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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第三章「犠牲と友情」
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第四話『desperado soul』

 我、数多輝く星々より生まれ出る者也。

 我、神の喉を喰い千切らんとする者也。

 我、生きとし生ける命の育む力が源也。

 我、十一の星に誓いを立てし生の頂也。

 我、永遠の命を以て誓いを果たす者也。


 ――其の領域は決して、何者をも侵入する事は許されず、侵す事を禁ずる『聖域』だ。


 我は其の場所に、龍の頂点に君臨し、命の終わりを待つ。

 我は誰なのか、誰によって産み出されたのか、何の為に産み出されたのか。

 其の様な事は今更どうでも宜い事だ。

 我は只、ある者と交わした約束の為だけに此の場を聖域とし、護る。


 その尾は星を取り巻くほど長く、その翼は天を覆い尽くすほど広く、その足は地と同化するほど太く、その腕は月を砕くほど鋭く、その首は太陽を喰らうほど高く、その竜はすべてを支配するほど強く。

 他者はそんな我を、敬意と恐怖を込めてこう呼ぶ。

 征服せし竜王――征竜――と。


「にしても……随分と陰気臭えとこだな……最奥とは言ったが、どこまで行ったんだ……?」


『フィディのことだからほんとに最奥まで行ったんだろうけど、さっきから妙な気配を感じるんだよね』


「アズも感じてたか。実を言うとな、俺も感じてるんだ。それも……あまりよろしくない気配だ」


 レオとザンナと別れ、二人はレーヴァテイン達を迎えに行ったが、おかげで今は丸腰の状態だ。

 神機達と使い魔達が合流するまで、どうも心もとない。

 リミットブレイカーになれるとは言え、ここに住むドラゴンはフィディと互角かそれ以上の力を持った化け物ばかりだ。


『ねえ黒音、やっぱり梓乃ちゃん達を呼んだ方が……』


「いや、いらない心配はかけたくねえ。それに梓乃は海里華の次にレーティングを施さなくちゃならない。ただでさえプレッシャーを感じてるはずだ。これは俺達だけで解決する」


『でもフィディに何かあったら……』


「アイツはそんな柔じゃねえ。自分の仲間を信じなくてどうする?」


 そう言う黒音が一番心配してるくせに、アズは成長した弟でも見るかのような目を、少し切なそうに細めた。

 だがいくら仲間を信じると言っても、フィディのスピードならとっくに最奥に到着して引き返してきてもおかしくはないはずだ。

 だが戻ってこない、本格的にまずいのかもしれない。


「ほんと、随分とジメジメしてるわね」


「焔、お前どうしてここに……」


「ハロ、ここに入ってく貴方とフィディちゃんの姿が見えたから、つけてきちゃった」


 フィディのことを考えていて注意が散漫になっているとは言え、少しも気配を悟らせないとは。

 当然のことだが焔も仮想空間でウリエルと戦って相当腕をあげている。

 だがそんなことよりも、焔がついてきたことよりも、もっと気になることがある。


「おい焔、何だその格好……」


「あ、これ? 実は私がいた火山の近くに人の姿をした珍しいドラゴンがいてね、その子に貰ったの」


 焔が着ているのはいつものラフな私服ではなく、ドラゴンの鱗を頑丈な蔦などで繋ぎ合わせたビキニのようなトップスに、ビーズで作った暖簾を腰に下げていると言えば伝わるだろうか。

 おまけにドラゴンの牙や爪などで作ったアクセサリーまで身につけている。


「原始人かお前は……」


「自然が中心のドラゴンエンパイアに随分馴染んでると思わない?」


「ノーコメントだ……それより、ここはお前が思ってる異常に危ないぞ?」


「ええ、貴方が生身で、それも丸腰でこんなとこまで来るくらい危険だってことは理解してるわ」


 言い返す言葉はひとつも見当たらない。

 黒音はとてつもなく長いため息の後、焔に顎でこの先だと示した。


「いつからつけてたんだ?」


「レオちゃんと貴方が別行動をとったとこからよ」


「ただし尾行し始めたのは、だろ。どうせ焔のことだ。俺達が競争を始めた時くらいから上空で見てたんだろ」


『ま、一応焔ちゃんの反応はキャッチしてたよ』


 同じ上空で黒音達のナビゲーションをしていたアズが焔の反応を感じとっていたらしい。

 苦笑する焔は誤魔化すようにレーヴァテインとザンナを黒音に渡し、上空で待機していた使い魔で神機のラボーテを呼び寄せた。

 その背中にはサンティと一緒にレオが騎乗している。


「お前ら、焔に回収されてたのか」


『支配者、そんなことより急がなくていいのですか? 焔さんから話は伺いました。フィディはまだ戻ってきていないと』


「レーヴァテイン……ああ、そうだったな。上空にいる焔がフィディの反応をつかめてねえってことは、マズいかもしれねえな」


「でも流石のラボーテも三人が限界よ? 神機達も乗せるとなると、いつものスピードは期待できない」


「ならご主人様、フィディのスピードには及ばないけど、私の背中に乗って。ラボーテと私で分担すれば全員を運んでもスピードは落ちないよ」


 華奢な女の子の姿をしているが、レオは魔界を生き抜いてきた巨大な魔獣だ。

 ラボーテには焔、クララ、サンティが、魔獣の姿に変身したレオには黒音、レーヴァテイン、ザンナが乗ることとなった。

 ここは化け物の胃袋と言っても過言じゃない。武装しているに越したことはないだろう。

 だがあくまで気配は殺すように、一体化などすれば自分の居場所を大声で叫んでいるようなものだ。


「上空からの捜索は任せて。地上は頼んだわよ」


「ああ、隈無く探す。何かあったら遠慮なくサンティを使ってくれ。俺の能力で焔にも使えるようにしてある」


「〈魔王の絶対命令(クリムゾン・オーダー)〉ね、助かるわ。じゃあ行くわよ」


 地上と上空からの捜索に分け、それぞれ出発する二組。

 黒音から最終兵器とも言える石化の特性を持ったサンティを託されたものの、地上は愚か上空にさえ一体もドラゴンがいない。

 まるでここから先の道を避けているかと思うほど、嫌な静けさに包まれている。


「後ろの方からは何体もドラゴンの気配を感じるのに、私達が向かう先には一切感じない……ウリエル、もしかしてここから先は、結構ヤバいんじゃない?」


『ですが、行かなければフィディさんの安否を確認出来ませんよ』


「そうだけど、ヤバい臭いがプンプンするのよね……まるで誰かがここから先は近づくなって警告してるみたい……」


 空中を十分ほど探索してようやく、黒音が少し先の方で停止していることに気づく。

 焔はラボーテを地上に降ろすと、岩影に隠れる黒音の方へ駆け足で近寄った。

 だが黒音は近づくなとばかりにザンナを焔の足元に突き刺し、息を殺しながらレーヴァテインを構えて向こう側の様子を窺っている。


「何なんだあれは……隕石なのか……?」


 黒音の視線の先、そこには巨大な何かを両腕で受け止め、歯を食い縛るフィディの姿があった。

 爪だけでも五メートルほどはある指が五本、さらにそれを辿ると空を遮るほど巨大な手のひらが広がっており、特大の隕石のようなそれをフィディは全身で受け止めている。

 もし今突入してフィディの気を散らせば、その瞬間にフィディは押し潰されてしまうだろう。

 黒音は漓斗の鍵でレーヴァテインに埋め込まれた巌の門を解錠し、タイミングを見計らって支えとなる地属性の柱を数十本ほどを巨大な手のひらの下に敷き詰め、焔が瞬時にフィディを引っ張り出した。

 救出されたフィディは満身創痍と言った様子で焔に全体重を預けている。

 今ので張り積めていた緊張感がほぐれ、一気に力が抜けたのだろう。


「マスター、焔様……あ、ありがとうございます……」


「おいフィディ、あれは何だ?」


「征竜の手です……私が誤って征竜の領域に踏み入れてしまって……」


「あ、あれが手だと!? どう考えてもサイズがおかしいだろっ」


「わざとじゃないんでしょう? だったらその征竜ってヤツ、許せないわね」


「だ、ダメです焔様……相手はドラゴンの中でも最強格……絶対に勝てません……!」


 手のひら一つだけでも隕石と見間違うほどの巨大さなのだ、最強格だと言うことも自分達では絶対に勝てないと言うことも理解している。

 だが、と黒音は己の右手に収まるレーヴァテインの柄を握り締めて首を降った。


「よう征竜、テメェ俺の大事な仲間に随分なことしてくれたな?」


 ぎょっとしてマスターを止めにいこうとするフィディを、焔が黙って押さえつける。

 焔の腕の中でもがくフィディだが、消耗している今では到底振りほどけなかった。


『……汝、此の場所がどの様な場所なのか知っているのか……?』


 天から返ってきたのは、腹の奥に直接響いてくるような重たい声だった。

 だが黒音はあくまで冷静に、怖気づくなど論外だと言うふうに、


「質問を質問で返すなよデカブツ、俺が質問してるんだ。俺の大事な仲間に随分なことしてくれたなって聞いてるんだよ俺は。返す言葉は質問じゃねえだろ」


 もはや殺り合う気満々、むしろ最初からそのつもりで乗り込んだのだろう。

 フィディはほんの気まぐれで消し飛ばされるかもしれない主を目の前にして、頭をかきむしって発狂したい気分だった。

 焔もその気持ちを分かってか、痛いほどフィディの手を握り返してやる。


『星の価値も知らん子童が……』


 フィディを押し潰しそうになるほどの力を秘めた征竜の右手が、黒音を吹き飛ばすように凪ぎ払われる。

 征竜としてはただ鬱陶しいハエを追い払おうとしたくらいの力加減だったのだが、実際にそれを受ければ六芒星のドラゴンでさえぺしゃんこになるほどの威力だった。

 それをまともに喰らった黒音は岩の壁にぶつかってぺしゃんこに――なると思っていたフィディの前で信じられないことが起こる。


「ふん……こんなもんか。海里華のビンタの方がよっぽど痛えぞ」


『ははっ……流石は黒音だよ、最強のドラゴンの裏拳を受け止めちゃうなんてさ』


 ツボにでもハマったのか、アズは空中で腹を抱えて大笑いしている。

 何せこ黒音は全身の力をフルに使って受け止めたのではない、五十メートルはゆうにあろう手から放たれた裏拳を、黒音は右腕一本で受け止めて見せたのだ。

 これが笑わずにいつ笑う? アズは自分のパートナーながら底の知れない才能に笑いが堪えられなかった。


「今度はこっちの番だ。でけえからすげえ当てやすいぜ。神機は待機、俺一人で十分だ」


 あまりにも巨大すぎて頭部がどこにあるのかは皆目見当がつかないが、何もダメージを与える場所は必ず頭部と決まっているわけではない。

 黒音は自分の右側でゆっくりと引かれる征竜の右手の中心をめがけて回し蹴りを放った。

 すると空気抵抗もあり、なかなか元の位置まで戻ってこれなかった征竜の右手が、裏拳を放つ前の位置まで一気に吹き飛ばされたのだ。

 フィディは自分が夢でも見ているのかと、焔の腕に収まりながら自分の瞳を何度も擦った。


「星の価値だあ? 知ったことかよ。俺は今仲間が傷つけられて怒ってるの、分かるか?」


『……貴様……踏み入れたな……? 我が領域に……』


 回し蹴りをした着地点が、少しだけ征竜のいる方へ近づいていたのだ。

 その数センチこそ征竜が守る領域への境界線、本来の迎撃機能が発動し、先ほどとは比べ物にならない速度で両手が迫ってくる。

 黒音を押し潰そうと迫ってくる両手を、黒音は両腕を広げて受け止めた。


「ちっ……レーヴァテイン!」


「いつでも如何様に」


 すでに臨戦体勢へと移行していたレーヴァテインが、剣と盾に変形して盾は黒音の左腕に、剣の柄は右手に収まった。

 薄々こうなるとは思っていたが、やはり案の定こうなってしまった。

 元より戦う気はあったが、それはフィディを救出して焔達が逃げる時間を稼ぐ為だ。

 まさか本格的に最強のドラゴンを相手にする破目になるとは。


「おい焔、離脱の準備をしろ! 俺が時間を稼ぐ!」


『貴様は既に我が領域を侵している……逃がすと思うか……!』


「面倒臭えな、ったく……アズ!」


『うん、いつでもいいよ!』


「皆を逃がせ! 逃がし終えたらお前も逃げろ! 俺も隙を見て逃げる!」


『え、ええっ!? 変身するんじゃないの!?』


『逃がさんと言っている……!』


 期待を裏切られたショックと征竜の威圧感に押し潰されて、アズは何とも言えない感情を圧し殺して焔達を誘導する。

 黒音が海里華の雫の鍵と焔の憐の鍵を〈二重解錠〉し、一帯に水蒸気を充満させた。

 息が詰まりそうな水蒸気をかき分け、焔達は何とかその場を離脱する。


『貴様……自らを犠牲に……』


「アイツらはお前の領域に入ってねえし、フィディだって俺の命令でここに来た。つまり全責任はこの俺にある。クレームなら俺に言え」


『いいだろう……貴様を排除してやる……』


 ドラゴンエンパイアと言う世界全体から集められるように、黒音達の目の前で莫大な光が収縮する。

 星すら覆いかねないその巨体が、ものの数分でフィディと同じくらいかそれよりもさらに小さい少女へと変身したのだ。

 臨戦体勢に入った黒音でも、流石にあんぐりして絶句するしかない。


「そ、それが……お前の姿なのか?」


「如何にも、我こそが征竜ヴァンキーシュだ。貴様の言う通り、領域を侵したのは貴様一人。ならば我は貴様を全力で排除する」


 この者こそ〈征服者コンカラー〉の異名で知れる最強の竜王ヴァンキーシュ。

 最強と謳われる五大龍帝の一角を担うドラゴンにしては、あまりにも可愛らしい姿だった。

 耳の上辺りから髪を分けて生えている小さな角に、薄暗い谷底でも一際輝いて見える紅の双桙。

 腰まで伸びたストレートの髪は透き通った湖のように蒼白く、腕や太ももに浮き上がるように生えた鱗は元の姿と同じ白ベースに薄く緑がかっている。

 尾てい骨の辺りから伸びた長い尻尾は腹から左肩に渡って斜めに巻きつき、服のようになっていた。

 それ以外はほとんどが小さな鱗なので、尻尾がなければ大事な部分がまともに隠れない。


「行くぞ、領域を侵す者に手加減はせん」


「ったりめえだ。気合い入れろよレーヴァテイン!」


『お任せください支配者』


 恐らくサイズは黒音よりも小さくなったが、その体重やパワーまでは変化していない。

 むしろ空気抵抗と言う邪魔がなくなってさらに厄介になったはずだ。

 アズと離れたのはやはり失敗だったか、アズを逃がしたとしても今自分が死ねば結果は同じだ。

 アズと命が繋がっている今、ここでやられるわけにはいかない。


「九つの門に封じられし双頭、滴れ……〈解錠〉!」


 物理攻撃を無効果出来る水属性の力を宿し、レーヴァテインとザンナのボンメルを結合、二振りの神機を合体させる。

 攻撃のスピードには欠けるが、隙を少なく滑らかな動きが可能となる双頭刃式。

 それに体のサイズが変化して射程距離が狭まったヴァンキーシュに、遠距離から攻撃出来ると言う利点がある。


「魔神殺しの剣か。生憎、我は魔神ではなく龍帝だ」


「魔神殺しを甘く見ると、痛い目見るぜ。主に物理的にな」


 バックステップを繰り返し、適度に距離を取りながら攻撃を飛ばしていく黒音。

 だがヴァンキーシュはそれをものともせず、顔面だろうが胸のど真ん中だろうが、ガン無視で受けていく。

 流石は五大龍帝と言ったところか、英雄シルヴィアを圧倒した力でさえもそよ風のようにあしらう。

 五大龍帝の質が悪い所は、完全無欠過ぎて弱点がないことだ。


(下手な小細工を仕込んでも無視され、真正面から行っても鼻で笑われる……おまけにアズがいねえから手立てがねえッ……!!)


「どうした? 先程までの自信は?」


「うっせえな、パートナーがいなくて調子が出ねえんだよ」


「ならば何故パートナーを逃がした?」


「痛い思いを……してほしくねえんだよ。俺は今までの戦いで何度もアイツに無茶させてきた……だからもう痛い思いはしてほしくない。それだけだ」


 自分が死ねば同じく死ぬ、結果としてはそうだろう。

 だが大切なのは過程だ。アズだって海里華達と同じ掛け替えのない仲間の一人。

 出来れば苦しんでほしくないし、笑っていてほしい。

 今更かもしれないけど、もう遅いかもしれないけど、今からでも心がけるのとそうでないのとでは違うはずだ。


「……似ている……」


「へ、何か言ったか?」


「何でもない……貴様の仲間がどうであれ、我にも約束を交わした大切な友がいる。その友が大切に想い愛してきたこの場所を、我は全力で護るのみだ」


 互いの想いと覚悟を垣間見たことにより、ほんの少しだけ攻撃の精度が鈍る。

 だが俺には帰るべき場所も守るべき仲間も、待っていてくれる家族もいる。

 我には色のない世界に色を与えてくれた、たった一人の友との約束がある。

 絶対に負けられない、そこで初めて二人の意見が一致した。


「……黒音君、遅いわね。もう来てもいい頃だけど」


『知らせがないのは無事の証拠、と言いますが……相手はあのドラゴン・オブ・エンペラーです』


「マスター……どうか、ご無事で……」


『黒音のバカ……帰ってきたらスイーツいっぱい奢らせるんだから』


          ◆◆◆


 夕暮れ時、警察官や車が取り囲む血塗られたドームの中で、深影は両断されたコロナの上半身を抱き上げて必死に止血を試みるが、傷の断面があまりにも広すぎてとても止血が追い付かない。

 依然としてエイスとの戦闘は続いているが、コロナが欠けたことで優の戦力は大きくダウンした。

 それでも優の能力、バーサークモードがコロナの欠けた穴を何とか埋めている。


「コロナ、お前は女神だ。死ぬことはない、だから落ち着いて意識を保て。今ここにモノクロが来てくれる」


「えへ……かっこ……つけた割には……ボロボロだね……」


「喋るな、これ以上悪化すれば不死身とは言え完治が難しくなる。また優と一緒に遊びたければ、今は自分の意識を保つことだけを考えろ」


 何も出来ない自分が歯がゆくて仕方がない。

 氷属性の魔術が一つでも使えれば、止血も下半身の接合も望めたと言うのに。


「いざと……なれば……けほッ……コロナをおいてでも逃げて……」


「バカを言うな! 帰るなら皆一緒だ。仲間の大切さを教えてくれたのはお前達だろう? 俺をこんなにしておいて、今更見捨てろなどと言うな」


「そうだよコロナ……僕は絶対にコロナを見捨てたりなんかしない……死ぬ時は二人一緒……!」


 バーサークモードで強化された優の両腕に装着された巨大な腕の形をしたトンファーは凹凸おうとつが激しくなり、全身に城の外壁を彷彿とさせる小規模ながら重厚なパーツが装着されている。

 超能力や異能の域を越える契約者の戦いに人類の科学が産み出した拳銃などが通用するはずもなく、銃弾は深影の張ったドーム状の防御壁に弾かれた。

 ドームには大きな穴が開いているとは言え、少女の体が真っ二つになるような空間に飛び込みたいと思う自殺志願者はいないわけで、結局何の邪魔も入ることなく二人の戦いは続けられた。


「やるじゃないですか、白い堕天使さん」


「まともに近づけない……バーサークモードになったこの僕が……」


「当然です、空間操作ならばともかく。ティソーナの〈消滅〉はすべてを例外なく消し飛ばします」


「優、やはり俺に代われ。パワータイプのお前ではエイスには勝てん……」


「ううん……コロナの仇は僕がこの手で討つ……手は出さないで……」


 万が一のことがあってはならない為に優の近くも離れられないし、そうしているうちにもコロナの体が危険に犯されている。

 もどかしいが優に巻き込まれては本末転倒、深影はただモノクロの到着を待つことしか出来ない。


「母さん……しかけるよ……」


「やると決めたら貫きなさい。母さんが支えてあげる」


「ありがと母さん……目覚めて……オベリスク……!!」


 優がその名を呼んだ瞬間、優の周辺に突如無数の塔が地面からつきだした。

 回りの視線を嫌うように、ドームの防壁が地面からつきだした塔により囲まれる。

 これこそが優の持つ神機、揺るがぬ力を以てすべてを拒絶するオベリスク。

 つまりあらかじめ優の両腕に装着されていた、巨大な腕の形をしたトンファーこそ、優を守り優の敵を打ち砕く狂戦士の豪腕だったと言うわけだ。


「僕は言った……消滅を破壊すると……今ここでそれを実現する……」


 のっそりと、まるで降伏しましたと言うようにエイスに近づく優に、エイスは容赦なくティソーナの特性を振るった。

 空間を歪ませながら突き進むティソーナの斬撃を、優は片手で無造作に受け止める。

 本来絶対に揺らぐことのない真理を、優は力業でねじ伏せたのだ。

 オベリスクの特性は〈無効果キャンセル〉、主に触れた魔術を取り消す働きをする。

 それは時として触れた契約者のエネルギー回路を停止状態へと追いやったり、神機の意識さえも封じ込めると言った極めて危険な特性でもあるのだが。

 無論それほどの特性を持つオベリスクを運用する為にはとてつもない精神力、体力、時には寿命さえも削ってしまうと言う〈破壊魔術〉に近い代償を払うことになる。

 しかし今となってはそんなことで躊躇っている余裕もなく、優は久々にオベリスクの特性を発動した。


「エイスのエネルギー回路を停止させる……異論は、認めないッ……!!」


「ま、待て優、エネルギー回路をと言うことは、人の心肺を停止させると言うことだぞ? 分かっているのか?」


「コロナは息が止まるどころか、体が真っ二つにされてる……今更止めないでッ……!!」


 エイスに対しての怒り、憎しみ、悔しさが爆発し、優は何としてもエイスに触れようと接近する。

 制限時間はあるものの、オベリスクの特性を維持していられる間はティソーナの特性を無視して動けると言うことだ。

 エイスが逃げ切り、優を消滅させるか、優が捕まえ、エイスを停止させるか。

 勝利する方法が明確に決められた今、もはや戦術を考える必要はない。


「待たせた……ここに来たことがない為……到着が遅れた……」


 深影や優の反応を探知して転移魔方陣を展開したのだろう。

 肩を上下させて息をするモノクロが、すぐさまコロナの下半身をコロナの上半身に持っていき、そしてその断面を見て言葉を失う。

 モノクロがいればすぐにコロナの下半身を接合出来ると希望を抱いていたと言うのに、モノクロの様子が明らかにおかしい。


「おい、どうしたんだ? 早くしなければコロナが……」


「この断面……舐め溶かされたように消えている……これでは接合出来ても……元の状態には……」


「ど、どうすればいい? 魔力で何とかなるのか?」


「なくなったものはもう元には戻らない……唯一方法があるとすれば……コロナの聖力で消された一部を完全に復元するしかない……」


「無茶だ……今のコロナにそんなことが出来る余裕は……」


「つまり、そのガキンチョが痛みや戦闘に気をとられない、集中出来る空間を作ればいいんだろ」


 オベリスクにより地面からつきだした塔を拳一つで破壊し、当たり前のように空間へと侵入してきたのは、ならず者の異名で知られる喧嘩番長、橘 和真だった。

 さらにそのチームメートが五人全員、あの〈soul brothers〉が揃い踏みで現れたのだ。

 さしもの深影も驚きを隠せず、ただコロナを庇うように両腕を広げる。


「安心しろ、俺らはこの間の飯のお礼をしに来ただけだ」


「飯のお礼、だと……?」


「深影さん、この前のビーフシチュー、すごく美味しかったの。今日はそのお礼をしに来たの」


「エミ、治療を手伝ってやれ」


「見たところ、この子は火属性だけど……水属性の私が手伝っても大丈夫なの?」


「なら美奈、お前も手伝ってやれ」


 横たわるコロナの治療を担当するのはモノクロと、〈soul brothers〉の女神である海深華とドラゴンであり和真の妹でもある美奈だ。

 この二人は魔術にも詳しいし、経験も豊富。十分助けになるだろう。

 ドームの中で戦う優の元には和真を除く残りの三人、天使のルーチェル、堕天使の伊織、死神のティフィアが助けに入った。


「深影さんのお仲間さん、もう一頑張りするの!」


「君の大切な人は僕達の仲間が助けてくれるよ」


「可哀想な子……死神を相手にすることになるなんて、ね……」


「あなた達……ありがとう、感謝する……コロナの為にも、僕に力を貸して……!」


 三人は優を守るように取り囲み、伊織は優をアシストし、ルーチェルとティフィアが攻撃の要となってエイスを追い詰めていく。


「四対一ですか……ですが、ティソーナに耐性があるのは一人だけ、それもいつまで続くか……」


「どう言う、つもりだ……たかがビーフシチューごときで、お前がチーム全員を動かすなど……」


「借りを残しときたくねえだけだ。これより我ら〈soul brothers〉は、現時点をもって〈tutelary〉のエンブレムの元、〈tutelary〉の三名を援護する」


 和真の左腕に刻まれた熊のマーク、〈soul brothers〉のエンブレムを露にして深影を担ぎ上げた。

 しけた顔をするなと、和真は深影の肩に腕を乗せる。


「たった一人の契約者相手に手こずってんなよ。お前らしくもねえ」


「俺が手こずったわけじゃない。仲間の体が真っ二つにされて動けなかっただけだ」


「それを手こずるって言うんだよ。おいお前ら、あんまり長引かせるなよ。とっとと息の根止めちまえ」


「ま、待て、今戦っている契約者は俺の姉だ。アイゼルネと言う女神に操られている。だから姉貴の体に傷をつけるのは止してくれ……」


 まさか〈真実の幻〉たるこの俺が、ならず者などに頭を下げることになろうとは。

 しかし今はそんなことを言っている余裕はない。

 この日ほどビーフシチューに感謝を覚えたことはないだろう。

 深影は緊迫した空気の中でふいにそんなことを思ってしまった。


「聞いたかお前ら、そのアマは深影の姉だそうだ。傷はつけず、綺麗な状態でぶちのめせ」


「無茶なこと言うの……綺麗なままぶちのめすって、ぶちのめしてる時点でボロボロなの」


 相変わらず無茶苦茶な指示しか飛ばしてこないリーダー、和真に呆れ果てるルーチェルとティフィア。

 すると今まで優に肩を貸して動かなかった伊織が、二人の前に歩み出た。


「ならここは僕に任せて、ティフィアとルーチェルはあの神機の攻撃を防いで」


「だ、だったら僕にやらせて……僕のオベリスクなら、何とか出来る……」


「……僕は伊織、黄境 伊織だよ。戦場では信頼関係が大切、防御は任せたよ」


「僕は白笈 優……よろしく、伊織……」


 自分の身長を越える腕の形をしたトンファーを振り上げた優と、黒い骨で構成された体を持つ堕天使を従える少女伊織が肩を並べる。

 堕天使同士のタッグに水を差さないよう、ルーチェルとティフィアは一歩後ろに下がって待機した。


「行くよシェムハザ」


『ああ、可愛い女の子を傷つけるのはいただけないな。だが相手の女の子もなかなか……』


「シェムハザ……? まさか僕以外の女に味方するなんてこと、ないよね……?」


『あ、当たり前だ。俺にとっては伊織が一番だ。それは堕天使の誇りに誓ってやる』


「骨だけの奴に誇りなんてあるの? まあいいよ、ごめんね優、お待たせ」


 痴話喧嘩? のようなものをみせつけられ、仕舞いにはとてつもない毒を吐き捨てた伊織。

 優の肩に軽く手をおくと、伊織は黒い骨の堕天使、シェムハザを連れて前に出た。

 

「せーので行くよ。なんて、相手は待ってくれないけど」


「十分待ちましたよ? 本当に待ってくれないなら自己紹介の時間なんて与えませんから」


「それもそうだね。でも一応言っとくと、ここにいる全員、まだ六芒星封印を一つも解いてないんだ。本当に待ってもらってるのはどっちかな?」


 伊織の目の色が、先ほどまでとは明らかに違っていた。

 井戸の底よりもさらに薄暗く、光など一欠片も写っていないような双桙は、雲の隙間から覗いた僅かな月明かりを受けて光輝くように。

 しかしその視線を真正面から受け止めるエイスには、これから生きたまま解剖でもされるのかと思ってしまうほどの、狂気に満ちた殺気が向けられていた。


「ねえ君はさ、死よりも辛い絶望を味わったことがある? 愛する人に拒絶され、軽蔑され、踏みにじられる痛みや苦しみ……今から君にもその絶望を味わわせてあげるよ」


 悪戯っ子のように覗かせた伊織の舌には、指輪ほどの小さい魔方陣が六つ重なったものが刻まれていた。

 それは伊織にかけられた六芒星封印、伊織はそれを一気に六つすべて解放し、シェムハザと一体化する。


「絶望とは……即ち死ねないことだよ……♪」


 その姿、異形で異常。見るもの凡て、見入り魅入られる。

 伊織の全身を包むのは、シェムハザと同じ黒い骨。

 螺旋を描く黒い骨のスカートからは、足の代わりに黒い骨で構成された野太い蛇が八匹、伊織の体重を支えていた。

 ワニの頭蓋骨を頭部と顎に分けて胸部と背部に装着したような武骨なアーマーと、両肩には犬の頭蓋骨を模した肩当てが装着されている。

 人形のように整った伊織の顔には、どの動物にも該当しない、とてつもなく長いクチバシをした鳥のような生物の頭蓋骨を模したヘルムがはめられていた。

 全身を包む黒い鎧は、すべて動物の頭蓋骨を模したもの。

 吐き気がするほど禍々しい姿をしているのに、どうしても視線を外すことが出来ない。


「この世に祈るべき神はいない……いるのは誰に対しても不公平な、肩入れしまくりな神だけだ。君に取り憑いてるその女神も、君の祈りを聞いてはくれないよ」


 頭蓋骨のヘルム、その隙間から覗く伊織の瞳が優に合図する。

 伊織の姿に見とれていた優はようやく我へと帰り、すぐに臨戦態勢へと戻った。


「進め、シーサーペント」


「伊織の本気か、久しぶりだな」


「黄境 伊織の異名は黒骨こっこつの魔女だったか……どんな戦い方をする?」


「見てりゃ分かるさ。慣れねえ奴はトラウマになるがな」


 にやりと口角を上げる和真の視線の先、ドームの中を滑るように進む伊織。

 ゆっくりとした動きに反してどこにも隙がなく、エイスも迂闊には動けなかった。

 だが突如として伊織の移動スピードが跳ね上がったことで、エイスはその場でバックステップしてティソーナとコラーダを振るう。

 〈消滅〉と空間操作が入り乱れ、掻き乱された空間が鈍い音を放って伊織を襲った。

 だがすぐさま優がオベリスクの特性を以て空間を元の状態へ解放する。

 伊織は自分の眼前に異次元の嵐が迫っても微動だにしていなかった。それが優に対しての信頼だと分かった瞬間、優の零力が跳ね上がった。


「伊織、オベリスクは負担が大きくて長く持たない……三分が限界っ……!」


「それだけ持てば十分だよ。カップラーメンが出来上がるじゃないか」


 僕は固い方が好きだから二分半だけどね、などと伊織は冗談を交えながら下半身の蛇を操った。

 神機シーサーペントは、無論生物系の神機だ。伊織の指先から放たれる紫色のチューブはシーサーペントをまるで自分の体の一部のように扱い、エイスを攻め立てる。


「シーサーペント、喰らえ」


 鈍い咆哮とともに、ようやく一匹のシーサーペントがエイスの纏うドレスの端に食いついた。

 その瞬間形容出来ない激痛がエイスの全身に走り、エイスはたまらず地面に跪き伏せる。


「シーサーペントの特性は破滅級の神経毒だよ。そのドレスを構成しているのは君のパートナーでしょ? そしてパートナーと一体化してるのは君。つまり君の着てる服でも何でも、僕に触れられた時点で君の敗けは確定してるんだよ」


 全身を引きちぎられる痛み? そんなものでは生ぬるい。

 引きちぎられた傷口を無茶苦茶に握り潰される痛みはこんなものだろうか。

 存在する痛いと言う概念をすべて超越した痛み、とにかく究極の苦痛だった。

 あまりにも痛すぎて全身から滝のように汗が流れ出し、感覚と言う感覚が焼ききられる痛みで意識が何度も飛んでは戻る。

 終わることのない苦痛、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――

 喉が裂けるほど声にならない声で叫び、地面をのたうち回るエイス。

 伊織は確実に神経毒がエイスを犯していることを確認すると、シェムハザとの一体化を解いて優の頭を優しく撫でる。

 その瞬間安心して脱力した優の体を伊織が胸で受け止めた。


「よく頑張ったね優、お疲れ様。リーダー、見ての通り体には一切傷をつけずにぶちのめしたよ。まあ精神や痛覚はどうなってるか知らないけどね」


「よくやった、お前もこっちを手伝え」


 和真が顎で示した先には、今ようやく止血が終わり下半身の接合に移行したモノクロ達がいた。

 体を真っ二つにされても未だ死なずに生きている辺り、流石は女神と言ったところか。

 伊織はシーサーペントの神経毒を痛覚を麻痺させるものに変え、コロナの指先に小さく噛ませた。

 すると荒かったコロナの呼吸が徐々に落ち着いていき、正常に戻る。


「痛覚を麻痺させたよ。しばらく痛みがなくなるから、今のうちに接合して」


「消滅させられた部分を……再構成……えっと、どうすれば……いいのかな……?」


 痛みが収まり、ようやくいつもの調子が戻ってきたコロナは、か細い声でそう尋ねた。

 モノクロは半強制的にコロナの聖力を吸い出し、海深華がそれを消滅された部分の形に再構成、美奈がそれを維持しながら、慎重に断面と接合していく。

 サンドイッチのようにコロナの聖力で形成した人工の腹を、コロナの上半身と下半身で挟み込む。

 モノクロの正確無比な感覚が、一ミリのずれもなくコロナの体を結合した。

 そこからは女神の凄まじい生命力にお任せ、モノクロはコロナに施された六芒星封印を一つ解除すると、一気にコロナの傷口が塞いでいく。


「……これでもう安心……一日安静にすれば元通り……」


「そ、そっか……良かったあ……」


「普通の人間なら即死だけど、アナタのパートナーに感謝なさい。どうやらアナタの体が切断された瞬間、アナタの体を炎に変換して断面を保護してくれてたみたいよ」


「そのおかげで接合は何の問題もなく終えることが出来ました」


「お前らもよくやったな。だがまだ終わってねえぞ、サツどもの記憶は深影の力で何とでもなるが、この騒ぎの首謀者がまだ残ってる」


 コロナをおぶった深影の先には、未だに激痛でのたうち回るエイスの姿があった。

 しかし流石に叫ぶ気力は使い果たしたのか、声を枯らして体を痙攣させている。


「神経毒は僕の指示一つで消し去ることは出来るけど、すぐ逃亡されるかもしれないよ」


「そうか、ならば先ほどコロナに投与した麻酔毒を強めて注入することは出来るか?」


「勿論、コロナに投与してあげたのは本来の強度を何倍にも薄めたものだからね」


 苦痛は十二分に与えた、ただ逃がさない為ならば麻酔薬だけで十分だ。

 伊織は本来の麻痺系神経毒をエイスの体に流し、同時に毒による痛みを取り除く。

 味覚と触覚を完全に麻痺させる神経毒により、エイスは全身麻痺に陥った。


「アイゼルネ、聴覚は封じていないらしい。聞こえているな?」


『ぅ……ぐ……深影……くん……まさか……拷問の女神が……拷問される……なんてね……』


「ご託はいい、姉貴の体から出ていけ。今なら見逃してやる」


『こんなに……痛い思いをしてまで……この子と……契約を続ける……意味はないよ……でも……このままやられっぱなしは……嫌だなあ……それに……私達は〈tutelary〉を壊滅させたい……』


「また痛い思いをしたいようだな。伊織、手間をかけるがまた頼めるか?」


「いいよ、人が苦しむ姿は見てて飽きないからね」


 今度は確実に犯す、と嗜虐的な笑みを浮かべる伊織が、八匹のシーサーペントに同時に噛むよう指示を出した。

 サーペントは伊織の命令を受け、鋭い牙をエイスの肌に突きつける。

 その瞬間、突如シーサーペントの体を構成する骨がカチャカチャと音を立てて崩壊した。

 何事かと臨戦態勢に入る伊織だったが、どうやら逆にシーサーペントに聖力を流されたようだ。

 シーサーペントの支配権があっと言う間にエイスに奪われ、それにいち早く対応した海深華が分厚い氷の防壁を展開してエイスと深影達を遮断する。

 シーサーペントは口から大量の毒液を吐き出し、海深華の防壁を溶かそうとするが、海深華は次々と氷を継ぎ足して防壁を補強した。


「リーダー、どうする? 止めろって言うなら、あの女を永久凍結させることになるけど」


「ダメだ、あのアマは深影の姉貴……厄介だな」


「ごめんリーダー、僕が油断したせいで……」


「気にすんな、お前はシーサーペントを取り戻すことだけを考えろ。深影、氷の壁を通して幻術をかけることは出来るのか?」


「難しいな……本来〈幻影魔術〉は相手の体に触れて魔力を流し込み、五感を狂わせるものだ。こうも分厚い壁で断絶されていては……」


 神機なので毒液が止むとも思えないし、見た通りシーサーペントの神経毒は感覚を崩壊させるほどの威力がある。

 一瞬でも氷の壁をどけてエイスに接近しようとしても、一滴でも触れれば終わり。

 そして氷の壁を取り除けばここにいる全員が危険にさらされる。


「……俺が次元の狭間を潜ってエイスの元に行き、エイスに触れる。そうすればシーサーペントもエイスのコントロールも奪える」


「深影さん、ダメっ……危険すぎるよっ……」


「俺がやらなければ何れこの壁も突破される。今は毒液で溶かされるだけに留まっているが、エイスにはコロナを真っ二つに引き裂いたティソーナがあるんだ。悩んでいる時間はない」


 姉を救う為には、もう躊躇っている余裕はない。

 このままではコロナ達だけでなく、助けてくれた〈soul brothers〉までもを危険に晒してしまう。

 いざとなれば、姉貴を殺してでも解放するしかない。


「海深華、ルーチェル、深影を援護しろ。防壁は美奈とティフィアだ」


「「おっけ、リーダー」」


「和真、見えないのか? あの毒液を浴びれば、一瞬で溶かされるんだぞ?」


「俺の妹達はそんなに柔じゃねえ。コイツらは俺が認めた家族だ」


「ま、私とティフィアは一個歳上だけどね」


 氷河の姫君と聖魔の双姫が互いに拳をぶつけ、深影の両手を引いた。

 深影はコロナを和真の背中に預けると、アンドラスを従えて二人の真ん中に歩みでる。


「手伝ってもらう側としては失礼なことを言うが、俺の技術と手際、実力は自他ともに認めるほど並外れている。お前達でついてこれるか?」


「誰に言ってるんだか、私はリーダーにスカウトされてチームに入ったの。その実力を嘗めない方がいいわよ」


「ルーチェルも聖魔の片割れなの。それに皆とはぐれたルーチェルを助けてくれた深影さんに恩返しがしたいの」


 尋常ならざる冷気を放つ海深華に、魔力と聖力を同時に放つルーチェル。

 どうやら無駄な心配だったようだ。深影は木製の狼頭が吊るされたベルトを腰に巻くと、そのうち二つの魔方陣を展開し軽装を纏うと同時、マスケット・マグナムを展開した。


「お前ら、持ち場に集中しながらでいいが、アイツの戦い方をよーく見とけよ。今から俺らの前で披露されるのは、全世界の契約者が恐れ戦く超高校級の神業だ」


「見るのは構わんが、援護は頼むぞ。流石の俺でも毒液までは対処しきれん」


 あくまで六芒星封印をすべて施した状態では、の話だが。

 四大チームの契約者には、全員野戦では滅多に六芒星封印をすべて解除してはならないと言う暗黙のルールがある。

 それは契約者の世界のバランスを崩してはならない為だが、深影の場合その技術だけで契約者の過酷な世界を生き抜いてきた為、六芒星封印など紙で作った鎖でしかない。

 止まることを知らず常に頂点を極め続ける契約者最高の技術を、今ここで目撃するのだ。


「大まかな役割を決めよう。毒液に対処するのはルーチェル、物理的な攻撃を防御するのは海深華に任せる。俺は基本中距離から遠距離が専門だからな」


「任せなさい、私は氷壁よ」


「毒液なんて吹き飛ばすの」


「それでは行くぞ。〈真実の幻〉の力を、とくと見るがいい。アンドラス!」


 外がすっかり漆黒に包まれた頃、辺りは美奈の放った炎に照らされて夜の戦場と化した。

 そして警察どものメガフォンの声がうるさすぎて、深影が先に記憶を消去して巨大な転移魔方陣を展開、全く別の場所に移行したことは、言うまでもないことだろうか。

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