ったことではないが、そのせいで愛梨達に何かしらの影響が出ることはよろしくない。

 〈avenger〉との、黒音との決戦が近い今、少しでもチームのリズムを崩したくないのだ。


「……貴様が何で悩んでいるのかは大方分かる。だがな、考えすぎるな。所詮は貴様も人と言うことだ。苦しくなればみっともなく頼れ」


「誰かに……頼る、か……そうだね、ちょっと抱えすぎたかな……はは……まさか君に励まされる日が来るなんてね」


「ふざけるな、蜂の巣にするぞ。リーダーの貴様がそんな調子ではチームが乱れるからだ」


「お待たせしました、どうぞ食べてください」


 愛梨が運んできてくれた料理に、コロナよりも早く飛びつく白夜。

 今まで自分の肩にのし掛かっていた重圧が、一気に軽くなったようだ。

 今までだって何度もチームメートを頼ってきたのだから、こんな時だって頼ってしまえばいい。

 今更遠慮し合うほどの付き合いではないのだから。


「いやあ愛梨ちゃんのご飯は本当に美味しいね」


「白夜さん、少し表情が和らぎましたね」


「そうかい? 僕はいつもこんな顔さ。そうだ、明日は学校休みだし、コロナちゃん達と遊ぼっかな」


「ふえ、いいのっ?」


「でも、魔術の研究は……?」


「僕は研究してるんじゃなくて学んでるんだよ。一日くらい休んだってどうってことないさ。明日は一日、二人の遊びに混ぜてもらうよ」


「やったぁっ! 久しぶりに白夜ちゃんと遊べるよっ!」


「お出かけもしたい……行き先考えとこ……♪」


 考え込んだ所でどうせ行き詰まることは分かりきっている。

 ならば今は悩むよりもやると決めたこと、やれることだけをやるしかない。

 白夜は自分の側で居眠りしているジブリールの頬に、そっと手のひらを重ねた。


「貴女に平穏は許されない……それが禁じられた我らの宿命なんだから……」


 夜空に浮かぶ満月が不気味に大きく見える夜、白夜達のいる煉瓦で作られた別荘のような拠点を遥か上空から見下ろす翼。

 夜に浮き上がる禁じられた翼は、月の光を遮り闇を落した。

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