~angel of taboo~
僕達の運命は始めから決まっていたのかも知れない。
僕が初めて彼女を意識出来たのは、小学生の高学年に上がった頃だった。
助けて、助けて、とどこからか声が聞こえてきたのだ。だが目を覚ませばそこは見慣れた自分の部屋。
変な夢だと思いながらも気にしないようにしていたが、その夢は毎日のように続いた。
助けて、ここから出して、と少女の弱々しい声が一晩中頭の中に響き渡る。
そして初めて彼女と面と向かって話をしたのは、中学生になった頃だ。
「ねえ焔、茜、二人は天使って信じる?」
「天使がいるかって? いきなりどーしたんだよ?」
「私は信じるかな……私ね、よく夢に見るんだ。赤い髪で、白くて大きい羽の生えた女の人が、私を抱き締めてくれる夢……」
「俺は見ないかな……あ、でも真っ赤なでっかい鳥の夢なら見るぜ。全身が真っ赤に燃えてた」
「僕はね、本当に見たことがあるんだ。その子はいつも悲しそうな顔をしてるんだ。まあまだ話したこともないんだけどね」
その夜、僕は夢の中で初めて彼女と言葉を交わした。
無数の鎖に繋がれ、何重にも閉ざされた門の奥、膝を抱えて泣き続ける少女に、僕は声をかけた。
どうして泣いているの? 彼女は涙に濡れた顔をあげることなく、微かに震えた声で返してきた。
独りぼっちだから、と返答してきた彼女。
誰が彼女をこんな所に閉じ込めたのか、どうして彼女がこんな所に閉じ込められているのか。
そんなことはどうでもよかった。とにかく彼女を助け出してあげたかった。
でも僕にはそんな力も知恵もなくて、そもそもこれは夢で。
彼女の悲しさを紛らわせる為に、お話をしてあげることしか出来なかった。
だから僕は暇さえあれば居眠りをして彼女に会いに行った。
『白夜、私をここから出してほしい……』
『でも僕には、君に何もしてあげられない……』
『大丈夫……簡単だから……私と契約して……そうしたらあなたに……真実を教えてあげる……』
『契約……? 契約って、どんなことを?』
『するかしないか……答えて……この選択であなたの運命は変わる……何も知らないまま絶望を味わうか……すべてを知って神の視点に立つか……どっちがいい……?』
儚い天使のようだった彼女が、悪魔のように残酷な選択を課せてきた。
僕にはどちらが正しいかなんて分からない。でも彼女を助け出せる方法が一つでもあるのなら、それを試さずにはいられなかった。
『分かった……君を助けられるなら、契約するよ』
『ありがとう……あなたならそう答えてくれると思った……約束通り、あなたに真実を教えてあげる……』
その真実を聞いた後日、僕は実の母親をこの手にかけた。
僕は彼女と、禁忌の天使ジブリールと契約してから一人で天界へ乗り込み、ジブリールの封印を解除してジブリールよりフラガラッハを受け取った。
何も知らないまま絶望を味わっていた方がよかったかもしれない。
だがすべてを知ってしまった時点で、もう目を瞑ることは出来ない。
どんなに嫌われようとも、恨まれようとも、僕は二人を守らなければならない。ならなくなった。
それが真実を知った代償ならば、僕は甘んじてそれを受け入れる。
「白夜さん、起きてください。お疲れかもしれませんが、今日も学校ですよ」
「う……ん……ふわぁ……おはよ……」
「珍しいですね、白夜さんがすぐに起きるなんて……」
「昨日、焔のいるチームがもうすぐ挑みに来るって宣言してきたでしょ? それが嬉しくて、何だか目が覚めちゃったんだ」
毎朝マイペースな僕を起こしに来てくれる〈tutelary〉の縁の下の力持ち。
いつからか朝早くに自力で起きることが出来なくなった僕を、愛梨ちゃんが起こしてくれる。
これが僕の一日の始まり。ジブリールはもうとっくにガーデンのお世話に行って、未だに寝室にいるのは僕だけ。
最近は仲間に対して無関心だった深影君が、毎朝早くに集合している。
僕も早く急がないと、コロナちゃん達にまた料理が冷めたと怒られてしまう。
僕は愛梨ちゃんが用意してくれたカッターシャツの袖に腕を通し、学生服へと着替える。
愛梨ちゃんが襟やネクタイを直してくれると、僕は皆のいる広間へと向かった。
「やあ皆、おはよう」
「あ、白夜ちゃんやっと来たね」
「今日はまだ早い方、かも……」
「どっちにしろ待たされたことには変わりない。とっとと席につけ」
相変わらず手厳しい深影君に促されながら、僕はいつもの席に腰を下ろす。
今日の朝食はエッグベネティクトとサラダだ。
よくもまあ忙しい朝にこんな手間のかかる料理が作れるなと、僕はただ感心するしかない。
彼女をなくして〈tutelary〉はまず機能しないだろう。
「そう言えば深影君、深陽さんは一人にしておいて大丈夫なのかい?」
「問題ない。俺の姉貴はどうやら黄泉の死神に取り憑かれてしまったようだからな」
「でもまさか本当にイザナミを目にする日がくるなんて、驚きでした」
主神クラスの神を目にすることは、言うまでもなくほとんどないに等しい。
主神の仕事は玉座にふんぞり返って他の神のようすを眺めていることくらいなので、ほとんど人間界などに訪れることはないからだ。
「どうせなら深陽さんも連れてきてあげればよかったのに」
「確かに一人でいさせると危険だな……何をやらかすか分からん」
「そう言うことじゃないんだけどな……そう言えば愛梨ちゃん、姫沙羅君とは上手く行ってるのかい?」
愛梨と深影は思わず飲んでいた紅茶を盛大に吹き出し、目に涙を浮かべて咳き込む。
白夜にしてみれば何気なく聞いただけだったのだが、愛梨は顔を真っ赤にして、深影は殺気を剥き出しにして白夜を睨みつけた。
「き、姫沙羅君とは仲良くしていますけどっ……な、何でいきなり姫沙羅君を持ち出すんですかっ」
「き、貴様、本当に頭を撃ち抜くぞ? アイツは愛梨を守っているだけで、そんな関係じゃないだろう?」
「そんな必死にならなくてもいいじゃないか。まるで二人は恋人同士だね」
自然と人の反感を買っていくスタイルなのに、何故か学校では貴公子と呼ばれ生徒会長が務まっている。
今回ばかりはそれが不思議でならなかった。
「そう言う貴様は恋人はいないのか?」
「僕かい? 僕は妹と弟がいれば十分だからね」
「だが、その妹には随分恨まれているようだったが?」
「そりゃそうだよ、僕が親を殺した所をあの子は目の前で見ちゃったんだからね。恨まない方がおかしいよ」
狂っている。狂っていない契約者などいないが、白夜の場合は異常なほどに狂っている。
自らの手で親を殺したことに何の重みも感じず、へらへらと笑い話にする。
深影とは正反対、人の命の重さをそもそも知らない。
「でも僕は間違ったことをしたとは思ってないよ。死ぬべき人を僕が裁いただけだからね。天使は神の代行。なら神の所業を代わって行っても、間違ってはいないはずだ」
「……やはり貴様を理解することは出来ん。貴様は俺がもっとも嫌う存在だからな」
「君には理解出来ないかな。でもね、僕と同じ過去を辿ったのなら、君も僕と同じ選択をするよ」
「俺は誰かに与えられた選択肢など選ばない。選択とは自分で選び決めるから選択なのだ。人に与えられた時点で、それはもう可能性を持たない」
どちらも決して間違ったことは言っていない。
だがやはり白夜の辿ってきた過去を知らない一同は、深影に同調せざろう得なかった。
だが白夜は何事もなかったかのように鞄を持ち、白い転移魔方陣を展開する。
「今日も美味しかったよ、ご馳走さま。じゃあ僕は先に行くね」
「は、はい……私も後から行きますね」
皆には理解出来ない、それは仕方ないことだ。
自分でもおかしいと思っているし、狂っていると理解している。
しかしそれは普通ならばの話だ。
殺さなければ殺される、そんな極限状態で人徳がどうのこうのと綺麗事を並べられるバカはいない。
だから僕は殺した、実の母親を。
間違っていると分かっても仕方なかった。だから自分では裁けない罪を、僕は妹と弟に託した。
「僕は神の視点にて君達を待つ。早く僕を殺しに来てね」




