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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第四章「過去と運命」
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第五章『yomotsu ookami』

「ティソーナの特性で、アイゼルネを消滅させる」


 その一言を聞いた瞬間、黒音は自分が思っていた以上の無茶をする奴だと共感を込めて笑顔を浮かべたが、常に確実性ばかり求めて技術を磨いてきた深影にとって、それはあまりにも無謀な方法だった。

 いくら禁忌の心理の一つとは言え、ティソーナが一度に消滅させられる規模には限度がある。

 まず使用者が注いだエネルギーに比例して特性を発動させるのは他の神機とも同じだが、ティソーナは少量のエネルギーでは特性を発動してくれない。

 つまりティソーナは一定以上までエネルギーをチャージしないと、特性を発揮出来ないと言う短所がある。

 絶対的な能力と可能性を無限に秘めている為に、その対価もとてつもなく重いと言うことだ。

 だが問題はそれではない。ティソーナは使用者によって発揮出来る力の限度が決まると言う点にある。

 

「姉貴、確かにティソーナには無限の可能性があるが、あんたはその可能性を伸ばし切れるだけの器じゃない」


「じゃあやっぱり、無理なのかな……ひっく……ふええ……っ」


「な、泣くことはないだろう!? な、何とかしてやる。だから泣き止め……」


「「あーあ、泣かせた」」


 呆れたような半眼をした全員の視線が、一斉に深影へと突き刺さる。

 愛梨でさえも見方をしてくれる気配はなく、深影にしては珍しくおどおどした様子で深陽をなだめた。

 だがどんな言葉をかけていいのかも分からない深影では、気の利いた言葉の一つもかけてやることが出来ない。

 そんな深影を押し退けると、黒音は深陽の頭に手をおいて、


「そんな悲しそうな顔すんなよ。可能性がないわけじゃねえ。そのティソーナを俺に貸してくれないか?」


「ひくっ……ふえ……この子を、あなたに?」


「ああ、もしかしたら俺の魔力があれば、ティソーナの性能を限界近くまで引き伸ばせると思うんだ。それに今の俺は五人分の力を吸収してそれを深影にコントロールしてもらってる。今なら行けると思う。どうだ?」


「アイゼルネを楽にしてあげられるなら……この子を使ってあげてください」


 深陽は少し複雑な表情でティソーナを見つめたが、その感情を圧し殺して黒音へと手渡した。

 黒音の右手にずっしりとのし掛かる、深陽の想いがこもったティソーナ。

 黒音は今自分が持っているすべての鍵を取り出したが、どれも反応を示さない。

 それ以前に、さきほどの無茶な〈五門解錠〉のせいでほとんどの鍵が使用不可能になっている。

 だがラッキーなことに、ティソーナが反応を示した鍵は、無属性であるファーストキーだった。


「ティソーナは無属性か……行けるかどうかは分からねえけど、やってみるしかねえよな……」


『支配者、ティソーナを私に、私の盾に差し込んでください。そしてファーストキーで〈解錠〉すれば、他の鍵と同じように力が使えるはずです』


「なるほどな。よし、行くぞティソーナ、レーヴァテイン!」


 黒音は本来レーヴァテインの剣を差し込む盾の装填部に、ティソーナを差し込む。

 そして一番最初の鍵穴に一番最初の鍵を差し込み、同時にレーヴァテインとティソーナにありったけの魔力を注ぎ込んだ。


「九つの門に封じられし天剣、戦け……〈解錠〉……!!」


 黒音が空高くレーヴァテインを放り投げると、レーヴァテインは銀色の輪を描いてその刀身を散らした。

 白銀の花びらと貸して散ったレーヴァテインの剣は、銀色の吹雪を放ってそのボディを再構成していく。

 レーヴァテインの吹雪に巻き込まれた漆黒の甲冑は、眩いほどの光を放って白銀へと姿を変えた。

 凄まじいまでに黒音の魔力が跳ね上がり、レーヴァテインの盾の中でティソーナが脈動し始める。


「銀の門……〈虚の十字架(クローチェ)〉……終わりなき終わりへと誘え……!!」


「これが、レーヴァテインの……いや今の貴様の力と言うわけか」


「力がみなぎる……これが禁忌の心理を二つ宿した力なんだな……」


「アイゼルネのことお願いするね、黒音くん」


「任せろ、アイゼルネは俺が必ず救ってやる」


 再構成されたレーヴァテインの剣は、ティソーナの力と融合してさらに美しく変貌していた。

 透き通るような翼の形をしたプロテクターは一回り大きくなって一段と輝きを増し、鏡と見違えるほど麗しい刀身はダイヤモンドのように光を反射する。

 黒音は変貌を遂げたレーヴァテインの剣を左手に、レーヴァテインの盾に差し込まれたティソーナを右手で引き抜いた。

 微かに鉄同士が擦れる重々しい音ととともに露となったティソーナの刀身は、レーヴァテインの輝きを受けて底が見える湖のように透き通っている。


『私ハ、ハカイ者ダ……万物ヲ拷問シッ、苦シメル……ッ』


「女神ともあろうお前が、しっかりしろよ」


『ウル……ザイッ……オマエ、にッ……何ガッ……分カルッ……』


「俺も一度、お前みたいに暴走したことがある。自分の命が危なくて、負けたくない一心で掴みとった力だ。でもその時の俺には余りすぎた力だった。お前だってそうなんだろ?」


『違ウッ……ワダジ、ニハッ……余ッたチカラデハ、ナイッ……!!』


「そうか? 俺にはお前が力に溺れてるように見えるぜ?」


『黙レェエッ!! ワタシト貴様ハ違ウッ!!』


 アイゼルネが殴る動作をすると、それに伴って下部のボディから巨大な腕が突き出してきた。

 本体であるアイゼルネが動作を行えば、それを下部の世界樹が代わりに行ってくれるらしい。

 世界樹から伸びてきた特大の拳を、黒音はレーヴァテインとティソーナをぶつけて反らした。

 黒音のすぐそばを突き抜ける拳の表面は、得体の知れない黒い何かが蠢いている。


「そんなモンなのか? 図体だけなのかって聞いてんだよ」


 アイゼルネが世界樹の腕を引っ込めるよりも早く、黒音はレーヴァテインとティソーナを振り下ろしていとも簡単に腕を切り落とす。

 落雷にも近いつんざくような悲鳴の後、世界樹から伸びる腕が地面に落ちて大きな地響きを起こした。


『ヨグモッ……ワダジノ腕ヲ……ッ!!』


「お前の腕ならちゃんと両方あるだろ。切り落としたのは世界樹の枝みたいなモンだろうが」


「すごい……すごいよ黒音くん……これなら……」


「いやまだだ。気を抜くな!」


『貴様モッ……拷問ジデヤルッ……!!』


 アイゼルネが天を仰ぐように両腕を空へ向けた瞬間、世界樹から無数の太い腕が伸びてきた。

 防衛システムにしては、あまりにも規模が大きすぎる。

 黒音はほとんどの腕をレーヴァテインとティソーナで切り落とし、捌ききれない腕は蹴飛ばして方向を変えた。

 超巨大な相手との戦闘はこれが初めてではない。先ほど最強のドラゴンと一戦交えてきた所だ。


『フハッ……フハハハハハハッ!! モハヤ、モハヤ勝ッタ気デイルナッ!? 悪魔風情ガッ……ソコガ甘イノダッ!!』


「がッ……くそッ……てめ、離しやがれ!!」


 黒音が巨大な触手を切り落とし終わった頃、気を抜いた瞬間にアイゼルネが直々に黒音の全身を鷲掴みにした。

 それが思いの外強く、腕も頑丈で壊そうにも壊れない。

 世界樹の方は脆いくせに、本体だけは尋常じゃなく強い。


『ゴノママッ……体ノ骨ト言ウ骨ヲヘシ折ッテクレルッ!!』


「甘いのはテメェの方だよ。ティソーナ!!」


 黒音の命を受けた右手のティソーナは、最初に黒音からありったけの魔力を受け取っている。

 それをすべて一度に消費して莫大な規模で特性を発揮した。

 黒音を中心にアイゼルネの本体は勿論、世界樹の四割が一瞬で消し飛ばされる。

 そしてそこから難なく抜け出した黒音は、全身に残った鈍痛よりも今の結果に対して歯噛みした。


「やっぱ俺でもこれが限界なのか……? いやまだだ、もっと魔力を注げば……」


『グッ、アアッ……マザガ、ゴレ程ノチカラヲ持ッテイヨウトハッ……』


 予想していたとは言え、やはりアイゼルネは凄まじいスピードで消された部分を再構成した。

 コアはただコントロールの為だけに存在しているに過ぎず、やはり一度に全体を消滅させなければ無駄のようだ。

 再び魔力を注ぎ始める黒音だったが、右手に意識を集中した瞬間全身に電流が流れたようなチリチリとした痛みが走る。

 今頃になって〈五門解錠〉の負荷が襲ってきたようだ。

 深影が黒音の体に〈幻影魔術〉をかけて体の負荷を分散させていてくれたおかげで今までは何事もなく戦えていたが、ティソーナの力を引き出す為に〈五門解錠〉を解除したので、深影の〈幻影魔術〉は解除されている。

 おかげで今までごまかしていた負荷が一気に襲ってきたようだ。

 思わず意識を手放して地面へと落下しそうになった黒音を、後ろから遥香が抱き抱えてくれた。


「黒音、私が魔力を貸そっか……?」


「悔しいな、くそ……触手の相手をしてるとティソーナに魔力を注ぐのに集中出来ないから、サポートを頼む」


「ん、分かった……黒音のこと、守ってあげる」


 ティソーナの力を引き出す為にすべての〈解錠〉を解除しているので、遥香の手にはすでにアダマスが戻っている。

 遥香はただでさえ強すぎるので素手のままでも十分戦力になるのだが、鬼に金棒、死神に鎌だ。

 白銀の甲冑を身に纏う二刀流の騎士と、葡萄色のドレスで彩られた大鎌の死神は、互いに手を取り合って異形の者へと牙を剥いた。


「ふわぁ……王子さまとお姫さまみたいだね……」


「だが、いくら死神とは言えリミットブレイクした上ティソーナを取り込み、あれほどのレベルにまで引き上げられたあの男についていけるのか?」


「〈tutelary〉のすごい人、あんまりうちのハルちゃんを嘗めない方がいーよー? ぼーっとしてるように見えて、黒音君が初めて完敗した相手だからね。それもストレート負け。最後はうやむやになっちゃったんだけどね」


「あのバカタレが、俺以外の奴に負けただと……?」


「仕方ないわよ、これからあの子の戦うとこ見てたら、負けても仕方ないって思うから」


 焔が得意気に笑って見上げる上空、遥香は右腕に刻まれたタトゥーのようなマークを撫でる。

 するとピンクに近い紫色のマークから四つの魔方陣が浮き上がり、遥香はそれを指先で弾いた。

 刹那、尋常ならざる魔力がドラゴンエンパイアの空を埋め尽くし、空を覆い尽くす雲を揺るがせる。

 今の今までずっと封じ込められていた本来の全力が、ここに来てようやく解放されたのだ。


「やっぱりお前は最高だよ、遥香」


「にゃ、黒音もね……♪」


「「せーの──はぁッ!!」」


 息を合わせた二人により放たれた三つの衝撃波は、これまたあまりにも容易にアイゼルネの全身を、世界樹を含めて四枚に下ろした。

 白夜ですらも顎が落ちて上がらないほどの戦闘力を見せつけているが、無論言うまでもなく二人の面持ちに必死さは窺えない。

 つまりまだまだ余力があり、今のはただの小手調べにすぎないと言うことだ。


「にゃ、見て黒音、綺麗に四枚になった……♪」


「清々しいまでにグロい断面図だな。なんつうか、夢に出てきそうだ」


『グッ……ゲボォッ……!! ギザマラァッ……イイ気ニナルナヨォッ……!!』


「なってねえよ、もう十分だ。俺と遥香の、二人の無尽蔵な魔力がほとんどティソーナに注がれた。もうティソーナが壊れてないのが不思議なくらいにな」


「可哀想な女神、でも……どうなっても知らないから……」


「「神機奥義・合……〈虚無へと誘う屍ボイド・インヴィターレ・モルト〉!!」」


 ティソーナの柄を黒音は右手で、遥香は左手で握り締め、全身全霊の魔力を以て渾身の一撃を降り下ろす。

 天を両断するその一太刀は、莫大な魔力の刃となって肉体を再構成したばかりのアイゼルネを真っ二つに切り裂いた。

 そしてアイゼルネと接触した瞬間にティソーナの特性が発動し、ドーム状の空間に取り込まれたアイゼルネは木の枝一本を残すことなく消滅する。 


「終わった……んだよな……やっとこさ……」


「ふにゃぁ……疲れた……すぐに寝たい……」


 ほとんどの魔力を消費したせいで強制的に一体化が解かれ、黒音と遥香は地面へまっ逆さまに落下する。

 遥香は自分と違って不老不死ではない黒音へと必死に手を伸ばし、黒音もそれを掴もうと全力で腕を伸ばした。

 だが二人の指が絡み合おうとした瞬間、ドラゴンの姿へと変身したフィディと本来の巨体へと戻ったヴィオレが受け止める。


「黒音、今回ばかりは礼を言う。助かった」


「お前がそんな素直に礼言うなんて気持ち悪いな。いつもみたいに見下せよ」


 まだ冗談を言う気力はある。あんな戦いを繰り広げた後だと言うのに、自分でも驚きだ。

 だが正直な所、体にほとんど感覚がない。身体中が雷に打たれたように痺れていて、立っているだけでも辛い。


「黒音くん、本当にありがとう。アイゼルネを、救ってくれて……」


「いいや、俺達はただ戦って勝っただけだ。深陽さんのティソーナがなければ今頃皆力尽きてた。礼を言うのはこっちだよ。危うく修行場所がなくなるとこだったぜ」


 ようやく事が収まり、海里華の元に駆け寄る〈avenger〉一同。

 海里華は自分が戦闘に参加出来なかったことで相当フラストレーションが溜まっているのか、ものすごい早さで貧乏揺すりしている。


「お待たせ海里華、さあ帰ろうぜ」


「アンタ何か忘れてない? 今私達の前にいるのは〈tutelary〉なのよ?」


「あっ、そうだった忘れてた。おい深影!」


「何だ? 俺に何か用があったのか?」


「いや、お前達にだ。見ての通り俺達は相当力をつけた。近々挑みにいくから首洗って待ってろ」


 黒音からの宣戦布告を受けて、深影の顔にようやくいつもの冷たい笑みが戻ってきた。

 深影がこの顔をする時は、真に楽しい相手を見つけた時だけだ。


「やはりな……ようやくか……待ちに待ったぞ」


「ああ、待ちに待たせて悪かったが、俺達が今まで挑みにいけなかった理由が、お前達と接触する方法を持ってねえってことだ」


「……おい白夜、転移魔方陣の術式を紙に書いて渡してやれ」


「なるほどね、最近挑んでくるチームがめっきりいなくなったと思ってたけど、単に恐れられてただけじゃなくて僕達の居場所が分からなかったからなんだね。はいこれ、僕達のいる場所への転移魔方陣だよ。いつでも待ってるからね」


「確かに受け取ったぜ。今はまだ未完成だが、必ず夏休みまでには挑みにいくからな」


「心の底から楽しみにしている。早く完成させて俺に挑みに来い」


 握手はまだ交わさない。確かに互いのことは認めているが、それを言い合うのは決着がついてからだ。

 互いに背を向けた二人、それぞれのチームメートが二人を囲もうと近いた瞬間、一同の瞳に光が横切った。

 何かの見間違いかと目を擦るコロナ達だが、その光は確かに全員の視界を横切り、黒音と深影の腹を貫いたのだ。

 自分の腹から突き出た人の腕のようなものを見つめ、二人は少しの時間をおいて襲ってきた激痛に小さく絶叫した。


「っ……がぁはッ……!?」


「なん、だとッ……!?」


「まさかぁ……このワタシを完全に消せたなんて思ってませんよねぇッ……!?」


 突如地面から現れた黒い女神が、二人の腹に腕を突き立てている。

 まさか想像も出来ないだろう、黒音と遥香の放った奥義に消し飛ばされる直前、世界樹の根を地面の奥深くに忍ばせておいてその一部から肉体を再生したなどと。

 しかも世界樹の巨体をすべて取り込み、黒音と同い年くらいの少女のサイズになり、エネルギーの消費を極限まで抑えて戦闘力を極限まで高めている。


「油断しましたね……苦しみなさいッ……!!」


 闇に溶け込む漆黒の肌に狂暴な猛獣を思わせる紅の瞳、女神としての神々しさや美しさを忘れた一匹の獣。

 アイゼルネは黒音と深影の腹に突き立てた腕で押したり引いたりを繰り返し、勢いよく黒音と深影の腹から両腕を引き抜いて血をすすった。


「深影くんッ!! 黒音くんッ!!」


 力なく真後ろに倒れそうになった二人を、深陽が慌てて手を引いて支える。

 腹から噴き出す出血に加え、吐血も激しい。

 さらに運の悪いことに完全な不意打ちだったせいで、急所を外すようなことも出来なかった。


「しっかりして二人とも、死なないでッ……」


「ごふッ……あまり、揺らすな……傷口が……広がる……」


「い、てえよ……深陽さん……かはッ……くっそ……」


「刺し違えたとしてもぉッ……貴方達二人は絶対に殺しますッ……!!」


 怒りに我を忘れてアイゼルネへと突っ込もうとした愛梨と海里華、しかし深陽に深影と黒音を預けられた二人は、深陽の横顔を見て畏怖の念を抱いた。

 深陽はとうに限界を超えた憤りを静かに燃やし、荒い息を繰り返すアイゼルネと面と向かう。

 モノクロがローブを血塗れにして二人を手当てする中、突如ティソーナの刀身から濃い紫色の何かが沸き上がってきた。

 そして皆の視線がアイゼルネから瀕死の二人へとほんの少しの間移ったその一瞬のうち、アイゼルネの右側上半身が消し飛ぶ。

 一同何事かとアイゼルネに注目したが、その断面は舐め溶かされたように消滅していた。

 深陽の右手には黒音のレーヴァテインから引き抜いた、陽炎のように揺らめくほどのエネルギーを放つティソーナが携えられている。


「アイゼルネ……あなたにはとても感謝してた……私にもう一度深影くんとで会う機会をくれたから……でも、あなたはしちゃいけないことをしたんだ……」


『ならどうするの? お前はどうしたいの? 言って御覧なさい』


「私は……私が……黄泉へ誘う……我が名は……」


 鞘より引き抜かれたコラーダを逆手に、右手のティソーナを大きく降り下ろすと、深陽はついにその名を口にした。


黄泉津大神(よもつおおかみ)……!!」


 今、天に君臨する。あの世とこの世の境目を支配する者。

 死して神を生み出し、輪廻天性を司る黄泉の具現者。

 静けさの中から冴えた鈴の音が鳴り響き、一同の目の前に巨大な鳥居が姿を現した。

 鳥居の入り口から漂う生理的な嫌悪感のある死骸臭とともに、鈴の音が一際大きく響き渡る。


『妾を呼んだわね。本来、妾に指図をするなど許せないことだけれど、今回ばかりは不問にしてあげる』


 目に染みるような血の臭いを漂わせ、だらしなく襟をはだけて肩と胸を大きく露出した妖艶な女性。

 暗闇より一際目立つ蒲葡えびぞめ色の着物に、咎人を焼き尽くす業火の朱を映した帯、光の届かぬ海底のように黒い羽衣はゆらゆらと揺らめきながら女性を飾る。

 スイレンの簪で飾られた艶やかな黒髪は二束に分けられて後頭部で輪を描いており、両耳の横には残りの髪を長くゆったりと垂らしている。


「イザナミ、私に力を貸して」


『いいわ、久々の鬱憤(うっぷん)晴らしに付き合ってあげる』


 とても形容など出来るはずもない、とにかく大きい魔力。

 どう大きいかと言うと、アスモデウスが驚愕して黒音の後ろに隠れるほど莫大なのだ。

 それも当然、今黒音達の目の前にいるのは、日本神話の主神クラスだ。

 イザナギとイザナミ、日本神話において多くの神を産んだとされる天地開闢の神。

 もっと簡単に言うと、人工神機ではなく本当にオリジナルの神機を作成出来る権限を持ち、それを他の神に与える権限を持っているとても偉い存在と言うことだ。


「イザナミッ……思えば貴女もワタシを迫害しましたねッ……覚えてますよ……!!」


『妾は覚えていないわ。お前みたいな薄汚れた神のことなんてね』


「苦しみたくないなら、抵抗しないで……変身……」


 仮契約もまだのはずのイザナミと、深陽は一体化した。

 巨大な勾玉となって深陽の体に溶け込んだイザナミは、無限の瘴気となって深陽を包み隠す。

 やがて瘴気は黒ベースに黄のラインが描かれた和服へと変貌し、深陽はイザナミのように両肩を大きくはだけた。

 和服の裾には動きやすいようにスリットが深く入っており、下半身はチャイナドレスに近い。

 スイレンの花が描かれた帯は背中でリボンを形作り、脚には下駄ではなく靴底の厚いブーツを履いている。

 うっすらと現れたイザナミの影が深陽の唇を親指で撫でると、深陽の唇は血塗られたように赤く染まり、イザナミは自分が差していた簪で深陽の髪型を整えると嘘のように姿が消え去った。


「滅亡させてあげる、消滅と言う形でね」


 戦闘態勢に入った深陽を囲うように現れたのは、様々な色を灯した十二個の勾玉。

 アメトリンのような黄と紫が混じった双眸を輝かせ、深陽はティソーナとコラーダを時計の針が四時の向きになるよう構え、その場から消失した。

 深陽がその場から消えたように全員が錯覚してしまうほど、深陽のスピードはあまりにも速かった。

 そんな深陽から放たれたのは、異次元の速さから繰り出される神速の連撃。

 逆手に持たれたコラーダから絶え間なく放たれる斬撃の嵐は、無茶苦茶に空間を歪めてアイゼルネの肉体を破壊する。

 勿論引き裂かれただけではすぐに復活するアイゼルネ、だが深陽はアイゼルネの肉体が再構成し終わった瞬間にティソーナの特性を持ってその大部分を消滅させた。

 驚くべきことに、コラーダが〈空間操作〉を一度発動してから次に発動するまでのタイムラグが異常なほどに縮められている。

 本来ならば平均四秒から五秒経たないと、次の〈空間操作〉を発動出来ないはずだ。

 しかしイザナミと深陽の潜在能力が、限界以上にコラーダの能力を引き上げている。


「そん、なッ……バカなぁッ……!?」


「深影くんを傷つける者は誰であろうと許さない。我は黄泉津大神、拷問される側は己と知れ」


 アイゼルネの再生能力を逆手にとった〈空間操作〉と〈消滅〉の無限地獄、足掻こうが藻掻こうが絶対的な力の前ではすべてが無力だ。

 反撃どころかその場から動くことさえ許されない、ただ痛みと苦しみを感じるだけ。

 心の欠片を一つ残らず玉砕するその圧倒的な強さは、深影の深陽に対してのイメージを大きく覆すものだった。

 強い、とにかく強い。黒音と深影は腹の激痛も忘れて深陽の戦いに呆気にとられていた。


「調子に、乗るなッ……脱け殻ごときがぁッ!!」


 アイゼルネの両手には手のひらよりも長い爪が伸びており、ティソーナとコラーダに触れないよう巧みに深陽の腕や腹を狙ってくる。

 イザナミの力を借りているとは言え、深陽は今までアイゼルネの言いなりとなって戦っていた為に、戦闘経験はほぼ皆無に等しい。

 それに加えてアイゼルネは、今まで深陽の癖やリズムなどを間近で見てきた。

 イザナミの力が加算されていることも計算に入れれば、深陽の動きを見切ることは容易い。


「ねえアイゼルネ、あなたが私のことを知っているように、私もあなたのことを知ってるんだよ?」


 たった二十秒足らずのことだった。アイゼルネの攻撃パターンを見切った深陽は、コラーダの特性で自分の背後の空間をねじ曲げて後ろへと吸い込まれるように下がり、ティソーナの特性でアイゼルネの鋭い爪を消し去った。

 勿論すぐに新たな爪を生成されてしまえばすべてが無駄な作戦だが、流石の深陽も爪を防ぐ為だけにティソーナとコラーダの特性を同時に使うはずはない。

 一瞬ながら攻撃力の落ちたアイゼルネを囲むように、浮遊する十二個の勾玉が三つずつに分かれてアイゼルネの四肢を拘束した。


「これであなたは逃げられない。ティソーナ、コラーダ!」


 それから始まったのは、目も当てられないほど残酷な切り裂きショー。

 アイゼルネの全身に切断一歩手前の深い切り傷を無数に与えていく深陽。

 だがそれだけに収まらず、深陽はティソーナとコラーダの特性をフルに使用してアイゼルネの肉体を大きく消し飛ばした。

 復活してもしても消し去られてはねじ曲げられ、死を繰り返す激痛が何度もアイゼルネを襲う。


「ぁ……が……も、ぉ……ゆ……る……して……っ」


「……もう私の大切な人を傷つけないと誓って。そしてもう、私の前に現れないで」


 死ぬ感覚を数十回と味わったアイゼルネは虚ろな瞳から涙をこぼし、閉じる気力も残されていない口の端から涎を垂れ流し、痛覚を狂わされた全身は不規則に痙攣している。

 そこにはもう拷問の女神としての美しさはなく、狂暴な獣へと成り果てた禍々しさもなく、自分を構成する概念と言う概念をすべて破壊し尽くされた脱け殻しか残っていなかった。


「姉貴、いいのか……? コイツはあんたを操り、辛い戦いを強いた……」


「でも、いいの。誰にだってチャンスはあげなきゃ、ね?」


 生温い奴だと思いながらも、昔と変わらない姉の姿に安心する深影。

 転移魔方陣でアイゼルネを未定の場所へと送りつけた白夜は、久しぶりに再会した焔に近づこうとするものの、一歩近寄った瞬間にクララの切っ先を突き立てられて肩を落とす。

 自分で言うのもなんだが、最強クラスの契約者の妹は場の空気に流されるほど甘くはなかったようだ。


「……ふぅ……これで大丈夫……でも三日は安静にして……」


「すまないなモノクロ、手間をかけた」


「いい格好だな、精々チームメートにちやほやされてろよ?」


「貴方も怪我の度合いは深影と同じ……くれぐれも安静にしていて……」


「はいよ。ってか、これから戦う相手に手当てされるってのも、何か変な感じだな」


 ほんの冗談のつもりで言ったその言葉が、どれほどまでに彼女の心を傷つけていたかなど、黒音には知る由もない。

 愛梨に支えられた深影は拳を突きだすと、アンドラスもそれに合わせて腕を伸ばす。


「待っている。早く怪我を治して挑みに来い」


「お前もな、俺が行った時に体調不良とか許さねえぞ」


 黒音は深影の拳に自分の拳をぶつけると、アズも胸を張ってアンドラスへと腕を伸ばした。

 白夜の展開した転移魔方陣へと消えていく〈tutelary〉一同を見送った黒音達も、シルヴィアの転移魔方陣を潜って元いた場所へと帰還する。

 まさか征竜と戦った後にあんな化け物と戦うことになるとは思わなかったが、そのおかげで深影と決着の目処がたった。

 少しは認めてもらえただろうか、少しは届いただろうか。

 雲よりもさらに遠いあの存在に、自分では到底足元にも及ばないあの存在に。

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