第二話『jewel barrett』
『見えますでしょうか? 現在あちらの山に正体不明の黒い何かが沸き上がっています。いつ発生したのか、どのようなものなのかは依然不明です』
ヘリコプターから撮影された生中継の映像が液晶画面に映し出され、六人は歯噛みして唸る。
戦力の半分が負傷と消耗のせいで戦闘不能、現在戦えるのは白夜とモノクロ、そして深影のみだ。
モノクロがようやく三人の手当てを終えた頃には、外はすでに日が昇っており、あの黒い煙が一般人の目に触れていた。
最初は山火事と勘違いした近場の住人が消防署に連絡を入れたことから知れ渡り、今に至る。
今現在、エイスだった黒い煙について得られた情報は、時間とともに肥大化していることと、触れたものを取り込むと言うこと。
そして取り込んだものを栄養に成長を進めると言うことだ。
黒い煙に近づいた一般人が取り込まれたことでそれは判明したが、今は警察や消防士、おまけに特殊部隊までもがその場を取り囲んで安易に状況を探ることも出来ない。
「くそッ……別に警察どもを突破することは余裕だが、あれほどの人数がいては邪魔になる……」
「余計な被害を出してしまいますし、深影さんの射撃スタイルでは大勢の怪我人や下手をすれば死人が出ます……」
「それだけじゃない。ここにいる全員、広範囲への攻撃を得意としてるから、一般人がいたら僕達は全力の半分も出せない」
「簡単な方法は私の魔術で一般人を眠らせるか……」
「俺の〈次元歪曲〉で別の場所に転移させるか、だな。だがその様子はすべてヘリで中継されている」
「最悪の場合、僕達の拠点がバレるかもしれない。ほんと、現代の科学には困ったものだよ」
一般人が契約者を脅かす日も、もしかしたらそう遠くないかもしれない。
以前の深影ならばその後どうなるかなど考えず、果たすべき目的の為に多くを犠牲にしていたはずだ。
だが今となってはそれは許されないし、何より自分を受け入れてくれた仲間の前でそんな残酷なことはしたくない。
「警察や消防もろとも手に負えないと理解して引いてくれると楽なんだけどね」
「そう簡単にもいきませんよ。やはり、ここはその場の全員を眠らせるか転移させるしか……」
「まずはヘリコプターのカメラを何とかしないと、だよね」
「多分、全国に中継されてるはず……人目があると動けない……」
「……いや、方法としては、もう一つあるかもしれん」
それも一般人に一切触れることなく、一瞬のうちにヘリのカメラから逃れることが出来る方法だ。
だが規模が大きすぎる為、出来るかどうかは分からないし、それ以前に対応するかも分からない。
ほとんど賭けだが、一般人に一切の被害が及ばず、且つ深影達が全力で戦うにはこの方法がもっとも安全だ。
「俺の〈次元歪曲〉であの黒い煙を別の場所に転移させる」
「なるほど、下手に一般人を動かして危険に晒すよりも、あの煙自体を取り込んで移動させれば一切の被害は出ませんね」
「だが今となっては流石の俺でも一筋縄ではいかん。何せあの規模ではな。おまけに触れた瞬間に術式が崩れる」
火山が噴火して黒煙が広がっているような状態が、現在進行形で肥大化している。
だから死神であるモノクロの助けを借りて煙ごと移動させようと言うわけだ。
幸いモノクロは神機のおかげで深影と同じ〈次元歪曲〉が使えるし、いざとなれば一般人を全員移動させるか眠らせることも可能だ。
「大まかな作戦を立てようか。まず深影君とモノクロちゃんが〈次元歪曲〉で黒い煙を包み、指定した場所に移動させる。そして僕達もその転移先に移動し、深影君のお姉さんを救出する。もし一般人に危害が、または特殊部隊が邪魔をするようならば同じく転移させるか眠らせる。いいね?」
「異論はない。では転移させる場所を決めるぞ」
「私達全員が行ける世界で邪魔なものが少ない……ドラゴンエンパイアならベストだと思います」
「転移先はドラゴンエンパイア、到着地点は愛梨が設定してくれ。転移回数は俺達を含めて二回だ」
「黒い煙と同じ場所に転移すると僕達まで吸収される恐れがあるから、地点は少しずらした方がいいね」
第一フェーズは黒い煙をドラゴンエンパイアの指定地点に転移させることと、深影達がそこより少しずれた場所に転移すること。
最終フェーズはエイスを救出することだが、まずエイスを覆う黒い煙をどうにかしなければならない。
「触れれば取り込まれる、だったか。コロナ、お前の能力であの煙を排除することは出来るか?」
「うーん……確かにコロナの能力で空間を作り替えれば黒い煙も何とか出来るかもだけど、触れたら取り込まれるんでしょ? じゃあ多分、そのー、あれだよ。えっと、反発?」
「コロナ、それを言うなら拒否反応だと思う……コロナの能力は空間の再構成及び支配……でも触れたものを取り込むのなら、空間を作り替えた瞬間に空間を支配する魔術を取り込まれて、最悪の場合コロナ自身が取り込まれる……」
「そうそう、それが言いたかったんだ。あのね、コロナの空間を支配する能力ってコロナ自身が空間となって空間を自分の体みたいに操作する能力なんだ。簡単に言うと、支配した空間を自分の体に見立てて、それをデコレーションする感じ?」
つまり支配した空間と一体化した状態のコロナが黒い煙を含めて空間を作り替えようとすると、空間を支配する力と取り込む力が反発し合って拒否反応を起こし、一歩間違えればコロナ自身が取り込まれる危険性があると言うことだ。
それに今のコロナは大怪我を処置した直後でまだまだ回復し切っていない。
そんな状態で暴走したエイスと力比べなど、命を投げ捨てるようなものだ。
「で、でしたら〈次元歪曲〉で無理矢理黒い煙をこじ開ければ……」
「それも無駄だ。接触したものを吸収するならば、その魔術自体が取り込まれて術式を維持出来ない。つまりあの黒い煙には、如何なる魔術も通用しない。魔術絶対無効化空間、とでも言うべきか」
「そんなの、どうしようも……」
「……一か八か、あの煙に飛び込んでみるのはどう……?」
研究者モノクロからの、あまりにも意外な発言で全員が青ざめる。
魔術を使うだけならともかく、取り込まれたものが中でどうなっているのかも分からない未知の空間に飛び込むなど、それこそ命を投げ捨てるようなものだ。
「……ならば、試す方法がある。俺のテトラ・ブラスター……レーザー砲であの黒い煙を撃ち抜く。貫通すれば黒い煙に取り込まれても脱出は出来る」
「確かに、でもそれはあくまでレーザー砲だ。僕達は生物、中に酸素がないかもしれないし、危険はそれだけじゃない。やっぱり何の保証もなく突撃するのは危険すぎるよ」
「ニュースで取り込まれた人やものが出てきたと言う情報もありませんし、もしかしたら取り込んだものを自分のエネルギーに変換してるのかもしれません」
「あーあ、深影ちゃんの〈次元歪曲〉でも開けないのかあ……せめてコロナが全快だったら空間を弾き返せたのになあ」
「空間を、弾き返すだと……?」
「なるほど、そう言うことか!」
「その発想に至るなんて、流石はコロナちゃんです!」
「僕達も頭が固かった……その手があったね……」
「へ、え? ど、どう言うこと?」
何故か言い出した本人が理解出来ないまま、白夜達が唯一の活路を見つけ出したコロナに称賛の言葉を述べる。
ちんぷんかんぷんと言った様子のコロナを見かねて、深影が大雑把ながらに説明を始めた。
「コロナ、お前はさっき自分が全快の状態ならば空間を弾き返せると言ったな。つまり抵抗して押し返すだけの力があれば、お前でもあの黒い煙に対処出来ると言うことだ」
「う、うん、そうだよ? でも押し返すのはコロナ自身だから、押し負ければコロナ自身が取り込まれるから、ダメになったん、だよね?」
「そうだ、つまり魔術自体は無効化されるわけではないと言うことだ」
魔術を無効化するのではなく、魔術を構成するエネルギーを取り込まれるだけならば、力業で押しきれる。
モノクロと二人がかりで〈次元歪曲〉を展開、エイスがいるのは恐らく中心部、そこまで〈次元歪曲〉を維持させることが出来ればエイスは救出出来る。
だが問題はどれほど魔力が持っていかれるかと言うことと、エイスがいる場所を正確に特定出来ていないことだ。
「あのブラックホールからどうやってエイスを探し出すかだが、魔術が無効化されるわけじゃないと分かった今、排除することは不可能じゃない。俺とモノクロの〈次元歪曲〉で──」
「二人ばっかりに任せるわけにはいかない……だから黒い煙の排除は僕に任せて……僕の能力で空間を破壊して空間の割れ目から黒い煙を吸い込む……」
「黒い煙は今も肥大化し続けている。出来るのか?」
「出来るかじゃない、やる……やって見せる……」
第二フェーズ、黒い煙を深影とモノクロがドラゴンエンパイアに転移させた後、優が空間を破壊して黒い煙を吸い込めるだけ吸い込んで排除する。
そして最終フェーズ、深影とモノクロが同時に〈次元歪曲〉で黒い煙を掻き分けながら、エイスを見つけて救出する。
暴走している本人を引きずり出せれば、黒い煙の発生も止まるはずだ。
「昨晩の戦いで愛梨達も消耗している。だがこのままでは被害が広まる一方だ。愛梨達が全快していようがいまいが、二時間後には作戦を決行する」
「賛成です、じゃあ朝ご飯を作ってきますね」
「いや、今は何もせずに体を休めろ。お前もエイスとの戦いで相当な無茶をしただろう」
「でも、今回私はほとんど役に立てません。それに深影さんが一番の大役じゃないですか。だから少しでも精をつけてほしいんです」
「……無理はするなよ、お前が倒れたら俺は安心して作戦を遂行出来ん」
愛梨が厨房へと姿を消し、コロナが優の膝を借りて眠り始めると、優は震える体を押さえつけるように肩を抱いた。
自分が失敗すれば、深影とモノクロに大きな負担をかけてしまう、そんなことを想像しているうちにプレッシャーで体が言うことを聞かない。
「落ち着きなよ優ちゃん、大丈夫だよ。いざとなれば僕があの黒い煙を消し飛ばすからね。優ちゃんは安心して出来る限りのことをすればいい。後は僕が代わってあげるよ」
「白夜さん……ありがと、でも僕がやる……やりたいんだ……」
「優、お前は強い。だから自分の言葉と行動に自信と責任を持て。追い込む気はないが、それだけは忘れるな」
「分かった……これは僕が絶対にやり遂げる……任せて……!」
「それでいい、お前も休んでおけよ。俺も少し体を休める」
それぞれが自室に戻った頃、深影はいつも自分が腰に巻くベルトのアクセサリーに収納してある重火器を、すべて武器庫へと収納した。
深影の戦闘スタイル上、様々なシチュエーションで様々な重火器を使い分ける為に、別に与えられた武器庫には軍隊ですら呆気に取られるほどの重火器が広がっている。
それもすべてが自作と言うのだから、その戦闘スタイルを初めて見た時は、それはもうメンバー全員に驚愕された。
プライベートスペースで体を休める前に、まず今時分が携帯して使っている武器を確認しておく必要がある。
だが自作品なので扱うにも限界もあるし、新たな種類を増やすにもどう言う構造なのかを事細かに知り尽くしておかなければならない。
銃の性能や仕組みを隅々まで知り尽くしているからこそ、ターゲットに照準を合わせるのと銃弾を発射するのがほぼ同時に行えるなどと言う神業が可能なのだ。
流石の深影でも新たな重火器の構成パーツや仕組みや性能などを、目隠ししながらそれを組み立てられるほどまで頭に叩き込むのには、最低でも五日はかかる。
「マスケット・マグナムを主体としているのはいいが、もう少し連射力が欲しいな……だがガトリングガンは重量があってどうしても固定砲台になってしまう……」
そう言えば以前購入したカタログに連射力の高い銃について特集が組まれていたか、それを思い出した深影はテーブルに無造作におかれた雑誌の中からそのカタログを見つけ出すと、油臭いコンクリートの地面に座り込んだ。
どこもかしこも繰り返し読みすぎてページがボロボロだが、深影は構わずページに視線を固定する。
「ん……短機関銃か、これならば……」
短機関銃はサイズ的にもコンパクトな為動きながら撃てるし、深影のステータスならば片手撃ちも問題はない。
全長は三百四十ミリ、重量は二キロ強、連射速度は一分間に七百発らしい。
だが残された時間はたったの二時間弱、今から構成パーツをフルスクラッチしてその構造を完全に理解、調整と試し撃ちする時間まで考えれば、当たり前だがまず間に合わない。
調整と試し撃ちを省き、銃本体を作るだけならば間に合わないこともないだろうが、今回の作戦はモノクロと常に行動をともにするし、そもそも触れたものを吸収する黒い煙を相手に短機関銃などそよ風程度の意味もない。
「あ、深影さんここにいたんですね」
「ん、愛梨か。ご飯が出来たのか?」
「はい、もう皆さん集まってますよ。……いつ見てもすごいですね、これ全部深影さんが作ったんですよね」
「ああ、研究用の模型以外はすべて自作だ。だがエイスとの戦いで自分の限界を感じてな。少しバリエーションを増やしてみようと考えていたところだ」
「深影さん、ちょっと気になったんですけど、深影さんはどうして銃で戦うんですか? 深影さんほどの方なら銃だけじゃなくて剣とかでも戦えますよね?」
流石は愛梨、いや銃だと戦いにくい場面でも銃しか使っていたのだから気づかれるのは当然か。
深影は手元にあったハンドガンを手に取ると、セーフティロックをしたまま壁に向かって銃を構えた。
「愛梨の言うとおり、確かに俺はあらゆる武器を使える。それに狙いを定めたり弾を装填する手間がある分、銃は使いにくいかもしれん。だかな……愛梨、そこのスナイパーライフルを手に持ってみろ」
「こ、これですか。よ、予想以上にずっしり来ますね……」
深影の言うとおり地面に転がっているスナイパーライフルを手に取ると言う非現実的な行動で少し戸惑いながらも、愛梨はトリガーに指をかけてみる。
その瞬間、とてつもないプレッシャーが愛梨の両手にのし掛かってきた。
先ほどまでは銃本体の重みしか感じなかったはずなのに、トリガーに指をかけた瞬間、全神経が銃に引きずり込まれるかと思うほどの緊張感が襲う。
「な、あ……何ですか、これ……体が、動かな……っ」
「それが命を奪う為だけに生み出された武器の重みだ。俺は今まで悪魔として人を殺しすぎたせいで、命を奪うと言うことに何の抵抗も持たなくなった。だが銃を手に持った時だけは、命を奪う重みを感じるようになった。つまり何が言いたいかと言うと、銃は俺にとって自分が人間だと忘れない為の戒めだと言うことだ」
剣や鈍器などでは感じなかった命を奪うと言うことの重みを、銃を持った瞬間に思い出せた。
だから深影にとって銃は自分が人間であると言う証であり、罪を忘れない為の戒めでもある。
そんな深影の覚悟が染み付いたスナイパーライフルを、愛梨はとても持っていられなかった。
「お前には少し刺激が強すぎたか。すまないな、変なことを言って」
「い、いえ……深影さんがどんな覚悟を持って戦っているのか、知ることが出来ました。でも、私には深影さんみたいな覚悟を背負うほどの力量はありません。ですから私には、この子で十分です」
愛梨の両手に抱えられるようにして現れたのは、無数の銃を収納する武器庫にギリギリ収まるか収まらないかと言うほど巨大な剣の神機、クトネシリカだ。
愛梨はこの剣だけでも相当な覚悟を持ってその柄を握り振るっている。
そう考えれば深影は、やはり愛梨にとってはどこまでも遠くにいる存在だった。
「料理が冷めるな、行くか」
「そうですね、皆待ってますし」
油臭い武器庫を後にした二人は、皆のいる広間へと向かった。
やはりピリピリとした空気が流れる中での朝食はまともに味わうことが出来なかったが、白夜がテーブルとともに全員を自分のガーデンへと転移させる。
白夜のと言うより毎朝世話をしているのはジブリールだが、六人は鮮やかな花を眺めているうちに少しずつ心に余裕を持つことが出来た。
失敗するビジョンを想像するよりも、成功することだけを願って楽にしていた方がいいと白夜が微笑んだ。
こう言う所がリーダーに選ばれた理由だと心の奥底でほんの少しだけ感心した深影だったが、次の白夜の発言で再びこの場の空気が凍てつくように張り詰める。
「うんうん、やっぱりいいね。あ、そうだジブリール、後で僕の寝室からアレ持ってきといて」
『アレ……? フラガラッハのこと……?』
「うんそうだよ、もし皆が危なかったら最終手段として黒い煙ごとエイスさんを消すからね。あの人は女神だから不死身だし、問題はないよ」
禁忌の心理の一つとしても恐れられ、絶対無敵と謳われた最強の剣フラガラッハ。
それこそこののほほんとした白夜が〈tutelary〉のリーダーである所以だ。
一振りの剣で過酷な契約者の世界を駆け登り、たった二年足らずで〈tutelary〉のリーダーの座に上り詰めた存在。
「き、貴様、まさか俺の姉の肉体を消滅させる気か?」
「まさか、そんなことしないよ。それにフラガラッハの特性は〈消滅〉じゃない。知ってるでしょ? フラガラッハの特性は……おっと、ダメだね。これはあくまで最終手段だ」
「むぅ、白夜ちゃん、もったいぶらずに教えてよ!」
「んー、どうしても知りたい?」
「うん、どーしても知りたい!」
「そっか、そうだね。じゃあ特別に教えてあげるよ」
ジブリールが寝室から持ってきたのは、直視することすら叶わないほど眩い光を放つ長剣。
彫刻や骨董品のような神々しい輝きを放つ刀身はダイヤモンドで作られているようなほど美しく、近くにいるだけで身が凍てつきそうなほど冷たい殺気を放っていた。
圧倒的と言ってもまだ生ぬるい、絶対的な力を感じさせるこの剣こそ、白夜の神機フラガラッハだ。
「持ってごらん、ちょっと重たいよ」
「任せてよ、コロナにかかればこんなものっ──ぎゃぅっ|?」
両手を差し出したコロナに、白夜はフラガラッハを落とした。
それを軽く両手のひらで受け止めたコロナは、いきなり深影達の視界から消え失せた。
だがその様子を間近で見守っていた優は、コロナがどうなったかがしっかりと見えていた。
フラガラッハを受け止めたコロナの両手が、あまりの重さで地面にめり込んでいる。
地面に無数の亀裂を生み、咄嗟に手を炎に変換して押し潰されることだけは回避したコロナだったが、突如あれほどの重圧が手にかかったせいで手首を捻ってしまった。
「あ、ぐッ……なに、この重さ……こんなの、トラックよりも数倍重たいよッ……!?」
「それがフラガラッハだよ。その規格外に重たい剣を片手で振れるようになれば一人前さ。そうだね、目標は小指でトラックを転がして、拳でビルを瓦解させるくらいの力があれば扱えるよ」
「そんな……では白夜さんはそれが出来ると?」
「まあね、勿論戦闘モードになればだよ。普段はジブリールじゃないと無理だよ」
つまりジブリールには小指でトラックを転がして、拳でビルを瓦解させるくらいの力があり、フラガラッハが扱えると。
やはり赤嶺 白夜とジブリールはどこまでも規格外な存在だ。
「ふん……コロナ、フラガラッハを持ってこい」
「む、無理だよっ……コロナじゃ一ミリも動かないっ……」
「一体化してみろ、そして持ってこい」
これほどの重さなら仮に一体化した所で所詮動きはしないだろう、だが深影が無言の威圧をぶつけてくるので、コロナは仕方なくスルトと一体化して両手でフラガラッハを握る。
そして腰を入れるとともに力一杯フラガラッハを引き上げると、今度はその勢いが大きすぎてバックドロップする形で後ろにひっくり返ってしまった。
「うひゃあっ!? な、何これ、軽っ!?」
「フラガラッハは一定値までエネルギーを高めなければ使うことは愚か持ち上げることも叶わん。お前が一体化してその基準値を越えたからフラガラッハが使用者と認めて元の軽さに戻ったんだ」
「ですが、フラガラッハは白夜さんが契約しているはず……どうしてコロナちゃんが使えるんですか?」
「フラガラッハはルーと言う神が振るう剣。フラガラッハには対となる神機が存在する。それがレーヴァテインだ。レーヴァテインは魔王の血統でなくては使えないと言う極めて厳しい条件があるが、フラガラッハは使用者が持つエネルギーが一定値を越えれば契約していなくても使える、極めて条件が軽い剣だ」
深影の命令通りコロナが深影の元までフラガラッハを持っていくと、深影は無造作に指先でフラガラッハの柄を摘まむ。
すると深影は手首のスナップだけでフラガラッハの刀身を振り回し、白夜へと投げつけた。
「ど、どうして……フラガラッハの使用条件は一定までエネルギーを高めて維持しなければならないはず。コロナちゃんは一体化しないと動かすことも出来なかったのに……」
「コロナが一体化しなければ届かないフラガラッハの一定値は、俺にとって本を読んだり昼寝している時と同じかそれ以下の一定値と言うことだ」
どうやらここにも規格外な存在がいたようだ。
ここで再びあの疑問が顔を出してくる。どうしてこのチームのリーダーは深影ではなく白夜なのだろうか、と。
「まあでも、持てるってだけで特性は契約相手である僕にしか使えないけどね」
「ねえ白夜ちゃん、とてつもない重たさは分かったけど、フラガラッハの特性って結局何なの?」
「うーん、何で言えばいいのかな……絶対勝利?」
疑問系で返されてしまったが、絶対勝利とはこれまた単純明快でもっとも分かりづらい例え方だ。
白夜はフラガラッハのダイヤモンドのような刀身を指先で撫でると、学校の女子なら卒倒してしまいそうな、しかし深影からすれば吐き気がするほど恍惚とした表情で、
「絶対的な勝利が約束された安心感って言うのは、とても心地のいいものだとは思わないかい? 深影君からすればそれは面白味を奪うことに他ならないだろうけどね」
「絶対的な勝利……もしかしてさっきのは比喩ではなく、本当に絶対勝利を……?」
「じゃなきゃ僕みたいなのが〈tutelary〉のリーダーに選ばれるわけないじゃん」
その最強の所以であるフラガラッハを使っている所を、メンバーは一度として見たことがないのだが。
それどころかジブリールと一体化している所すら、メンバーはほとんど見たことがない。
それほどまでに白夜は強く、賢く、四大チームの誰もが一目をおく存在だ。
「絶対勝利って言うのは比喩でもなければダジャレでもないよ。でも詳しい能力はまだ教えられないな。安心して、来るべき時が来ればちゃんと明かすからさ。それまでは待っててね」
「白夜ちゃんがそう言うなら仕方ないか、その時はちゃんと教えてよねー」
コロナはフラガラッハの重さで壊れた地面を空間を再構成する能力で元通りに復元すると、近くの水道で軽く手を洗ってテーブルについた。
いつの間にかこれから死ぬかもしれない脅威に挑む緊張や恐怖は消えていて、皆楽しそうに食事している。
やがて食事が終わって白夜がテーブルを元の広間に戻した頃、深影は萎れた紙を大量に丸めて持ち、モノクロのいる地下の研究室を訪れていた。
相変わらず以前にモノクロの裸を見てしまったことが頭から離れず、ここに来る度に深影は素数を数えてしまう。
「深影……? どうしたの……?」
「ああモノクロ、いや黒羽、少し頼みたいことがあってな」
「珍しい……ううん……最近になっては珍しくない……どうしたの……?」
「俺の扱う重火器はすべて自作だと言うことは知っているだろう? 今回の作戦に挑む前に、二つばかり完成させておきたい銃があってな」
「その作成に協力してほしいと言うこと……?」
「すまんが、頼めるか? 流石の俺でもこの短時間では難しい」
「分かった……その様子だと設計図は完璧みたい……」
深影は薄暗い部屋のテーブルに大量の設計図を広げ、それを種類ごとに分ける。
まさか愛梨が食器を片付けている間にこれを仕上げたのか、軽く二十枚は下らない事細かな設計図を、細部のパーツ一つに至るまで正確に。
それもその部品を組み立てるフェイズまでを、コロナでも分かるほど詳しく丁寧に記述されている。
「これほどの設計図があれば……二人なら問題ない……でもこれだと二挺分の設計図じゃないはず……」
「ああ、流石に間に合わないからな。他の設計図は追々、お前の時間が空いてる時に頼みたい。何か必要なものがあれば俺がすべて調達する。だが一人では追い付かんから手伝ってほしい」
「神機とは言え、私も銃を使ってる……これは興味深い……」
モノクロは早速作戦が始まるまでに完成させてほしいと言う二挺の設計図の半分をベルゼブブに押し付け、もう片方の製作に取りかかった。
フレームは急激な魔力の注入にも耐えられるように、さらに走って撃てるほど軽量化してほしいと書いてある為、モノクロは今時分が所有しているものの中でもっとも軽く頑丈な物質を漁る。
「ベルゼブブ、第四区にカーバンクルの宝石を複製した塊がある……それを持ってきて……」
『いつになく乗り気だな、あの大きさの宝石を複製するのにどれほどの時間がかかったか覚えているか? これから作るのはお前の武器じゃないんだぞ?』
「私の作ったものが仲間の力になる……それこそ私の研究の目的……」
『そうか……分かった。第四区だな。他に必要なものはあるか?』
「深影の得意な〈幻影魔術〉や〈次元歪曲〉と相性がいいスカアハの涙を削ってストックを作る……」
「す、スカアハの涙だと……? 確かに俺も一度は自作した銃に組み込んでみたいと思っていた素材だが、確かあれはクー・フーリンと言う英雄を名乗る女神に守られていたはず……」
「別に本物を手に入れなくてもそれを複製すればいい……魔術や錬金術などを応用して組み合わせれば可能性は無限に等しい……」
存在の真偽すら疑われているような幻の宝石を、モノクロは長い月日をかけて研究し複製している。
モノクロのすごい所はそれをやろうと思い切る決断力と、それを本当に実現してしまう所だ。
ベルゼブブが第四区から肩に担いできたのは、深影が想像していたサイズの四倍はあろう宝石の塊。
深影も両腕で抱えられるか分からないほどのサイズの塊こそ、これから作る銃のフレームとなるカーバンクルの宝石だ。
さらにベルゼブブの左手に乗せられているのは、深影が一時期喉から手が出るほど欲していたスカアハの涙、その複製だ。
「スカアハの涙が、男の手のひらよりも大きなサイズで、今目の前に……!」
『クスクス……深影、キャラが崩れてるわよ……』
生唾を飲み込んでスカアハの涙に釘付けとなった深影だが、モノクロは今から誰もが泣いて喜ぶほどの宝石達をふんだんに使って深影専用の、世界に一挺だけの銃を作ってくれようとしている。
だが流石にここまで計り知れないほどの価値をした宝石を使われると、いざ実戦で使うと考えると少し、いや相当気が引けてしまう。
「問題ない……仮に壊れてもパーツがすべて揃っていれば完全修復は簡単……」
「……お前が他のチームにいなくて本当に安堵している。それとともに俺のいるチームにいてくれたことを心底感謝している」
「そう言ってくれるなら……このチームに来てよかった……必要とされてると実感出来るのは……とても心地がいい……」
大まかなフレームはカーバンクルの宝石を主に、細かなパーツをスカアハの涙でフルスクラッチしていく。
そして隣の部屋ではベルゼブブが二挺目の銃の作成に取りかかっていた。
モノクロが作成している銃とは異なり、ベルゼブブが作成している銃はコピータイプ。
いわゆるマスケット・マグナムの後継機と言うわけだ。
マスケット・マグナムの問題点を改良した新たな銃を作成しているわけだが、マスケット・マグナムは単発銃で撃ったら捨てて新たたに複製したマスケット・マグナムを撃つと言う流れで辛うじて連射している。
今回の改善点は一挺で六発以上の装填数があり、重量は軽く連射力があるのは勿論、モノクロのような二挺拳銃として撃てるほどの安定感も必要だ。
今のマスケット・マグナムでは反動も大きく狙いはつけにくいし、とても実戦向きとは言えない。
それを実戦に使って百発百中な深影が言うのもなんだが、やはりもう少し安定感が欲しいものだ。
使い捨てるとしても、両手で二挺使って片方が弾切れしたとしても弾丸を一秒の無駄もなく撃ち続けられるようにしたい。
それが二挺目の銃を作成するに当たっての深影の希望だった。
「お、俺かやることはないのか?」
「特にはない……私の方は大丈夫……だからベルゼブブのアシストに回って……」
『俺の方も特には必要ないが、そうだな……カーバンクルの宝石とスカアハの涙に触れておくといい。今回作成している銃のフレームやパーツはほとんどがその二つだからな』
「なるほど、宝石に触れて俺との親和性を確かめるのか」
スカアハの涙に至っては何度も下調べしている為に親和性がいいことは理解しているが、カーバンクルの宝石と言うものは名前こそ知っていれど見るのは初めてだ。
深影は切り取られて余ったカーバンクルの宝石の欠片を握り、軽く魔力を注いでみた。
するとカーバンクルの宝石は注がれた魔力を何倍もの量にして、深影に返してきたのだ。
「これは、まさか……」
「そう、受けたエネルギーを何倍にも膨れ上がらせる魔性の宝石……頑丈さも極めて高いから、貴方の魔力をどれだけ注いでも早々壊れることはない……だから実戦では思い切り撃って……」
「やはりお前に頼んで正解だったな。出来ればこれからもよろしく頼む」
「勿論……貴方の力になれるなら……喜んで……」
そして完成された二種類の銃、モノクロが作成した銃は限界まで軽量化され、連射力は深影の持つ銃の中でもトップクラス、深影との相性も親和性も高いこれ以上ない逸品。
モノクロによって名付けられたその銃の名は、シプカ・ハニィカム。
そして今後マスケット・マグナムの後継機として使われる六発装填の変換長銃。
ボディの形状はそのままに、重量は少し増したものの反動は極限まで和らげられていて、マスケット・マグナムの単発高威力を残したまま新たに六発連射モードに切り替えられるようになっている。
自由にタイプを切り替えられるおかげで、ただでさえ無数の引き出しを持つ深影のレパートリーがさらに増えたと言うわけだ。
ベルゼブブによって名付けられたその銃の名は、クリミナル・マグナム。
まさか本当に一時間半で二挺の銃を完成させてしまうとは、自分で作成した時とは質もスピードも段違いだ。
「深影、そろそろ作戦を開始する時間……試し撃ちもチューンナップもしてない……大丈夫……?」
「完成させてくれただけで十分だ。試し撃ちは黒い煙相手にさせてもらう。だがまさか、最初にこの銃で撃つ相手が自分の姉だとは思わなかったがな」
「チューンナップも私に任せて……必ず貴方にマッチさせて見せる……」
「無論だ、これから銃のことは黒羽に頼らせてもらおうか。では行くか、身内ごとで悪いが、力を貸してくれ」
「勿論……必ずお姉さんを……助け出す……」
深影はいつものベルトにシプカ・ハニィカムを追加、マスケット・マグナムとクリミナル・マグナムを入れ換えた。
それだけじゃなく、他の銃も少しだけ入れ替えてバージョンアップしている。
と言っても別の銃と入れ替えただけで改造などは少しもしていないのだが。
深影は腰に巻かれたベルトのアクセサリー、その一つを躊躇いながら撫でると、その表情をモノクロに悟られないようにモノクロを連れて地下研究室を後にした。




