第一話『dragon of emperor』
大空を突き抜け、大地を踏み割る最強の存在と謳われたドラゴン。
その知識は死神と同等かそれ以上と言われ、単純な肉弾戦ならば六種族の頂点に君臨する。
その中でも極めて戦闘力の高い六芒星のドラゴンは、それぞれに自らの縄張りと決めた領域を保持しており、同じ属性のドラゴンのみを集めた帝国を持つ。
火、水、風、地、雷、雲、光、闇、氷、鋼、無。十一の帝国によって構成された世界こそ、龍の住まう国ドラゴンエンパイアだ。
しかしその帝国を治める、属性最強のドラゴンを遥かに凌駕する規格外の存在が五体いた。
万物を灰すら残さず焼き尽くす、五大龍帝の代名詞とも言われる楝獄の魔帝龍インフェルノ。
黒の骨格に紅の肉体を持つ絶対的な存在として知れ渡り、同時にあの〈strongestr〉のドラゴンとしても深く名が知れている。
五体の中ではもっとも小さいサイズだが、その力があまりにも強大すぎる上、最強の存在として名高い〈strongestr〉のパートナーとして契約者達は実際にその力を目の当たりにすることになる。
神を嘲笑い何体もの神の喉を食い破ってきた、五体の中でも一際目立つ存在だ。
星を覆い尽くす巨駆を持ち、龍の神と恐れ崇められている聖域の征服龍ヴァンキーシュ。
誰もが恐れて近づこうとしない殺伐とした谷底に住み、聖域を護っている番人でもあるが、本来は支配することを至高の喜びとし、かつては無差別に六種族を襲っては踏み潰していた。
だが以前出会った人間と友達となり、その人間が綺麗だと愛したその場所を守る為、その時からずっと谷底に住み着いている。
いつしか常識と異常の境界線と言われる、その谷底の主のように扱われることとなった。
すべての生命を産み出した母なる大地を護る崇高な守り神、大地の守護龍ユグドラシル。
ヴァンキーシュとも並ぶほどの巨体を持ち、本来の属性は地属性がメインだが、火、水、風と言った他の四大元素属性の力を使うことも出来る。
他の五大龍帝のように好戦的と言うわけでも、何か大きな目的を掲げているわけでもない、どちらかと言うと平和主義者な中立者と言う立ち居地にいる。
そして何より十年に渡って契約者の頂に君臨し続けた英雄〈heretic〉のドラゴンだ。
切り取られた空、切り離された世界、閉ざされた門の奥に住まう天空の支配龍シエルロギア。
断絶された次元の天空神殿に住まうと言われる、風、雲、水、雷属性を司るドラゴンだが、その姿は誰も見たことがない神話の存在とされる。
天空神殿には絶壁と言われる門があり、仮にそこに辿り着けてもその姿を見ることは絶対に叶わない。
そしてどのような方法を用いても開くことも壊れることもない強固さは、英雄〈heretic〉の堕天使がその門を模した"シエルロギアの閉ざされた門"と言う盾を作るほど。
無限の力を持ってすべての次元を支配する、もっともイレギュラーな存在、無限の次元龍ウロボロス。
有限を知らず、永遠の時を生きると言われる存在だが、その姿は未だに誰も見たことがない。
名前のみで、姿は愚かその存在の真偽すら疑われているようなドラゴンだが、ある契約者は次元の狭間を渡っていた時に、信じられないほどねじ曲がって混沌とした次元の穴を見たと言う。
この世界に次元の狭間を渡ったり破壊するすべはあっても、次元の狭間をかき混ぜるように操れる魔術は未だ解明も構築もされていない。
規格外が前提とされる五大龍帝は神の存在しないドラゴンにとって、神代行と崇められるほどの存在だが、同時に世界を終末に導く破壊者と恐れられる存在でもある。
事実、〈strongestr〉と言うチームの存在は五大龍帝の一角、インフェルノをパートナーにした契約者がチームにいると言う所から知れ渡り始めた。
さらにユグドラシルのパートナーがいる〈heretic〉も、同じくユグドラシルの存在からチーム結成の噂が広まっていた。
それほどまでに五大龍帝の存在は大きく、五大龍帝が誰かの命令やお願いに従うことはないと言うことが、他種族にとっての唯一の救いだった。
死神には代表格として七つの大罪が存在しているが、それでも互角がいい所だろう。
そしてそんなアホみたいに規格外すぎる相手を、生身のまま相手している規格外の大バカが一人。
本来指で弾かれただけでも即死級のパワーを持つ聖域の征服龍ヴァンキーシュを神機一つで相手しているのは、言うまでもなくこの男、未愛 黒音だ。
「まさかここまで我の攻撃を避け続けるとはな」
「ぶっちゃけギリギリだよ。自分でも不思議なくらいだ」
「いい加減、パートナーを呼び戻した方がいいんじゃないか?」
「確かに俺だけは逃がしてくれなさそうだし、戦うとなればもう迷ってられねえ。でも、ここから先はお前の大事な場所なんだろ? 俺が本気を出したら、ここが崩れちまう……」
ただでさえ先ほどヴァンキーシュの腕をぶつけたせいで、壁の耐久力が落ちているはずだ。
そこに追い討ちをかけるように黒音が本気の魔力を放てば、その重圧に耐えきれなくなった壁が崩壊するだろう。
勝たなければ何も終わらない、でも誰かの大切なものを壊してまで勝ちたくはない。
「……貴様は我の敵なのだぞ? 我は貴様を我が聖域を侵した者として排除しようとしているのだぞ?」
「それでも、憎しみは連鎖しか生まない。……ならこうしようぜ、今のサイズなら上空に飛べるだろ? その上空ならお前の聖域とやらに被害が出ることなく戦える」
「良かろう、パートナーと一体化するまで、五分待ってやる」
黒音はその言葉を当たり前のように信用し、何の躊躇いもなくヴァンキーシュに背を向ける。
敵でさえも約束を守ると確信するその器の大きさと思いきりのよさは、五大龍帝でも感心する所があったようだ。
ヴァンキーシュは久しぶりに変身した小さな体の感覚に慣れる為、準備運動をしている。
「おいアズ、そこにいるんだろ?」
『……黒音をおいてくなんてこと、絶対出来ないからね』
「これからヴァンキーシュと戦闘をする。無論これは時間稼ぎじゃない。フィディのことも不問にしてもらったから、もう慌てて逃げる必要はないぞ」
「マスター、ダメです……征竜はそう簡単に戦っていい相手では……」
「分かってる、でも仕方ねえだろ。アイツすげえ強そうなんだぜ?」
自分より強い相手がいれば戦いたくなってしまう、それが契約者と言う愚かな生き物だ。
相も変わらず原始人のような格好の焔は、燃え上がるような紅色の転移魔方陣をその場に残すと、フィディを連れてその場から去る。
欠片も疑っていない、黒音が負けることなど。況してや死ぬことも。
仲間からの絶対的な信頼がどうしようもなくくすぐったくて、黒音は思わずにやついてしまう。
『ねえ黒音、一体化するならどうして最初からしなかったの? もしかして……焔との決闘のことまだ気にしてる?』
「そ、そんなことはねえ。現にシルヴィア師匠と戦った時は変身しただろ」
『必ず犠牲が出てしまうのなら、皆で対価を払えばいい……そう言ったのは黒音だよ?』
「場合に寄るとも言ったぞ俺は。今回の相手はそんじょそこらの契約者とは次元が違う。まだ修行中の身で、全力の〈strongestr〉を相手にしてるようなモンだ」
〈strongestr〉のドラゴン、龍導寺 律子のパートナーは同じ五大龍帝のインフェルノ。
黒音は今インフェルノと同格の力を持つヴァンキーシュと全力で勝負しようとしているのだ。
それもヴァンキーシュは律子のように六芒星封印を施していない、完全に全力の状態。
まず必敗と言っていいだろうが、勝つ方法がないわけではない。
「勝てないなら、負けなければいいだけの話だ。いいかアズ、これは鬼ごっこだ。鬼はヴァンキーシュ、俺達は逃げる側。ヴァンキーシュの無尽蔵なエネルギーが尽きるまで、もしくはヴァンキーシュが飽きるまで俺達は逃げ続ける。でももしシルヴィア師匠や皆がいる地点に向かおうとすれば全力で阻止する」
『珍しく、防衛戦ってわけだね。それもかなり無謀……相手はあの五大龍帝、そう簡単に龍力が尽きるとも思えないし、こりゃ私達の悪運も尽きたかな』
「そうでもねえさ、地面に這いつくばるのはもう慣れっこだ。それに……助かる確証が欲しいなら与えてやる。アイツがとんでもなく強い相手を目の前にして、ただ帰って待つだけなんてことは絶対にない」
同じ甲冑を纏い、剣を交えたから分かる。
流石に戦う相手の実力くらいは理解しているだろうから、それまでの時間稼ぎと言うことだ。
そして何重にも作戦を張り巡らせている黒音だが、無論引け腰のつもりはない。
必敗だか絶対的力差だか知らないが、それなら今までの戦いで嫌と言うほど経験してきた。
「今更五大龍帝なんぞに気圧されてたまるか。行くぞアズ!」
『しょうがないな、手伝ってあげるよ!』
二人が手を繋いだと同時、上空から無数の衝撃波が降り注いできた。
ヴァンキーシュから与えられた五分の猶予が経過したのだ。
だがヴァンキーシュの衝撃波と接触するよりも、二人が一体化する方が一瞬早かった。
漆黒の吹雪に飲み込まれて一点の曇りもないモリオンのような甲冑に身を包み、一体化を終えた直後にリミットブレイクする。
するとたちまち甲冑は五つの魔方陣に吸い込まれ、その魔方陣から新たに漆黒の鎧が現れた。
金色の枠にはめ込まれた漆黒の鎧は、パーツごとに黒音の体に装着され、それに伴ってレーヴァテインもその姿を変える。
本体であるレーヴァテインの剣が差し込まれた状態の、細長い五角形の盾が黒音の左腕に装着された。
黒音はレーヴァテインの盾からレーヴァテインの剣を引き抜くと、左手でザンナを構える。
「リミットブレイカー、〈黒き終焉〉……待たせたな、それじゃあ始めるか」
(おかしい……パートナーと一体化したと言うのに、ほとんど魔力が上昇していない……むしろ、先程よりも低下している……?)
だがどうしてこの男は、こんなにも自信満々な顔をしているのだろう?
自覚していないのか、リミットブレイクしてもほとんど魔力が上昇していないと言うことに。
「……まあいい、戦ってみれば分かることだ」
ヴァンキーシュが腕を引いた瞬間、黒音はレーヴァテインを空に投げ捨て、ヴァンキーシュの音速を越える拳を右手で受け止めた。
二人の手がぶつかったその瞬間、その衝撃によって近くを漂っていた雲が一斉に吹き飛ぶ。
五大龍帝の拳がびくともしない、黒音の手のひらにガッチリと拳を包まれ、押すこととも引くこともままならない。
(バカなッ……我の拳を受け止めたばかりか、捕まえただと……!? このちっぽけな魔力しか持たぬ小童の力では、ないッ……)
「おいヴァンキーシュ、小手調べは無駄だぜ。今のパンチで分かったが、お前相当鈍ってるな?」
スピードもパワーも確かに申し分はないが、今の黒音ならば対応出来ない速度でもないし、防ぎ切れない攻撃力でもない。
ずっと聖域とやらを守っていた為に身体能力が低下している。
だがそれを踏まえていても規格外の戦闘力には変わりない。
黒音の戦闘力と現在の力差を理解したヴァンキーシュは、初っぱなから無茶苦茶な龍力を溢れ出させて強制的に身体能力を引き上げた。
身体能力が鈍っていたとしても、無尽蔵のエネルギーは一切衰えていないらしい。
黒音はヴァンキーシュが力を込める瞬間に拳を離し、一瞬バランスを崩したヴァンキーシュの全身にザンナとレーヴァテインの刃を叩き込んだ。
リミットブレイカーとなった今の黒音ならば、エネルギー量では五分五分のいい勝負。
身体能力を強化する為に龍力を割いていることを考えれば、いよいよ勝機が見えてきた。
「面白い……面白いではないか。まさか一介の悪魔風情が我と張り合うとはな」
「あんたの体が鈍ってたおかげさ。全盛期のあんたが相手なら遊びにもなりゃしねえ」
「だが貴様なら、全盛期の我であろうと修行の末追い付くだろうな。貴様にはその可能性がある」
黒音の剣とヴァンキーシュの拳がぶつかる度に空が弾け、雲が吹き飛ぶ。
いつの間にか二人の戦う場所は谷底の上空から、だだっ広い草原へと移動していた。
黒音の斬撃が地面を切り裂き、それを受け止めたヴァンキーシュは山と見間違えるほど巨大な岩に衝突して岩を粉々に砕きながらも体制を整える。
対してヴァンキーシュの踵落としを、レーヴァテインとザンナをクロスさせて黒音が受け止め、地面に叩き落とされた黒音は隕石が落下してきたほどのクレーターを生む。
環境破壊などと言う言葉をまったく知らない二人は、回りのフィールドやそこに住むドラゴンのことなど端から眼中にないように戦った。
「こっちよ二人とも。あそこで黒音君が征竜と戦って――」
「ほむちゃん、もしかしてアレ?」
黒音もヴァンキーシュも丁度いいくらいに体が温まってきた頃、ようやく梓乃達を連れた焔が二人の戦場に戻ってきた。
シルヴィアから復習を受けている遥香はお留守番、レーティングを施して間もない海里華には知らされてすらいない。
ここにいるのは臨戦態勢の焔、梓乃、璃斗の三人だけだ。
しかし三人の目の前にいたのは、ギリギリどころか楽しそうに凌ぎを削っている黒音の姿だった。
「ちょ、どう言うこと!? 征竜ってのはドラゴン最強の存在じゃなかったの!?」
「あれは、支配を司ると言われたヴァンキーシュだね。五大龍帝って人の姿にもなれるんだ……」
「フィディさんと同じですねぇ。ですけどぉ、そのヴァンキーシュさんと黒音さん、すごく接戦じゃないですかぁ」
余裕そうにヴァンキーシュに対する感想を述べている二人だが、その声は若干震えていた。
ただでさえ別の次元にいるような存在だと言うのに、黒音は本腰を入れたヴァンキーシュと互角に戦っている。
ここまでハイレベルな戦闘だと、流石の三人もどこまで本気なのかすら計り知れない。
「仲間が仲間を呼んできたようだな」
「らしいな、でも助っ人はもう必要ない。ギャラリーとして参加してもらう」
人の限界を凌駕した反応速度でヴァンキーシュと渡り合う黒音だが、戦っているうちに調子を取り戻してきたヴァンキーシュに徐々に押され始めている。
戦闘力が止まる所を知らない、これが五大龍帝の偉大なる力と言うわけか。
しかし黒音もまだまだ本気を出してはいない。黒音の真骨頂はレーヴァテインとのコンビネーションにあるからだ。
黒音は未だにファーストキー以外の鍵を使っておらず、標準的なスタイルのまま戦っているが、もしシルヴィアとの戦いで見せた連続解錠を使えば或いはヴァンキーシュに勝てるかもしれない。
「黒音君、私達の鍵を使って!」
「黒音君の力を見せつけてよ!」
「とっとと決めてくださいねぇ」
「龍帝相手に無茶言ってくれるぜ……分かった、見とけよ!」
黒音がまず取り出したのは、璃斗の力を秘めた巌の鍵。
黒音はそれをレーヴァテインの鍵穴に差し込むと、一瞬だけ躊躇ったもののすぐにレーヴァテインの特性を発動した。
「九つの門に封じられし鉄拳、砕け……〈解錠〉!!」
璃斗の力を借りてレーヴァテインの力の一つを解放した黒音に向かって、璃斗は自分の両腕に装着されたヒルデ・グリムを放り投げる。
それを両腕にはめると、さらに左腕のヒルデ・グリムにレーヴァテインの盾を連結させた。
ヒルデ・グリムとレーヴァテインの連結に伴い、黒音の纏う甲冑が魔方陣へと吸い込まれる。
入れ替わるように魔方陣から現れたのは、金色のフレームにトパーズカラーのプレートで構成された分厚い甲冑だ。
巨大な鉄槌を彷彿とさせる肩のアーマーから伸びる、数十層もの分厚い装甲で出来た巨大な腕。
頭部を包むのはクモの巣状のような額部分に、鬼を思わせる牙の形をした突起のあるフルヘルムだ。
黒音は両肩から伸びる重装甲の義手を用いてヴァンキーシュの両腕を掴み、ヒルデ・グリムを装着した自分の腕でダメージを与えた。
だがヴァンキーシュはそれを脚でさばくと言う、意外な柔軟性で対応する。
「流石だな、だが梓乃の鍵はそんなふうには行かねえぞ」
レーヴァテインから巌の鍵を引き抜き、あらかじめ用意しておいた霆の門を差し込んだ黒音。
だが黒音が〈解錠〉のモーションに入った瞬間、レーヴァテインからガラスが地面に落下したような音が響いたのだ。
厳密にはレーヴァテインから引き抜いた巌の鍵からだが、璃斗が絶句して手で口元を覆っているのに対し、黒音はその結果が最初から分かっていたかのように粉々に砕けた巌の鍵の破片を握りしめている。
「ちょ、ちょっと黒音君、どう言うことなの? 貴方のことだから、璃斗の鍵を乱暴に使ったわけじゃないことは分かってる。でも、どうして鍵が壊れたの……?」
「本当はこの修行期間が終わった時に言おうと思ってた……俺達はイートカバーを終えて、レーティングを施す段階まで上り詰めた。でも皆から託された鍵は皆が成長する以前のものだ。だから成長した俺のパワーに鍵が耐えられなくなって、それで……」
「だから使うことを躊躇ってたんだね……じゃあ私やほむちゃんの鍵も……」
白熱した戦場は思わぬアクシデントのせいで一瞬にして冷め返ってしまった。
だがヴァンキーシュはその様子を一切口を出さずに見守っていた。
流石は龍帝、誰が相手であろうと、どんな理由があろうと絶対にフェアな状態でしか戦おうとはしない。
「つまり、今私達が新たに鍵を作れば問題ないの?」
「理屈では、でも……」
「無駄だな。今戦って分かったが、この男の力は貴様らが想像しているような次元にいない。仮に貴様らが今ここで新たにその鍵を作ったとて、この男はすぐにその限界を越えるほど成長する」
成長すると言うのはこの上なく喜ばしいことだが、黒音の戦闘スタイルは自らが持つ〈無属性の可能性〉とレーヴァテインの特性を掛け合わせた数属性のコンビネーションだ。
だが黒音の成長スピードは、そのスタイルのそもそもを崩してしまっている。
さらに最近では海里華達の神機とレーヴァテインを連結させる戦術も加わっているので、レーヴァテインの〈解錠〉は今まで以上に黒音の戦術の要となる。
「皮肉だな。強くなる為の力だと言うのに、強くなればなるほどその力は妨げとなる」
「確かにその通りだ。でも、俺がここまで強くなれたのは皆の力があってこそだ。だからこの戦闘スタイルは変えるつもりはないし、妨げとも思わない」
「立派だな、小僧。だが我もようやく昔の感覚を取り戻してきた。手加減はせんぞ」
「ああ、上等だ。幸い、一回だけなら力が使えるみたいだしな」
璃斗の鍵は黒音が力を使った後に壊れた、つまり一度だけは力を使えると言うことだ。
保証はないが、ヴァンキーシュに勝つ為には皆の力がどうしても必要なのだ。
「梓乃……いいか?」
「……何を迷うことがあるのさ。それは黒音君が自分の手でもぎ取った力だよ。黒音君がどう使おうがそれは黒音君の自由。それに壊れちゃったのなら、今度は私が直々に作ってあげるね」
「ありがとな……その時は頼む。九つの門に封じられし雷鳴、迸れ……〈解錠〉!!」
「剣とは道……己の未来を切り開く真の道しるべ」
リミットブレイクしてから初めて使う、梓乃の鍵の力。
これが最初で最後にならないことを願いながら、黒音は梓乃の鍵を霆の門に差し込んだ。
レーヴァテインから溢れる莫大な電流に飲み込まれた黒音に、レーヴァテインから飛び出した龍の形をした細長い電流がうねって黒音の上半身に噛みつく。
龍の頭部をイメージした三つのパーツが胸のアーマーとなり、龍の鱗が密集して出来たようなボディスーツが全身を包んだ。
「黒音君、ヴァジュラも使ってっ!」
梓乃から託されたヴァジュラを受けとると、黒音はヴァジュラを二振りに分離してレーヴァテインの盾と剣にそれぞれ連結させた。
ヴァジュラの上半分はレーヴァテインの剣、その柄頭と連結して双頭のランスへと変化し、下半分はレーヴァテインの盾、レーヴァテインの剣を差し込んでいた部分と連結して腕に装着する形の剣となった。
龍の頭部を象ったフルヘルムには、鎖の形が刻まれている。
「緑の門……〈霆の誓約〉……空を裂く稲妻の声を聞け」
薄い緑や濃い緑のコントラストが鮮やかな、荒ぶる龍をイメージした甲冑。
胸には緑色の鱗に紅の瞳をした三頭の龍がアーマーとして目立っており、背中には武骨な骨格の大きな翼が広がっている。
黒音は左腕に装着されたレーヴァテインの盾から伸びるヴァジュラの片刃と、もう片方のヴァジュラが結合したレーヴァテインの剣を構えて翼で風を打った。
「霆の黒騎士、推して参るぜ!!」
「一回切りの力でも貫き通すか。いいだろう、迎え撃ってくれる」
一回切りだって? その一回で十分だと黒音は凄絶な笑みで応えた。
絶大な電流を纏ってヴァンキーシュに突っ込んだ黒音は、ヴァンキーシュの正面で一瞬停止するとすぐに切り返してヴァンキーシュの背後をとる。
無論ヴァンキーシュが振り向く方が早かったのだが、ヴァンキーシュが振り向いた先には黒音の姿はなかった。
何が起こったのか理解出来ず視線を巡らせるヴァンキーシュだが、地上でその様子を見上げていた三人には、確かに黒音の動きが見えていた。
「今の、見ましたかぁ? いえ、見えましたかぁ?」
「ええ、何とか見えたわ。ギリギリだけど」
「わふふ、流石は私の力を使った黒音君だよ。流石に予想外だけど……」
黒音は今、ヴァンキーシュの背後に立っている。
確かにヴァンキーシュの反応速度は驚愕に値するし、自分達ではとても相手に出来ない存在だとは思うが、そのヴァンキーシュをさも当たり前かのように圧倒している黒音の実力を見てしまうと、どうしても霞んでしまう。
黒音はヴァンキーシュが動きについてくることを読んでわざわざヴァンキーシュの背後に回り込み、そしてヴァンキーシュが振り返るよりも早く再びヴァンキーシュの正面へと戻ったのだ。
背後から伝わる威圧感で、ようやくヴァンキーシュも黒音が今どこにいるのかを理解する。
「バカな、この我が──」
「遅い……!」
ヴァンキーシュが再び振り返るよりも早く、黒音の降り下ろしたレーヴァテインがヴァンキーシュの最中を裂いた。
迸る電流が傷跡を焼き、さらなる激痛がヴァンキーシュを襲う。
五大龍帝ともあろうヴァンキーシュが、たかが一介の悪魔ごときにここまでの不覚をとり傷を負わされるとは。
屈辱が頂点を越えて怒りに変わり、そして何故かそれが嬉しくもある。
まさか同じ五大龍帝以外にも自分と互角に渡り合える奴がこの世界に存在していたとは、とヴァンキーシュは痛みや怒りに震えながらもうっすらと笑みを浮かべていた。
「おい……まだ貴様の名を聞いていなかったな」
「俺は未愛 黒音、黒騎士だ」
「黒騎士、黒音か……いい名だな、面白くなってきたぞ」
今までの戦闘が本気でなかったとしたら、そんなことを考えながら黒音もまた笑みを浮かべた。
まだまだ上のステージがあると言うのならば、どこまででも行ってみたい。
ヴァンキーシュは全身の力を解き放って拳を突き出すが、黒音はレーヴァテインを空へ放り投げてそれを右手で受け止める。
再び雲を薙ぐ衝撃波が空を撫で、その影響を受けた地上の三人の息が詰まった。
「黒音、貴様は我がライバルだ。まさかこの我と互角に戦うとは、お前が我が聖域に入ってきたのは運命かも知れんな」
「五大龍帝様にライバルと認めてもらえるなら光栄だよ」
黒音は全身から右腕に魔力と龍力を送り、限界まで体をねじって必殺の間合いに入る。
それを決着と受けたヴァンキーシュはその場で腕を交差させると、体を反らしながらこの空自体を吸い込んでしまうかと思うほど空気を吸い込んだ。
嫌な予感がする、頭の中でうるさいほど鳴り響く生物としての本能が三人を強制的にパートナーと一体化させる。
そして三人の予感通り、次の瞬間には今まで見たこともないような天変地異が広がった。
「神機奥義……〈狼鎖龍の最終章〉!!」
「〈支配龍の咆哮〉!!」
全身全霊の力を込めて振りかざされたレーヴァテインの剣と片刃のランスは、竜巻のような螺旋を描いてヴァンキーシュへと激突する。
そしてそれを迎え撃つべく放たれた莫大な龍力の圧縮砲は、ヴァンキーシュの持てるすべての龍力を注ぎ込んだ最大最強の必殺技だ。
雷を纏う魔王と聖域を支配する龍帝の最大奥義は、空を両断して互いのエネルギーを散らせる。
あまりの眩さに空は昼と夜が逆転し、散ったエネルギーが破壊の流れ星となって地上へ無数に降り注いだ。
やがてぶつかったエネルギーの中心部が尋常ではない音とともに爆発し、力を使い果たした二人は後ろへ吹き飛ばされる。
「ふぅ……やっと収まったわね。二人とも無事?」
「この流星群、今の私達だから防げましたわね」
「まさか龍帝の咆哮と引き分けるなんて……流石は黒音君だよ!」
「ねえそれはいいんだけど、二人とも落ちてない?」
「は、早く受け止めなければ危険ですわ! 力を使い果たした今、あの高さから地面に衝突なんてしたらっ」
「ここは私にお任せください。いいですね梓乃?」
梓乃のもう一人の人格、セリューと梓乃が入れ替わると、セリューはフィルと一体化して神機アイアールを二人へと放つ。
大きなサイズの盾が二枚、小さいサイズの盾が六枚の計八枚で構成されたアイアール。
セリューは小さい方の盾を三枚一組に分け、黒音とヴァンキーシュを受け止めた。
さらに下で待ち構えていた大きい方の盾に二人を横たわらせ、ゆっくりと自分の方へ引き寄せる。
「ありがとねセリュー、二人とも無事?」
「あ、ああ……何とかな……助かったぞ梓乃、セリュー……」
「名も知らぬ龍に助けられるとはな……礼を言うぞ……」
こうして聖域をめぐる? 二人の戦いは幕を閉じ、ようやくヴァンキーシュにもフィディと黒音が領域に入ってしまった理由を理解してもらい、黒音達はシルヴィアのいる拠点へと戻ることが出来た。
ここでの成果は、意外にも黒音がヴァンキーシュと互角に戦う力を身につけられていたことだ。
一時は死すら覚悟した捨て身の戦いだったが、イートカバーの成果は想像以上に黒音を鍛え上げていたらしい。
龍帝に勝利したと言う結果の余韻に浸っている頃、現実世界でとてつもない事態が起こっていたとも知らずに。




